カンブルラン/読響/五嶋みどり(vn):渾身のコルンゴルト2016/10/19 23:59

2016.10.19 サントリーホール (東京)
Sylvain Cambreling / 読売日本交響楽団
五嶋みどり (violin-2,3)
1. シューベルト(ウェーベルン編): 6つのドイツ舞曲 D820
2. コルンゴルト: ヴァイオリン協奏曲ニ長調
3. シュタウト: ヴァイオリン協奏曲「オスカー」(日本初演)
4. デュティユー: 交響曲第2番「ル・ドゥーブル」

こんなマニアックなプログラムでも、さすがに五嶋みどりの人気はハンパなく、一般発売日であっという間に完売したプラチナチケットです。当然、読響シンフォニックライブの収録が入っており、いつの間にかAKB48を卒業していた司会の松井咲子がロビーにいたのですが、別段ファンに囲まれるでもなし、普通にスタッフと談笑してらっしゃいました。

1曲目はウェーベルン編曲のシューベルト「ドイツ舞曲」。今年都響のプログラムにも乗っていた気がするし、そこそこメジャーな曲です。ブーレーズの名高い「ウェーベルン全集」(CBS)には作曲者自身の指揮による歴史的演奏がボーナストラックとして入っていました。贅肉をそぎ落とした可愛らしさが命のこの編曲にしては、音がずいぶん濁っているのが気になりました。磨き上げが足らない感じです。練習時間を贅沢に割けないなら、弦を極限まで減らしてトップ奏者のみの上澄みで臨むべき。

次のコルンゴルトが私的には今日のメインイベントで、何と言っても、五嶋みどりの同曲レコーディングはまだないはずなので、たいへん貴重な機会です。4年ほど前に、ロンドンでズヴェーデン/ダラス響との共演でこの曲を演奏するはずだったので「おおっ!」と思ってチェックしていたのに、ダラス響の公演自体がキャンセルになってしまって肩透かしを喰らいました。ようやく巡ってきたこの体験は、絶対にハマるはずという私の予想通りに、繊細と大胆を両立させる、素晴らしい演奏でした。ストイックな堅牢さと豊潤な歌い回しを曲によって巧みに使い分ける五嶋みどりの懐の深さからすると、今日の演奏はどちらかと言えば豊潤寄り。ちょっと舌足らずになる箇所も含め、計算され尽くした完璧な作り込みで、圧倒されました。演奏が終わった途端、何よりまず(聴衆への愛想もそこそこに)団員が全員拍手でソリストを讃えていたのが印象的でした。

後半は正直乗れない曲ばかりで、辛かった。オーストリアの新進気鋭シュタウト作曲の「オスカー」は、2年前のルツェルン音楽祭で初演され、独奏者の五嶋みどりにそのまま献呈されたそうです。当然初めて聴く曲なので予習の機会もなく、全く生真面目なコンテンポラリーという印象で、苦手な部類です。最後のデュティユーも、複合的な大編成オケ構成は、最初は興味深く面白がれるものの、曲としてのつかみどころはさっぱりわからない「疲れ曲」。どちらも、一度聴いただけでは心にすっと溶けこむ縁が見出せなかったので心苦しいのですが、でも二度目を聴きたいともあんまり思わないわなあ。

ロジェストヴェンスキー/読響:なぜか不機嫌なショスタコ三昧2016/09/26 23:59

2016.09.26 サントリーホール (東京)
Gennady Rozhdestvensky / 読売日本交響楽団
Viktoria Postnikova (piano-2)
1. ショスタコーヴィチ: バレエ組曲「黄金時代」
2. ショスタコーヴィチ: ピアノ協奏曲第1番ハ短調
3. ショスタコーヴィチ: 交響曲第10番ホ短調

たいへん失礼ながらまだご存命とは思っていなかったロジェベン翁、生を聴ける機会があるとは感動です。同じ旧ソ連のフェドセーエフとほぼ同年齢ながら、フェドさんのデビューがだいぶ遅咲きだったから、フェド=新進気鋭、ロジェベン=大御所という印象がずっと抜けてませんでした。

