世界が先に驚いた、永青文庫「春画展」2015/10/16 23:59


永青文庫「春画展」ホームページ http://www.eiseibunko.com/shunga/

大英博物館の春画展から2年を経て、ようやく本国日本でも、おそらく史上初めての本格的な春画展が開催されております。大英博物館の展示会を見れなかったのは、2年前にロンドンから帰国した際の最大の心残りでしたので、もちろん、喜び勇んで永青文庫に馳せ参じましたとも。

会場となった永青文庫は、普段は細川家が保有する美術品、工芸品や歴史資料を一般公開しているそうで、この春画展が始まるまでは存在すら知りませんでした。目白の閑静な住宅地域の中にあって、ホテル椿山荘の近くですが、けっこう行きにくい場所です。地下鉄の駅から徒歩で行こうとすると登り坂がキツいので、JR目白駅からバスで行くのがよいでしょう。

期間は9月19日から12月23日までで、全体を4期に分け、各々で展示物が変わります。133点の作品リストと各作品の展示時期はHPで確認できます。大英博物館の春画展が300点以上ということだったので規模としては半分くらいですか。展示室は実質狭い3部屋ぽっきりで、予想以上にこじんまりとしたものでした。平日の夕方だったので、混み具合はそれほどでもなく。客層は以外と若い女性が多かったです。

私も実は書物以外で春画を見るのは初めてで、一つ一つがたいへん興味深いものでした。どの作品も描き込みが細かくて、じっくり見ようとするとついガラスケースに額をぶつけてしまって、実際ガラスにはそんな跡が無数に付いていました。単眼鏡で拡大しながら鑑賞している人も多数おりました。

西洋絵画に出てくるナイスバディの理想的男女とは違い、市井の人のある意味リアルな裸身描写と、それでありながら性器だけは様式化された漫画的表現で、ありえないくらい巨大だったりして、深読みせず、まずは単純にユーモアを面白がりました。北斎の版画にびっしりと書き込んである字は、よく見るとたわいもない擬態語、擬音語だったりして、そのおマヌケ感には脱力します。本当は一つ一つをもっと隅から隅までじっくり眺めていたかったのですが、やっぱり周囲の目線もちょっと気になりまして(笑)、ほどほどのところで次の絵に移ると、あっという間に見終わってしまいました。

図録は表紙、背表紙が一切なく、帯を外せばそれが本であるとも思わないくらい変わった装丁でした。まあ、日本では春画をポルノグラフィと見なして雑誌広告にまでクレームをつけたりする人が後を絶ちませんので、配慮をしたのでしょう。ギフトショップで大英博物館のほうの図録がリーズナブルな値段で売っていないかな(売ってたら買おう)と期待したのですが、なんと、元々40ポンドくらいのはずの図録が2万7千円というぼったくり価格だったので見送りました。なお、展示室、ギフトショップも含めて18歳未満は入場禁止でしたが、それはまあ、仕方ないかな。

一度に展示してあるのは作品リストのうち半数くらいなので、あと1回はリピートしようと思っています。


手前が図録です。600ページ超で4000円也、充実した内容と思います。

ナショナル・ギャラリー 英国の至宝2015/02/14 23:59

守屋さんのブログでちらっと紹介されていたのを見て気になっていたのですが、先日ふらっと見てまいりました。

渋谷文化村の「ル・シネマ」は128〜152席の小さな映画館ですが、それでもぎっしり満員御礼だったのにはちょっと驚きました。上映時間をよくチェックしないで、せいぜい2時間くらいだろうと思っていたら3時間以上の長さで、その後予定が入っていたので最後の方は内心かなり焦りながら見ていました。

タイトルの通り英国が世界に誇る美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーに関するドキュメンタリーで、ダ・ヴィンチ展、ターナー展、ティッツィアーノ・メタモルフォーシスといった、ちょうど私が住んでいたころやってた企画展の様子が時系列で挿入され、たいへん懐かしかったです。とはいえこのドキュメンタリー映画がフォーカスするのはギャラリーのコレクションではなく、そこで働くスタッフです。数多く挿入されるツアーガイド、カルチャースクール、学生の課外授業などのシーンで、学芸員が情熱的に語りかけるウンチクの数々はどれも奥深くて「へぇ〜」と感心するばかりで、芸術的好奇心を満たしてくれるものですが、話の内容もさることながら、仕事に没入する学芸員それぞれの人間味こそがこの映画の主役であると感じました。

