ロンドン響/ハンニガン:慎重な弱音の上に積み重ねられた彼岸の世界 ― 2026/03/05 23:59
2026.03.05 Barbican Hall (London)
Barbara Hannigan (soprano-1) / London Symphony Orchestra
Bar Avni (conductor-1)
1. Laura Bowler: The White Book (LSO co-commission)
2. Ligeti: Lontano
3. Richard Strauss: Also sprach Zarathustra
ソプラノ歌手兼指揮者というユニークな活動形態で知られるバーバラ・ハンニガン。リゲティ「マカーブルの秘密」の弾き振りならぬ歌い振りをしている動画を見たことはありますが、実演を聴きに行くのは初めてです。歌手出身の指揮者はそもそも少ないうえに、女性となると彼女くらいしかいないのではないでしょうか?と思っていたら、備忘録を辿ると歌手としては2010年に一度聴いておりました…。すっかり忘却の彼方ですいません。しかしこのときもジェラルド・バリーの新作ミニオペラの英国初演だったので、そりゃあ覚えているわけがない。
1曲目はローラ・ボウラーという作曲、歌手、舞台監督をトリプルでこなす英国人がLSO、エーテボリ響、コペンハーゲンフィルの共同委嘱を受けて2025年に書いた新作。最初からハンニガンのために書かれていますが、どちらもマルチタレントの女性という意味では共感するものがあるでしょう。曲のモチーフは韓国のノーベル文学賞受賞者、ハン・ガン(韓江)の「すべての、白いものたちの」(邦題)という小説がベースになっているそうですが、いやー、久々に1ミリも理解できない曲に遭遇しました。この曲についてはハンニガンは歌に専念するため、指揮者を弟子でイスラエル出身の若手、バー・アヴニに任せます。指揮者が登壇し、指揮棒を構えてからやっと、中里唯馬デザインの白い衣装に身を纏ったハンニガンが登場。不協和音はないけれど、無調でゆったりと捉えどころのない歌が延々続きます。元の韓国小説にも全く興味がないのに加えて、200%苦手な部類の音楽でした。マイクで拾い、PAを使ってエフェクトをかけているため、席が離れていても声はよく聴こえました。緊張感はそれなりにあったのかとは思いますが、聴いていて次の展開に全くワクワクしない音楽。全ては自分の理解力欠如のせいですが、あまりに相性が悪いので二度目は要らないかな、という感じです。
休憩後の後半1曲目は、実演で聴くのは実にこれで4回目のリゲティ「ロンターノ」。その後に「ツァラトゥストラ」があるので、てっきり「2001年宇宙の旅」繋がりかと思ったら、それに使われているのは「アトモスフェール」であって、「ロンターノ」が使われているのは「シャイニング」でした。どちらもトーンクラスターの手法が特徴的な、よく似た曲ではありますが。指揮者としてのハンニガンの音作りは、繊細な弱音を軸に、楽器の重ね合わせをクリアに紐解くタイプのアプローチ。歌手出身というと、主旋律に歌心を込めるような勝手な偏見があったのですが、そこは現代音楽の専門家でもあるハンニガン、ともすればぐしゃっとした響きになりそうなこの曲を、チューニングの微妙なズレがワウって聴こえるくらいにごまかしなく、すっきりと整理して聴かせていました。
メインの「ツァラトゥストラかく語りき」は、本当はもっと頻繁に聴きたい好きな曲なのですが、プログラムで遭遇することが滅多になく、記録を辿ると前回聴いたのは2012年のヤンソンス指揮コンセルトヘボウ管、場所はここバービカンでした。備忘録をつけて以降で4回聴いたうち3回はロンドンのバービカンで(あと1回はウィーン)、著名曲なのになぜか日本では長年聴けていないということにも気づきました。1992年の京大オケ東京公演(芸術劇場)まで遡らないといけないです。今どきパイプオルガンがない大ホールは東京だと文化会館くらいだと思うのでそれがネックとは思えないですが、敬遠されがちな演目なのはなぜでしょうか?あるいは自分が知らないだけなのかな…。
あらためて見るハンニガンは、およそ歌手らしくない長身のスリム体型が非常にカッコいい。肝心の演奏のほうですが、ここでもハンニガンはテンポ遅めで、和声をいちいち掘り起こすような音作り。低音を利かせて重心低めに設定などという小細工はせず、バランスはあくまでフラットです。この曲の一貫した要になるトランペットは、破綻を避けるあまり、攻めずに無難にこなしていたのが不満といえば不満でした。天下のLSOなのだから、外してもいいから(いや本当はよくないけど)これぞ一流のプロ!とひれ伏すような圧巻の演奏が聴きたかったです。もう一つの要であるヴァイオリンソロは、新しいコンマスのギルモア君が特に気張るでもなく飄々とリラックスした演奏だったのですが、文句のつけようがない卓越したソロでした。