敬老の9月にゆっくり登場したロジェベンは、笑顔のかわいい好々爺。よく見ると、長身というわけでもないのに指揮台がなく、やたらと長い指揮棒が特徴的。生演は初めて聴きますが、登壇時のヨタヨタがフェイクかと思えるくらい、85歳らしからぬ切れ味鋭い凄演にのっけから驚き、確かにこの人は爆演系で有名な人だったのを思い出しました。「黄金時代」は、私の記憶の中で鳴り響いていたのが思い違いの別曲で、初めて聴く曲だったので、細かい部分はよくわかりませんが、一人だけ異色な雰囲気を発散していたオールバックの男前サックスの奏でる、クラシックらしからぬ遊び人っぽいソロがたいへん印象的でした。

2曲目のコンチェルトのソリストは、長年連れ添っている奥さんのポストニコワ。すいません、全く初めて聞く名前だったので予備知識ゼロですが、いかにもロシアのお母さんという感じの風貌とは裏腹に、年齢を感じさせない、肩の力が抜けた屈託ない無邪気さがこれまた意外。軽妙なソロトランペットもソツなくピアノを盛り立て、ご満悦のロシア母さんでした。

軽い感じの選曲だった前半とは打って変わり、メインはほぼ11年ぶりに聴くタコ10。ハープ、チェレスタ、ピアノ等の飛び道具弦楽器を使わないオーソドックスな3管編成は、それだけで格調高く重々しい雰囲気を醸し出してますが、さらにロジェベン翁は長大な第1楽章の冗長さを隠そうともしない直球勝負で、荒廃した荒野が広がります。読響金管は、ロシアのオケっぽくアタックの強い直線音圧系でよくがんばっておりました。全体の中では比較的軽い第2楽章も重厚に鳴らし、事故かもしれませんが、終了直後に指揮棒でスコアをピシャッと一発叩いたため、奏者と聴衆に一瞬緊張が広がりました。全体を通して演奏中は何故だか不機嫌そうに見え、楽章間の雑音を嫌うようなそぶりも見せていました。

第3楽章も、まあ長いこと。結論よりもプロセスを重視する進め方は、後から思うとメリハリがよくつかめず、見通しにくい演奏だったのかなと。大御所の棒の下、読響にしては驚異的によく鳴っており、一体感のある好演奏だったと思います。終楽章の終演直後、スコアをバサッと乱暴に閉じて不機嫌を隠そうともしないロジェベン翁は、一旦引っ込んだ後にはもうキュートな笑顔のおじいちゃんに戻っていました。しかし良い演奏だったのに、何が気に食わなかったのだろう…。

チョン・ミョンフン/東京フィル:チャイコフスキーの作品35&36番2016/07/27 23:59

2016.07.27 ミューザ川崎シンフォニーホール (川崎)
Myung-Whun Chung / 東京フィルハーモニー交響楽団
Clara-Jumi Kang (violin-1)
1. チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35
2. チャイコフスキー: 交響曲第4番へ短調 Op.36

職場が川崎に変わり、いまだかつてない程コンサートホールに近い環境で働いているにもかかわらず、ミューザ川崎って平日夜にはほとんど演奏会をやってないので、会社帰りに演奏会三昧などという淡い期待はそもそも妄想でした。とは言え、まったくゼロというわけではなく、7〜8月に行われる音楽祭「フェスタサマーミューザ」は貴重な狙い目。チョン・ミョンフンはまだ実演を聴いたことがない巨匠の一人でしたので、渡りに船、一石二鳥でした。

