2012プロムス69:ゲヴァントハウス管/シャイー:マーラー6番2012/09/02 23:59

2012.09.02 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 69
Riccardo Chailly / Gewandhausorchester Leipzig
1. Messiaen: Et exspecto resurrectionem mortuorum
2. Mahler: Symphony No. 6 in A minor

プロムス終盤戦は、出張のためベルリンフィルを聴き逃したりもしましたが、気を取り直して久々のゲヴァントハウス管、1年ぶりのマーラー6番です。開演前入り口付近で、何とフィルハーモニア管のフィオナちゃんを見かけましたが、シャイな私は声をかけることもなく、すぐに見失ってしまいました(泣)。

1曲目のメシアン「われ死者の復活を待ち望む」は、昨年3月のLSO以来、生涯2回目に聴きます。会場に行って楽器配置を見るまですっかり忘れていましたが、ウインドアンサンブルと金属打楽器群のための、プリミティブな味わいの佳作です。ガムランのようなリズムにアイヴズっぽい無調旋律が乗っかり、さらに不協和音がぐしゃーとからんでくるという、私には無国籍無節操音楽にしか聞えませんが、解説を見ると「宗教的色彩が濃厚」であると…。独特の音響空間は純粋に楽しめるものの、内容は私の理解を超えております。ゲヴァントハウス管の管楽器は音がよく、アンサンブルも確か。ソロを聴くと一つ一つの音がしっかりとしたオケですが、合わせるとお互い溶け合って格好のよいクラウドを形成する、よくまとまったオケだなと思いました。

さてマーラー。記念イヤーが終わってすっかり下火かと思いきや、今年に入ってからもすでに1、2、3、4、9番を聴いていますので、マーラーは依然としてプログラムの花形ですね。シャイーのマーラーは初めて聴きます。イタリア人らしく、快活なテンポでさっそうと開始。第1楽章の印象は、節回しというのか、フレージングがユニークな、何だか不思議な演奏でした。アルマの主題の直前で弦ピチカートに乗せて木管がコラール風の旋律を奏でるところ、中間のブレスを大きく取っていったん旋律をぶつ切りしたのが特にひっかかって、後で楽譜を確認したら確かに木管にはブレスがありますが弦にはないので、ここはインテンポで行くところじゃないのかなあと。この曲はマーラーの中でも特に好きな曲なのですが、演奏の細かいところでどうも自分の好みに合わない部分があり、没頭しにくさを感じました。なお遠くから響くカウベルはバルコニーで鳴らしていたようです。

中間楽章はアンダンテ→スケルツォの順。ゲヴァントハウス管の渋い弦が映えるアンダンテは期待通りにロマンチックな味付けで、「泣き」が入っていました。このオケはしかし、個人の腕は確かながら、誰も浮き出ないのが好ましい。よく鍛えられたアンサンブルと思います。第3楽章スケルツォは一転して超高速。古典的な楽章配置を意識してか、舞曲性を強調した感じでした。終楽章、序奏は遅めに入ったもののすぐに急かされるように高速で進んで行きます。メリハリつけた演奏ですが、ちょっと上滑りしていて重心が高い。エネルギーの蓄積も爆発もあえて抑え、小さいセグメントでまとめているという感じです。そうこうしているうちに「運命の一撃」の箇所。大きな木製ハンマーを打ち下ろす台は、巨大な木の箱の横に巣箱のように穴が開いている、まさにこの曲のために開発したと思われる特注品。これはガツンとよく響きました。「マーラーのハンマーおよび台」として打楽器の商品になるんじゃないかな。昨今のプロオケはこの曲を演奏する機会が必ずあるだろうから、需要はあるんじゃないかと。ラストのティンパニは渾身の力を込めて叩き込み、ディミヌエンドしてふつっと途切れた後、珍しく長い静寂があってから、割れんばかりの拍手が起こりました。楽章毎に拍手が起こったりすることも多いプロムスですが、今日の客層はちょいディープめだったようです。

