フェドセーエフ/N響/ベレゾフスキー(p):ロシア名曲集@昼下がりのミューザ2017/05/25 23:59

2017.05.25 ミューザ川崎シンフォニーホール (川崎)
明電舎創業120周年記念 N響午後のクラシック
Vladimir Fedoseyev / NHK交響楽団
Boris Berezovsky (piano-2)
ショスタコーヴィチ: 祝典序曲
チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番変ロ短調
リムスキー・コルサコフ: スペイン奇想曲
チャイコフスキー: 幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」

平日はほとんど演奏会のないミューザ川崎。地元民じゃないから週末は川崎に来ない私にとっては、スポンサーの明電舎様様です。木曜日の午後3時開始なのに、やはりシニア層が中心ですが、ほぼ満員の客入り。ほらごらん、やっぱり聴衆は平日の演奏会にとっても飢えているのではないでしょうか。

さて今日の指揮は先週聴いたばかりのフェドさん。1曲目の「祝典序曲」は、先週全般的に感じた「重さ」がまだ残り、スローテンポでフレーズをじっくり聴かせるような演奏でした。うーむ、この曲はやっぱりもっとギャロップ感が欲しいかな。それにしても、相変わらずトランペットの音が汚い。ただし今日は他の金管、特にホルンは立派なものでした。

そのホルンで始まるチャイコンは、第2楽章までは意外と淡白とした進行。ベレゾフスキーは、いつもルガンスキーと記憶がごっちゃになるので今一度記録を調べると、ブダペスト(2005年)、パリ(2013年)で聴いて以来の3回目です。テクニックひけらかし系の人だったはずですが、今日はフェドさんに付き合ったのか、ピアノが突出することなくオケの中に溶け込み、ずいぶんと落ち着いてしまった印象。と思わせといて、終楽章ではいきなりフルスロットルの高速爆演が圧巻でした。このために前半は抑え気味だったのか、と思うほど。やはりこの人の凄テクは一聴の価値ありです。

後半最初の「スペイン奇想曲」は、フェドさんここまでと打って変わって、小躍りしながら楽しそうに振っています。オケも後半でようやくエンジンが温まってきたのか、鳴りが良く、個々のソロも際立ってきました。最後の「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、正直苦手な曲だったのですが、途中飽きることなく終始ドラマチックに聴かせ通しました。アンコールはスネアドラムの人が戻ってきて、ガイーヌから「レズギンカ舞曲」。もうノリノリで、このギャロップ感が「祝典序曲」でも欲しかったところです。フェドさんは真っ先にスネア奏者を立たせただけでなく、指揮台のほうまで手を引っ張ってきて真ん中に立たせたのは、普段日の目を見ない打楽器奏者にとっては、何年に1回あるかないかの晴れ舞台だったことでしょう。全体的に、先週と比べると指揮者もオケも随分とリラックスした感じで、私はこっちのほうが断然良かったです。

フェドセーエフ/N響:まずはご健在に祝福、ボロ2とチャイ42017/05/19 23:59

2017.05.19 NHKホール (東京)
Vladimir Fedoseyev / NHK交響楽団
グリンカ: 幻想曲「カマリンスカヤ」
ボロディン: 交響曲第2番ロ短調
チャイコフスキー: 交響曲第4番ヘ短調

フェドセーエフは新婚旅行の際、ウィーンで聴いて以来です。ここ数年何度かN響に客演していたのは知っていましたが、タイミングが合わず、もういいお歳なので下手すりゃ再見できずじまいかと諦めかけておりました。悠々と登場したフェドさんは、風貌が昔とあまり変わっておらず、よぼよぼしたところも皆無だったので、とても85歳には見えず、お元気そうで何よりでした。

1曲目は初めて聴く曲ですが、そもそもグリンカというと「ルスランとリュドミラ」序曲以外の作品を知りません。しかしこれが意外と小洒落た佳曲で、短い中にもロシアの情景が穏やかに詰まっています。中間部の軽妙なクラリネットソロがたいへん上手かったです。

