2012プロムス75:ハイティンクが引き出した、本流のウィーンフィル2012/09/07 23:59


2012.09.07 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 75
Bernard Haitink / Wiener Philharmoniker
1. Haydn: Symphony No. 104 in D major, 'London'
2. R. Strauss: An Alpine Symphony

今年のプロムス最後は、6月にもラトルと来たばかりのウィーンフィル。指揮はロンドンではお馴染みのハイティンクですが、レパートリーが硬直化していて(若くしてコンセルトヘボウの常任だったころは、もっと節操なく何でもやってレコード出していたと思うんですけどねえ)、どのオケを振ってもブルックナー、マーラー、ベートーヴェン、シューベルトばかり繰り返しやってる気がするので、今日の「アルプス」みたいな機会はなかなか貴重です。

コンマスはキュッヒル。やはりこの人が座っているとウィーンフィルの音も一段ときりっとしてる気がします。1曲目のハイドン「ロンドン」は、実はほとんど初めて聴く曲でした。仕掛けも何も無い直球勝負は実はハイティンクの決め球で、いかにもウィーンフィルらしい、きめ細かく柔らかい音が素晴らしいです。楽友協会という普段から残響の長いホールで演奏しているからか、アルバートホールみたいな箱でも響かせ方をちゃんと心得ているように見受けられました。


メインの「アルプス交響曲」は先ほどのハイドンと違い、いくらウィーンフィルと言えど放っておいても勝手に演奏してくれる曲ではありません。ハイティンクはその点、道を見失わないしっかりとした足取りで、ストレートにオケを牽引していました。冒頭からして金管の弱音が渋過ぎ、先日同曲を聴いたシモン・ボリバルとはやっぱり雲泥の差です。木管のソロも余裕で惚れ惚れする素晴らしさで、ウィーンフィルの「楽器」としての優秀さを再認識しました。それに、ハイティンクの動じない風林火山ぶりはタダモノではなく、大きなエンヴェロープの中で細かく揺れ動く起伏が過不足無く配置され、俯瞰した登山の全体像をパーフェクトに表現していました。見たことないようなどでかいサンダーシート(要は大きい鉄板ですが、狭い楽友協会のステージにこのサイズは乗らないのでは?)をガタガタと揺らす様は、ビジュアル的にも見物でありました。さすがのウィーンフィルも最後はちょっと息切れ気味でしたが、こないだのラトル以上に、ウィーンフィルらしい音楽を聴けたなあという満足感でいっぱいでした。

ハイティンクとしては珍しくアンコールがあり、ウィーンらしくシュトラウス二世の「春の声」。これなんか、ハイティンクは実質ほとんど何も指示してないですよね。どこの一流オケを振っても皆協力的で一緒に音楽を作ってくれる、晩年のハイティンクは今一番幸せなポジションにいるのではないかと思いました。


でかいサンダーシート。


2012プロムス71:らしくないベートーヴェンと、スイングしないガーシュイン2012/09/04 23:59


2012.09.04 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 71
David Robertson / St Louis Symphony
Christian Tetzlaff (Vn-2)
1. Brahms: Tragic Overture
2. Beethoven: Violin Concerto in D major
3. Schoenberg: Five Orchestral Pieces, Op. 16
4. Gershwin: An American in Paris

テツラフ目当て一点張りで来ました。セントルイス響はNYPに次いで米国で2番目に古いオケだそうですが私的にはマイナーで、「スラットキンのオケ」という情報の記憶が残っているくらいで、演奏を聴くのは多分初めてです。現在の首席指揮者はロバートソン。この人のプログラムのセンスはちょっとビミョーで、今日のブラームス、ベートーヴェン、シェーンベルク、ガーシュインというセットも多分「ドイツ音楽本流→新ウィーン楽派からアメリカ移住→アメリカ音楽の元祖」という流れを頭に描いたのだと思いますが、だとしたらシェーンベルクはもっと別の選曲になるべきだろうし、結局ごちゃごちゃして何だかわけがわかりません。

1曲目の「悲劇的序曲」、ロバートソンの明快な指揮から導かれるのは想像通りアメリカンな、軽くて明るい音。弦のアインザッツはきちんと合っていて、良いトレーナーぶりが伺えます。ブラスは時々外しますが、日本のオケに比べたら全然馬力があってまともです。今年聴いたブダペスト祝祭管のある種ぶっ飛んだ演奏と比べると、危なげない、でも普通過ぎて面白みのない演奏でした。

