新国立劇場バレエ:ロメオとジュリエット(マクミラン版)2019/10/19 23:59

2019.10.19 新国立劇場 オペラパレス (東京)
新国立劇場バレエ団「ロメオとジュリエット」
Martin Yates / 東京フィルハーモニー交響楽団
Kenneth MacMillan (振付)
小野絢子 (Juliet), 福岡雄大 (Romeo),
奥村康祐 (Mercutio), 貝川鐵夫 (Tibolt),
福田圭吾 (Benvolio), 渡邊峻郁 (Paris)
1. プロコフィエフ: ロメオとジュリエット(全3幕13場)

マクミラン版のロメジュリを生で見るのはほぼ8年ぶり。バーミンガム・ロイヤルバレエから装置と衣装を借りているだけあって、舞台の雰囲気はなかなか忠実に再現されていましたが、盲点は、かつら。娼婦のドレッドヘアがいかにも安っぽく興ざめでした。こういう細部もケチらず仕上げて欲しいと思います。

ほぼ余談ですが、マキューシオのパンツが肌色だったので、舞台の照明下では下半身すっぽんぽんに見えてしまい、一度そう見えるともはや修正が効かず、彼が出てくるたびに可笑しさがこみ上げてきてダメでした。

新国バレエは久々に見ますが、さすがに初日のキャストだけあって、ダンサーは皆しっかりと粒ぞろいで、足を引っ張る人は誰もいません。街の喧騒や舞踏会の場面で、端の方の小芝居にも手抜きがないので、いっそう舞台が引き締まっていました。ちょっと固さを感じたのは、初日だからか。マンドリンの踊りでロメオに絡んでくる女の子が色気があって良かったです。

ジュリエット役のプリンシパル、小野絢子さんは、ポワントの軽さやステップの完璧さが際立って素晴らしかったです。ただ、巧さが前面に立ってしまって、ベテラン臭というか、熟女感が出ていて、第1幕でジュリエットの少女感が希薄でしたが、第3幕は非常にハマっていました。

あとは、殺陣のリズムが音楽と上手く合ってなかったのは、ロイヤルほどは慣れてないせいですかな。オケは東フィル、指揮はロイヤルでもお馴染みだったバレエ専門のマーチン・イェーツ。東フィルは、バレエでは情けない演奏を聴かせることが多かったROHのオケよりも、だいぶしっかりしていたように思いました。

やはりどんだけDVDを見ようと、生演奏と生ダンサーの迫力に勝るものはなく、総じて満足した公演でした。しかし実を言うと、第1幕後の休憩時間に足元のおぼつかないじじいがスパークリングワインをグラスごとトレイから落として(というかほぼ吹っ飛ばして)、うちの家内の背中にたっぷりのワインが直撃、グラスの破片は床中に飛散、じじいは一緒にいた家族共々、喧騒を余所にそそくさとその場を離れてトンズラ、という事件があり、観劇気分はすっかりぶち壊されていたことを書いときます。ホールのスタッフは親切に対応してくれましたが、逃げたじじいとその家族は恥を知れ。二度とホールに来るなよ。

ロイヤルバレエ・ライブシネマ:ロミオとジュリエット2015/11/08 23:59


2015.11.08 Live Viewing from:
2015.09.22 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Romeo and Juliet
Koen Kessels / Orchestra of the Royal Opera House
Kenneth MacMillan (Choreography)
Sarah Lamb (Juliet), Steven McRae (Romeo)
Alexander Campbell (Mercutio), Gary Avis (Tybalt)
Tristan Dyer (Benvolio), Ryoichi Hirano (Paris)
Christopher Saunders (Lord Capulet), Elizabeth McGorian (Lady Capulet)
Bennet Gartside (Escalus), Lara Turk (Rosaline)
Genesia Rosato (Nurse), Sian Murphy (Lady Montague)
Alastair Marriott (Friar Laurence, Lord Montague)
Itziar Mendizabal, Olivia Cowley, Helen Crawford (Harlots)
1. Prokofiev: Romeo and Juliet

昨年もギリギリまで興業体制がはっきりせず、やきもきさせられたROHのライブシネマシーズンですが、今年はとうとう開幕に間に合わず、その代りというか、本国上演の24時間以内に1度きりの上演という今までの「準ライブ」方式ではなく、METのように2か月ほど前の演目を1週間上映するスタイルになりました。見に行けるチャンスが増えるという意味では一回ポッキリよりむしろ良いかもしれません。ただし劇場数は激減し、千葉県の上映がなくなってしまったので、日曜日に新日本橋のTOHOシネマズまではるばる家族で出かけました。周辺県からも集まったためか、土日の上映回は早々に満席になっていました。

以前は本国の書式を踏襲した配役表が入館の際配られていましたが、今回は幕間のインタビューで字幕が出ない部分の対訳がチラシとして配られました。元々台本にないインタビューのやりとりは翻訳が間に合わないから字幕が入らないのだと思っていましたが、たっぷり時間はあったはずの今回も途中字幕が抜けていたのは、どうやら契約の問題だったもようです。

昨年見た複数の千葉県の上映館と比べ、TOHOシネマズ日本橋はスクリーンの大きさ、音響共に圧倒的に良かったです。その分オケのアラがよく聴こえて、特にトランペットは相変わらずひどかったけど、ロンドンで聴いていた時も、まあだいたいいつもこんなもんだったかなと。

