ロイヤルバレエ:ヘンゼルとグレーテル2013/05/09 23:59


2013.05.09 ROH Linbury Studio Theatre (London)
Royal Ballet: Hansel and Gretel
Liam Scarlett (choreography), Dan Jones (music)
Ludovic Ondiviela (Hansel), Elizabeth Harrod (Gretel)
Johannes Stepanek (father), Kristen McNally (step-mother)
Donald Thom (sandman), Ryoichi Hirano (witch)
Dan Jones/Orquesta Sinfonica de Galicia (music performed by)

ロイヤルバレエの奇才スカーレットの新作にして初の全幕もの、リンベリースタジオながらエース級をふんだんに投入した配役、童話を題材にしていながら子供禁止の演出ということで、全く事情通じゃない私でも何だかよくわからない期待感で胸いっぱいになってしまうほどでしたが、平のフレンド向けチケット発売日の朝一番にアクセスするも、すでにソールドアウト。しつこくサイトをチェックして、何とか初日と二日目のリターンを1枚ずつゲットしました。マクレー様の出演する初日はもちろん妻の取り分ですので、私が見たのは二日目のBキャスト。そのマクレーさんが素顔で奥様の晴れ姿を見に来ていて(初日は砂男のかぶり物を付けっぱなしで顔が見えなかったそうです)、そのへんをうろうろしていたので、結果的にはこっちの日に来たほうが妻は正解だったかも。

「ヘンゼルとグレーテル」はグリム童話ですから元々がダークなテイストですが、このスカーレット版は舞台設定を1950年代のアメリカに移して、離婚(継母)、アル中、家庭内暴力、ペドフィリア、ネクロフィリアといった原作にはない要素を盛り込んで、全編をダークなムードで統一しています。ラストも救いがありません。この童話を現代に持って来て展開したら、やっぱりこうなるんだろうな、という妙な納得感はありました。

舞台はモダンですが、踊りはコンテンポラリーというよりは、ポワントシューズで踊るバレエの範疇です。マクレー夫人のエリザベス・ハロッドをちゃんと見るのは初めての気がしますが、顔がちっちゃくて可憐だけど芯が通っててやるときゃやるキャラクターが、グレーテルにぴったりハマりました。継母のマクネリは、これまで「アリス」のイカレた料理人とか、ストラヴィンスキーの「結婚」とか、ヘンな役所ばっかりで見ていたのですが、ミスユニバース系の正統派美人であることにようやく気付きました。

個人的に今日一番のヒットだったのは、ヤノウスキーの代役だった平野亮一さん。白髪のオールバック、切れ長の目に黒ぶち眼鏡、書生っぽいセーター、いっちゃってるニヤケ笑い、彼のウィッチ(というよりウィザード)は「アブナイ人」キャラがめちゃめちゃ立っていて、インパクト極大でした。長身のガッシリしたプリンス系の役を踊ってきた彼にしては、だいぶ新境地を開拓したのではないでしょうか。彼が日本人で、見ている私も日本人だからこそ感じた「猟奇性」は確かにあったと思うので、現地の観衆はどう感じたのか、聞いてみたいです。それにしても、蓋を開けてみたらこのウィッチは全くの男役で、これを(男勝りの長身・筋肉質ではあるけれども女性であり母である)ヤノウスキーにどう踊らせるつもりだったのか俄然興味が湧き、次の機会には是非とも元々の発想を見たいものだ、と思いました。

初日ではマクレーが演じた砂男は、原作にはない登場人物ですが、フンパーディンクのオペラでは「眠りの精」に相当する役回しかと。サイバーニュウニュウのメカエルビスみたいな(という例えがわかる人は少ないでしょうが)リーゼント、無表情のかぶり物で、キッチンの冷蔵庫の中からいきなり登場し、終始くねくねくにゃくにゃと動いて、ウルトラマンレオで蟹江敬三が演じていた軟体宇宙人ブニョ(という例えがわかる人はもっと古い)みたいに、実に神経を逆撫でするキャラクターです。この日しか見てないので何とも言えんのですが、Bキャストのドナルド・トームは身体の柔軟性において、この役にはあまり向かないのではと思いました。ウィッチに比べて「アブナイ」度が足りませんでした。もっと重力に身を委ねタコのように脱力し切った異形の動きは、マクレーなら多分できるはず。

今日は舞台を挟んで両側に客席があり、一部がせり上がって下からお菓子の家ならぬ「玩具の家」の地下が出てくるという3Dな舞台装置でした。これはメインのオーディトリウムでは上演困難でしょう。リンベリーは2回目でしたが、このスタジオにはいろんな仕組みがあるものだと感心しました。第一部の追っかけっこ場面などが多少冗長に感じましたが、それ以外は目の離せぬ100分間で、私は大いに楽しみました。こんなことならAキャストのチケットも自分用に買っておくべきでした。



アブナい人、平野亮一さん。

ロイヤルオペラ/ルイゾッティ/ドミンゴ/モナスティルスカ/カレ/ピッツォラート/コワリョフ:濃厚「ナブッコ」のワーグナー風2013/04/20 23:59

2013.04.20 Royal Opera House (London)
Nicola Luisotti / Orchestra of the Royal Opera House
Daniele Abbado (director)
Plácido Domingo (Nabucco), Liudmyla Monastyrska (Abigaille)
Andrea Caré (Ismaele), Marianna Pizzolato (Fenena)
Vitalij Kowaljow (Zaccaria), Dušica Bijelic (Anna)
Robert Lloyd (High Priest of Baal), David Butt Philip (Abdallo)
Royal Opera Chorus
1. Verdi: Nabucco

今シーズンのニュープロダクションである「ナブッコ」はミラノ・スカラ座、バルセロナ・リセウ劇場、シカゴ・リリックオペラとの共同製作となっております。ここROHでは前半5回のタイトルロールをレオ・ヌッチ、後半4回をドミンゴが歌う(残りは全て同じキャスト)ということで、これは困った、どちらもまだ生で聴いたことがない。歌は、もちろんヌッチが良いに決まっているけど、ドミンゴも一度は見てみたいし(過去の出演時は枚数制限のおかげで家族分のチケット取れず)と迷ったあげく、結局ドミンゴの回を何とかがんばってゲットしました。

