フレンチバレエの系譜、ロト/都響の「ダフニスとクロエ」ほか2020/02/03 23:59

2020.02.03 東京文化会館 大ホール (東京)
François-Xavier Roth / 東京都交響楽団
栗友会合唱団
1. ラモー: オペラ=バレ『優雅なインドの国々』組曲
2. ルベル: バレエ音楽《四大元素》
3. ラヴェル: バレエ音楽《ダフニスとクロエ》(全曲)

ロトは2000年のドナテッラ・フリック指揮者コンクール優勝者としてLSOとは関係が深く、自分がロンドンにいたころも何度かLSOに登場していましたが、当時は自分の中で優先度が低かったので、指揮者狙いでチケットを買う対象ではありませんでした。備忘録に書いてなければすっかり忘れていたところですが、2010年4月にプレヴィン/LSOで「アルプス交響曲」をやる演奏会のチケットをワクワクでゲットするも、あいにくプレヴィンが病気でキャンセル、代役に立ったロトは演目を「新世界」に変えてしまったのでチケットをリターンした、というニアミスはありました。それから10年しか経ってませんが、レ・シエクルの成功でロトはすっかり巨匠の風格です。実際、初めて目にする生ロト、年輪の刻まれたその顔は、まだ40代とは到底思えません。世代的にはキリル・ペトレンコ、ステファン・ドヌーヴと同世代ですが、ふーむ、老け顔具合はそんなに変わらんか・・・。

前半はバロック時代のフランスの作品。どちらも全く知らない曲です。バロックというとバッハとかヴィヴァルディの理知的に整ったイメージしか頭に浮かばなかった私からすると、両曲とも意外とアバンギャルド。ラモーは打楽器賑やかで、バロックトランペットも痛快な明るい曲。リュートみたいなのとギターを持ち替えている奏者がいたり、よくわからない手作りっぽい楽器も見えて、彩り豊かで飽きさせませんでした。一方のルベルは、これまた予想を裏切る、まさかの大不協和音から始まり、ロマンチックに展開する意味深な曲。どちらもバレエっぽいなと思ってあらためてプログラムを開いてみると、やっぱりバレエ曲。なるほど今日はフレンチバレエの系譜を垣間見る趣向なのだなと今更ながら気づきました。

メインの「ダフクロ」は、全曲通しで聴くのは超久しぶり。この曲はやっぱりコーラスが入って初めて音響が完成するのだなとあらためて気付かされます。フルートは寺本さんじゃなかったのは残念ですが、まあでもとても上手かったです。全体的にハイレベルで鳴っていた中、近年の都響はどうにもホルンがガンですが、それはさておき。都響を振るのは2回目というロトですが、さすがカリスマ、全く自分の手中で転がして、エゲツないくらいのキレキレリズムでガンガン攻めてきます。ちょっとラヴェルらしからぬこのエグさは、前半のバロックバレエと呼応しているのかなと思いました。個性的なダフクロでしたが、全体を通しては納得感のある演奏会でした。

都響/ギルバート:迫力のハンマー3発、マーラー「悲劇的」2019/12/14 23:59

2019.12.14 サントリーホール (東京)
Alan Gilbert / 東京都交響楽団
1. マーラー: 交響曲第6番 イ短調《悲劇的》

マーラー6番はかつてはほぼ毎年のように聴いていた気がしますが、最近はご無沙汰で、3年前の山田和樹の全交響曲演奏会(3年がかりでしたが)以来です。今年からNDRエルプフィルの首席に就任したアラン・ギルバートは、昨年から都響の首席客演指揮者の契約もしております。前回聴いたのは2012年でNYPとのマーラー9番他でしたが、当時の備忘録を読み返すと、奇を衒わず自然な流れに任せる部分と、繊細に細部を作り込む部分が混在した、説得力あるマーラーの音楽作りが特徴でした。今回も印象はまさにその通りで、ただ流すだけでなく、明確にストーリーがある没入型マーラー。ただし繊細なオケのコントロールという点ではオケの限界はあったようで、特にホルンは息切れが激しく、前回聴いたブル9と同じくもう少し安定感が欲しいところ。

中間楽章の曲順はアンダンテ→スケルツォ。終楽章のハンマーは、3回目を初演時の正しい箇所で叩いたのがちょっと意外(が、プログラムにはすでに3回叩く旨が書いてありました…)。ハンマー奏者が見えない席でしたが、ガツンと非常によく聴こえました。エンディングのトゥッティは今まで聴いた中でもダントツにビシッと揃っていて、溜飲を下げました。

