フィレンツェ歌劇場/ハマル/カラナス(ms)/ゲルネ(br)/ノイズム:バルトークは日・伊・洪の架け橋2012/06/03 23:59


2012.06.03 Teatro Comunale di Firenze (Florence)
75th Festival of Maggio Musicale Fiorentino:
The Miraculous Mandarin / Bluebeard's Castle
(New production / In co-production with the Saito Kinen Festival)
Zsolt Hamar / Orchestra and Chorus of the Maggio Musicale Fiorentino
Jo Kanamori (Director and choreography)
Tsuyoshi Tane, Lina Ghotmeh, Dan Dorell (DGT) (Scenary)
Yuichi Nakajima (Costumes), Masakazu Ito, Jo Kanamori (Lighting)
Dance Company Noism
MaggioDanza

ダイアモンドジュビリーの連休はどこに逃げようかと、各地の演奏会スケジュールをつらつらと調べていて、ふと目に止まったのがフィレンツェ歌劇場のバルトーク2本立て。サイトウ・キネン・フェスティヴァルとの共同製作で指揮は小澤征爾、最前列ど真ん中の席がまだ空いている、これだ!と思って脊髄反射でチケットを買ってしまいました。ところがその後間もなく小澤征爾はキャンセル、代役はエトヴェシュ・ペーテルという連絡があり、がっかりしたのは前にも書いた通り。だいぶ後になってふと公式Webサイトを見てみたら指揮者はいつの間にかハマル・ジョルトに変更になっていて、今度は連絡もなかったし(小澤は別格として、ロンドン響やウィーンフィルを振ることもあるエトヴェシュと比べて、ハマルはさらに国際知名度がガクッと落ちますので、こっそりと変えたかったんでしょうけど)、もう何がなんやら。ハマルは以前ブダペストで一度だけ、「火刑台上のジャンヌ・ダルク」で聴いたことがあり、若くてエネルギッシュなバトン巧者という印象でしたので、食傷気味のエトヴェシュよりは、まあ良かったかと気を取り直しました。

フィレンツェ歌劇場は、正確にはフィレンツェ五月音楽祭劇場と呼ぶようです。私の理解によると、元々は毎年4〜6月に開かれるフィレンツェ五月音楽祭のために組織された楽団と合唱団、および上演会場としての劇場があって、それらは別に五月だけでなく、音楽祭の期間以外にも8月を除いてほぼ通年オペラ・バレエ・コンサートをやっているわけですが、名称は「五月音楽祭」を名乗ることで通している、ということのようです。



オペラ公演のメインで使われる箱はテアトロ・コムナーレ(市民劇場)と言います。最初の建造は1862年というから相当古い劇場ですが、外観も内装も全面 的にリファービッシュされていてそんなに古くさい感じはせず、わりとモダンで奇麗な劇場です。座席の椅子はゆったりふかふかとしていて快適でした。ステー ジもオケピットも見たところ広そうなので、ハープをサークル席ステージ寄りに置いていたのは、演出効果を狙ってのことなんでしょう。しかし上演が始まって すぐに気付いたこの劇場の問題点は、オケピットが浅いこと。台に立った指揮者の腰から上がピットからはみ出てどどんと目の前に立ちふさがり、最前列ど真ん 中の席だとほとんど指揮者の背中しか見えない(笑泣)。ここが空いていた理由がよくわかりました…。

今回のプロダクションはサイトウ・キネン・フェスティヴァルとの共同制作で、松本のほうは昨年8月に上演済み、その直後に北京と上海でも公演したようです。フィレンツェではこの今年の五月音楽祭がプレミエで、本来は5/31の初日から全3回の公演予定でしたが、雨漏りによる劇場設備の不具合のため5/31はキャンセルとなり、結局この日の6/3が初日となりました。とことんトラブル続きの演目です。正直、客入りは悪かったです。5/31の分の観客を残りの2回にある程度振り分けていたはずですが、それでもかなり空席が目立ちました。元々の通り小澤の指揮だったら、あるいはせめて音楽監督のメータが代打を引き受けていたら、多分満員御礼だったんでしょうかねえ。小澤のキャンセルはあれど、日本人が多数出演することもあって、観客には日本人らしき姿が多かったです。


