ベルリンフィル/ペトレンコ/G.カピュソン:引き締まった至高のアンサンブル ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Kirill Petrenko / Berliner Philharmoniker
Gautier Capuçon (cello-2)
1. Stravinsky: Pulcinella Suite
2. Tchaikovsky: Variations on a Rococo Theme
3. Beethoven: Symphony No. 2 in D major, op. 36
同じ日にウィーンフィルとベルリンフィルを連続して、しかも楽友協会で聴くという究極のダブルヘッダー。マチネのマーラー3番がウィーンフィル渾身のパワープレイだとすれば、こちらは引き締まった編成と機能性で聴かせるプログラム。ベルリンフィルは前日の5月1日にエステルハージ宮(アイゼンシュタット)のハイドン・ホールで恒例のヨーロッパ・コンサートを行っており、その勢いのままウィーンへ乗り込んできた形になります。何より、ようやくペトレンコ指揮の新生ベルリンフィルを生で聴けるのが嬉しい。
1曲目「プルチネッラ」組曲は、好きな曲ですが実演で聴ける機会が珍しく、2年前のパシフィックフィル東京でようやく聴けて以来ですが、まさかベルリンフィルで聴けることになるとは夢にも思わず。オーボエ、フルート、ファゴット、ホルンが各2、トランペットとトロンボーンが各1にヴァイオリン3プルトの弦五部というミニマムな2管編成は、アンサンブルの精度は言うまでもなく、磨き抜かれたベルリンフィルの上澄みだけを掬い取ったような極上シルキーの響き。管楽器のソロは一つ一つが驚くほど巧く、フレーズの仕舞い方、音の立ち上がり、ちょっとしたニュアンスまでいちいち神経が行き届いており、小編成だからこそ個々の技量が際立っていました。ただ、トップ奏者の上澄みだけで勝負するなら他の一流オケもそこそこ負けていない気はするので、この段階ではまだ「ペトレンコの仕事」がどこにあるのかは掴みきれず。
続く「ロココ変奏曲」ではヴァイオリンが4プルトに少し増えました。チェロ独奏のゴーティエ・カピュソンは、著名なヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト、ルノー・カピュソンの6歳下の弟。ルノーは2012年にロンドンで一度聴いていますが、ゴーティエは初めてです。見るからに伊達男然としたイケメンですが、外見だけではもちろん終わりません。チェロの音色が素晴らしいうえに、舞台後方のバルコニー席にも驚くほどよく届きました。繊細に歌う瞬間から、芯の強いフレーズを大きく描く場面まで、変幻自在の表現力。最前列にいた母子連れが、幸福そうな笑みを浮かべながら食い入るように見つめていたのが印象的でした。まさに色気ダダ漏れの「女殺し」チェロ。

アンコールではベルリンフィルのチェリスト4人を従え、祈りを思わせる静かな小品を演奏。スマホの翻訳機能を使ってたどたどしくドイツ語で曲の説明をしていたのですが、もちろん聞き取れず。前日のヨーロッパ・コンサートと同じだとすれば、カタルーニャ民謡「エル・カント・デル・オセルス」をパブロ・カザルスがチェロ合奏用に編曲したバージョンのようです。なおアンコールの最中にパルテレ席で倒れた人が出て、6人がかりほどで運び出される騒ぎがあってちょっと騒然としました。
後半のベートーヴェンではヴァイオリンが5プルトと、編成が徐々に増えました。以前一度だけ本拠地のフィルハーモニーでベルリンフィルを聴いた際の演目が同じ交響曲第2番で、不思議と縁があります。演奏は実にキビキビとして質実剛健。高速テンポでも全く乱れないベルリン・フィルの弦の強さを堪能しました。ピリオド奏法寄りではないものの、贅肉を徹底的に削ぎ落としたスマートなベートーヴェン。この曲でようやくティンパニが登場。若い奏者が手巻き式の楽器を硬いウッドのバチで鋭く叩き込む、その音が実に痛快でした。
見る限り、ペトレンコは終始にこやかな表情で指揮をしているのですが、そこから出てくる音楽は極めてストイック。どこか鬼軍曹のような緊張感があり、オーケストラを一切緩ませない凄みを感じました。今年の1月には、今日のプログラムとは対極とも言えるマーラー「千人の交響曲」を取り上げていて、一体どんな演奏だったのだろうかと非常に気になっております…。夏にはBBCプロムスに出演するので、ロンドンでまた聴ける機会を楽しみにしております。


ウィーンフィル/ネルソンス:渾身のパワープレイ、マーラー交響曲第3番 ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Andris Nelsons / Wiener Philharmoniker
Wiebke Lehmkuhl (alt)
Damen des Singvereins der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Wiener Sängerknaben
1. Mahler: Symphony No. 3