2003年以降の記録で、マーラー6番は11回聴いていますが、うちハンマーを3回叩いたのは2人目です(もう一人はインキネン)。中間楽章の順は、指揮者別で言うと、「アンダンテが先」派が4人、「スケルツォが先」派が6人と、若干「スケルツォが先」に分があるようです。

参考:マーラー交響曲第6番演奏会記録
演奏者 第2楽章 ハンマー
2019 ギルバート/都響 アンダンテ 3回
2016 山田/日フィル スケルツォ 2回
2014 インキネン/日フィル スケルツォ 3回
2012 シャイー/ゲヴァントハウス アンダンテ 2回
2011 ビシュコフ/BBC響 スケルツォ 2回
2011 マゼール/フィルハーモニア スケルツォ 2回
2011 ビエロフラーヴェク/BBC響 アンダンテ 2回
2011 ヴィルトナー/ロンドンフィル スケルツォ 2回
2009 ハーディング/ロンドン響 アンダンテ 2回
2008 ハーディング/東フィル アンダンテ 2回
2004 ハイティンク/ロンドン響 スケルツォ 2回

2019年は結局演奏会5回に止まり、充実とは程遠い音楽ライフでした。来年はもうちょっとがんばりたいと思います。

都響/大野和士/エーベルレ(vn):ベルクとブルックナーの遺作を並べる2019/09/03 23:59

2019.09.03 東京文化会館 大ホール (東京)
大野和士 / 東京都交響楽団
Veronika Eberle (violin-1)
1. ベルク: ヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》
2. ブルックナー: 交響曲第9番 ニ短調 WAB109(ノヴァーク版)

ブル9も最近聴いてないなーと思い(調べると5年ぶり)、気まぐれで買ってみたチケット。寝不足で体調も悪く、ちょっと演奏会にはきつい身体だったかも。

2003年以降に聴きに行った演奏会は演目を全部リスト化していますが、ざっと眺めて、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンのいわゆる「新ウィーン楽派」が極端に少ないことに気づきました。特にベルクは過去に「室内交響曲」1曲のみという体たらく。決して嫌いというわけでもないんですが、無意識に避けてきたんでしょうかね。ベルクの代表作であるヴァイオリン協奏曲も、実は聴くのはほとんど初めて。今さら指摘することでもないでしょうが、音列技法の作法に従い無調の仮面をかぶってはいるものの、不協和音は少なく、むしろ調性と調和を感じさせる不思議な曲です。ヴァイオリンのエーベルレは名前からして知らない人でしたが、30歳の若さで容姿淡麗、ヴァイオリンはさらに輪をかけて美しいという恵まれた資質の持ち主。1曲だけではもちろんよくわかりませんが、ベルク向きなのは確かでした。それを下支えするオケは、金管の弱音が不安定すぎるのが玉に瑕だったものの、ひたすら静かに、控えめに伴奏。

メインのブル9は最初から弱音欠如型。音圧だけはやたらとある演奏でしたが、引っかかりがなく、大野さんのこだわりポイントが見えてこない。第2楽章になると、今度は一転してスペクタクル感が強くなり、オケが鳴りまくってます。第3楽章も音大き過ぎで、全体的にメリハリがない。終わってみて「うるさかった」という印象しか残らなかったのは、自分の体調のせいだけでもないでしょう。ブルックナーをやるときは、もっとダイナミックレンジを広く取り、特に金管の弱音を磨いてほしい(もちろん強奏の馬力も必須ですが)、と思いました。これはインバル先生のときにはあまり感じなかったことですので、都響ならできるはず。

都響/ペレス:バレエ・リュスの傑作、「ペトルーシュカ」と「三角帽子」2019/06/08 23:59

2019.06.08 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
Arejo Pérez / 東京都交響楽団
長尾洋史 (piano-1)
加藤のぞみ (mezzo-soprano-2)
1. ストラヴィンスキー: バレエ音楽《ペトルーシュカ》(1947年版)
2. ファリャ: バレエ音楽《三角帽子》(全曲)

