東京・春・音楽祭:何とか有終の美、「神々の黄昏」2017/04/01 23:59

2017.04.01 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 8
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation), 田尾下哲 (video)
Arnold Bezuyen (Siegfried/tenor, Robert Dean Smithの代役)
Rebecca Teem (Brünnhilde/soprano, Christiane Liborの代役)
Markus Eiche (Gunther/bariton)
Ain Anger (Hagen/bass)
Tomasz Konieczny (Alberich/bass-bariton)
Regine Hangler (Gutrune/soprano)
Elisabeth Kulman (Waltraute/mezzo-soprano)
金子美香 (Erste Norn, Flosshilde/alto)
秋本悠希 (Zweite Norn, Wellgunde/mezzo-soprano)
藤谷佳奈枝 (Dritte Norn/soprano)
小川里美 (Woglinde/soprano)
東京オペラシンガーズ
1. ワーグナー: 舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第3日 《神々の黄昏》(演奏会形式・字幕映像付)

3月21日に東京の開花宣言が出たときは、エイプリルフールの頃には上野公園の桜もさぞ麗しかろうと思っていたのに、予想外の冷え込みのせいで開花はまださっぱりでした…。そんなこんなで迎えた東京春祭「リング」の最終年は、直前で主役級2人の降板という、それこそ「エイプリルフールでしょ?」と思いたくなるような波乱含みで、のっけから嫌な予感。「出演者変更のお知らせ」のチラシには、来日してリハーサルをやっていたが急な体調不良で、とわざわざ書いてあったので、まあダブルブッキングとかの理由ではないんでしょう。開演前のアナウンスでは、代役の二人は3月29日に来日したばかりなので、と最初から言い訳モード。これまで世界クラスの歌手陣で質の高い演奏を聴かせてくれたシリーズだっただけに、最後にこれはちと残念じゃのー、まあせいぜいおきばりやす、と期待薄で臨んだところ、ジークフリートを除いて概ね今年も満足度の高いパフォーマンスだったので、良かったです。

ブリュンヒルデのティームは、出だしこそ不安定さを見せたものの、すぐにエンジンがかかり、多少粗っぽくはあるものの、堂々とした迫力あふれる歌唱で、この日最大級のブラヴォーを浴びていました。もう一方のベズイエンは割りを食ったというか、気の毒なくらいに自信なさげで、声もオケに負け続けで、このパフォーマンスだけを聴く限り、ジークフリートとしてはあまりに力量不足。この人は最初の「ラインの黄金」でローゲを歌っていて、そのときは曲者ぶりがなかなか似合っていたのですが、ヘルデンテナーは元々キャラじゃないように思います。とは言え、調整不足と時差ぼけの中、この超長丁場を歌い切って、とにもかくにも舞台を成立させてくれたのだから、最後は聴衆の優しい拍手に迎えられてだいぶホッとした表情に見えました。予定通りロバート・ディーン・スミスが歌っていたら格段に良かったのかというと、それも微妙かなと思いますし。

他の歌手も、ほぼ穴がないのがこのシリーズの凄いところ。3年前「ラインの黄金」のファーゾルトを歌う予定がキャンセルし、今回初登場のアイン・アンガーが、やはりピカイチの歌いっぷり。重心の低い落ち着いた演技ながらも要所でしっかりと激情を見せる懐の深い歌唱力は圧巻でした。グンターのマルクス・アイヒェはインバル/都響の「青ひげ公の城」で聴いて以来ですが、鬱屈した役柄なので多少抑え気味ながらも、誰もが引き込まれる美声が素晴らしい。初めて聴くグートルーネのハングラーは、見かけによらずリリックな声質で、振り回される乙女の弱々しさを見事に好演。シーズン通してアルベリヒを歌っているコニエチヌイの安定感は、もはや風格が漂っています。もう一人の常連組、ヴァルトラウテのクールマンも短い出番ながら余裕の存在感。一方の日本人勢は、3人のノルンのハーモニーが悪すぎで、序幕はすっかり退屈してしまいました。終幕のラインの乙女たちはまだ持ち直していましたが。

繰り返すまでもなく、普段より一段も二段も集中力が高かったN響の演奏もこのシリーズの成功要因で、N響をもう一つ信用できない私としては、キュッヒル様様です。もちろん巨匠ヤノフスキのカリスマあってのこのクオリティだと思いますが、二人とも終演後に笑顔はなかったので、出来栄えとしては気に入らなかったのかもしれません。後方スクリーン映像の演出は、元々私は不要論者でしたが、4年目にもなるともはや気にならなくなっていました。ただし演出で言うと、奏者をいちいち袖から出してホルンやアイーダトランペットで角笛やファンファーレを吹かせていたのは、完璧な演奏でバッチリ決めるのが前提でしょうね。

「リング」チクルスも終わり、来年の春祭ワーグナーは「ローエングリン」だそうです。フォークト、ラング、アンガー、シリンスと、これまた充実した顔ぶれの歌手陣で、ワーグナーは疲れたのでちょっと一休みしようかと思ったのですが、秋にはまたチケット買ってしまいそう・・・。

東京・春・音楽祭:さらに進化した圧巻の「ジークフリート」2016/04/10 23:59

2016.04.10 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 7
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation)
田尾下哲 (video)
Andreas Schager (Siegfried/tenor)
Erika Sunnegårdh (Brünnhilde/soprano)
Egils Silins (Wotan, wanderer/baritone)
Gerhard Siegel (Mime/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
In-sung Sim (Fafner/bass)
Wiebke Lehmkuhl (Erda/alto)
清水理恵 (woodbird/soprano)
1. ワーグナー:舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第2夜 《ジークフリート》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭の「リング」サイクルもついに3年目で、念願の「ジークフリート」にたどり着きました。かつて、ブダペストのオペラ座では毎年年明けに「リング」連続上演をやるのが恒例でしたが、一年目は試しに「ラインの黄金」を見に行き、面白かったので翌年に残り3作品を連続して見る予定が、子供が急に熱を出したため「ジークフリート」だけは見に行けなかったのです。それ以降、ロンドンでも「リング」サイクルの機会はありましたが、都合が合わず行き損ねました…。