結論を先に行ってしまうと、音楽面では期待をはるかに上回る、たいへん素晴らしい公演でした。まず、歌手陣が極めてハイレベルの競演。特にアビガイッレ役のリュドミラ・モナスティルスカとザッカリア役のヴィタリ・コワリョフは、どちらも知らない人でしたが、芯のある美声、豊かな声量、劇的な表現力、どれを取っても、どこの劇場でも拍手喝采間違いなしの立派な歌唱で、実際この二人への拍手はドミンゴをも凌ぐものでした。フェネーナ役のピッツォラートも、声は素晴らしかったのですが見た目が非常に問題。大昔のワーグナー歌手じゃあるまいし、いくら声が良いと言ってもお姫様役でこの劇太りは今時あり得ない。元々共感できるところが少ないフェネーナという役所は、この容姿のおかげでますます絵空事にしか思えなくなりました。モナスティルスカもどちらかというとガッシリ系体格なので、この二人に挟まれたイズマエーレ役のカレは、よく見るとワイルドな伊達男で歌もしっかりしていたのに、貧相に見えてしまってちょっと割りを食いました。後は、ザッカリアの妹アンナ役とバビロニアの兵士アブダロ役は、去年ROHのヤングアーティストで見た「バスティアンとバスティエンヌ」で主役を歌ってたペアですね。

生では初めてだし、バリトン役を歌うのは全く未知だったドミンゴ先生は、やっぱり予想していた通り、声質がバリトンではなく完全にテナーのものでした。低音成分が貧弱なのは正直物足りない感じはしましたが、他の若い歌手陣に全く負けていない抜群の声量と、いかにも舞台慣れした堂々の演技力は、さすがスーパースターと脱帽するのみでした。今年72歳、3年前には癌の手術から生還した身でありながら、この溢れるパワーとヴァイテリティは驚異的です。若いころの声はどれほど凄かったことか、長年トップであり続けたのもこの人なら納得できると思わせるに十分でした。

日本でもお馴染みの指揮者ルイゾッティは、オケもコーラスも分け隔てなくノリノリで引っ張ります。金管の問題児たちをバンダで舞台裏に追いやった?せいもあるのかもしれませんが、パッパーノ以外でこれだけ集中力あるオケの音は、久々に聴きました。ROHのオケは、イタリア系指揮者との相性が実は良いのかもしれません。有名な第3部の合唱「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」は、拍手が持続しなかったのでアンコールがなく、残念。6年以上前にブダペストのエルケル劇場で見た際はちゃんとお約束のリピートをやっていましたが。それはともかく、指揮者、オケ、歌手の三位一体となったがんばりのおかげで、極めて劇的な音楽に濃厚な歌唱が上手くマッチした音楽面は素晴らしく、たいへん優れた公演でした。

難を言うとすれば、演出。古代エルサレムの世界はどこへやら、大きな砂場に象徴的なセット、背後には舞台を別アングルで撮ったビデオ(最初ライブ映像かと思いましたが、よく見るとあらかじめ作っておいたムービーのようです)が流れ、背広を着たキャストを見ていると、大元のコアはどこに言ったのか、いったい何の話だったのか、わけがわからなくなります。それ以前に、人が歩くたびに砂煙が舞台上空まで舞い上がり、第2部では舞台上で本物の火をもうもうと焚いたりして、歌手や合唱団にとっては迷惑この上ない演出だったのではないかなと。登場人物が皆20世紀初頭くらいのみすぼらしい平民服だったのも、この舞台をただ面白くないだけでなく、人間関係をさらにわかりにくいものにしていたと思います。歌手陣が全般に良かっただけに、歌われる歌詞と舞台の上の出来事との乖離もいちいち不愉快でした。演出を除けば五つ星をあげられる公演だっただけに、演出だけが評判を下げることもあるという事実を目の当たりにしました(ちなみに演出家はアバドの息子)。歌手は皆恰幅があり声量豊か、濃厚な味付けの音楽だったので、何だかワーグナーを聴いている感じがする公演でしたが、演出の雰囲気から言っても、確かにこの演目がヴェルディじゃなく「パルシファル」だったら違和感なかったかも、とは思いました。



イズマエーレのアンドレア・カレ。強烈な人々に挟まれてかわいそうでした。


フェネーナのピッツォラート。あなたがプリンセスではなくブリュンヒルデというなら、まだ黙認もできたのですが。


ザッカリアのコワリョフ。この人は地味ながらなにげに声が凄かった。


本日の一番人気、アビガイッレのモナスティルスカ。


ドミンゴ先生も、もちろん大人気ですが、終始うつむき加減なのが気になります。


ルイゾッティの引き出すオケの音も素晴らしかったです。


真ん中は合唱指導の人。

ロイヤルバレエ/マクレー/マルケス/崔:ラ・バヤデール(インドの舞姫)2013/04/12 23:59

2013.04.12 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: La Bayadère
Valeriy Ovsyanikov / Orchestra of the Royal Opera House
Marius Petipa, Natalia Makarova (choreography)
Roberta Marquez (Nikiya), Steven McRae (Solor)
Yuhui Choe (Gamzatti), Eric Underwood (The High Brahmin)
Gary Avis (Rajah), Tristan Dyer (Magdaveya)
Kristen McNally (Aya), Thomas Whitehead (Solor's friend)
Alexander Campbell (The Bronze Idol)
1. Minkus: La Bayadère (orch. by John Lanchbery)

今年の残りシーズンは、オネーギン、ジゼル、ドンキ、バヤデール、マイヤーリンクといった、フルレングスの定番バレエでまだ見たことがなかった(どちらかというと後回しにしていた)演目を運良く落ち穂拾い出来ております。

「バヤデール」は古代インドの宮廷を舞台にした悲恋物語。戦士ソロルは寺院の踊り子ニキヤと密かに恋仲ですが、言いよってくる美麗の王女ガムザッティについ魅せられて、ニキヤは暗殺され、最後はソロルとガムザッティの結婚式で仏様の鉄槌が下って全員死亡、というはちゃめちゃなあらすじです。もちろん今日のプリンシパルは我家の定番、マクレー・マルケス・ペアですが、ガムザッティ役は当初モレラだったのが、怪我のためユフィちゃんに交代。男を惑わす美貌、という役どころにモレラというはどうしても違和感があるので、このキャスト変更、私的には大歓迎。そしてユフィちゃんは美しく冷血なプリンセスを見事に演じ切っていたと思います。ソロルに投げかける美人の自信に満ち溢れた笑みと、ニキヤと対峙したときの鬼の形相がどちらも非常に分かりやすくて、コントラストが面白かったです。それにしてもユフィちゃん、顔、怖いわ〜。