オケの一体感と特製ハンマー台には心惹かれたものの、全体的に自分の好みとは微妙に違う違和感をかかえながらの80分でした。出張疲れが抜けず体調がイマイチだったせいもあるでしょう。ちと残念。


後ろに見えるでっかい木箱が、ハンマーを叩き下ろす特製台。

2012プロムス71:らしくないベートーヴェンと、スイングしないガーシュイン2012/09/04 23:59


2012.09.04 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 71
David Robertson / St Louis Symphony
Christian Tetzlaff (Vn-2)
1. Brahms: Tragic Overture
2. Beethoven: Violin Concerto in D major
3. Schoenberg: Five Orchestral Pieces, Op. 16
4. Gershwin: An American in Paris

テツラフ目当て一点張りで来ました。セントルイス響はNYPに次いで米国で2番目に古いオケだそうですが私的にはマイナーで、「スラットキンのオケ」という情報の記憶が残っているくらいで、演奏を聴くのは多分初めてです。現在の首席指揮者はロバートソン。この人のプログラムのセンスはちょっとビミョーで、今日のブラームス、ベートーヴェン、シェーンベルク、ガーシュインというセットも多分「ドイツ音楽本流→新ウィーン楽派からアメリカ移住→アメリカ音楽の元祖」という流れを頭に描いたのだと思いますが、だとしたらシェーンベルクはもっと別の選曲になるべきだろうし、結局ごちゃごちゃして何だかわけがわかりません。

1曲目の「悲劇的序曲」、ロバートソンの明快な指揮から導かれるのは想像通りアメリカンな、軽くて明るい音。弦のアインザッツはきちんと合っていて、良いトレーナーぶりが伺えます。ブラスは時々外しますが、日本のオケに比べたら全然馬力があってまともです。今年聴いたブダペスト祝祭管のある種ぶっ飛んだ演奏と比べると、危なげない、でも普通過ぎて面白みのない演奏でした。

続いて待望のテツラフ。ベートーヴェンのコンチェルトは元々馴染みのない曲で、2004年にブダペストフィルの演奏会を聴いて以来、多分一度も聴いていません。ですので世間的な良し悪しは全然語れませんが、その私にしても何とか理解できたのは、テツラフのベートーヴェンがかなり異色なこと。いつものようにと言えばそうなんですが、極めて繊細にコントロールされたフレーズが独自の呼吸を持ち、時空を超えて、20、いや、21世紀の音楽のように耳に響いてきます。オケは相変わらず軽いし、ドイツ的質実剛健からは全然「らしく」ないベートーヴェンでした。第1楽章のカデンツァはティンパニとの掛け合いが物珍しくて新鮮でしたが、後で調べると、これはピアノ編曲版からの転用なんですね。何にせよ、このだだっ広いホールにテツラフのデリケートなヴァイオリンは合わないなあと。アンコールはバッハのソナタからの選曲。息をするように自然に音を紡いでいくテツラフ節に、すっかり参りました。というわけで、今月のウィグモア・ホールのソロコンサートへ期待は益々高まるのでした。


休憩後のシェーンベルク「5つの管弦楽曲」は全く初めて聴く曲でした。もう無調の作風に突入している年代の作曲ですが、この曲はまだ調性に名残を持っていて、無調を装った後期ロマン派音楽の様相で、ヴェーベルンの「6つの管弦楽曲」を先取りしたような感覚も覚えます。今のところ、好きでも嫌いでもない、あまり尾を引かない曲、としか言いようがない。もっと繰り返し聴かないと身体にすっと入ってこないかな…。