一昨年、昨年とハイレベルのパフォーマンスを聴かせてくれたこの東京春祭の「リング」、今年も非の打ちどころがないどころか、進化さえ感じられる圧巻の出来栄えで、満足度最高級の演奏会でした。今年もゲストコンマス、キュッヒルの鋭い視線が光る下、N響は最高度の集中力で演奏を維持し、虚飾のないヤノフスキの棒に直球で応えて行きます。初登場のシャーガーは、ヘルデンテナーらしからぬスマートな体型に、明るくシャープな声が持ち味。これだけ出ずっぱりでもヘタレないスタミナがあり、イノセントなジークフリートは正にはまり役でした。ミーメ役でやはり初参加のジーゲルは、記録を辿ると2006年にギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」の道化クラウス役、および2010年にロイヤルオペラ「サロメ」のヘロデ王役で聴いていますが、備忘録で歌唱力は褒めているものの、正直あまり記憶がありません。今日も最初は(見かけによらずと言えば失礼か)ちょっと上品過ぎるミーメに聴こえましたが、だんだんと下卑た感じになっていく演技力が見事。まずはこのテナー二人の熱演で飽きることなく引き込まれて行きます。

そして、毎年出演のヴォータン役、シリンスは相変わらず堂に入った歌唱。一昨年もアルベリヒを歌っていたコニエチヌイは、明らかに対抗心むき出しの熱唱だったのがちょっと可笑しいですが、この人も歌唱力には定評があります。昨年フンディンクを歌っていた常連のシム・インスンは今年はファフナーに復帰。元々存在感のある重厚な低音に、洞窟の中から出す声はメガホンを使って変化を持たせていました。低音男声陣も各々素晴らしく、皆さん抜群の安定感と重量感でした。

女声陣の出番は少ないですが、まずはブリュンヒルデ役で初参加のズンネガルドは、ワーグナーソプラノではたいへん貴重な細身の身体で、迫力では昨年のフォスターに及ばないものの、どうしてどうして、見かけによらず余裕の声量で揺れ動く心理を感情たっぷりに歌い上げ、聴衆の心をがっちり掴んでいました。シャーガーもスリムだし、シュワルツェネッガーのようなジークフリートとマツコデラックスのようなブリュンヒルデが暑苦しく二重唱を歌う、という既成のビジュアルイメージ(?)を打ち砕く、画期的なヒーロー、ヒロイン像だったと思います。エルダ役のレームクール、森の鳥役の清水理恵も双方初登場でしたが、どちらも出番は短いながら、非の打ちどころのない歌唱。今回も総じてレベルの高い歌手陣で、毎年のことですが、これだけのメンバーを揃えた演奏も、世界中探してもなかなか他にないのでは、と思いました。これだけやったのだから、来年の最終夜ではここまでの集大成を聴かせてくれるに違いなく、とても楽しみです。

新国立劇場:松村禎三「沈黙」2015/06/28 23:59


2015.06.28 新国立劇場 オペラ劇場 (東京)
下野竜也 / 東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団, 世田谷ジュニア合唱団
小原啓楼 (ロドリゴ), 小森輝彦 (フェレイラ)
大沼徹 (ヴァリニャーノ), 桝貴志 (キチジロー)
鈴木准 (モキチ), 石橋栄実 (オハル)
増田弥生 (おまつ), 小林由佳 (少年)
大久保眞 (じさま), 大久保光哉 (老人)
加茂下稔 (チョウキチ), 三戸大久 (井上筑後守)
町英和 (通辞), 峰茂樹 (役人/番人)
宮田慶子 (演出), 遠藤周作 (原作)
1. 松村禎三: 歌劇「沈黙」

このオペラは1993年の日生劇場での初演と、2000年の新国立劇場・二期会共催上演を見て以来ですので、15年ぶりの3回目になります。新国立劇場に足を運ぶのもえらい久しぶりで、前回来たのは2007年の「くるみ割り人形」でしたが、その年の夏に松村禎三氏は亡くなっていたのでした。

「沈黙」は日本のオペラの中では上演機会に恵まれているほうで、この宮田慶子版(2012年プレミエ)は3つ目のプロダクションのはずです。詳細はよく憶えていないものの、前にここで見たときの演出は、ひたすら暗かったのに、最後だけはまるで「白鳥の湖」のラストシーンかと思うくらい、取って付けたような天光が差してきて、分かりやすく神の救いを表現するというベタな演出でした。

一方今回の演出では、螺旋形で緩やかに上がっていく木製の回転ステージには巨大な十字架が刺さっており、シンプルながらも光と影を効果的に使ったシンボリックな舞台は、プロットがすっと身体に入ってきて好感が持てるものでした。音楽を邪魔しないというか、音楽の力が素直に引き立つよう作られており、一見根暗で前衛的なこのオペラが、そもそもいかにもオペラらしい劇的表現の宝庫かということがよくわかりました。不協和音の連続のようで、そこかしこに散りばめられる民謡、賛美歌、ムード歌謡まで、なんでもありのごった煮の世界。松村氏の他の作品と比べてサービス精神が突出しており、エンターテインメント志向が強い異色作です。見終わった後、晴れやかに劇場を出て行く、というものではなく、むしろ「どよーん」とした空気が何とも言えない作品ではありますが。

歌手陣は皆歌いなれた人たちで、危なげない歌唱で安心して聴いていられました。下野竜也と東フィルの演奏も穴がなく実に立派なものでした。演奏にどうしても熱が入ってしまうのか、頑張りすぎて時々歌をかき消していましたが。

