ロイヤルオペラ:ピーター・グライムズ(最終日)2011/07/03 23:59

2011.07.03 Royal Opera House (London)
Sir Andrew Davis / Orchestra of the Royal Opera House
Royal Opera Chorus
Willy Decker (Original Director), François de Carpentries (Revival Director)
Ben Heppner (Peter Grimes), Amanda Roocroft (Ellen Orford)
Jonathan Summers (Captain Balstrode), Matthew Best (Swallow)
Jane Henschel (Mrs Sedley), Catherine Wyn-Rogers (Auntie)
Roderick Williams (Ned Keene), Stephen Richardson (Hobson)
Martyn Hill (Rector), Alan Oke (Bob Boles), Orlando Copplestone (John)
Rebecca Bottone, Anna Devin (Auntie's Nieces)
1. Britten: Peter Grimes

ハンガリーに住んでいたころ、「ご当地モノ」の音楽はある種特別な存在だったように感じられました。具体的にはバルトーク、コダーイ、リスト、エルケル等を(多少マニアックなところではドホナーニ、リゲティ、クルターグも)指しますが、これら作曲家の音楽はハンガリー国民の誇りであり、時には偏狭的に愛され、大切な観光資源でもありました。まあ、リストがハンガリー人の音楽かというと異論も多々ありますが。振り返ってイギリスの場合、ご当地出身の作曲家と言えばパーセル、ヘンデル、エルガー、ホルスト、ブリテン、ヴォーン・ウイリアムズ、ウォルトン、ディーリアスと名前はいろいろ挙がりますが、国民が熱烈に指示しているとか、世界に対して誇っているとかいう話は聞いたことがなく、扱われ方は極めてクール。唯一、プロムス・ラスト・ナイトでの「威風堂々」などは例外と言えるでしょうが、あれはお祭りなので音楽が音楽としてリスペクトされているわけじゃないし。

ということで、「ご当地モノ」としてイギリスにいるうちに一度は見ておきたいと思っていたのがこの「ピーター・グライムズ」でした。比較的有名とは言っても、予備知識は有名な「4つの海の間奏曲」のみで、DVDも含めて全く初めて見るオペラです。オペラとバレエは家族揃って見に行くのが我が家の掟なのですが、あらすじを読み、さすがに考えてしまいました。数ある悲劇オペラの中でも「救われない度」では比類を見ない上、子供が虐待され死んでしまう(しかも2人も)話で、演出家によってはペドフィリアに深く踏み込みかねない内容ですから、子供向けとはとても言えません。

幸いペド趣味的演出はなく、とても娘に見せられないものではありませんでしたが、やっぱり救いのない、心に刺し傷を残すような演出でした。黒を基調としたダークな舞台装置はシンボリックで、床にかなり傾斜がついています。登場人物が多い上に全員喪服のような画一的に黒い衣装を着ており、誰が誰だか最後までよくわからない人が何人もいました。主役のグライムズを歌ったベン・ヘップナーはプロレスラーのような巨漢で、外見は全くバスかバリトンです。途中声が裏返ったり、鼻詰まりだったり、明らかに調子は悪そうでしたが、必死に声を張り上げて何とか最後まで歌い切りました。とても上手いとは思えませんでしたが、追いつめられた男の表現としては、ある意味ハマっておりました。後で調べたら、彼は一昨年の「トリスタンとイゾルデ」を口パクでしのいだ人ですね。その顛末を最初に聞いたときは、何でもありいなオペラの世界に軽いショックを受けたのでした。他の歌手も、破綻はありませんでしたが、特段良かった人もおらず。合唱は雑ながらも迫力はありました。

オケは上着を脱いで演奏している人が一部おり、だらしなく見えました。いくらピットが正面からは見えないと言っても、上から見たらよく見えるのだから、ロイヤルはロイヤルらしく常に凛として欲しいと思いました。もちろんしっかりした音を出すためだったら上着の有無など問題ではありませんが、結局こういった規律の緩みは音の緩みにも繋がり、案の定、金管はいつにも増してブカブカとデリカシーのない音に終始していました。アンドリュー・デイヴィスは多分CDも含めて初めて聴いたのですが、オケをがんがん鳴らすのは得意だが繊細さに欠けるという印象です。縦の線は基本ユル系だけど、締めるところは締めていたので、ホルストの「惑星」などには向いてそうですね。全般的には、演出と美術の先鋭さは認めるものの、歌手もオケも琴線に触れるものはなく、ストーリーも重苦しく、とてもまた見たいと思うようなパフォーマンスではありませんでした。すいません。



オケピットに向けて投げキッスをするアンドリューさん。うーむ、そんなに良かったっけなあ…。

ところで、サーの称号を持つ現役指揮者は、思いつくところだとコリン・デイヴィス、アンドリュー・デイヴィス、エリオット・ガーディナー、ロジャー・ノリントン、ネヴィル・マリナー、マーク・エルダー、サイモン・ラトルの7人ですが、他にいらさいましたっけ?この中だとエルダーだけ未聴、かな。

easyJetでエディンバラへ2011/07/10 23:59

週末にスコットランドはエディンバラへ、1泊ミニ旅行に行ってました。何故エディンバラか?家族がスコットランドに行ったことがなく、冬に行くのは厳しそうなので、夏が終わる前に何とか行ってみようかと。