最後の「パリのアメリカ人」は、昔部活でオケをやってたとき、いつもベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザークばかりじゃなくて、せめてこのくらいの曲にチェレンジしてみないかと周囲の説得を試みたがあえなく却下された思い出深い曲ですが、あらためて聴いてみると、めちゃめちゃたいへんな曲やん。若気の至りとは言え相当無謀なことを主張していたのだなと、今更ながら反省しました。しかし今日の演奏は、音楽が全然スイングしてなくて、いただけなかった。ロバートソンは真剣な顔つきで終始まるでシンフォニーのように棒をカクカクと振りまくり、この曲からスイングの要素を取り去ってしまったのは、ある意味画期的にユニークな演奏だったのかも(笑)。極めて真面目な人なんでしょうねえ。でも、こんなのはガーシュインじゃねえ、とちゃぶ台をひっくり返す自分をつい思い浮かべました。そんな中でもがんばって気を吐いていたのが、布製の変わったミュートを駆使していたトランペット。アンコールは「キャンディード」序曲でアメリカらしく能天気に(偏見か?)シメました。


奏者を讃えるロバートソン。この人も微妙だなあ…。

2012プロムス75:ハイティンクが引き出した、本流のウィーンフィル2012/09/07 23:59


2012.09.07 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 75
Bernard Haitink / Wiener Philharmoniker
1. Haydn: Symphony No. 104 in D major, 'London'
2. R. Strauss: An Alpine Symphony

今年のプロムス最後は、6月にもラトルと来たばかりのウィーンフィル。指揮はロンドンではお馴染みのハイティンクですが、レパートリーが硬直化していて(若くしてコンセルトヘボウの常任だったころは、もっと節操なく何でもやってレコード出していたと思うんですけどねえ)、どのオケを振ってもブルックナー、マーラー、ベートーヴェン、シューベルトばかり繰り返しやってる気がするので、今日の「アルプス」みたいな機会はなかなか貴重です。

コンマスはキュッヒル。やはりこの人が座っているとウィーンフィルの音も一段ときりっとしてる気がします。1曲目のハイドン「ロンドン」は、実はほとんど初めて聴く曲でした。仕掛けも何も無い直球勝負は実はハイティンクの決め球で、いかにもウィーンフィルらしい、きめ細かく柔らかい音が素晴らしいです。楽友協会という普段から残響の長いホールで演奏しているからか、アルバートホールみたいな箱でも響かせ方をちゃんと心得ているように見受けられました。


メインの「アルプス交響曲」は先ほどのハイドンと違い、いくらウィーンフィルと言えど放っておいても勝手に演奏してくれる曲ではありません。ハイティンクはその点、道を見失わないしっかりとした足取りで、ストレートにオケを牽引していました。冒頭からして金管の弱音が渋過ぎ、先日同曲を聴いたシモン・ボリバルとはやっぱり雲泥の差です。木管のソロも余裕で惚れ惚れする素晴らしさで、ウィーンフィルの「楽器」としての優秀さを再認識しました。それに、ハイティンクの動じない風林火山ぶりはタダモノではなく、大きなエンヴェロープの中で細かく揺れ動く起伏が過不足無く配置され、俯瞰した登山の全体像をパーフェクトに表現していました。見たことないようなどでかいサンダーシート(要は大きい鉄板ですが、狭い楽友協会のステージにこのサイズは乗らないのでは?)をガタガタと揺らす様は、ビジュアル的にも見物でありました。さすがのウィーンフィルも最後はちょっと息切れ気味でしたが、こないだのラトル以上に、ウィーンフィルらしい音楽を聴けたなあという満足感でいっぱいでした。

ハイティンクとしては珍しくアンコールがあり、ウィーンらしくシュトラウス二世の「春の声」。これなんか、ハイティンクは実質ほとんど何も指示してないですよね。どこの一流オケを振っても皆協力的で一緒に音楽を作ってくれる、晩年のハイティンクは今一番幸せなポジションにいるのではないかと思いました。