続いて待望のテツラフ。ベートーヴェンのコンチェルトは元々馴染みのない曲で、2004年にブダペストフィルの演奏会を聴いて以来、多分一度も聴いていません。ですので世間的な良し悪しは全然語れませんが、その私にしても何とか理解できたのは、テツラフのベートーヴェンがかなり異色なこと。いつものようにと言えばそうなんですが、極めて繊細にコントロールされたフレーズが独自の呼吸を持ち、時空を超えて、20、いや、21世紀の音楽のように耳に響いてきます。オケは相変わらず軽いし、ドイツ的質実剛健からは全然「らしく」ないベートーヴェンでした。第1楽章のカデンツァはティンパニとの掛け合いが物珍しくて新鮮でしたが、後で調べると、これはピアノ編曲版からの転用なんですね。何にせよ、このだだっ広いホールにテツラフのデリケートなヴァイオリンは合わないなあと。アンコールはバッハのソナタからの選曲。息をするように自然に音を紡いでいくテツラフ節に、すっかり参りました。というわけで、今月のウィグモア・ホールのソロコンサートへ期待は益々高まるのでした。


休憩後のシェーンベルク「5つの管弦楽曲」は全く初めて聴く曲でした。もう無調の作風に突入している年代の作曲ですが、この曲はまだ調性に名残を持っていて、無調を装った後期ロマン派音楽の様相で、ヴェーベルンの「6つの管弦楽曲」を先取りしたような感覚も覚えます。今のところ、好きでも嫌いでもない、あまり尾を引かない曲、としか言いようがない。もっと繰り返し聴かないと身体にすっと入ってこないかな…。

最後の「パリのアメリカ人」は、昔部活でオケをやってたとき、いつもベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザークばかりじゃなくて、せめてこのくらいの曲にチェレンジしてみないかと周囲の説得を試みたがあえなく却下された思い出深い曲ですが、あらためて聴いてみると、めちゃめちゃたいへんな曲やん。若気の至りとは言え相当無謀なことを主張していたのだなと、今更ながら反省しました。しかし今日の演奏は、音楽が全然スイングしてなくて、いただけなかった。ロバートソンは真剣な顔つきで終始まるでシンフォニーのように棒をカクカクと振りまくり、この曲からスイングの要素を取り去ってしまったのは、ある意味画期的にユニークな演奏だったのかも(笑)。極めて真面目な人なんでしょうねえ。でも、こんなのはガーシュインじゃねえ、とちゃぶ台をひっくり返す自分をつい思い浮かべました。そんな中でもがんばって気を吐いていたのが、布製の変わったミュートを駆使していたトランペット。アンコールは「キャンディード」序曲でアメリカらしく能天気に(偏見か?)シメました。


奏者を讃えるロバートソン。この人も微妙だなあ…。

2012プロムス69:ゲヴァントハウス管/シャイー:マーラー6番2012/09/02 23:59

2012.09.02 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 69
Riccardo Chailly / Gewandhausorchester Leipzig
1. Messiaen: Et exspecto resurrectionem mortuorum
2. Mahler: Symphony No. 6 in A minor

プロムス終盤戦は、出張のためベルリンフィルを聴き逃したりもしましたが、気を取り直して久々のゲヴァントハウス管、1年ぶりのマーラー6番です。開演前入り口付近で、何とフィルハーモニア管のフィオナちゃんを見かけましたが、シャイな私は声をかけることもなく、すぐに見失ってしまいました(泣)。

1曲目のメシアン「われ死者の復活を待ち望む」は、昨年3月のLSO以来、生涯2回目に聴きます。会場に行って楽器配置を見るまですっかり忘れていましたが、ウインドアンサンブルと金属打楽器群のための、プリミティブな味わいの佳作です。ガムランのようなリズムにアイヴズっぽい無調旋律が乗っかり、さらに不協和音がぐしゃーとからんでくるという、私には無国籍無節操音楽にしか聞えませんが、解説を見ると「宗教的色彩が濃厚」であると…。独特の音響空間は純粋に楽しめるものの、内容は私の理解を超えております。ゲヴァントハウス管の管楽器は音がよく、アンサンブルも確か。ソロを聴くと一つ一つの音がしっかりとしたオケですが、合わせるとお互い溶け合って格好のよいクラウドを形成する、よくまとまったオケだなと思いました。