今回はeasyJetを使いましたので、早朝4時に車を飛ばしてルートン空港へ。ロンドンの空港で実はルートンだけ今まで使ったことがなかったのですが、道路さえ混んでなければ車のアクセスは悪くないですね。空港カウンタは、ガトウィックと同じく、早朝から人人人の洪水です。早めに空港に着かれることをお勧めします。ともあれこれでロンドンの5つの空港は遅ればせながら全て制覇しました。

幸いeasyJetは定刻よりむしろ早めに到着しました。私自身、エディンバラは2004年に仕事で訪れて以来、7年ぶりです。ホテルに荷物を預けて早速、朝一番でエディンバラ城を目指します。


開門したばかりの時間でしたが、すでに多数の観光客が。どんよりとした空がいかにもスコットランドです。気温も17℃くらいで、ロンドンよりずっと肌寒いです。


天気予報では一日Heavy Rainだったのですが、晴男の私のおかげで、城の上まで登ったころには幸い晴れ間が広がってきました。ここから見下ろす新市街や遠くの牧草地は、なかなかの眺めでした。

一通り城内を歩いた後、次の目的地の「スコッチ・ウィスキー・エクスペリエンス」へ移動。城の門を出てすぐの場所です。ここは7年前とはずいぶん様変わりしていました。スコッチウィスキー製造方法のツアーがホーンテッド・マンションみたいな乗り物に乗って移動するアトラクションになっており、言語は日本語も選べました。その後のテイスティングも日本語オーディオガイドがあり、家族連れにはたいへん助かりました。また、テイスティングではスコッチの代表的な4地域(ローランド、ハイランド、スペイサイド、アイラ)各々の特徴的な香りがわかる「匂いシート」があったり、どの地域を試したいか選べるところが昔と比べてずいぶんアップグレードされていました。


ツアーの最後に案内されたウィスキーコレクションルーム。珍しい変わり種ボトルも多数あり、圧巻です。

次はグラスマーケットまで下りて来て、「マギー・ディクソンズ」パブでランチ。


「地球の歩き方」によると、グラスマーケットは今でこそパブやショップが建ち並ぶ繁華街ですが、かつては処刑場として使われていたそうで、また、バークとヘアによる猟奇的な連続殺人事件が起こった場所でもあるとのこと。この「マギー・ディクソンズ」にしても、吊るし首になれど死ななかったという伝説の女性の名前から由来しているそう。まあ、そんな血生臭い逸話には、イギリスではどこでも3歩歩けばぶちあたります。



確かに、店内には食欲を殺ぎそうなおどろおどろしいディスプレイが飾られていますが、料理は至って普通のパブ飯でした。

エディンバラにはもう一人、「ジキル博士とハイド氏」のモデルとなったディーコン・ブロディという実在の市会議員がおりまして、その名を冠したパブやカフェも目抜き通りにいくつかありました。


このパブはいつも観光客でいっぱいでした。


プラプラ歩いていると、美味しそうな豚の丸焼きが!この身をほぐしてパンに挟んだサンドイッチが大人気で、いつ見ても行列ができていました。私も試しましたが、今回のエディンバラ旅行で一番美味しかったかも。欲を言えば、カリカリの皮も挟んで欲しかったですが。


午後には予報通りバケツをひっくり返したような大雨が来て、ホテルに避難。けっこう長く降っていましたが、夕刻には上がったので、まだ日のあるうちに目抜き通りのハイ・ストリートをちょっとお散歩。右に見えるいかついゴシックの教会は、聖ジャイルズ大聖堂です。


翌日は朝からスコティッシュ・ナショナルギャラリーを見に行きました。広くないですし、特筆すべき大傑作が所蔵されていることもありませんが(と思う)、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ティッツィアーノ、デューラー、エル・グレコ、ルーベンス、レンブラント、フェルメールから、モネ、スーラ、セザンヌといった印象派まで、さらに地下には地元スコットランドの画家のギャラリーもあり、幅広く質の高い作品を展示していました。

一通り見た後は美術館のレストランでランチを食べて、ロンドンに帰りました。行動範囲は狭かったですが、1泊旅行でレンタカーも借りてないので、まあこんなもんでしょう。

ちなみに帰りのeasyJetも遅延なく出発・到着したので、アイスランドの火山がまた活発になってきているというニュースを読んで戦々恐々としていた我々にはラッキーでしたが、帰りの便のゲートで搭乗を待っていると、アナウンスがあって入り口に並んで待っているその最中に機体が到着したのでびっくりしました。着いたばかりの飛行機から乗客が続々と下りてきて、下り切ったら間髪入れず次の乗客の搭乗開始。easyJetは、荷物カウンタの人も含めてそのクールでてきぱきとした動作はたいしたものですが、飛ぶと決めたからには何が何でも飛び立って、何が何でも着陸する、と見える姿勢が怖かったです。実際にはもちろん独断で離着陸をやっているわけはないでしょうが、ちょっと引いてしまいました。easyJetは使わないわけではありませんが、知人から超大幅な遅延や突然のフライトマージといったトラブルの話をたくさん聴いたので、出張でもプライベートでも、できるだけ避けてきました。今後も、なるだけ避けたいという思いを強くしました。


