ハーディング/新日フィル:さよならは「千人の交響曲」2016/07/01 23:59

2016.07.01 すみだトリフォニーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
Emily Magee (soprano/罪深き女)
Juliane Banse (soprano/懺悔する女)
市原愛 (soprano/栄光の聖母)
加納悦子 (alto/サマリアの女)
中島郁子 (alto/エジプトのマリア)
Simon O'Neill (tenor/マリア崇敬の博士)
Michael Nagy (baritone/法悦の教父)
Shenyang (bass/瞑想する教父)
栗友会合唱団
東京少年少女合唱隊
1. マーラー: 交響曲第8番変ホ長調 『千人の交響曲』

2010年から新日フィルのミュージックパートナーを務めていたハーディングの、契約最後の演奏会はビッグイベントにふさわしく「千人の交響曲」ということになりました。ところが、来日直前にウィーンフィル欧州ツアーの代役指揮(ダニエレ・ガッティの病欠)を引き受けたため、6/28のフィレンツェ公演を振った後にギリギリの来日という強行スケジュールになり、当然予定されていたリハは吹っ飛んで、特に初日の今日はほとんどぶっつけ本番のような状態でこの大曲に臨むことになったそうな。まあ、何はともあれキャンセルじゃなくてよかったです。

ハーディングの最後の勇姿ということで、普段は空席が目立つ金曜日の公演ながら、客席はほぼ満員。舞台上はと言うと、オケがバンダも含めて約120人、合唱はざっと女声90人、男声60人、児童50人の合計200人ほどで、指揮者、独唱、オルガンを合わせても総勢330人という、私が過去にこの曲を聴いた中では最も少人数の布陣でした。このへんは解釈次第のところもあって、初演が行われた万博会場で「大宇宙」が響いたかのごとくグダグダの音響が生む比類なきスケール感を求める人もいれば、複雑なポリフォニーを立体的に「見える化」し、構造を紐解くようなマーラー演奏をする人もいる中で、今日のハーディングは明らかに後者のスタンス。第二部前半の実に抑制的なオケは、新日フィルにありがちな雑で投げやりなところがほとんどなく、いつにない集中力を持続していました。マンドリンもくっきり聴こえたし。ぶっつけ本番でこれができたのなら大したものですが、あるいはぶっつけ本番が生んだ奇跡的な集中力だったのかも。合唱団の数は、増やしたくとも増やせないステージキャパの事情もありそうですが、これ以上合唱が厚くなれば多分オケの非力がもっと気になってしまうだろうから、結果的にちょうどよいバランスだったと言えるかもしれません。

歌手陣で良かったと思えるのはマギーくらいで、あとはちょっと・・・。この中で過去聴いたことがあるのはサイモン・オニールだけでしたが、彼には調子の良いときに当たったことがなくって、図体でかい割には声に迫力がないチキンテナーという印象でした。今日も、見たところ一人だけ余裕綽々で親分風を吹かせる様子でしたが、歌の方はまだエンジンがかかっていない感じ。身体的な不調という感じはしなかったので、これはおそらく日を追うごとに調子を上げて行くのでしょうが、初日しか聴かない人だって多いんですよ・・・。

オケはもとより過大な期待していませんが、ハーディングとの共演も最後ということでいつもより気合はあったと思います。ホルン以外の金管、木管の音が汚いのにはちょいと興ざめ。ただ、合唱が入るとちょうど良い具合にオケがかき消されて溶け込んでしまうので、曲とシチュエーションに救われた感じです。来シーズンは上岡音楽監督の時代が始まりますが、プログラム的には私の好みからすると二歩も三歩も後退したので、当分新日フィルを聴きに行く予定はありません。

下野竜也/新日本フィル:涅槃交響曲など、和製現代音楽の古典を聴く2016/05/27 23:59

2016.05.27 すみだトリフォニーホール (東京)
下野竜也 / 新日本フィルハーモニー交響楽団
東京藝術大学合唱団
Thomas Hell (piano-2)
1. 三善晃: 管弦楽のための協奏曲 (1964)
2. 矢代秋雄: ピアノ協奏曲 (1967)
3. 黛敏郎: 涅槃交響曲 (1958)

