ハンガリー国立歌劇場/シュメギ/コニエチヌイ/スヴェーテク:アラベラ2013/05/03 23:59


2013.05.03 Hungarian State Opera House (Budapest)
Géza Bereményi (director), Balázs Kocsár (conductor)
Eszter Sümegi (Arabella), Tomasz Konieczny (Mandryka), Zita Váradi (Zdenka)
László Szvétek (Count Waldner), Bernadett Wiedemann (Adelaide)
Dániel Pataki Potyók (Matteo), Tamás Daróczi (Count Elemér)
András Káldi Kiss (Count Dominik), Sándor Egri (Count Lamoral)
Erika Miklósa (The Fiakermilli), Erika Markovics (fortune-teller)
Imre Ambrus (Welko, servant), József Mukk (waiter)
1. Richard Strauss: Arabella

ここは昨年「くるみ割り人形」を見に来たばかりですが、オペラを見るのはちょうど3年前の「ばらの騎士」以来です。そのときはマルシャリンを歌っていたシュメギ・エステル、今回はタイトルロールのアラベラを歌い、リリックソプラノの王道を真直ぐ突き進んでます。元々華のある人ですが、今日は周囲に食われ気味で、もひとつ印象に残らず。ちょいと身体が増殖してないですか。お嬢さん役はだんだんと厳しくなってきたかも。

ウィーン社交界の華をハンガリー人ディーヴァが演じれば、相手役であるハンガリーの大地主マンドリーカはポーランド人のトマス・コニエチヌイが歌うという、ちょっと屈折した配役。全然知らない人でしたが、たっぷりと低周波を含んだ深みのある声に、丁寧で安定した歌唱がタダモノではない素晴らしさでした。経歴を見ると早くからドイツのメジャー歌劇場でキャリアを積んでいる様子。公式サイトを見ると、この後ウィーン国立歌劇場のリングサイクルでヴォータンを歌い、ミュンヘンではアルベリッヒを歌うようです。売れっ子ですね。

妹ズデンカ役のヴァーラディは、まずまず無難なズボン役(男装の女性役なのでズボン役とは言わないか。でも役柄のイメージはまんまオクタヴィアンです)。ヴァルトナー伯爵のスヴェーテクは、昔ここで「神々の黄昏」のハーゲンを熱演していた印象が強いですが、本来はこういったコミカルなキャラクターが持ち味です。この人も実に良い声。伯爵夫人のヴィーデマンはもう何度も見ていますが、存在感ある芯の太い声(と太い身体)は全く健在でした。フィアカーミリは、初めて聴くミクローシャ・エリカ。よく見ると老け顔で雰囲気も意外と地味だし、オペラの大役を担うにはまだちょっと線が細い。何より、オーラがない。売り出し方がアリアコンサート中心で何となく浮ついている感じがして、一線級のオペラ歌手とは正直認識しておりませんでしたが、コロラトゥーラは確かに世界的第一人者とのフレコミ通り達者にこなしていました。ちゃんと歌える人を脇までしっかり揃えた、充実した歌手陣の公演だったと思いますが、エレメール伯爵だけは、喉を痛めたのか全然声が出てなくて、他が声のでかい人ばかりだったのでちょっとかわいそうでした。

演出は、昨シーズンプレミエの新プロダクションではありますが、読み替え一切なしのオーソドックス過ぎるものでした。野暮ったさと衣装の垢抜けなさは、ある意味ハンガリー国立歌劇場らしくてほっとします。奇抜な発想で伝統を破壊するだけのモダン演出よりよほど好感が持てます。舞踏会の場面では半円に配置した総鏡張りのボールルームが、人が引けて照明を落とすと鏡が半透明になって外側の雪景色がぼうっと浮かび上がる仕掛けになっており、大してお金をかけていないのに、発想の勝利と思いました。オケはしばらく見ない間にずいぶんとメンバーが若返っていて、その分しっかり生真面目な演奏を聴かせてくれました。ROHのオケも新陳代謝が必要なんじゃないでしょうかね。