この「ベートーヴェンの散歩道」音楽祭にはサイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、藤田真央、ロウヴァリ、パッパーノ/LSOなど多彩な顔ぶれが出演していましたが、この日のウィーンフィル&ベルリンフィル・ダブルヘッダーがおそらく一番の目玉だったかと思います。折しもゴールデンウィークなので、楽友協会のロビーには日本人の姿が目立ちました。自分自身ここへ来るのも随分久しぶりで、2012年のちょうど今ごろ、ウィーン家族旅行のついでにリンツ・ブルックナー管を聴いたのが最後です。ウィーンフィルを前回聴いたのは2017年ですが、このときの会場はコンツェルトハウスのほうでした。楽友協会ホールでウィーンフィルを聴いた機会となると、2003年のヤンソンスまで遡らないとなりません。

冒頭、9人のホルンによるユニゾンが鳴った瞬間に、もう完全に持っていかれました。滑らかで艶のある響き、豊かな音量と圧力感、それでいて決して粗くならない音。楽友協会の残響も相まって、「これぞウィーンフィル」と言いたくなる世界が、最初の一撃で現れました。金管がとにかく素晴らしかったです。トランペットのトップは若い奏者でしたが、技術的な不安など微塵も感じさせない完璧な吹奏。トロンボーンも単に豪快なだけではなく余裕をもって歌っているのがニクい。第3楽章の舞台裏からのポストホルンも見事で、終演後のカーテンコールで姿が見えなかった気がしますが、今日イチ拍手ものでした。弦もまた圧巻で、繊細極まりない弱音のコントロールから、全奏で最大音量まで達しても決して崩れない統率感まで、まさに極上のアンサンブルでした。その中でもコンサートマスターの音は突出して輝いており、アンサンブルの中から自然に浮かび上がるソロが至極でした。
ネルソンスの指揮は、師匠のヤンソンス譲りと思わせる、オーケストラに余計な細工を施すのではなく、とびきり上質な楽器を大らかに、存分に鳴らし切る方向の音楽作り。その一方で、この巨大な曲を最後まで弛緩させず、最大音量へ向かうペース配分とバランス感覚はさすがでした。特別に遅いテンポという印象はありませんでしたが、気がつくと演奏時間は優に100分を超えていました。
メゾソプラノのレームクールは2016年の東京・春・音楽祭「ジークフリート」でエルダを歌っていました。野太いが決して濁らない美声で、ホールの隅々までよく届いていました。楽友協会合唱団の女声合唱も舞台後方からオーケストラに美しく溶け込み、響きに自然な厚みを与えていました。一方のウィーン少年合唱団はオルガン前に配置。よく考えると、ウィーン少年合唱団は新婚旅行でミサを見に行ったとき以来かもしれない。今のメンバーは半分近くがアジア系の子どもたちに見え、時代の変化を感じます。対照的に女声合唱のほうはほとんど白人系でした。
全体を通して、腐すところが全く見当たらない好演。ウィーンフィルが本気で繰り出すパワープレイを真正面から浴びた感覚でした。しかし終演後のフライングブラヴォーは、もうちょっと待てないものかねえ。ネルソンスとウィーンフィルはマーラーの交響曲全曲録音を進行中で、この日もいっぱいマイクが立っていましたので、録音が発売されるならぜひ手元に置いておきたいです。
ウィーン国立歌劇場/ヴァイグレ/フリードマン:分身と仮面の「サロメ」 ― 2026/05/01 23:59

2026.05.01 Wiener Staatsoper (Vienna)
Sebastian Weigle / Orchestra of the Vienna State Opera
Cyril Teste (director)
Gerhard Siegel (Herodes), Monika Bohinec (Herodias)
Lidia Fridman (Salome), Tomasz Konieczny (Jochanaan)
Daniel Jenz (Narraboth), Isabel Signoret (Page)
Thomas Ebenstein (1st Jew), Andrea Giovannini (2nd Jew)
Carlos Osuna (3rd Jew), Hiroshi Amako (4th Jew)
Evgeny Solodovnikov (5th Jew), Michael Wilder (Cappadocian)
Attila Mokus (1st Nazarene), Jusung Gabriel Park (2nd Nazarene)
Simonas Strazdas (1st soldier), Dohoon Lee (2nd soldier)
Wolfram Igor Derntl (slave), Pablo Delgado Flores (executioner)
Benedikt Missmann (performing videographer)
Katarina Klimaschka (little Salome)
Eliska Smatralova (little Salome - dance/video)
1. Richard Strauss: Salome (music drama in one act)
