The Clay Oven(インド料理)2012/02/01 07:20


Ealing Broadwayにあるインド料理です。夫婦揃ってカレーが好きなのでインド料理屋はロンドンでもいろいろ行きましたが、結局ここほどスパイスをふんだんに使っているお店は他に見つかりません。ここのVindalooもMadrasも、もちろんめちゃめちゃ辛いんですが、ストレートなチリの辛さだけではなく、いろんなスパイスの刺激と香りが四方八方から攻めてきます。タンドーリ料理もしっかりスパイスが効いており、香辛料には身体が端的に反応する私はここに来るといつも大汗かきながらハフハフ食べてます。

奥のほうにはパーティースペースがあり、インド人の集団がよく結婚パーティをやっているので、本国人に好まれる味なんだと思います。問題があるとすれば、混み合っている時間帯だと料理を長時間待たされることがある、ということくらいでしょうか。


この日の夕食はいつもと代わり映えせず、マサラパパド(香辛料入りレンズ豆の薄焼きせんべい)、タンドーリチキン、シークカバブ(ラム挽肉の串焼き)、チキンマドラス(カレー)、マトンビリヤニ(炊き込みご飯)、プレーンナン。何だか肉ばかりで野菜不足じゃなー、と思う日には、サーグパニール(ほうれん草とチーズ)かサーグダール(ほうれん草と豆)とたまにサラダを頼んでます。

中心部に住んでいる人にはあまり縁のない場所柄かもしれませんが、お近くにお寄りの際には是非一度お試しください。

13 The Mall, Ealing, London W5 2PJ
Tel: 020 8840 0313

ブレーメンとハンブルク2012/02/07 23:59

今週ドイツに出張に行ってました。今回初めて行ったのはブレーメンとハンブルク。



町の中心、マルクト広場の市庁舎とローラント像は世界遺産に登録されています。お昼どき、天気は快晴だったのですが、気温は−8℃、さっぶー。ロンドンと同じスーツにコートで来た私は、とても長時間外を歩いていられませんでした。しかし雪はなく、空気がとっても乾燥しているので肌はガサガサになるわ、静電気はバチバチ飛ぶわで大変でした。


ブレーメンというと、合い言葉のように出てくるのが「音楽隊」。グリム童話に基づいた銅像が、市庁舎の脇に地味〜に立っていました。


行くまで知らなかったのですが、ブレーメンで他に有名なのは、BECK'Sのビールと、Hachezのチョコレート。特にHachezは妻の大好物で、ドイツ出張で時間があれば必ずスーパーに寄ってお土産に買っていたのですが、ラベルに堂々とBremenと書いてあるのに今まで気付きませんでした。


ドイツ最古のワイン蔵という市庁舎地下のBremer Ratskellerで地元名物料理のBremer Braunkohlを食べてみました。青汁の原料ケールを刻んで煮込んだものの上に、豚バラのボイル、ハム、茹でソーセージ2種が乗っています。こういうの、けっこう好きです。くすんだ茶色のソーセージはPinkelといってひきわり麦と牛の腎臓が入っており、けっこうクセがあって、ブレーメンの人以外はあまり食べないそうです。

仕事の後、ハンブルクに移動したのですが、もうとっぷり夜で、町の中心部でもなかったので、写真は撮れませんでした。気温はさらに下がって−16℃、ホテルからちょっと夕食で外に出るのにも堪え難い寒さで、特に耳が死にました。

団地街を歩いている最中、何と野良のウサギの群れに遭遇。ブダペストやロンドンでもキツネとリスはよく見ましたが、ウサギが道路を渡っているのは初めて見ました。


一番トロかったヤツを何とかパチリ。

この後デュッセルドルフに移動、依然として−8℃と厳しい寒さに耐えかねて、デパートに駆け込み、ついにイヤーウォーマーと革手袋を買いました。ロンドンではまず使わないんだがなあ。

Pfannkuchenstube Hilden(ドイツ料理)2012/02/08 23:59


デュッセルドルフの郊外ヒルデンにある面白いドイツレストランです。元シェフのオーナー(上写真、通称「クマさん」)がほとんど自分の趣味だけでやってるようなお店。へんぴな場所にあり、観光客がフラッと行けるところではありませんが、英語メニューもあり、オーナーも英語をしゃべります。