日本の現代音楽の中では「古典」に相当するこれら3作品でも、実演で聴ける機会は珍しく、CDも持っていないので、各々ほとんど初めて聴く曲になります。開演前のミニコンサートではオケの打楽器奏者がライヒの「木片のための音楽」を披露。プリミティヴに気分を高揚させる効果がありました。

1曲目、三善晃の「オケコン」は、10分足らずの短い時間の中に凝縮された急・緩・急の3部構成で、無調を装いながらもかなり保守的な作りに見えました。指揮棒を持たず手刀で切り込んでいく下野竜也は、縦割りリズムをキビキビと指示し、キレ良くオケを統率。こういう難解ではない部類の現代曲を、さらにわかりやすく紹介するのは、下野の性に合っていると見受けました。オケもリラックスしていて、とてもやり易そう。

続く矢代秋雄のピアノ協奏曲も、全編に渡り無調を貫く音楽ながら、様式は極めて古典的。ミニマル系っぽい反復の連鎖は、時々バルトークのようにパーカッシヴでもあり、緩徐楽章では叙情的にも響き、世間の評判が高くファンが多いのも頷ける佳曲でした。欧州の近現代曲を得意とするドイツ人ピアニストのヘルが、何でまたこんな極東の作品をレパートリーにしているのか謎ですが(公式HPを見るとリゲティ、シェーンベルク等と並んで武満はレパートリーに入っているようですが矢代は記述なし)、アンコールで弾いたバッハを聴いていると、民俗色とか土臭さとかを排除した純粋音楽としてのコアは矢代とバッハで通じるものがあると捉えてくれているのではないかいな、と根拠もなく感じました。

最後は本日のメインイベント「涅槃交響曲」。東京藝大の男性合唱団約80名が奏でる力強い経文がたいへんいい味を出していて、まさに「仏教カンタータ」という異形の音楽をギリギリのところでイロモノからすくい上げているように思いました。フルート、ピッコロ、クラリネット、鈴、グロッケンのバンダその1が舞台を向いて右後方、ホルン、トロンボーン、チューバ、コントラバス、銅鑼のバンダその2が左後方の客席内に各々配置され、幸い今日は平土間前方に座っていたので、3方向からの音響効果を十分に体感し、堪能することができました。この音響空間が作り出す別世界は、確かに実演でなくては理解することができません。新日フィルとしては珍しく、オケも終始しっかりとしており、下野は良い仕事をしてくれたと思います。

9年ぶりのラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは交響組曲二題:「惑星」「グランド・キャニオン」2016/05/03 23:59

2016.05.03 東京国際フォーラム ホールA (東京)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016
Nabil Shehata / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. ホルスト: 組曲「惑星」 Op.32

9年ぶりにラ・フォル・ジュルネオ・ジャポンに行ってみました。最初は、ホールAで唯一売り切れたという新日フィルの「惑星」から。演奏前に井上道義(この公演の指揮じゃないのに)と月尾東大名誉教授によるプレトークがありました。スライドを使って、太陽系惑星の紹介、冥王星が入っていない理由、地球外生命の可能性など、ありきたりなプレゼンでしたが、一番興味深かったのは、この国際フォーラムのホールAが当初の予定から大幅に拡大して5012席になったのは、数年前に完成したパシフィコ横浜が5002席になったのに対抗して、絶対それ以上のホールを作らなければならないと強硬に主張する都議会議員がいたから、という月尾先生の暴露話でした。

さて肝心の「惑星」ですが、早いテンポで軽快に進むサクサク系演奏。指揮者のシェハタは元ベルリンフィルのコントラバス首席奏者で、昨年新日フィルに客演し、コントラバス協奏曲を弾き振りするという超絶芸を披露したよとのこと。指揮者としての実績はまだこれからのようです。ラ・フォル・ジュルネの昼公演でこの選曲ですから、仕事はきっちりやりますよという「まとめ力」をアピールしとけばとりあえずは良くて、まあ可もなく不可もなくという感じでした。

このホールは演奏会には大きすぎるのでハンデはあるにせよ、それにしても新日フィルは相変わらず音に迫力がない。「惑星」だから管はもうちょっと頑張って欲しかったし、特にトランペットは足を引っ張るのみ。奏者の顔ぶれが若かったし、もしかしたら一軍ではなかったのか。チェレスタ、オルガンは奏者がいましたが(オルガンは電子式だろうけど)、「海王星」の女声コーラスはどうするのだろうと思っていたら、録音でした…。


