ノセダ/パリ管:どこまでも愛想のない新フィルハーモニーホール2018/02/01 23:59



2018.02.01 Philharmonie de Paris, Grande salle Pierre Boulez (Paris)
Gianandrea Noseda / Orchestre de Paris
Irina Lungu (soprano-3), Dmytro Popov (tenor-3), Alexander Vinogradov (bass-3)
Choir of the Orchestre de Paris (cond. by Lionel Sow)
1. Alfredo Casella: "La donna serpente" Suite No. 2
2. Debussy: Images (Gigues, Iberia, Rondes de printemps)
3. Rachmaninov: The Bells, choral symphony

3年前に落成したパリの新しいフィルハーモニーホールはずっと気になっていたので、出張の折にタイミングよく聴きに行けたのはラッキーでした。最後にパリ管を聴いたのは5年前(指揮は佐渡裕)。当時の本拠地サル・プレイエルは、フィルハーモニー完成後、クラシックの演奏会から手を引いたそうで、感慨深いものがあります。


フィルハーモニーは中心部からはちょっと北東に外れた、メトロ5番のPorte de Pantin駅から徒歩5分くらいの位置です。シテ科学産業博物館もあるヴィレット公園の中にあり、夏場であればまた雰囲気は違うのかもしれませんが、冬場のとっぷり暮れた夜だと(パリ管の開演時間は20時30分です、遅い!)、町外れにあるただの寂しく怪しい暗がりです。駅を出ても案内板もないし、街灯も少なく、ホールにたどり着くまでの道がとにかく暗い。ただでさえ油断のならない町パリ、他に人がいなければ絶対に夜歩きたくないロケーションです。

後で「地球の歩き方」を見ると、カフェ、レストランが充実などと書いてありましたが、全くの嘘。建物内のカフェは狭くてすぐに満席、置いてある商品もしょぼくて、充実どころかヨーロッパではプアな部類でしょう。コンサート・カフェなる施設もありますが、建物を出て駅前まで戻らなくてはなりません。ここも混んでいたので、結局駅前のマクドナルドで腹ごしらえしました(後述)。

建物内に入った印象は、とにかく殺風景。前のサル・プレイエルにしても、打ちっ放しコンクリートのような内装がどうも好きになれなかったんですが、こちらも負けず劣らずぶっきらぼうなデザイン。ホールに入るのに、非常口の鉄扉のようなドアを開けたら、まさかの暗い廊下。それを抜けて次の鉄扉を開けると、また舞台裏のような人に見せるものではない空間が広がり、その次の扉でやっとホールの中に入れました。そこかしこで中途半端に何かが足りない感をいちいち覚え、デザイナーに来客に寄り添う思想はまるでないと結論。ただし、ホール内とそれ以外での落差が大きいので、単純に予算が足りなかったのかなとも思いました。

ホール内はさすがに立派で、曲線を多用したモダンというか未来的なデザイン。ワインヤード式のホールに客席が大きくらせん状に配置されているのはミューザ川崎と通じるものがあります。しかし、ホールの外のイメージが残っているのか、この曲線美も私にはどうも造形先行、ドライで暖かみがないように思えてなりませんでした。肝心のホールの音響ですが、最前列真ん中近くの席だったので、良し悪しは正直判断できず(パリ管の名手と歌手はできるだけ至近距離で聴きたかったので…)。



指揮は、たまたまですが、昨年ワシントンナショナル響でも聴いたばかりのジャナンドレア・ノセダ。いかにもノセダらしい渋い選曲で、同郷イタリアのカゼッラ「蛇女」第2組曲、ドビュッシー「管弦楽のための映像」全曲、ラフマニノフの合唱交響曲「鐘」という構成。作曲された年代は映像→鐘→蛇女という順番ですが、いずれも20世紀前半の作品。昨年のダラピッコラ同様、カゼッラも名前からして知らなかった近代イタリアの作曲家ですが、わかりやすい曲調と色彩感豊かなオーケストレーションは、同世代のレスピーギと通じるものがあります。ドビュッシー「映像」は、真ん中の「イベリア」だけ単独で演奏されることが多く、全曲通してというのは私も初めてです。案の定、「イベリア」が終わったところで半数くらいは拍手。まあ、それだけ熱演だったので、これは仕方がありません。以上の前半戦2曲はパリ管のコンマスや木管の惚れ惚れする音色がたいへん心地よく、しかも、終始汗だくで振りまくっていたノセダにうまくノセられ、全体的にフランスオケらしからぬ?熱意と気合を感じた演奏に、時代も変わったのかなと。後半の「鐘」は初めて聴く曲で、正直評価に困ったのですが、若めのロシア人を揃えたソリストが皆それぞれ恐れを知らぬ堂々とした歌唱で良かったです。