チャイコフスキーの作品番号が連続した著名2曲というプログラムのせいもあってか、客席はほぼ満員。1曲目のヴァイオリン協奏曲、ソリストは指揮者と同じく韓国系のクララ・ジュミ・カン。まあ所謂「韓流美人」ではありますが、脱色のきつい茶髪のオールバックは品位に欠け、28歳という年齢にしてはババ臭く見えるので、ちょっと考えたほうがいいと思います。演奏のほうは、4階席にも充分届くしっかりした音量でありながら、どこにも押し付けがましいところはなく、それどころか無味無臭の、蒸留水のようなヴァイオリン。テクニックは非の打ちどころなく上手いと思いましたが、何せ色がない。上手いなと感心させるその上手さがことごとくメカニカルな部分のみで、奏者としてはもうあまり伸びしろがないように思われました。指揮者が全体をコントロールしていて、「ミョンフンワールド」のチャイコンは完成度重視、ソリストは指揮者と闘うでもなく、ひたすらノーミスの仕事を心がけるかのようでした。天才ヴァイオリニストを姉に持つミョンフンと協演する人は誰もが萎縮してしまうのもいたしかたないですか。のっけの協奏曲から完全暗譜で臨むミョンフンは、終始前のめりで追い込むタイプで、オケもしっかり食らいついており、「え、これが東フィル?」と最初驚いたくらいヨーロピアン調のまろやかな音が心地よかったです。アンコールはバッハのラルゴ。

メインのチャイ4も、もちろんミョンフンは全暗譜。この人のオケのドライブは半端なく、決して反応が良いとは言えない東フィルを自由自在にゆさぶります。弦のフレーズは音符を並べただけではない「うねり」があり、管楽器にはアタック音を丁寧に取り除いた柔らかさがあります。金管のキズもほとんどなく、一貫して集中力の高いプロの仕事。初めて、東フィルを上手いと感じました。ミョンフンの統率力あってのことでしょうが、この組み合わせが良好な信頼関係を長年築けている証なんだろうと思います。終楽章は、最近の人はなかなか無茶をしないのですが、限界に挑戦するムラヴィンスキーばりの高速を責任持って引っ張り、ラストのアチェレランドのかけ方も圧巻。あまり期待してなかった分、たいへん納得できたチャイ4でした。正直言うと、顔が芸術っぽくないという全く幼稚な偏見で、あまり興味も持たなかった指揮者だったのですが、今日で認識が一変しました。この人はさすがに世界の一流です。

ハーディング/新日フィル:さよならは「千人の交響曲」2016/07/01 23:59

2016.07.01 すみだトリフォニーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
Emily Magee (soprano/罪深き女)
Juliane Banse (soprano/懺悔する女)
市原愛 (soprano/栄光の聖母)
加納悦子 (alto/サマリアの女)
中島郁子 (alto/エジプトのマリア)
Simon O'Neill (tenor/マリア崇敬の博士)
Michael Nagy (baritone/法悦の教父)
Shenyang (bass/瞑想する教父)
栗友会合唱団
東京少年少女合唱隊
1. マーラー: 交響曲第8番変ホ長調 『千人の交響曲』

2010年から新日フィルのミュージックパートナーを務めていたハーディングの、契約最後の演奏会はビッグイベントにふさわしく「千人の交響曲」ということになりました。ところが、来日直前にウィーンフィル欧州ツアーの代役指揮(ダニエレ・ガッティの病欠)を引き受けたため、6/28のフィレンツェ公演を振った後にギリギリの来日という強行スケジュールになり、当然予定されていたリハは吹っ飛んで、特に初日の今日はほとんどぶっつけ本番のような状態でこの大曲に臨むことになったそうな。まあ、何はともあれキャンセルじゃなくてよかったです。