バレエ・リュス繋がりの、私の大好物2曲。「三角帽子」は最近よく演目で目にするので、ファリャの何かの記念イヤーかなと思ったのですが、特にそういうものはなく、強いて言うなら「三角帽子」バレエの初演から100年後が今年でした。今回が都響初登場のアレホ・ペレスはアルゼンチン出身ですが、ファリャが晩年にフランコ政権を避けて亡命した先はアルゼンチン。また、ストラヴィンスキーとファリャはパリの芸術家サークル「アパッシュ」のメンバーとして親交があった、というようなところも加味して組まれたプログラムでしょうかね。

「ペトルーシュカ」の1947年版は、3管編成で軽くした分、より頻繁に演奏されるべきバージョンなのですが、昨今は原点主義が主流になっているためか、私の実体験で、4管編成の1911年版がプログラムに乗ることが多いように思います。ということで実は貴重な1947年版体験なのですが、まず冒頭から音量の加減なし。バランスが悪いというか、繊細なこだわりなしの開始にちょっと不安。初登場のハンデからか、縦線が甘く、思うようにリズムが作れていない気がしました。あまり得意レパートリーではないのかも。盛り上がりに欠けたまま淡々と進み、最後はコンサートエンディングで、ペトルーシュカは死なないで華やかな中に終わったので、全体として欲求不満。そういえば前回ペトルーシュカを聴いたのも(7年前のビエロフラーヴェク/チェコフィル)1947年版のこのエンディングだったのを思い出しました。レコードで聴く限り、1947年版といえどもカットなしで最後まで演奏するのが普通と思い込んでいたので、上演上の慣習なのかもしれません。

「三角帽子」は、前半とは打って変わり、旋律の歌わせ方が手慣れていて、こっちのほうが絶対おハコです。ステージ後方に位置した独唱は、スペイン在住のメゾソプラノ、加藤のぞみさん。出番は少ないものの、情緒ある熱唱がいっそう華を添えていました。ん、さっきのピアノの人が、今度はうしろでピアノを弾いている…。指揮者がノっているうえに、都響の木管は上手い人が揃っているので、安心して聴いていられます。お名前はわからないですが、ホルンに新顔の美人すぎる奏者(浜辺美波似)を発見したので、途中から視線はもっぱらそっちに。そうこうしているうちにあっという間に、私の大好きな終曲。アチェレランドで追い込んでいくのが小気味よかったです。欲を言えば、一番最後のブレークではスネアドラムにカスタネットを重ねて欲しかった。

短いコンサートでしたが、アンコールなしであっさり閉演。さてアレホ君、爪痕をどのくらい残したかは微妙。次の登場はいつだろうか…。

インバル/都響:完成された「未完成」と「悲愴」@ミューザ川崎2018/03/31 23:59



2018.03.31 ミューザ川崎シンフォニーホール (川崎)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
1. シューベルト: 交響曲第7(8)番 ロ短調 D759 《未完成》
2. チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 Op.74 《悲愴》

怒涛のインバル第3弾の最終回は、個人的には自分自身も川崎勤務から離れる最終日に、ミューザ川崎という恰好のお膳立て。今回のインバル3連発はどの曲もそうでしたが、未完成、悲愴ともに聴くのは久しぶりで、未完成は2009年のハイティンク、悲愴は2012年のゲルギエフ、いずれもロンドン響で聴いて以来の超久々です。

未完成は昔からどうも苦手な曲で、好んで聴きに行くことは絶対にありませんので、こういう風におまけ的に聴くことがあるくらいです。苦手な理由は、この曲がまさに「未完成」であることが一つの要因と思います。この後、終楽章あたりで壮大なカタルシスが待っている展開であれば、退屈な前半も捉え方が全然変わってきて、まだ我慢ができるのかもしれませんが、ここで終わってしまうと「え、本当にこれだけ?」と。自分の中の「興味なし箱」の奥底に入れてしまい今に至る、という感じです。そんな程度の関心しかないので、花粉症の薬でぼーっとしていたこともあり、あー今日も重厚に始まったなーと思っているうちに、気がつけば終わっていました。

気を取り直してメインの「悲愴」。昔部活で演奏したことがあり、細部まで一応今でも頭と身体が覚えています。インバルはあまりチャイコフスキーというイメージがありませんが、やはり低弦をきかせ、金管を鳴らしまくるた派手な音作りではあったものの、感傷を極力抑えた理知的な演奏でした。いくつかタメるところを決めて、逆にそれ以外はインテンポで走り抜けるという、インバルならではのメリハリの作り方で、なおかつそのタメる箇所が独特なのが、インバルの個性になっています。第3楽章もオケを相当に鳴らしまくって盛り上がり、おかげで楽章エンドで数人が拍手、しかも一人はブラヴォー付きというオチまで付きました。日本人が、本当につい思わず「ブラヴォー」と叫んでしまう局面って、人生で数回あるかないかだと思うので、その人はよっぽど感動したのでしょうね。ただ、オペラはともかく、悲愴のようなシンフォニーでこれをやられると、その後の緊張感がずいぶん削がれていやな気分が残るので、ブラヴォー言いたいだけの人はもっと場所を選んで出かけて欲しいと、個人的には思います。