ロンドンに住んでいても普段見ることができない裏方シーンも興味深いものばかりで、額装へのこだわりとか、途方もない時間と労力をかけた修復がわずか15分で落とせる(原状復帰できる)作りになっているとか、トラファルガー広場のチャリティイベントに協力すべきかどうかというスタッフ会議の議論も面白かったです。トラファルガー広場は頻繁にイベントをやっていたので、その度にギャラリー正面入口へのアクセスが制限され、実は(イベントによっては)いい迷惑だったわけですね。

巨匠フレデリック・ワイズマンの映画を見るのは多分初めてですが、BGMもナレーションもなく、ただリアルの断片を紡いでいくぶっきらぼうな作りは、正直気持ちが乗り切れませんでした。断片は各々面白いんだけど、どうせ「オチ」はないなと分かった後は、その長さに途中からちょっとうんざりしてしまいました。1本のわかりやすいテーマがわかりやすく通ってくれた方がすんなりと身体に入ってくるんでしょうけど、もちろん、そんなハリウッド的映画作りに背を向けている監督なんですよね。繰り返し見れば、その度に新しい発見がありそうな映画です。

東京は3月6日までの公開です。その他の地域は映画の公式ページでご確認ください。
http://www.cetera.co.jp/treasure/

下は2012年のお正月、ダ・ヴィンチ展のときの写真です。



行動展&チューリヒ美術館展2014/10/14 22:00

帰国以来、美術館に行ってないわけじゃないんですが、だいたいいつも演奏会の備忘録で手一杯なのでブログを書くチャンスを逃しています。この「行動展」も東京は2週間以上前に終わってしまいましたので悪しからず。


古い友人に招待状をもらい、見に行ってみました。彼がアーティストとして生き様を貫いているのは聞いていながら、こちらも故郷を離れて長く、このところ何年も海外に出ていたため最近の絵を見る機会がなく、ようやくじっくりと鑑賞できました。かんとくさんが詳細にレビューを書いてくださっているので私のほうで付け加えることはあまりないのですが、全展示品の中でも群を抜いてユニークだったものの一つ、とは確実に言えそうです。この「心細やかな、全編悪ふざけ」は、彼の人柄が大いに反映されているなあと思いました。

この「行動展」は、戦後すぐに設立された行動美術協会というアーティスト団体が毎年主催する公募展示会で、今年が第69回。絵画主体ですが彫刻もあって、屋外展示までありました。絵画はどれも2メートル四方くらいの大作品ばかりで、作者の費やした時間と情念がキャンバスに溢れている力作ばかり。彫刻も絵画も、実にいろいろな作風の作品があって、それは決して尖った前衛ばかりではありません。全体的に洋画寄りの傾向で、ジャパニーズテイストを押し出したものは少ないように思いました。ざっくりとした印象としては、抽象的な作品はむしろわかりやすいというか、色彩は予定調和的で、デザインアートとしてすぐにお金になりそうなところを狙ったものが多く、作品世界に入って行く敷居はそんなに高くないと感じました。ただ、それを逆に言えば、私ごときの鑑賞者に、鮮烈な印象を植え付けるものがあまりなかったのは事実です。

ちょうど同じ時期に「オルセー美術館展」と「チューリヒ美術館展」をやってて、国立新美術館としてはたいへんな賑わいでした。時間が余ったのでどちらかを見て帰ろうと思い立ち、オルセーは何度も行ったから、大好きなモンドリアン目当てでチューリヒ美術館展のほうを覗いてみました。

モンドリアン「赤、青、黄のコンポジション」は、まさにアイコニックな作品で見れてよかったし、ココシュカ「プットーとウサギのいる静物画」、ベックマン「スケベニンゲンの海岸の散歩」など、印象深い作品にも始めて巡り会えて、なかなか充実した展示会でしたが、とりわけ、ふと目に留まったジャコメッティの抽象画「色彩のファンタジー」の強烈な印象に、しばし釘付けになってしまいました。


漫画チックなヒョロヒョロ彫刻専門の人と思っていたジャコメッティが、こんな絵も描いているとはつゆ知らず。描かれて100年経ってなお鮮烈なその色彩感覚は、さっきの「行動展」では残念ながら一切見えなかったものです(もちろん、ジャコメッティと比べんなや、とは出展者の人たちも思うでしょうが)。繊細にして大胆、無秩序のようで調和。病的なビジュアルイメージは、気安いパクリを否定します。歴史のふるいにかけられた本物のオーラを、あらためて感じたハシゴ酒ならぬハシゴ展示会でした。