伯爵夫妻のスヴェーテクとヴィーデマン。


シュメギ、後ろにヴァーラディ。


真ん中が指揮者のコチャール。左端のマッテオ君もなかなか良いテナーでした。


ロイヤルバレエ:ヘンゼルとグレーテル2013/05/09 23:59


2013.05.09 ROH Linbury Studio Theatre (London)
Royal Ballet: Hansel and Gretel
Liam Scarlett (choreography), Dan Jones (music)
Ludovic Ondiviela (Hansel), Elizabeth Harrod (Gretel)
Johannes Stepanek (father), Kristen McNally (step-mother)
Donald Thom (sandman), Ryoichi Hirano (witch)
Dan Jones/Orquesta Sinfonica de Galicia (music performed by)

ロイヤルバレエの奇才スカーレットの新作にして初の全幕もの、リンベリースタジオながらエース級をふんだんに投入した配役、童話を題材にしていながら子供禁止の演出ということで、全く事情通じゃない私でも何だかよくわからない期待感で胸いっぱいになってしまうほどでしたが、平のフレンド向けチケット発売日の朝一番にアクセスするも、すでにソールドアウト。しつこくサイトをチェックして、何とか初日と二日目のリターンを1枚ずつゲットしました。マクレー様の出演する初日はもちろん妻の取り分ですので、私が見たのは二日目のBキャスト。そのマクレーさんが素顔で奥様の晴れ姿を見に来ていて(初日は砂男のかぶり物を付けっぱなしで顔が見えなかったそうです)、そのへんをうろうろしていたので、結果的にはこっちの日に来たほうが妻は正解だったかも。

「ヘンゼルとグレーテル」はグリム童話ですから元々がダークなテイストですが、このスカーレット版は舞台設定を1950年代のアメリカに移して、離婚(継母)、アル中、家庭内暴力、ペドフィリア、ネクロフィリアといった原作にはない要素を盛り込んで、全編をダークなムードで統一しています。ラストも救いがありません。この童話を現代に持って来て展開したら、やっぱりこうなるんだろうな、という妙な納得感はありました。

舞台はモダンですが、踊りはコンテンポラリーというよりは、ポワントシューズで踊るバレエの範疇です。マクレー夫人のエリザベス・ハロッドをちゃんと見るのは初めての気がしますが、顔がちっちゃくて可憐だけど芯が通っててやるときゃやるキャラクターが、グレーテルにぴったりハマりました。継母のマクネリは、これまで「アリス」のイカレた料理人とか、ストラヴィンスキーの「結婚」とか、ヘンな役所ばっかりで見ていたのですが、ミスユニバース系の正統派美人であることにようやく気付きました。

個人的に今日一番のヒットだったのは、ヤノウスキーの代役だった平野亮一さん。白髪のオールバック、切れ長の目に黒ぶち眼鏡、書生っぽいセーター、いっちゃってるニヤケ笑い、彼のウィッチ(というよりウィザード)は「アブナイ人」キャラがめちゃめちゃ立っていて、インパクト極大でした。長身のガッシリしたプリンス系の役を踊ってきた彼にしては、だいぶ新境地を開拓したのではないでしょうか。彼が日本人で、見ている私も日本人だからこそ感じた「猟奇性」は確かにあったと思うので、現地の観衆はどう感じたのか、聞いてみたいです。それにしても、蓋を開けてみたらこのウィッチは全くの男役で、これを(男勝りの長身・筋肉質ではあるけれども女性であり母である)ヤノウスキーにどう踊らせるつもりだったのか俄然興味が湧き、次の機会には是非とも元々の発想を見たいものだ、と思いました。