久々にウィーンへ小旅行でもと演奏会スケジュールを調べていたら、ちょうど4〜5月に楽友協会で「ベートーヴェンの散歩道」と称する音楽祭が開催されるのを発見、スケジュールを見ると垂涎の演奏会が目白押しの中で、特に5月2日はマチネにウィーンフィル、ソアレにベルリンフィルという仰天のダブルヘッダーがありました。その前後の国立歌劇場をチェックすると、ちょうど前日の5月1日に「サロメ」の初日があり、ちょいと詰め込み過ぎとは思いましたが、これはもう行くしかないと即決しました。
ウィーンにはそれこそ30回以上は来ているのですが、前回訪れたのは2018年の出張時なのでもう8年も経ちました。オペラに合わせて旅程を組むのはなかなか難しくて、国立歌劇場の中に入るのは20年ぶり、メインの劇場でオペラを見るのは2003年の「ワルキューレ」以来になります。
元々声楽入りの曲がそんなに得意ではなく、オペラの長さも体質に合わない私にとって「サロメ」は数少ない「好きなオペラ」です。約100分という「サロメ」の上演時間が自分の中の一つの基準になっていて、これより長いオペラ(著名なオペラは大概そうですが)はその長さゆえに観ること自体が苦痛を伴うので、よほど体調を整えて臨まないと心から楽しむことができないのが正直なところ。どこでも毎シーズンやっているオペラではないので、過去はブダペスト、ロンドンでそれぞれ1回ずつ観ただけで、劇場で観るのはこれが3回目です。誰が興味あんねん、と自己ツッコミをしつつ、そういえば過去に3回以上生演をリピートで観ているオペラって(ライフワークとして追いかけている「青ひげ公の城」は除き)何かあっただろうかと記録を探してみると、「魔笛」を5回、「マイスタージンガー」、「ばらの騎士」、松村禎三「沈黙」をそれぞれ3回観ていました。どれも「サロメ」より全然長いオペラながら、家族で観に行って楽しめるというのが共通点かと(「沈黙」はまあちょっと微妙ですが)。
やっと本題、まずは音楽的なところから感想を書きますと、何といってもセバスティアン・ヴァイグレのタクトの下、オケ(ほぼウィーンフィル)の演奏が最高に良かったです。元々が弱音欠如型の指揮者であるヴァイグレは、初日ということもあってか手加減なしでオケを鳴らしまくり、ホール特有の包み込むような残響も相まってウィーンフィルの豊潤な音が常に前面に立ち、歌手勢は割りを食ったかもしれません。弦も管もさすがノーミスなうえに音色がいちいち素晴らしいので、私のようなオケフリークはどうしてもそちらに意識を引き寄せられます。2019年から読響の常任指揮者に就いているヴァイグレさん、2023年と2024年にどちらもロシアもの中心のプログラムを東京で聴いています。読響ではツボを押さえて音厚めにまとめるドイツ職人の手腕を大いに発揮しつつも、野心や冒険はなく、キャリア的にすでに余生を送っているような達観モードに見えたのですが、やはりこの人は生来がオペラ指揮者であり、歌劇場では水を得た魚のようにイキイキとした音楽を導き出す、まだまだ現役バリバリだなと再認識しました。
主要キャストの歌手も総じて文句のつけようがない、素晴らしい歌唱でした。タイトルロールを歌ったロシア人ソプラノのリディア・フリードマンは、まだ30歳という若さながらも落ち着いた歌唱とエキセントリックな絶叫の両方を行き来できる技量を持ち、ちょっとクセあり系ですが恵まれた美貌もあって、サロメはハマり役と見ました。キャストでこれまで聴いたことがあったのは、ヘロデ役のゲアハルト・ジーゲルが過去3回、2006年ギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」で道化クラウス役、2010年ロイヤルオペラの「サロメ」で同じヘロデ役、2016年東京・春・音楽祭の「ジークフリート」でミーメ役と、三カ国それぞれで遭遇していました。ハゲ親父の見た目からは想像つかない美声の持ち主です。あと、ヨカナーン役のトマシュ・コニエチヌイは過去5回、2010年のBBCプロムス・ファーストナイトのマーラー「千人の交響曲」、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」でマンドリーカ役、2014年「ラインの黄金」、2016年「ジークフリート」、2017年「神々の黄昏」、いずれも東京・春・音楽祭のワーグナー・リング・シリーズでは一貫してアルベリヒ役を歌っていました。こちらも三カ国またがって聴いており、あらためて東京・春・音楽祭は第一線級の歌手を集めていたのだなということを認識しました。
「サロメ」はもちろんドイツ語の歌詞ですが、この歌劇場の手元字幕表示は日本語もあったのが非常に助かりました。大きめのフォントで文字数少なく表示された日本語字幕は、だいぶ内容を端折っているとは思いますが、表意文字中心なのでビジュアルの認識だけで速やかに意味が頭に入ってくるのが良いです。これが英語字幕だと「読む」という行為をしないと、なかなかパッと見だけでは意味がつかみにくいことが多いため、注意散漫になってしまうのが嫌で、結局字幕は捨てて舞台上に集中することになるので字幕の恩恵がありません。
フランス人舞台監督のシリル・テステによる演出は、古代イスラエルから第二次世界大戦中くらいに時代が置き換えられており、これは2010年にロイヤルオペラで見たマクヴィガー演出と同じで、まあありがちな読み換えかと思いました。ユニークだったのは、記録フィルムを撮影しているという設定で、手持ちカメラの映像がそのまま舞台後方のスクリーンにライブで大映しされていたのがまさにドームコンサートの巨大ビジョンのように、オペラグラスでも見えない細部がよく見えたので、これは良かったです。