前の2曲と同様、この曲もエンディングは弱音になり、ハンニガンはたっぷりと溜めて手を下ろしていましたが、流石にここまできたら待ちきれずフライング気味の拍手が起こっていました。

ロンドン響/トレヴィーノ/コパチンスカヤ(vn):中道と改革は同居しても別物 ― 2026/01/29 23:59
2026.01.29 Barbican Hall (London)
Robert Treviño / London Symphony Orchestra
Patricia Kopatchinskaja (violin-2)
1. Messiaen: Hymne
2. Márton Illés: ‘Vont-tér’ for Violin and Orchestra
3. Rachmaninov: Symphony No 2
今月すでに3回目のLSOです。本日の指揮者ロバート・トレヴィーノは全くお初の人で、名前も知らなかったのですが、1984年生まれのメキシコ系アメリカ人、ロンドンの首席ポストにある人ではヤクブ・フルシャやサントゥ=マティアス・ロウヴァリと同世代で、指揮者の世界では若手の部類ですが、主要なキャリアとしてはスペイン・バスク国立管の音楽監督、スウェーデン・マルメ響の首席、イタリア・RAI国立響の首席客演、来シーズンからルーマニアのジョルジュ・エネスク・フィル首席に就任予定、といったところ。うーむ…。見るからに職業人タイプの指揮者で、カリスマやスターのオーラはないものの、来るもの何でもござれの安定感はありそうです。そういう意味では今日のプログラムなど特に前半は気の抜けない曲で構成される中、嫌がらずに引き受けてくれる、オケの運営側としては重宝する指揮者だと思います。1曲目のメシアン「讃歌」は、元々のオルガン曲「聖体秘蹟への讃歌」を15年後にオーケストラ用に再構成したもので、前衛的な刺激はなく重厚な準調性音楽という感じ。このようなあまり演奏されないマイナー曲をしっかりと重厚に聴かせられるのは、期待通り生真面目な人だと思いました。
先日は素晴らしく個性的なバルトークを聴かせてくれたコパチンスカヤですが、本日も同じくハンガリーの現役作曲家、マールトン・イレーシュが他ならぬコパチンスカヤのために2019年に書いた「Vont-tér」を取り上げます。この作曲家を名前からして全く知らなかったのですが、「マールトン・イレーシュ」という名前からして早速悩ましい。ハンガリー語での人名表記は日本と同じく「姓・名」の順です。しかし、これまた日本と同じ傾向で、英語表記する際は英語の慣習に従って「名・姓」の順で書くことが多いのですが、最近は母国語に従った「姓・名」順で書かれることも増えました。で、問題は、「マールトン」も「イレーシュ」も、どちらも男性の下の名前(given name)であると同時に、姓としてもあり得る固有名詞なのです。例えば世界的に有名なソプラノ歌手にエヴァ・マルトンという人がいます。ということで、この名前を見て、まず「どっちが姓だろう」という基本的なことから確認しなくてはなりませんでした。幸いこれはすぐに、イレーシュ家のマールトン君、ということがわかったのですが。
今日のコパチンスカヤは、黒とグレーの変則な幾何学模様のオーバーオールを着て登場。靴は履いていたものの、演奏を始める前に結局脱いで裸足になっていました。曲の方はしかし、何とも言葉がみつからないような曲でした。最初から最後までまともな音を一つも出さない特殊奏法のオンパレード。ソリストだけかと思いきや、伴奏のオケも、弦楽器は弦ではなく胴を指で叩くとか、金管はマウスピースだけ持って吹くとか、そんなのばっかりで、もはやこれは音楽なのかという世界。通常モードの仕事をしていたのは、それこそ普段から音程のない打楽器くらいでした。コパチンスカヤにインスパイアされて作曲したとのことですが、確かに彼女は飛び抜けて個性的なミュージシャンで、独自の奏法をいろいろ駆使したりするけれども、正統的な演奏も高いレベルでこなせる技術力が備わった上で、さらなる高みで勝負しているというのが私の理解なので、なんか一面しか見てないのでは、という気がしてなりません。だいたい「Vont-tér」という曲名も、直訳だと「牽引された空間」になりますが、いったい何を意味するのか、曲を聴いても解説を読んでもさっぱりわかりませんでした。コパチンスカヤはお気に入りの奏者ですが、これをまた聴きたいかというと、ちょっと疑問です。
メインのラフマニノフの交響曲第2番、ロンドンに来てから聴くのは早2回目です。スローペースでじっくり進行し、適度にメロウだが甘ったるくはない、トレヴィーノだとこうなるだろうと想像した通りの中道を行く演奏でした。それに細やかに抵抗したのか、ティンパにのトーマスさんは第1楽章コーダで得意の「メロディアス・ティンパニ」(と勝手に命名)でペダル奏法を駆使し(休憩時間に何度も繰り返し練習していたので何をやらかすかはわかっていました)、もちろん最後の一発も忘れずバランス無視の強打でドン。全体を通して、さすがのLSOは音圧十分で、管楽器のソロがクラリネットを筆頭にいちいち極上。オケの凄さをあらためて堪能したものの、中庸で突き抜けたところがない演奏はあまり心に残らないのも事実。かといって無茶をすればよいというものでもありませんが、この曲をちょうどいい具合に料理するのは、なかなかに難しいことをあらためて認識しました。