初日ではマクレーが演じた砂男は、原作にはない登場人物ですが、フンパーディンクのオペラでは「眠りの精」に相当する役回しかと。サイバーニュウニュウのメカエルビスみたいな(という例えがわかる人は少ないでしょうが)リーゼント、無表情のかぶり物で、キッチンの冷蔵庫の中からいきなり登場し、終始くねくねくにゃくにゃと動いて、ウルトラマンレオで蟹江敬三が演じていた軟体宇宙人ブニョ(という例えがわかる人はもっと古い)みたいに、実に神経を逆撫でするキャラクターです。この日しか見てないので何とも言えんのですが、Bキャストのドナルド・トームは身体の柔軟性において、この役にはあまり向かないのではと思いました。ウィッチに比べて「アブナイ」度が足りませんでした。もっと重力に身を委ねタコのように脱力し切った異形の動きは、マクレーなら多分できるはず。

今日は舞台を挟んで両側に客席があり、一部がせり上がって下からお菓子の家ならぬ「玩具の家」の地下が出てくるという3Dな舞台装置でした。これはメインのオーディトリウムでは上演困難でしょう。リンベリーは2回目でしたが、このスタジオにはいろんな仕組みがあるものだと感心しました。第一部の追っかけっこ場面などが多少冗長に感じましたが、それ以外は目の離せぬ100分間で、私は大いに楽しみました。こんなことならAキャストのチケットも自分用に買っておくべきでした。



アブナい人、平野亮一さん。

ロイヤルオペラ/パッパーノ/カウフマン/ハロウトゥニアン/クヴィエチェン/ユリア=モンゾン/フルラネット/ハーフヴァーソン/ロイド:人類の至宝「ドン・カルロ」2013/05/11 23:59


2013.05.11 Royal Opera House (London)
Sir Antonio Pappano / Orchestra of the Royal Opera House
Nicholas Hytner (director)
Jonas Kaufmann (Don Carlos), Lianna Haroutounian (Elizabeth of Valois)
Ferruccio Furlanetto (Philip II), Mariusz Kwiecien (Rodrigo, Marquis of Posa)
Béatrice Uria-Monzon (Princess Eboli), Dušica Bijelic (Tebaldo)
Robert Lloyd (Monk/Carlos V), Eric Halfvarson (Grand Inquisitor)
Téo Ghil (Priest Inquisitor), Susana Gaspar (voice from Heaven)
Pablo Bemsch (Count of Lerma), Elizabeth Woods (Countess of Aremberg)
ZhengZhong Zhou, Michel de Souza, Ashley Riches,
Daniel Grice, Jihoon Kim, John Cunningham (Flemish Deputies)
Royal Opera Chorus
1. Verdi: Don Carlo

このロイヤルオペラ2008年のプロダクションはビリャソン、キーンリサイド、ポプラフスカヤのキャストですでにDVD化されていますが、我家にあったのはさらにその前のヴィスコンティ演出の映像でした。いずれにせよ生の「ドン・カルロ」は初めて見ます。ワーグナー並みに長くて登場人物も多いオペラなので、ヴェルディのほかの作品に比べて上演機会は少ないようです。

ロンドンではキャンセル魔として知られるアーニャ・ハルテロスが、今回は果たして何日歌うのか注目されていたようですが、初日に出た後は、大方の予想通り「病気のため」キャンセルとなりました…。代役は、元々後半戦にキャスティングされていたアルメニア人のリアンナ・ハロウトゥニアン。今回がロイヤルオペラデビューだそうです。見るからにおばちゃん体型で、王妃の気品と色気の点ではちょっと残念ではありましたが、代役もすでに2日目でしたので固さの取れた演技に、カウフマンと歌い合っても聴き劣りしない、ふくよかな美声が素晴らしく良かったです。

エーボリ公女のユリア=モンゾンは知らない人だったので調べると、カルメンに定評がある様子。言われてみれば確かにそんなジプシーっ気を匂わせている人で、逆に公爵夫人というにはあまりにも蓮っ葉なお顔立ち。私はあのテの顔がどうしても苦手で生理的に受けつけません。自分の「呪われし美貌」を切々と歌う場面など、もう違和感ありまくりで、すいません、いくら歌が上手くてもオペラはビジュアルもやっぱり大事だなあと思い知りました。なお、天の声のソプラノは、本当にオペラ座の天井から聴こえてきました。バルコニーからは姿もちらっと見えた気がしましたが、下のほうの人にはどうだったんでしょうか。