2016.05.03 東京国際フォーラム ホールC (東京)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016
井上道義 / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. 武満徹: グリーン
2. グローフェ: 組曲「グランド・キャニオン」

国際フォーラムのホールCは1500席ほどで、音響はともかく、コンサート用としてはまあまあ程よい大きさ。ステージが若干狭いので合唱付きの大曲などは無理ですが。

最初の「グリーン」は、著名な「ノヴェンバー・ステップス」と同時期に作曲され、当初は「ノヴェンバー・ステップス第2番」と名付けられていたそうですが、こちらはショートピースですし、曲の趣きもずいぶんと違います。今回のラ・フォル・ジュルネのコンセプトである「ナチュール〜自然と音楽」とはぴったりな、あからさまに森林を思わせる幻想的な音楽です。初めて聴くので演奏の良し悪しは判定できず。

続く「グランド・キャニオン」が私的には今日のお目当て。よくできた曲と思うのですが、プロオケのプログラムに乗ることがほとんどないので、生で聴くのはこれでやっと2回目。ここでもやっぱりトランペットがデリカシーのない音で雰囲気をぶち壊しますが、他のパートはまあまあ健闘。音が拡散し放しのホールAと違って、音がまとまるのでそれなりの音圧で身体に届きます。あたらめて、ファミリーコンサート専用の演目にしとくにはもったいない、シンフォニックな佳作だと思いました。終楽章のウインドマシーンは、やはり録音っぽかったですが…(よく見えなかった)。

ハーディング/新日本フィル:戦争レクイエム2016/01/15 23:59

2016.01.15 すみだトリフォニーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
Albina Shagimuratova (soprano)
Ian Bostridge (tenor)
Audun Iversen (baritone)
栗友会合唱団
東京少年少女合唱隊
1. ブリテン: 戦争レクイエム op.66

2ヶ月ほど演奏会から遠ざかっていましたが、今年の私的オープニングは、結局ロンドンでは聴き逃した「戦争レクイエム」。レコードで聴く限り、暗くて長くて刺激のない音楽という正直な感想を禁じ得ず、通しで聴いたことはほとんどありませんが、せっかくハーディングにボストリッジというスターが揃う機会なので、実演にチャレンジしてみましょうと。前世紀の末に新婚旅行でロンドンへ出かけた際、まだ20代前半のピチピチしたハーディングが汗汗しながらLSOを振る横で、クールに歌っていたのがボストリッジでした。

レクイエムと言っても教会音楽の様式からは逸脱していて、混声合唱、児童合唱とソプラノによる「死者のミサ」のところどころに、第一次大戦で戦死したウィルフレッド・オーウェンの英語詩に基づくテナーとバリトンの歌が挿入される、自由なオラトリオといった感じです。今日のコンマスの崔文洙氏とは別のコンマス氏が出てきたのであれっと思うと、崔氏は指揮者右側に陣取る室内オーケストラのほうにいらっしゃいました。この曲の実演を聴くのは初めてなので世間の相場は知らないのですが、見せ場が少ないし、場所的にも目立たないので、ちょっと気の毒かなと。

久々に見るボストリッジは、相変わらずその細身のどこからそんな声が出るんだという芯のある歌声。あらためて思ったのは、この人は声自体にはそれほど特徴というか個性があるわけではなく、丁寧に作り込んだ歌唱に有無を言わせぬ説得力があるのだなあということ。今日はちょっと席が遠かったので、以前のようにかぶりつきで聴ければ最高なんですが、日本でそれは安く簡単に手に入るわけではありません。他の歌手陣は、バリトンのイヴェルセンは申し分なし、ソプラノのシャギムラトヴァは一人ぽつんとオルガンの前に置かれて緊張気味でしたが、途中ハイトーンがちょっと苦しかったのを除けばこちらも立派な歌唱。加えて総勢120人超に上るベテランアマチュア集団、栗友会合唱団が迫力のコーラスで終始オケを圧倒。普段は頼りない新日フィルのアラが結果的に覆い隠されて、怪我の功名と思います。ハーディングも手を抜くことなく全体を引っ張っていたし、このぶんだと7月の「千人の交響曲」も大いに期待できるのではないでしょうか。一点、空席が目立つ客入りだったのは、日本のオケの公演としては破格のスター揃いだっただけに、残念でした。