長くカールしたブロンドヘアに純白のドレスを纏ったサロメには、髪型、衣装を寄せた少女の分身が途中出てきて踊ったり一緒に絡んだりします。少女サロメがいろいろ動いている間、サロメ本人は舞台袖のほうでじっとして歌だけ歌っているような時間も多々ありました。上演中は気づかなかったのですが(だってよく似てるんだもの)、カーテンコールの際に分身の少女は二人いたことがわかり、軽くショック。てっきり、現在の狂気のサロメと無垢なころの少女サロメを対比させ、二面性を表現する演出と思ったのですが、ことはそう単純ではなかったようです。うーむ、奥が深すぎて難しい。見せ場の「7つのヴェールの踊り」では、サロメと少女が一緒に踊るのですが、人を楽しませる踊りと言うよりも内面感情の吐露の振り付けで、しかも二人とも身体が硬そうで動きがぎこちないうえに、ダイニングテーブルの上に乗ったりするものだから、危なっかしくてヒヤヒヤしました。実際、テーブル上のホイップクリームを舐める場面で、クリームが吹っ飛んで髪にべったりとついてしまっていたのは、狙ったのではなく事故だったのかなと。
歌わない重要キャストである処刑人は、若くて目つきが鋭いラテン系のイケメン。クライマックスで、エプロンを血に染めて持ってきたヨカナーンの首は、生首ではなく顔だけの仮面になっており、しかも歌手に寄せて作り直している感じはしない、使い回し可能な汎用小道具の扱いでした。サロメがその仮面を処刑人に被せて一緒に踊ったりするのですが、これは初めて見る演出で、なるほどこれなら処刑人がイケメンの必要がありそうです。ただ、この段階でヨカナーンが自分の足で地に立っている意味は何だろうかと疑問です。また、最後は仮面を銀のトレイに乗せて、地面に置いてキスしまくるのですが、ストールからは単純によく見えないのと、それだったらやっぱり生首のインパクトには敵わないなあと感じ、この演出のコンセプトが今ひとつ理解できませんでした。徹底的に血みどろなマクヴィガー演出を、また見たくなりました…・。

ティーレマン/ウィーンフィル:極上のブラームス ― 2017/06/09 23:59
2017.06.09 Wiener Konzerthaus, Großer Saal (Vienna)
Christian Thielemann / Wiener Philharmoniker
Dieter Flury (flute-2)
1. Brahms: Academic Festival Overture Op. 80
2. Jörg Widmann: Flûte en suite (2011)
3. Brahms: Symphony No. 4 in E minor
出張のおり、5年ぶりのウィーンフィルを聴くことができました。ティーレマンを見るのは初めてでしたし、コンチェルトハウスも前世紀以来行けてなかったので、グッドタイミングでした。
土日にも楽友協会で定期演奏会があるとは言え、そちらのチケットは入手困難ですし、ティーレマンのブラームスですから、客入りはほぼ満員。席は平土間の脇のほうで、コスパは良かったですが、やはりこのホールは天井が高い分残響が無駄に長すぎて、オケから遠いと音に芯がなくなるのが難点です。
Christian Thielemann / Wiener Philharmoniker
Dieter Flury (flute-2)
1. Brahms: Academic Festival Overture Op. 80
2. Jörg Widmann: Flûte en suite (2011)
3. Brahms: Symphony No. 4 in E minor
出張のおり、5年ぶりのウィーンフィルを聴くことができました。ティーレマンを見るのは初めてでしたし、コンチェルトハウスも前世紀以来行けてなかったので、グッドタイミングでした。
土日にも楽友協会で定期演奏会があるとは言え、そちらのチケットは入手困難ですし、ティーレマンのブラームスですから、客入りはほぼ満員。席は平土間の脇のほうで、コスパは良かったですが、やはりこのホールは天井が高い分残響が無駄に長すぎて、オケから遠いと音に芯がなくなるのが難点です。
1曲目の「大学祝典序曲」は昔部活で演奏したこともあるノスタルジー曲。イメージ通り、ティーレマンはいかにも融通の利かなさそうな仏頂面のドイツ人でしたが、音楽は見かけによらず軽やかというか、片意地の張らないリラックスしたものでした。ウィーンフィルもブラームスはヘタなものを聴かせるわけにはいかず、ホルンとかいちいち外さないのがたいへん心地よく、あっという間に安心感に包まれました。
続いて、首席をソリストに迎えての、ヴィットマンのフルート組曲。初めて聴きましたが、ラトル/ベルリンフィルも取り上げた注目曲で、コンテンポラリーとしては聴きやすい作風。バロックからの引用もあったり、楽しく聴ける曲でした。こういう曲は本来はかぶりつきで聴きたかったのものですが。