マクレーは特に失敗とかまずいところはなかったと思うのですが、メークのせいかもしれませんが、何となくお疲れ感が漂い、いつものハツラツとしたキレがそれほど感じられませんでした。パートナーのマルケスは、このところ不調で「おや?」と思うことが何回かあったのですが、今日の堂々と安定したジャンプと足裁きはまさにプリンシパルのもの。回転にも勢いのある加速がありました。マクレーとの息もぴったりで、妻は「やっぱりこのペアよね〜」と大満足の様子。一つには、ユフィちゃんとの対比があったと思います。マクレーさんとユフィちゃんのペアはやっぱり急造で、タイミングが合わず回転でオケのほうを待たせてしまうような箇所が何度かありました。本来ならニキヤとガムザッティはどちらもプリンシパルでバランスの取れた力量であるべきが、いくら美人でスタイルが良くても、ユフィちゃんの踊りは軽いし、小さい。マルケスがプリンシパルで、ユフィちゃんがその地位に近づきながらもまだ届いていないのは、こういうことなのか、というのが今日は如実に感じ取れました。と、素人がえらそうな放言をしてしまいまして、ファンの方には真にすいません。まあ、腰のくびれを見比べると、贅肉なくきゅっと絞れたユフィちゃんに対し、マルケスのほうは最近太ったとか悪口叩かれるのもいたしかたないかなと思えました…。バヤデールは露出の多い衣装なので、お腹周りに目が行くのは仕方がない!(きっぱり)


ガムザッティのユフィちゃん。メイクをするとホントに奇麗な人です。



キャンベルの青銅の仏像は、出番は少ないがインパクトのある美味しい役です。指揮者のオヴィシャニコフは先日ミハイロフスキーバレエで見たばかり。




ロイヤルバレエ:不思議の国のアリスの冒険2013/03/15 23:59

2013.03.15 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Alice’s Adventures in Wonderland
David Briskin / Orchestra of the Royal Opera House
Christopher Wheeldon (Choreography)
Sarah Lamb (Alice) Federico Bonelli (Jack/The Knave of Hearts)
Edward Watson (Lewis Carroll/The White Rabbit)
Zenaida Yanowsky (Mother/The Queen of Hearts)
Christopher Saunders (Father/The King of Hearts)
Alexander Campbell (Magician/The Mad Hatter)
Eric Underwood (Rajah/The Caterpillar), Gary Avis (The Duchess)
Ricardo Cervera (Vicar/The March Hare), James Wilkie (Verger/The Dormouse)
Kristen McNally (The Cook), Ludovic Ondiviela (Footman/Fish)
Kenta Kura (Footman/Frog), Leanne Cope, Beatriz Stix-Brunell (Alice's Sisters)
Philip Mosley (Butler/Excutioner)
James Hay, Dawid Trzensimiech, Valentino Zucchetti (The Three Gardeners)
1. Joby Talbot: Alice’s Adventures in Wonderland

ロイヤルバレエ団20年ぶりの新作フルレングスバレエとしてお披露目も華々しかった「不思議の国のアリス」も、早3シーズン目。今年の日本ツアーにも持って行くくらい、自信の定番レパートリーとして急速に定着しつつあります。プレミエの年は見れず、去年Aキャストで2回見たので、これで3回目ですが、考えたあげく、やっぱり今年もAキャストの初日狙いにしました。しかーし、蓋を開けてみたらタイトルロールのカスバートソンがラムに交代、さらには何よりショックなのがマッドハッター、マクレー様の降板…。妻号泣。去年降板で見れなかったヤノウスキーがちゃんと出てきてくれたのが救いでした。

去年とは振りや演出が変わっている箇所がいくつかあるような気がしたので、毎年毎回いろいろと修正を加えながらブラッシュアップしているのでしょう。当たり役のカスバートソンも可憐なアリスでしたが、純白人系ドールのような可愛さではラムはむしろその上を行くと思います。ミックスビル以外でラムを見るのは初めての気がするんですが、テクニックや演技力を大仰に誇示するのではない、コンパクトで無駄のない造作が好ましいと感じました。ヤノウスキーはさすがに役者で、エキセントリックかつコミカルな役所でありながら、わざとらしさを一切感じさせないナチュラルな表情とダンスでそれを表現し切ったのは全く素晴らしい。初演のメインキャストという強みもあるのでしょうが、やはりこれを見てしまうと、昨年のモレラはずいぶん無理な誇張をしたキャラクター作りだったのかなあと思ってしまいます。だからダメだというのではなくて、多分子供の観客にはモレラのほうがよりカトゥーニッシュでウケるかもしれません。マッドハッターのキャンベルは、残念ながら、とても残念だったとしか言いようがありません。やはりマクレーのタップダンスは特異な才能なのだなとあらためて思い知りました。この演目、まずは何よりマッドハッターのキャスティングをチェックしないといけないでしょう。

この演目はバレエ団総動員の賑やかさで、日本人メンバー(ユフィちゃん含む)も全員出ていました。初めて見る東洋系の若い男の子がいたのですが、それが噂のアクリ・ルカ君でしょうか?




6番ひかるさん、7番ユフィちゃんは今年も変わらないようです。そう言えば、ボネッリとひかるさんはペアで踊ることはないものの、しょっちゅう夫婦共演してますね。


ユフィちゃんと平野さんは最近よく組んでます。も、もしや…。


ラムとボネッリのさわやかペア。


指揮者のブリスキン。気を抜くとすぐにとろけてしまうオケを手堅く引き締めていました。


大人気のヤノウスキー。



カーテンコールの後、再び幕が開き、今月でROHのチーフ・エグゼクティブを退任してBBCに戻るトニー・ホール氏の記念レセプションがありました。

ロイヤルバレエ:ついてなかった、アシュトン・ミックスビル2013/02/15 23:59

2013.02.15 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Ashton Mixed Programme
(La Valse/Méditation/Voices of Spring/Monotones I, II/Marguerite and Armand)
Emmanuel Plasson / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (choreography)