続くボロディンの2番は、そこそこメジャーな交響曲の名曲で、レコーディングも多数ありますが、欧州在住時代でも演奏会のプログラムに乗ったのをあまり見たことがなく、生で聴くのは初めて。「だったん人の踊り」くらいは昔どこかで聴いたと思いますが、ボロディン自体、今までなかなか演奏会で聴く機会がなかったような。さて第2番ですが、第1楽章の勇者の主題はたっぷりと重厚に聴かせ、どっしりと行くのかと思いきや、楽章を追うごとに重しが取れて、終楽章などは実にあっさりこじんまりと軽くまとめていて、ある意味小細工なく、アンバランスさも含めてあるがままの曲の姿を浮き彫りにしたと言えそう。金管の音が汚いのがちょっと興ざめです。いちいちアタックが強いのはロシア風なのか・・・。

メインのチャイ4も何だか同じ芸風で、第1楽章はリズムが死んでいて、第2楽章もスローテンポで弦を重厚に響かせ、とにかく前半が重い。切れ目なく開始した第3楽章は、極めて抑制の効いたピッツィカートがそれまでの重さを払拭してくれました。元々合間をあまり置かないフェドさんなので、終楽章もアタッカで行くのかと思いきや、ここは弦楽器が弓を持ち変えるために一息いれたのがちょっと意外。しかし、第2主題の前は一瞬パウゼを入れる演奏が多い中、スコアに忠実なフェドさんはそんなもの一切入れず、おかげで第2主題の頭が聴こえないという、曲の問題点をやはりそのまま浮き上がらせてしまいます。音が雑だなあと感じてしまうと、そんな細かいことばかりが気になってしかたがない。まあしかし、こんなオハコ中のオハコであろう曲でも常にスコアを追いながらデリケートな音楽作りをするのがフェドさんの真骨頂なれど、理想の「音色」まで引き出すような指導はしないのだなあ、ということがわかりました。チャイ4に関しては、昨年聴いたチョン・ミョンフンのほうが指導力に勝るかなと思いました。

東京・春・音楽祭:さらに進化した圧巻の「ジークフリート」2016/04/10 23:59

2016.04.10 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 7
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation)
田尾下哲 (video)
Andreas Schager (Siegfried/tenor)
Erika Sunnegårdh (Brünnhilde/soprano)
Egils Silins (Wotan, wanderer/baritone)
Gerhard Siegel (Mime/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
In-sung Sim (Fafner/bass)
Wiebke Lehmkuhl (Erda/alto)
清水理恵 (woodbird/soprano)
1. ワーグナー:舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第2夜 《ジークフリート》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭の「リング」サイクルもついに3年目で、念願の「ジークフリート」にたどり着きました。かつて、ブダペストのオペラ座では毎年年明けに「リング」連続上演をやるのが恒例でしたが、一年目は試しに「ラインの黄金」を見に行き、面白かったので翌年に残り3作品を連続して見る予定が、子供が急に熱を出したため「ジークフリート」だけは見に行けなかったのです。それ以降、ロンドンでも「リング」サイクルの機会はありましたが、都合が合わず行き損ねました…。

一昨年、昨年とハイレベルのパフォーマンスを聴かせてくれたこの東京春祭の「リング」、今年も非の打ちどころがないどころか、進化さえ感じられる圧巻の出来栄えで、満足度最高級の演奏会でした。今年もゲストコンマス、キュッヒルの鋭い視線が光る下、N響は最高度の集中力で演奏を維持し、虚飾のないヤノフスキの棒に直球で応えて行きます。初登場のシャーガーは、ヘルデンテナーらしからぬスマートな体型に、明るくシャープな声が持ち味。これだけ出ずっぱりでもヘタレないスタミナがあり、イノセントなジークフリートは正にはまり役でした。ミーメ役でやはり初参加のジーゲルは、記録を辿ると2006年にギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」の道化クラウス役、および2010年にロイヤルオペラ「サロメ」のヘロデ王役で聴いていますが、備忘録で歌唱力は褒めているものの、正直あまり記憶がありません。今日も最初は(見かけによらずと言えば失礼か)ちょっと上品過ぎるミーメに聴こえましたが、だんだんと下卑た感じになっていく演技力が見事。まずはこのテナー二人の熱演で飽きることなく引き込まれて行きます。