おまけ。右から、ローカルのビール、サイダーと、Irn Bruというスコットランドの炭酸清涼飲料水(めちゃ甘い!)。


ご存知の通りスコットランドの通貨はイングランドと同様スターリング・ポンドですが、紙幣は独自のデザインです。一番右は7年前にもあった10ポンド札ですが、他二つは今回初めて見ました。ずいぶんカラフルに変わったんですねえ。スイスフランみたいだ。

ワシーリエフ/オーシポワ/ペーター・シャウフス・バレエ:ロメオとジュリエット(アシュトン振付)2011/07/15 23:59


2011.07.15 London Coliseum (London)
Peter Schaufuss Ballet
Graham Bond / The Orchestra of English National Ballet
Sir Frederick Ashton (Choreography)
Ivan Vasiliev (Romeo), Natalia Osipova (Juliet)
Alban Lendorf (Mercutio), Johan Christensen (Tybalt)
Robin Bernadet (Benvolio), Stefan Wise (Paris)
Tara Schaufuss (Livia), Yoko Takahashi (Nurse)
Zoe Ashe-Browne (Lady Capulet), Stephen Jefferies (Lord Capulet)
Peter Schaufuss (Frair Laurence), Benjamin Whitson (Escalus)
1. Prokofiev: Romeo and Juliet

デンマークのペーター・シャウフス・バレエ団が、ボリショイバレエの若きプリンシパルをゲストに迎えて、珍しいフレデリック・アシュトン版の「ロメオとジュリエット」をロンドンENOで上演する、という、主催者が誰だかよくわからない企画ですが、アシュトン振付がどんなものか興味があったのと、昨年のボリショイバレエ公演で見て凄かったオーシポワがジュリエットを踊るというので、期待してチケットを買ってみました。

このパフォーマンスは7/11〜17の1週間で9公演をこなし、12日のガラのみ端役でスペシャルゲスト(ウェイン・イーグリング等)が踊るほかは、1日2公演の日も含めて全て同じメンバーで強行するとのことでした(チケットを買う際、ENOに確認)。結局買ったのが15日という後半の日程だったので、それまでに無理な日程で主役の二人が怪我などしなければ良いが、と心配しましたが、とりあえず欠員なく出てきてくれたので一安心。しかし客入りは、上のほうは特に空席が目立っていましたので、ちょっと公演数多過ぎではなかったでしょうか。

開演前はアシュトンの大きなポートレイト写真がど真ん中にドンとつり下がっておりました。セットはいたってシンプルで、舞台奥に階段と、背景のモノクロ写真を映し出すスクリーン、両脇には若干の縦長のライティングがあるほかは、後半でベッドが1台出てくるくらいです。プログラムに載っていたアシュトン版の写真はもうちょっといろいろな大小道具が見えましたので、ツアーのためにセットを軽くしたんでしょうかね。

話の大筋はもちろん「ロメオとジュリエット」なのですが、このアシュトン版では曲を端折ってずいぶんと短く刈り込んでおり、登場人物が一通り出てきたら早速舞踏会に突入して、二人はいともあわただしく恋に落ちてしまいます。舞台上の人の数が少ないのでなおさら、何だか話の表面をなぞっただけのような薄っぺらい印象を受けてしまいました。その点、マクミラン版にしてもヌレエフ版にしても、どんなに大人数出てきても、各々への細部のこだわりが話に深みとリアリティを与えていた事実に、今更ながら気付きました。踊りの専門的なことはよくわかりませんが、アシュトンと言っても「リーズの結婚」や「シンデレラ」のような楽しさ、面白さがあまり感じられない振付でした。まあこちらは悲劇ですから違って当たり前でしょうが、それにしても、ジュリエットが手をバタバタとまるで白鳥のように動かす踊りはどうも違和感があり、ロメオとのコンビネーションは官能さに欠け、最後の死体の踊りもやけにあっさり。アシュトンほどの大御所の冠でも、この振付が流行らない理由はよくわかった気がしました。

主役のナタリア・オーシポワとイワン・ワシーリエフはどちらも昨年プリンシパルに昇格したばかりで、超人的身体能力系の若手スターです。二人とも、本来はもっとアクロバティックな踊りが本領なんでしょう。それでもオーシポワの一つ一つの完成された仕草、この上なく安定した足さばき、手のしなやかさ、完璧な回転は、さすがでした。ただ、前述のように白鳥のような動作と、あと、ショートカットヘアのジュリエットというのはちょっと違和感を禁じ得ませんでした。さらには、彼女の顔だちはちょっとマリス・ヤンソンスを連想させて、悲劇なのに何故かコミカルに見えてくるので困りました。(笑)

ワシーリエフを筆頭に男性陣3名は皆スケート選手のように立派な太腿で、そのぶっとい足を軸に、まーよう回ること。3人揃って同じように回転する振付が多かったので重量感は相当なものでした。ジャンプも軽やかさには欠けたかもしれませんが、皆さん高くて切れ味十分。デンマーク王立バレエの新プリンシパル、レンドルフはワシリーエフにも決して負けてないハイジャンプと安定感の素晴らしいダンサーでしたが、アシュトン版で割りを食ったのか、もう一つ存在感の低いマーキューシオでした。