アシュトン振付の小品を集めたミックスビル。昨年ENBに移籍したタマラ・ロホの退団記念公演、さらには元プリンシパルの問題児ポルーニンがゲストで復活というエポックメイキングな公演でもありました。ですが、今日は寝不足の悪い体調で臨んだ上、悪条件が重なったせいで、あまりポジティブなことは書けません。ロイヤルバレエ団に一切非はないんですが。ちなみに今日はテレビカメラが多数入っていたので、3月に日本のNHK BSで放送する映像撮りがあったのかもしれません。そのせいか、今日のオケは普段よりずっとしっかりしてました(これができるんなら、普段からそうやらんかい…)。


1. Ravel: La Valse
Hikaru Kobayashi, Samantha Raine, Helen Crawford
Ryoichi Hirano, Bennet Gartside, Brian Maloney

最初、スモークの向こうで華やかな舞踏会の様子が垣間見え、霧が晴れたとたん目の前に広がるきらびやかな世界。音楽が形を崩すに従い踊りも宮廷ワルツから自由になっていき、最後は曲が終わらないうちに幕が下りてしまう。ラヴェルの音楽に対するリスペクトがあります。飽きる暇もない濃密度な展開に、こいつは一発で気に入りました。しかし問題は、真後ろの席の母子連れ。多分就学前の男の子は風邪がひどいようで、上演中ず〜〜〜〜〜っとコンコンゴホゴホと咳をし続け(もちろんマスク、ハンカチなど持っておらず、菌バラ撒きまくり)、迷惑この上ない。こっちのイライラオーラが立ち昇っているのを母親のほうは察知してか、時々子供の口を押さえたりしてましたがそれで収まるわけもなく。舞台の上にあまり集中できないうちに終わってしまい、やれやれと思いつつカーテンコールの写真を一枚撮ったところ、妻の横の席のおばさんがすかさず、私ではなく妻に「写真はだめよ」と。マナー違反は承知の上なので、正面から言われたらやめるしかないです、すいません。もちろんこの日はロホの引退公演なので、立ち上がって写真・ビデオを撮っている人は他にもいっぱいいましたが…。


というわけで、唯一撮れた写真。

2. Massenet: Méditation from Thaïs
Mara Galeazzi, Rupert Pennefather (replaces Thiago Soares)

「タイスの瞑想曲」にちょっとアラビックテイストな振付がなされています。高いリフトが印象的ですが、うーん、私ごときの素養では、何のこっちゃ感の残る不思議な一品でした。後ろの子供の咳はまだ止まらず。この曲に後ろでずっとゴホゴホやられたら、たまったものじゃありません。そもそも子供が一番気の毒、さっさと家に帰してやんなさい、と思いましたが、お母さんは我関せずで「ブラヴォー」叫びまくってました。

3. Johann Strauss II: Voices of Spring
Emma Maguire (replaces Yuhui Choe), Valentino Zucchetti

ヨハン・シュトラウス二世の「春の声」。こちらもリフトで登場、リフトで退場という持ち上げワザが目を引きます。いかにも春らしい、活気あふれる楽しいデュエットでした。最近見てないユフィちゃんが降板してしまったのは残念です。ところでカーテンコールの写真を撮ってないと、どんな衣装だったかも早速おぼろげというか記憶がごっちゃになってしまっているので、記録としての写真が残ってないのは非常に痛い。と、ここで最初の休憩。

4. Monotones I and II
1) Satie: Préludes d’Eginhard (orch. by John Lanchbery)
2) Satie: Trois Gnossiennes (orch. by John Lanchbery)
3) Satie: Trois Gymnopédies (orch. by Debussy and Roland-Manuel)
Emma Maguire, Akane Takada, Dawid Trzensimiech
Marianela Nuñez, Federico Bonelli, Edward Watson

休憩後、子供は戻ってきませんでした。ほっ。序曲の後に、とんねるずの「モジモジ君」を連想せずにはいられない黄緑色の全身スーツに身を包んだ3人が、サティの寂寞な「グノシェンヌ」に乗せて組み体操のような踊り(と言うんでしょうか)を静かに繰り広げます。後半は白の全身スーツの、よく見るとヌニェス、ボネッリ、ワトソンという凄いメンバーが、これまたストレッチのような寡黙なパフォーマンス。これは正直、眠かった。ヌニェスの驚異的な身体の柔らかさ以外はほとんど記憶から飛んでます。せっかくうるさい咳がなくなったのに、これではいけませんなー。

5. Marguerite and Armand (Liszt: Piano Sonata in B minor, arr. by Dudley
Simpson)
Robert Clark (solo piano)
Tamara Rojo (Marguerite), Sergei Polunin (Armand)
Christopher Saunders (Armand's father), Gary Avis (Duke)
Sander Blommaert, Nicol Edmonds, Bennet Gartside
Ryoichi Hirano, Valeri Hristov, Konta Kura
Andrej Uspenski, Thomas Whitehead (Admires of Marguerite)
Jacqueline Clark (Maid)

もう一つ休憩を挟んで、本日のメイン「マルグリートとアルマン」ですが、これは前にも同じロホ、ポルーニンのペアで見ています。久々のロイヤル登場、自分のさよなら公演にあえて首になったポルーニンを引っ張り出してきたのは、よほど気に入ったのか、あるいはポルーニンに復活のチャンスを与えたいという温情とか、はたまた将来ENBに引っ張り込みたいという政治的思惑があったり、いろんなものが渦巻いていたのかもしれませんが以上は全て勝手な想像です。なお今回は二人ともゲスト・プリンシパルではなく単なるゲスト・アーティストという取り扱いでした。

久々に見るポルーニンは、めちゃカッコいい。シャープな立ち振る舞いは今のロイヤルにも代わりがいない、貴重な逸材です。身体のキレも衰えているようには全く見えず、ロホとの息もぴったし。ロホの美貌も、超柔軟な身体も、プリンシパルの貫禄も、この人はもうここにはいないんだということを忘れてしまうくらい、このオペラハウスの舞台に自然に馴染んでいました。前回見たときと感想に大きな変化はないんですが、私の趣味から言うとこの演目は音楽が絶望的に退屈です。申し訳程度にオケがサポートしてはいるものの、伴奏のメインはあくまでピアノですが、しかしそのピアノに舞台の上のパフォーマンスを受け止め支えるだけの力が全くない。曲のせい、ではないんでしょう。ピアニストも前と同じ人でしたが、せっかくのさよなら公演、スペシャルなゲストを呼んでくるアイデアでもあればまだ状況は違ったかも。とにかく、この演目は私にはちっとも楽しくなかったです。やっぱり自分は、バレエの公演でも6割くらいは音楽そのものに意識が行っているのだなあと、自己の性向を再認識するしかありませんでした。