出張の間隙をついて何とか聴きに行けたコンサートですが、今回は特に体力的にキツキツで、ところどころ集中力が彼方に飛んでおりました。というわけで細かい部分が記憶に定着しておらず、今回は音楽の話というよりホールの悪口ばかりですいません。

余談ですが、パリのマクドナルドは全てタッチパネルでオーダーするシステムに変わっていました。たった一人の調理スタッフがちんたら仕事をしていて、待ち人が結局カウンター前で長蛇の列。効率化の意味まるでなし。接客の人件費削減というお題目で導入したのでしょうけど、調理スタッフまで減らしたらこうなるのはわかったはず。フランスでマクドに行くときは、混んでそうな店や時間帯は避けるが吉です。

ノセダ/ワシントン・ナショナル響:シーズン開幕は「パッサカリア」縛りで2017/11/11 23:59



2017.11.11 The John F. Kennedy Center for the Performing Arts, Concert Hall (Washington D.C.)
Gianandrea Noseda / The National Symphony Orchestra
Corinne Winters (soprano-2)
1. Webern: Passacaglia
2. Luigi Dallapiccola: Partita for Orchestra
3. Beethoven: Symphony No. 3 in E-flat major, Op. 55, "Eroica"

出張のおり、初のワシントン・ナショナル交響楽団を聴いてまいりました。エッシェンバッハの後を継ぎ、今シーズンから音楽監督に就任したノセダの、これがオープニングの演奏会になります。客入りは良く、温かく迎えられていたように感じました。

その記念すべき1曲目がウェーベルンの作品番号1番「パッサカリア」とは、なかなか意味深です。このオケを生で聴くのは初めてですが、さすがアメリカのオケ、というような馬力や華やかさは感じませんでした。金管がちょっと緊張気味で、音が安定しない。現代曲はあまり得意なオケではないのかなと。あと、ティンパニの配置がアメリカ式でなくドイツ式だったのが意外でした。ノセダは7年前のロンドン響で聴いたときはどうだったか忘れてしまったのですが、超高齢指揮者以外では珍しく、椅子に座っての指揮。Philharmonia版のちっちゃいポケットスコアを使っていたのは、7年前と変わりません。音楽は生真面目なスタイルで、無調・12音階に突っ走る前のウェーベルンを「歌」として捉えていたように私は感じました。

1曲目の後マイクを取り、音楽監督としてのオープニングシリーズでなぜこの選曲なのかを解説、モダンな作曲家があえて古いスタイルの音楽に枠をはめて作曲に挑戦したものばかりを選んだ、と言ってました。それはもちろん見え見えでわかりますが、最後はグダグダになり、肝心の「なぜこの選曲なのか」の理由についてははっきり言及しませんでした。

2曲目はダッラピッコラという20世紀のイタリア人作曲家の「パルティータ」。実は作曲者の名前からして初めて聞きました。12音技法に傾倒した人らしいですが、4曲からなるこの組曲は、まだ調性が残っている初期の作品。第1曲が「パッサカリア」ということで、前の曲とコンセプトが繋がってます。イタリアの陽気な太陽よりも、ちょっとブルーがかった冷たさを感じる作風です。聴きなれない曲ですが、ノセダの歌わせ方が上手いのか、すっと引き込まれる魅力を持っています。第4曲だけソプラノ独唱が入り、コリーヌ・ウィンターがしずしずと入ってきました。前のシーズンで英国ロイヤルオペラデビューも果たした期待の新鋭で、ルックスは抜群の美人。見た目若そうだし、オペラ歌手らしからぬウエストの細さは、こりゃあ人気が出るでしょう。ただし、この曲だけじゃちょっとわからないけど、正直、それほど綺麗な声でもなかったかなと。線が細く、どこかヒステリックになってしまう歌唱は、役どころを選ぶのではないでしょうか。「ルル」なんか、いいのかもしれません。

本人の公式サイトより。後ろから見るとさらにセクシーな衣装でした。

メインは私の苦手な「エロイカ」。前半はイマイチと感じていたホルンが、休憩後メンバーがガラッと変わり、レベルアップしたので、意外と飽きずに最後まで聴き通せました。この選曲も、終楽章が4分の2拍子のパルティータ風というところが1曲目と呼応しています。ちょっと理屈っぽい気もしますが、うまい選曲だと思いました。ノセダは、オケの人数は絞ったものの、ピリオド的奏法のアプローチはせずに、普通のモダンオケを使って、裏技なしで明快に仕掛けを見せていく誠実タイプ。今度はいかにもイタリア人らしい、明るくリズミカルな陽のベートーヴェンでした。終演後の熱狂は、地元聴衆の期待感の表れでしょう。上々の滑り出しと思います。