敢闘賞をあげたいのはティボルト役のクリステンセン。「鎌田行進曲」ばりの派手な階段落ちをやった後も、わざわざ顔から突っ込むように倒れこんで死んでいきました。ティボルトの死は最大の見せ場とは言え、これを毎回やってたら、あなた、そのうち怪我しますよ。

演奏はイングリッシュ・ナショナル・バレエのオケで、レベルはそれなりでした。音が雑で、ホルンなどかなり苦しそうなところを無理矢理やってしまう。演奏が大変なスコアだからしょうがないですが、もっとデリカシーとパワープレイでプロらしい幅を聴かせてもらいたいと思うのは、ない物ねだりでしょうかね。

ロイヤルオペラ:千両役者が揃った「トスカ」(最終日)2011/07/17 23:59

2011.07.17 Royal Opera House (London)
Antonio Pappano / Orchestra of the Royal Opera House
Jonathan Kent (Director), Duncan Macfarland (Revival Director)
Angela Gheorghiu (Tosca), Jonas Kaufmann (Cavaradossi)
Bryn Terfel (Baron Scarpia), Hubert Francis (Spoletta)
Lukas Jakobski (Angelotti), Jeremy White (Sacristan)
ZhengZhong Zhou (Sciarrone)
Royal Opera Chorus
1. Puccini: Tosca

今シーズン最後のロイヤルオペラは、ゲオルギュー、カウフマン、ターフェルと、看板スターを揃えた豪華版「トスカ」です。この人達が歌うのは14日と17日の2日しかなく、当然チケットは早々にソールドアウト。Friendでなかった私は一般発売日にバルコニーのボックスを辛うじてゲットできました。この「トスカ」はビデオ撮りをするので今度ばかりはゲオルギューもそうそうキャンセルはしまい、という予測があり、その通り、皆さん無事出てきてくれたのでまずは一安心。それにしても会場のいたるところにデカいテレビカメラが陣取って、周囲の観客にはさぞ邪魔だったことでしょう。




私が思うに、この日の出色は、まず何と言ってもパッパーノ大将。この人が振るとオケの集中力が違います。引き締まったアンサンブルに、パワフルでも外さない金管。あんたたち、やればできるんじゃん。もちろん全員ピシっと上着着用。この上なくダイナミックなパッパーノの棒振りに相まって、このドラマチックな音楽が活きてこその「トスカ」ですね。凄かったです。

ゲオルギューは昨年の「椿姫」でちょっとがっかりしたので、実は全く期待していなかったのですが(キャンセルするならそれも良し、とさえ思っていました)、透き通った美声がナチュラルによく通り、表現力も演技力も申し分なく、さすがオペラスターの十八番、と思わせる仕事でした。半分キャンセルした(ついでに日本公演も)昨年の「椿姫」と比べたら、気合が全然違ったような。小娘役はいざ知らず、女優トスカ役ならまだまだ余裕でイケる美貌も健在、第2幕ではボリューム満点のバストが眩しくて、ついオペラグラスを握る手に力が入りました。

カウフマンは初めてです。彼を見るためにチケット取ったようなものですが、テナーにあるまじき芯の太さでかつ伸びのある美声は期待を裏切りませんでした。この人も演技は達者です。押し一本だけでなく、引いて歌うこともできる、懐の深い歌唱でした。ターフェルも初めて聴きましたが、この人は逆にバリトンの域を超えてもっと脳天の上まで響くような軽さも兼ね備えた、個性的な声でした。悪役ぶりは全く堂に入ったものでしたが、スカルピアはもちろん悪い奴なんだけど、巨悪というよりは狡猾な策士で、その分、実は小心者でもあるという私の勝手なイメージからすると、ターフェルのあまりに堂々とした悪人ぶりがある意味カッコよすぎる気がしました。さらに、悪人顔とは言えよく見るとちょっと愛嬌もあり、むしろオックス男爵なんかハマるんじゃないかなー、と勝手に妄想。

今日は上からだったので、プロンプタの活躍もよく見えました。特に第3幕で主役二人の動きを事細かに誘導していました。カーテンコールの際、ゲオルギューはプロンプタへの投げキッスも忘れてませんでした。拍手の大きさは、強いて順位をつけると1番ターフェル、僅差の2、3番は同列でカウフマンとパッパーノ、少し間を置いて4番がゲオルギュー、という感じだったでしょうか。しかし総じてハイレベルのパフォーマンスであったのは疑いなく、千両役者が揃ったオペラの醍醐味をがっつり堪能させてもらいました。


2011 BBC PROM 9:ハレ管/エルダー/シフ(p):祖国は遠きにありて2011/07/21 23:59


2011.07.21 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2011 PROM 9
Sir Mark Elder / The Hallé
András Schiff (P-3)
1. Sibelius: Scènes historiques - Suite No. 2
2. Sibelius: Symphony No. 7 in C major
3. Bartók: Piano Concerto No. 3
4. Janáček: Sinfonietta