例の子供はまた席に戻ってきていて、だいぶ風邪の様子はよくなっていたものの、幕が上がっても母親にずっと小声で話しかけていたかと思えば、そのうちまた咳き込み始め、やっと静かになったと思いきや、グーグーいびきをかきながら寝てしまいました。もうぶち切れ寸前。こんな状態の幼児を無理やり劇場に連れてきて、わざわざ害悪を周囲に撒き散らすのは、二重の犯罪行為だと糾弾さしてもらいます。帰り際によっぽど「あんたのおかげで最悪な夜だった」と言ってやろうかと思いましたが、とっとといなくなってました。さらに悪いことには、終了間際ですが、我々の後ろの立ち見席の人が意識を失って大きな音と共に突然倒れ、大騒ぎになってまして、とても舞台に集中するどころではありませんでした。長丁場の立見は、くれぐれも体調と相談してくださいね…。

ロイヤルバレエ/コジョカル/レイリー/高田/マクレー:オネーギン2013/01/19 23:59


2013.01.19 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Onegin
Dominic Grier / Orchestra of the Royal Opera House
John Cranko (choreography)
Kurt-Heinz Stolze (orchestration)
Alina Cojocaru (Tatiana)
Jason Reilly (Eugene Onegin)
Akane Takada (Olga)
Steven McRae (Lensky)
Bennet Gartside (Prince Gremin)
Genesia Rosato (Madame Larina)
Kristen McNally (Nurse)
1. Tchaikovsky: Onegin (orch. by Stolze)

チャイコフスキーには「エフゲニー・オネーギン」という立派なオペラ作品がありますが、このバレエの「オネーギン」はチャイコフスキーがバレエ作品として作曲したものではありません。シュトゥットガルト・バレエ団の芸術監督だったジョン・クランコが台本を書いてバレエ化するにあたり、音楽はチャイコフスキーのピアノ曲などから素材を集めてシュトルツェが編曲を施したものですが、同じストーリーであるのに歌劇の「エフゲニー・オネーギン」からは1曲も取材していないのがミソと言えばミソです。

初日の今日はAキャストとしてコジョカル、コーボー、高田茜、マクレーが主役にクレジットされていましたが、コボーが怪我のためキャンセル、代役は本家のシュトゥットガルト・バレエ団からプリンシパルのジェイソン・レイリーを呼んできました。もちろん初めて見る人ですが、すらっと上背があり、均整の取れたシルエットがいちいち美しく、これは期待以上の上玉。よどみなくしなやかな踊りと細やかな足さばきは、私には全く完璧に見えました。ロイヤルの旬ダンサー、マクレーのレンスキーを手玉にとってその上手をいくように(演技上とはいえ)見せてしまうのは、並の人ではないですね。ゲストでこの存在感はたいした適応力です。

コジョカルも他所からゲストプリンシプルを迎えるということで張り切ったのでしょう、全く危なげない堂々のパフォーマンス。ウブな少女が恋に舞い上がり、失恋で失望する思春期のアップダウン、妹を気遣う姉の顔、侯爵夫人になってからのクールさと、それでもよろめいてしまう女心、各々の場面で感情の移り変わりがリアルに滲み出て、さすがは演技巧者のベテランプリンシパルと感心しました。派手な跳び技などありませんが、見た目以上に体力的にはキツい演目なんでしょうか、第1幕の寝室で鏡から出てきたオネーギン(面白い演出です)とデュオを踊る場面では、終始はーはーと荒い息で喘いでいたのがちょっとセクシー(笑)。主役二人の踊りは、第3幕最後のクライマックスが特に素晴らしかったです。

マクレーさん、今回は敵役というか、彼には多分役不足な単細胞薄幸キャラクターでしたが、この人は本当に何を踊っても上手いので言うこと無し。奔放な妹役の高田茜さんはようやく怪我から復帰したところで、まだ身体が重そうに見えました。あるいは安全運転を心がけていたのかもしれません。オーセンティックな演出と舞台セット、周りはほとんど美形の白人ばかりという中で、思いっきり東洋人なお顔立ちの彼女は、一人だけ異色で浮いてます。肌の色や人種の違いは全然気にならない演目のときもあるんですが、この「オネーギン」ではコジョカルの妹が高田茜というのにどうしても違和感を禁じ得ず、生理的に受け入れられませんでした。すいません。

音楽に関しては、チャイコフスキーの曲を使い、チャイコフスキー風のオーケストレーションを付けてはいても、やはり最初からバレエを目的として作曲されたものとは違って、長丁場聴き続けるには退屈に感じました。音楽には魂が入っていないという印象を禁じえない。オケはまあいつも程度の水準で、トランペットはもう総入れ替えしちゃってください、と投書します。


主役の4人。こうやって見ると、高田茜さんもお人形さんみたいでかわいらしいんですけどねえ。


ロイヤルバレエ:トリプルビル(火の鳥/イン・ザ・ナイト/ライモンダ第3幕)2012/12/29 23:59

2012.12.29 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: The Firebird / In the Night / Raymonda Act III

今年最後のコンサートはロイヤルバレエのトリプルビル。お目当ては昨年もマリインスキー劇場の来英公演で見たフォーキン版「火の鳥」ですが、他もなかなかクラシカルな取り合わせです。

1. Stravinsky: The Firebird
 Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House
 Mikhail Fokine (choreography)
 Itziar Mendizabal (The Firebird), Bennet Gartside (Ivan Tsarevich)
 Tara Bhavnani (The Beautiful Tsarevna), Gary Avis (The Immortal Kostcheï)