最後はメインのブラ4。たいへんわざとらしいタメを作って冒頭の「嘆きのテーマ」に入ったのは、そういう小細工をいかにもしなさそうなイメージだったので、全く意外でした。ティーレマンは「最後の質実剛健ドイツ人」という先入観のほうがむしろ間違いで、音楽はけっこう緩く、四角四面には当てはまらない流動的なものでした。ダイナミクスのメリハリはそんなに繊細ではなく、あくまでテンポと歌わせ方で起伏を作るスタイルですが、解釈が先にあって細部をコントロールするよりも、元々の音楽の力にまかせて盛り上がりが自然に形成されるという演繹的手法。ある意味、実はこれが伝統的なドイツ流正当ブラームスか、とも思いました。
ティーレマン、汗びっしょりの燃えつき熱演で、最後は上着脱いで登場の「一般参賀」までありました。いずれにせよ、現地で聴くウィーンフィルの音は、日本で聴く普段の演奏会とはやっぱり別格でした。
おまけ。表のマーラーのレリーフも健在でした。
二重帝国で骨髄食いまくり ― 2013/01/03 23:59
と、たいそうに書く話でもないのですが、クリスマスはウィーンとブダペストに小旅行してきました。ウィーン市庁舎近くのレストラン(うかつにもカードを取ってくるのを忘れた…)でなにげに頼んだ骨髄のコンソメスープ。
たっぷりと入った骨髄にまずびっくり。骨髄は牛脂の固まりみたいなもんですから、かなり脂っこい料理なんですが、何という旨味の宝庫。イギリスでも日本でも決して味わえない、掘り出し物のスープでした。
ブダペストではいつものKehliに行き、ここでもつい勢い余って、前菜に骨髄を注文してしまいました(こいつからはもう足を洗おうと思っていたのに…)。こちらは自分で骨髄を掻き出し、生ニンニクを擦り付けたトーストに乗せ、塩をふって食べます。うーん、濃いいが、この脂っこさに慣れるとヤミツキに。
こんなもんばかりを食べていたので、当然のごとく体重が増強されて帰宅、そのまま年末年始の食いだおれに突入したため、年明け体重計に乗ったらとんでもないことになっていました…。
しかし、それにしても牛骨髄の美味さよ。以前読んだ米国ファーストフード業界の本で、マクドナルドはその昔、フライドポテトを牛脂のみで揚げていたのが人気の秘密だった、という記述があって、それはさぞ美味しかろう、是非食べてみたいものだ、と読んでてよだれを垂らしたのを思い出しました。
ブダペストでは別の日、超久々にSir Lancelotへ行きました。
地下の酒蔵を改造した風のレストランは、中世にタイムスリップしたかのよう。
ここの名物料理は、お肉てんこ盛りのプレート。この写真は二人前なのでかわいいものですが、大人数で行くと、山のように積まれた骨付き肉に圧倒されます。中世にはまだ発明されてなかったという理由で、この店にフォークはありません。ナイフとスプーンと手づかみでこれらお肉と格闘するのが醍醐味です。
ブダペストにいたころ、ここはお客さんと会食するのに何度利用したことか。途中でベリーダンスや火食い男のパフォーマンスもあり、単純にワイワイと楽しめます。当時は食べても食べても皿からなくならない(気がした)このお肉が、胃袋が欧州化した今ではペロっと平らげてしまえるから、困ったもんです。いいかげん、ダイエットせねば…。ズボンが苦しい…。
クリムト・イヤーのウィーンの美術館 ― 2012/05/07 23:59
今年はクリムト生誕150年にあたる記念イヤーなので、ゆかりの地ウィーンでは数多くの特別展が開催されるようです。すでに終ったもの、これから始まるものなどいろいろですが、とりあえず旅行中にやってるものはと探して、まずはミュージアム・クォーターのレオポルド美術館へ。
「Klimt: Up Close and Personal」と題した特別展は、撮影禁止だったので写真は撮れませんでしたが、なかなか貴重なものでした。元々この美術館が所有している「死と生」をX線で分析すると下に若干異なる図案が隠されていたことがわかったので、その復元図であるとか、ウィーン大学の講堂のために書いたが戦争中に火災で焼失してしまった大作天井画「哲学」「医学」「法学」三部作の白黒写真を原寸大に引き延ばしたものが目を引き、圧巻はクリムトが旅行先から愛人のエミーリエ・フレーゲに送ったおびただしい数の絵葉書。エミーリエは自分が書いた手紙は死ぬ前に全て処分したそうなのですが、クリムトからもらった400点に及ぶ絵葉書が遺品から発見され、まとめて公開されるのは今回が初めてだそう。ロンドンからの絵葉書もあり、当時のピカデリー・サーカスの様子がわかります。多数の写真も展示され、クリムトの生涯と人物像に多面的に迫ります。
次は、道を渡って美術史美術館へゴー。すごく久しぶりです。
この美術館が所蔵しているのは主に中世から、せいぜい19世紀までの絵画ですが、ここにはクリムトが若い頃に手がけた装飾画があり、今年は至近距離からそれを鑑賞できるよう足場を組み、特別展(追加料金なし)として公開していました。元々は5月6日で終了する予定でしたが、好評につき、来年1月まで期間が延長されたそうです。
普段はこのくらいの高さにある絵なので、正直、よく見たことはありませんでした。
後の奔放な絵画作品と比べたら相当よそ行き顔で、拡張高い古典風の装いながら、女性のエロチックな雰囲気は、まさにクリムト、という感じです。ちなみに後で気付いたんですが、撮影禁止だったようです、すいません。
これだけでは何なので、常設展のほうも、もちろん一通り歩きました。
ルーベンス「メデューサの頭部」。これに勝るインパクトはなかなかありません。子供の頃、ジャガーバックスの「世界妖怪図鑑」で見たのが最初だと思うのですが、記憶が定かでなし。