扉を開けてまず目に飛び込んでくるのが、ピアノを弾くマネキン人形。


階段の壁にはびっしりと写真。スーツケースからはみ出た手とか、怪しさ満載です。


ダイニングルームも壁といい天井といい、オーナーのコレクションが所狭しと飾ってあります。その多趣味度合いには感服するばかりです。






このレストラン、隣りに乗馬の練習場があって、ガラス越しに調教を見ながら食事ができるようになっています。窓はきっちりシールされているので馬の匂いがやってくることはありません。


本日のスペシャル、子牛レバーのソテー、マッシュポテトと焼きリンゴ添え。


スペアリブ・バーベキューソース。見た目は凄いボリュームですが、ほとんど骨なので意外と食べれます。


スペシャルデザート三点盛り。

料理はどれも美味しく、オーナーの目が行き届いています。機嫌が良いと取って置きのスピリットを振る舞ってくれたりします。気さくながら圧倒的に存在感のある名物オーナーです。もし自分がデュッセルに住んでいたら、多分通ってしまうなあ。

Pfannkuchenstube Hilden Am Stadtwald
Im Loch 6-8, D-40724 Hilden, Germany
+49 2103 47222
http://www.pfannkuchenstube.de/

LPO/N.ヤルヴィ/ギルトバーグ(p):My Lonely Valentine2012/02/14 23:59


2012.02.14 Royal Festival Hall (London)
Neeme Järvi / London Philharmonic Orchestra
Boris Giltburg (P-1)
1. Rachmaninov: Piano Concerto No. 2
2. Kreisler (arr. Rachmaninov, orch. Leytush): Liebesleid (European premiere)
3. Rachmaninov: Symphony No. 2

妻娘が揃って風邪でダウン、おっさん一人で「バレンタインコンサート」に行くことになってしまいました。このベタベタにロマンチックな選曲、やはり客層は若い人、いかにも普段演奏会には行かなさそうな人が多かったです。楽章が終わるごとに拍手する人々、演奏中にカツカツとハイヒールの音を立てつつ外に出て行く女性、演奏中にボリボリ物を食べるガキなど…。

1曲目は超メジャーなピアノ協奏曲第2番、ライブで聴くのはすごく久しぶりです。6年前聴いたときのソリスト、ラン・ランは今週末バービカンにやってきますが、それはさておき。ボリス・ギルトバーグは今年28歳になるユダヤ系ロシア人の若手ピアニスト。昨年のチャイコフスキーコンクールに出たもののラウンド2に残れなかったようです。風邪でもひいているのか、右の鼻穴にティッシュを詰めて出てきました。別段どうということはないピアノだったので、論評に困ります。どうも音があまり澄んでない(はっきり言うと濁っている)ように聴こえるのは、ピアノの調律のせいかもしれないし、私の耳がおかしいのかもしれませんが、よく観察していると細かいミスタッチが多く、しかも後半になるほど増えていってました。まあ、本当に体調は悪かったのかも。ヤルヴィお父ちゃんは初めて聴きますが、巨匠の風格溢れる体格の通り、低音を効かせて堂々とした進行です。ニュアンスというものは薄く、その代わりに弦の音は磨き上げられ、弦と木管のハーモニーが実に美しく溶け合っていました。こういうのは厳格なリハーサルとベテランのワザがあってこその結果ですよね。ただし、一番重要なはずのクラリネットは、音は綺麗なんですが木で鼻をくくったような何とも味のないソロで、私は感心しませんでした。

1楽章が終わったところで大量のレイトカマーを入れたため、この人達がどやどやといつまでも騒々しく、ヤルヴィもいったん指揮を始めようとしたもののあまりにうるさくて断念し、結局ノイズが収まるまで長い時間仏頂面で待っていました。せっかくのテンションに水を注されたかっこうで、これは会場のマネージメントが悪いです。

続くクライスラーの「愛の悲しみ」は、欧州初演というふれこみでプログラムにクレジットされていたものの、これは本来ならアンコールという取り扱いですよね。拍手がほとんど消えかかっていたにもかかわらず、ボリス君はもう1曲アンコールで子犬のワルツのようなコロコロとした小曲(曲名不明)を弾いてくれました。こういう軽めのアルペジオな曲のほうがこの人の本来の持ち味が生きるように思いました。