このマクミラン版ロメジュリは、今でも妻が自宅で繰り返しDVDを見ているのでいいかげん食傷気味なのですが、それでも大スクリーンで見ると、緻密に練り上げられ、歴史のふるいにかけられたその舞台はやっぱり感動的。何度も見たマクレーのロメオ、始めて見るサラ・ラムのジュリエット、どちらもこの上ない安定感で、パーフェクトと言うしかない素晴らしい演技でした。特に終幕でラムの凛とした決意の表情から、最後に爆発する悲痛な叫びまでの感情表現は渾身の名演技で、わかっちゃいるのに不覚にもウルっと来てしまいました。

ギャリーさんのティボルトは以前も見ましたが、さらに渋みが増し、哀愁が漂う大人の演技です。動きの激しい役はもうあまりやってないと思いますが、衰えを見せない剣さばきは流石。キャンベルのマキューシオは道化が足りず、ちょっと真面目過ぎでしたか。ベンヴォリオは初めて見る人です。悪友3人の息はピッタリで、ロメオの引き立てに徹した感じです。一方、強烈に違和感を感じてしまったのは、平野さんのパリス。せめてこの中なら、金髪に染めて欲しかったです。

ロイヤルバレエ・ライブビューイング:リーズの結婚2015/05/06 23:59


2015.05.06 Live Viewing from:
2015.05.05 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: La Fille Mal Gardée
Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (choreography)
Natalia Osipova (Lise), Steven McRae (Colas)
Philip Mosley (Widow Simone), Paul Kay (Alain)
Christopher Saunders (Thomas), Gary Avis (village notary)
Michael Stojko (cockerel, notary's clerk)
Francesca Hayward, Meaghan Grace Hinkis,
Gemma Pitchley-Gale, Leticia Stock (hens)
Christina Arestis , Claire Calvert, Olivia Cowley,
Fumi Kaneko, Emma Maguire, Kristen McNally,
Sian Murphy, Beatriz Stix-Brunell (Lise's friends)
1. Ferdinand Hérold: La Fille Mal Gardée (orch. arr. by John Lanchbery)

半年ぶりのROHライブビューイングは古典バレエの名作「リーズの結婚」。原題は仏語で“La Fille Mal Gardée”(下手に見張られた娘=しつけの悪い娘)、英語では“The Wayward Daughter”(御しがたい娘)というタイトルですので、邦題で通用されている「リーズの結婚」は、以前から違和感を持っていました。最後のシーンが「結婚」という印象はなく、せいぜい「婚約」であろう、ということと、リーズとコラスの結婚に向けた道のりが話の本筋ではない(実質的な障害はほとんどなく、ずっといちゃいちゃしているだけ)、というのが理由です。「じゃじゃ馬娘」とか「おてんばリーズ」のほうが邦題として適当ではないかしらん。

過去ROHで観た2回はいずれもマクレー、マルケスの当時の定番ペアでしたが、最近マクレーはラムやオーシポワにペアを組み替えられたようで(近年は隈なくキャスト表を見ていないので、間違っていたらごめんなさい)、今日のリーズはオーシポワ。彼女をロンドンで観たときは、ボリショイ(コッペリア)、ペーター・シャウフス(ロメジュリ)、マリインスキー(ドンキホーテ)と毎回違うカンパニーでしたが、ロイヤルで踊っているオーシポワを観るのは初めてです。

過去に見た印象通り、今日の彼女も相変わらず躍動感が凄い。回転の加速とか、バランスの揺るぎなさとか、アスレチックな動きは抜きん出たものがあります。それだけで十分金を取れるダンサーであることは間違いない。一方、かつて見たマルケスを思い出しながら第1幕を見ていてすぐに感じたのは、この人、足技は凄いけど、手の動きがしなやかさに欠け、結果として全身の造作がぎこちなく見える場面が少々。実は意外と身体が硬いのでは、と思いました。また、マクレーと息を合わせて見栄を切ってほしいほんの一瞬で、客席への一瞥もなく、何だか自分の演技に没頭し過ぎている余裕のなさも垣間見られました。このバレエは小道具がたくさん出てきますが、長いリボンであや取りのように格子模様を作ったあとで、ほどくとリボンの中央に結び目が残ってしまうというミスも(まあこれはどちらのせいかわかりませんが)。資質的にはマクレーとはキレキレどうしで相性が良さそうにも思えますが、特にこの演目では、踊りの鋭さはなくとも、ラブラブ感をぷんぷんと匂わせていたマルケスに分があったでしょう。

幕間にビデオが流れた司会のダーシー・バッセルとバレエコーチのレスリー・コリア(我が家にあるDVDのリーズはこの人が踊っていました)の対談で、コリアが「オーシポワは技術的には完成されたものを持っているが、英国式のポール・ド・ブラ(腕の動かし方)を習得するのに苦労している」というようなことを言っていて、自分の感覚があながち外れていないことを確認できました。言い換えれば、こういう苦手な(というか向いてない)役をも乗りこなせば、オーシポワは無敵のプリンシパルになれるのではないでしょうか。

マクレーさんは今回も余裕で180度超の開脚を見せ、この人は相変わらず凄いです。マクレーファンの妻も大満足。何も言うことはございません。未亡人のフィリップ・モーズリーは、前に観たときも全てこの人が同じ役でした。木靴の踊りのキレはもう一つで(DVDで見る昔の人のほうが凄いです)、そのうちマクレーさんがこの役をやってくれないかなと真面目に思ってます。