日本を代表するオペラ作品だし、東西文化の衝突は題材としても海外向き。是非どんどん輸出して欲しいものです。ハンガリー語、チェコ語、ポーランド語のオペラ上演が欧米の主要劇場でちゃんと成立しているのだから、人口でははるかに多い日本語オペラの上演があっても不思議ではないですよね。まあ、日本人歌手をもっと輸出することが先決かもしれません…。

東京・春・音楽祭:期待を裏切らぬ「ワルキューレ」2015/04/04 23:59


2015.04.04 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 6
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation), 田尾下哲 (video)
Robert Dean Smith (Siegmund/tenor)
Waltraud Meier (Sieglinde/soprano)
In-sung Sim (Hunding/bass)
Egils Silins (Wotan/baritone)
Catherine Foster (Brünnhilde/soprano)
Elisabeth Kulman (Fricka/mezzo-soprano)
佐藤路子 (Helmwige/soprano)
小川里美 (Gerhilde/soprano)
藤谷佳奈枝 (Ortlinde/soprano)
秋本悠希 (Waltraute/mezzo-soprano)
小林紗季子 (Siegrune/mezzo-soprano)
山下未紗 (Rossweisse/mezzo-soprano)
塩崎めぐみ (Grimgerde/alto)
金子美香 (Schwertleite/alto)
1. ワーグナー: 『ニーベルングの指環』第1夜《ワルキューレ》(演奏会形式・字幕映像付)

昨年の「ラインの黄金」に引き続き、東京春祭の「リング」サイクル第2弾です。昨年同様、演奏はヤノフスキ/N響に、ゲストコンマスとしてウィーンフィルからキュッヒルを招聘。昨年から引き続きの歌手陣は、ヴォータンのエギルス・シリンス、フンディングのシム・インスン(昨年はファフナー役)、フリッカのエリーザベト・クールマン(去年はエルダ役)。今回の新顔として、まずはジークリンデ役に大御所ワルトラウト・マイヤーを招聘。さらに、ブリュンヒルデ役のキャサリン・フォスターは、近年バイロイトで同役を歌っている正に現役バリバリのブリュンヒルデ。よくぞこの人達を連れて来れたものだと思います。フォスターは看護婦・助産婦として長年働いた後に音楽を志したという、異色の経歴を持つ英国人ですが、歌手としてのキャリアはほとんどドイツの歌劇場で培ったようです。マイヤーは記録を辿ると2002年のBBCプロムス、バレンボイム指揮の「第九」で歌っていたはずですが、ロイヤルアルバートホールの3階席では、「聴いた」というより「見た」ことに意義があったかと。ジークムント役の米国人ロバート・ディーン・スミスはブダペストで2回聴いていますが(2006年の「グレの歌」と2007年の「ナクソス島のアリアドネ」)、グレの歌のときは、何だか力のないテナーだなという印象を書き残してました。

私は元々長いオペラが苦手で、特に「ワルキューレ」は歌劇場で過去2回聴いて、途中どうしても「早く先に進んでくれないかな」とじれてしまう箇所がいくつかあります。今回も第1幕は、演奏会形式ということもあってよけいに変化に乏しく、華奢な身体から絞り出されるマイヤーの絶唱に感心しつつも、つい間延びしてぼんやりとしてしまいました。コンサート形式ですが、後ろの巨大スクリーンでゆるやかに場面転換を表現する演出は昨年同様でした。ただ今回は、第1幕冒頭で森を駆け抜け、フンディングの家にたどり着いて進む展開の背景が露骨に具象的で、これはもうちょっと象徴的にカッコよくできなかったもんかと思いました。

第2幕冒頭で登場したフォスターが鳥肌ものの見事な「ワルキューレの騎行」を聴かせると一気にテンションが上がり、続くクールマンも負けじと強烈な迫力のフリッカでヴォータンを圧倒、昨年影が薄かった分を取り返して余りある熱唱でした。そのヴォータンのシリンスも昨年同様堂々とした安定感で、ストーリーの主軸である彼の生き様(神様に対してそんな言い方していいのかわかりませんが)を、音楽的な核としてしっかり具現していました。総じて主要登場人物が減った分、歌手陣がいっそう粒ぞろいになり、昨年にも増して素晴らしいステージとなりました。ワルキューレの日本人女声陣のうち4名は昨年も出ていた人々で、賑やかに脇を固めていましたが、ただ立ち位置が舞台下手の深いところだったので、私の席からは影で見えず、声も届きづらかったのは残念でした。

オケの方も、キュッヒル効果は今年も健在で、N響はこの長丁場を高い集中力で最後まで弾き切りました。まあ、曲が「ワルキューレ」ですから金管にもうちょっと迫力があれば、とは思いましたが、歌劇場付きのオケは本場ヨーロッパでもけっこうショボいことが多いので、十分に上位の部類でしょう。この充実した歌手陣に、引き締まったオケ、かくしゃくとした巨匠、世界じゅう探してもこれだけのリングが聴けるところはそうそうないかと思います。東京春祭万歳。最後のフライング拍手はちょっといただけなかったけど。

おまけ:上野公園の桜。今年はいつにも増して外国人団体客の多いこと!