ハーディングの最後の勇姿ということで、普段は空席が目立つ金曜日の公演ながら、客席はほぼ満員。舞台上はと言うと、オケがバンダも含めて約120人、合唱はざっと女声90人、男声60人、児童50人の合計200人ほどで、指揮者、独唱、オルガンを合わせても総勢330人という、私が過去にこの曲を聴いた中では最も少人数の布陣でした。このへんは解釈次第のところもあって、初演が行われた万博会場で「大宇宙」が響いたかのごとくグダグダの音響が生む比類なきスケール感を求める人もいれば、複雑なポリフォニーを立体的に「見える化」し、構造を紐解くようなマーラー演奏をする人もいる中で、今日のハーディングは明らかに後者のスタンス。第二部前半の実に抑制的なオケは、新日フィルにありがちな雑で投げやりなところがほとんどなく、いつにない集中力を持続していました。マンドリンもくっきり聴こえたし。ぶっつけ本番でこれができたのなら大したものですが、あるいはぶっつけ本番が生んだ奇跡的な集中力だったのかも。合唱団の数は、増やしたくとも増やせないステージキャパの事情もありそうですが、これ以上合唱が厚くなれば多分オケの非力がもっと気になってしまうだろうから、結果的にちょうどよいバランスだったと言えるかもしれません。

歌手陣で良かったと思えるのはマギーくらいで、あとはちょっと・・・。この中で過去聴いたことがあるのはサイモン・オニールだけでしたが、彼には調子の良いときに当たったことがなくって、図体でかい割には声に迫力がないチキンテナーという印象でした。今日も、見たところ一人だけ余裕綽々で親分風を吹かせる様子でしたが、歌の方はまだエンジンがかかっていない感じ。身体的な不調という感じはしなかったので、これはおそらく日を追うごとに調子を上げて行くのでしょうが、初日しか聴かない人だって多いんですよ・・・。

オケはもとより過大な期待していませんが、ハーディングとの共演も最後ということでいつもより気合はあったと思います。ホルン以外の金管、木管の音が汚いのにはちょいと興ざめ。ただ、合唱が入るとちょうど良い具合にオケがかき消されて溶け込んでしまうので、曲とシチュエーションに救われた感じです。来シーズンは上岡音楽監督の時代が始まりますが、プログラム的には私の好みからすると二歩も三歩も後退したので、当分新日フィルを聴きに行く予定はありません。

イギリスは欧州にあらず2016/06/25 01:26

まあ、Britの連中は、大陸に出張に出かけるときも「ちょっとヨーロッパに行ってくる」とか言って、自分らがヨーロッパの一部とはさらさら思っていない人が多かったけど、最後は損得勘定で動く人たちだと思っていたので、EU離脱という投票結果は全く意外でした。

ポンド貯金はないし、イギリスに住むことも多分もうないので、勝手にすればと思いますが、日本の株価まで暴落させるのは勘弁してほしいです。

在英時に運転していた車のナンバープレートを持ち帰り、玄関に飾っておりまして、GBの上に燦然と輝くEUのシンボルは、将来貴重なお宝になるかも。


下野竜也/新日本フィル:涅槃交響曲など、和製現代音楽の古典を聴く2016/05/27 23:59

2016.05.27 すみだトリフォニーホール (東京)
下野竜也 / 新日本フィルハーモニー交響楽団
東京藝術大学合唱団
Thomas Hell (piano-2)
1. 三善晃: 管弦楽のための協奏曲 (1964)
2. 矢代秋雄: ピアノ協奏曲 (1967)
3. 黛敏郎: 涅槃交響曲 (1958)

日本の現代音楽の中では「古典」に相当するこれら3作品でも、実演で聴ける機会は珍しく、CDも持っていないので、各々ほとんど初めて聴く曲になります。開演前のミニコンサートではオケの打楽器奏者がライヒの「木片のための音楽」を披露。プリミティヴに気分を高揚させる効果がありました。

1曲目、三善晃の「オケコン」は、10分足らずの短い時間の中に凝縮された急・緩・急の3部構成で、無調を装いながらもかなり保守的な作りに見えました。指揮棒を持たず手刀で切り込んでいく下野竜也は、縦割りリズムをキビキビと指示し、キレ良くオケを統率。こういう難解ではない部類の現代曲を、さらにわかりやすく紹介するのは、下野の性に合っていると見受けました。オケもリラックスしていて、とてもやり易そう。