ロンドン響/ラトル:もう一つの「マクロプロス事件」 ― 2026/01/15 23:59
2026.01.15 Barbican Hall (London)
Sir Simon Rattle / London Symphony Orchestra
Marlis Petersen (Emilia Marty)
Ales Briscein (Albert Gregor)
Jan Martinik (Dr Kolenaty/Strojnik/Machinist)
Peter Hoare (Vitek)
Doubravka Novotna (Krista)
Svatopluk Sem (Baron Jaroslav Prus)
Vit Nosek (Janek)
Lucie Hilscherova (Cleaning Lady/Chambermaid)
Alan Oke (Count Hauk-Sendorf)
1. Janacek: The Makropulos Affair (concert performance, sung in Czech with English surtitles)
11月にオペラハウスで舞台を観たばかりの「マクロプロス事件」、調べてみると、作曲完成が1925年、出版が1926年だったので、ちょうど100年の節目に当たるようです。このマイナーな演目を数ヶ月のうちに2回も観ることはこの先多分ないでしょう。ただ、オペラハウスの新しい音楽監督にチェコ人のフルシャが就任したのと、元々ヤナーチェク大好きなラトルが常任から退いた後も頻繁にLSOに客演している時期が重なった偶然の要素も大きいとは思います。
さて、よく考えると生ラトルを拝むのも実に13年ぶり。LSOの指揮台だと15年ぶりになります。その間、ベルリンフィルを退任、LSOの音楽監督になってそれもすでに退任、今はバイエルン放送響の首席と、実際に常任の立場でこれだけ超一流どころを渡り歩いている人も珍しいかと。ロンドンに家があるからでしょうか、今なおLSOは準レギュラーのような登板頻度です。
個人的には音楽もプロットもまだまだ馴染みが足りないこのオペラ、細かいところはよくわからないのでざっくりした感想程度のことしか書けませんが、ラトルなので団員の本気度も上がるからでしょうか、ビロードのごとき上品で輝かしい金管、音色の美しさが際立つ木管、中音域がしっかりコアとなる重層的な弦、歌心のあるティンパニ(相変わらずトーマスさんいい味出してました)、どこを取ってもやはりオペラ座専属オケと比べてLSOのクオリティは最高でした。
ヤナーチェクの力強い音楽に乗せてLSOの馬力を十二分に引き出したラトルに、ハズレのない一流の歌手陣。まず、オペラ座の公演と被っているキャスティングは、ピーター・ホーレとアラン・オケがそれぞれ同じ役を歌っていました。他は記憶にない名前ばかりよな、と思っていたら、主役エミリアのマルリス・ペーターゼンは2012年にバービカンで聴いたアーノンクール指揮コンセルトヘボウのベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」で歌っており、また弁護士コレナティ役のヤン・マルティニクも同じく2012年に、プラハのドヴォルザークホールにて今は亡き当時の音楽監督イルジ・ビエロフラーヴェク(フルシャの師匠でもありますね)指揮のチェコフィルで、ドヴォルザークの「聖書の歌」という超マイナーな曲を聴いていました。毎度ながら備忘録様様です。今回は演奏会形式での上演なので、いくつかの役を掛け持ちしている人がいます。実際、歌手は出番のない間は上手下手に分かれてコントラバスまたは第1ヴァイオリンの後ろに座って待機し、出番が近づくと指揮者の横まで静々と歩いて移動、という演出だったのでそれも十分可能でした。このキャストとオケで舞台をぜひ見たかったものです。ただ、ステージの見切れた部分で物語が進んで行くわけでもなく、ごちゃごちゃした投影で目がチカチカするすることなく字幕も追えたのですが、ではストーリーがわかりやすかったかというと、そうでもありませんでした。やはり人物関係をかなりしっかりと頭に入れておかないと、途中で混乱してきます。やはり舞台が欲しいとは思いましたが、この複雑なストーリーと人間関係をすっと受け止めるには、吉本新喜劇ばりに性格づけを際立たせた演出や衣装が良いんでは、と思ってしまいました。分類としては悲劇でも、全体的に喜劇的要素も随所に入ってますし。
ロンドン響/パッパーノ:モノホンのオケが映画音楽やってみた、のゴージャス感 ― 2025/12/17 23:59
2025.12.17 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