でかいサンダーシート。


ストラットフォード・アポン・エイヴォン2012/09/11 07:15


このところ忙しくて、プロムス終盤戦の備忘録がだいぶ書き溜まってしまいました。それはまあボチボチやるとして、週末あまりに天気が良かったので、こんな天気も今年はもう最後だろうと、思い立ってストラットフォード・アポン・エイヴォンまでドライブしてきました。イギリス国内には極めて疎い我が家ですから、ここに来るのはもちろん初めて。


ここは言わずと知れたシェークスピアの生まれ故郷で有名で、本人や奥さんの生家が観光コースになっています。上はシェークスピアの生家。日本でいうと豊臣秀吉の時代の家ですから、ちょっと押したら崩れそうなのも、むべなるかな。


隣りの建物に入り口があり、短いビデオを2本見た後で中庭に抜け、実際の生家へとルートが続きます。生家の中は撮影禁止でしたが、最初の部屋で説明員が丁寧な解説をしてくれます。


中庭では役者さんによる寸劇をやってました。もちろん題材はシェークスピアでしょうけど、私はその方面にうといので、何の劇かは分からず。上の場面は「ロメオとジュリエット」でしょうか。


天気が良いので町は観光客でいっぱいでした。車だったのでパブで飲めなかったのが残念。


アンティークショップなどをもっとゆっくり見たかったですが、帰りの渋滞を恐れて、早々に切り上げ帰宅しました。

クリスティアン・テツラフ(vn):バッハ「シャコンヌ」は、ひとり地球交響楽2012/09/19 23:59


2012.09.19 Wigmore Hall (London)
Christian Tetzlaff (Vn)
1. Sonata No. 2 in A minor for solo violin BWV1003
2. Partita No. 2 in D minor for solo violin BWV1004
3. Sonata No. 3 in C major for solo violin BWV1005
4. Partita No. 3 in E major for solo violin BWV1006

プロムスも終わり、2012/2013シーズンの幕開けです。今年の初っ端は自分でも意外なことに、昨年に引き続き室内楽。ロンドンに来てからすっかりお気に入り、クリスティアン・テツラフのソロヴァイオリン演奏会です。普段はめったに聴かないバッハです。しかも今日は、ロンドン在住3年を超えて、何と初のウィグモアホール。評判通り、大きさ、音響、客層、アクセス、どれを取っても小編成の楽隊には願ってもないホールでしょう。

今まで聴いた、コンチェルトを弾いているときのテツラフの印象は、技術は穴なく完璧で、呼吸をするかのように自然な(わざとらしさが一切ない)ヴァイオリンを弾く人だったのですが、ピアノ伴奏すらないソロのリサイタルを至近距離で聴くと、乗ってくれば意外と音は荒いし、音程も時々ビミョーに揺らぐ、人間らしい奏者なのだなあというのが新鮮な発見でした。元々この人は、もちろんめちゃめちゃ上手いので毎回舌を巻くのですが、決して技術の完璧さで勝負はしていません。全身を上下左右に揺らしつつ、雄弁に語るヴァイオリンの説得力と表現力は群を抜いているし、しかもたいへんユニークです。

前半の最後、パルティータ第2番終曲の有名な「シャコンヌ」は、とりわけ劇的としか言いようがない一大叙事詩。暗く悲痛な叫びで始まり、激しくひとしきり燃え上がった後は、焼け野原からオーラが立ち上り、人間の営みがまた復興して行く様が目の前にまざまざと広がりました。言うなれば、ひとり地球交響楽(ガイア・シンフォニー)。冗談抜きで、是非テツラフにはこの希望を与える音楽を震災被災地の人に生で聴かせてあげて欲しい、と思いました。

後半は明るく軽めに、卓越した技術を惜しげもなく披露し、速いパッセージはとことん速く、肩の力を抜いた演奏。ソナタ第3番のフーガなんかも、分身の術のように見事に弾ける人は他にもいるはずですが、テツラフは曲芸に走らず、男の筋を通すかのように「一奏者」にこだわった演奏。休憩はさんで2時間、こんだけ弾いたらさすがのテツラフでも披露困憊で、アンコール無しでした。