MET Live in HD:イオランタ&青ひげ公の城2015/03/28 23:59

2015.03.28 Live Viewing in HD from:
2015.02.14 Metropolitan Opera House (New York City)
Valery Gergiev / Orchestra of the Metropolitan Opera
Mariusz Treliński (production)
Anna Netrebko (Iolanta-1), Piotr Beczala (Vaudémont-1)
Aleksei Markov (Duke Robert-1), Ilya Bannik (King René-1)
Elchin Azizov (Ibn-Hakia-1)
Nadja Michael (Judith-2), Mikhail Petrenko (Bluebeard-2)
1. Tchaikovsky: Iolanta (sung in Russian)
2. Bartók: Bluebeard's Castle (sung in Hungarian)

ライブビューイングはこれまでロイヤルバレエを何度か見ましたが、METは初めてです。遠く離れた日本でも前夜の公演を中継するので本当のライブに近いROHと違って、METは1ヶ月以上前、バレンタインデーの収録でした。司会のジョイス・ディドナートも言ってたように、バレンタインにはあまり見たくない演目だとは思います。


前半の「イオランタ」は、チャイコフスキー最後のオペラで、初演は「くるみ割り人形」と2本立てだったとか。一幕のコンパクトな仕上がり、円熟極まった無駄のない構成、ひたすら美しいチャイコフスキー節、それでも彼のオペラとしては「スペードの女王」「エフゲニー・オネーギン」ほどのメジャーになり得なかったのは(METでも今回が初上演だそう)、おとぎ話とはいえ底の浅いストーリーのせいでしょうか。ポーランド国立大劇場の芸術監督でもあるマリウシュ・トレリンスキの演出はシンプルかつモダンですが、見たところシンボリックな作りでもなく、意味深な感じはしませんでした。しかし見ていくと存外凝った演出で、レネ王を除くほぼ全員が衣装の早変わりをするし、イオランタ姫に至っては一幕の中で2回も衣装を変え(LEDを仕込んだ最後のキラキラウェディングドレス含め、どれも胸の谷間強調系のオヤジキラードレスでした…)、細かいところでいっぱいお金がかかっていそうです。レネ王だけずっと軍服で通してましたが、彼だけ代役だったので、もしかして衣装が間に合わなかったのかも。

ネトレプコはすっかり恰幅がよくなりました。可憐なお姫様役はそろそろ無理があるかも。ただし歌唱は華と声量にますます磨きがかかって、母国語のオペラということもあり、有無を言わさぬ貫禄がありました。彼女に限らず歌手陣は皆さん本当に穴なしで素晴らしく、さすがMET、と言わざるを得ません。ベチャワはあまり縁がなく、2007年のチューリヒ歌劇場日本公演「ばらの騎士」で第一幕に出てくる空虚なテナー歌手(この役はけっこうスターがカメオ的に歌うこともあるのですが)を聴いたくらいでしたが、今まさに円熟期を迎えようとしている正統派テナーの丁寧な歌唱は、衣装はともかくオーセンティックな芸術的欲求を十二分に満たしてくれるものでした。病欠タノヴィツキーの代役でレネ王を歌ったイリヤ・バーニクは、名前と風貌が記憶の片隅にあったので記録を探してみたら、2012年にLSOでストラヴィンスキーの音楽劇「狐」を聴いた時、「山羊」役だった、まさに風貌が山羊のバス歌手がその人でした。王様の貫禄まるでなしなので外見は全くミスキャストなんですが、歌は重心が低くたいへん良かったです。

インターミッションは出演を終えたばかりのネトレプコ、ベチャワ、ゲルギエフへバックステージでインタビューを行うわけですが、ディドナートが、まあようしゃべること。この人は本当に司会者向きです。ネトレプコは出番が終わった開放感からか、やけにハイテンションで、「バレンタインデーに何でこんなの見てるの?早く家に帰って愛を確かめましょう!」などとのたまい、あわてたディドナートが「いやいや最後まで見ていって」と思わずフォローする微笑ましい場面も。ゲルギーの堅めのインタビューのあと、突然フローレスが登場し、二人が出演する次のライブビューイング「湖上の美人」の宣伝もちゃっかり。一番最後にはMET賛助会員の寄付募集までアナウンスして、この抜け目ない番組構成はROHにはなかったもの、まさにアメリカ式ですなー。


後半の「青ひげ公の城」が、もちろん今日の私の目当てだった訳です。冒頭の吟遊詩人の口上は、英語圏だと最近はペーテル・バルトーク訳の英語版を使うのが一般的かと思いきや、久々に聴いたハンガリー語のオリジナル。ヴィンセント・プライスばりにおどろどろしいホラー映画のナレーションだったので、これでこの先の雰囲気はだいたい読めてしまいました。演出は半透明スクリーンに映像を映した特殊効果を多用しており、象徴的よりも直接的な表現を志向しています。ただし、最初の拷問部屋で壁に血が付いていたくらいで、スプラッター度はあまりなし。普通と違うのは、ずっと夜というか闇の世界に留まっており、第5の部屋、青ひげの領地も大木の地下茎のようなものがぶら下がる地下世界。最後は、土に埋められようとしているパーティードレスの女(これはマネキン)の後ろには、長い黒髪の「貞子」が5人もわらわらと…。陰々滅々とした終わり方で、閉幕後の場内はシーンと静まり返っていました。せっかくのバレンタインにこれを見て帰ったNYの人はたいへん御愁傷様です。この企画、オペラの演目の順番は逆でも良かったのではないかなあ。「闇から光」と「闇からさらに深い闇」の対比でまとめたかったのだとは思いますが、順番を逆にしては全く意味をなさない、とも思えないし。

歌手はどちらも初めて聴く人で、ユディット役のナディア・ミカエルはドイツ出身の金髪スレンダーソプラノ。ROHで歌った「サロメ」がDVDになっています。ホラー映画の常套として金髪グラマー系はたいがい殺人鬼のエジキになるわけですが…。しかもミカエルはサロメ歌手だけあって露出はどんとこい系、第3の宝物部屋では何故か入浴シーンになって自慢の?ボディーを晒し、最後の部屋ではシミーズ一枚で雨に濡れて○っぱいもスケスケ(せめてカーテンコールはガウンくらい着せてあげなよ…)。文字通り「身体を張った」熱演は素晴らしいものでしたが、歌は、先のネトレプコ達と比べてしまうと、抜群とは言えず。ハンガリー語の発音がちょっと不自然なのも気に触りました。対する青ひげ公のミハイル・ペトレンコは名前からしてロシア人。この人も熱唱度では負けてないものの、ちょっと熱入りすぎで、キャラクターがミスマッチです。とは言え「青ひげ公の城」単独で評価しても歌手は粒ぞろいでお金がかかった舞台なのは疑いなく、どんなオペラを持ってきてもゴージャスに仕上げてしまうMETの財力はやっぱり凄い。いつの日かMETの劇場の良席で、珠玉の生舞台を見てみたいものだという、人生の目標がまたできてしまいました。