そして、毎年出演のヴォータン役、シリンスは相変わらず堂に入った歌唱。一昨年もアルベリヒを歌っていたコニエチヌイは、明らかに対抗心むき出しの熱唱だったのがちょっと可笑しいですが、この人も歌唱力には定評があります。昨年フンディンクを歌っていた常連のシム・インスンは今年はファフナーに復帰。元々存在感のある重厚な低音に、洞窟の中から出す声はメガホンを使って変化を持たせていました。低音男声陣も各々素晴らしく、皆さん抜群の安定感と重量感でした。

女声陣の出番は少ないですが、まずはブリュンヒルデ役で初参加のズンネガルドは、ワーグナーソプラノではたいへん貴重な細身の身体で、迫力では昨年のフォスターに及ばないものの、どうしてどうして、見かけによらず余裕の声量で揺れ動く心理を感情たっぷりに歌い上げ、聴衆の心をがっちり掴んでいました。シャーガーもスリムだし、シュワルツェネッガーのようなジークフリートとマツコデラックスのようなブリュンヒルデが暑苦しく二重唱を歌う、という既成のビジュアルイメージ(?)を打ち砕く、画期的なヒーロー、ヒロイン像だったと思います。エルダ役のレームクール、森の鳥役の清水理恵も双方初登場でしたが、どちらも出番は短いながら、非の打ちどころのない歌唱。今回も総じてレベルの高い歌手陣で、毎年のことですが、これだけのメンバーを揃えた演奏も、世界中探してもなかなか他にないのでは、と思いました。これだけやったのだから、来年の最終夜ではここまでの集大成を聴かせてくれるに違いなく、とても楽しみです。

パーヴォ・ヤルヴィ/N響:感動薄かった、マーラー「復活」2015/10/04 23:59

2015.10.04 NHKホール (東京)
Paavo Järvi / NHK交響楽団
Erin Wall (soprano)
Lilli Paasikivi (alto)
東京音楽大学 (合唱)
1. マーラー: 交響曲第2番ハ短調「復活」

4月の読響に続き、今年2回目の「復活」鑑賞です。今シーズンよりN響の首席指揮者(chief conductor)に就任したパーヴォ・ヤルヴィのお披露目でもあります。ヤルヴィ家では、お父ちゃんのネーメ、弟のクリスチャンはロンドンで見ていますが、パーヴォは初めて。この3人は各々雰囲気がずいぶんと違いますが、顔をよくよく見るとやっぱり似ていて、ゴツゴツ顔の家系ですね。

さて、そもそもCDを含めてもパーヴォの演奏を聴くのはよく考えると全く初めてなのですが、率直な感想は「ロシアのマーラー」です。やたらとオケが鳴るけど、管の音は濁っているし、ティンパニは必要以上に硬質。テンポはわりと変幻自在に切り替えながらも、全体としての形がよくわからない。解放するより、型にはめるといった感じの終結部にも、私は感動を覚えることはできませんでした。さらにいうと、100人弱ほどの東京音大学生合唱団は、オケに対してパワー不足で、欲を言えば200人は欲しかったところ。ソリストが二人とも素晴らしい歌唱だったのは収穫で、今後彼女らの名前はチェックします。

どうも私はN響とは相性が悪くて、今日の演奏も「感動のないN響」の一つに加えられました。在京オケのマーラーということでは、インバル/都響が一段上でしょう。パーヴォは、ロシアものでもやるときに、また聴きに行ってみようかな。

おまけ。代々木公園で北海道祭りをやってたり、オリンピックプールで久保田利伸がライブをやってたこともあって、原宿駅への道中は行く人帰る人が入り乱れてこのような混雑ぶり。人がぎっしりと詰まり、なかなか前へ進めませんでした。日曜日のマチネはこれがあるから困りますね・・・