メインのラフマニノフ第2番はここ数年マイブームなので、実演の機会があればできるだけ聴きに行ってます。ここでもヤルヴィはすっきりと見通し良く音を整理しながら、ストレート、質実剛健に歩んで行きます。LPOはいつになく上手いし、リタルダンドやポルタメントはきっちりやってますが、情緒こもったロマンチックにはなり切れない歯がゆさがありました。あまりスケール感はなく、意外と小さくまとまっている印象です。1楽章ラストのティンパニの一撃は無し。ヤルヴィは打楽器奏者出身なのでガツンとやってくれるかと期待したのですが。

ロマンチックの極み、第3楽章ではまたしてもクラリネットが「木偶の坊」(「マグロ」と書いて、下品なのでやめました。って、結局書いてますが)。ここまで徹底しているということは、これは指揮者の解釈か、奏者のこだわりなんでしょう。終楽章は金管打楽器を思いっきり解放し、熱く盛り上げて行きました。なかなか上手いドライブで、LPOもハマるとここまで馬力が持続するんだ、と見直しました。だいぶ遅い時間だったので終楽章の途中で帰る人もいれば、少なからぬ人が終演と同時に席を立ちましたが、拍手はけっこう盛り上がっていました。私もコーダの迫力と疾走感は、ヤルヴィの統率力に感心しました。

大勢の人がすでに帰った中、トドメのアンコールはもちろん「ヴォカリーズ」でロマンチックに閉めました。時刻はすでに夜10時、長い演奏会でした。何となく物足りなくて、昨年のBBC響/山田和樹の演奏会録音(膝上ではありません、BBC Radio 3から)をiPodで聴きつつ帰りましたが、艶やかな音の膨らみ、情感溢れる弦の旋律、切々と歌うクラリネット、やっぱこの曲はええわー。これは悪いけど正直、BBC響の圧勝でした。

NYP/ギルバート:マーラー9番にやっぱりマリンバは不要2012/02/16 23:59


2012.02.16 Barbican Hall (London)
Alan Gilbert / New York Philharmonic
1. Mahler: Symphony No. 9

2年ぶりのNYPロンドン公演です。ギルバート指揮NYPのマーラー9番というと、演奏中の終了間際にiPhoneのマリンバ音アラームが鳴り響き、演奏を中断したというニュースがつい最近各誌、各サイトを賑わしていました。その記事を読んで一番印象深かったのは、何人かの聴衆が「そいつをつまみ出せ」「1000ドルの罰金だ」などと口々に罵ったというくだりで、何ともアメリカらしいというか、もし日本で同じ事件が起こったとして「つまみ出せ」は言っても「10万円払え」と言う人はおらんよなあ。あと以前友人から聞いた話で、ビジネスが全てに優先するニューヨークでは、メトロポリタン歌劇場で上演中も携帯の電源を切らない人が多く、あまつさえ、かかってきた電話には出て話すのが普通、という「驚きの事実」があったのですが、やっぱりそれは眉唾で、ニューヨーカーでも演奏中は携帯を鳴らしてはいけないという常識はさすがにあるみたいですね。

今シーズンから外来アーティストのチケットがべらぼうに値上がりしたので、以前のように毎回かぶりつき席で聴くのは難しくなりました。今日はバルコニー席の真ん中1列目という、まあそんなに劣悪な席でもないのですが、やっぱり私はオケと距離のある席だと素直に楽しめない、という自分の嗜好を再認識しました。非常に繊細で、よく練り上げられた好演だったと思います。よくぞここまでというくらいに押さえ込まれた弦と、明るい音で馬力の炸裂していた金管に挟まれ、木管は割を食って陰が薄かったです。金管の音が直接上に上がってきてやけに生々しく聴こえ、デリケートな弦や木管との対比で異形の印象を覚えました。なんだか幻想交響曲の「ワルプルギスの夜」みたいでしたが、これは座った席と、自分の耳のせいでしょう。落ち着いて聴いていると、テンポを大げさに揺らすでもなし、作為的なアゴーギグを入れるでもなし、流れを切り開くというよりも音楽の持つ自然な流れに乗っかっていくような演奏でした。特に終楽章の緊張感の持続は素晴らしく、これを品のないマリンバ音で邪魔されては、そりゃー指揮者も聴衆もさぞ怒ったことでしょう。