フライシャー(p)/新日本フィル:伝説の「ツー・ハンズ」と、ポリフォニックなラフマニノフ2015/11/20 23:59

2015.11.20 すみだトリフォニーホール (東京)
Leon Fleisher (piano-1) / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. モーツァルト: ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414
2. ラフマニノフ: 交響曲第2番 ホ短調 Op.27

レオン・フィライシャーのことはよく知らなかったのですが、ステレオ録音最初期にセル/クリーヴランド管などとセンセーショナルな録音を行った後、病気のため突如右手の機能を失い、指揮者と左手専門のピアニストとして音楽活動を続けていて、2000年にボトックス治療でようやく右手の機能を取り戻し、35年のブランクを経て両手演奏のピアニストとして復活したというレジェンドなアーティスト。演目が、当初発表のラヴェル「左手のための協奏曲」からモーツァルトに変更になったことの意味と意義を、恥ずかしながら理解しておりませんでした。87歳という高齢を考えると、はるばる日本までやって来て両手演奏を聴かせてくれる機会は、たいへん貴重なものだったんですね。

さて、満場の拍手の中、ゆっくりと現れたフライシャーの弾き振りモーツァルトは、ヴィルトゥオーソの要素がほとんどない、枯れた味わい。老獪さはなく、ただ枯れています。やはり指が回っていない箇所がちらほらあり、何も予備知識なしで聴いたら、あまり上手じゃない素朴な演奏、という感想しか残らなかったでしょう。晩年のホロヴィッツが「ひびの入った骨董品」と呼ばれたのを即座に連想しました。ただ、この俗気の抜けたモーツァルトは、繰り返し聴くとじわじわと染み入ってくるものかもしれません。モーツァルトは永遠の苦手なので、すいません、こんな感想しか出てきませんが、欲を言えば、ラヴェルの左手のほうも聴いてみたかったです。なお、オケのほうは弦は良かったのですが、ホルンがぶち壊しでした。

メインのラフマニノフ2番は、6月の都響以来ですから今年2回目。高齢のフライシャーは椅子に座っての指揮になります。のっけからオケが朗々と鳴っていて、ダイナミクスのコントロールはかなりアバウト。何だ、雑な演奏だなと思って聴いていくと、フライシャーは主旋律を奏でている楽器にはほとんど見向きもせず、副旋律のパートばかりを一所懸命振っていることに気づきました。ポルタメントも控えめで、こないだのリットン/都響とはほぼ対極の、ある意味ピアニストらしい、節度ある演奏。いや、リットンはそれはそれで良かったのですが、ラフマニノフ特有の甘いメロディが一歩後ろに下がり、重層的なポリフォニーに身を浸すような今日の演奏も、聴き慣れ過ぎて耳タコのこの曲にリフレッシュを与えてくれて、たいへん好ましいものでした。

イノウエ/新日本フィル/小菅優(p):非ハンガリー系バルトーク2015/09/04 23:59

2015.09.04 すみだトリフォニーホール (東京)
Derrick Inouye / 新日本フィルハーモニー交響楽団
小菅優 (piano-1)
Alfred Walker (bluebeard/bass-baritone-2)
Michaela Martens (Judith/mezzo-soprano-2)
1. バルトーク: ピアノ協奏曲第3番
2. バルトーク: 歌劇『青ひげ公の城』op.11 (演奏会形式)

新日本フィルは過去何度か聴いて幻滅するばかりだったのですが、今シーズン(日本だと9月から新シーズンとは一概に言えない気もしますが)はわりと聴きたい曲が集中していたので、マイプランで5回分のチケットを買いました。さてその万難を排してでも聴きに行くバルトーク特集の開幕コンサートですが、イノウエは日系カナダ人、ウォーカー、マーテンスはともにアメリカ人、小菅優とオケはもちろん日本人だし、何故だかハンガリー色の薄い人々ばかり。

