LSO/ティルソン=トーマス/フレイレ(p):木を見て森も見る「幻想交響曲」2012/01/24 23:59

2012.01.24 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Nelson Freire (P-2)
1. Debussy: Selected Préludes (orch. Colin Matthews)
 1) Voiles (Sails); Book 1 - #2
 2) Le vent dans la plaine (The wind in the plain); Book 1 - #3
 3) La cathédrale engloutie (The submerged cathedral); Book 1 - #10
 4) Ce qu'a vu le vent d'Ouest (What the West Wind saw); Book 1 - #7
2. Debussy: Fantasy for Piano and Orchestra
3. Berlioz: Symphonie fantastique

「まだ見ぬ強豪」の一人、マイケル・ティルソン・トーマスは昨シーズンのLSOのチケットを買っていたのですが、よくわからない理由のキャンセルでフラれてしまい、今日が念願の初生演です。登場したマイケルさんは思ったより小柄で、本当に人の良さそうな笑顔を浮かべ、品の良いおじいちゃんという感じです。

最初はマシューズ編曲のドビュッシー前奏曲集。以前はこの編曲の存在すら知らなかったのに、やはり「ご当地物」の一種だからでしょうか、ロンドンに来てから実演で聴くのはこれで3回目です。今回は第1集のみから緩-急-緩-急と変化をつけた4曲の選曲で、原曲にさほど馴染んでいるわけではない私は、マイケルさんのきめ細かく色鮮やかな演出にひたすら感心するしかありませんでした。プログラムでは有名な「沈める寺」が最後でしたが、「緩」ながら壮大なスケールで盛り上がるこの曲をラス前に持ってくるという入れ換えは、大正解だったと思います。

続く「ピアノと管弦楽のための幻想曲」は初期の作品で、初演で第1楽章のみが演奏されようとしたことに立腹して楽譜を差し止めてしまったためお蔵入りし、結局ドビュッシーの死後始めて演奏されたという曰く付きの曲です。確かに若書きだけあって、後の「海」や「映像」で境地に達した交響詩の世界が原石のように垣間見えるものの、まだドイツ的後期ロマン派の色が濃く、スタイルの確立にまだ試行錯誤しているような印象を受ける曲です。フレイレは9月にブラームスの協奏曲2番を聴いています。そのときは軽いフランス物のほうが合っているのでは思ったのですが、結局印象は変わらず、やっぱり生徒にお手本を弾いて聴かせるようなくっきりかっちりとした演奏。フランスらしい柔らかさも印象派的なオブラートも一切ありません。多分運指はめちゃくちゃ上手くて、ピアノをやっている人ならまた聴き方が違うんだろうけど、私には引っかかるものがありませんでした。

そしてメインの「幻想交響曲」、これは実に素晴らしい演奏でした。大好きな曲ですが、本当にクスリをキメてるかのように尋常でないテンションで突き進むミュンシュ/パリ管のレコーディングが自分にとってのリファレンスで、それを凌ぐ演奏はなかなかあり得ないので、ここまで感動的な実演に巡り会ったのは殆ど初めてかもしれない。冒頭の木管からゆっくりと実に丁寧な語り口で、フレーズの繋ぎ一つも疎かにせず組み立てる「作り込み型」の演奏は、まさに私の好み。長い序奏が終ってやっとテーマが出てくると、大胆にギアチェンジして快速に飛ばします。これが予想外に熱い演奏で、ティルソン・トーマスというとクールで学究肌の指揮者だとCDを聴く限りの印象で決めつけていたので、そうかこの人はバーンスタインの愛弟子だったんだ、と思い出しました。そう思って後ろから見ると、白髪混じりの髪型とチラリとのぞく鷲鼻がまさにバーンスタインを彷彿とさせる気がしてきました。

第2、第3楽章と続いても全編これニュアンスの権化のようにきめ細かく音楽を作り込んでいきますが、決してわざとらしくなく、一貫して情熱に溢れています。途中わずかにアンサンブルがずれたり、金管が外したりの事故はありましたが、全編通して縦の線はきびきびと揃っており、舌を巻く統率力です。かつて(1995年まで)首席指揮者を勤めていて、現在も首席客演指揮者の地位にあるとは言え、普段から練習時間を豊富にもらっているわけではないでしょうから、よっぽどリハーサルの効率が良いのと、バトンテクに優れているのでしょう。月並みですが、魔術師、という言葉が浮かびました。一つだけあれっと思ったのは、終楽章でヴァイオリンがちゃんとコル・レーニョ(弓の裏で弦を叩く)をやってなかったことですが、ニコニコ動画にアップされていたサンフランシスコ響とのライブ映像を後で見てみると、そこでもやっぱりコル・レーニョは(少なくとも弓を完全に反転させるようには)やってないっぽく、ここは指揮者の解釈なのでしょう。何故だかはわかりませんが。もちろんそんなことは些末で、最後は金管を思う存分解放して、とてつもない迫力のうちに駆け抜けました。細部のニュアンスにも全体のフォルムにも両方目が行き届いた、たいへん充実した演奏でした。熱烈なスタンディングオヴェーションも納得です。5月のマーラーが非常に楽しみになってきました。


ところでプログラムをパラパラと読んでいて一つショッキングなことが。トランペットのNigel Gommさん、最近名前を見ないなと思っていたら、昨年10月に病気で亡くなっていたんですね。知らなかったです。May his soul rest in peace。

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_ Voyage to Art - 2012/01/27 06:40

 最近ずっとバレエばかり観ている、と言うのはものすごく贅沢なことではあるのだけれど、そうなると今度はどうしても上手いオーケストラが聴きたくなってくるときがある。ロイヤルオペラハウスのオーケストラもポテンシャルは高いと思うけど、オペラはともかく、バレエのときはどうしても不満が溜まることが多い。特に悪名高いのがトランペットで(上手い人ももちろんいるけど)、僕はそれに加えて弦楽器の音程が不揃いなのが気持ち悪いことが多い。あと、チェロとベースがただ音を並べているだけのことが多くて、音楽が痩せる。伴奏が歌えば歌うほど、音楽も多層的で奥深い豊かさを獲得するのだと、元チューバ吹きの僕は声を大にして言い...

_ miu'z journal *2 -ロンドン音楽会日記- - 2012/01/30 09:40

24.01.2012 @barbican hall

debussy/matthews: selected préludes
debussy: fantasy for piano and orchestra
berlioz: symphonie fantastique

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