この作品は女声が相対的に影薄く、全く男声陣のためのオペラと言えましょう。タイトルロールのカウフマンは相変わらずテナーにあるまじき野太い声が健在で、スターの立ち振る舞いもたいへん良かったのですが、それをさらに食っていたのがロドリーゴ役のポーランド人、マリウシュ・クヴィエチェン。細身ながら低音のよく響く声に、ちょっと抑え目の演技が役所を捉えていてカッコいい。フルラネット、ハーフヴァーソン、ロイドのベテランバス3人組は、皆さん地響きのような低音の中にも声に各々個性があって、ここまでの人達が競演してくれる機会もそうそうないでしょう。歌手陣は総じて素晴らしい出来で、満足度の高い「ドン・カルロ」初生鑑賞でした。

演出は、シンプルでシンボリックな舞台ながらも衣装は中世スペイン風で奇抜な発想転換はなく、火あぶりの刑の見せ方など工夫があって感心しました。カルロス5世の墓はどう開くのだろうと思っていたら結局開かず、ドン・カルロは剣でやられて息を引き取るだけ、墓には引きずり込まれませんでした。ドン・ジョヴァンニの地獄落ちみたいなのを期待していたら、肩すかしでした。


大司教のエリック・ハーフヴァーソン。


エーボリ公女、ベアトリス・ユリア=モンゾン。


ロドリーゴのマリウシュ・クヴィエチェンは、大人気。


渋いベテラン、フルッチョ・フルラネット。


なかなか良かった、ハルテロス代役のリアンナ・ハロウトゥニアン。


ヨナス・カウフマンはスターですな。


真ん中はパッパーノ大将。今日もオケは熱演でした。

LSO/パッパーノ/テツラフ(vn):マカロニ・チャイコ!2013/05/16 23:59

2013.05.16 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
Christian Tetzlaff (violin-1)
1. Shostakovich: Violin Concerto No. 1
2. Tchaikovsky: Symphony No. 5

先週に続いてパッパーノ大将、今週はLSOです。まずはショスタコのヴァイオリン協奏曲第1番。テツラフは昨年9月のウィグモアホール以来、久々ですが、あご髭をたくわえてちょっとオジン臭くなってました。全身をしなやかに駆使した、ニュアンスの深いヴァイオリンは、何を弾いてもこの人のスタイルです。ただ、今日は角度のついた位置から聴いていたので、身体を揺らすたびに奏者自身が壁になって音を遮り、変に波のついた演奏に聴こえてしまいました。正確無比に指がよく回って、もちろんめちゃめちゃ上手いんだけれど、エモーショナルな部分は極力抑えてあり、こけ脅しのないストレートな上手さが、何度聴いてもまた次が聴きたくなる、この人の魅力です。アンコールは定番のバッハのパルティータから「サラバンド」。うーむ、何度目かなと思って過去の備忘録を読み返してみると、意外や、アンコールでは聴いてなくて、聴いたのは昨年9月のソロコンサートなのでした。



深々と、頭を下げる、クリスチャン(季語なし)

メインの「チャイ5」はパッパーノのオハコのようです。基本、スコアに忠実。必要以上に粘ったり、無理な加速をしたりという煽動的な要素はありませんが、特徴はとにかく旋律がよく歌う、カンタービレのチャイコフスキー。元々叙情的、感傷的な旋律の宝庫である曲ではありますが、オペラマイスター・パッパーノの「歌」は、凍土の上に吹雪吹きすさぶ北の大地のメランコリーと言うよりも、もっとラテン系でカラッと明るい、ロシアの風土からは異質のもの。言うなればマカロニウエスタンならぬ「マカロニチャイコ」でしょうか。とは言っても生粋イタリア人のような名前のアントニオ・パッパーノ、実はイギリスで生まれアメリカで音楽教育を受けた、音楽的にはバリバリのアングロサクソン系経歴の人なので、イタリアの風土はあまり関係ないようです。