幕間のオヘアへのインタビューでは、次シーズンのROHライブビューイングのバレエは、ロメジュリ(キャストはペネファーザーとラム)、くるみ割り人形、ジゼル、フランケンシュタイン(スカーレットの新作)、アコスタのミックスビル、アシュトンのミックスビルと、6本も予定されていることが告げられました。多分猟奇的なものになるであろうスカーレット新作は、是非見てみたいかな。その前に、来シーズンもライブビューイングを近場で上映してくれることをただただ祈るばかりですが。

ロイヤルバレエ・ライブビューイング:ウィールドン新作長編「冬物語」2014/04/29 23:59


2014.04.29 Live Viewing from:
2014.04.28 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: The Winter's Tale
David Briskin / Orchestra of the Royal Opera House
Christopher Wheeldon (Choreography)
Edward Watson (Leontes)
Lauren Cuthbertson (Hermione)
Zenaida Yanowsky (Paulina)
Federico Bonelli (Polixenes)
Sarah Lamb (Perdita)
Steven McRae (Florizel)
Joe Parker (Mamillius)
Bennet Gartside (Antigonus)
Thomas Whitehead (Polixenes' steward)
Gary Avis (father shepherd)
Valentino Zucchetti (brother clown)
Beatriz Stix-Brunell (young shepherdess)
1. Joby Talbot: The Winter's Tale

2011年の「不思議の国のアリスの冒険」以来の、ウィールドン&タルボットによる長編物語バレエです。ロイヤルバレエの新作を日本に居ながらほぼリアルタイムで見ることができるとは。ライブビューイング様様です。

「アリス」では特殊効果の映像を多用してファンタジーの世界へ誘う演出でしたが、今回は原点に立ち返り、できるだけ人の動作でストーリーを伝えようとしています。序曲で話の前段をテンポよく表現していったのは、上手いと思いました。振付けは全般的にユニークで、前衛舞踏のように変な動きも入っていて、心に引っかかりを残します。特に第1幕で妊婦のカスバートソンが執拗にいたぶられるのは、あえて不快感を残すまで狙ってやってると思いました。ワトソンの狂気とヤノウスキの忠心はどちらも素晴らしくハマっていて、これらの役は彼らの色があまりにも濃く付いてしまうので、他のダンサーを寄せ付けなくなってしまうのがちょっと危惧されました。プリンシパル6人はもちろん皆さん超一流でしたが、重みで言うと、あとの4人の役は誰がやってもできそうな「軽さ」で、コントラストがありました。

暗くて暴力的な表現が多かった第1幕と比べ、第2幕は明るい農村で助かりましたが、民族音楽に乗せて躍動的な群舞が延々と続くわりには第1幕よりも退屈しました。まず、音楽が単調。はっきり言って長かった。東欧風民族音楽ベースで押し通すには、バリエーション(のリサーチ)が足りなさ過ぎでしょう。また、慣れのせいかもしれませんが、変拍子リズムにオケがついていけてない。この幕でようやく登場、マクレー・ラムのペアは美男美女で相変わらず全てが美しいのですが、この二人は何度見ても「燃え上がる男女」には見えません。クール過ぎてパッションがないのです。素人の見方なので的外れだったらすいませんが、マクレーはこのくらいのパドドゥだったら余力十分、身体能力を持て余していたんではないでしょうか。

第3幕はシェークスピアの原作通りに話を拾っていって終結に向かいますが、納得いかないことが多々。エメラルドの首飾りは、ボヘミア王もシチリア王も、すぐ気付けよ。そもそも、盗品かもしれないんだし、これだけで何故に王族?隠れてた王妃は16年経っても同じ容姿なの?だいたい、娘が生きてて、王妃も生きてて、めでたしめでたしって、ちょっと待て、両親の諍いに心痛めて死んでいった息子ちゃんの立場は?などなど、突っ込みどころ満載の話を「喜劇」としてまとめるならまだしも、このように悲劇性を強調した演出にしてしまったら、また何度でも観たいかと言われたら、当分はいいや、という気になります。ということで、なかなか見応えのある新作バレエではありましたが、また観たいなと思うのは「アリス」や「レイヴン・ガール」のほうですね。

ロイヤルバレエのライブビューイングもこれで3回目ですが、前の2回とは違って今日は一人で見に来ている人が多かったように見えました。2014-15シーズンの予定も発表になってまして、家族としての注目は12月の「アリス」と来年5月の「ラ・フィユ・マルガルデ」、個人的にはまだ観たことが無い「マホガニー市の興亡」くらいですか。でも一番楽しみなのは来年2月のMETライブビューイング、「青ひげ公の城」です。

ロイヤルバレエ・ライブビューイング:眠れる森の美女2014/03/20 23:59


2014.03.20 Live Viewing from:
2014.03.19 Royal Opera House (London)
Valery Ovsyanikov / Orchestra of the Royal Opera House
Marius Petipa (Choreography)
Frederick Ashton, Anthony Dowell, Christopher Wheeldon (Additional Choreography)
Sarah Lamb (Princess Aurora), Steven McRae (Prince Florimund)
Christopher Saunders (King Florestan XXIV), Elizabeth McGorian (His Queen)
Kristen McNally (Carabosse), Laura McCulloch (Lilac Fairy)
Yuhui Choe (Princess Florine), Valentino Zucchetti (The Bluebird)
1. Tchaikovsky: The Sleeping Beauty