おまけ、Selfridgesデパートの入り口にそびえ立つ草間彌生。


LSO/ドナテッラ・フリック欧州指揮者コンクール2012/09/30 23:59

2012.09.30 Barbican Hall (London)
Donatella Flick LSO Conducting Competition 2012: Final
Finalists:
A. Ben Gernon British, Age 23
B. Stamatia Karampini Greek, Age 34
C. Alexandre Bloch French, Age 27
London Symphony Orchestra

1. Weber: "Der Freischütz" Overture
 Performed three times, conducted in turn by each finalist

2. Debussy: La mer
 2-1) De l'aube à midi sur la mer (From dawn to noon on the sea)
 Stamatia Karampini (Conductor)
 2-2) Jeux de vagues (The play of the waves)
 Alexandre Bloch (Conductor)
 2-3) Dialogue du vent et de la mer (Dialogue of the wind and the sea)
 Ben Gernon (Conductor)

3. Prokofiev: Romeo and Juliet – Suites Nos 1 & 2
 3-1) Suite 1, No. 4: Minuet
 3-2) Suite 2, No. 6: Dance of the Antilles Girls
 3-3) Suite 1, No. 7: Death of Tybalt
 Alexandre Bloch (Conductor)
 3-4) Suite 1, No. 2: Scene
 3-5) Suite 2, No. 2: Juliet the Young Girl
 3-6) Suite 1, No. 5: Masks
 Ben Gernon (Conductor)
 3-7) Suite 2, No. 4: Dance
 3-8) Suite 2, No. 7: Romeo at Juliet's Grave
 3-9) Suite 2, No. 1: Montagues and Capulets
 Stamatia Karampini (Conductor)

27日のデイヴィス85歳記念コンサート第1弾は肝心要のデイヴィス翁と、さらには内田光子まで体調不良でキャンセルになってしまったため当然の如くチケットをリターン(目当てはルプーだったので彼さえ出てくれれば良かったんですがねえ、何で一緒にキャンセルするんだか)、今日が今シーズンのLSO開幕になります。

我ながら物好きとは思いつつも、この日は通常の演奏会ではなくDonatella Flick指揮者コンクールの最終選考会。1990年以来隔年で開催されており、パトロンはチャールズ皇太子です。応募資格はEUに国籍を持つ35歳以下の若者で、優勝者は賞金15000ポンドとLSOのアシスタントコンダクターのポジションを得ます(1年間)。不勉強ながら私はこのコンクールを知らなかったのですが、過去の優勝者の顔ぶれを見ても正直知らない人がほとんどです。

審査委員長はLSOチェアマンのマッケンジー。今年の審査員はコリン・デイヴィス(病欠しましたが)、パッパーノ大将、ニコラス・ズナイダー、イモゲン・クーパーに、LSOの首席奏者2名、聖チェチーリア音楽院の芸術スタッフが加わっています。審査員の顔ぶれは他の指揮者コンクールと比べても豪華なほうだと思います。まず、ビデオ選考で選抜された20名がロンドンで3日に渡り行われる最終選考会に進みますが、最初の2日間はギルドホール音楽演劇学校のオケを相手にリハーサルおよび指揮する様子を審査されます。初日はモーツァルトのプラハ交響曲、シューベルトの未完成などが課題に出され、そこで10名がふるい落とされます。2日目は協奏曲(ヴァイオリン)、オペラのレチタティーヴォ、コンテンポラリーの新作といったより幅の広い対応が求められ、勝ち抜いた3名がバービカンでLSOを振る最終選考会に臨みます。ファイナリストは23歳イギリス人のベン・ジャーノン、34歳ギリシャ人の紅一点スタマティア・カランピニ、27歳フランス人のアレクサンドル・ブロッホ。若いベン君はともかく、他の二人はすでに国際プロ指揮者としてのキャリアをそれなりに積んでいるようです。