ケネディセンターは商業施設としてはだいぶ時代遅れ感が否めず、開放的な設計ではないので構造がわかりにくい建物でした。コンサートホールは座席が古くてスプリングがお尻に刺さるのが難点。2400席以上もあり、音響はお世辞にも良いとは言えません。ただし、ステージが低めなので、いっそ最前列とかで聴くのがよいかも。あとは、アメリカでは普通なのかもしれませんが、地下鉄・電車を降りてすぐにホール入り口があるわけではなく、日本や欧州の主要ホールと比べるとアクセスが悪い。またタイミングが悪いことに、隣のオペラハウスと終了時間がかち合い、大量の人が一斉に出てきてタクシーの列に並ぶも、待っていた第一陣のタクシーが一通りはけたらなかなか戻ってこず、地元の待ちきれない人々は続々とUberで車を呼んで逃げていました。結局シャトルバス、地下鉄を乗り継いでなんとか帰れましたが、夜は本数が極端に少なくなるので、ちょっとビビりました。



K.ヤルヴィ/MDR響@念願のゲヴァントハウス2017/06/11 23:59


2017.06.11 Gewandhaus zu Leipzig, Großer Saal (Leipzig)
Kristjan Järvi / MDR Sinfonieorchester
1. J. S. Bach: 'Chaconne' from Partita No. 2 for Violin BWV 1004 (arr. by Arman Tigranyan)
2. Max Richter: Exiles (German premiere)
3. Rachmaninov: Symphony No. 2 in E minor Op. 27

ライプツィヒは13年前に訪れて以来の2回目ですが、前回は幼児連れでとても演奏会どころではなかったところ、今回はタイミングよく念願のゲヴァントハウスで演奏会を聴くことができました。オケはやはりゲヴァントハウス管を聴きたかったところですが、あいにくこの日はMDR響(旧ライプツィヒ放送響)。まあでも、ゲヴァントハウス管はロンドンで何度か聴いているし、その昔ケーゲルとの録音がマニアに高評価だったライプツィヒ放送響を生で聴けるとあらば、全く文句はございません。

ライプツィヒの旧市街は本当にこじんまりとしていて、隅から隅まで回っても半日で足りそうです。その一角にあるゲヴァントハウス、外観は13年前と全く変わっていません。正面右隣にあった旧共産圏の匂いをプンプンさせていた建物は、建て替えられてすっかりモダンになっていましたが。コンパクトなホール内は平土間がなく、どの席からもステージがよく見えて、しかも音場が近そうな、まさに私好みのホール。ここに通えるのならこの街に住んでみたい、と思ってしまいました。


さて、日曜マチネの公演の客層はシニア層が大半を占めていました(危惧した通り、補聴器のハウリングが当たり前のように起こっていましたが…)。1曲目は地元最大の著名人、JSバッハの「シャコンヌ」管弦楽版。編曲は1979年生まれのロシア人(ですが見るからにスラヴ系ではなく南方スタン系の人)、ティグラニアン。2管のフルオーケストラを駆使した、奇をてらわない正統派の作りで、金管打楽器もふんだんに使い、派手な演出です。ストコフスキーのバッハ編曲を連想させました。ある意味映画音楽みたいで、作家性はあまりないものの、よい仕事をしていると思います。演奏後、編曲者が登場、挨拶させられてました。

続いて、マックス・リヒターの新作「Exiles」はドイツ初演とのこと。世界初演も今年ハーグで行われており、こちらはパーヴォ兄ちゃんの指揮だったそうです。弦楽器、打楽器、ピアノ、ハープという編成で、全部で30分ほどのスローなミニマルミュージックでした。最初ピアノから始まり、同じメロディを繰り返しながら徐々に徐々に楽器が増えていく、言うなれば現代の「ボレロ」。ミニマル系なので聴きやすい曲ですが、打楽器なぞ25分ごろからやっと登場し、とにかく長い。同じミニマル系でもグラスとかライヒと比べて展開に意外性もなく、先が読める産業音楽に思えました。こちらは作曲家は出て来ず。