昨年末の「くるみ割り人形」に続き、ロイヤルバレエのライブビューイングを見に行ってみました。妻のお目当てはもちろんマクレー様。2011年にオペラハウスで見た際はマクレー&マルケスのゴールデンコンビだったんですが、芸術監督がオヘアに変わってからマルケスはちょっと冷遇されているようで、栄えあるライブビューイングのオーロラ姫はクール・ビューティーのサラ・ラム。マクレーとのペアは、どちらも本当に佇まいの美しい、ある意味よく似たお二人なのですが、あまりにもクールで完璧過ぎて、暖かみに欠ける気がしました。たとえローズアダージョが少々危うくても、マルケスのあの明るさと過剰な顔芸が、実はマクレーとの相乗効果でお互いよく引き立っていたんだな、と今更ながら思いました。そう言えば、サラ・ラムも今回のローズアダージョは意外と余裕ないなと思ったのですが、そんなことより、「不思議の国のアリスの冒険」を見て以来、ローズアダージョの音楽を聴くとハートの女王の爆笑パロディがどうしても瞼に浮かんできます、どうしてくれよう。

ライブビューイングの司会進行は前回と同じく元プリンシパルのダーシー・バッセル。休憩時のオヘアのインタビューでは日本語字幕がなくなるのも前と同じなので、ここだけは台本なしでやってるんでしょうね。ライブビューイングの映画館は千葉県の田舎でも6割くらいの客入りで、ほとんど女子。バレエスクールから団体で来ているっぽい集団もいましたが、引率の白人先生以外は皆女の子で、なるほど、日本ではかのように男性バレエダンサーの層は薄いのだな、とあらためて認識しました。次のライブビューイングは「不思議の国のアリスの冒険」のウィールドン/タルボットのタッグが手がける新作「冬物語」。ロイヤルの新作が日本に居ながらリアルタイムで見られる機会などそうそうないし、プリンシパルをずらりと揃えたキャスティングも非常に楽しみです。

ロイヤルバレエ「くるみ割り人形」のライブビューイング2013/12/13 23:59


2013.12.13 Live Viewing from:
2013.12.12 Royal Opera House (London)
Tom Seligman / Orchestra of the Royal Opera House
Peter Wright (choreography, production & senario)
Marius Petipa (original scenario)
Laura Morera (The Sugar Plum Fairy), Federico Bonelli (The Prince)
Gary Avis (Herr Drosselmeyer), Francesca Hayward (Clara)
Alexander Campbell (Hans Peter/The Nutcracker), Yuhui Choe (Rose Fairy)
1. Tchaikovsky: The Nutcracker<BR>

初ライブビューイングです。日本に居ながらもほぼリアルタイムでロイヤルバレエが見れる貴重な企画だし、昨年の「くるみ割り人形」はブダペストで見たのでロンドンでは見ず、今年は見に行く予定がなく年末恒例の「くるみ割り人形」が途絶えてしまうところだったので、ちょうどよい機会でした。

ライブとは言っても時差があるので実際は中継録画ですが、前夜のパフォーマンスを1回限りの上映ですから貴重なワンチャンスです。19時15分に上映開始ですが、ダーシー・バッセルを司会に据えて、15分ほど前ふりが続きます。日本語字幕付きでギャリーさんの作品解説や、バレエスクールの様子、オリジナルの振付け師ピーター・ライトがレッスンを見に来たシーンなど、なかなか興味深い映像でした。

その後カメラはオペラハウスのオーディトリウムに切り替わり、指揮者が登場してようやく開演です。ライブビューイングの日はさすがにオケも手堅い演奏をしていましたが、これは映画館のせいなんでしょう、音響があまり良くなかったので音は不満でした。まあ、もちろん生と比べるのは無い物ねだりですが…。一方、バレエはだいたいオーケストラストールかストールサークルの最前列で見ることが多かったので、普段見たことがなかったアングルのシーンがいっぱい見れたのは新鮮でした。ただ、好きなときに見たいところをオペラグラスでアップで見る、というのができないのはちょっともどかしかった。

第1幕が終わるとちゃんと20分間の休憩があり、またバッセルの司会でチェレスタ奏者とケヴィン・オヘアへのインタビューがありました。このインタビューのところだけ、ふと気付くと字幕が出てなくて、見に来ていた大勢の子供さんは戸惑ったのではないかな。インタビューが終わって第2幕のあらすじに戻るとまた字幕が復活していたので、最初から台本で決まっている部分だけ、各国語の字幕が用意されているんでしょう。

本日のプリンシパルはモレラとボネッリ。モレラは上手い人なんですがクセのある役専門なので、シュガープラムにはちょっと違和感が…。身体も筋肉質で重量感があり、リフトではボネッリの顔が歪んでましたので(こういうのがアップになるから面白い、いやいや、辛い)実際重いんでしょう。花のワルツのユフィちゃんは相変わらず可憐です。足ワザの技巧は大したものだと素人目にも思いましたが、モレラと比べたらやっぱりスケール感がないなあと、前にも思った感想をまた感じてしまいました。平野さん、小林さん、高田さんも健在のご様子。クララを踊ったフランチェスカ・ヘイワードという人は記憶になかったんですが、ロイヤルのバレエスクールを出たばかりの若手とのこと。若いわりには女の色気があって、やけに艶っぽくなまめかしいクララが面白かったです。是非、お色気路線を突っ走って欲しいと思います。

つい半年前まで日常あたり前に目の前に広がっていた舞台が、もうスクリーンの向こう側、はるか遠くにしかないんだなあとしみじみ思い、ちょっと淋しくなりました。何にせよ、日本に居てもこうやって最新の舞台を見れるというのは有り難いことです。また行きたいと思います。ROHライブビューイングの今後の予告で、3月の「眠れる森の美女」のキャストにマクレー様の名前を見て、妻の目が眼鏡の奥でキラリと光ったのを、私は見逃しませんでした…。