東京・春・音楽祭:最上品質の「ラインの黄金」2014/04/05 23:59


2014.04.05 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 5
Marek Janowski / NHK Symphony Orchestra
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Jendrik Springer (music preparation)
田尾下哲 (video)
Egils Silins (Wotan/baritone)
Boaz Daniel (Donner/baritone)
Marius Vlad Budoiu (Froh/tenor)
Arnold Bezuyen (Loge/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
Wolfgang Ablinger-Sperrhacke (Mime/tenor)
Frank van Hove (Fasolt/bass) (Ain Angerの代役)
In-Sung Sim (Fafner/bass)
Claudia Mahnke (Fricka/mezzo-soprano)
Elisabeth Kulman (Erda/alto)
藤谷佳奈枝 (Freia/soprano)
小川里美 (Woglinde/soprano)
秋本悠希 (Wellgunde/mezzo-soprano)
金子美香 (Flosshilde/alto)
1. ワーグナー: 『ニーベルングの指環』序夜《ラインの黄金》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭で結構高品質のワーグナーをやってると、前から噂では聞いてたので、今年からはリングのシリーズが始まるということで楽しみにしておりました。

まず、今日はN響には珍しく、外国人のゲストコンサートマスターが出てきたのが意表を突かれました。おそらくヤノフスキが手兵のオケから連れて来たであろうこのライナー・キュッヒルばりの禿頭のコンマスは、素晴らしく音の立ったソロに加えて、オケ全体にみなぎる緊張感が実際タダモノではなく、今まで聴いたN響の中でも間違いなくダントツ最良の演奏に「これは良い日に当たったものだ」と喜んでいたのですが、その段に至っても、このコンマスがまさかキュッヒル本人だったとは、演奏中は何故か全く想像だにしませんでした。いったいどういう経緯でN響のコンマスを?こんなサプライズがあるもんなんですねえ〜。

記録を調べてみるまでは記憶が曖昧だったのですが、今日の出演者の中で過去に聴いたことがあるのは以下の4人でした。ヴォータン役のシリンスは2011年にロイヤルオペラ「さまよえるオランダ人」のタイトルロールで(急病シュトルックマンの代役として)。アルベリヒ役のコニエチヌイは2010年のBBCプロムス開幕「千人の交響曲」と、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」のマンドリーカ役で。フリッカ役のマーンケは2007年のフィッシャー/ブダペスト祝祭管「ナクソス島のアリアドネ」(終幕のみ、演奏会形式)のドリアーデ役で。そしてエルダ役のクールマンは2012年のアーノンクール/コンセルトヘボウのロンドン公演で「ミサ・ソレムニス」を聴いて以来です。 

私はワーグナー歌手に明るくないのですが、実際に聴いた限りで今日の歌手はともかく粒ぞろい、穴のない布陣でした。ヴォータン役のシリンスはソ連のスパイみたいなイカツい顔で、キャラクター付けがちょっと固過ぎる感じもしましたが、細身の身体に似つかない低重心の美声を振り絞って、堂々のヴォータンでした。それにも増して存在感を見せていたのはアルブレヒ役のコニエチヌイ。昨年の「アラベラ」でもその太い声ときめ細かいの表現力に感銘を受けたのですが、得意のワーグナーではさらに水が合い、八面六臂の歌唱はこの日の筆頭銘柄でした。ベズイエンのローゲ、アブリンガー=シュペルハッケのミーメはそれぞれ素晴らしく芸達者で、くせ者ぶりを存分に発揮してました。

一方、数の少ない女声陣は、フリッカ役のマーンケはバイロイトでも歌っているエース級。いかにもドイツのお母さんという風貌で、声に風格と勢いがありました。ごっつい白人達に混じって、フライア役の藤谷さんも声量で負けじと奮闘していました。ラインの川底の乙女達は声のか細さ(特に最後の三重唱)が気になりましたが、これも周囲があまりに立派だったおかげの相対的なものでしょう。演奏会形式では演技のない分、常に前を向き、歌に集中できるのも、総じて歌手が良かった要因でしょうね。

御年75歳のヤノフスキは、「青ひげ公の城」のCDを持ってるくらいで実演を聴くのは初めてでしたが、うそごまかしのないドイツ正統派の重鎮であり、オケの統率に秀でた実力者であることがよくわかりました。オケはキュッヒル効果で全編通してキリっと引き締まり、この長丁場でダレるところもなく、ヤノフスキのタクトにしっかりついて行ってました。こんなに最後まで手を抜かず音楽に集中するN響を、初めて見ました。トータルとして、今の日本で聴ける最上位クラスのワーグナーだったと思います。ただ一つ、スクリーンの画像は、この演奏には気が散って邪魔なだけ、不要でした。さて来年の「ワルキューレ」が俄然楽しみになってきましたが、皆さん元気で、どうかこのテンションが4年持続しますように。

ロイヤルオペラ/ディドナート/フローレス/バルチェローナ:ロッシーニ「湖上の美人」2013/06/07 23:59

2013.06.07 Royal Opera House (London)
Michele Mariotti / Orchestra of the Royal Opera House
John Fulljames (director)
Joyce DiDonato (Elena), Juan Diego Flórez (Uberto/King of Scotland)
Daniela Barcellona (Malcom), Michael Spyres (Rodrigo)
Simon Orfila (Douglas), Justina Gringyte (Albina)
Robin Leggate (Serano), Pablo Bemsch (Bertram)
Christopher Lackner (a bard)
Royal Opera Chorus
1. Rossini: La donna del lago