メインのラフマニノフ2番は好んで実演を聴きに行く曲の一つですが、昨年は機会がなかったので約2年ぶり。また、ロンドンで何度か聴き「イロモノ系指揮者」(失礼!)との認識を持っていたクリスティアン・ヤルヴィで、まともな交響曲を聴くのは多分初めてです。全体を通しての印象は、自身も指揮台の上で飛び跳ね、踊りつつ、ノリと歌を大切にする音楽作りだなあと思いました。冒頭からねちっこく歌うようなフレージングにもかかわらず、早めのテンポが功を奏し、甘ったるくなる寸でのところで理性を保っています。第1楽章の最後はティンパニの一撃あり。第2楽章の第2主題は逆に、ポルタメントなんかかけなくても十分歌えるわい、と言わんばかりにさらっと流して、決して無理やり作り込むのではなく、奏者をうまく乗せて、自発的に出てくる歌謡性を拾い上げるような感じでした。実際、第3楽章のクラリネットソロはほぼ奏者の自由に吹かせていました。

クリスティアン・ヤルヴィが個性的で良い指揮者なのは実体験済みでしたが、MDR響もさすがは旧東独の名門放送オケでした。オケは常によく鳴っていながらも、弦も管もバランスがよく、どのパートもたいへんしっかりしていて、安心して聴いていられます。アンコールはベートーヴェンの「カヴァティーナ」、心地よい余韻でした。

おまけ。風格漂うクルト・マズアの肖像画がナイスでした。


ティーレマン/ウィーンフィル:極上のブラームス2017/06/09 23:59


2017.06.09 Wiener Konzerthaus, Großer Saal (Vienna)
Christian Thielemann / Wiener Philharmoniker
Dieter Flury (flute-2)
1. Brahms: Academic Festival Overture Op. 80
2. Jörg Widmann: Flûte en suite (2011)
3. Brahms: Symphony No. 4 in E minor

出張のおり、5年ぶりのウィーンフィルを聴くことができました。ティーレマンを見るのは初めてでしたし、コンチェルトハウスも前世紀以来行けてなかったので、グッドタイミングでした。

土日にも楽友協会で定期演奏会があるとは言え、そちらのチケットは入手困難ですし、ティーレマンのブラームスですから、客入りはほぼ満員。席は平土間の脇のほうで、コスパは良かったですが、やはりこのホールは天井が高い分残響が無駄に長すぎて、オケから遠いと音に芯がなくなるのが難点です。


1曲目の「大学祝典序曲」は昔部活で演奏したこともあるノスタルジー曲。イメージ通り、ティーレマンはいかにも融通の利かなさそうな仏頂面のドイツ人でしたが、音楽は見かけによらず軽やかというか、片意地の張らないリラックスしたものでした。ウィーンフィルもブラームスはヘタなものを聴かせるわけにはいかず、ホルンとかいちいち外さないのがたいへん心地よく、あっという間に安心感に包まれました。

続いて、首席をソリストに迎えての、ヴィットマンのフルート組曲。初めて聴きましたが、ラトル/ベルリンフィルも取り上げた注目曲で、コンテンポラリーとしては聴きやすい作風。バロックからの引用もあったり、楽しく聴ける曲でした。こういう曲は本来はかぶりつきで聴きたかったのものですが。

最後はメインのブラ4。たいへんわざとらしいタメを作って冒頭の「嘆きのテーマ」に入ったのは、そういう小細工をいかにもしなさそうなイメージだったので、全く意外でした。ティーレマンは「最後の質実剛健ドイツ人」という先入観のほうがむしろ間違いで、音楽はけっこう緩く、四角四面には当てはまらない流動的なものでした。ダイナミクスのメリハリはそんなに繊細ではなく、あくまでテンポと歌わせ方で起伏を作るスタイルですが、解釈が先にあって細部をコントロールするよりも、元々の音楽の力にまかせて盛り上がりが自然に形成されるという演繹的手法。ある意味、実はこれが伝統的なドイツ流正当ブラームスか、とも思いました。

ティーレマン、汗びっしょりの燃えつき熱演で、最後は上着脱いで登場の「一般参賀」までありました。いずれにせよ、現地で聴くウィーンフィルの音は、日本で聴く普段の演奏会とはやっぱり別格でした。

おまけ。表のマーラーのレリーフも健在でした。


慶應ワグネルソサイエティオーケストラ:マーラー9番2017/03/10 23:59

2017.03.10 みなとみらいホール (横浜)
大河内雅彦 / 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ
1. シューベルト: 劇音楽「ロザムンデ」序曲
2. ワーグナー: 歌劇「リエンツィ」序曲
3. マーラー: 交響曲第9番ニ長調