さてマーラー。記念イヤーが終わってすっかり下火かと思いきや、今年に入ってからもすでに1、2、3、4、9番を聴いていますので、マーラーは依然としてプログラムの花形ですね。シャイーのマーラーは初めて聴きます。イタリア人らしく、快活なテンポでさっそうと開始。第1楽章の印象は、節回しというのか、フレージングがユニークな、何だか不思議な演奏でした。アルマの主題の直前で弦ピチカートに乗せて木管がコラール風の旋律を奏でるところ、中間のブレスを大きく取っていったん旋律をぶつ切りしたのが特にひっかかって、後で楽譜を確認したら確かに木管にはブレスがありますが弦にはないので、ここはインテンポで行くところじゃないのかなあと。この曲はマーラーの中でも特に好きな曲なのですが、演奏の細かいところでどうも自分の好みに合わない部分があり、没頭しにくさを感じました。なお遠くから響くカウベルはバルコニーで鳴らしていたようです。

中間楽章はアンダンテ→スケルツォの順。ゲヴァントハウス管の渋い弦が映えるアンダンテは期待通りにロマンチックな味付けで、「泣き」が入っていました。このオケはしかし、個人の腕は確かながら、誰も浮き出ないのが好ましい。よく鍛えられたアンサンブルと思います。第3楽章スケルツォは一転して超高速。古典的な楽章配置を意識してか、舞曲性を強調した感じでした。終楽章、序奏は遅めに入ったもののすぐに急かされるように高速で進んで行きます。メリハリつけた演奏ですが、ちょっと上滑りしていて重心が高い。エネルギーの蓄積も爆発もあえて抑え、小さいセグメントでまとめているという感じです。そうこうしているうちに「運命の一撃」の箇所。大きな木製ハンマーを打ち下ろす台は、巨大な木の箱の横に巣箱のように穴が開いている、まさにこの曲のために開発したと思われる特注品。これはガツンとよく響きました。「マーラーのハンマーおよび台」として打楽器の商品になるんじゃないかな。昨今のプロオケはこの曲を演奏する機会が必ずあるだろうから、需要はあるんじゃないかと。ラストのティンパニは渾身の力を込めて叩き込み、ディミヌエンドしてふつっと途切れた後、珍しく長い静寂があってから、割れんばかりの拍手が起こりました。楽章毎に拍手が起こったりすることも多いプロムスですが、今日の客層はちょいディープめだったようです。

オケの一体感と特製ハンマー台には心惹かれたものの、全体的に自分の好みとは微妙に違う違和感をかかえながらの80分でした。出張疲れが抜けず体調がイマイチだったせいもあるでしょう。ちと残念。


後ろに見えるでっかい木箱が、ハンマーを叩き下ろす特製台。

2012プロムス41:今年の超大作その2、シェーンベルク「グレの歌」2012/08/12 23:59


2012.08.12 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 41
Jukka-Pekka Saraste / BBC Symphony Orchestra
Angela Denoke (S/Tove)
Simon O'Neill (T/Waldemar)
Katarina Karnéus (Ms/Wood-Dove)
Neal Davies (Br/Peasant)
Jeffrey Lloyd-Roberts (T/Klaus the Fool)
Wolfgang Schöne (Speaker)
BBC Singers
BBC Symphony Chorus
Crouch End Festival Chorus
New London Chamber Choir
1. Schoenberg: Gurrelieder

昨日に引き続き、大作プログラムの連チャンです。「グレの歌」は無調に傾倒する前のシェーンベルク初期の代表作で、マーラー「千人の交響曲」に匹敵する大人数を要するので有名です。完成したのは「千人」の初演が大成功した翌年、つまりマーラーの没年(1911年)ですから、時代がこういう超大曲を求めていた、ということでしょうか。私がほぼ初めてこの曲を聴いたのは6年前のブダペストでギーレン/南西ドイツ放送響の演奏会だったのですが、一体どんな凄い曲だろうとワクワクしていたら、全奏で音圧がマックスになるのはほんのわずかの時間で、大半は室内楽的なものすごくエネルギー効率の悪い進行だったのに思いっきり肩透かしを食らいました。

指揮は元々は常任のビエロフラーヴェクが振るはずが、2週間ほど前にサラステに変更になりました。サラステは颯爽と格好の良いドライブ感が魅力の人で、期待通りにドラマチックでロマンチックな表現が、私には好ましかったです。BBC響も穴が無く最後まで集中力の切れない演奏はさすが。前に聴いた南西ドイツ響は貧弱な音色に白けた(淡々とドライ、とも言えないことはないですが)演奏が、「現代音楽の雄にしてこの程度か」と、がっかりした記憶が蘇りました。