「青ひげ公の城」ディスコグラフィーと、珍しい「日本語盤」2015/09/30 23:59


ずいぶん以前に途中まで作って放置していた、「青ひげ公の城」のディスコグラフィーを先の連休中にえいやで仕上げました。音楽ダウンロード2点、DVDソフト2点を含む、39点の所有ディスクのデータを整理してみただけですので、大したものではございません。私が認識している、まだ未所有のソフトについても分かる範囲でデータを載せており(CD-R等、非正規盤と思われるものは除外しております)、世の中に出回っている、あるいはかつて出回っていた音源については、これで結構網羅できているのではないかと思います。

これに伴い、ホームページに長らく「Under Construction」で放置していた「青ひげ公の城 8番目の扉」を仮設で開設しました(スタイルシートを使ってもうちょっとカッコよく作りたいんですが、まだ気力がなく…)。元々やりたいと思っていたのは、各ディスクのレビューと、ラップタイムの詳細な比較ですが、まずはデータベースのリストのみ公開しました。仕事が一段落したら、希望的観測では週に1枚くらいのペースでレビューを書き足して行きたいと思っていますが、さてそう上手くいくかどうか。

今回リストを仕上げるのにいろいろ調べている中で、最近になって初めて存在を知った、日本語版の「青ひげ公の城」という珍盤があり、速攻で入手しました。Naxos Music Libraryの「N響アーカイブシリーズ」として2012年にオンラインのみで配信開始されており、2014年9月からiTunes Music Storeでも売られていたようです。Amazon、Tower、HMVに出てくれば私の網にかかったはずですが、Naxos、iTunes限定とは、してやられました。

レビューはまたあらためて書くとして、「青ひげ公の城」をこれほど新鮮な気持ちで聴くのも久々で、頬が緩みっぱなしでした。1957年のN響演奏会記録を見ると、日比谷公会堂の定期演奏会でこの演目を取り上げていますが、これは放送用音源なので録音はNHKのスタジオで行われた可能性が高いです。当然録音はモノラル。しかし、この時代には珍しく、前口上付きの正当な演奏です(モノラル時代では、これ以外だとバルトークレコードのジュスキント指揮の録音だけです)。節度を守りつつも要所を押さえたオケのコントロールと、年代を考えると驚異的にも思えるN響の演奏能力の高さは、軽く衝撃的でした。ローゼンストックがいかにワールドクラスの優れた指揮者であったかは、この1枚を聴くだけで端的に分かります。ハンガリー語でも独語でも英語でも仏語でもなく、他ならぬ日本語の「青ひげ公の城」はたいへんに刺激的で、歌手陣、特にユディット役の伊藤京子さん(今年88歳でまだご存命の様子)のドラマチックな歌唱は、普通に欧米スター歌手と並べて遜色なかったです。

あと残る「珍盤」は、ロジェストヴェンスキー指揮のロシア語版。何とか聴きたいと思うのですが、LPレコードのみでCD化されてないんじゃないかと、危惧しています。しかし、日本語版があるのだから、中国語版、韓国語版、タイ語版なんてのも探せばあるのかもしれませんね。

N響/サラステ/バラーティ(vn):バルトークとシベリウス2015/05/10 23:59


2015.05.10 NHKホール (東京)
Jukka-Pekka Saraste / NHK交響楽団
Kristóf Baráti (violin-2)
1. シベリウス: 戯曲「クオレマ」の付随音楽より
 1) 鶴のいる情景 作品44-2
 2) カンツォネッタ 作品62a
 3) 悲しいワルツ 作品44-1
2. バルトーク: ヴァイオリン協奏曲第2番
3. シベリウス: 交響曲第2番ニ長調 作品43

今日はバルトーク、しかもサラステということで、普段あまり聴きに来ないN響、NHKホールに来てみました。予報に反して日中は好天に恵まれた日曜日。かつては渋谷区民だった私も、休日の原宿なんて、本当に何年(何十年?)ぶりだろうか。代々木公園も沖縄フェアで盛り上がっており、若者がうじゃうじゃで、オジサンは何だか落ち着かないです。