1. Bartók: The Miraculous Mandarin
Sawako Iseki (Mimi, the girl), Satoshi Nakagawa (The Mandarin)
Yoshimitsu Kushida (Kuroko of Mandarin), Aiichiro Miyagawa (Mimi's stepfather)
Izumi Fujii (Mimi's stepmother), Megumi Mashimo (Mimi's stepsister)
Takuya Fujisawa (Old man), Yukio Miyahara (Student)
Emi Aoki, Ayaka Kamei, Leonardo Jin Sumita, Valeria Scalisi,
Francesca Bellone, Giorgia Calenda, Ilaria Chiaretti, Massimo Margaria,
Rivvardo Riccio, Francesco Porcelluzzi, Angelo Perfido, Duccio Brinati (Kuroko)

このプロダクションの演出および振付けは、ノイズムという新潟のダンスカンパニーを率いる、金森穣。一人でバレエとオペラの演出を両方手がけるのは、ヨーロッパではあまり聞いたことがありません。「マンダリン」のダンサーたちはノイズムの主力メンバーに加え、劇場のバレエ団MaggioDanzaが脇を支えます。幕が開いてまず、全身黒づくめの黒子がうじゃうじゃ踊っているのには、なんじゃこれはと度肝を抜かれました。まるでBlack Eyed PeasのPVのよう。ほどなく登場する主要登場人物はちょっとひねってあって、男1人に女3人。主役の少女ミミ(井関佐和子さん、金森穣の奥さんだそう)は金髪ショートカットに筋肉質の身体を駆使して四角いちゃぶ台の上で怪しい踊りを踊っています。クラシックではなくコンテンポラリーなダンスです。取り囲む3人の悪党は、この演出では継父、継母、継姉ということになっていて、衣装が「ジパング系」とでも言うのか、デフォルメされた和風です。頭領である継父は花魁のような綿入りはんてん着てるし、海外マーケットを意識したテイストがにじみ出ています。しかしこれだけでは終らない。満を持して登場したマンダリンは、背後から黒子が操っている人形浄瑠璃を模した振付で、これはなかなかユニークなアイデアで面白かったです。練習たいへんだったでしょうね。

一見ぶっ飛んだ演出に見えますが、ストーリーはオリジナルを忠実になぞっていて、逸脱も冒険もありません。このジャパニーズテイストの必然性は、と問われると、多分答えはあまりないのでしょうが、私はけっこう楽しめました。ただ、今回主要ダンサーを全て日本から連れ来ざるをえなかったように、他のカンパニーで上演できる汎用性には多分欠けるので、日本以外で今後再演されるかどうかは微妙ですか。我が家的には、子供に見せるには教育上好ましくないシーンもありましたが、それは元々であって演出のせいではありませんね。

ハマルは今回がこの歌劇場デビューだったはずですが、こいつはオハコだぜ、とばかりに楽譜を置かず、長身をくねらせながら自分も踊りまくるというビジュアル系。音楽的にも生き生きとした躍動感に溢れ、私好みのリズムの鮮烈なバルトークでした。オケはハイレベルで集中力も高く、クラリネットのソロはもうちょっと色気が欲しいかな、とは思いましたが、ロイヤルオペラよりはよっぽどプロフェッショナルなオケに聴こえました。



以上2枚は歌劇場サイトから拾ってきた、昨年のサイトウ・キネン・フェスティヴァルのときの写真。かなり異質な雰囲気がよく伝わってきます(笑)。


拍手はけっこう長く続き、何度も呼び出されていました。


2. Bartók: Bluebeard's Castle
Matthias Goerne (Duke Bluebeard/Br), Daveda Karanas (Judith/Ms)
Andras Palerdi (Bard/narrator), Sawako Iseki (Spirit of Judith)
Francesco Porcelluzzi (Kuroko, 1st door), Massimo Margaria (Kuroko, 2nd door)
Angelo Perfido (Kuroko, 3rd door), Aiichiro Miyagawa (Kuroko, 4th door)
Riccardo Riccio (Kuroko, 6th door), Duccio Brinati (Kuroko, 7th door)
Francesca Bellone (1st wife), Giorgia Calenda (2nd wife), Valeria Scalisi (3rd wife)
Izumi Fujii, Yoshimitsu Kushida, Satoshi Nakagawa, Megumi Mashimo,
Emi Aoki, Takuya Fujisawa, Yukio Miyahara, Ayaka Kamei,
Leonardo Jin Sumita (Kuroko)