火の鳥は当初カスバートソンがクレジットされていましたが、怪我のため降板。代役のメンディザバルはスペイン生まれの31歳、ライプツィヒ・バレエでプリンシパルに上り詰めた後ロイヤルバレエに移籍、現在ファーストソリストです。昨年末の「眠れる森の美女」、今年は「パゴダの王子」と「誕生日の贈り物」でも見ているのでこれで4回目になりますが、私の苦手とする面長オバサン顔の上、固い感じの踊りが面白みに欠け、全然好みではありません。ただ今日は、終始カッと目を見開いた恐い顔が異形の者の存在感をよく表現できていました。踊りはかっちりしていて上手いんだけどやっぱりどこか杓子定規で小さくまとまっていて、物足りません。王子に掴まれてもがくところは、例えば別の日にキャスティングされているマルケスならもっと悲壮感漂わせてジタバタ暴れる様子を上手く踊りきることでしょう。全体的には、同じフォーキン版とは言え昨年来英していたマリインスキー劇場バレエの上演とはだいぶ振付けが変わっていて、群舞のダイナミクスは優れていた一方、プリミティブな迫力には欠けました。後ろのアンサンブルには高田あかね、金子扶生のお顔も見えたような。オケは期待してなかったのですが、意外とピリっとした好演。去年のマリインスキーよりは100倍ましでした。肝心の魔王カスチェイの踊りで金管がもうちょっと踏ん張ってくれていれば、言うことはなかったのですが。




2. Chopin: In The Night (Nocturnes)
 1) Nocturne in C-sharp minor, Op. 27-1 (Nocturne No. 7)
 2) Nocturnes in F minor, Op. 55-1 (Nocturne No. 15)
 3) Nocturnes in E-flat major, Op. 55-2 (Nocturne No. 16)
 4) Nocturne in E-flat major, Op. 9-2 (Nocturne No. 2)
 Jerome Robbins (choreography)
 Robert Clark (solo piano)
 Sarah Lamb, Hikaru Kobayashi, Alina Cojocaru
 Federico Bonelli, Rupert Pennefather, Johan Kobborg

アメリカの振付師ジェローム・ロビンスによる、ショパンの夜想曲に乗せた小品。オケはなく、ソロピアノだけの伴奏です。ロビンスと言えば、私的には「ウエストサイド物語」の振付けでインプットされているので、もっとモダンなものを想像していたら、非常にクラシカルなバレエでした。最初の夜想曲第7番をラムとボネッリ、次の第15番を小林ひかる(怪我で急きょ降板したヌニェスの代役)とペネファーザー、第16番をコジョカル、コボー、最後に有名な第2番を全員で踊るという構成です。タイトルの通り、星空の下、パーティー会場から抜け出してきたかのように着飾った男女が、落ち着いた大人のデュエットを繰り広げます。何だか弘兼憲史の漫画に出てきそうな一場面ですが、幼さを残しながらじゃれ合う第1組、複雑な心のうちを秘めつつ相手を探り合う第2組、激しく愛憎を爆発させる第3組と、各々キャラクターが違うのが面白い。最後のコジョカル・コボー・ペアはさすがに息もぴったりで、人気はピカイチでした。プリンシパルに囲まれた代役の小林ひかるさんは、一番難しそうな役所だったし、ちょいと割りを食ってしまった感じですか。個人的には最初のラム・ボネッリ・ペアの初々しさが良かったです。



3. Glazunov: Raymonda - Act III
 Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House
 Rudolf Nureyev (choreography)
 Alina Cojocaru (Raymonda), Steven McRae (Jean de Brienne)
 Helen Crawford, Ricardo Cervera (Hungarian dance)
 Melissa Hamilton, Emma Maguire, Claire Calvert, Claudia Dean
 (variations solo dancers)

トリはヌレエフ振付けの「ライモンダ」第3幕。大元はグラズノフ作曲、プティパの台本と振付けによる全3幕のバレエで、美女ライモンダの婚約者ジャンが十字軍に出征している間、サラセン王子がライモンダに熱烈に求愛するが、帰還したジャンが決闘で勝利し、ライモンダと無事結婚してめでたしめでたし、というあらすじです。第3幕はその「めでたしめでたし」の部分だけなのでストーリーはなく、ここだけ切り出しての上演が可能なゆえんです。ハンガリー王アンドラーシュ二世の立ち会いの下結婚式を挙げるので、最初のチャルダーシュ(ハンガリーの踊り)を皮切りに、バリエーションのダンスが次々と繰り広げられるという定番の進行になってます。ベージュと金で統一されたロシア正教会風のエキゾチックな衣装が美しい。振付けはこれまた至ってクラシカルで、マクレーの片腕リフト連続技が見物でした(無理して身体壊しませんように…)。グラン・パとパ・ド・トロワでマクレー夫人のエリザベス・ハロッドが出ていましたが、ご主人との絡みはなく。ソロよりも群舞のほうがダイナミクスに広がりがあって面白く、そういう意味では主役のコジョカル、マクレーの影は薄めでしたが、これもクラシックバレエの醍醐味と思える、なかなか見応えのある演目でした。




ロイヤルオペラ/カンパネッラ/アラーニャ/クジャク:ドニゼッティ「愛の妙薬」2012/11/16 23:59

2012.11.16 Royal Opera House (London)
Bruno Campanella / Orchestra of the Royal Opera House
Laurent Pelly (director and costume designs)
Aleksandra Kurzak (Adina), Roberto Alagna (Nemorino)
Fabio Capitanucci (Belcore), Ambrogio Maestri (Dulcamara)
Susana Gaspar (Giannetta)
Royal Opera Chorus
1. Donizetti: L'elisir d'amore

6月の「ラ・ボエーム」以来ですから、久々のロイヤルオペラです。図らずもアラーニャ続きになりました。実は「愛の妙薬」はアラーニャ/ゲオルギュー/リヨン歌劇場のDVDを持っているのみで、実演は初めてなので楽しみにしていました。

まず開幕前にマイクを持ったおねえちゃんが登場。客席が一瞬静まり返り、ため息も聴こえました。しかし、懸念した歌手(特にアラーニャ)のキャンセルではなく、ベルコーレ役のカピタヌッチが体調不良だが薬を飲んで何とか歌う、ということでしたので、とりあえず一安心。

アディーナ役のクジャクは今年2月に「フィガロの結婚」のズザンナで聴いています。ぽっちゃり系で愛くるしい表情に加え、今日のパンツの見えそうな(というか、見えてた)蓮っ葉衣装ではコケティッシュでむっちりとした色気が増殖されていました。「お高くとまったお嬢さん」という設定をあえて外した演出にきっちり合わせていたという点で、たいへん良い仕事でした。

喉の調子が懸念されたカピタヌッチは、マエストリらと一緒に歌えば確かに声量は劣っていましたが、歌唱は特に危ないところはありませんでした。むしろアラーニャのほうがちょっと鼻声で心配したのですが、かえって甘いテナーがさらに甘くなって、ネモリーノには打ってつけでした。ただしリヨンのDVDを見慣れていると、アラーニャもずいぶんオヤジになってしまって、第2幕の酔っぱらいメイクなんか、まんまバカボンのパパという感じ。遺産を相続することが分かって急にモテモテになっても、太めのおばちゃん達(オペラ歌手ですから…)にもみくちゃにされるパンツ一丁の酔っぱらいオヤジは、全然うらやましくない(笑)。