Roman Simovic (violin-2)
1. Miklos Rozsa: Prelude, The Mother’s Love and Parade of the Charioteers from ‘Ben Hur’
2. Miklos Rozsa: Movements 2 & 3 from Violin Concerto (adapted to 'The Private Life of Sherlock Holmes')
3. Bernard Herrmann: Scene d’amour from ‘Vertigo’
4. David Raksin: Laura from ‘Laura’
5. David Raksin: Love is for the Very Young from 'The Bad and the Beautiful' - Suite
6. Max Steiner (arr John Wilson): Opening Title Sequence from ‘Gone with the Wind’
7. William Walton: Selections from 'Henry V' - Suite
8. Nino Rota: Waltz from ‘The Godfather’
9. Ennio Morricone: Gabriel’s Oboe from ‘The Mission’ (Concert Version)
10. Ennio Morricone: Music from ‘Cinema Paradiso’
11. Ennio Morricone: Music from ‘Once Upon a Time in America’
今年あと一つくらいバービカン行っとこうかと急きょ買ったチケットです。LSOは古くから映画音楽のサウンドトラックでも多数演奏してきておりますが、パッパーノから年の瀬のクリスマスプレゼントのようなものでしょうか。前半は「ベン・ハー」「シャーロック・ホームズの冒険」「めまい」「ローラ殺人事件」「悪人と美女」「風と共に去りぬ」といったハリウッド・アイコン、後半は「ヘンリー五世」「ゴッドファーザー」「ミッション」「ニュー・シネマ・パラダイス」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の80年代大作映画でまとめた構成になっています。どれも映画史を彩る名作ばかりとは言え、よく考えたらちゃんと全編通して観ている映画は、封切り時に映画館で観た「ニュー・シネマ・パラダイス」くらいしかありませんでした…。映画は大好きなんですが、マニアと言えるほどの数を観ているわけでもなく、また古い映画を後追いで観ることは少なかったんだなあと、今更ながら気づきました。
コンサートはパッパーノがマイクを取り、作曲家ごとに解説を交えながら進行していきますが、とにかく、モノホンのオケが映画音楽やってみた、そのゴージャス感がハンパないです。弦の厚みと美しさ、管の迫力ときめ細かさ、全てが凄すぎました。ただ、ロイヤリティの都合でオリジナルのスコアは使えないようなことをパッパーノが話していた通り、フル編成オケ用に、よりゴージャスにアレンジされていたかと思います。映画のサントラは、レコーディング専用のセッションオーケストラがスタジオで録音し、実際の人数以上に豊かな響きになるよう加工技術を駆使するのが普通ですが、それはそれでオリジナルのスコアとレコーディングのほうが音楽に勢いがあり、映画のシーンと直接結びついている分、思い入れも深い場合があるので、一概に良し悪しは言えませんが。
ちゃんと観たことない映画でも、音楽は耳に入って来て記憶に定着しているから不思議なものです。また、フォロワーとして似たような(言い方を変えると「パクリ」)劇伴音楽もちまたに溢れているので、何も考えずにそのゴージャスな響きに浸れます。「ベン・ハー」を聴いて一瞬「野性の証明?」と思ってしまったり。「ゴッドファーザー」はメジャーなメインテーマではなく(解説で鼻歌を歌ったのみ)あえて「ワルツ」を選曲されていましたが、エレキマンドリンを使っていたのが新鮮、多分初めて見ました。
最後はモリコーネ三連発でしっとり終わる、はずもなく、アンコールでは打楽器隊が戻ってきて、待ってましたの「スターウォーズ」メインテーマ。大昔の部活でやったことがあり、けっこう難易度が高くリズムも面倒くさい曲なんですが、もちろんLSOはオリジナルを手がけたオハコなので、完璧以上の仕上がり。あれこれ深く考えず、無心に楽しめたゴージャスな一夜なのでした。
ロンドン響/パッパーノ:チャイコフスキーとRVWのマリアージュ ― 2025/12/07 23:59

2025.12.07 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra & Chorus