オケは相変わらず上手いです。第3楽章の弦の速いパッセージなど、よくここまでピシッと揃うもんだと。金管も腹八分目の余力を持って流してます。今日のティンパニはサブのベデウィ。至って真面目に、スコア通りの音を正統に叩いていたのが主席のトーマスと対照的でした。

LSO/パッパーノ:チャイ4は言葉にならない充実感2013/05/19 23:59


2013.05.19 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
1. Lutoslawski: Concerto for Orchestra
2. Tchaikovsky: Symphony No. 4

先週から、パッパーノ三連発になってます。先日のチャイコ5に続き、今日はチャイ4。しかしその前に、オープニングは生誕100年記念イヤーのルトスワフスキ「オーケストラのための協奏曲」、通称「オケコン」。古今東西数ある「オケコン」の中で、ダントツ人気のバルトークの次に有名なのが多分このルトスワフスキだと思いますが、実はほとんど初めて聴く曲でした。ポーランドの民族音楽に取材し、バルトークほどのカラフルさはなく終始重苦しい曲調ですが、熟練と洗練の境地であるバルトークよりもある意味荒々しい駆動力を感じる、なかなかカッコいい音楽です。パッパーノがどのくらいこの曲に思い入れがあるのかよくわかりませんが(少なくとも専門家ではないでしょう)、こういうぐいぐい押す音楽は得意とするところ、澱みなく畳み掛けて勢いをつけたままフィニッシュ。1曲目からお客大喜び。

メインのチャイ4。こないだのチャイ5と同様カンタービレ満開の「マカロニ・チャイコ」の系統でしたが、チャイ5ほど曲調がメランコリックではないので、第1楽章なんかは所々リズムにちょっとしたぎこちなさを感じたりもしました。しかし第2楽章ではパッパーノの本領発揮、作り物の匂いが一切しない、なめらかなエンヴェロープで流れて行く大自然の音楽。終楽章はLSOの高い演奏技術力を駆使して究極の「喜びの讃歌」を派手に演出します。先日のチャイ5も実はそうだったんですが、パッパーノのチャイコフスキーは何だか言葉にならない充実感に満ちあふれていて、あれこれ感想文をひねり出そうとするのですが、私の表現能力ではとても何かを書けたとは言えません。同じLSOでもどこか嘘っぽいゲルギエフのほうが、まだいろいろと言葉を連ねることができましたね。音楽を言葉にするって、本当に難しい…。

今日のティンパニは主席のトーマス。さてどうするかと注目していたら、やっぱり昨年同様、ペダルを駆使して勝手に俺流メロディを奏でていました。しかしふと思ったのは、こんな派手な改変をプロの指揮者が気付かないはずはないのに、この人、よく怒られないなと。




おまけ、本日のミナ嬢。

ロイヤルバレエ:レイヴン・ガール/シンフォニー・イン・C2013/05/24 23:59


2013.05.24 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Raven Girl / Symphony in C
Koen Kessels / Orchestra of the Royal Opera House

ロイヤルバレエのダブルビル。ウェイン・マグレガーの新作にして久々の(初の?)ストーリーものである「レイヴン・ガール」と、バランシンがビゼーの名曲に振付けた著名作「ハ調の交響曲」の新旧二本立てです。

1. Gabriel Yared: Raven Girl (world premiere)
Audrey Niffenegger (author), Wayne McGregor (choreography)
Sarah Lamb (raven girl), Edward Watson (postman)
Olivia Cowley (raven), Mirabelle Seymour (raven child)
Paul Kay (boy), Thiago Soares (doctor)
Eric Underwood (raven prince)
Beatriz Stix-Brunell, Tristan Dyer (19th-century couple)
Camille Bracher, Fernando Montaño, Dawid Trzensimiech (chimeras)