詐欺師ドゥルカマーラ博士は、今年ファルスタッフを歌っていたマエストリ。相変わらずずっしりと腹に来る太い声で、コミカルな演技も冴えていました。ただし、詐欺師にしては身なりもプレゼンも地味なので、あっさり騙される村の人々が哀れです。

歌手陣が総じて良かったのに加え、オケがいつになく軽快で無理のない演奏。まあ、金管に負担を強いる曲ではなかったのが幸いしました。指揮者のカンパネッラは初めて聴きますが、イタリアオペラの第一人者だったんですね。よく見るとうちにある「チェネレントラ」のDVD(バルトリ主演)でもタクトを取っていました。

今日は右側バルコニーボックスからの鑑賞でしたが、歌手の立ち位置が右側に寄り過ぎの演出だったため、たいへん見にくかったです。道理で左側ボックスが先に売れていたわけだ。演出家は、もうちょっと左右のバランスを気にしてくれたらと思います。


明るい色気のぽっちゃりクジャク。


オヤジの色気、アラーニャも上機嫌。


ROHヤングアーティスツ:バスティアンとバスティエンヌ、モーツァルトとサリエリ2012/10/17 23:59

2012.10.17 ROH Linbury Studio Theatre (London)
Meet the Young Artists Week: Performance
Pedro Ribeiro (Director)

ROHの若手アーティスト達によるミニオペラ2本立て。オペラハウスの地下にあるリンベリー・スタジオには初めて入ります。普段はバレエにしろオペラにしろモダンな演目ばかりやってる印象だったので敬遠していたのですが、今回はモーツァルトがキャリア最初期の12歳で作曲したオペラと、そのモーツァルトの死を題材にしたオペラという面白い取り合わせだったし、これなら18禁ということはなかろうと安心し、家族揃って見に行きました。最初に会場の印象を言うと、ステージが近くて見やすいし、音の通りもよいので、小規模作品の上演にはちょうどよいんではないでしょうか。


1. Mozart: Bastien und Bastienne
Michele Gamba / Southbank SInfonia
Paul Wingfield (Continuo)
Dušica Bijelic (Bastienne), David Butt Philip (Bastien), Jihoon Kim (Colas)

このオペラは6年前にウィーン国立歌劇場の子供向けオペラで観ました。元は太陽が降り注ぐコルシカ島の農村が舞台ですが、この演出では何故か深夜の線路上。羊飼いの娘バスティエンヌはみすぼらしい格好で羊の乗ったトロッコを押して出てきます。歌はくぐもっていて、音程もちょっと危うい。ソプラノよりはメゾに向いてる太さの声です。続いて登場する魔法使いのコラはこれまた浮浪者のような風貌の酔いどれ電気技師。バスティエンヌにちょっかいを出しては肘鉄を食らうという「泉谷しげるキャラ」でしたが、この韓国人は非常に良い声でした。バスティアンも含めて、皆その若さがこの若書きオペラにはマッチしていました。一方のオケはどの場面も淡々と演奏していて、ちっとも盛り上がらない。若いのに熱いものがないのは問題で、技量的にもまだまだ未熟という印象でした。


2. Rimsky-Korsakov: Mozart and Salieri
Paul Wingfield / Southbank SInfonia
Michele Gamba (Continuo)
Pablo Bemsch (Mozart), Ashley Riches (Salieri)
Jette Parker Young Artists (Offstage chorus)

映画「アマデウス」でもお馴染みの、サリエリによるモーツァルト暗殺説は、元をたどればプーシキンの戯曲がルーツだそう(もちろん噂話はサリエリ存命中から存在しました)。その戯曲を原作にしたこのリムスキー=コルサコフのミニオペラも「都市伝説」を流説するのに一役買っています。前半に輪をかけて、大道具のほとんどないシンプルな舞台美術に、登場人物は二人ともスーツにネクタイのビジネスマンルック。彼らを「モーツァルトとサリエリ」だと言われても、やっぱり違和感は思いっきり残ります。また、今日のキャストだとサリエリのほうが全然若くてハンサムに見え、嫉妬する説得力が薄いのも難点でした。歌はどちらもよく通る美声で良かったです。マリオネットを使ってみたり、レーザービームで指だけ光らせる演出は、お金がない中で工夫してがんばっているという感じ。殺風景ですが、よく出来た演出ではありました。

ロイヤルバレエ:トリプルビル(誕生日の贈り物/田園の出来事/結婚)2012/07/06 23:59

2012.07.06 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Birthday Offering / A Month in the Country / Les Noces

久しぶりのトリプルビルです。アシュトン振付け2本とストラヴィンスキーの「結婚」という比較的クラシカルな取り合わせだし、実はまだ見たことがないコジョカルを何とか見たいと思って、今シーズンではもうこの演目しかなかったのでチケットを取りました。


1. Glazunov: Birthday Offering (arr. Robert Irving)
Thomas Seligman / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (Choreography)
Dancers: Marianela Nuñez, Thiago Soares
Yuhui Choe, Laura Morera, Itziar Mendizabal
Roberta Marquez, Helen Crawford, Sarah Lamb
Alexander Campbell, Ricardo Cervera, Valeri Hristov
Brian Maloney, Johannes Stepanek, Thomas Whitehead

まず最初は「誕生日の贈り物」。ストーリーは特になく、音楽はグラズノフの「四季」や「演奏会用ワルツ」などから選択してアーヴィングが編曲し、アシュトン振付けの下、1956年にフォンテイン等により初演されています。今日の主役はヌニェスとソアレスの夫婦ペア。他にもプリンシパルではモレラ、マルケス、ラム、ファーストソリストではユフィちゃん、メンディザバル、クローフォード(小林ひかるの代役)、セルヴェラ、ヒリストフ、ステパネクと、かなり贅沢な布陣。女子は特に各々ソロがあるので、トップダンサー達の競演が興味深かったです。