今年に入ってアマオケばかりですが、慶應ワグネルを聴くのはちょうど3年ぶり。前回もマーラー(7番)でしたが、今回は9番。頻度高いのではと思い過去の演奏履歴を見てみると、例えば京大オケがマーラーを取り上げるのが5年に1度くらいに対して、ワグネルは2年に1度くらいで、確かに多いです。

さすがは慶應というか、出演者も客層も、ナチュラルな富裕層感がそこかしこに漂っています。オケの方は、3年前とほぼ同じ感想ばかりなのですが、前座の序曲とメインでメンバーがガラっと入れ替わっても演奏レベルが極端に変わらないので、自己責任の放任主義ではではなく、コストをかけてきちんとトレーニングされている感じがします。特に弦は全体的にハイレベルだったのですが、第二ヴァイオリンとヴィオラがしっかりしているので安心して聴いていられます。アマオケとは思えない終楽章の重層感は感動的でした。管ではトランペットがアタックもまろやかで、丁寧な仕事がたいへん良かったです。

みなとみらいホールも平日夜ならこうやってふらっと聴きに行けるのになあ、と思って年間スケジュールをチェックしましたが、ここもミューザ川崎と同様、平日は基本的に演奏会やってないんですね。残念。

三井住友海上管弦楽団2017/02/12 23:59

2017.02.12 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
水戸博之 / 三井住友海上管弦楽団
1. メンデルスゾーン: 序曲「フィンガルの洞窟」
2. ビゼー: 「カルメン」第1・第2組曲
3. ブラームス: 交響曲第3番へ長調

今年の序盤はアマオケが続きます。友人が所属している社会人オケを初めて聴きに行ってみました。その名の通り三井住友海上火災保険(株)の本部、支店、関連会社の社員を中心に結成されているようです。賛助会の正副会長には本体の会長、社長が顔を並べ、このホールでほぼ満員の集客力を見ても、会社あげての盤石のバックアップ体制。また、立派な印刷のチラシ、チケット、パンフを見るに、資金力もある相当恵まれた団体のようです。

アマチュアオケに対して細かいことを言うのも野暮で、自分も経験者だから、「そうだよな、ホルンってまともに音が出るだけで奇跡だったよな」というようなことを懐かしく思い出したりして、それよりも何よりも大事なのは、音楽をやるパッション。1曲目の「フィンガルの洞窟」はえらくゆっくりとしたテンポで手探りのように弱々しく進む展開に、ちょっとハラハラしたものを感じましたが、2曲目以降はオケもよく鳴っていて、良かったのではないでしょうか。

カルメンでソロフルートを吹いていた女性が特筆もので、濁りなく透明でありながら、力強くしっかりとした音色がプロ並みに素晴らしかったです。指揮者はまだ若いというか、左手で大きく空をえぐるようなまぎらわしい動きがいちいち気になりました。それにしても、やっぱりブラ3は難敵ですな。1番や2番のように勢いで押し切れない難しさがあります。


京都大学交響楽団100周年記念公演:マーラー「復活」2017/01/22 23:59

2017.01.22 サントリーホール (東京)
京都大学交響楽団創立100周年記念特別公演
十束尚宏 / 京都大学交響楽団
井岡潤子 (soprano-2), 児玉祐子 (alto-2)
京都大学交響楽団第200回定期演奏会記念『復活』合唱団
1. ブラームス: 大学祝典序曲ハ短調 作品80
2. マーラー: 交響曲第2番ハ短調『復活』

前回京大オケを聴いたのは1997年の東京公演@オーチャードホールだから、実に20年ぶり。京大オケが初めて「復活」を演奏した1981年の演奏会を聴いて以降、マーラーの音楽の破壊力と浸透力にすっかり虜になってしまった私としては、いろんな意味で感慨深い演奏会です。

1曲目は記念演奏会に相応しい「大学祝典序曲」。自分の記憶にある30数年前と比べたらもちろんのこと、奏者の女性比率がえらい高くて、あと誤解を恐れずに言うと、京大生も時代は変わったというか、イマドキの可愛らしい女の子ばかり。まあ、若い人がとにかく可愛く見える、単なるおじさん現象かもしれません。この曲と「マイスタージンガー前奏曲」は大学オケなら何かにつけて演奏しているだろうから、世代を問わないおハコかもしれませんが、若手中心と思われるメンバーにして予想以上にしっかりとした演奏に驚いたと同時に、非常に懐かしくもありました。このハイクオリティこそ京大オケ。今はどうだか知りませんが、かつての京大オケは学外からも参加可能の上、年齢制限もなく、留年してでも音楽に命をかけていたような「ヤバい人」が多かったので、そりゃー演奏レベルはハンパなく、京響、大フィルといった関西の軟弱プロオケよりもむしろ上では、とすら時折思ったものです。