フェルメール「絵画芸術の寓意」。以前は小部屋にさりげなく置いてあったと憶えているんですが、角の中部屋に移されて、ちゃんと目玉作品としての取り扱いを受けるようになりました。
美術史美術館はブリューゲルのコレクションも有名で、代表作「バベルの塔」。見たところ、ロデムもロプロスも出てこないようです。
「子供の遊び」はこれぞブリューゲル、という感じで、一つの絵にひたすら大人数が各々事細かに描き込まれています。これを何時間もかけて隅から隅までじっくり鑑賞したら、さぞ面白いでしょうけど、そこまでの余裕はなく。
この「ベツレヘムの嬰児虐殺」は昨年中野京子著「恐い絵」で読んだので、興味ありました。ピーテル・ブリューゲル(父)によるオリジナルの真筆はロンドンのハンプトンコートにあり、これは息子(ピーテル・ブリューゲル(子)と表記される人)による模写ですが、オリジナルは何者かによって子供の死体が犬や壷に、曇り空が青空に塗り変えられてしまったため、父の傑作の本来の姿を後世に伝える貴重な資料となっています。
これも「恐い絵」に取り上げられていた、コレッジョ「ガニュメデスの誘惑」。
同じモチーフをミケランジェロが描いた絵の模写(です、多分)。
異色の画家、アルチンボルドの作品もこの美術館の目玉です。これは連作「四季」の「夏」。
こちらは「冬」。哀愁を誘います。
面白いのは「四大元素」の「水」。海の幸で顔を作るくらい、彼の手にかかれば何でもなかったんでしょう。
ベラスケスの「マルガリータ王女」シリーズ。ここまで来ると、もう身体も頭も疲れてしまってます。
ここは絵画だけでなく、エジプトやギリシャ・ローマの美術品も多数展示しています。上はなんだかよくわからない壁画。
ギリシャ彫刻の首だけが並んで、ライトアップされているのは相当不気味でした。
ここのカフェはゴージャスな内装が人気ですが、日曜日のランチタイムは予約しとかないと、並ぶことすらできないようです。ランチタイムの終る3時に、ちょっと休憩。
懐かしいアイスカフェ。ハンガリーではJegeskaveと言いました。日本のアイスコーヒーとは全く違い、氷とアイスクリームに熱いコーヒーを注いで、ホイップクリームを乗せたものです。歩き疲れてバテバテの娘も、バナナパフェを食べてご満悦。
と、オチはありませんが、6年ぶりの美術史美術館を堪能した我々でした。
ウィーン旅行記2012(終)
ウィーンのナッシュマルクト ― 2012/05/06 23:59
ウィーン旅行記の続き。
ブダペスト在住のころ、セセッシオン近くに定宿を選んでいたのは、ひとえにナッシュマルクトで買い出しをするためでした。最終日の朝(だいたい月曜日)はノルトゼーで腹ごしらえし、マーケットで生鮮野菜や魚介を買い出した後、ホテルに戻って車に積み、12時のチェックアウトきっかりに出発する、というのが定番スケジュールでした。
ブダペスト在住のころ、セセッシオン近くに定宿を選んでいたのは、ひとえにナッシュマルクトで買い出しをするためでした。最終日の朝(だいたい月曜日)はノルトゼーで腹ごしらえし、マーケットで生鮮野菜や魚介を買い出した後、ホテルに戻って車に積み、12時のチェックアウトきっかりに出発する、というのが定番スケジュールでした。
ノルトゼーはドイツ、オーストリアで展開している魚料理のチェーンレストランですが、ナッシュマルクトのお店は鮮魚も売ってます。
巨大ナマズ。いったい誰が買うんでしょうか。
ノルトゼーのある市場の入口あたりは魚屋さんが集中していて、隣りのお店には無骨にアンコウの大きな切り身が置いてありました。ここは魚をその場で裁いてくれます。
その向かいのお店は、昔と変わらぬ素敵な看板。ここは冷凍の魚、貝類、ロブスターが充実してます。
簡単なバーもあって、言えば置いてある牡蠣をその場で開けてくれます。
せっかくなので、真牡蠣とフラット(ブロン)を2個ずつ開けてもらい、よく冷えた白ワインと一緒にいただきました。海のないオーストリアなのに新鮮で、非常に美味〜。
さて、牡蠣に満足したところで、ちょっと奥まで歩いてみましょう。
ナッシュマルクトはそのへんのスーパーよりも値段はちょっと高めですが、野菜も果物も種類が非常に豊富で、ちゃんとした良いものを置いています。ブダペストもわりと野菜、果物は豊富にあったんですが、やっぱり手に入らないものも多々あって、車で買い出しに行ける距離にナッシュマルクトがあって、本当に重宝しました。
この季節は何と言ってもシュパーゲル。太さやグレードによっていろんな値段がつけられています。
シュパーゲルの横にあるモリーユ(アミガサダケ)も、フレッシュなものは春先だけに出てくる貴重な季節の食材。高いんですけどね、見かけたら衝動買いしてしまってました。
日本じゃまずみかけない、コールラビ。ハンガリーで最初に見たときは、何じゃこのモンスター・インクのようなグロい野菜は、と引きましたが、カブとキャベツを足して二で割ったようなちょっと青臭い味わいは、ぬか漬け、鍋、みそ汁の具など、和食との相性も意外にグッド。
このお肉屋さんはすき焼き用薄切り牛肉を売っていて、ブダペスト在住の日本人がこぞって買いにきていました。ブダペストでは韓国・中華食材屋で冷凍の薄切り肉は売っていましたが、普通は肉はブロック売りのみなので、鮮肉の薄切りは貴重でした。我が家はブダペストに引越ししたとき、ミートスライサーを早々に買ったので(今でも現役で使ってます)、わざわざ外で薄切り肉を買うことはありませんでした。