1曲目は「魔弾の射手」序曲を順番に3回演奏するという趣向。そう言えばこの曲は昔部活でやったっけなあ、と懐かしく思い出しました。指揮者コンクールというものを見るのは実は初めてだったのですが、これはなかなかジャッジの難しい競技会です。ファイナリストに残るくらいだからバトンテクは皆さんもちろん一様に申し分なく、解釈においても著しく個性的な人はいません。指揮者が交代してさっきとは音が変わったなという引っかかりは感じても、それが指揮者の所業なのか、オケの演奏のムラなのか、素人には見通す力が足りません。多分プロはプロの見方があるんでしょうけど。

トップバッターのベン君はテンポにメリハリを付けた熱い演奏でしたが、アインザッツの乱れがあって多少荒いという印象。「肝っ玉母さん」という雰囲気のスタマちゃんは(実際に母親なのか、既婚かどうかも知りませんが)、落ち着いた進行に柔らかい肌触りの、経験を感じさせる中庸の演奏。最後のアレックス君は細身の身体に肘の高い腕の振りがダイナミックで、実際にはベン君とさほど身長は変わらないのにかなり長身に見えます。3番手という有利もあったのでしょうが、この人が一番自然な音をオケから引出し、ドライブも上手く、完璧なプロポーションで曲の起伏を作っていました。面白かったのは、3人が3人とも、序奏の後やコーダ手前ではテンポ前のめりで突っ込んでいたことで、これなどは1番手のベン君のドライブをオケのほうが後の人にも引きずってしまった結果ではなかろうかと。何にせよ、同じ曲を連続して演奏するときは気持ちの上でも最初と最後が得、真ん中はちょっと損ですね。

2曲目のドビュッシー「海」は、3つの楽章を分け合って一人ずつ指揮します。今度は逆に、曲想的には第2曲が一番盛り上げやすくて得だったんじゃないかと個人的に思いましたが、まあそのへんのくじ運の差異はもちろん考慮しつつ審査されるんでしょう。しかし、フェアな感想として2番手のアレックス君が最も多彩な色彩感を持っていたのも事実で(というより他の二人はカラフルとは言い難い演奏だった)、フランス人の彼にとって「ご当地もの」だったのも良かったでしょう。最後の「ロメオとジュリエット」でもくじ運の当たり外れがありそうでした。最初と最後の要所を2曲も含む3番手スタマちゃん、最も劇的なクライマックスの「ティボルトの死」をゲットした1番手アレックス君と比べて、2番手のベン君は音楽だけで聴かせるにはちときつい場面ばかり、割を食いました。

全員の演奏終了後、審査員が結論を出すまでの間に、初日から3日目のLSOとのリハに至るまでの様子をインタビューを交えて編集した20分くらいのビデオが上映され、その後さらに10分ほど待たされて、ようやく結果発表と表彰の式典が始まりました。私の評価では、全ての曲において演奏にしなやかさとしたたかさが最もあったのは鉄板でアレックス君。この中から一人選べと言われたら彼しかないと思ったら、審査結果もやっぱりその通りでした。モジャモジャ頭がどこかドゥダメルを髣髴とさせる明るく朴訥な雰囲気は、使いようによっては面白いキャラかも。今後ロンドンで是非活躍してもらいたいものです。ベン君はいろんな意味でまだ若かった。スタマちゃんは後で調べると、昨年の有名なブザンソン国際指揮者コンクールでも3人のファイナリストに残った実力者でしたが、垣内悠希さんに優勝をさらわれました。今回またしても後一歩のところで優勝を逃し、年齢的に言ってもさぞ悔しかったと思いますが、すでにプロ指揮者としてのキャリアは重ねているわけだから、これをバネに一皮向けてくれたらと思います。


左からアレックス君、スタマちゃん、ベン君。


優勝者をハグで祝福するベン君。


左が創立者のドナテッラ・フリックさん。