メインの「復活」は京大オケとして3回目だそう。さすがにこの大曲は難物で、特に金管は苦しさがストレートに出ており、前半は全体的に浮き足立った感が否めませんでした。3日前の京都公演が実質上のクライマックスで、東京公演は5年に一度のおまけみたいなものだから、ちょっと集中力を切らしてしまったのかもしれません。そうは言ってもやっぱり並の大学オケのレベルじゃありません。良かったのはコンミス嬢のプロ顔負けに艶やかなソロと、全般的に安定していたオーボエとフルート、それに音圧凄まじい打楽器陣。アマチュアならではのパッションはこの曲には絶対にプラスに働き、コーダの盛り上がりは近年聴いた在京プロオケにも勝るものでした。36年前の感動が蘇った瞬間を家族とともに体験できた感慨もあり、ちょっとウルっときてしまいました。京大オケ、東京だと5年に1度しか聴けないのが何とも残念です。

バレンボイム/ベルリン国立歌劇場管:ブルックナー4番、モーツァルト20番2016/02/01 23:59

2016.02.01 サントリーホール (東京)
第35回 東芝グランドコンサート2016
Daniel Barenboim / Staatskapelle Berlin
1. モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
2. ブルックナー: 交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』 WAB104

帰国以来、海外オケの生演奏はこの東芝グラコン以外結局行けてませんので、私にとっては東芝様様です。その東芝グラコン、今年は35周年を記念してバレンボイム/ベルリン国立歌劇場管によるブルックナー連続演奏会という、近年ではすこぶるゴージャスではあるけれども、企業のプロモーションとしてはマニアック過ぎやしないかと思ってしまう微妙な企画。ましてや東芝さんの昨今の状況を考えると風当たりが心配です…。グラコンは来年以降も続けてくれることを願ってやみませんが。

例によって過去の備忘録を探ると(本当に、記録をつけてなかったら自分事とは言えほとんどが忘却の彼方でしょうね)、バレンボイムの指揮は2012年BBCプロムスの「第九」以来、ピアノは2005年のブダペスト春祭(先日亡くなったブーレーズ/シカゴ響との協演でした…)以来です。シュターツカペレ・ベルリンを聴くのは初めてて、ドレスデンと並んで「まだ見ぬ強豪」の双璧だったので、重ね重ね、東芝様様です。

今日の選曲はどうするのだろうと思っていたら、さすがに、最も一般ウケする第4番を持ってきました。チクルスでの第4番は2月13日だけですので、先んじて聴けるのはちょい幸運。その前に、モーツァルト最初の短調曲、ピアコン第20番ですが、これはちょっと私的には違和感を覚える演奏でした。シュターツカペレ・ベルリンは軽やかな曲が性に合っていないのか、音楽は淀みなく流れるのだけれども、重心の低いどっしりとしたモーツァルト。バレンボイムはその対極に、コロコロした音色で、滑らかに上滑りするような、オーセンティックなモーツァルト。一見異質なもの同士の協奏によって縦に厚みのある音楽が構築されていると見れば、実は良い相性なのかもしれませんが、この取り合わせのCDを私は買おうとは思いませんでした。

メインの「ロマンティック」。バレンボイムはいつものごとくブルックナーでも完全暗譜は凄いです。低い身長を少しでも大きく見せるためとは言え、73歳にしてしゃんと伸びた背筋は、全く衰えを感じさせません。加えて、ミニマムな編成で、全体的に腹八分目くらいで抑えていながらも、要所では圧倒的な馬力で迫ってくる外タレオケの余裕綽々ぶりに、久々の快感を覚えました。特にこの曲で重要な役割のホルントップは、華奢な身体なのに非常にパワフル。全般的に管の音は、もっとマイルドで燻んだものを想像していたら、結構モダンでとげとげしい音色でした。弦も負けじと力強い音圧を感じさせ、特にヴィオラの中音域がしっかりしているので、音の厚みが普段聴いている在京オケとは格段に違いました。第2楽章の焦らないモノローグ的な語り口が特に圧巻。後半2楽章も、パワーを見せつけながらも単に鳴らすだけではないメリハリの効いた演奏に、ブルックナーは正直あまり好まない私も、こういうブルックナーなら毎月(毎日とは言いませんが)でも聴きたいものだと思ってしまいました。でも、チクルス全部を買う勇気はないかなあ…。