おまけ。満開のピークを過ぎた、線路沿いの桜。


インバル/都響/タロー(p):タローのメローなショスタコと、壮大なる「幻想交響曲」2018/03/26 23:59

2018.03.26 サントリーホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
Alexandre Tharaud (piano-1)
1. ショスタコーヴィチ: ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 Op.102
2. ベルリオーズ: 幻想交響曲 Op.14

怒涛のインバル第2弾。まず1曲目のショスタコは、ディズニーの「ファンタジア2000」で使われ、知名度が一気に上がった曲です。前に聴いたのはちょうど8年前、カドガンホールのロイヤルフィル演奏会でした。このときはこの曲を献呈された息子マキシムが指揮の予定が、病気でキャンセルになり残念だったのを覚えています(というか演奏はよく覚えていない…)。

まず何より驚いたのは、タローがiPadを譜面として使用していたこと。私もご多分にもれず、IMSLPからパブリックドメインのPDFスコアを大量にダウンロードし、iPadで眺めたりはしていますが、奏者が演奏用の譜面として使うのは初めて見ました。確かに合理的な利用法ですが、譜めくりはどうするんだろうと。オペラグラスで注視していたところ、ジャストのタイミングで譜面が素早くめくれていってました。タローが自分で操作しているようには見えませんでしたが、果たして舞台袖から譜めくりサポートの人が遠隔操作できるのか?Bluetoothは、まあ仕様上舞台袖でも距離は届くのかもしれませんが、いろいろと事故が起こりそうで、私なら怖いから真横に座って操作してもらいます。後で調べてみたら、譜面として使用するためのiPadアプリは以前からあり、首の動き等で演奏者が自分で譜めくりもできるそうです。とは言え、タローがいちいち首をかしげていたようにも見えなかったので、よっぽど微妙な動作で譜めくりができるとなると、やっぱりめくれないとかめくり過ぎとかの事故が怖いなあと。

ということで、正直、演奏内容よりもiPadの操作のほうに注意が行ってしまったのですが、初めて聴くタローは、思ったより小柄で細身。年齢よりずっと若く見えます。いかにもショパンなんかをさらさらと弾きそうな感じで、パワー系とは真逆のタイプに見え、よく鳴っていたオケに押される局面もありましたが、終始マイペース。オケに引きずられることもなく軽快に弾き抜き、第1楽章などはむしろアチェレランドを自ら仕掛けたりもしてました。第2楽章はショスタコらしからぬメロウな音楽で、コミカルな第1、第3楽章との対比が面白いのですが、よほど好きで自信があるのか、アンコールはこの第2楽章を再度演奏していました。

あと気になったのは、インバルの指揮台が正面ではなく左向きに角度を付けてあって、見据える先はホルン。この日は確かにホルンが全体的にイマイチで、迫力に欠けるし、音は割れるし、音程も危うく、足を引っ張っていました。他のパートも顔を見るとトップの人が軒並みお休みのようで、「若手チャレンジ」のような様相でした。

「幻想」も久しぶりだなと思って記録を辿ると、前回は6年前、ドヴォルザークホールで聴いたインバル/チェコフィルでした。前はざっくりとした印象しか残っていないのですが、小技に走らず、大きなメリハリのつけ方を熟知している正統派の名演だという感想は、今回もほぼ同じでした。チェコフィルの滋味あふれる音色とは比べられませんが、オケの鳴りっぷりと重厚な低音は都響が勝っていました。遠くから聞こえる(はずの)オーボエと鐘がけっこう近かった他は、何一つ変わったことはやっていませんが、いつの間にか引き込まれてしまう、嘘ごまかしのない正面突破の演奏でした。

インバル/都響:3連発の第1弾は、怒涛の「レニングラード」2018/03/20 23:59

2018.03.20 東京文化会館 大ホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
1. ショスタコーヴィチ: 交響曲第7番 ハ長調 Op.60 《レニングラード》

