2011 BBC PROM 9:ハレ管/エルダー/シフ(p):祖国は遠きにありて2011/07/21 23:59


2011.07.21 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2011 PROM 9
Sir Mark Elder / The Hallé
András Schiff (P-3)
1. Sibelius: Scènes historiques - Suite No. 2
2. Sibelius: Symphony No. 7 in C major
3. Bartók: Piano Concerto No. 3
4. Janáček: Sinfonietta

今年もプロムスの季節がやって来ました。先週15日のPROM1開幕、17日のギネスブック級超大曲「ゴシック交響曲」を共に別件のため聴き逃してしまったので、今日が自身のPROMS開幕です。開演前、Voyage2Artさんとばったり、久々にお会いしましたが、以前よりさらにお元気そうだったのが何よりでした。

マンチェスターに本拠地を置くハレ管弦楽団は現存するイギリス最古のオーケストラ。英語の正式名称は単に「The Hallé」だけなんですね。名前は昔からよく聞いていましたが、イギリスのオーケストラとは実は全然意識しておりませんでした。バルビローリ指揮によるレコードを何枚か聴いたことがありますが、生は初めて。ついでに、マーク・エルダー卿も、シフ・アンドラーシュさえも、実演は初めてだったりします。

前半はシベリウス、正直苦手分野です。オケはざっと見たところ、女性比率がかなり高いです。ホルン以外の全パートに女性がいて、団員の半分以上が女性という構成。ティンパニも細身の美女でした。エルダーはサーの称号を持つ現役指揮者では多分唯一人、まだ聴いてなかった人ですが、いかにも英国紳士然とした品位のあるお顔立ちは、誰よりも「サー」にふさわしく見えました。指揮棒を使わずにきびきびと統率し、線のそろった堅実な音を導いていきます。オケはアンサンブルの乱れもなく、期待以上に上手いです。1曲目の「歴史的情景」第2組曲は全く初めて聴く曲でしたが、シベリウスらしい素朴な旋律と劇的なオーケストレーションがほどよくミックスされていて、なかなかの佳曲でした。続く交響曲第7番でティンパニが男性奏者(多分首席)に交代しましたが、プロの演奏会で奏者が途中で代わるのは珍しいです。こちらも普段はほとんど聴かない曲なので、内容がぐっと抽象的になった分、短い曲ですが道を見失い、漫然と聴き流してしまいました。

後半は北欧から東欧へ。ブダペスト駐在時代、「ハンガリー三羽がらす」のうちコチシュとラーンキは何度も聴きましたが、シフだけは聴くチャンスがありませんでした。シフは元々国外での活動がメインだった上に、ソロリサイタル中心だったので、大管弦楽派の私には食指をそそられる演奏会が少なく、記憶では2度チケットを買ったものの、最初はキャンセルを食らい、最後は自分の本帰国のほうが先に来てしまって、結局縁がありませんでした。

そのシフは現在、当面ハンガリーで演奏することはない、帰国もしない、という「祖国との決別宣言」をしております。そのいきさつはhaydnphilさんのブログ(例えば1/161/175/5、他にも多数あり)に詳しいのでそちらを是非参照いただくとして、手短に言うと、昨年政権を奪還した右派(と言いながらやってることはほとんど左派の)政党フィデスが、メディア法というEUの他国からも顰蹙を買いまくっている言論統制法案を議会で可決し、シフがそれに反対するコメントをワシントン・ポストに投稿したところ、フィデス系のマジャール・ヒルラーフという新聞がシフを名指しで「裏切り者」と非難、ユダヤ人差別を含む常軌を逸した内容の反論記事を書いたため、こういった祖国の風潮に抗議する意味で当分祖国へ帰らない決心をしたということです。