小菅優は、前にも聴いたことがあるように思っていたのですが、どうも児玉桃と勘違いしていたようで、実際は聴くのは今日が初めてでした。新日フィルのサイトに出ていたインタビューで、このバルトーク3番は「ずっと弾きたい曲でした」と書いてあったので、レパートリーになったのはごく最近なんですかね。見た目そのまんまと言うと失礼かもしれませんが、郷愁のない健康的なピアノ。このバルトーク最後の作品には晩年のエピソードがまとわりついていて、そんなことは無視してスコアだけに真摯に向き合うというアプローチもありかとは思いますが、私の好みとして、この曲にはストーリーの味付けがないとあまり面白みがないです。アンコールはミクロコスモスの「蠅の日記より」。こちらのほうが自由奔放で良かったです。

メインの「青ひげ公の城」は、オケの後ろにステージを立てて、白いクロスをかけバラの花瓶を乗せた小テーブルを置き、その周りで2人が演技を入れながら歌います。血のモチーフが聴こえるたびにオルガンが真っ赤にライトアップされ、花畑では緑、湖は青と、照明も大忙しの活躍。シンプルさではこれとほぼ同等の舞台をブダペストの国立歌劇場で見たこともありますし、演奏会形式というより立派なsemi-staged operaですね。演出家がクレジットされていないのが気になりますが、動きが歌手のアドリブ任せとも思えないし、誰か演出はいるはずです。

吟遊詩人の前口上はなし。ウォーカーはがっしりとした体格に加え、黒スーツ、黒シャツ、黒ネクタイに身を包んだ黒人歌手でしたので、威圧感がハンパない。もうちょっと声量があればと思いましたが、安定感のある深いバスで、ハンガリー語も違和感なく、感情を押し殺しつつも堂々とした青ひげ公の歌唱でした。一方のマーテンスは、化粧っ気がなく、見た目も声もまさに「ワーグナー歌手」。すっかり忘れていましたが、プロフィールを読んでおやっと思い記録をチェックしたら、2009年にENOで青ひげ公を見たとき、ユディットを歌っていた人でした。ENOなのでそのときは英語だったのですが、今日はオリジナルのハンガリー語。「tudom」「köszönöm」といった基本単語の発音にちょいと違和感を覚えました。あとは歌い方がフェイクすると言うか、いちいち後乗りだったのが、オケがインテンポでグイグイ進む感じだったので、余計に気になりました。各論はともかく総論としては劇的な歌唱で、いかにも舞台でこの曲を歌い慣れているなという感じがしました。

なかなか良かった歌手陣の奮闘に対し、それをかき消すくらいに、オケも頑張って鳴らしていました。フルート、クラリネット、トランペットのソロは、もうちょっとしっかりして欲しいところ。イノウエの指揮は、変にタメて流れを悪くしないという意味では私的に好ましいものでしたが、個性とか上手さは特に琴線に触れるものがなく。職業オペラ指揮者(職人ではない)という感じでしょうか。今回、扉の向こうのうめき声と、扉を叩く音はシンセで作った電子音でしたが、風情がなくて私は嫌いです。なお、第5の扉のバンダは1階客席後方からペット、ボーン各4本ずつを派手に鳴らしましたが、オケ、オルガンとクロックを合わせるのはさすがに難しそうでした。

新日本フィル/ハーディング/ファウスト(vn):ブラームス4番とvn協奏曲2014/06/20 23:59

2014.06.20 すみだトリフォニーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
Isabelle Faust (violin-1)
1. ブラームス: ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op. 77
2. ブラームス: 交響曲第4番ホ短調 op. 98

トリフォニーホールは1998年以来ですから、16年ぶりですか。個人的な利便性からもっと通いたいホールなんですが、新日本フィルとアマオケが多いようで、なかなか「買い」の演奏会がタイムリーに見つからず1年が経ちました。

今日は前回に続き、ハーディングのブラームスシリーズ第2弾。ヴァイオリン協奏曲は超有名曲なのに何故か縁がなく、初めて実演で聴きます。イザベル・ファウストは3年前の山田和樹/BBC響で聴いて以来ですが、そのときは現代音楽だったので演奏はよく憶えていません。前回はかぶりつき席だったのですらっと長身に見えたのですが、今日のように引きで見ると、小柄なハーディングよりもさらに小さい、華奢でボーイッシュな中性おばさんでした。そのヴァイオリンは、知的でデリケート。熱に浮かされるでもなく、雄弁に語るでもなく、虚飾を排した音と真摯に向き合い丁寧に紡いでいくという演奏で、内面的な志向が私にはちょっと五嶋みどりを思わせました。おそらく(というのは私はこの曲をよく知らないので)パーフェクトに近い演奏だったのでしょう、充実感に溢れた満面の笑みで聴衆に応えていました。アンコールは最近こればっかり聴くバッハのサラバンド。これまた独特な味わいのユニークな演奏でした。