トップバッターのユフィちゃんは、しなやかな動作とコケティッシュな腰振りが堂に入っていて、なかなか良い。ほとんど完璧に見えました。続くモレラは非常にキレのある回転技で、ティアラの金具がぽんぽん吹っ飛ぶくらいでした(後の人がアクシデントで踏まないかと、ちょっとヒヤヒヤしました)。顔もキャラクターもモレラとめちゃカブると思っていたメンディザバルは、こうやって連続して踊りを見るとまだまだ突き抜けたところに欠けて普通の印象。フルレングスのバレエ以外では初めて見るマルケスは難しいキメのポーズで思いっきりグラついて失笑を買っていましたが、でもあれを毎回100%キメろというのは、ちょっと気の毒。その後二人はあまり記憶になく(意識を失っていたか…)、トリのヌニェスは、さすが真打ちというか、姿勢の美しさと動作一つ一つのきめ細かさと安定感は、このプリンシパル競演の中でも明らかに抜きん出ています。やはりこの人は別格ですね。


ずらっと並んだベテランダンサーたち。もっとアップで撮りたかったが私のカメラでは…。


ヌニェスとソアレスはエースの風格。


2. Chopin: A Month in the Country (arr. John Lanchbery)
Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (Choreography), Kate Shipway (Piano)
Alina Cojocaru (Natalia), Federico Bonelli (Beliaev)
Jonathan Howells (Yslaev), Paul Kay (Kolia)
Iohna Loots (Vera), Johannes Stepanek (Rakitin)
Tara-Brigitte Bhavnani (Katia), Benjamin Ella (Matvei)

続いて同じくフレデリック・アシュトン振付けの「田園の出来事」は、ツルゲーネフの戯曲をベースにした台本にショパンの初期作品3曲、「ドン・ジョヴァンニ」の主題による変奏曲(Op. 2)、ポーランド民謡による大幻想曲(Op. 13)、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(Op. 22)を組み合わせたアシュトンの代表作。40分ほどの短時間の中に女心の機微と甘美な恋情が凝縮され、ほろ苦い後味が残る、なかなかの秀作だと思います。舞台もバロックオペラのように立体感ある大道具で議古典的な雰囲気。美しく優雅な振付けと相まって、コンテンポラリー苦手な我が家もこれなら安心です。

ストーリーは要約すると、裕福な地主イスラーエフの妻ナターリアが、息子コーリアの家庭教師としてやってきた若者ベリャーエフに恋情を抱くが、同じく彼に恋している娘のヴェーラにそれをバラされ、ベリャーエフは去っていく、というお話です。この家にはイスラーエフの親友でありながらナターリアを愛するラキーチンという同居者もおり、状況を少々複雑にしています。

初めて見るコジョカルは小柄ですらっとした妖精系美人。よろめき妻の役にはちょっと雰囲気が幼いかも、と最初は思いましたが、熟女のしとやかさと女心の変化点はたいへん上手く表現されていたと思います。ただし、けっこうカラッとしていて寂寞感は薄かったです。倦怠した人妻の憂いとか、高揚してしまったみっともなさとか、そういう負の部分が少し出ていれば、深みも増したのではないかと感じました。次シーズンはフルバレエで見てみたいです。他には、息子のケイと娘のルーツ、それにラキーチンのステパネクが皆さん芸達者で、脇をしっかりと固めていました。音楽は、私ゃやっぱりショパンは苦手、ピアノもただ楽譜通りに弾いているという感じだけで(バレエの伴奏だから仕方ないのでしょうが)、全然心に残らなかったです。



コジョカルは永遠の美少女系でした。


3. Stravinsky: Les Noces
Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House (Percussion Section)
Royal Opera Chorus
Bronislava Nijinska (Choreography)
Robert Clark, Philip Cornfield, Paul Stobart, Geoffrey Paterson (Piano)
Rosalind Waters (S), Elizabeth Sikora (Ms)
Jon English (T), Thomas Barnard (Bs)
Kristen McNally (Bride), Valeri Hristov (Bridegroom)
Elizabeth McGorian, Alastair Marriott, Genesia Rosato, Gary Avis (Parents)

最後はストラヴィンスキーのいわゆる原始主義の最後を飾るバレエ曲「結婚」。ヴァーツラフ・ニジンスキー振付けによるエポックメイキングな「春の祭典」がパリのバレエ・リュスで初演されたのが1913年。それからちょうど10年後の1923年、「春の祭典」初演で生贄の乙女を踊る予定だったが妊娠のためキャンセルしたブロニスラヴァ・ニジンスカ(ヴァーツラフの妹)の振付けで初演されたのがこの「結婚」です。バレエ曲とは言え、現代人の目からしてもこれが踊るために作曲されたとはとても思えない、春の祭典をさらに煮詰めて骨だけ取り出したような、変拍子バリバリの硬派な曲です。不協和音が多少穏やかで、民族音楽色が色濃いのはひとえにその異質な編成(4声独唱、コーラス、4台のピアノ、打楽器)のおかげでしょう。CDも結構豊富に出ている著名曲で、我が家にあるのはエトヴェシュ指揮、コチシュのピアノにアマディンダ打楽器アンサンブルが加わったハンガリー精鋭の演奏。


オケピットにピアノが4台も入るとは。

休憩後、今にも幕が上がろうかというタイミングで、技術的問題により2分待ってくれ、というアナウンス。私ももう英国在住3年になりますので、イギリス人が「two minutes」とか「two seconds」とか言うときは要するにすぐには終らないという意味で、良くても10分は待たされるということは常識としてわきまえておりますが、結局5分ほどで幕は開きました。今日の裏方はなかなか優秀です。

20分程度の短い作品ですが、何度見てもよくわからないバレエです。祝賀の華やかさなどまるで感じられない、田舎の質素な結婚式を模したカントリーダンスが延々と続きますが、初演当時はこれこそが「コンテンポラリーダンス」だったのかもしれません。マリインスキー劇場が同じニジンスカ版を上演した映像を以前見たことがありますが、明らかに変拍子について行けてない、動きの違うダンサーがあまりに多いので驚いた記憶があります。今日のロイヤルバレエはそれに比べるとかなり練習を重ねたのがよくわかる、シンクロ率の高いパフォーマンスでした。一度は生で見てみたかったこの「結婚」、何だか不思議なものを見た、という余韻だけが残る、謎の作品でした。今日は中身が濃くって疲れたわ〜。


ヒロインのマクナリーは、「アリス」のいかれた料理人とは打って変わり、淡々とクールな踊りに徹していました。