ロッシーニはブダペストのころに「理髪師」と「チェネレントラ」を1度ずつ見ただけで全く守備範囲外だし、この「湖上の美人」も名前すら知りませんでした。フローレスとディドナートじゃなければパスしていたことでしょう。

フローレスは、3年前の「連隊の娘」を一般発売で買おうとしてあえなく撃沈し、それ以降まだ聴けてませんでした。やっぱりROHはフレンズに入らなきゃチケット取れないのか、と思い立つきっかけにはなりましたが。実物のフローレスは、DVDで見た通りの甘いマスクに、甘ったるくない軽妙なクリアボイスが心地良い、まさにスーパーテナーでした。序盤でちょっと声が裏返りそうになったり、調子はベストじゃなかったかも。一方のディドナートはCD・DVDでもまだ聴いたことがなかったのですが、太くて野卑な声はたいへん個性的。評判のコロラトゥーラの技巧は、確かに速弾きギタリストと違って生身の肉体だけを駆使してあのトリルを声でやるのは凄いものの、私には文字通り「技巧」だと認識するのみで、音楽的な凄みを感じなかったのもまた事実。自分がロッシーニを好んで聴かなかった理由が今わかった気がします。

ベストとは言えないものの期待を裏切らない歌唱を聴かせてくれた主役二人の、さらに上を行っていたのがダニエラ・バルチェローナ。長身でがっしり体型は、メゾソプラノながらもまさに男の中の男、兵士の中の兵士。さらにこの人の歌が群を抜いて完璧で、今日一番の拍手喝采を浴びておりました。ロドリーゴ役のマイケル・スパイレスは、この中では割りを食ったのか、もうひとつ冴えない印象。フローレスと同じ旋律を追いかけて歌うという酷な場面がありまして、やっぱり並べて聴いては差が歴然なのが気の毒でした。バルチェローナよりも背が低くてデブに見えたのもマイナス。

この「湖上の美人」は、緊迫したり悲しかったりする場面でも徹底して能天気でヌルい音楽が続くという、ある意味開き直った楽観主義が貫く曲でしたが、演出は凄惨さを前面に打ち出したもので、スコットランド人反乱軍をことさら野蛮人に描いたのが、何とも意味不明なカリカチュア。図書館だか博物館の中で、ショーケースに入った標本が突如として動きだし、おそらく学者さんたちの空想中の物語を展開して行きますが、最後はまたショーケースに戻るという入れ子の構造で、これは自分の思想じゃなくて登場人物の空想の話なんですよ、という逃げの言い訳を演出家が用意しているだけのような。また、全体的に突っ立って歌うばかりで動きが少ないのは、歌が難しいからかもしれませんが、初めて見る私にはちょっと退屈な演出でした。


男より凛々しいバルチェローナ。後ろはスパイレス。


フローレス。


ディドナート。


敵役だった後ろの二人が、何だかとっても仲良さそうなのです…。

ロイヤルオペラ/パッパーノ/カウフマン/ハロウトゥニアン/クヴィエチェン/ユリア=モンゾン/フルラネット/ハーフヴァーソン/ロイド:人類の至宝「ドン・カルロ」2013/05/11 23:59


2013.05.11 Royal Opera House (London)
Sir Antonio Pappano / Orchestra of the Royal Opera House
Nicholas Hytner (director)
Jonas Kaufmann (Don Carlos), Lianna Haroutounian (Elizabeth of Valois)
Ferruccio Furlanetto (Philip II), Mariusz Kwiecien (Rodrigo, Marquis of Posa)
Béatrice Uria-Monzon (Princess Eboli), Dušica Bijelic (Tebaldo)
Robert Lloyd (Monk/Carlos V), Eric Halfvarson (Grand Inquisitor)
Téo Ghil (Priest Inquisitor), Susana Gaspar (voice from Heaven)
Pablo Bemsch (Count of Lerma), Elizabeth Woods (Countess of Aremberg)
ZhengZhong Zhou, Michel de Souza, Ashley Riches,
Daniel Grice, Jihoon Kim, John Cunningham (Flemish Deputies)
Royal Opera Chorus
1. Verdi: Don Carlo

このロイヤルオペラ2008年のプロダクションはビリャソン、キーンリサイド、ポプラフスカヤのキャストですでにDVD化されていますが、我家にあったのはさらにその前のヴィスコンティ演出の映像でした。いずれにせよ生の「ドン・カルロ」は初めて見ます。ワーグナー並みに長くて登場人物も多いオペラなので、ヴェルディのほかの作品に比べて上演機会は少ないようです。

ロンドンではキャンセル魔として知られるアーニャ・ハルテロスが、今回は果たして何日歌うのか注目されていたようですが、初日に出た後は、大方の予想通り「病気のため」キャンセルとなりました…。代役は、元々後半戦にキャスティングされていたアルメニア人のリアンナ・ハロウトゥニアン。今回がロイヤルオペラデビューだそうです。見るからにおばちゃん体型で、王妃の気品と色気の点ではちょっと残念ではありましたが、代役もすでに2日目でしたので固さの取れた演技に、カウフマンと歌い合っても聴き劣りしない、ふくよかな美声が素晴らしく良かったです。

エーボリ公女のユリア=モンゾンは知らない人だったので調べると、カルメンに定評がある様子。言われてみれば確かにそんなジプシーっ気を匂わせている人で、逆に公爵夫人というにはあまりにも蓮っ葉なお顔立ち。私はあのテの顔がどうしても苦手で生理的に受けつけません。自分の「呪われし美貌」を切々と歌う場面など、もう違和感ありまくりで、すいません、いくら歌が上手くてもオペラはビジュアルもやっぱり大事だなあと思い知りました。なお、天の声のソプラノは、本当にオペラ座の天井から聴こえてきました。バルコニーからは姿もちらっと見えた気がしましたが、下のほうの人にはどうだったんでしょうか。