東大醫學〜蘭方医学からドイツ近代医学へ2014/05/05 18:00


こんなギリギリでの紹介は罪作りかもしれませんが、東京駅丸の内南口前のJPタワー(東京中央郵便局)内のインターメディアテクにて行われている特別展示「東大醫學〜蘭方医学からドイツ近代医学へ」が予想外に面白かったので、今日家族を連れて再び見に行ってきました。

東大医学部に蓄積されている医学標本を展示しつつ近代日本の医学の歩みを紐解くような展示かと思いきや、もちろんそういう主旨もあるのですが、何よりその物量に驚かされます。解説はそこそこに、とにかくひたすらモノを見せ続けることで生まれる揺るぎない説得力。それに、一口に医学標本と言っても人間の所謂病理標本のようなものは意外と少なく、動物の骨格模型や剥製、昆虫の標本、さらには鉱物標本まで、何でもありの世界は、まるで自然史博物館のミニチュア版みたいです。最近学校で解剖実験をやった娘は、おびただしい数の魚やカエルの骨格標本を興味深そうに見入っておりました。

ちょっとグロ系もありますが、とにかく一見の価値ありです。こんなに面白く、家族でも楽しめる展示が、何と入場無料。5月11日までですので、ご興味ある人は急いでお出かけください。

クリムト・イヤーのウィーンの美術館2012/05/07 23:59


今年はクリムト生誕150年にあたる記念イヤーなので、ゆかりの地ウィーンでは数多くの特別展が開催されるようです。すでに終ったもの、これから始まるものなどいろいろですが、とりあえず旅行中にやってるものはと探して、まずはミュージアム・クォーターのレオポルド美術館へ。


「Klimt: Up Close and Personal」と題した特別展は、撮影禁止だったので写真は撮れませんでしたが、なかなか貴重なものでした。元々この美術館が所有している「死と生」をX線で分析すると下に若干異なる図案が隠されていたことがわかったので、その復元図であるとか、ウィーン大学の講堂のために書いたが戦争中に火災で焼失してしまった大作天井画「哲学」「医学」「法学」三部作の白黒写真を原寸大に引き延ばしたものが目を引き、圧巻はクリムトが旅行先から愛人のエミーリエ・フレーゲに送ったおびただしい数の絵葉書。エミーリエは自分が書いた手紙は死ぬ前に全て処分したそうなのですが、クリムトからもらった400点に及ぶ絵葉書が遺品から発見され、まとめて公開されるのは今回が初めてだそう。ロンドンからの絵葉書もあり、当時のピカデリー・サーカスの様子がわかります。多数の写真も展示され、クリムトの生涯と人物像に多面的に迫ります。

次は、道を渡って美術史美術館へゴー。すごく久しぶりです。



この美術館が所蔵しているのは主に中世から、せいぜい19世紀までの絵画ですが、ここにはクリムトが若い頃に手がけた装飾画があり、今年は至近距離からそれを鑑賞できるよう足場を組み、特別展(追加料金なし)として公開していました。元々は5月6日で終了する予定でしたが、好評につき、来年1月まで期間が延長されたそうです。


普段はこのくらいの高さにある絵なので、正直、よく見たことはありませんでした。



後の奔放な絵画作品と比べたら相当よそ行き顔で、拡張高い古典風の装いながら、女性のエロチックな雰囲気は、まさにクリムト、という感じです。ちなみに後で気付いたんですが、撮影禁止だったようです、すいません。

これだけでは何なので、常設展のほうも、もちろん一通り歩きました。


ルーベンス「メデューサの頭部」。これに勝るインパクトはなかなかありません。子供の頃、ジャガーバックスの「世界妖怪図鑑」で見たのが最初だと思うのですが、記憶が定かでなし。


フェルメール「絵画芸術の寓意」。以前は小部屋にさりげなく置いてあったと憶えているんですが、角の中部屋に移されて、ちゃんと目玉作品としての取り扱いを受けるようになりました。