サラステを見るのはこれで4回目。ハンガリー、イギリス、日本の3カ国各々で聴いたアーティストは意外といなくて、サラステがまだ唯一です。一挙手一投足がいちいち颯爽と格好良く、音楽もドライブ感があって、外れがないという意味ではとても安心のできる贔屓の指揮者です。N響には11年ぶりの客演とのこと。1曲目の「クレオマ」劇音楽は、「悲しいワルツ」以外は初めて聴く曲でしたが、当然サラステにとってはオハコ中のオハコ。抑制の効いた弱音が美しく、リズムもメリハリがあり、どうだと言わんばかりの王道的演奏でした。

続くバルトークは、ほぼ毎年聴いていたのに昨年は結局1度も聴けませんでした。今日のソリストはハンガリー人若手(といっても35歳ですが)のバラーティ・クリシュトーフ。私がブダペストに住んでいたころにはすでに奏者として活躍していた人ですが、実演を聴くのは初めて。この人、確かに技術は上手いと思いますが、音が綺麗すぎて単調な印象を受けました。3階席という条件を割り引いたとしても、オケに埋没してしまっています。バルトークを弾くからには、要所でほとばしる野卑性も欲しいところ。サラステはバルトークも得意としているはずですが、淡々として盛り上がりに欠け、イマイチ流れの悪い演奏でした。なお、終楽章コーダは最後までヴァイオリンを引っ張った改訂稿のほうでした。

アンコールで弾いたいかにも難しそうなピースは、エルンストの「シューベルト「魔王」による大奇想曲」というんだそうで、わりと人気の超絶技巧曲だそうです。うむ、確かにこの人は上手いので、アンコールだけ器用、とか言われないだけのガメツさがあれば、と思いました。

メインのシベリウスは、またガラリと変わって、音楽が活き活きと息を吹き返しました。さっきとは明らかにノリが違います。バルトークも十八番とは言え、やっぱりサラステにとってシベリウスは水を得た魚。正直、思い入れのない曲で、細かいところはわからないので抽象的ですが、こまめにドライブしながらも、流れは滑らかで、淀みがありません。オケも弦は最後まで濁らず、よく応えました。シベリウスの交響曲というと第2番ばかりで食傷気味なので、生誕150年の記念イヤーには他の曲もどんどんライブで聴きに行きたいと思います。


東京・春・音楽祭:期待を裏切らぬ「ワルキューレ」2015/04/04 23:59


2015.04.04 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 6
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation), 田尾下哲 (video)
Robert Dean Smith (Siegmund/tenor)
Waltraud Meier (Sieglinde/soprano)
In-sung Sim (Hunding/bass)
Egils Silins (Wotan/baritone)
Catherine Foster (Brünnhilde/soprano)
Elisabeth Kulman (Fricka/mezzo-soprano)
佐藤路子 (Helmwige/soprano)
小川里美 (Gerhilde/soprano)
藤谷佳奈枝 (Ortlinde/soprano)
秋本悠希 (Waltraute/mezzo-soprano)
小林紗季子 (Siegrune/mezzo-soprano)
山下未紗 (Rossweisse/mezzo-soprano)
塩崎めぐみ (Grimgerde/alto)
金子美香 (Schwertleite/alto)
1. ワーグナー: 『ニーベルングの指環』第1夜《ワルキューレ》(演奏会形式・字幕映像付)