ロイヤルバレエ/ベンジャミン/アコスタ/ヤノウスキー/モレラ:「うたかたの恋」はベンジャミンの引退公演2013/06/15 23:59

2013.06.15 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Mayerling
Martin Yates / Orchestra of the Royal Opera House
Kenneth MacMillan (choreography), Gillian Freeman (senario)
Carlos Acosta (Crown Prince Rudolf), Leanne Benjamin (Mary Vetsera)
Laura Morera (Countess Larisch), Meaghan Grace Hinkis (Princess Stephanie)
Zenaida Yanowsky (Empress Elisabeth), Brian Maloney (Bratfisch)
Christopher Saunders (Emperor Franz Joseph), Laura McCulloch (Mitzi Casper)
Genesia Rosato (Helene Vetsera), Ursula Hageli (Archduchess Sophie)
Gary Avis (Colonel 'Bay' Middleton), Philip Cornfield (Alfred Grünfeld)
Alexander Campbell, Bennet Gartside, Valeri Hristov, Johannes Stepanek
(Four Hungarian Officers), Fiona Kimm (Katherina Schratt/mezzo-soprano)
1. Liszt (arr. by John Lanchbery): Mayerling

マイヤーリンクは、邦題は「うたかたの恋」と言うそうですが、ハンガリー国立バレエでもレパートリーに定着していて、見るチャンスはいくらでもあったはずなのです。結局最後の最後になってやっと観賞の機会となったのは、元々バレエのために作曲された曲ではない「編曲ものバレエ」は音楽とダンスの融合度において格下である、という(私の勝手な)偏見から、観賞の優先度を下げていたからです。

本日はマイヤーリンクの最終日で、吉田都さんより年長のリーン・ベンジャミンのROH引退公演であるため(でもシーズン発表当初、最終日はマルケスとなっていた記憶があるんですが)チケットはもちろんソールドアウト、ダンサー仲間も多数見に来ていたようです。近隣の客席を見渡すと、ボネッリ・小林ひかる夫妻を見つけました。小林さん、正直ファンというわけではないのですが、オフステージの髪を下ろしたドレス姿は華のあるスレンダー美人でした。

今シーズンのマイヤーリンクは、序盤でガレアッツィ、中盤でコジョカル、そして最終日でベンジャミンという、3人ものプリンシパルが一挙に退団するという因縁の演目になりました。くしくも、我が家にとってもこの日がロンドンでの最後の観劇ということで、感慨深いものがあります。ロンドン最後の演目に選ぶにはちょっと暗過ぎだし、子供に見せるものじゃないんじゃないかという危惧もありましたが、蓋を開けてみれば、退廃的な雰囲気の中にも人間ドラマが凝縮された密度の濃いいバレエで、たいへん楽しめました。思えばもっとドギツい演目も今まで子供に見せてましたし、不倫と自殺はオペラ・バレエの基本アイテムですしね。

ストーリーは、マザコンのドラ息子である王子が親の敷いたレールを踏み外す自由がない自分の境遇にスネまくって、妻をいじめ、クスリに溺れ、最後は未成年の愛人と心中するという救われない話です。アクロバットな技を競い合うバレエではもちろんなく、各々屈折したキャラクターにリアリティを持たせる演技力が命と言えるわけですが、アコスタはさすがにベテラン、ナイーブなドラ息子が身を持ち崩していく様を見事に演じ切っていました。パドドゥの力技も見応えがありましたし、アコスタはまだエースを下りる気はないな、と、ちょっと見直しました。相手役のベンジャミンも卓越した表現力。最初に登場する場面では立ち振る舞いがマジで「くるみ割り人形」に出てきそうな無垢な10代の少女に見えたので、別の人なのかなと思わずオペラグラスで確認しました。その後のファム・ファタールへの変貌ぶりも見事なもので、バレエがジムナスティックである以前にボディ・ランゲージであることを再認識させられました。

これら老獪な説得力抜群の主役を脇で固めるのが、これまた芸達者な人達ばかり。ヤノウスキーは長身で芯の強い女という皇女エリザベートのイメージにぴったし。アコスタとの絡みで、お互い腕を取りグルグル回る回転が、あっという間に見てる自分がGを感じるくらいの高加速度。あまり組む相手でなくてもこういうのがしれっとできてしまうのは、さすがに百戦錬磨のプリンシパル。それ以外にもモレラ、エイヴィスといったクセのあるプリンシパルが脇役ながらも要所を締める贅沢なキャスティングでした。マクミランの作品なので舞台の隅にも目をやると、小芝居がいつにも増して芸が細かく、ヤノウスキーとアンダーウッドの談笑など、声は出さずとも話が弾む様子がめちゃめちゃリアルで、一体何を話しているんだろうとついオペラグラスで覗き見したくなるくらいでした。群舞では金子さん大忙し。去りゆくプリンシパルを皆が温かく、最大限の敬意と集中力を持って支えたこのマイヤーリンクは、一生のうちにそうそう見れるものではない充実した公演でした。

終演後は退団するダンサーを送り出す恒例のフラワーシャワー。舞台では男性プリンシパルがずらりと並び、花束を渡しました。カーテンコールではベンジャミンの息子ちゃんも登場。一旦場内が明るくなった後もまだ拍手は鳴り止まず、最後に引っ張り出されたときの充実した笑顔が、今日の公演の全てを物語っていました。