この作品は女声が相対的に影薄く、全く男声陣のためのオペラと言えましょう。タイトルロールのカウフマンは相変わらずテナーにあるまじき野太い声が健在で、スターの立ち振る舞いもたいへん良かったのですが、それをさらに食っていたのがロドリーゴ役のポーランド人、マリウシュ・クヴィエチェン。細身ながら低音のよく響く声に、ちょっと抑え目の演技が役所を捉えていてカッコいい。フルラネット、ハーフヴァーソン、ロイドのベテランバス3人組は、皆さん地響きのような低音の中にも声に各々個性があって、ここまでの人達が競演してくれる機会もそうそうないでしょう。歌手陣は総じて素晴らしい出来で、満足度の高い「ドン・カルロ」初生鑑賞でした。

演出は、シンプルでシンボリックな舞台ながらも衣装は中世スペイン風で奇抜な発想転換はなく、火あぶりの刑の見せ方など工夫があって感心しました。カルロス5世の墓はどう開くのだろうと思っていたら結局開かず、ドン・カルロは剣でやられて息を引き取るだけ、墓には引きずり込まれませんでした。ドン・ジョヴァンニの地獄落ちみたいなのを期待していたら、肩すかしでした。


大司教のエリック・ハーフヴァーソン。


エーボリ公女、ベアトリス・ユリア=モンゾン。


ロドリーゴのマリウシュ・クヴィエチェンは、大人気。


渋いベテラン、フルッチョ・フルラネット。


なかなか良かった、ハルテロス代役のリアンナ・ハロウトゥニアン。


ヨナス・カウフマンはスターですな。


真ん中はパッパーノ大将。今日もオケは熱演でした。

ハンガリー国立歌劇場/シュメギ/コニエチヌイ/スヴェーテク:アラベラ2013/05/03 23:59


2013.05.03 Hungarian State Opera House (Budapest)
Géza Bereményi (director), Balázs Kocsár (conductor)
Eszter Sümegi (Arabella), Tomasz Konieczny (Mandryka), Zita Váradi (Zdenka)
László Szvétek (Count Waldner), Bernadett Wiedemann (Adelaide)
Dániel Pataki Potyók (Matteo), Tamás Daróczi (Count Elemér)
András Káldi Kiss (Count Dominik), Sándor Egri (Count Lamoral)
Erika Miklósa (The Fiakermilli), Erika Markovics (fortune-teller)
Imre Ambrus (Welko, servant), József Mukk (waiter)
1. Richard Strauss: Arabella

ここは昨年「くるみ割り人形」を見に来たばかりですが、オペラを見るのはちょうど3年前の「ばらの騎士」以来です。そのときはマルシャリンを歌っていたシュメギ・エステル、今回はタイトルロールのアラベラを歌い、リリックソプラノの王道を真直ぐ突き進んでます。元々華のある人ですが、今日は周囲に食われ気味で、もひとつ印象に残らず。ちょいと身体が増殖してないですか。お嬢さん役はだんだんと厳しくなってきたかも。

ウィーン社交界の華をハンガリー人ディーヴァが演じれば、相手役であるハンガリーの大地主マンドリーカはポーランド人のトマス・コニエチヌイが歌うという、ちょっと屈折した配役。全然知らない人でしたが、たっぷりと低周波を含んだ深みのある声に、丁寧で安定した歌唱がタダモノではない素晴らしさでした。経歴を見ると早くからドイツのメジャー歌劇場でキャリアを積んでいる様子。公式サイトを見ると、この後ウィーン国立歌劇場のリングサイクルでヴォータンを歌い、ミュンヘンではアルベリッヒを歌うようです。売れっ子ですね。

妹ズデンカ役のヴァーラディは、まずまず無難なズボン役(男装の女性役なのでズボン役とは言わないか。でも役柄のイメージはまんまオクタヴィアンです)。ヴァルトナー伯爵のスヴェーテクは、昔ここで「神々の黄昏」のハーゲンを熱演していた印象が強いですが、本来はこういったコミカルなキャラクターが持ち味です。この人も実に良い声。伯爵夫人のヴィーデマンはもう何度も見ていますが、存在感ある芯の太い声(と太い身体)は全く健在でした。フィアカーミリは、初めて聴くミクローシャ・エリカ。よく見ると老け顔で雰囲気も意外と地味だし、オペラの大役を担うにはまだちょっと線が細い。何より、オーラがない。売り出し方がアリアコンサート中心で何となく浮ついている感じがして、一線級のオペラ歌手とは正直認識しておりませんでしたが、コロラトゥーラは確かに世界的第一人者とのフレコミ通り達者にこなしていました。ちゃんと歌える人を脇までしっかり揃えた、充実した歌手陣の公演だったと思いますが、エレメール伯爵だけは、喉を痛めたのか全然声が出てなくて、他が声のでかい人ばかりだったのでちょっとかわいそうでした。

演出は、昨シーズンプレミエの新プロダクションではありますが、読み替え一切なしのオーソドックス過ぎるものでした。野暮ったさと衣装の垢抜けなさは、ある意味ハンガリー国立歌劇場らしくてほっとします。奇抜な発想で伝統を破壊するだけのモダン演出よりよほど好感が持てます。舞踏会の場面では半円に配置した総鏡張りのボールルームが、人が引けて照明を落とすと鏡が半透明になって外側の雪景色がぼうっと浮かび上がる仕掛けになっており、大してお金をかけていないのに、発想の勝利と思いました。オケはしばらく見ない間にずいぶんとメンバーが若返っていて、その分しっかり生真面目な演奏を聴かせてくれました。ROHのオケも新陳代謝が必要なんじゃないでしょうかね。