演奏者数はオケもコーラスも昨日のベルリオーズのほうが多かったです。女声コーラスなんか、2時間近く待って最後の最後しか出番がないのでかわいそう。ヴァルデマール王役のテナー、サイモン・オニールは今年の正月の「マイスタージンガー」でも見ました。そのときは風邪で調子が悪かった(ということだった)のですが、この人は結局普段から声が弱く遠くまで届かない、ということが今日よくわかりました。アリーナの立見でかぶりつきでもない限りヴァルデマール王の歌を堪能するのは無理でした。トーヴェを歌うアンゲラ・デノケは2年前にROHで「サロメ」を聴いて以来でしたが、こちらは細い身体ながらコアのしっかりした歌唱で、表現も演奏に引きずられてか劇的で、聴き応えがありました。第一部終盤に歌う山鳩のカルネウスも切々とした情感が秀逸。しかし第一部が終ると出番の済んだ女声陣二人は退場し、代わりに出てきた農夫、道化師、語り手の野郎どもはどれも印象に残らず。語り手のシュプレヒ・シュティンメ、これだけはギーレンのときのほうがずっと上手かったです。

最後は音量もクライマックスに達し、それなりに盛り上がりますが、カタルシスというほどでもなく、頂点に登る手前でふっと力を抜くような終り方です。休憩なしで2時間たっぷり演奏しましたが、お尻が痛かったので休みが欲しかったです。お客さんの入りは残念ながらイマイチで、特にサークルは空席ばかりでした。みんなオリンピックの閉会式を見ていたのかな。



ピンボケしまくりですが、オニールとデノケ。

2012プロムス39:今年の超大作その1、ベルリオーズ「レクイエム」2012/08/11 23:59


2012.08.11 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 39
Thierry Fischer / BBC National Orchestra of Wales
Toby Spence (T)
BBC National Chorus of Wales
Huddersfield Choral Society
London Symphony Chorus
1. Berlioz: Requiem (Grande messe des morts)

2週間ぶりのプロムス。一昨年のマーラー「千人の交響曲」、昨年のブライアン「ゴシック交響曲」のように、普段はなかなか聴く機会がない超大作をやってくれるのもプロムスというお祭りならではですが、今年はその「大作枠」にベルリオーズ「レクイエム」とシェーンベルク「グレの歌」がラインナップされています。

ベルリオーズの「レクイエム」は打楽器マニアとして一度は生で見たかった曲でした。今日のBBCウェールズ・ナショナル管はスコアにほぼ忠実に、ティンパニ16台(奏者10人)、シンバル8組、大太鼓2台、銅鑼2枚がずらっと並んだ様子はただただ圧巻でした。打楽器に限らず管楽器もホルン12、ファゴット8、クラリネットとフルート各4、オーボエとコールアングレ各2に加え、4群に分かれたバンダが合計でトランペット、トロンボーン各16、チューバ6というとんでもない大編成。さらに100人の弦楽器と、コーラス席の上のほうまでぎっしりと詰まった混声合唱が加わります。バンダは会場の四隅ではなくステージ上で四隅に配置されていましたが、これは多分、このホールの音響だとバンダをバルコニーに配置したら収拾がつかなくなるのを嫌ってのことではないかと想像します。

実はこの曲CDを持っておらず、先日のセントポール寺院でのLSO演奏会をBBC Radio 3で聴いたくらいなので細かいところはようわかりませんでしたが、やはり名物の10人のティンパニ・ロールによる和音自由自在は、打楽器は聴きなれたはずの自分でさえものすごく新鮮に響き、音量のみならず視覚的効果も抜群でした。ティエリー・フィッシャーは始めて見る指揮者でしたが、八面六臂の棒振りで超大編成オケをスポーティーに統率していました。あまり柔らかさを感じない、硬質で男らしい音でした。レクイエムには似つかわしくないかもしれませんが、この曲には合っていたような。コーラスも、すごく上手かったわけではありませんが、熱のこもった迫力はありました。一方、終盤だけ出番のあるテナーのトビー・スペンス君は、歌い出しこそ「おっ」と思いましたが、高音が裏返り低音もタンがからんだように濁った苦しい展開に終始し、出番まで長く待ちくたびれたのか、出来は今一つでした。