いい感じに脂が乗った骨付きハム。カロリー高そうだけど、めちゃ美味しそう〜。
ここはオリーブオイルやビネガーを専門に量り売りしていたお店。秋にはシュトゥルム(ワインになる前の微発泡葡萄酒、飲みやすいけど酔いが回りやすいので結構危険)が並びます。
乾物屋、とでも言うんでしょうか。干したイチジクやナツメ、ドライトマト、ナッツ類などを売ってます。ドライトマトもブダペストではなかなか買えない食材だったのでここでまとめ買いしていました。
スパイス屋。これだけ並ぶと圧巻です。
かわいらしい焼き物のお店。昔はなかったお店です。
しかし、穴あきチーズには必ずネズミを添えるというヨーロッパ人のセンスには、ついていけません。ネズミ退治に相当苦労した身には、全然笑えない…。
ウィーン編、まだ続く、予定。
ウィーンの白アスパラ 2012 ― 2012/05/05 23:59
ウィーン旅行記の続き。昨年同様、この時期ウィーンに来た最大の目的はシュパーゲル(白アスパラガス)を食べることです。日本に帰ったらまず食べることはないだろうから、毎回「今年が最後かも」と言いつつ旅に出ていますが、なんだかんだで今年も食べてます…。
ハムを添えた上品な一皿。ホイップして非常にフォーミーなオランデーズソースが別に添えてありました。ゆで加減はシャッキリしてOK、ただちょっと細めかな。
去年も来たFiglmüllerは、相変わらずいつも人が並んでいる人気店。ここではザンダー(カワスズキ、pike perch、ハンガリー語ではfogas)のグリルを添えてみました。オランデーズソースがこってりとして、アスパラが太かった。やはり白アスパラは太モノのほうが味が良いです。
このお店の名物でお客のほとんどが注文するのが、皿からはみ出るウィンナーシュニッツェル。ここのは仔牛ではなくポークですが、これだけ数がでるのなら、いたしかたないでしょう。皿からはみ出ると言っても、かなり薄く叩きのばしていますし、わざとはみ出るようにそもそも皿が小さめになってます。うちの娘でもペロリと食べられる量です。
店内は鹿の角が飾ってあり、クラシックな雰囲気。
窓辺に飾ってある花もお洒落です。
お店はちょっと高めです。前菜で出てきた白アスパラのマリネ、春巻き添え。
シュパーゲルのオランデーズソースは太めのものが6本も。見た目も奇麗で、上品な味のソースでした。
シュパーゲルのリゾットにもふんだんに白アスパラが入っていて、上からコンソメゼリーのシートが被せてあったりして、贅沢〜。これは他の店ではなかなか巡り会えない一皿でした。
最後は、ホテルにグラスワインのバウチャーがあったので行ってみたZwölf-Apostelkeller。古いタイプの地下セラーで、夜にはジプシー楽団の生演奏が入る観光客向けのお店でした。ここは残念ながら、シュパーゲルはスープとマリネのサラダしかありませんでした。
ただしここのシュニッツェルはオーセンティックに仔牛なので好感度大。ポークのシュニッツェルもあったので両方頼んで食べ比べてみたら、あたり前ですがやっぱり仔牛は牛肉の味、ポークとは全然違いますね。ポークに食べ慣れていると本当の味を忘れていた気がします。
演奏会レビューを消化するのにヒーヒー言ってますが、ウィーン旅行記もまだちょっと続く予定です。
リンツ・ブルックナー管/D.R.デイヴィス@ウィーン楽友協会 ― 2012/05/05 23:59
2012.05.05 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Dennis Russell Davies / Bruckner Orchester Linz
1. Mozart: Maurerische Trauermusik, KV 477
2. R. Strauss: Also sprach Zarathustra, Op. 30
3. Haydn: Symphony No. 86 in D major
バンクホリデー休暇のウィーン小旅行中に何か演奏会はないかと探したところ、オペラ座はすでに席なしだったけど、楽友協会で「ツァラ」を発見。デニス・ラッセル・デイヴィスとリンツ・ブルックナー管はまだ聴いたことがないし、チケットも安めだったのでこれに決定。聴衆はほとんど観光客という感じで、ゴールデンウィークということもあってか日本人も多数来ていました。
Dennis Russell Davies / Bruckner Orchester Linz
1. Mozart: Maurerische Trauermusik, KV 477
2. R. Strauss: Also sprach Zarathustra, Op. 30
3. Haydn: Symphony No. 86 in D major
バンクホリデー休暇のウィーン小旅行中に何か演奏会はないかと探したところ、オペラ座はすでに席なしだったけど、楽友協会で「ツァラ」を発見。デニス・ラッセル・デイヴィスとリンツ・ブルックナー管はまだ聴いたことがないし、チケットも安めだったのでこれに決定。聴衆はほとんど観光客という感じで、ゴールデンウィークということもあってか日本人も多数来ていました。