今年もプロムスの季節がやって来ました。先週15日のPROM1開幕、17日のギネスブック級超大曲「ゴシック交響曲」を共に別件のため聴き逃してしまったので、今日が自身のPROMS開幕です。開演前、Voyage2Artさんとばったり、久々にお会いしましたが、以前よりさらにお元気そうだったのが何よりでした。

マンチェスターに本拠地を置くハレ管弦楽団は現存するイギリス最古のオーケストラ。英語の正式名称は単に「The Hallé」だけなんですね。名前は昔からよく聞いていましたが、イギリスのオーケストラとは実は全然意識しておりませんでした。バルビローリ指揮によるレコードを何枚か聴いたことがありますが、生は初めて。ついでに、マーク・エルダー卿も、シフ・アンドラーシュさえも、実演は初めてだったりします。

前半はシベリウス、正直苦手分野です。オケはざっと見たところ、女性比率がかなり高いです。ホルン以外の全パートに女性がいて、団員の半分以上が女性という構成。ティンパニも細身の美女でした。エルダーはサーの称号を持つ現役指揮者では多分唯一人、まだ聴いてなかった人ですが、いかにも英国紳士然とした品位のあるお顔立ちは、誰よりも「サー」にふさわしく見えました。指揮棒を使わずにきびきびと統率し、線のそろった堅実な音を導いていきます。オケはアンサンブルの乱れもなく、期待以上に上手いです。1曲目の「歴史的情景」第2組曲は全く初めて聴く曲でしたが、シベリウスらしい素朴な旋律と劇的なオーケストレーションがほどよくミックスされていて、なかなかの佳曲でした。続く交響曲第7番でティンパニが男性奏者(多分首席)に交代しましたが、プロの演奏会で奏者が途中で代わるのは珍しいです。こちらも普段はほとんど聴かない曲なので、内容がぐっと抽象的になった分、短い曲ですが道を見失い、漫然と聴き流してしまいました。

後半は北欧から東欧へ。ブダペスト駐在時代、「ハンガリー三羽がらす」のうちコチシュとラーンキは何度も聴きましたが、シフだけは聴くチャンスがありませんでした。シフは元々国外での活動がメインだった上に、ソロリサイタル中心だったので、大管弦楽派の私には食指をそそられる演奏会が少なく、記憶では2度チケットを買ったものの、最初はキャンセルを食らい、最後は自分の本帰国のほうが先に来てしまって、結局縁がありませんでした。

そのシフは現在、当面ハンガリーで演奏することはない、帰国もしない、という「祖国との決別宣言」をしております。そのいきさつはhaydnphilさんのブログ(例えば1/161/175/5、他にも多数あり)に詳しいのでそちらを是非参照いただくとして、手短に言うと、昨年政権を奪還した右派(と言いながらやってることはほとんど左派の)政党フィデスが、メディア法というEUの他国からも顰蹙を買いまくっている言論統制法案を議会で可決し、シフがそれに反対するコメントをワシントン・ポストに投稿したところ、フィデス系のマジャール・ヒルラーフという新聞がシフを名指しで「裏切り者」と非難、ユダヤ人差別を含む常軌を逸した内容の反論記事を書いたため、こういった祖国の風潮に抗議する意味で当分祖国へ帰らない決心をしたということです。

バルトークのピアノ協奏曲第3番は、ナチス支配を逃れて最晩年を過ごしたアメリカで、ピアニストでもあるディッタ夫人が自分の死後もレパートリーとできるような曲を、という目的で書かれた曲ですので、第1番、第2番の暴力的な激しさとはうって変わって、全編通して優しい雰囲気に包まれております。同時期のオケコンもそうですが、円熟した作曲技巧と実は持ち前のサービス精神が融合した傑作だと思います。以前ほどあからさまな民謡旋律をぶつけることはないながらも、時おり匂わせる、おそらく再び地を踏むことはないであろう祖国への強烈な郷愁が心を打ってやみません。シフは冒頭からとうとうと語りかけるようなピアノで、即物的なコチシュとは極めて対照的、人間味に溢れた呼吸です。バルトークのピアノ協奏曲集はいろんなCDを持っていますが、シフはやっぱり第3番が光っています。圧巻の技量で勝負する曲ではないので、丹念に彫り深く音を紡いでいくシフの表現スタイルはぴったしハマります。特に第2楽章、緩やかな弦の和音にかぶさる打鍵の情感がまさに溢れんばかりで、深みに引き込まれました。底支えするオケがこれまた精緻な演奏で、土臭さを感じさせない都会的でクールなもの。引き締まった音でピアノを際立たせる職人技の伴奏に、惜しみない拍手を送りたいです。

ベルリンの壁が壊れ、ハンガリーも政治体制変換の時を迎えた1990年に、永らく祖国を離れていたショルティがオールバルトークの凱旋帰国演奏会をブダペストで行った(当時のリスト音楽院ホールでは収容しきれず国際会議場での開催)映像を見たことがありますが、その時のピアノ協奏曲第3番の独奏が他ならぬシフでした。ショルティもシフも、母国に自由が取り戻され、この地で再開できた喜びを包み隠さず顔に出していたのが印象的でした。20年後、自由を再び奪うような祖国と決別し、もう帰らぬ決心を胸に抱きながらまたこの曲を奏でる胸中は、いかほどのものだったでしょうか。アンコールで演奏したシューベルトの「ハンガリーの旋律」という小曲がまた、意味深でした。