メインのブラ4。前回サントリーホールで聴いたブラ2、3があまりにも酷かったので正直今日は全く期待してなかったのですが、こないだよりはずっと良かったです。少なくとも、概ねちゃんと音が出てました。先日を聴いてない妻は「この楽団はプロなの?」と、せっかくのハーディングなのにがっかりした様子でしたが。それにしてもハーディングのブラームスはぎこちない表情付けで、無茶な揺さぶりもあり、けっこうヘンな演奏です。オケは、ボウイングが適当ながらも、弦はまだましで、管楽器の集中力がなさ過ぎなのが、全体の品格を落としてます。まあそれでも、衝撃的だった前回のダメダメぶりは払拭されていたので、まだ安心しました。

本日の収穫は、客演奏者として入っていたチェロの飯尾久香さんという方。目に優しい正統派美人です。客演なので、次はどこでお見かけすることになるやら…。

新日本フィル/ハーディング:何じゃこりゃ、のブラームス2014/05/02 23:59

2014.05.02 サントリーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. ブラームス: 交響曲第2番ニ長調 op.73
2. ブラームス: 交響曲第3番ヘ長調 op.90

新日フィルはえらい久しぶりですし、ハーディングも3年ぶりなので、このところレギュラーで組んでいる両者がいったいどんなことになってるか、楽しみでした。ふむ、このブラームスプログラムの曲順は、2番が後、じゃないのね。3番をメインに持ってくるのは何かしら狙いがあるのかな。

まず第2番ですが、のっけからテンションが低い。あえてキツく書くと、冒頭からもう管の音はプロのそれではない。弦も痩せていて、重低音まるでなしのさらさらふわふわ。何がやりたいのかわからない、以前に、何もやりたくなさそうに聴こえました。これがハーディングの目指すブラームス?確かに、彼のブラームスはCD含めてまだ聴いたことがなかった。ただ、同じ席で先日都響を聴いたときとは全然違う音響でしたし、ハーディングがロンドン響を振ったときの音作りはずいぶん骨太なものだったので、音の貧弱さは席のせいでも指揮者のせいでもなく、オケのせいであることは明白。見たところ、別にナメているわけではなくて、真面目にやってはいるんだろうけど、力が全然及んでないという感じです。新日フィルってこんなにひどかったっけ?と、軽いショック。ハーディングもそれはわかった上でクールに流し、終楽章コーダでようやくエンジンをかけてピークを作っていくも、トランペットなんかあからさまに真っ向勝負から逃げる始末。うーん、この演奏でブラヴォーを叫べる人は、普段一体どんな演奏を聴いているんだろう?

続く第3番は第2番よりも落ち着いた曲調なので、テンションが低くてもまだ多少はサマになってましたが、オケのバランスがいびつなのは相変わらず。ロングトーンすらまともに出来ない管は、先日聴いたワセオケのほうが全然ましと思えるくらい。弦もボウイングが適当で揃ってないし、低音は腹に響いて来ない。キズばかりに目が行ってもしょうがないと、聴いてる途中ちょっと反省したのですが、持ち上げる部分は最後まで見つかりませんでした。久々に、時間とお金の無駄だったと心底思ってしまった演奏会でした…(大した席じゃないのにけっこうチケット高いんすよ)。

ハーディングのようなメジャー級が毎年客演に来てくれるのだから日本の楽壇もなかなか捨てたものではない、と行く前は思っていたのですが、以前の東フィルといい、新日フィルといい、ハーディングってもしかしてオケの品質には全然こだわりがないんじゃないか、とも思えてきました。来月のブラ4はもうチケット買ってますし、来シーズンのブルックナーやマーラーも「買い」かなと思ってたのですが、高いチケットに見合うだけのものは微塵も得られないのではないかと、だいぶ気持ちが萎えてます。