Antoine Tamestit (viola-2)
Julia Sitkovetsky (soprano-3)
Ashley Riches (bass-baritone-3)
1. Tchaikovsky: Symphony No. 4
2. Vaughan Williams: Flos Campi for Viola and Chorus
3. Vaughan Williams: Dona nobis pacem
12年ぶりにやっと聴けるLSOは、当時ロイヤルオペラの音楽監督だったパッパーノ大将が現在主席指揮者に就いています。当時から、ゲルギエフの後釜はパッパーノが適任ではないかと思っていたのですが(まさかラトルが来てくれるとは想定外だった)、その12年前にパッパーノの指揮で最後に聴いた演奏会が、くしくも同じチャイコフスキーの第4番というこの偶然。もちろんオケのメンバーはだいぶ入れ替わっているようでしたが、ダイナミックでドラマチックなパッパーノの指揮に圧倒的な演奏力で応えるLSOの組み合わせは、昔と変わらぬ充実感に溢れ、12年のギャップが一瞬で繋がりました。パッパーノは指揮棒なしの指先だけで、オペラの歌手に指示を出すかのように各楽器を操っていきます。管楽器のソロはさすがに皆上手く惚れ惚れしますが、主旋律以外もしっかり聴かせるバランスを保ち、以前「マカロニ・チャイコ」と表した、メランコリックに流れるチャイコフスキーからはだいぶ抑制的に変わってきた印象を受けました。第2楽章の中間部であえてテンポを上げて変化をつけ、第3楽章もしっかりと指揮をしてオケ任せにはせず、決してグリップを離しません。オケの演奏技術力を最大限に発揮した最終楽章は圧巻の馬力と音圧を見せつけました。まだ1曲目なのに全力投球で、ほぼ本日終了です。
そもそもこのヘヴィーなプラグラムのコンセプトがよくわからないのですが、前半のド派手な「喜びの讃歌」に対し、後半は打って変わって穏やかな音楽が続きます。馴染みのないヴォーン・ウィリアムズのマイナー曲で、しかも苦手分野の合唱曲なので後半は正直よくわからんかったです。後半最初の「野の花(Flos Campi)」は小編成室内オケとヴィオラ独奏に歌詞のないスキャットコーラスが加わる曲ですが、その編成のユニークさに比して、曲調はあくまで落ち着いて穏やか。続く「われに平和を与えたまえ(Dona nobis pacem)」ではオケが大編成になり、合唱に加えてソプラノとバリトンも加わります。ある種の「戦争音楽」になりますが、激しさはそんなにありません。ソプラノがちょっと不安定な仕上がりでハラハラしたのですが、バリトンは芯のあるたいへん良い歌唱でした。しかし最後まで聴きどころが掴めず漫然と聴き流してしまって、自分にはまだ英国スピリットを堪能できるだけの修行が足らんのだとしみじみ思いました。

LSO/ティルソン・トーマス/ヨーヨー・マ(vc):コープランドとタコとブリテンと、その2 ― 2013/06/12 23:59

2013.06.12 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Inscape
2. Britten: Symphony for Cello and Orchestra
3. Shostakovich: Symphony No. 5
前日はメインが「パゴダの王子」組曲だったのでパスし、MTTとYYMのミニシリーズは結局初日と最終日に行きました。LSOもこれで聴き納めと思うと、感慨深いものがあります。
1曲目「インスケープ」は、意外にも不協和音に終始した前衛現代音楽でした。私の知るコープランドとは全く違う世界で、こんな曲も書いていたのねと、ただ驚き。
今回のシリーズでヨーヨー・マはショスタコーヴィチの1番、2番と続いて、最後はブリテンの「チェロ交響曲」を選択しましたが、新たなチャレンジだったのでしょうか、珍しくずっと楽譜を見ながらの演奏。先日のショスタコ第1番では恍惚とした表情で弾いていたのが一転、余裕のない必死の形相でガシガシとラフな音をぶつけていきます。ほとんど今日初めて聴いたので曲は正直よく咀嚼できなかったし、4楽章構成という以外、交響曲とわざわざ名乗るだけのフォーマルな要素もあまりなかったのですが、オケにとってもほとんど未知の曲なんでしょう、LSOの集中力は凄まじいものがありました。ヨーヨー・マのエモーショナルな演奏も、よくわからないながらも圧倒的な迫力。燃え尽きたに思えたヨーヨー・マ、今日はアンコールとしてサー・コリンに捧げる1曲(曲名不明)を披露しました。
メインのタコ5は、らしからぬぎこちなさが随所に見られ、明らかにリハ不足。今日のプログラムだと、リハ時間の大半をブリテンに使ってしまったのは想像に難くありません。タコ5は通俗名曲ですし、リハの時間がなくとも、とにかくオケのパワーで何とか押し切った感じです。各楽器のソロは皆さんさすがにめちゃ上手い。MTTはその草食系風貌と理知的発言からクールな分析家と見られがちですが、音楽は意外とエモーショナル全開の熱い演奏で、「苦悩→葛藤→勝利」というシンプルな組み立てはストレートに心を打ちます。ああ、この人はやっぱりバーンスタインの正統な後継者なんだなと、認識をあらたにしました。