伯爵夫妻のスヴェーテクとヴィーデマン。


シュメギ、後ろにヴァーラディ。


真ん中が指揮者のコチャール。左端のマッテオ君もなかなか良いテナーでした。


ロイヤルオペラ/ルイゾッティ/ドミンゴ/モナスティルスカ/カレ/ピッツォラート/コワリョフ:濃厚「ナブッコ」のワーグナー風2013/04/20 23:59

2013.04.20 Royal Opera House (London)
Nicola Luisotti / Orchestra of the Royal Opera House
Daniele Abbado (director)
Plácido Domingo (Nabucco), Liudmyla Monastyrska (Abigaille)
Andrea Caré (Ismaele), Marianna Pizzolato (Fenena)
Vitalij Kowaljow (Zaccaria), Dušica Bijelic (Anna)
Robert Lloyd (High Priest of Baal), David Butt Philip (Abdallo)
Royal Opera Chorus
1. Verdi: Nabucco

今シーズンのニュープロダクションである「ナブッコ」はミラノ・スカラ座、バルセロナ・リセウ劇場、シカゴ・リリックオペラとの共同製作となっております。ここROHでは前半5回のタイトルロールをレオ・ヌッチ、後半4回をドミンゴが歌う(残りは全て同じキャスト)ということで、これは困った、どちらもまだ生で聴いたことがない。歌は、もちろんヌッチが良いに決まっているけど、ドミンゴも一度は見てみたいし(過去の出演時は枚数制限のおかげで家族分のチケット取れず)と迷ったあげく、結局ドミンゴの回を何とかがんばってゲットしました。

結論を先に行ってしまうと、音楽面では期待をはるかに上回る、たいへん素晴らしい公演でした。まず、歌手陣が極めてハイレベルの競演。特にアビガイッレ役のリュドミラ・モナスティルスカとザッカリア役のヴィタリ・コワリョフは、どちらも知らない人でしたが、芯のある美声、豊かな声量、劇的な表現力、どれを取っても、どこの劇場でも拍手喝采間違いなしの立派な歌唱で、実際この二人への拍手はドミンゴをも凌ぐものでした。フェネーナ役のピッツォラートも、声は素晴らしかったのですが見た目が非常に問題。大昔のワーグナー歌手じゃあるまいし、いくら声が良いと言ってもお姫様役でこの劇太りは今時あり得ない。元々共感できるところが少ないフェネーナという役所は、この容姿のおかげでますます絵空事にしか思えなくなりました。モナスティルスカもどちらかというとガッシリ系体格なので、この二人に挟まれたイズマエーレ役のカレは、よく見るとワイルドな伊達男で歌もしっかりしていたのに、貧相に見えてしまってちょっと割りを食いました。後は、ザッカリアの妹アンナ役とバビロニアの兵士アブダロ役は、去年ROHのヤングアーティストで見た「バスティアンとバスティエンヌ」で主役を歌ってたペアですね。

生では初めてだし、バリトン役を歌うのは全く未知だったドミンゴ先生は、やっぱり予想していた通り、声質がバリトンではなく完全にテナーのものでした。低音成分が貧弱なのは正直物足りない感じはしましたが、他の若い歌手陣に全く負けていない抜群の声量と、いかにも舞台慣れした堂々の演技力は、さすがスーパースターと脱帽するのみでした。今年72歳、3年前には癌の手術から生還した身でありながら、この溢れるパワーとヴァイテリティは驚異的です。若いころの声はどれほど凄かったことか、長年トップであり続けたのもこの人なら納得できると思わせるに十分でした。

日本でもお馴染みの指揮者ルイゾッティは、オケもコーラスも分け隔てなくノリノリで引っ張ります。金管の問題児たちをバンダで舞台裏に追いやった?せいもあるのかもしれませんが、パッパーノ以外でこれだけ集中力あるオケの音は、久々に聴きました。ROHのオケは、イタリア系指揮者との相性が実は良いのかもしれません。有名な第3部の合唱「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」は、拍手が持続しなかったのでアンコールがなく、残念。6年以上前にブダペストのエルケル劇場で見た際はちゃんとお約束のリピートをやっていましたが。それはともかく、指揮者、オケ、歌手の三位一体となったがんばりのおかげで、極めて劇的な音楽に濃厚な歌唱が上手くマッチした音楽面は素晴らしく、たいへん優れた公演でした。

難を言うとすれば、演出。古代エルサレムの世界はどこへやら、大きな砂場に象徴的なセット、背後には舞台を別アングルで撮ったビデオ(最初ライブ映像かと思いましたが、よく見るとあらかじめ作っておいたムービーのようです)が流れ、背広を着たキャストを見ていると、大元のコアはどこに言ったのか、いったい何の話だったのか、わけがわからなくなります。それ以前に、人が歩くたびに砂煙が舞台上空まで舞い上がり、第2部では舞台上で本物の火をもうもうと焚いたりして、歌手や合唱団にとっては迷惑この上ない演出だったのではないかなと。登場人物が皆20世紀初頭くらいのみすぼらしい平民服だったのも、この舞台をただ面白くないだけでなく、人間関係をさらにわかりにくいものにしていたと思います。歌手陣が全般に良かっただけに、歌われる歌詞と舞台の上の出来事との乖離もいちいち不愉快でした。演出を除けば五つ星をあげられる公演だっただけに、演出だけが評判を下げることもあるという事実を目の当たりにしました(ちなみに演出家はアバドの息子)。歌手は皆恰幅があり声量豊か、濃厚な味付けの音楽だったので、何だかワーグナーを聴いている感じがする公演でしたが、演出の雰囲気から言っても、確かにこの演目がヴェルディじゃなく「パルシファル」だったら違和感なかったかも、とは思いました。



イズマエーレのアンドレア・カレ。強烈な人々に挟まれてかわいそうでした。


フェネーナのピッツォラート。あなたがプリンセスではなくブリュンヒルデというなら、まだ黙認もできたのですが。


ザッカリアのコワリョフ。この人は地味ながらなにげに声が凄かった。


本日の一番人気、アビガイッレのモナスティルスカ。


ドミンゴ先生も、もちろん大人気ですが、終始うつむき加減なのが気になります。


ルイゾッティの引き出すオケの音も素晴らしかったです。


真ん中は合唱指導の人。