昨年の「ラインの黄金」に引き続き、東京春祭の「リング」サイクル第2弾です。昨年同様、演奏はヤノフスキ/N響に、ゲストコンマスとしてウィーンフィルからキュッヒルを招聘。昨年から引き続きの歌手陣は、ヴォータンのエギルス・シリンス、フンディングのシム・インスン(昨年はファフナー役)、フリッカのエリーザベト・クールマン(去年はエルダ役)。今回の新顔として、まずはジークリンデ役に大御所ワルトラウト・マイヤーを招聘。さらに、ブリュンヒルデ役のキャサリン・フォスターは、近年バイロイトで同役を歌っている正に現役バリバリのブリュンヒルデ。よくぞこの人達を連れて来れたものだと思います。フォスターは看護婦・助産婦として長年働いた後に音楽を志したという、異色の経歴を持つ英国人ですが、歌手としてのキャリアはほとんどドイツの歌劇場で培ったようです。マイヤーは記録を辿ると2002年のBBCプロムス、バレンボイム指揮の「第九」で歌っていたはずですが、ロイヤルアルバートホールの3階席では、「聴いた」というより「見た」ことに意義があったかと。ジークムント役の米国人ロバート・ディーン・スミスはブダペストで2回聴いていますが(2006年の「グレの歌」と2007年の「ナクソス島のアリアドネ」)、グレの歌のときは、何だか力のないテナーだなという印象を書き残してました。

私は元々長いオペラが苦手で、特に「ワルキューレ」は歌劇場で過去2回聴いて、途中どうしても「早く先に進んでくれないかな」とじれてしまう箇所がいくつかあります。今回も第1幕は、演奏会形式ということもあってよけいに変化に乏しく、華奢な身体から絞り出されるマイヤーの絶唱に感心しつつも、つい間延びしてぼんやりとしてしまいました。コンサート形式ですが、後ろの巨大スクリーンでゆるやかに場面転換を表現する演出は昨年同様でした。ただ今回は、第1幕冒頭で森を駆け抜け、フンディングの家にたどり着いて進む展開の背景が露骨に具象的で、これはもうちょっと象徴的にカッコよくできなかったもんかと思いました。

第2幕冒頭で登場したフォスターが鳥肌ものの見事な「ワルキューレの騎行」を聴かせると一気にテンションが上がり、続くクールマンも負けじと強烈な迫力のフリッカでヴォータンを圧倒、昨年影が薄かった分を取り返して余りある熱唱でした。そのヴォータンのシリンスも昨年同様堂々とした安定感で、ストーリーの主軸である彼の生き様(神様に対してそんな言い方していいのかわかりませんが)を、音楽的な核としてしっかり具現していました。総じて主要登場人物が減った分、歌手陣がいっそう粒ぞろいになり、昨年にも増して素晴らしいステージとなりました。ワルキューレの日本人女声陣のうち4名は昨年も出ていた人々で、賑やかに脇を固めていましたが、ただ立ち位置が舞台下手の深いところだったので、私の席からは影で見えず、声も届きづらかったのは残念でした。

オケの方も、キュッヒル効果は今年も健在で、N響はこの長丁場を高い集中力で最後まで弾き切りました。まあ、曲が「ワルキューレ」ですから金管にもうちょっと迫力があれば、とは思いましたが、歌劇場付きのオケは本場ヨーロッパでもけっこうショボいことが多いので、十分に上位の部類でしょう。この充実した歌手陣に、引き締まったオケ、かくしゃくとした巨匠、世界じゅう探してもこれだけのリングが聴けるところはそうそうないかと思います。東京春祭万歳。最後のフライング拍手はちょっといただけなかったけど。

おまけ:上野公園の桜。今年はいつにも増して外国人団体客の多いこと!

ロペス・コボス/N響:「三角帽子」他、スペイン情緒プログラム2014/05/16 23:59

2014.05.16 NHKホール (東京)
Jesús López-Cobos / NHK交響楽団
Johannes Moser (cello-2)
林美智子 (mezzo-soprano-3)
1. アルフテル: 第1旋法によるティエントと皇帝の戦い (1986)
2. ラロ: チェロ協奏曲 ニ短調
3. ファリャ: バレエ音楽「三角帽子」全曲

翌日からのタイフェスティバルの準備でドリアンの香り漂う夕刻の代々木公園を突っ切り、5年ぶりのNHKホールへ。音響的にもアクセス的にも、できたらこのホールは避けたいのですが、このプログラムはここでしかやらないので仕方がない。