続く矢代秋雄のピアノ協奏曲も、全編に渡り無調を貫く音楽ながら、様式は極めて古典的。ミニマル系っぽい反復の連鎖は、時々バルトークのようにパーカッシヴでもあり、緩徐楽章では叙情的にも響き、世間の評判が高くファンが多いのも頷ける佳曲でした。欧州の近現代曲を得意とするドイツ人ピアニストのヘルが、何でまたこんな極東の作品をレパートリーにしているのか謎ですが(公式HPを見るとリゲティ、シェーンベルク等と並んで武満はレパートリーに入っているようですが矢代は記述なし)、アンコールで弾いたバッハを聴いていると、民俗色とか土臭さとかを排除した純粋音楽としてのコアは矢代とバッハで通じるものがあると捉えてくれているのではないかいな、と根拠もなく感じました。

最後は本日のメインイベント「涅槃交響曲」。東京藝大の男性合唱団約80名が奏でる力強い経文がたいへんいい味を出していて、まさに「仏教カンタータ」という異形の音楽をギリギリのところでイロモノからすくい上げているように思いました。フルート、ピッコロ、クラリネット、鈴、グロッケンのバンダその1が舞台を向いて右後方、ホルン、トロンボーン、チューバ、コントラバス、銅鑼のバンダその2が左後方の客席内に各々配置され、幸い今日は平土間前方に座っていたので、3方向からの音響効果を十分に体感し、堪能することができました。この音響空間が作り出す別世界は、確かに実演でなくては理解することができません。新日フィルとしては珍しく、オケも終始しっかりとしており、下野は良い仕事をしてくれたと思います。

ジャガーバックス いちばんくわしい世界妖怪図鑑2016/05/17 23:59

復刊ドットコムに最初にリクエストを出してから、気がつけば15年を超え、ほとんど諦めの境地に達していたところ、ようやく復刊が成りました。


人気アイテムなので、ヤフオク等で活発に取引されていたとは言え(状態極悪のものがほとんどですが)、今日届いたピカピカの新品を手にすると、なんだか感無量です。


そうそうこれこれ、このイギリスの妖怪「モズマ」が、小学生のころトラウマで、思い出すと夜も寝れませんでした。

これからゆっくりと懐かしみつつ熟読します。こいつが出版できたということは、姉妹編の「日本妖怪図鑑」の復刊も近いのでしょう。今から楽しみです〜。(^^)

9年ぶりのラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは交響組曲二題:「惑星」「グランド・キャニオン」2016/05/03 23:59

2016.05.03 東京国際フォーラム ホールA (東京)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016
Nabil Shehata / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. ホルスト: 組曲「惑星」 Op.32

9年ぶりにラ・フォル・ジュルネオ・ジャポンに行ってみました。最初は、ホールAで唯一売り切れたという新日フィルの「惑星」から。演奏前に井上道義(この公演の指揮じゃないのに)と月尾東大名誉教授によるプレトークがありました。スライドを使って、太陽系惑星の紹介、冥王星が入っていない理由、地球外生命の可能性など、ありきたりなプレゼンでしたが、一番興味深かったのは、この国際フォーラムのホールAが当初の予定から大幅に拡大して5012席になったのは、数年前に完成したパシフィコ横浜が5002席になったのに対抗して、絶対それ以上のホールを作らなければならないと強硬に主張する都議会議員がいたから、という月尾先生の暴露話でした。

さて肝心の「惑星」ですが、早いテンポで軽快に進むサクサク系演奏。指揮者のシェハタは元ベルリンフィルのコントラバス首席奏者で、昨年新日フィルに客演し、コントラバス協奏曲を弾き振りするという超絶芸を披露したよとのこと。指揮者としての実績はまだこれからのようです。ラ・フォル・ジュルネの昼公演でこの選曲ですから、仕事はきっちりやりますよという「まとめ力」をアピールしとけばとりあえずは良くて、まあ可もなく不可もなくという感じでした。