楽友協会大ホールのきらびやかさはやっぱり別格で、ここにまた来れた喜びも相まって、思わずため息が出ます。ただ、ウィーンの聴衆マナーは相変わらずで、演奏中の咳がうるさいこと。演奏中にバシャバシャとシャッター切る人もたくさんいましたが、極めつけは音楽が始まってもまだ高々とiPadを担ぎ上げ、内蔵カメラで写真を撮ってたヤツ。羞恥心はないのだろうか。もし自分が後ろの席だったらブチキレてますなー。
写真で見たデイヴィスはエッシェンバッハそっくりの風貌ですが、眼鏡をかけた実物はもっと温和な雰囲気でした。1曲目の「フリーメイソンのための葬送音楽」は非常にソフトなタッチの弦で開始し、ちょっとピリオド系が入った軽いビブラートでなかなか統率の取れた合奏を聴かせました。そのまま切れ目なく「ツァラトゥストラかく語りき」に突入。トランペットは一昨年のLSOのように豪快に外すことなく持ちこたえていましたが、ティンパニは派手な動作にしてはロールとシングルの繋ぎがどうもぎこちない。ここのホールのオルガンを聴くのは初めての気がするので、イントロはまあまあ感動的でした。その後はちょっと流れの悪い展開で、ソフトタッチなのはいいけれど、どうにもドライブ感がありません。普段ブルックナーを得意とするオケにしては、管楽器と低弦はパワー不足だなあと思いました。前半の最後、冒頭のド・ソ・ドをフル編成で総奏してブレイクする箇所で、指揮者がちょっと長めのパウゼを入れたので、今日の客ならここで拍手が起こらないかとヒヤヒヤしましたが、幸いそんなことはなく速やかに後半に突入。後半の鬼門、トランペットのオクターヴ跳躍は無難に切り抜けていました。と思ったら、その後のヴァイオリンソロは外しまくりでちょっといただけなかった。コンマスさんがこのレベルでは、オケ全体のレベルも疑われてしまいます。全体的にフォーカスが定まらない演奏で、「ツァラ」をやるにはちょっとオケが迫力不足、ホールの音響とオルガンに何とか助けられたという感じです。
うーむと思いつつ、気を取り直して後半のハイドンへ。これは小気味のよい好演でした。デイヴィスは元々は現代音楽寄りの人だったようですが、ブルックナー全集のほか、ハイドンの交響曲全集というなかなか敢行できる人が少ない仕事も成し遂げていて、面目躍如の本領発揮という感じでした。楽器はモダンですが軽めのビブラートをかけた準ピリオドスタイルの演奏は、昨今ではどこでもそんな感じなので差別化が難しく、個性はよくわからなかったものの、前半のシュトラウスよりはずっとハマっていました。アンコールではネタがなかったのか、終楽章の後半部分をもう一度演奏しました。しかし、このコンビがもしロンドンにやってきても、あえて再び聴きに行くことは、多分ないかも。
今年もウィーン ― 2012/05/04 23:59
今年の5月のバンクホリデーは、昨年と同じく白アスパラを食べにウィーンにまで行ってきました。まずは今年見て珍しかったものを。
ブダペストから通っていたころはほぼ定宿になっていたMercure Secessionに、今回久々に泊まりました。名のごとくSecession(ウィーン分離派会館)の近くにあります。今やってる企画展にからんで、入り口横の亀に支えられた瓶には緑緑としたスイカのオブジェが置かれており、かなり違和感がありました。
ちなみに上は7年前に撮った写真ですが、このときは植木が植えられていました。普段は何も入っていないはずです。
週末の繁華街ケルントナー通りには大道芸人が多く出ていますが、今回目を引いたのは「空中に浮くオジサンたち」。
棒に片手片足でくっついて中に浮いています。どの角度から見ても透明な椅子があったり、ピアノ線でつり上げていたりといった仕掛けがわかりません。女の子からツーショットの写真をひっきりなしにお願いされ、この日随一の人気者でした。
別の場所には宙に腰掛けるオジサンが。
さらには、完全に宙に浮いてしまっているブロンズおじさんもいました。この人も、やっぱり足の下には何もありそうになく、とすると、あと可能性としては、非常に丈夫な素材でできたフレームの上に乗ったり座ったりしているだけなのかなと。
さて、ホテル近くには「パパゲーノ通り」という名前の道があって、この先には何があるんだろうと行ってみると。
モーツァルトではなくベートーヴェンの名前をつけたホテルがありました。
どん詰まりにはアン・デア・ウィーン劇場がありました。「フィデリオ」や「英雄」「運命」「田園」の初演をやった場所で、やはりベートーヴェンとゆかりが深いとはいえ、この劇場を作ったシカネーダーはモーツァルト「魔笛」の台本を手がけ、初演でパパゲーノを歌ったことで有名です。ということで、話は上手くパパゲーノに着陸しました。
おまけ。ホテルのロビーの壁には所狭しとオペラ歌手のサイン入り写真が飾ってありました。元のオーナーの趣味なんでしょうか。
よく見ると下の段にアーダーム・フィッシャーのすごく若い頃の写真が。髪ふさふさ〜。何度もここに泊まりながら、今まで気付かなかったなあ。
とりとめがなくすいません。次回に続く。













































































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