満足そうな表情のベンジャミン。



ヤノウスキーとヒンキス。


ベンジャミンとモレラ。


アコスタ。


ブライアン・マロニー。この人もこの日が引退公演だったようで、盛大な拍手と花束が飛び交っていました。


正装した息子ちゃんとハグするベンジャミン。


照明が点いても鳴り止まない拍手の場内。


さて、ロンドンに来てから260回を数える演奏会通いも、とうとうこれでおしまい。この趣味に関しては、ロンドンほど恵まれている土地は他にないでしょう。日本に帰ったら、どうしましょうかねえ…。外タレは高くて手が出ないので、在京オケと新国立劇場中心にローカルものを見ていくことになると思います。次のシーズンのプログラムで、これは何としても聴きたい、と思えるものがあまりないので数はそんなに行かないと思いますが、何か聞いたら随時備忘録としてブログとHPにゆるゆるとアップします。

ロイヤルバレエ:レイヴン・ガール/シンフォニー・イン・C2013/05/24 23:59


2013.05.24 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Raven Girl / Symphony in C
Koen Kessels / Orchestra of the Royal Opera House

ロイヤルバレエのダブルビル。ウェイン・マグレガーの新作にして久々の(初の?)ストーリーものである「レイヴン・ガール」と、バランシンがビゼーの名曲に振付けた著名作「ハ調の交響曲」の新旧二本立てです。

1. Gabriel Yared: Raven Girl (world premiere)
Audrey Niffenegger (author), Wayne McGregor (choreography)
Sarah Lamb (raven girl), Edward Watson (postman)
Olivia Cowley (raven), Mirabelle Seymour (raven child)
Paul Kay (boy), Thiago Soares (doctor)
Eric Underwood (raven prince)
Beatriz Stix-Brunell, Tristan Dyer (19th-century couple)
Camille Bracher, Fernando Montaño, Dawid Trzensimiech (chimeras)

アメリカの童話作家オードリー・ニッフェネッガーがこのバレエのために書き下ろした新作ストーリーだそうで、あらすじはこんな感じです。郵便配達夫が岩場のカラスに恋をし、二人(?)の間に翼がない女の子が生まれる。女の子は成長して親元を離れ大学に行くが、キメラの研究を発表していたマッドな医者と出会う。女の子は彼に誘惑されて手術を受け、ついに翼を手に入れるが、親にバレて翼を手放す。医者は転落死し、女の子を密かに好いていた男の子は絶望して岩場に姿を消す。最後は女の子とカラスの王子が結ばれ、一件落着(?)。うーむ、自分でも書いていて、特に最後の展開がよくわからないストーリーです。

舞台も照明も衣装も、全体的に一貫して暗い上、「アリス」のようにビデオを多用するために半透明スクリーンがずっと下りていて、ビジュアルが常にぼうっとしていたのがまずマイナスでした。もちろんそれは承知の上でその効果を狙ったのかもしれませんが、あそこまでビデオで何でもかんでも説明しなくても良かったのでは、と思います。言葉の力を借りずに音楽と踊りだけで全てを表現しつくす芸術がバレエだったのじゃないかと。ある意味言葉以上に饒舌なビデオという媒体に頼り、また音楽も生演奏に加えてサウンドエフェクトや打ち込み演奏を多用して、安易な反則ワザが多いように思えました。それがなくても、音楽はB級映画のサウンドトラックみたいで正直安っぽかったです。これは音楽だけで独り立ちはできないでしょう。

振付は、皆さんポワントシューズで踊ってましたし、コンテンポラリーよりは多少クラシックバレエに近い感じ。パドドゥ(特に最後の)はなかなか密度の濃いものでした。主役のラムは柔軟な身体を余すとこなく駆使し、少女の幼さと大人の色気がほどよくミックスされた、今まで見たことがない境地にたどり着いていたと思います。脇を固める人々もエース級でしたが、ふと、主役の出来に対する依存度が高い演目なのかなと見受けました。逆に、ラムの他はあまり見所がなく、カラスの飛翔を模した群舞はひたすら退屈で間延びしました。バレエではなく一つの舞台作品として見れば、それなりに楽しめた部分も多々ありました。ただし一幕で70分もある尺は、もうちょっと短くしたほうがよいのではないかと。


左から2人目、母親ガラス役のカウリーはずっと黒覆面をつけて踊っていました。美人がもったいない…。


右は振付けのマグレガー。


ラムのすぐ後ろが、原作者のニッフェネッガーさん。


2. Bizet: Symphony in C
George Balanchine (choreography)
1st movement:
Zenaida Yanowsky, Claire Calvert, Fumi Kaneko
Ryoichi Hirano, Johannes Stepanek, Fernando Montaño
2nd movement:
Marianela Nuñez, Tara-Brigitte Bhavnani, Olivia Cowley
Thiago Soares, Nicol Edmonds, Tomas Mock
3rd movement:
Yuhui Choe, Akane Takada, Elizabeth Harrod
Steven McRae, Brian Maloney, Kenta Kura
4th movement:
Laura Morera, Yasmine Naghdi, Emma Maguire
Ricardo Cervera, Tristan Dyer, Valentino Zucchetti