このホールは演奏会には大きすぎるのでハンデはあるにせよ、それにしても新日フィルは相変わらず音に迫力がない。「惑星」だから管はもうちょっと頑張って欲しかったし、特にトランペットは足を引っ張るのみ。奏者の顔ぶれが若かったし、もしかしたら一軍ではなかったのか。チェレスタ、オルガンは奏者がいましたが(オルガンは電子式だろうけど)、「海王星」の女声コーラスはどうするのだろうと思っていたら、録音でした…。


2016.05.03 東京国際フォーラム ホールC (東京)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016
井上道義 / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. 武満徹: グリーン
2. グローフェ: 組曲「グランド・キャニオン」

国際フォーラムのホールCは1500席ほどで、音響はともかく、コンサート用としてはまあまあ程よい大きさ。ステージが若干狭いので合唱付きの大曲などは無理ですが。

最初の「グリーン」は、著名な「ノヴェンバー・ステップス」と同時期に作曲され、当初は「ノヴェンバー・ステップス第2番」と名付けられていたそうですが、こちらはショートピースですし、曲の趣きもずいぶんと違います。今回のラ・フォル・ジュルネのコンセプトである「ナチュール〜自然と音楽」とはぴったりな、あからさまに森林を思わせる幻想的な音楽です。初めて聴くので演奏の良し悪しは判定できず。

続く「グランド・キャニオン」が私的には今日のお目当て。よくできた曲と思うのですが、プロオケのプログラムに乗ることがほとんどないので、生で聴くのはこれでやっと2回目。ここでもやっぱりトランペットがデリカシーのない音で雰囲気をぶち壊しますが、他のパートはまあまあ健闘。音が拡散し放しのホールAと違って、音がまとまるのでそれなりの音圧で身体に届きます。あたらめて、ファミリーコンサート専用の演目にしとくにはもったいない、シンフォニックな佳作だと思いました。終楽章のウインドマシーンは、やはり録音っぽかったですが…(よく見えなかった)。

東京・春・音楽祭:さらに進化した圧巻の「ジークフリート」2016/04/10 23:59

2016.04.10 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 7
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation)
田尾下哲 (video)
Andreas Schager (Siegfried/tenor)
Erika Sunnegårdh (Brünnhilde/soprano)
Egils Silins (Wotan, wanderer/baritone)
Gerhard Siegel (Mime/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
In-sung Sim (Fafner/bass)
Wiebke Lehmkuhl (Erda/alto)
清水理恵 (woodbird/soprano)
1. ワーグナー:舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第2夜 《ジークフリート》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭の「リング」サイクルもついに3年目で、念願の「ジークフリート」にたどり着きました。かつて、ブダペストのオペラ座では毎年年明けに「リング」連続上演をやるのが恒例でしたが、一年目は試しに「ラインの黄金」を見に行き、面白かったので翌年に残り3作品を連続して見る予定が、子供が急に熱を出したため「ジークフリート」だけは見に行けなかったのです。それ以降、ロンドンでも「リング」サイクルの機会はありましたが、都合が合わず行き損ねました…。

一昨年、昨年とハイレベルのパフォーマンスを聴かせてくれたこの東京春祭の「リング」、今年も非の打ちどころがないどころか、進化さえ感じられる圧巻の出来栄えで、満足度最高級の演奏会でした。今年もゲストコンマス、キュッヒルの鋭い視線が光る下、N響は最高度の集中力で演奏を維持し、虚飾のないヤノフスキの棒に直球で応えて行きます。初登場のシャーガーは、ヘルデンテナーらしからぬスマートな体型に、明るくシャープな声が持ち味。これだけ出ずっぱりでもヘタレないスタミナがあり、イノセントなジークフリートは正にはまり役でした。ミーメ役でやはり初参加のジーゲルは、記録を辿ると2006年にギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」の道化クラウス役、および2010年にロイヤルオペラ「サロメ」のヘロデ王役で聴いていますが、備忘録で歌唱力は褒めているものの、正直あまり記憶がありません。今日も最初は(見かけによらずと言えば失礼か)ちょっと上品過ぎるミーメに聴こえましたが、だんだんと下卑た感じになっていく演技力が見事。まずはこのテナー二人の熱演で飽きることなく引き込まれて行きます。