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Inscape
2. Britten: Symphony for Cello and Orchestra
3. Shostakovich: Symphony No. 5
前日はメインが「パゴダの王子」組曲だったのでパスし、MTTとYYMのミニシリーズは結局初日と最終日に行きました。LSOもこれで聴き納めと思うと、感慨深いものがあります。
1曲目「インスケープ」は、意外にも不協和音に終始した前衛現代音楽でした。私の知るコープランドとは全く違う世界で、こんな曲も書いていたのねと、ただ驚き。
今回のシリーズでヨーヨー・マはショスタコーヴィチの1番、2番と続いて、最後はブリテンの「チェロ交響曲」を選択しましたが、新たなチャレンジだったのでしょうか、珍しくずっと楽譜を見ながらの演奏。先日のショスタコ第1番では恍惚とした表情で弾いていたのが一転、余裕のない必死の形相でガシガシとラフな音をぶつけていきます。ほとんど今日初めて聴いたので曲は正直よく咀嚼できなかったし、4楽章構成という以外、交響曲とわざわざ名乗るだけのフォーマルな要素もあまりなかったのですが、オケにとってもほとんど未知の曲なんでしょう、LSOの集中力は凄まじいものがありました。ヨーヨー・マのエモーショナルな演奏も、よくわからないながらも圧倒的な迫力。燃え尽きたに思えたヨーヨー・マ、今日はアンコールとしてサー・コリンに捧げる1曲(曲名不明)を披露しました。
メインのタコ5は、らしからぬぎこちなさが随所に見られ、明らかにリハ不足。今日のプログラムだと、リハ時間の大半をブリテンに使ってしまったのは想像に難くありません。タコ5は通俗名曲ですし、リハの時間がなくとも、とにかくオケのパワーで何とか押し切った感じです。各楽器のソロは皆さんさすがにめちゃ上手い。MTTはその草食系風貌と理知的発言からクールな分析家と見られがちですが、音楽は意外とエモーショナル全開の熱い演奏で、「苦悩→葛藤→勝利」というシンプルな組み立てはストレートに心を打ちます。ああ、この人はやっぱりバーンスタインの正統な後継者なんだなと、認識をあらたにしました。
LSO/ティルソン・トーマス/ヨーヨー・マ(vc):コープランドとタコとブリテンと ― 2013/06/09 23:59
2013.06.09 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Orchestra Variations
2. Shostakovich: Cello Concerto No. 1
3. Copland: Short Symphony (Symphony No. 2)
4. Britten: The Young Person's Guide to the Orchestra
ヨーヨー・マがLSOに登場するのは多分久しぶりだと思います。日本でも人気者のヨーヨー・マですから、今日はやたらと日本人の姿が目につきました(もちろん中国人も)。そこかしこで「3つとも行かれますの?」という会話を耳にしたので、ティルソン・トーマス(MTT)が指揮するこの3公演、日本人的には3つで特別なワンセットだったみたいです。私的には、LSOのシーズン終盤の一コマに過ぎないんですが…。しかしこのミニシリーズ、MTTですからもちろんテーマはあり、今回はコープランド・ショスタコーヴィチ・ブリテンという、同世代の人々ながらも一見よくわからん食い合わせ。プログラムを読むと、この3人はLSOと所縁が深く、MTTとも面識がある、というパーソナルな理由が全てみたいです。
まずはコープランド。「ロデオ」を昔演奏したことがありますが、それ以外は「アパラチアの春」と「エル・サロン・メヒコ」といった定番しか知らなくて、日本やイギリスでは演奏会のプログラムに乗ることも少なく、正直、未知の作曲家です。最初の「変奏曲」は怪獣映画のバックミュージックのように、重くて派手な曲。もう一つの「ショート・シンフォニー」は、グッとフォーマルな雰囲気の硬派な純粋音楽。どちらももちろん初めて聴く曲で、普段イメージする「アメリカ民謡を多用する国民的作曲家」とは一線を画した、お固いシンフォニストとしての側面を見ました。
ショスタコのチェロコン第2番は何度か聴いていますが、第1番は初めてでした。弦楽、木管、ホルン1本、ティンパニ、チェレスタという変な編成で、ホルンは準ソリストのような重要な役割です。どう聴いてもショスタコなマンネリズムに溢れた行進曲風の第1楽章から、ヨーヨー・マは、よくぞこの曲で、と思うほどしっかり没入型のよく歌う系チェロ。第2楽章まではその調子で、ホルンの素晴らしいソロと相まって良い感じだったのですが、後半はまず曲が尻すぼみで退屈したのと、チェロも集中力が切れてどうにも音が定まらないように見えました。ヨーヨー・マというビッグネームでなければ、あまり上手くないチェリストやなあ、と思ってしまったかも。これは後の演奏会でリベンジに期待です。