一方の「ハ調の交響曲」は、ストラヴィンスキーにも同名の曲があるので要注意ですが、これはビゼーのほうです。ジョージ・バランシンの代表作で、特にストーリーはなく、4つの各楽章を各々男女3組ずつのグループで踊り、最後は全員で大団円となる、華やかで単純に楽しいダンスの饗宴です。主役級はプリンシパル中心の豪華な布陣で、まず第1楽章はヤノウスキー・平野亮一のペア。筋肉の逞しいヤノウスキーを支えるのに、ガッシリ体格の平野さんはなかなか良いペアなのではないかと。長身を活かしたダイナミックかつ安定感抜群のダンスに感服しました。それにしても、ヤノウスキーは白いチュチュが似合わないなあ…(私的感想)。第2楽章はヌニェス・ソアレスの夫婦ペア。アダージョの楽想に合わせて優雅さの機微をしっとりと表出する、余裕のベテランペアでした。ソアレスは「レイヴン・ガール」とダブルの出演お疲れ様です。スケルツォの第3楽章はマクレー様とユフィちゃんによる飛び技連発。この人達ならではの躍動感がうまくハマっていました。この楽章は他に高田茜・マロニー、ハロッド・蔵健太と、一番スキのないキャスト。しかも日本人率が高いです(笑)。トリの終楽章はモレラ・セルヴェラのちょっと地味なペア。モレラが白いチュチュを着て古典を踊っているのは初めて見たのでたいへん新鮮でした。見慣れてないせいか、破綻はないものの、何だかよそ行き感を覚えてなりません。最後の大団円まで来ると、やっぱりヤノウスキーとヌニェスの存在感は別格。この凄い人達と並んでプリンシパルになるかもしれないユフィちゃんは、これからたいへんかも。舞台装置はなく、衣装は皆同じ、ダンサーの身体能力だけで表現し尽くしたこの30分間は、どんなバレエよりもむしろ豪華絢爛に見えました。それにしても、オケは相変わらずのていたらくで、トランペットとホルンが酷いのはいつものこととして、今日は木管も酷かった。堕落が慢性化してますね。


ユフィちゃん、モレラにマクレー様。蔵さんも後ろに。今日は写真が取り辛い席でした…。


指揮者のケッセルズ。


蔵さんとペアを組んでいたのは、エリザベス・ハロッド。

ロイヤルバレエ:ヘンゼルとグレーテル2013/05/09 23:59


2013.05.09 ROH Linbury Studio Theatre (London)
Royal Ballet: Hansel and Gretel
Liam Scarlett (choreography), Dan Jones (music)
Ludovic Ondiviela (Hansel), Elizabeth Harrod (Gretel)
Johannes Stepanek (father), Kristen McNally (step-mother)
Donald Thom (sandman), Ryoichi Hirano (witch)
Dan Jones/Orquesta Sinfonica de Galicia (music performed by)

ロイヤルバレエの奇才スカーレットの新作にして初の全幕もの、リンベリースタジオながらエース級をふんだんに投入した配役、童話を題材にしていながら子供禁止の演出ということで、全く事情通じゃない私でも何だかよくわからない期待感で胸いっぱいになってしまうほどでしたが、平のフレンド向けチケット発売日の朝一番にアクセスするも、すでにソールドアウト。しつこくサイトをチェックして、何とか初日と二日目のリターンを1枚ずつゲットしました。マクレー様の出演する初日はもちろん妻の取り分ですので、私が見たのは二日目のBキャスト。そのマクレーさんが素顔で奥様の晴れ姿を見に来ていて(初日は砂男のかぶり物を付けっぱなしで顔が見えなかったそうです)、そのへんをうろうろしていたので、結果的にはこっちの日に来たほうが妻は正解だったかも。

「ヘンゼルとグレーテル」はグリム童話ですから元々がダークなテイストですが、このスカーレット版は舞台設定を1950年代のアメリカに移して、離婚(継母)、アル中、家庭内暴力、ペドフィリア、ネクロフィリアといった原作にはない要素を盛り込んで、全編をダークなムードで統一しています。ラストも救いがありません。この童話を現代に持って来て展開したら、やっぱりこうなるんだろうな、という妙な納得感はありました。

舞台はモダンですが、踊りはコンテンポラリーというよりは、ポワントシューズで踊るバレエの範疇です。マクレー夫人のエリザベス・ハロッドをちゃんと見るのは初めての気がしますが、顔がちっちゃくて可憐だけど芯が通っててやるときゃやるキャラクターが、グレーテルにぴったりハマりました。継母のマクネリは、これまで「アリス」のイカレた料理人とか、ストラヴィンスキーの「結婚」とか、ヘンな役所ばっかりで見ていたのですが、ミスユニバース系の正統派美人であることにようやく気付きました。

個人的に今日一番のヒットだったのは、ヤノウスキーの代役だった平野亮一さん。白髪のオールバック、切れ長の目に黒ぶち眼鏡、書生っぽいセーター、いっちゃってるニヤケ笑い、彼のウィッチ(というよりウィザード)は「アブナイ人」キャラがめちゃめちゃ立っていて、インパクト極大でした。長身のガッシリしたプリンス系の役を踊ってきた彼にしては、だいぶ新境地を開拓したのではないでしょうか。彼が日本人で、見ている私も日本人だからこそ感じた「猟奇性」は確かにあったと思うので、現地の観衆はどう感じたのか、聞いてみたいです。それにしても、蓋を開けてみたらこのウィッチは全くの男役で、これを(男勝りの長身・筋肉質ではあるけれども女性であり母である)ヤノウスキーにどう踊らせるつもりだったのか俄然興味が湧き、次の機会には是非とも元々の発想を見たいものだ、と思いました。