バルトークのピアノ協奏曲第3番は、ナチス支配を逃れて最晩年を過ごしたアメリカで、ピアニストでもあるディッタ夫人が自分の死後もレパートリーとできるような曲を、という目的で書かれた曲ですので、第1番、第2番の暴力的な激しさとはうって変わって、全編通して優しい雰囲気に包まれております。同時期のオケコンもそうですが、円熟した作曲技巧と実は持ち前のサービス精神が融合した傑作だと思います。以前ほどあからさまな民謡旋律をぶつけることはないながらも、時おり匂わせる、おそらく再び地を踏むことはないであろう祖国への強烈な郷愁が心を打ってやみません。シフは冒頭からとうとうと語りかけるようなピアノで、即物的なコチシュとは極めて対照的、人間味に溢れた呼吸です。バルトークのピアノ協奏曲集はいろんなCDを持っていますが、シフはやっぱり第3番が光っています。圧巻の技量で勝負する曲ではないので、丹念に彫り深く音を紡いでいくシフの表現スタイルはぴったしハマります。特に第2楽章、緩やかな弦の和音にかぶさる打鍵の情感がまさに溢れんばかりで、深みに引き込まれました。底支えするオケがこれまた精緻な演奏で、土臭さを感じさせない都会的でクールなもの。引き締まった音でピアノを際立たせる職人技の伴奏に、惜しみない拍手を送りたいです。

ベルリンの壁が壊れ、ハンガリーも政治体制変換の時を迎えた1990年に、永らく祖国を離れていたショルティがオールバルトークの凱旋帰国演奏会をブダペストで行った(当時のリスト音楽院ホールでは収容しきれず国際会議場での開催)映像を見たことがありますが、その時のピアノ協奏曲第3番の独奏が他ならぬシフでした。ショルティもシフも、母国に自由が取り戻され、この地で再開できた喜びを包み隠さず顔に出していたのが印象的でした。20年後、自由を再び奪うような祖国と決別し、もう帰らぬ決心を胸に抱きながらまたこの曲を奏でる胸中は、いかほどのものだったでしょうか。アンコールで演奏したシューベルトの「ハンガリーの旋律」という小曲がまた、意味深でした。


最後はチェコの英雄ヤナーチェクの代表曲「シンフォニエッタ」。「小交響曲」というタイトルながら、バンダがずらっと並ぶ大編成、でも内容はやっぱりプリミティブでこじんまりとしています。エルダー監督の下、きりっと集中力の高い弦、速いパッセージも危なげなくこなし 派手さはないが実力は本物の木管、鋭く切り立ったりブカブカ鳴ったりせず終始柔和な音色の金管、統一感があってたいへん好感の持てるオケの音でした。唯一、横滑りするような叩き方のティンパニにちょっとイラっとしましたが、それも含めてまさにプロの仕事。凝縮した小宇宙を垣間見た気がしました。このコンビ、ロンドンでは聴くチャンスがあまりないのは残念です。

最後に、今回初めてサイドストール席に座ってみましたが、真横ながらピアノもよく聴こえましたし、期待通り良い音響でした。後方のコーラス席も意外や音響は良いですし、ロイヤル・アルバート・ホールは方角関係なく、とにかくできるだけステージに近い席で聴くのが吉のようですね。

コメント

_ voyager2art ― 2011/07/28 05:05

Miklosさんこんばんは。
この日はお久しぶりでした。Miklosさんの方もお元気そうだったので何よりです。
ハレ管は去年のプロムスでも、同じエルダーの指揮で聴きましたが、丁寧で誠実な音楽作りは変わっておらず、相変わらず好感の持てる素敵な演奏会でした。僕としては、大好きなシベリウスの7番のほの暗いロマンがツボでした。
シフは僕も初めて聴いたのですが、どんどん調子を上げて素晴らしいクライマックスだったのが印象的でした。
ヨーロッパの保守本流からはぐっと離れた渋いプログラムでしたが、味のあるいい演奏会でしたね。

_ Miklos ― 2011/07/28 08:16

Voyage2Artさんとしては、前半がツボだったんですね。私が今唯一持ってるハレ管のCDもバルビローリ指揮でシベリウスの管弦楽曲集ですし、このオケは伝統的にシベリウスが得意なんでしょうね。おっしゃる通り、たいへん渋いけどキラリと光るプログラムでした。こういうプログラムは日本では、外来オケではまずあり得ないし、ローカルオケでもないですよね。

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