1時間の休憩の後、次の「青ひげ公の城」も金森穣の演出、ノイズムメンバーの出演による、あまり他に類を見ないプロダクションでした。演出の基本的なトーンは先の「マンダリン」と統一されていて、シンプルでシンボリックな舞台装置をバックにやっぱり大勢の黒子がうじゃうじゃと動いています。最初に吟遊詩人がお経でも読むような無表情なリズムでお馴染みのハンガリー語の前口上を始め、次第に語り口が熱くなって行ってからオケにバトンタッチします。この前口上はのっけから超ハイテンションで始める人もいるので千差万別で面白いですが、こういうパターンは初めて聴きました。

音楽的には「マンダリン」が「動」なら「青ひげ公」は「静」。内面的な音楽ですが、表現手法はわりとわかりやすいものです。ハマルは今度は譜面台にポケットスコアを置いていましたが、最初からちょっと気になったのは、さっきのマンダリンで疲れてしまったのか、オケのキレが少し悪くなったこと。それと、指揮者にオペラの経験がどのくらいあるのかわかりませんが、経歴を見ると豊富とは思えないし、少なくともこの歌劇場では初めて。総じてオケを鳴らし過ぎで、目の前であったにもかかわらず歌手が聴き取りにくい箇所がいくつもありました。歌手自身も声量は不足気味。青ひげ公のゲルネは昨年マゼールのマーラーチクルスで聴いて、その時は表現力がオペラ向きの歌手かなと思ったのですが、今日聴くと歌が繊細過ぎて大劇場ではワリを食います。やっぱりこの人はリート歌手なんだなと思いました。歌唱自体は、ブレることなく威厳があり、上手いと思ったんですが、いかんせん声量が負けてます。一方、ユディット役のカラナスはいかにもオペラ歌手の貫禄ある風貌でしたが、こちらも声量はイマイチ。めまぐるしく心が揺れ動く演技は良かったですが、歌のほうは起伏に欠けて一本調子で、あまり感心しませんでした。ハンガリー語の発音がたどたどしく、息継ぎがおかしい箇所もちらほら(まあこれは非ネイティヴだとどんな歌手でも仕方がないですが)。

元々がシンボリックな舞台を想定して作られたオペラですから、城の各部屋の表現は演出家により千差万別ですが、今日のは舞台の奥側に7枚並べたスクリーンへその後ろで踊るダンサーのシルエットを投影するという趣向。その他にユディットと同じ花嫁衣装を着た顔の見えないダンサーが(先ほどミミを踊っていた井関佐和子さん)ユディットの内面の葛藤を踊りで表現するというのがユニークなところです。このユディットの分身は、自分で激しく踊ったかと思えば、文楽のように後ろから黒子に操られることもあり、踊りはこと細かく組み立てられていました。最後の扉を開けて出てくる3人の過去の妻も完全に黒子に操られる浄瑠璃人形でしたが、動きがどこかユーモラスになってしまうので、ちょっとこの場面には合わなかったと思います。最後をギャグにしてどうすんじゃと。あと、この「青ひげ公」は登場人物が前口上を入れてもせいぜい6人の寡黙なオペラですので、こんなに何十人も舞台の上に出ているのは異例で、ガチャガチャとした雰囲気がどうしてもこの曲の寡黙なトーンを壊していた面があったのは否めません。

ハマルはマンダリン同様、見ていて飽きないノリノリの棒振りでオケをぐいぐいと引っ張っていましたが、オケのほうはちょっと燃え尽き気味で事故もいくつかありました。しかし細かいことはともかく、オケは総じて良い演奏だったと思いますし、ハマルもこの状況でキッチリと仕事のできるところをアピールできたのではないかと思います。



この2枚も昨年の松本のもの。非常に変わった「青ひげ公」でした。


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