1曲目は現代スペインの作曲家クリストバル・アルフテルの「第1旋法によるティエントと皇帝の戦い」という、作曲者も曲名も全く初めて聴く演目です。途中、えげつない不協和音を使ったりはするものの、本質は保守的な調性音楽に見えます。シロフォン2台に加えてマリンバと、色彩はやや硬質。最後のほうは民謡に取材したような展開が続き、位置づけとしては外山雄三の「ラプソディ」みたいなもんか、とふと思いました。それにしてもNHKホールの3階は音響がイマイチ。低音が届かないし、分離が悪くて何だかよくわからない音塊になるので、特にこの曲ような大編成には向かない環境です。ホールはバカでかいですが、むしろ小編成の古典楽曲のほうが向いてるんじゃないかと感じました。初めて見るロペス・コボスは、写真で見るよりずっとスマートでダンディなじいちゃんでした。

続くラロのチェロ協奏曲も初めて聴く曲。そもそもラロと言えばほとんど「スペイン交響曲」しか知りませんが、こちらもスペイン情緒ある曲ながら、比べるとずっとフォーマルでよそ行きな印象です。チェロがあまりにも「主役」過ぎて、協奏曲というよりも管弦楽伴奏付きソロ曲の趣きがあります。さてそういった、民族ルーツはスペインのフランス人が書いた曲を、ドイツ生まれのカナダ人であるモーザーが演奏する、というインターナショナルな状況の中、そんなに濃いスペイン色を感じなかったのは致し方ないかもしれません。モーザーはよく歌うチェロで、全編通してのちょっと堅物的なカンタービレもさることながら、第2楽章中間部などでの肩の力が抜け切った軽口風チェロが絶妙でした。掛け値なしに上手い人だと思います。

メインは待望の「三角帽子」。全曲版はCDこそ多数出ているものの、組曲版と違って演奏会のプログラムに乗ることはめったになく(これだけ愛して探し求めていた私がそう思うのだから間違いない)、実演で聴くのは初めてです。指揮者は願ってもない、スペインの巨匠ロペス・コボス。やはりご当地もので得意曲なんでしょう、このての曲では珍しく、全編暗譜で振ってました。聴こえてくる音は最初のアルフテルの曲とは違い、とてつもなくリズムにキレがあって、音の整理もスッキリしていて見通しやすいです。集中力このところ在京のプロオケをいろいろと聴き比べてきた中であらためて思ったのは、さすがは腐ってもN響、管楽器奏者の一人一人の安定感はさすがに別格です。特にファゴット、コーラングレ、ホルン、トランペットなど、ロペス・コボスの速めのテンポにも振り落とされずに自分の仕事を全うしていました。メゾソプラノは最初舞台の中程で、次の出番には舞台袖から歌っていましたが、正直言うと、あんまし上手いとは言えないかなーと。元々出番は少なく、満を持しての歌唱にしては存在感を残せなかったのが残念。3階席には相変わらず低音が響いて来ない、と言う点を除くと、滅多に聴けないこの曲を専門家の手できびきびと聴かせてくれた演奏会にたいへん満足しました。ただし最後の一発は意図せず(してないと思います)何かが抜けちゃったようにパンチ不足で、そこが致命的な不満でした。ともあれ、以前はあまり好印象がなかったN響でしたが、在京オケの中での存在感をあらためて感じたのが収穫でした。

東京・春・音楽祭:最上品質の「ラインの黄金」2014/04/05 23:59


2014.04.05 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 5
Marek Janowski / NHK Symphony Orchestra
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Jendrik Springer (music preparation)
田尾下哲 (video)
Egils Silins (Wotan/baritone)
Boaz Daniel (Donner/baritone)
Marius Vlad Budoiu (Froh/tenor)
Arnold Bezuyen (Loge/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
Wolfgang Ablinger-Sperrhacke (Mime/tenor)
Frank van Hove (Fasolt/bass) (Ain Angerの代役)
In-Sung Sim (Fafner/bass)
Claudia Mahnke (Fricka/mezzo-soprano)
Elisabeth Kulman (Erda/alto)
藤谷佳奈枝 (Freia/soprano)
小川里美 (Woglinde/soprano)
秋本悠希 (Wellgunde/mezzo-soprano)
金子美香 (Flosshilde/alto)
1. ワーグナー: 『ニーベルングの指環』序夜《ラインの黄金》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭で結構高品質のワーグナーをやってると、前から噂では聞いてたので、今年からはリングのシリーズが始まるということで楽しみにしておりました。