アメリカの童話作家オードリー・ニッフェネッガーがこのバレエのために書き下ろした新作ストーリーだそうで、あらすじはこんな感じです。郵便配達夫が岩場のカラスに恋をし、二人(?)の間に翼がない女の子が生まれる。女の子は成長して親元を離れ大学に行くが、キメラの研究を発表していたマッドな医者と出会う。女の子は彼に誘惑されて手術を受け、ついに翼を手に入れるが、親にバレて翼を手放す。医者は転落死し、女の子を密かに好いていた男の子は絶望して岩場に姿を消す。最後は女の子とカラスの王子が結ばれ、一件落着(?)。うーむ、自分でも書いていて、特に最後の展開がよくわからないストーリーです。

舞台も照明も衣装も、全体的に一貫して暗い上、「アリス」のようにビデオを多用するために半透明スクリーンがずっと下りていて、ビジュアルが常にぼうっとしていたのがまずマイナスでした。もちろんそれは承知の上でその効果を狙ったのかもしれませんが、あそこまでビデオで何でもかんでも説明しなくても良かったのでは、と思います。言葉の力を借りずに音楽と踊りだけで全てを表現しつくす芸術がバレエだったのじゃないかと。ある意味言葉以上に饒舌なビデオという媒体に頼り、また音楽も生演奏に加えてサウンドエフェクトや打ち込み演奏を多用して、安易な反則ワザが多いように思えました。それがなくても、音楽はB級映画のサウンドトラックみたいで正直安っぽかったです。これは音楽だけで独り立ちはできないでしょう。

振付は、皆さんポワントシューズで踊ってましたし、コンテンポラリーよりは多少クラシックバレエに近い感じ。パドドゥ(特に最後の)はなかなか密度の濃いものでした。主役のラムは柔軟な身体を余すとこなく駆使し、少女の幼さと大人の色気がほどよくミックスされた、今まで見たことがない境地にたどり着いていたと思います。脇を固める人々もエース級でしたが、ふと、主役の出来に対する依存度が高い演目なのかなと見受けました。逆に、ラムの他はあまり見所がなく、カラスの飛翔を模した群舞はひたすら退屈で間延びしました。バレエではなく一つの舞台作品として見れば、それなりに楽しめた部分も多々ありました。ただし一幕で70分もある尺は、もうちょっと短くしたほうがよいのではないかと。


左から2人目、母親ガラス役のカウリーはずっと黒覆面をつけて踊っていました。美人がもったいない…。


右は振付けのマグレガー。


ラムのすぐ後ろが、原作者のニッフェネッガーさん。


2. Bizet: Symphony in C
George Balanchine (choreography)
1st movement:
Zenaida Yanowsky, Claire Calvert, Fumi Kaneko
Ryoichi Hirano, Johannes Stepanek, Fernando Montaño
2nd movement:
Marianela Nuñez, Tara-Brigitte Bhavnani, Olivia Cowley
Thiago Soares, Nicol Edmonds, Tomas Mock
3rd movement:
Yuhui Choe, Akane Takada, Elizabeth Harrod
Steven McRae, Brian Maloney, Kenta Kura
4th movement:
Laura Morera, Yasmine Naghdi, Emma Maguire
Ricardo Cervera, Tristan Dyer, Valentino Zucchetti