それにしてもこの長大な曲は、最後は終りそうで終らず、引っ張り過ぎです。演奏は最後まで集中力が切れなかったと思いますが、禅問答のような展開は正直退屈です。しかしまあ、内容の派手さではさらに上を行くヴェルディのレクイエムより、私はベルリオーズのほうが好きだなー。


横一列に並んだ16台のティンパニが圧巻です。


声援に応えるトビー君。

2012プロムス18:バレンボイム/WEDO:五輪開幕を告げる歓喜の歌2012/07/27 23:59


2012.07.27 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 18
Daniel Barenboim / West–Eastern Divan Orchestra
Anna Samuil (S), Waltraud Meier (Ms)
Michael König (T), René Pape (Bs)
National Youth Choir of Great Britain
1. Beethoven: Symphony No. 9 in D minor, 'Choral'

バレンボイム/WEDOのベートーヴェン・チクルス最終はもちろん「第九」でした。ロンドンオリンピック開会記念でもあるこのコンサートは開始時間が6時半と早く、交通機関の混乱は予測がつかないので、時間通り人が集まるのか不安でしたが、開演ギリギリで何とか客席は埋まっていました。コンマスのマイケル君は緊張したのか、まだ指揮者が登場しないのに楽団を立たせてしまって一度座り直すという段取りミスがあり、照れ隠しで大げさに頭を抱えていました。

前の2回はコーラス席でしたが今日は歌があるので正面のサークル席を取りました。アルバートホールはやっぱり残響が長過ぎて、ステージから遠いと何が何だかわからなくなってきます。さらには上がってきた熱気のおかげで空気が暑く、「暑がり」の私にはなかなか辛いものがありました。

踊るように陽気な7番、8番から一変して、今日はまたゴツゴツと古風な男らしいベートーヴェンに戻っていました。打てば響くようなオケではありませんが、暖かみと若いエネルギーが武器です。今日はコーラスも英国ナショナルユース合唱団の若者約200名という大所帯だったので、アラブ、イスラエル、英国というよく考えると微妙な取り合わせの若者達が仲良く「第九」を演奏するという図式になっていました。コーラスは男声の厚みが足らなかったので、大胆に人数を増やして欲しかったです。

歌手陣は、ルネ・パーペが期待通り張りのある良い声で、オペラチックな歌い方も彼なら許せるところですが、ちょっと音程の危ういところがあったのが残念でした。メゾソプラノのマイヤーもビッグネームですが、第九のこのパートはほとんど目立つところが無いのでどうしても割を食ってしまいますし、この人も何か喉が暖まり切ってない感じでピッチが低め。ソプラノのサムイルは一人ミュージカル歌手のようなキンキン声で浮いており、私の好みでもありませんでした。結局一番手堅かったのは急にキャンセルになった(理由不明)ペーター・ザイフェルトの代役で借り出されたミヒャエル・ケーニヒでした。この人、今年のバイロイトで刺青降板騒動のあった例の「さまよえるオランダ人」にもエリック役で出演しているんですね。

このように細かいところを見ていけば決して最良とは言えない演奏でしたが、祝典の賑わいとしては十二分に役目を果たすもので、楽しめました。「第九」1曲だけだったので、終ったらまだ夜の8時。突如降り出してきた大粒の雨に、今週はこんだけ天気が良かったのに開会式を狙い撃ちして降るとはさすがイギリスの天気、と感心してしまいました。


独唱は左からサムイル、マイヤー、ケーニヒ、パーペ。立ち位置はオケの後ろ、合唱の前でした。


このあとバレンボイムは、退場する楽団員一人一人に声をかけていっていました。

2012プロムス13:バレンボイム/WEDO:エレクトリック&ディスコ・ミュージック2012/07/24 23:59

2012.07.24 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 13
Daniel Barenboim / West–Eastern Divan Orchestra
Michael Barenboim (Vn-2), IRCAM (Live Electronics-2)
1. Beethoven: Symphony No. 8 in F major
2. Pierre Boulez: Anthèmes 2 (1997)
3. Beethoven: Symphony No. 7 in A major

前日に続き、ウエスト=イースタン・ディヴァン管のベートーヴェン・チクルス。オリンピックも近づいて、今日は観光バスで乗り付けた団体客が多かったようです(オリンピック観戦+BBCプロムス演奏会付きツアーでしょうかね)。