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yo-Yo Ma (cello-2)
1. Copland: Orchestra Variations
2. Shostakovich: Cello Concerto No. 1
3. Copland: Short Symphony (Symphony No. 2)
4. Britten: The Young Person's Guide to the Orchestra
ヨーヨー・マがLSOに登場するのは多分久しぶりだと思います。日本でも人気者のヨーヨー・マですから、今日はやたらと日本人の姿が目につきました(もちろん中国人も)。そこかしこで「3つとも行かれますの?」という会話を耳にしたので、ティルソン・トーマス(MTT)が指揮するこの3公演、日本人的には3つで特別なワンセットだったみたいです。私的には、LSOのシーズン終盤の一コマに過ぎないんですが…。しかしこのミニシリーズ、MTTですからもちろんテーマはあり、今回はコープランド・ショスタコーヴィチ・ブリテンという、同世代の人々ながらも一見よくわからん食い合わせ。プログラムを読むと、この3人はLSOと所縁が深く、MTTとも面識がある、というパーソナルな理由が全てみたいです。
まずはコープランド。「ロデオ」を昔演奏したことがありますが、それ以外は「アパラチアの春」と「エル・サロン・メヒコ」といった定番しか知らなくて、日本やイギリスでは演奏会のプログラムに乗ることも少なく、正直、未知の作曲家です。最初の「変奏曲」は怪獣映画のバックミュージックのように、重くて派手な曲。もう一つの「ショート・シンフォニー」は、グッとフォーマルな雰囲気の硬派な純粋音楽。どちらももちろん初めて聴く曲で、普段イメージする「アメリカ民謡を多用する国民的作曲家」とは一線を画した、お固いシンフォニストとしての側面を見ました。
ショスタコのチェロコン第2番は何度か聴いていますが、第1番は初めてでした。弦楽、木管、ホルン1本、ティンパニ、チェレスタという変な編成で、ホルンは準ソリストのような重要な役割です。どう聴いてもショスタコなマンネリズムに溢れた行進曲風の第1楽章から、ヨーヨー・マは、よくぞこの曲で、と思うほどしっかり没入型のよく歌う系チェロ。第2楽章まではその調子で、ホルンの素晴らしいソロと相まって良い感じだったのですが、後半はまず曲が尻すぼみで退屈したのと、チェロも集中力が切れてどうにも音が定まらないように見えました。ヨーヨー・マというビッグネームでなければ、あまり上手くないチェリストやなあ、と思ってしまったかも。これは後の演奏会でリベンジに期待です。
指揮者そっちのけで楽団員を讃えるヨーヨー・マ。
最後のブリテン「青少年のための管弦楽入門」は、演奏会のプログラムにこの曲を見つければ即チケットを買ってるくらい大好きな曲なのですが、実演で聴ける機会は実際にはそう多くありません(一昨年のBBCプロムス・ラストナイトで演奏され、大いに盛り上がっていたようですが、残念ながらラストナイトはそうそう行けません)。名手揃いのLSOだけあって、まさにガラ・コンサートを見ているような感覚で、奏者の妙技をただただ堪能しました。この曲を、このクラスのオーケストラで聴けたという感動は、後半のフーガ終盤でパーセルの主題が戻ってくる箇所で頂点に達し、涙腺にじわっと込み上げるものがありました。
振り返ると、選曲もせいもあるでしょうが、MTTのカラーはどこに出ていたか、よくわからなかったです。黒子のような働きでした。なお本日は、LSOとしては珍しく、クラリネットに日本人奏者の姿が。近藤千花子さんという人で、調べると東京交響楽団所属、現在はRAM(王立音楽院)に留学中だそうです。
最後のブリテン「青少年のための管弦楽入門」は、演奏会のプログラムにこの曲を見つければ即チケットを買ってるくらい大好きな曲なのですが、実演で聴ける機会は実際にはそう多くありません(一昨年のBBCプロムス・ラストナイトで演奏され、大いに盛り上がっていたようですが、残念ながらラストナイトはそうそう行けません)。名手揃いのLSOだけあって、まさにガラ・コンサートを見ているような感覚で、奏者の妙技をただただ堪能しました。この曲を、このクラスのオーケストラで聴けたという感動は、後半のフーガ終盤でパーセルの主題が戻ってくる箇所で頂点に達し、涙腺にじわっと込み上げるものがありました。
振り返ると、選曲もせいもあるでしょうが、MTTのカラーはどこに出ていたか、よくわからなかったです。黒子のような働きでした。なお本日は、LSOとしては珍しく、クラリネットに日本人奏者の姿が。近藤千花子さんという人で、調べると東京交響楽団所属、現在はRAM(王立音楽院)に留学中だそうです。