最後はチェコの英雄ヤナーチェクの代表曲「シンフォニエッタ」。「小交響曲」というタイトルながら、バンダがずらっと並ぶ大編成、でも内容はやっぱりプリミティブでこじんまりとしています。エルダー監督の下、きりっと集中力の高い弦、速いパッセージも危なげなくこなし 派手さはないが実力は本物の木管、鋭く切り立ったりブカブカ鳴ったりせず終始柔和な音色の金管、統一感があってたいへん好感の持てるオケの音でした。唯一、横滑りするような叩き方のティンパニにちょっとイラっとしましたが、それも含めてまさにプロの仕事。凝縮した小宇宙を垣間見た気がしました。このコンビ、ロンドンでは聴くチャンスがあまりないのは残念です。

最後に、今回初めてサイドストール席に座ってみましたが、真横ながらピアノもよく聴こえましたし、期待通り良い音響でした。後方のコーラス席も意外や音響は良いですし、ロイヤル・アルバート・ホールは方角関係なく、とにかくできるだけステージに近い席で聴くのが吉のようですね。

マリインスキー劇場バレエ:白鳥の湖(ロパートキナ)2011/07/25 23:59

2011.07.25 Royal Opera House (London)
Boris Gruzin / Orchestra of the Mariinsky Theatre
Marius Petipa, Lev Ivanov (Choreography)
Konstantin Sergeyev (Revised Choreography)
Uliana Lopatkina (Odette/Odile), Daniil Korsuntsev (Prince Siegfried)
Elena Bazhenova (The Princess Regent), Soslan Kulaev (The Tutor)
Alexei Nedviga (The Jester), Andrei Yermakov (Von Rothbart)
Yana Selina, Valeria Martinyuk, Maxim Zyuzin (The Prince's Friends)
1. Tchaikovsky: Swan Lake

昨年夏はボリショイ劇場(バレエとオペラ)のロンドン公演がありましたが、今年の夏はマリインスキー(キーロフ)バレエの来英です。初のロンドン公演から50周年の記念シリーズだそうです。初日の「白鳥の湖」は立ち見も出るほどの満員大盛況でした。

指揮者のボリス・グルージンはロイヤルバレエでも指揮をしている人ですね。全体的にスローペースで、しかもテンポを揺さぶる揺さぶる。ロイヤルとはちょっとスタイルが違うようです。マリインスキー劇場のオケは、オーボエを筆頭に木管は良い音を出していましたが、金管、特にトランペットとトロンボーンははっきり言ってイマイチ。指揮者の性向もあるのか、ちょっとパンチ不足感のある演奏でした。

あえて初日の「白鳥の湖」を狙ったのは、噂のロパートキナを見たかったから。しかし、正直な感想としては(的外れでしたら素人の戯言とお笑いください)、キレがないし、バネがない、ところてんのような印象でした。確かに、きめ細かい手先の表現とかポワントの軽さは飛び抜けており、ゆるぎなく完成された白鳥であったと思います。これは、例えるならピンと立った新鮮なイカ刺しよりも、かめばかむほど味が出てくるスルメの美味しさになりますでしょうか。って、私は実はイカ食べられないのでよくわからないんですが。贅肉の一切ないやせぎすな体格と無表情さが、近寄りがたい感じです。うーむ、黒鳥になったらガラっと転換して驚かせる作戦か、と思ったのですが、オディールでは確かにツンとした表情になり、仕草も違ったものの、踊りでは白と黒のキャラクター分けをあまり感じ取ることができませんでした。今まで何度となく見てきたオディット/オディールの中でも、コントラストの付け方は最も控えめな部類です。オディールのフェッテは多分30回も回っておらず、何かひっかかった感がありました。

他に、第1幕のパ・ド・トロワは回転が乱れたり、よろけたり、足を痛めたんじゃなかろうかと思うくらい変な音を立てて着地していたりして、バタバタとした印象。道化師もよく見ると高くは飛んでいるんですが、どこか黄昏れていて、ハツラツとしてない。魔王は、いちいち決めるポーズがブツ切れで流れるような運動感がない。最後に白鳥をリフトするときは一瞬手が滑ってハラハラさせました。うちにあるキーロフバレエの古い映像(1968年)のDVDで出てくる魔王のほうが、相当にはじけていて小気味よかったです。とにかく、全体的に躍動感が薄かったし、踊り以外の例えば歩く動作が緩慢で、スローテンポの伴奏と相まって、初日なのに何だかお疲れモード。王子を筆頭にみんな落ち着き払ってのっしりと歩いて登場してくるのが、昔日本で見たレニングラード国立バレエを思い出しました。ロシアのバレエ団の「白鳥の湖」はそういう伝統なんでしょうか。一方で群舞はさすが旧ソ連のバレエ、完成度の高いマスゲームでした。四羽の白鳥の踊りは感動的に上手かったです。