最初の第8番では、バレンボイムは昨日と比べてだいぶ大雑把で、団員の自発的なリズムに任せるかのような指揮でした。大げさなアゴーギグもなく、昨日のゴツゴツした進行とは打って変わって軽やかなベートーヴェン。今日もコーラス席からの鑑賞でしたが、後ろから見ていてあれっと思ったのはティンパニ。最初、昨日と違ってドイツ式(音の低いほうが右手)で叩いていたので違和感があったのですが、確かにこの曲のティンパニは古典期として画期的で、第1、第3楽章はFとC、第4楽章はFとオクターブ上のFでしかも高速で交互に二度打ちするという特殊な使い方をするので、なるほど第4楽章の演奏しやすさを優先して左からC、F、F(オクターブ上)という配置にしたのね、とすぐに納得。これはこれで器用な奏法ですが、ティンパニ君はそれで飽き足らず、終楽章では本来ないはずのCもいっぱい叩いていました。私は初めて見ましたが、合理的なので、こういう叩き方をする人は他にもいっぱいいそうです。


ティンパニ君は音が良く、なかなかよい奏者でした。

今回のチクルスはプログラムの埋め草にベートーベンの序曲や協奏曲を持ってくるのではなく、ベートーヴェンとは時代も作風も極端に違うブーレーズの作品を組み合わせているところがユニーク。今日は「アンセム2」というヴァイオリン独奏に電気的エフェクトをかけた曲で、従ってバレンボイムの指揮はなし。その代わりというわけでもないですが、演奏はWEDOのコンマス、マイケル・バレンボイム。ステージの前側に横一列に7つ並べた譜面台を端から順番に弾いて行くので、奏者の立ち位置で曲がどのくらい進んだか分かるのが便利です。ヴァイオリンと電子楽器の競演という曲でもなく、あくまで主役はヴァイオリンソロで、その音にエフェクトをかけて元の音に被せていくという趣向のようですが、曲自体はワケワカラン系でした。「アンセム2」という曲名はもちろん英語で言う「anthem」ですが、「anti+thematic」の意味もかけてあるそうで、また電気エフェクトの響き方には偶然性も絡んでいそうです。結構深い曲なのかも。


この立見の大観衆を目の前に一人で演奏するのは、緊張したでしょうね。

休憩後のメインは第7番。昨日から見ていてここまでのバレンボイムは、演奏開始前や楽章間にたっぷり時間を取って汗を拭っていたりしていましたが、第7番は登場するなり拍手も鳴り止まないうちにいきなり振り始めました。あからさまにギアチェンジです。やっぱり細かく拍を刻むのではなくおおらかな指揮でしたが、リズムはノリノリで、楽団員の若さが良い効果となって熱い演奏になっていました。バレンボイムはこの流れを止めまいと、楽章間の間合いをやめ、間髪入れず次に進みます。終楽章の前だけはハンカチでちょっと汗を拭いていましたが。この曲をディスコミュージックと呼んだのはグレン・グールドか、バーンスタインでしたっけ?飛び跳ねながら畳みかけるように終った後、聴衆は前日以上に興奮のるつぼ、異常な盛り上がりでした。


いつも丁寧に奏者を称えるバレンボイム。

2012プロムス12:バレンボイム/WEDO:田園の運命やいかに2012/07/23 23:59


2012.07.23 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 12
Daniel Barenboim / West–Eastern Divan Orchestra
Guy Eshed (Fl-2), Hassan Moataz El Molla (Vc-3)
1. Beethoven: Symphony No. 6 in F major, 'Pastoral'
2. Pierre Boulez: Mémoriale ('... explosante-fixe ...' Originel) (1985)
3. Pierre Boulez: Messagesquisse (1976)
4. Beethoven: Symphony No. 5 in C minor

バレンボイム/ウエスト=イースタン・ディヴァン管(WEDO)によるベートーヴェンの交響曲全曲演奏会は今年のプロムス最大の目玉で、チケットも早々に売り切れていました。週末からようやくやってきた夏らしい天気も手伝って、立ち見チケットを求めるプロマーの長い列が出来ておりました。場内に入るとおびただしい数のテレビカメラが。てっきり生中継かと思えば、放送は26日でした。