一方の「ハ調の交響曲」は、ストラヴィンスキーにも同名の曲があるので要注意ですが、これはビゼーのほうです。ジョージ・バランシンの代表作で、特にストーリーはなく、4つの各楽章を各々男女3組ずつのグループで踊り、最後は全員で大団円となる、華やかで単純に楽しいダンスの饗宴です。主役級はプリンシパル中心の豪華な布陣で、まず第1楽章はヤノウスキー・平野亮一のペア。筋肉の逞しいヤノウスキーを支えるのに、ガッシリ体格の平野さんはなかなか良いペアなのではないかと。長身を活かしたダイナミックかつ安定感抜群のダンスに感服しました。それにしても、ヤノウスキーは白いチュチュが似合わないなあ…(私的感想)。第2楽章はヌニェス・ソアレスの夫婦ペア。アダージョの楽想に合わせて優雅さの機微をしっとりと表出する、余裕のベテランペアでした。ソアレスは「レイヴン・ガール」とダブルの出演お疲れ様です。スケルツォの第3楽章はマクレー様とユフィちゃんによる飛び技連発。この人達ならではの躍動感がうまくハマっていました。この楽章は他に高田茜・マロニー、ハロッド・蔵健太と、一番スキのないキャスト。しかも日本人率が高いです(笑)。トリの終楽章はモレラ・セルヴェラのちょっと地味なペア。モレラが白いチュチュを着て古典を踊っているのは初めて見たのでたいへん新鮮でした。見慣れてないせいか、破綻はないものの、何だかよそ行き感を覚えてなりません。最後の大団円まで来ると、やっぱりヤノウスキーとヌニェスの存在感は別格。この凄い人達と並んでプリンシパルになるかもしれないユフィちゃんは、これからたいへんかも。舞台装置はなく、衣装は皆同じ、ダンサーの身体能力だけで表現し尽くしたこの30分間は、どんなバレエよりもむしろ豪華絢爛に見えました。それにしても、オケは相変わらずのていたらくで、トランペットとホルンが酷いのはいつものこととして、今日は木管も酷かった。堕落が慢性化してますね。


ユフィちゃん、モレラにマクレー様。蔵さんも後ろに。今日は写真が取り辛い席でした…。


指揮者のケッセルズ。


蔵さんとペアを組んでいたのは、エリザベス・ハロッド。

ロイヤルフィル/ズーカーマン(vn)/ズーカーマン(ms):わびさびのモーツァルトに、父娘共演のマーラー2013/05/29 23:59

2013.05.29 Royal Festival Hall (London)
Pinchas Zukerman (violin-1) / Royal Philharmonic Orchestra
Arianna Zukerman (soprano-2)
1. Mozart: Violin Concerto No. 3 in G major, K.216
2. Mahler: Symphony No. 4

何とこの3年10ヶ月のロンドン生活で、ロイヤルフィルは今日が2回目です。避けていたつもりはないのですが、ROH、LSO、PO、BBCSO、LPOという花形が目白押しのロンドンで、スケジューリングの優先順位が低かったのは間違いない…。

ピンカス・ズーカーマンは私がクラシックを聴き始めたころすでに巨匠でしたが、今になってこうやって目の前で実演を聴く機会があろうとは。しかし、CDを実は1枚も持っていなかったのです。ほとんど初めて聴くズーカーマンは、音が別世界のヴァイオリニスト。現役バリバリの若い人と違うのは(まあ、ズーカーマンもまだ現役ですが)、ガツガツ、ギラギラという擬態語が一切似合わない、あくまで地に足をつけた自然体の音楽で、わびさびの世界に通じる境地を垣間見ました。モーツァルトらしくオケは少人数に絞り込み、力の抜けた心地良いアンサンブル。弾き振りで指揮のみのパートではけっこう軽快にテンポを揺らし、自由気ままに引っ張った「オレのモーツァルト」系演奏でした。

メインのマーラーが聴きたくてこのチケットを買ったようなものですが、ユダヤ人ズーカーマンが導くのは粘り気がなくサラサラした淡白なマーラー。弦は14-12-10-10-8の構成で、もちろん一般的には十二分ですが、昨今のマーラー演奏にしてはちょっと小さめというかミニマムの編成でした。ロイヤルフィルはなかなかがんばっており演奏のキズは少なかったのですが、明るく無邪気でありながらもデリカシーに欠けるマーラー、というのが全体的な感想です。どういうことかと言うと、フレーズの繋ぎにことさら無関心で、まとめ処理を間違ったな、あるいは最初からやらなかったな、という箇所がいくつもあり、音楽がブツ切れになっていました。ズーカーマンは指揮者のキャリアも長いようですが、こういうのを聴いてしまうと、やっぱりこの人にとって指揮は副業か、と見えてしまいます。この曲の命である終楽章を歌うのはズーカーマンの娘、アリアンナでしたが、声も歌唱も正直イマイチ。この短い楽曲で楽譜を見ながら歌っていたので、いかにも慣れてないのがありあり。結局七光りか、とお客に思わせてしまってはイケマセン。