ソヒエフ/トゥールーズ・キャピトル国立管/アヴデーエワ(p):ショパンとシェヘラザード2015/03/03 23:59

2015.03.03 サントリーホール (東京)
第34回 東芝グランドコンサート2015
Tugan Sokhiev / Orchestre National du Capitole de Toulouse
Yulianna Avdeeva (piano-1)
1. ショパン: ピアノ協奏曲第1番ホ短調 Op.11(ナショナル・エディション)
2. リムスキー=コルサコフ: 交響組曲『シェヘラザード』Op.35

今年も幸いなことにチケットを譲っていただき、久々の「外タレ」コンサートです。今回はトゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管、ソリストは2010年のショパンコンクール優勝者、ユリアンナ・アヴデーエワ。どの人も実演を聴くのは初めてです(トゥールーズ管はプラッソン指揮のオネゲルのCDを持ってました)。日程を見ると今年も強行軍で、2週間足らずのうちに大阪→東京→広島→福岡→金沢(ここまでルノー・カプソンを帯同したAプロ)→名古屋→仙台→川崎→東京と全国を休みなく飛び回っており、オケの疲労が心配です。

今年は司会者も三枝成彰の解説もなく、定刻になったらさくっと演奏が始まりました。客入りはほぼ満杯ながら、客筋が普段より少しノイジーではあります。花粉症の季節に加え、立派なプログラム冊子を入れたプラスチックの袋、これがカサコソ音を立てて、いけない。さてピアノのソロ演奏会にはまず行かない(友人関係を除くと多分皆無)私にとって、ショパンは永遠の「守備範囲外」。このコンチェルト第1番も過去に何度も聴いていますが、正直、起きているのが辛い曲です。ショパンコンクールではアルゲリッチ以来45年ぶりの女性優勝者として話題になったアヴデーエワは、今年30歳のまだ若手。「アルゲリッチ以来」という触れ込みとその個性的なお顔立ちから、何となく豪傑肉食系をイメージしていたら、見かけは華奢だし、実は繊細系のピアノだったので、やはりイメージで勝手な思い込みをしてはいかんと反省しました。さすがに技術は確かというか、この難曲に対しても極めて安定度の高いピアノが最後まで一貫してました。玄人向き、大人向きと言いましょうか。最後まで眠くならずに聴き入ってしまいました。一方で、席がもっと近かったら印象が違うのかもしれませんが、ピアノがオケと溶け合いすぎ、迫るものがありません。ぐいぐい押すタイプではないにせよ、どこか際立つ瞬間を演出できないと、優等生的で終わってしまわないかなあと。フィジカルな演奏技術ということではもちろん最高レベルにあると思いますが、同じレベルに属するピアニストはすでに世界中に相当数いるでしょうから、私の趣味としては、もっと音が暴れているピアノが好みです。アンコールは何かのワルツ(多分ショパンでしょうけど)を弾きました。

メインの「シェヘラザード」は、記録を見るとちょうど3年ぶり。あまり繰り返し聴いている曲ではありません。このオケの特長は弦がしっかりと厚いこと。女性コンマスのソロも安定感がありました。一方管楽器は総じて線が細めで、アメリカやロンドンのオケみたいな圧巻の馬力はありません。そこはフランスのオケというべきか。ホルンは特に、足を引っ張ってました。一方で、フランスのオケは手抜きするとよく揶揄されますが、今日を聴く限りそんな態度は一切なし。今日の選曲だとそんなに馬力は必要ないし、オケの色とあっていたのではないかと。ソヒエフはワシリー・ペトレンコ(昨年の東芝グラコン)やハーディングと同じ「アラフォー」世代の成長株。ロンドンではフィルハーモニア管などを振りに来てたので名前はメジャーでしたが、聴く機会を逃していました。しなやかでキメの細かい棒振り(といっても指揮棒は使ってませんでしたが)は見栄えが良く、オケには好かれそうな器用さを持っていると思いました。総じて表情が濃く重層的な響きに徹しており、こういう奥行きの深さは日本のオケではあまり聴けません。ソヒエフの目指しているところはフランスよりもドイツのオケのほうが共鳴しやすいんじゃないでしょうか。などと考えごとをしながら聴いていたら、第3、第4楽章では各々の木管ソロを際限なく自由に吹かせてみたり、仏製テイストを引き出そうとも工夫している様子。