3月後半は怒涛のインバル3連発です。まず最初は、久しぶりの文化会館で、ショスタコの大作「レニングラード」。生演は2012年にロンドン・フィルとロシア・ナショナル管の合同コンサート(指揮は昨秋初来日したユロフスキ)で聴いて以来の、6年ぶりです。

花粉症ピークのこの季節、自分自身の体調も正直最悪に近かったのですが、ほぼ満員の聴衆は、何と静かなことよ。やはり、他ならぬインバル/都響のレニングラードだから足を運んでいる人が多いようです。そしてその期待どおり、音の厚み、バランスと音程のコントロール、どこを取っても申し分なしの一流の演奏でした。都響のインバル・マジックとでも言うのか、実際ここまで着いてきてくれるオケに対して、インバルも満足だったことでしょう。演奏解釈は後半に重点を置く戦略で、有名な第1楽章などはけっこう軽やかに高速で駆け抜け、空虚にオケを鳴らしまくっていましたが、第3楽章の彫りの深い表現との対比がたいへん効果的でした。終楽章の最後までへばることなく音を出しきり、薄っぺらさから濃密さへの変化をきっちりと付け切る、メリハリの効いた演奏には感心するするばかりでした。このテンションで、もう82歳になってしまった巨匠インバルの身体がもつのだろうかと、ちょっと心配です。

小泉/都響/イブラギモヴァ(vn):とっても個性的なバルトークと、とっても普通のフランク2017/10/24 23:59

2017.10.24 サントリーホール (東京)
小泉和裕 / 東京都交響楽団
Alina Ibragimova (vn-1)
1. バルトーク: ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112
2. フランク: 交響曲ニ短調

ロンドンでは結局1回しか聴けなかったアリーナ・イブラギモヴァ。そのアリーナが待望の来日、しかもバルトークの2番、これは聴き逃す手はありません。ふと振り返ると、昨年はバルトークの曲自体、1回も聴きに行けておらず、ヴァイオリン協奏曲第2番も一昨年のN響/サラステ(独奏はバラーティ)以来。

アリーナも日本でそこまでの集客力はないのか、もっと盛況かと思いきや、結構空席が目立っていました。田畑智子似のちょっと個性的なキューティは、三十路を超えても健在でした。さてバルトークの出だし、第一印象は「うわっ、雑」。音程が上ずっているし、音色も汚い。しかしどうやら狙ってやってるっぽい。この曲をことさらワイルドに弾こうとする人は多いですが、その中でも特に個性的な音楽作りです。ステレオタイプなわざとらしさは感じないし、不思議な説得力があるといえば、ある。ちょうど耳が慣れてきたところでの第1楽章のカデンツは絶品でした。繰り返し聴いてみたくなったのですが、録音がないのが残念。オケはホルンが足を引っ張っり気味で、小泉さんの指揮も棒立ちの棒振りで完全お仕事モード、どうにも面白みがない。ただし、終楽章は多分ソリストの意向だと思いますが、かなり舞踊性を強調した演奏で、オケもそれに引っ張られていい感じのノリが最後にようやく出ていました。エンディングは初稿版を採用していましたが、せっかくの見せ場なのにブラスに迫力がなく、アリーナはすでに弾くのをやめているし、物足りなさが残りました。どちらかというと私はヴァイオリンが最後まで弾き切る改訂版の方が好きです。

メインのフランク。好きな曲なんですが、最後に実演を聴いたのはもう11年も前の佐渡裕/パリ管でした。小泉さん、今度は暗譜で、さっきと全然違うしなやかな棒振り。ダイナミックレンジが広くない弱音欠如型でしたが、力まず、オルガンっぽい音の厚みがよく再現されている、普通に良い演奏でした。小泉和裕は、初めてではないと思いますが、ここ20年(もしかしたら30年)は聴いた記憶がありません。仕事は手堅いとは思いますが、やっぱり、小泉目当てで足を運ぶことは、多分この先もないなと感じます。

フルシャ/都響@ミューザ川崎:正統派「わが祖国」、後半が面白い2017/07/26 23:59

2017.07.26 ミューザ川崎シンフォニーホール (川崎)
Jakub Hrůša / 東京都交響楽団
1. スメタナ: 連作交響詩「わが祖国」(全曲)