そして、毎年出演のヴォータン役、シリンスは相変わらず堂に入った歌唱。一昨年もアルベリヒを歌っていたコニエチヌイは、明らかに対抗心むき出しの熱唱だったのがちょっと可笑しいですが、この人も歌唱力には定評があります。昨年フンディンクを歌っていた常連のシム・インスンは今年はファフナーに復帰。元々存在感のある重厚な低音に、洞窟の中から出す声はメガホンを使って変化を持たせていました。低音男声陣も各々素晴らしく、皆さん抜群の安定感と重量感でした。

女声陣の出番は少ないですが、まずはブリュンヒルデ役で初参加のズンネガルドは、ワーグナーソプラノではたいへん貴重な細身の身体で、迫力では昨年のフォスターに及ばないものの、どうしてどうして、見かけによらず余裕の声量で揺れ動く心理を感情たっぷりに歌い上げ、聴衆の心をがっちり掴んでいました。シャーガーもスリムだし、シュワルツェネッガーのようなジークフリートとマツコデラックスのようなブリュンヒルデが暑苦しく二重唱を歌う、という既成のビジュアルイメージ(?)を打ち砕く、画期的なヒーロー、ヒロイン像だったと思います。エルダ役のレームクール、森の鳥役の清水理恵も双方初登場でしたが、どちらも出番は短いながら、非の打ちどころのない歌唱。今回も総じてレベルの高い歌手陣で、毎年のことですが、これだけのメンバーを揃えた演奏も、世界中探してもなかなか他にないのでは、と思いました。これだけやったのだから、来年の最終夜ではここまでの集大成を聴かせてくれるに違いなく、とても楽しみです。

山田和樹/日フィル:マーラー「悲劇的」は、刺激的でも喜劇的でもなく2016/03/26 23:59

2016.03.26 Bunkamura オーチャードホール (東京)
山田和樹 / 日本フィルハーモニー交響楽団
扇谷泰朋 (violin-1)
1. 武満徹: ノスタルジア
2. マーラー: 交響曲第6番イ短調「悲劇的」

山田和樹マーラーチクルス第2期の最終。前回お休みだったコンマスの扇谷氏が復活し、1曲目の「ノスタルギア」で実に眠たいソロを聴かせてくれました…。寝不足で聴くにはなかなかキツい曲でした、すみません。

一方、マーラー6番は個人的にもお気に入りで、生演奏の機会はできる限り出かけていくことにしていましたが、最近はちょっとご無沙汰、前に行ったのは2年前のインキネン/日フィルでした。4番、5番が「笛吹けど踊らず」系で練習不足にも見えた今回のチクルスですが、6番は少し気合を入れてネジを巻き直した様子がうかがえました。冒頭から軍靴の音をくっきりと刻むかのような行進で、続くアルマのテーマもこれ見よがしに劇的な表現。5番のときとは打って変わり、弦は芯のある音で頑張っていました。一方、管は相変わらず貧弱。まあ、トランペットは崩壊してなかったし、要所ではヤケクソ気味に音圧を張り上げていたので、それなりに迫力は出ていました。

全般的に反応が鈍いのは前と同じで、終始後乗りのもモタリ気味演奏。終楽章ではティンパニ等が振り落とされる事故も起こっていました。別に事故はあってもいいのですが、鬼気迫るドライブの代償として、ならばまだ感動もひとしおなれど、そんな演奏だったかというと…。

なお中間楽章の順序は、インキネンと同じく伝統的なスケルツォ→アンダンテの順。プレトークではハンマーを何回叩くかは聴いてのお楽しみと気を持たせていましたが、結局普通に2回だけでした。

来年はいよいよチクルス第3期の7、8、9番ですが、シリーズ買いする気は失せてしまいました。9番くらいは単発で聴きに行きたいですが。