なかなか恰幅のよい娘さんでした。パパさんはとっても嬉しそう。

フィルハーモニア管/サロネン:初演から100年の「春の祭典」2013/05/30 23:59


2013.05.30 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / Philharmonia Orchestra
1. Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune
2. Varèse: Amériques (version 1927)
3. Stravinsky: The Rite of Spring

2012/13シーズンもついに終盤戦。元々音楽監督の出番が少ないフィルハーモニア管は今日がシーズン最後のサロネン登板日です。先の日本ツアーでたいへん評判の良かった「ハルサイ」をやっと聴けるのが嬉しい。

しかしその出端を挫くかのごとく、隣席のおじいちゃんが困ったもので。まず、臭い。それだけなら非難もしにくいですが、オケが無料で配布しているメンバー表を四つ折りにして袋を作り、その中に痰を吐いて、さらに折り曲げて上着の内ポケットに入れてました…( ゜Д゜)。この不潔感漂う老人は、演奏中も終始口を開閉してニチャニチャと音を立て、時々咳をして、上のように痰を吐く。気に障ることこの上ない災厄でした。周囲は静かな人ばかりでしたが、皆内心で「このくそじじい」とイライラを募らせていたに違いない。こんなわけで「牧神の午後」は全く台無しでした。

次の「アメリカ」は、3年前にSouthbankの「ヴァレーズ360°」という全曲演奏会の企画で聴いて以来でした。「牧神の午後」を思わせるフルートのソロから始まり、「春の祭典」の不協和音と変拍子をさらに鮮烈にしたような展開が続く、まるで「牧神」と「春の祭典」が結婚してできた子供のような曲です。音量的にもようやく隣のじじいが気にならないレベルまで上がってきたので、何とか演奏に集中できました。これがまたキレキレの凄演で、私がこの難曲を理解しているとはこれっぽっちも思わないのですが、それでも万人の心を打つ、説得力抜群の演奏でした。最後は顔を文字通り真っ赤にして畳み掛けたサロネンの迫力に、惜しみない拍手大喝采が贈られていました。

前日が初演から100年の記念日だった「春の祭典」は、バルトークチクルスのときにもサロネンが取り上げていましたが、そのときは確かLSOとバッティングしていて聴けませんでした。もちろんサロネンの真骨頂、リズムの鋭いシャープな演奏ではあったのですが、前の曲で燃え尽きたのか、オケがちょっとお疲れ気味でした。冒頭から木管はしっかりしていたのですが、金管がどうしてもリズムの足を引っ張り、演奏にキズもありました。フィルハーモニア名物アンディ・スミス先生のティンパニは前半控え目で後半に爆発する戦略でしたが、生贄の踊りで原始的なリズムが炸裂する私の一番好きな箇所になると、アンディ先生、あろうことかリズムを間違える大暴走。珍しいものを見ましたが、これに象徴されるように、オケのほうが何となく「気もそぞろ感」というか、倦怠ムードが少しあったのは確かでしょう。もちろん、ベストとは言えないまでもハイレベルな演奏だったのは確かですが。お客の拍手は正直です。なおホルンの美人プリンシパル、ケイティ嬢は今日はワーグナーチューバを吹いていました。ちょうどチェロ奏者の影で姿がほとんど見えなかったのがたいへん残念です。フィオナ嬢もサロネンにがっちりブロックされて見えなかったし、最後のフィルハーモニアにしては、ちょっと淋しい…。