今年も「フェスタサマーミューザ」の季節が到来し、貴重な平日夜の演奏会です。ほぼ満員で、客入りも上々。東京・横浜からの集客を考えると週末にブッキングしたいのはわかるのですが、毎度の満員御礼を見て、平日ニーズもそれなりにあるのは確実なので、東響さんも毎月とは言わんがちょっと考えてくれないかなと思います。

スメタナの代表作「わが祖国」を生で聴くのは、メジャー過ぎる「モルダウ」含め、多分初めてだと思います。要はそのくらい個人的興味の薄い曲でしたが、あらためて全曲通して聴いてみて、やっぱりこの曲は性に合わんなとの認識を再確認しました。あくまで個人的な感想であり、私の感覚などはどう見ても少数派であることは承知の上で言いますと、特に前半の3曲が退屈です。第1曲「高い城」冒頭のつかみも悪い。ハープのデュオは、そりゃー美しく幻想的とも言えなくはないですが、自分としてワクワク感は全くなく、これから始まる退屈な時間を予感させるものでしかない。続く「モルダウ」は、元々好きな曲ではない上に、どうしても手垢まみれ感満載で、素直に耳を傾けることができず、大概このあたりでギブアップ。「モルダウ」まで聴いたのだから、大体わかった、ハイ終了、でいいだろうと。休憩を挟んで気を取り直し、聴いてみた後半3曲は、円熟を感じるシンフォニックな作りで、なかなかカッコイイ曲であると気付けたのが今回の発見でした。レコードで聴くとき、最初から順番に聴こうとしてはいけなかったのですね。

チェコ人の若手スター、フルシャは、当然のように暗譜で臨みます。超定番のご当地モノとして研究し尽くしているとは思いますが、ある意味指揮者以上に手慣れているチェコのオケを振るときと異なり、バックグラウンドの全く違う日本のオケに短時間で解釈を叩き込むのは、さぞ難儀だろうと思います。前述のように個人的に馴染みの薄い曲ゆえ、解釈の微妙な特徴はよくわかりませんが、フルシャは見るからに正統派の中庸路線で、小細工なしにしっかりとオケを鳴らして起伏を作っていました。チェコフィルのような土着の渋味が出ないのは仕方ありませんが、都響の反応は良かったと思います。オーボエ、フルートを筆頭に、ソロも冴えていました。

インバル/都響:真夏の盛りに、熱い「大地の歌」2017/07/17 23:59

2017.07.17 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
Anna Larsson (contralto-2), Daniel Kirch (tenor-2)
1. マーラー: 交響詩「葬礼」
2. マーラー: 交響曲「大地の歌」

インバル/都響のマーラーは、2014年に9番と10番クック版を聴いて以来。どちらも素晴らしかったので、「遺作」交響曲シリーズとして期待は高まります。

まず1曲目は「復活」の第1楽章の原型である、交響詩「葬礼」。実演で聴けるのは貴重です。楽器編成とスコアの細部はいろいろと違うものの、曲想としてはほぼ同一と言ってよいでしょう。個人的には、「復活」のスコアで言うと練習番号15番(244小節目)からのテーマ再現部、弦の「ジャカジャカジャ」に続く、やけくそのような打楽器群の「グシャーン」という合の手がないのは寂しいです。コンミスが線細なのがちょっと気になったものの、全体的に弦のコントロールがきめ細かくて表現力に富み、都響の金管もインバルの指揮だと何故か穴がなく説得力のある音を出すから不思議です。

メインの「大地の歌」は、著名曲でありながらマーラーの中ではプログラムに載る頻度が相対的に低く、この曲だけ日本で生演を聴いていなかったので、帰国後のささやかなコンプリートが、これでまた一つかないました。ソリストはどちらも初めて聴く人でしたが、マーラー歌手として評判の高いらしいアンナ・ラーションは、エモーショナルかつ老獪な、期待を裏切らない完成度。一方のちょっと若そうなテナーのダニエル・キルヒは、最初から飛ばし気味で駆け引き無縁のストレートな熱唱を聴かせてくれましたが、案の定、張り切り過ぎで途中で息切れしていました。

インバルのリードはいつも通り説得力があり、流れは澱みなく、奏者の息もよく合っているので、全体的に引き締まった印象でした。その分壮大なスケール感には欠けていたかもしれませんが、爆演が似合う曲でも元々ないだろうし。ソロではオーボエとホルンが特に良かったです。インバル/都響は、今後もインバルが来日してくれる限り、できるだけライブを聴きに行きたいと思いました。