WEDOを聴くのは全く初めてです。一昨年のプロムスにも確か来ていましたが聴くチャンスがありませんでした。イスラエルとアラブ諸国の若い音楽家が集まった楽団というので学生オケのようなものを想像していたら、メンバーは意外とアダルト。確かに若いんですが、シモン・ボリバルほど若くもない。第1ヴァイオリン16、コントラバス8という弦の編成は昨今のベートーヴェン演奏ではむしろ少数派に属する大所帯で、その点はアマチュア楽団の様式が残っています。なお、コンマスはバレンボイムの息子、マイケル君。

地平線から輪郭のぼやけた朝日が徐々に顔を出すがごとく厳かに始まった「田園」は、暖かみのある木目調の音。まるでイスラエルフィルみたいに渋い弦の音に、彼の地の伝統を見た気がしました。ゆったりとビブラートをかけつつ、ゴツゴツとした肌触りで進む「田園」は、ピリオド系何するものぞという巨匠時代の残照。バレンボイムがフルトヴェングラーのコピーだという揶揄を時々聞くものの、私はその本家フルトヴェングラーの演奏はほとんど聴いたことがないので判断できませんが、この大時代的なベートーヴェンを目の当たりにして、言われていることは確かに分かる気がします。

続くブーレーズの「メモリアル」は独奏フルートにヴァイオリン3、ヴィオラ2、チェロ1、ホルン2という編成の室内楽。バレンボイムの指揮付きでした。私はこの手の音楽の理屈は未だによくわからないので感覚的に聴くしかないのですが、テイストはまさに20世紀のゲンダイオンガク、21世紀にはすでに絶滅してしまったような音楽に思えました。

プログラムではここで休憩となっていたのでいち早くトイレに行って用を足していたら、「まだ休憩ではありません、席に戻ってください」というアナウンスが聞こえたので慌てて席に戻りました。次も短い曲なので先にやってからインターバルにするということにいつの間にか変わっていたみたいなのですが、周知徹底されておらず(私も知らなかった)、すでに会場の外に出ている人、バーに並んでいる人などが多数いて、この曲だけ客席に空席が目立ちました。これはマネージメントの不手際でしょう。奏者は気の毒です。

同じくブーレーズの「メサジェスキス」は独奏チェロと6人のチェロ奏者というチェロづくしの編成。これもバレンボイムの指揮があり、チェロアンサンブルというモノクロームな楽器の特質のおかげか、さっきの曲よりは直情的で、エネルギーの噴出が直に伝わってくる曲でした。難解な曲ながらもチェロソロの活躍が聴衆の心をつかみ、やんやの喝采を浴びていました。

メインの「運命」は、過去に演奏会で聴いた記憶が、どうしても思い出せません。ゼロということはないと思うのですが、プロの演奏では多分聴いてないと思います。あまりに通俗的すぎてプロオケのプログラムには意外と取り上げられませんし、自分もあえてこれを目的に足を運ぶこともなかったので。中1の4月、部活を選ぶのに友達に誘われて何の気なしに見学に行ったオーケストラ部で、ちょうど先輩達が総練していたこの「運命」が、まさにその後の自分の運命を決めたのだから、自分に取って特別な曲ではあるのです。

ジャジャジャジャーーンと、まさに大見得を切るように始まった「運命」。巨匠時代風とは言え、カラヤンのようにスポーティに走り抜く筋肉質な演奏とは全く違って、あくまでゴツゴツとぎこちなく泥臭い進行です。正直、決して上手いオケとは言えず、応答が鈍くて崩壊しかけた箇所も実際ありましたが、ホルンとヴィオラが相対的にしっかりとして中盤を固めているので、全体の音は一本筋が通って引き締まっています。これもある意味、古き良き時代の遺産的「運命」なのかもしれません。バレンボイムとWEDO、なかなかアツい奴らです。


2012プロムス04:ジョン・アダムズと英米ヤングアーティストたち2012/07/16 23:59


2012.07.16 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 4
John Adams / Juilliard Orchestra + Orchestra of the Royal Academy of Music
Imogen Cooper (P-2)
1. Respighi: Roman Festivals
2. Ravel: Piano Concerto in G major
3. John Adams: City Noir (2009)