奏者では、ホルントップの巨漢、Philip Myersさんが非常に存在感ありました。口笛でも吹くように意のままに楽器を操り、しかし出てくる音は実に芯の太い極上の煌びやかさで、さすがに一番の拍手をもらっていました。チェロの2番手に座っていたEileen Moonさんは、久々に見た「ヤマンバギャル」。あと、今更ながら気付いたのは、この曲は1楽章の一部分だけティンパニが二人になるんですね。4台しか使わないので奏者は一人と何故か今まで思い込んでいました(普通の曲ならティンパニ3台でたいてい十分ですが、やっぱりマーラーは8台くらい並べないと気分がでないしー)。

ステージから遠い席の何が嫌いかというと、やっぱり音というのはいくら音響設計をしていても基本的には距離の3乗に反比例して減衰していくものなので、本来聴きたい音とノイズの比(S/N比)がドラスティックに悪くなってしまうことなんです。今日は演奏中に何か物を落とす人が多く、また後方席のカップルが演奏中でもべちゃくちゃ小声でおしゃべりしていたのが(さすがに前の席のおじさんにshut up!と注意されていましたが)気に障りました。時刻はちょうど9時のころ、終楽章のまさに終盤、極めて注意深い慎重さでラストに向けて進んでいるときに、「チチッ」という腕時計のアラーム音が数箇所で鳴ったのが聴こえました。まあこれは音が小さいので近くの席でないと気付かなかったかもしれませんが、それにしてもこの「チチッ」を切らない人も多いですね。やっぱり、あー今日もいいものを聴かせてもらった、と幸せな気分で帰るには、少々高くついてもいい席を取らねばなあ、との決意をあらたにした夜でした。

NYPヤング・ピープルズ・コンサート@ロンドン2012/02/18 23:58



2012.02.18 Barbican Hall (London)
Young People's Concert: Leonard Bernstein's New York
Alan Gilbert / New York Philharmonic
Jamie Bernstein (Narrator, Vo-4), Benjamin Grosvenor (P-5)
Joseph Alessi (Tb-3,4), David J Grossman (P-3,4)
Timothy Cobb (DB-3,4), Christopher S Lamb (Drums-3,4)
1. Bernstein: Overture to 'West Side Story' (arr. by Maurice Peress in 1965)
2. Copland: 'Skyline' from 'Music for a Great City'
3. Strayhorn: Take the 'A' Train
4. Bernstein: 'Ain't Got No Tears Left' from 'On the Town'
5. Bernstein: 'Masque' from Symphony No. 2 ‘The Age of Anxiety'
6. Bernstein: Three Dance Episodes from 'On the Town'

NYPのヤング・ピープルズ・コンサート(YPC)は1924年から脈々と続く伝統ある青少年向けの啓蒙音楽会ですが、何と言っても1958年〜1972年の間レナード・バーンスタインのパーソナリティでテレビ放送された一連のシリーズが特に有名です。私自身、実際に初めて見たのは10数年前に「クラシカ・ジャパン」で放映されていた分ですが、レニーの軽妙でツボを心得た語り口と、その実、子供向けとは思えない高度で深い内容に、ついのめり込んで見てしまいました。その本家本元を見る機会があろうとはつゆとも思わずに。

午後4時からのスタートでしたが、1時から楽器体験のファミリーイベントが行われていましたので、バービカンセンターの中は子供だらけ。LSOのファミリーコンサートの時よりも規模が大きかったし、盛況でした。この子供らが皆ホールに入ってきたら大変なことになるなと思っていたのですが、コンサートのほうは思ったより子供だらけではなく、大人だけのグループもたくさんいました。イベントだけ遊びに来た家族連れが多かったようです。


今日のYPCはロンドンでは初の開催とのこと。「バーンスタインのニューヨーク」と題し、レニーの長女のジェイミーさんをメインホスト(ホステスと言うのかな)に据えて、もちろんレニーの曲を中心に、ニューヨークという町の雰囲気を音楽で伝えようという内容です。ジェイミーさんは今年還暦ながら、スパンコールのミニスカボデコンというイケイケの服装で登場。さすがはレニーの娘だけあって、手馴れた司会っぷりはカリスマ性十分でした。それに、イギリス人のパーソナリティに比べて言葉が断然聞き易い!(まあこれは私の耳の問題なんでしょうけど)一方のアラン・ギルバートはいかにもしゃべりは苦手そう。基本は台本棒読みで、出番のないときはずっと台本に目を落とし、話し出しにいつも微妙な間がありました。