LSO/パッパーノ:チャイ4は言葉にならない充実感 ― 2013/05/19 23:59
2013.05.19 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
1. Lutoslawski: Concerto for Orchestra
2. Tchaikovsky: Symphony No. 4
先週から、パッパーノ三連発になってます。先日のチャイコ5に続き、今日はチャイ4。しかしその前に、オープニングは生誕100年記念イヤーのルトスワフスキ「オーケストラのための協奏曲」、通称「オケコン」。古今東西数ある「オケコン」の中で、ダントツ人気のバルトークの次に有名なのが多分このルトスワフスキだと思いますが、実はほとんど初めて聴く曲でした。ポーランドの民族音楽に取材し、バルトークほどのカラフルさはなく終始重苦しい曲調ですが、熟練と洗練の境地であるバルトークよりもある意味荒々しい駆動力を感じる、なかなかカッコいい音楽です。パッパーノがどのくらいこの曲に思い入れがあるのかよくわかりませんが(少なくとも専門家ではないでしょう)、こういうぐいぐい押す音楽は得意とするところ、澱みなく畳み掛けて勢いをつけたままフィニッシュ。1曲目からお客大喜び。
メインのチャイ4。こないだのチャイ5と同様カンタービレ満開の「マカロニ・チャイコ」の系統でしたが、チャイ5ほど曲調がメランコリックではないので、第1楽章なんかは所々リズムにちょっとしたぎこちなさを感じたりもしました。しかし第2楽章ではパッパーノの本領発揮、作り物の匂いが一切しない、なめらかなエンヴェロープで流れて行く大自然の音楽。終楽章はLSOの高い演奏技術力を駆使して究極の「喜びの讃歌」を派手に演出します。先日のチャイ5も実はそうだったんですが、パッパーノのチャイコフスキーは何だか言葉にならない充実感に満ちあふれていて、あれこれ感想文をひねり出そうとするのですが、私の表現能力ではとても何かを書けたとは言えません。同じLSOでもどこか嘘っぽいゲルギエフのほうが、まだいろいろと言葉を連ねることができましたね。音楽を言葉にするって、本当に難しい…。
今日のティンパニは主席のトーマス。さてどうするかと注目していたら、やっぱり昨年同様、ペダルを駆使して勝手に俺流メロディを奏でていました。しかしふと思ったのは、こんな派手な改変をプロの指揮者が気付かないはずはないのに、この人、よく怒られないなと。
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
1. Lutoslawski: Concerto for Orchestra
2. Tchaikovsky: Symphony No. 4
先週から、パッパーノ三連発になってます。先日のチャイコ5に続き、今日はチャイ4。しかしその前に、オープニングは生誕100年記念イヤーのルトスワフスキ「オーケストラのための協奏曲」、通称「オケコン」。古今東西数ある「オケコン」の中で、ダントツ人気のバルトークの次に有名なのが多分このルトスワフスキだと思いますが、実はほとんど初めて聴く曲でした。ポーランドの民族音楽に取材し、バルトークほどのカラフルさはなく終始重苦しい曲調ですが、熟練と洗練の境地であるバルトークよりもある意味荒々しい駆動力を感じる、なかなかカッコいい音楽です。パッパーノがどのくらいこの曲に思い入れがあるのかよくわかりませんが(少なくとも専門家ではないでしょう)、こういうぐいぐい押す音楽は得意とするところ、澱みなく畳み掛けて勢いをつけたままフィニッシュ。1曲目からお客大喜び。
メインのチャイ4。こないだのチャイ5と同様カンタービレ満開の「マカロニ・チャイコ」の系統でしたが、チャイ5ほど曲調がメランコリックではないので、第1楽章なんかは所々リズムにちょっとしたぎこちなさを感じたりもしました。しかし第2楽章ではパッパーノの本領発揮、作り物の匂いが一切しない、なめらかなエンヴェロープで流れて行く大自然の音楽。終楽章はLSOの高い演奏技術力を駆使して究極の「喜びの讃歌」を派手に演出します。先日のチャイ5も実はそうだったんですが、パッパーノのチャイコフスキーは何だか言葉にならない充実感に満ちあふれていて、あれこれ感想文をひねり出そうとするのですが、私の表現能力ではとても何かを書けたとは言えません。同じLSOでもどこか嘘っぽいゲルギエフのほうが、まだいろいろと言葉を連ねることができましたね。音楽を言葉にするって、本当に難しい…。
今日のティンパニは主席のトーマス。さてどうするかと注目していたら、やっぱり昨年同様、ペダルを駆使して勝手に俺流メロディを奏でていました。しかしふと思ったのは、こんな派手な改変をプロの指揮者が気付かないはずはないのに、この人、よく怒られないなと。
おまけ、本日のミナ嬢。
















最近のコメント