美術史美術館はブリューゲルのコレクションも有名で、代表作「バベルの塔」。見たところ、ロデムもロプロスも出てこないようです。


「子供の遊び」はこれぞブリューゲル、という感じで、一つの絵にひたすら大人数が各々事細かに描き込まれています。これを何時間もかけて隅から隅までじっくり鑑賞したら、さぞ面白いでしょうけど、そこまでの余裕はなく。


この「ベツレヘムの嬰児虐殺」は昨年中野京子著「恐い絵」で読んだので、興味ありました。ピーテル・ブリューゲル(父)によるオリジナルの真筆はロンドンのハンプトンコートにあり、これは息子(ピーテル・ブリューゲル(子)と表記される人)による模写ですが、オリジナルは何者かによって子供の死体が犬や壷に、曇り空が青空に塗り変えられてしまったため、父の傑作の本来の姿を後世に伝える貴重な資料となっています。


これも「恐い絵」に取り上げられていた、コレッジョ「ガニュメデスの誘惑」。


同じモチーフをミケランジェロが描いた絵の模写(です、多分)。


異色の画家、アルチンボルドの作品もこの美術館の目玉です。これは連作「四季」の「夏」。


こちらは「冬」。哀愁を誘います。


面白いのは「四大元素」の「水」。海の幸で顔を作るくらい、彼の手にかかれば何でもなかったんでしょう。


ベラスケスの「マルガリータ王女」シリーズ。ここまで来ると、もう身体も頭も疲れてしまってます。


ここは絵画だけでなく、エジプトやギリシャ・ローマの美術品も多数展示しています。上はなんだかよくわからない壁画。


ギリシャ彫刻の首だけが並んで、ライトアップされているのは相当不気味でした。


ここのカフェはゴージャスな内装が人気ですが、日曜日のランチタイムは予約しとかないと、並ぶことすらできないようです。ランチタイムの終る3時に、ちょっと休憩。


懐かしいアイスカフェ。ハンガリーではJegeskaveと言いました。日本のアイスコーヒーとは全く違い、氷とアイスクリームに熱いコーヒーを注いで、ホイップクリームを乗せたものです。歩き疲れてバテバテの娘も、バナナパフェを食べてご満悦。

と、オチはありませんが、6年ぶりの美術史美術館を堪能した我々でした。

ウィーン旅行記2012(終)

ナショナル・ギャラリー:特別展「ミラノ宮廷画家のレオナルド・ダ・ヴィンチ」2012/01/04 23:59


噂の「レオナルド・ダ・ヴィンチ特別展」を家族揃って見てきました。守屋さんのブログで「前売りチケットが残り少ない」という情報を見なかったら、危うく買いそびれていたところです。感謝!>守屋さん

平日の16時30分からのスリップでしたので、閉館まで1時間半、特別展だけならまあ余裕だろうとたかをくくっていたら、とにかく人が多い!特に最初の2部屋の混み具合は異常で、むかし日本で見た「MoMA展」や「バーンズコレクション」などの超人気展覧会を思い出しました。順番を待って素描の一つ一つまでじっくり見ていたらとても最後までたどり着けないと思ったので、必見の油絵だけは何とか目に焼き付けて、あとは流しました。それでも2階の「最後の晩餐」に行き着いたのはもう5時40分。スタッフがしきりに「もうすぐ閉館です。ショップはまもなく閉まります。」と退場を促す中、あわただしく一通り何とか見れましたが、おかげで画集を買いそびれたので、後日また買いに行きます。

肝心の内容ですが、月並みな表現ながら精緻な筆による人肌や動物(テン)の皮膚の表現は、目を捕らえて放さない吸引力がありました。ルーブルの「岩窟の聖母」は、行くといつも隣の「聖ヨハネ」のほうに目を奪われてしまって、実はあまりじっくり見たことがなく、ナショナルギャラリー所蔵のと基本的には同じ絵だと思っていたのですが、両者の違いをリアルタイムで比較できるこの機会は本当に貴重なものです。背景や人肌の色合いの違い(修復技術の違いが大きいらしいですが)から、受ける印象は両者でずいぶんと変わってきますし、じっくり見ていると聖母の手はけっこう異形で、聖なるものとは対極の空恐ろしさすら感じてしまいました。

これまた守屋さんのお勧めで持参したオペラグラスは、人ごみの中、「岩窟の聖母」や「最後の晩餐」の模写をじっくり見るのに非常に重宝しました。重ね重ね、感謝です。