ラストで王子様が魔王からもぎ取った片方の羽で他ならぬ魔王をバシバシしばき倒すのがなかなかシュールな展開。魔王があっさり倒されたあとは、オディットも王子も天に召された様子もなく、魔法が解けてハッピーエンド。そんなのありかー、と思いましたが、そういう版もあることを後で思い出しました。ハッピーエンド版も、ロシアの伝統ですかね。


マリインスキー劇場バレエ:シェヘラザード(ヴィシニョーワ)他2011/07/29 23:59


2011.07.29 Royal Opera House (London)
Mariinsky Ballet: Homage to Fokine
Boris Gruzin / Orchestra of the Mariinsky Theatre
Mikhail Fokine (Choreography)

マリインスキー劇場バレエのロンドン公演、2つめの演目は「フォーキンへのオマージュ」と題したトリプルビル。ミハイル・フォーキンがバレエ・リュスのために振り付けた代表作をまとめて見れるおトクなプログラムです。舞台で見るのはどれも初めてでした。


1. Chopin (arr. Glazunov & Keller): Chopaniana
 1) Polonaise No. 3 in A major ("Military"), Op. 40/1
 2) Nocturne No. 10 in A-flat major, Op. 32/2
 3) Waltz No. 11 in G-flat major, Op. 70/1
 4) Mazurka No. 23 in D major, Op. 33/2
 5) Mazurka No. 44 in C major, Op. 67/3
 6) Prelude No. 7 in A major, Op. 28/7
 7) Waltz No. 7 in C-sharp minor, Op. 64/2
 8) The Brilliant Grand Waltz in E-flat major, Op. 18
Agrippina Vaganova (Revived Choreography)
Yana Selina (Waltz #11), Ksenia Ostreikovskaya (Prelude)
Alexander Parish, Maria Shirinkina (Mazurka, Waltz #7)

最初の「ショパニアーナ」は、ショパンのピアノ曲をグラズノフが編曲した管弦楽組曲にバレエの振り付けをしたもので、「レ・シルフィード」というタイトルで上演されるほうが多いようです。言い訳から入りますと、私はショパンの音楽に何も思い入れはなく、正直、好きなほうではありません。編曲は、ただオーケストラにしてみました、というだけで鮮烈さのかけらもないもの。オケの演奏も先日の「白鳥」初日からさらにヌルくなっており、舞曲らしいシャッキリ感がまるでなく。退屈な音楽、退屈な編曲、退屈な演奏と、見事な「トリプルビル」のおかげで、昼間の仕事の疲れも重なり、とても目を開けておられませんでした。ストーリーは特になく、ひたすら踊りの美しさを見せるバレエだったのも敗因で、あーやっぱり上手だなあと感心はしたのですが、睡魔には勝てず。ということで、これはごめんなさいです。


誰がだれだかわかりませんが、一応写真を。


2. Stravinsky: The Firebird (1910)
Isabelle Fokine / Andris Leipa (Reconstructed Choreography)
Ekaterina Kondaurova (The Firebird), Andrei Ermakov (Ivan-Tsarevich)
Evgeniya Dolmatova (The Beautiful Tsarevna), Soslan Kulaev (Kostchei the Immortal)

気を取り直して、個人的な本日のお目当て「火の鳥」です。トリプルビルなので組曲かなと思っていたら、全曲版でした。先ほどと一転して、これは見応えのあるプロダクションでした。火の鳥を踊ったエカテリーナ・コンダウローワは、背が高く、凛としていて、めちゃかっこ良かったです。ジャンプは高く躍動的で、身体能力は非常に優れてそう。欲を言えば、あまり軽々と飛ばないで、ジャンプの滞空時間にあと少しだけタメがあれば、せっかくの長身なんだからもっとスケール感が出るんじゃないかなとは思いましたが、何にせよ抜群に光っていました。カーテンコールではひときわ大きい拍手をもらっていましたが、一貫して冷徹な表情を緩めず、火の鳥になり切っていたのが、またクール。火の鳥の前にかすんでしまいましたが、若者イワンとお姫様も穴のない奇麗な踊りで、安心して見ていられました。魔王カスチェイはよたよたした演技のみで踊りらしい踊りはなし。クライマックス「魔王カスチェイの凶悪な踊り」では音楽に合わせてズンズンと足を踏み鳴らす群舞が、所謂クラシックバレエにはないプリミティブな迫力で、新鮮でした。残念ながら、オケは相変わらず調子上がらず。私の席は特にトランペットの音が直接向かってくる位置だったので、バアバアと耳に触る音がとっても不愉快。褒めるところは木管の音くらいで、こんだけキレのない火の鳥は聴いててつらかったです。2008年グラモフォン誌選出の世界のオーケストラ・ベスト20ではマリインスキー劇場管は14位で、サンクトペテルブルグフィルやメトロポリタン歌劇場よりも上位に着けていましたが、この目の前のオケはいったいなんなのでしょう?主力がごそっと抜けてるんですか?