まず、今日はN響には珍しく、外国人のゲストコンサートマスターが出てきたのが意表を突かれました。おそらくヤノフスキが手兵のオケから連れて来たであろうこのライナー・キュッヒルばりの禿頭のコンマスは、素晴らしく音の立ったソロに加えて、オケ全体にみなぎる緊張感が実際タダモノではなく、今まで聴いたN響の中でも間違いなくダントツ最良の演奏に「これは良い日に当たったものだ」と喜んでいたのですが、その段に至っても、このコンマスがまさかキュッヒル本人だったとは、演奏中は何故か全く想像だにしませんでした。いったいどういう経緯でN響のコンマスを?こんなサプライズがあるもんなんですねえ〜。

記録を調べてみるまでは記憶が曖昧だったのですが、今日の出演者の中で過去に聴いたことがあるのは以下の4人でした。ヴォータン役のシリンスは2011年にロイヤルオペラ「さまよえるオランダ人」のタイトルロールで(急病シュトルックマンの代役として)。アルベリヒ役のコニエチヌイは2010年のBBCプロムス開幕「千人の交響曲」と、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」のマンドリーカ役で。フリッカ役のマーンケは2007年のフィッシャー/ブダペスト祝祭管「ナクソス島のアリアドネ」(終幕のみ、演奏会形式)のドリアーデ役で。そしてエルダ役のクールマンは2012年のアーノンクール/コンセルトヘボウのロンドン公演で「ミサ・ソレムニス」を聴いて以来です。 

私はワーグナー歌手に明るくないのですが、実際に聴いた限りで今日の歌手はともかく粒ぞろい、穴のない布陣でした。ヴォータン役のシリンスはソ連のスパイみたいなイカツい顔で、キャラクター付けがちょっと固過ぎる感じもしましたが、細身の身体に似つかない低重心の美声を振り絞って、堂々のヴォータンでした。それにも増して存在感を見せていたのはアルブレヒ役のコニエチヌイ。昨年の「アラベラ」でもその太い声ときめ細かいの表現力に感銘を受けたのですが、得意のワーグナーではさらに水が合い、八面六臂の歌唱はこの日の筆頭銘柄でした。ベズイエンのローゲ、アブリンガー=シュペルハッケのミーメはそれぞれ素晴らしく芸達者で、くせ者ぶりを存分に発揮してました。

一方、数の少ない女声陣は、フリッカ役のマーンケはバイロイトでも歌っているエース級。いかにもドイツのお母さんという風貌で、声に風格と勢いがありました。ごっつい白人達に混じって、フライア役の藤谷さんも声量で負けじと奮闘していました。ラインの川底の乙女達は声のか細さ(特に最後の三重唱)が気になりましたが、これも周囲があまりに立派だったおかげの相対的なものでしょう。演奏会形式では演技のない分、常に前を向き、歌に集中できるのも、総じて歌手が良かった要因でしょうね。

御年75歳のヤノフスキは、「青ひげ公の城」のCDを持ってるくらいで実演を聴くのは初めてでしたが、うそごまかしのないドイツ正統派の重鎮であり、オケの統率に秀でた実力者であることがよくわかりました。オケはキュッヒル効果で全編通してキリっと引き締まり、この長丁場でダレるところもなく、ヤノフスキのタクトにしっかりついて行ってました。こんなに最後まで手を抜かず音楽に集中するN響を、初めて見ました。トータルとして、今の日本で聴ける最上位クラスのワーグナーだったと思います。ただ一つ、スクリーンの画像は、この演奏には気が散って邪魔なだけ、不要でした。さて来年の「ワルキューレ」が俄然楽しみになってきましたが、皆さん元気で、どうかこのテンションが4年持続しますように。