アンコールはスラヴ舞曲第1番と、「カルメン」第3幕への間奏曲、さらに第1幕への前奏曲。最後は聴衆の手拍子を誘うはしゃぎっぷりで、ご機嫌でツアー終了。第一線級とは言えないまでもしっかり地に足がついたオケと、ノッてる旬の若手指揮者(この世界で30代は若造です)の取り合わせは、昨年のグラコンに劣らず、良いものを聴かせていただきました。

オスロフィル/V.ペトレンコ/諏訪内(vn):これが青春だ!の「巨人」2014/03/19 23:59


2014.03.19 サントリーホール (東京)
第33回 東芝グランドコンサート2014
Vasily Petrenko / Oslo Philharmonic Orchestra
諏訪内晶子 (vn-2)
1. モーツァルト: 歌劇『フィガロの結婚』序曲 K.492
2. メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲ホ短調 Op.64
3. マーラー: 交響曲第1番ニ長調「巨人」

オスロフィルも、ワシリーのほうのペトレンコも、生は初めて聴きます。この1週間で3回目のサントリーホールですが、行けなくなった人からチケットを譲ってもらい、予期せず久々に「欧州の息吹き」に触れることができてラッキーでした。

今日は東芝グラコンですからゲストも豪華、開演前に突如三枝成彰が出てきて長々と曲目解説してました。モーツァルトの説明では演目と全然関係ない「レクイエム」発注の逸話を持ち出して、「今話題のゴーストライターだったんですね」などと茶化してましたが、この人、佐村河内守の交響曲第1番「HIROSHIMA」を、著名作曲家つまりスペシャリストの立場からいち早く絶賛していた、ある意味「共犯」だったのでは?

さてそのモーツァルト、軽いジャブで、ヨーロッパクオリティとしては至って普通なんでしょうが、さっそくその雰囲気に呑まれました。2曲目のメンデルスゾーンでは深紅の衣装の諏訪内晶子登場。諏訪内さんは3年前ロンドンで聴いて以来です。さすがにこの曲は弾き慣れていらっしゃるようで、テクニックは盤石で素晴らしい。2階席にもよく届く響きのいいヴァイオリンですなー。ある意味ドライで、音符の処理はたいへん上手いんだけれども、ソリストが伝えたいものがよくわからないというか、心が伝わって来ない演奏ではありました。アンコールはバッハの無伴奏パルティータの確か「ルーレ」でしたが、これはちょっと…。ツアーの疲れが出たかような揺らぎでピリッとしませんでした。

メインの「巨人」でやっとオケと指揮者の力量が測れます。おっ、第1楽章のリピートは省略か、今どき珍しい。どうも管楽器に名手はいなさそうです。木管は音に濁りがあるし、ホルンもちと弱いな。ヤンソンス統治の伝統か、弦はそれなりに厚いです。ワシリー君はそのイケメンぶりに似合って、なかなか格好のいいバトンさばきで、テンポ良くぐいぐいと進めます。ユダヤの血がどーのこーのは一切排除した、スタイリッシュで粘らないマーラー。その是非はともかく、ちょっと急ぎ過ぎで音の処理が雑に思える箇所が散在しました。まあしかし、「巨人」であれば十分に「アリ」なスタイルです。第2楽章も主題の1回目だけアゴーギグをかけて、あとはサラリとしたもの。第3楽章はさらに磨きがかかり、冒頭のコントラバスソロがこれだけ澄んだ音色で演奏されるのを初めて聴きました。終楽章も翳りなくあっけらかんとした、後腐れのない「これが青春だ」のマーラー「巨人」でした。最後の金管パワーは圧巻で、さすがヨーロッパのオケは基礎体力が違います。ツアーの日程見ると12日からほぼ毎日全国を飛び回っており、時差ボケもあってだいぶお疲れのはずなんですが、最後まで息切れしないのはたいしたものです。まだ一流とは言い難いところはいろいろあれど、こんだけの芸を見せられる日本人の指揮者と日本の楽団は、正直いませんよね、残念ながら。

アンコールはハンガリー舞曲の第6番。極端にアゴーギグをかませるそのスタイル、どこかで聴いたことがあるぞと思ったら、あっ、コバケンだった。そういえば今回の来日プログラムはショスタコ5番とマーラー1番だったのですが、この組み合わせは1979年のバーンスタイン/NYP来日公演を思い起こさせます(私は聴けなかったけど)。あるいは、「巨人」の後のアンコールでハンガリー舞曲第6番というのは、ヤンソンス/コンセルトヘボウの得意技でしたね。ワシリー君もちょっとずつ、いろんな先人巨匠の影響下にあるのかもしれません。