一番右が火の鳥のコンダウローワ。(見りゃわかるって)


3. Rimsky-Korsakov: Schéhérazade
Isabelle Fokine / Andris Leipa (Reconstructed Choreography)
Diana Vishneva (Zobeide), Igor Zelensky (The Golden Slave)
Vladimir Ponomarev (Sultan Shakhriar)
Karen Ioanissiyan (Shah Zemen), Stanislav Burov (The Chief Eunuch)
Evgenia Dolmatova, Yulia Stepanova, Alisa Sodoleva (Odelisques)

最後は看板プリンシパルのヴィシニョーワ、ゼレンスキーがいよいよ登場する「シェヘラザード」。これも基本的には全曲演奏でした。第1楽章がまるまる幕前の序奏に当てられており、相当間延びしました。目の覚めるような演奏だったらまだよかったのですが、もう期待してなかったとは言え、予想通りアップアップのアマチュア級ヴァイオリンソロに、早く幕を開けてダンサーを出さんかい、とイライラしました。ストーリーはアラビアンナイトの序章から取っていて、サルタン王の愛妾ゾベイダが不貞をしているという弟の密告を確かめるため、狩りに出るフリをしてあえて留守にしたところ、早速ゾベイダは愛人である金の奴隷を解放して快楽の時を過ごすが、ほどなく戻ってきたサルタン王に一同皆殺しにされ、一人残ったゾベイダは短剣で自害する、というお話です。これもなかなか見応えのあるバレエでした。最初のオダリスクの艶かしい大人向け踊りが、うちの子供にはちょっと早かったかもしれませんが、オジサン的には何とも目の覚めるものでした。その後に出てきた真打ちのヴィシニョーワは、さらに輪をかけてしなやかな身体のくねりと(いったいどんな関節をしてんだ?)、色気抜群の腰の動きに、参りました。逞しいゼレンスキーとのパ・ド・ドゥも実に官能的。踊りは全体的に素晴らしいパフォーマンスでしたが、これでオケがもっとしっかりしてくれていれば…。


ヴィシニョーワとゼレンスキー、やらしかったです。


初日もそうでしたが、開演時間になってもなかなか演奏が始まらず、休憩を経るごとにどんどん時間が押して行きました。終演は10時30分の予定が、ハウスを出たらもう11時、長い公演でした。今回のマリインスキーは、うちはここまでです。後の演目は別の指揮者も出てくるようなので、手綱を引き直してくれたらよいのですが。

演奏会備忘録のこと2011/07/31 09:32

いつどこで何を聴いたかは時間がたつとどんどん忘れて行きますので、「演奏会備忘録」を2003年3月分からせっせと書いています。後で読んでどんなイベントだったのかを何となくでも思い出せるように、というのが目的の、第一には全く自分のためのメモです。とは言え、要点殴り書きでは結局後で意味不明になりかねないので、一応人に読んでもらってもかまわない文章の体裁にして、そのころすでに閑散としていたNetnews(fj.rec.music.classical)にせっせと投稿するところから始めていました。その当時からのスタイルとして、速報の意味でまずNetnewsに投稿し、後で校正・推敲・加筆した文章を保存用として「演奏会備忘録」に追加しました。ですので、ブログに速報を書いている今でも、自分のための記録としてはあくまで備忘録が正版で保存版のつもりです。最近はずぼらになって、同じ文章をブログ、mixi、備忘録にコピペしていることも多いですが。

文章を書くのは決して嫌いではないけれど、ちゃんとした文章が息をするようにさらさらと書ける才能は、自分には全くありません。作家・文筆家にだけはなれないだろうな、と自分でも思います。ドツボにハマったときなど、自分の頭や胸に去来するこの思いを何とか上手く表現する言葉を、集めようとすればするほど散り散りに逃げてしまって、いっこうに筆が進まないこともしょっちゅうです。

演奏会そのものの情報よりも背景とかウンチクとか自分語りが多かったりするのは、ひとえに自分のためのメモだから。事前に下調べしたことなども、書き留めておかないとイベントが終わったとたんにたいてい忘れてしまいます。一方、肝心の演奏会の内容がどうだったかは、あまり大したことが書けている自信はなく、在ロンドンのブロガーの方々の文章を読んでいると、同じものを聴いていながらこのイマジネーションの違いは何だ、と、自分にがっかりすることしきりです。思えばブダペスト在住のころは、そもそも日本人で演奏会に通い詰める人がほとんどいなかったので、同じ演奏会のレビューを日本語で見ることは皆無に近く、孤立無援だったのでした。ある意味、何でも書き放題で、超お気楽だったとも言えますが。

全くの個人的メモとは言っても、数名でも読者がついてくれていると気付けば、それなりに張り切って書いてしまうので、これでも以前と比べたら文章の量が激増していて、睡眠時間が奪われておりピンチです(笑)。まあ、今のうちだけと思ってがんばってます。日本に帰ったら、ことオーケストラ、オペラ、バレエに関しては書くべきイベントが激減することは明らかで、仕事帰りにふらっと演奏会、なんて環境は、日本では職場がアークヒルズか初台か池袋駅前にでもない限り無理でしょう(実は学生のころ長く初台に住んでいましたが、当時はオペラシティなどまだ影も形もありませんでした)。

今後は、短い中にも自分のキーポイントだけは活き活きとライブで動いている、そういう文章を書き残せるように精進したいと思っております。通りすがりで読んでくださる方々には、「へえ、あのころ、ロンドン/ブダペストで、こんな演奏会があったんだー」という、ささやかな「へえ」だけでも持って帰っていただけたら、全く本望です。