今年もまたBBCプロムスの季節がやってきました。私自身の今年の開幕は、ジュリアード音楽院と英国王立音楽院(RCM:ロイヤルカレッジではなく、RAM:ロイヤルアカデミーのほう)のジョイント学生オケ。このチケットはひとえに「ローマの祭」を聴きたいがために買いました。「ローマの祭」は昔から大好きな曲なのですが「松」「噴水」に比べると実演に接する機会が少なく、記憶をたどると10数年前に新婚旅行のウィーンで聴いたのと(ムーティ/スカラ座管)、その前だと約30年前に京大オケ(指揮は山田一雄だったかと)で聴いたくらいで、生演にたいへん渇望している曲であります。

ジョイントオケだけあって人が多いです。誰がジュリアードで誰がRAMかは区別がつきませんが、男女共たくさんいた東洋系の若者はおそらくほとんどジュリアードで、しかも顔つきから見て日系じゃなく中国系か韓国系でしょう。実際ジュリアード側のコンマスは(後ほどBBC Radio 3の中継で聴いたところによると)韓国系の麗しき女性でした。ちなみにRAM側のコンマスは白人のメガネっ娘美人。この二人が椅子を並べている指揮者の左横に、ほとんど目が釘付けになってしまいました(爆)。

待望の「ローマの祭」は元々が大編成の祝祭的な曲なので、人海戦術が功を奏して祝賀的雰囲気はよく出ていました。ジョン・アダムズは自作以外でどのくらい指揮の実績があるのか知りませんが、大げさにテンポを揺らしてベタベタに仰々しい音楽を作る人のようです。学生オケだししかも慣れないジョイントオケなので反応はあまり良くなく、管楽器のソロも褒められたのはクラリネットくらいで、あとはまだまだって感じでした。ホルンは音を聴くとなかなか良い音を出しているんですけど、ソロは苦手な様子。LSOあたりで、参りましたーとひれ伏すくらい圧巻な「ローマの祭」を一度は聴いてみたいものですけど、そんなチャンスはなかなかありませんなー。

続いてオケは編成をぐっと減らし、イモゲン・クーパーを迎えてのラヴェルのピアノコンチェルト。クーパーは軽くて音の粒が異常に均質化されたシーケンサーのようなピアノでしたが、そのわりには最初ミスタッチが目立ってハラハラしました。第2楽章もある意味珍しいくらいに四角四面の杓子定規なピアノで、面白みを一切感じませんでした。クーパーは2005年にブダペストで一度聴いていますが、そのときの備忘録を読み返すとクーパーのピアノに関してほとんど同じ感想が書かれていて、笑いました。そりゃそうだ、プロとしてポジションを確立している人がそうコロコロとスタイルを変えるはずもないです。小編成の学生オケは、もちろん名門校だから技量的に問題はないんですが(トランペットなどは大したものでした)、各奏者の音の線はまだまだ細く、やけに静かなラヴェルになっていました。

休憩後のメインはアダムズの比較的新しい管弦楽作品「シティ・ノワール」。再び大編成のオケにサックスとジャズドラムが加わり、大都会の退廃とエネルギーをジャズやアフリカンリズムを取り入れながら表現した曲で、作曲の文法は至って古典的、雰囲気はまるで映画音楽のようでした。ジュリアードのような学校の学生オケならば、クラシックの人が片手間にやっているのではない、キレキレのソロを吹くサックスが混じっていてもおかしくないなと勝手に期待していましたが、現実はそんなことはなく。ドラムスも、いやいややってます感がありあり。まあしかし全体としては、まだ評価の定まらぬ新曲にひたむきに取り組む音楽家の卵達は初々しく、応援のエールを惜しみなく送ってしまった夜でした。


ソリスト、指揮者もそっちのけでコンマス追っかけるのに必死です(笑)。


ピンボケ悲しいですが、私の機材ではこれが限界。それにしても全くタイプの違うビューティーコンミスが揃って、目の保養になりました。

PROMS 2012 ブッキング2012/05/12 10:00


今年は今日の朝9時からブッキング開始でした。例年通りProms Plannerで先にリストアップしておき、サイトに繋がったら一気に購入します。今年は9時6分ごろやっとWaiting Roomに入ることができ、すでに1450人待ち。昨年は820人待ちだったから、今年はちょいと出遅れました。それでも9時40分にはサイトに入れて、ピックアップした9演奏会のチケットをほぼ希望通りにゲットし、53分に無事脱出。ほっ。

PROMSも立見じゃなければけっこう安くなくて、家族で出かける分もあるので、今年は目玉の演奏会がそんなになかったはずなのに、気付けば去年よりもだいぶ多く出費してしまいました。ともあれ、運が良ければ皆様また会場でお会いしましょう。