初日ではマクレーが演じた砂男は、原作にはない登場人物ですが、フンパーディンクのオペラでは「眠りの精」に相当する役回しかと。サイバーニュウニュウのメカエルビスみたいな(という例えがわかる人は少ないでしょうが)リーゼント、無表情のかぶり物で、キッチンの冷蔵庫の中からいきなり登場し、終始くねくねくにゃくにゃと動いて、ウルトラマンレオで蟹江敬三が演じていた軟体宇宙人ブニョ(という例えがわかる人はもっと古い)みたいに、実に神経を逆撫でするキャラクターです。この日しか見てないので何とも言えんのですが、Bキャストのドナルド・トームは身体の柔軟性において、この役にはあまり向かないのではと思いました。ウィッチに比べて「アブナイ」度が足りませんでした。もっと重力に身を委ねタコのように脱力し切った異形の動きは、マクレーなら多分できるはず。

今日は舞台を挟んで両側に客席があり、一部がせり上がって下からお菓子の家ならぬ「玩具の家」の地下が出てくるという3Dな舞台装置でした。これはメインのオーディトリウムでは上演困難でしょう。リンベリーは2回目でしたが、このスタジオにはいろんな仕組みがあるものだと感心しました。第一部の追っかけっこ場面などが多少冗長に感じましたが、それ以外は目の離せぬ100分間で、私は大いに楽しみました。こんなことならAキャストのチケットも自分用に買っておくべきでした。



アブナい人、平野亮一さん。

ファビュラスビースト・ダンスシアター:春の祭典/ペトルーシュカ2013/04/13 23:59

2013.04.13 Sadler's Wells (London)
Fabulous Beast Dance Theatre - The Rite of Spring & Petrushka
Michael Keegan-Dolan (director/choreography)
Lidija Bizjak, Sanja Bizjak (four-hand piano)
Cast:
Olwen Fouéré, Anna Kaszuba, Louise Mochia
Rachel Poirier, Ino Riga, Brooke Smiley
Bill Lengfelder, Saju Hari, Saku Koistinen
Emmanuel Obeya, Innpang Ooi, Keir Patrick
1. Stravinsky: The Rite of Spring (four-hand piano version)
2. Stravinsky: Petrushka (four-hand piano version)

ストラヴィンスキーの「春の祭典」は放っておいても毎年たくさん演奏されている定番曲ですが、今年は初演から100年を記念してさらに聴く頻度が多くなります。サドラーズ・ウェルズでは「String of Rites」と称したシリーズでいくつかのカンパニーがこの曲にインスパイアされたパフォーマンスを披露しますが、これもその一つ。ファビュラスビースト・ダンスシアターの「春の祭典」は2009年にENOで一度見たので2回目ですが、今回は伴奏がオーケストラではなくピアノ連弾(作曲者自身のスコア)というのが変わっています。演奏するのはビジャーク姉妹というセルビア出身の美人デュオ。姉妹と言っても、意外と12歳も年の差があるんですね。CDも出しているくらいのオハコなので、実に手慣れた演奏でした。


ちょうど今日の演目を収録したCDのジャケット。この写真は確かに美人だ。

前に見たときは寒々しい冬の夜に革ジャン姿の労働者風がぞろぞろ出て来ますが、今回はスーツ姿の男女で屋内に場面設定が変わっていました。細かいところは憶えていませんが、おそらく踊りもかなり変わっている気がします。私はコンテンポラリーは普段ほとんど見ないので、このかぶり物あり、性的描写ありの18禁演出は、やっぱりヘンだなと思いますが、大元のコンセプトは至って真面目に踏襲している、ある意味わかりやすいダンスでした。男女共にスッポンポンになる瞬間はありますが、一番肌の奇麗な子は下着寸止めで脱がなかったのが残念(泣笑)。

カーテンコールもなく写真がないので、カンパニーのサイトからちょいと引用。



これらは多分前回の上演の写真で、今回は舞台も衣装もちょっと変わってましたが、雰囲気は変わらずこんな感じです。


休憩時間中も舞台の上でずっと練習に勤しむビジャーク姉妹。でも曲はペトルーシュカではありませんでした。おいおい(笑)。

今回初めての「ペトルーシュカ」を実は楽しみにしていましたが、「春の祭典」ほどの掘り下げはまだない感じでした。狂言回しの役割の老女(オルウェン・フエレ)はここでも登場し、舞台右隅で3m以上ありそうなバーチェアみたいな椅子にずっと座っています。梯子がないと下りられないので、上演中身動き取れません。もし何かの拍子に椅子の支柱が折れたら大怪我するなあと思いつつハラハラしながら見ていました。その足下には、先ほどの犬のマスクをかぶった老人(ビル・レングフェルダー)がホームレスのごとく床にグダっと座っています。しかし舞台の上は白布の背景に全身白服のダンサーたちが溌剌と踊り、やけに清潔感があってコントラストを成しています。こちらは大元のストーリーとは全く関係無しの振付けで、18禁の要素はなく、最後は舞台中央上から縄梯子が下りてきて女性が登っていったり、意表をつく表現は随所にあったものの、「春の祭典」に比べるとコアがない気がしました。まあ、一度見たくらいで理解できたとは到底言えません。

それにしても、どちらの演目でも舞台の上で役者が煙草に実際火をつけてバコバコ吸っておりまして、イギリスでも屋内で煙草が吸える場所があったんだ、という新鮮な驚きがありました。


ダンサーたちは途中で白いドーランを自分の顔に塗るので、最後は前衛劇みたいに(笑)。


右端は振付けのマイケル・キーガン・ドーラン。