1曲目の「ウエストサイド物語」序曲、ミュージカル上演では普通省略されるため(映画版でも本編では省略されていましたが、サウンドトラックのリマスターCDに収録されました)、ある意味珍しい選曲ですが、「シンフォニック・ダンス」よりもコンパクトでストレートなダイジェストになっているので、もっと頻繁に取り上げられてもよい曲かなと思いました。

3、4曲目はNYPメンバーによるジャズ・コンボ。ピアノを弾いたグロスマンはコントラバス奏者。ベースのコッブは今シーズンゲストプリンシパルとしてNYPで弾いているものの、元々はMETオケの主席だそうです。これは至って普通の演奏というか、プロ奏者ならこれくらい弾けて当たり前、ジャズ度ではウィーンフィルメンバーの演奏する「プレリュード・フーガとリフ」とさして変わらず、さすがはニューヨーカーと舌を巻くほどジャジーな演奏でもありませんでした。

5曲目の「不安の時代」から第5楽章「仮面舞踏会」は、ご当地向けにイギリスの弱冠19歳若手ピアニスト、ベンジャミン・グロヴナーを起用。NYPとは初共演だそうですが、この数分ぽっちの曲にして、かなり緊張した様子だったのが初々しかったです。最後は「オン・ザ・タウン」の3つのダンスエピソードをフルで演奏。NYPの主力メンバーによる最後まで手抜きなしの誠実な演奏は、非常に好感の持てるものでした。


今年還暦とは思えないジェイミー・バーンスタインと、今年45歳のアラン・ギルバート。

NYP/ギルバート/ラン・ラン(p):「顔芸の王子」はもう卒業?2012/02/18 23:59


2012.02.18 Barbican Hall (London)
Alan Gilbert / New York Philharmonic
Lang Lang (P-2)
1. Lindberg: Feria
2. Bartok: Piano Concerto No. 2
3. Prokofiev: Symphony No. 5

NYPダブルヘッダーの後半戦は、ロンドンでも超人気のラン・ランをソリストに迎えてのバルトーク。聴きに行かないわけにはまいりません。娘は「ふたつも見るの〜?!」とぶーぶー文句をたれていましたが。

1曲目のリンドベルイは現在NYPのcomposer-in-residence(招聘作曲家とでも訳すんでしょうか)として契約しており、2年前の来英時もUK初演の曲を演奏していました。今日の「Feria」は「fair」の意のスペイン語ですが、2年前に感じた北欧の香りはほとんどなく、響きが金属的でスペインの風味もあまりない、ごった煮のしっちゃかめっちゃかな(失礼!)曲でした。5分くらいの曲かと思ったら意外と長く、20分くらい続いたので疲れました。リンドベルイさん、ツアーにも同行しているようで、最後は指揮者に呼ばれて舞台に出てきました。

さて待望のバルトーク。オケメンバーは大移動し、舞台に向かって右側に弦、左側に管とすっぱり分わかれて座りました。ラン・ランとバルトークはミスマッチにも見えますが、ちょうど5年前にもブダペストで同じ第2番を聴いたときは(オケはバレンボイム/ウィーンフィル)、クリアな音でリズミカルにミスタッチなく弾きまくるスタイルが意外とハマっているなと感じました。それにしてもラン・ラン、今やすっかり垢抜けて、ずいぶんとすました顔で涼しげに弾くようになってしまって、「顔芸の王子」はもはや卒業したんですね。テクニックはさらに凄みを増し、ノリノリで弾いてみたり、しっとりと歌ってみたり、極めて機械的なこの難曲を易々と手中に収めていました。第2楽章などは余裕で見得を切って、ワンフレーズごとに流した左手でポーズを決めていたのが悔しいほどサマになっていて、正にスターのパフォーマンス。大喝采に答えてアンコールはリストの「ラ・カンパネッラ」を弾いてくれましたが、これがまた尋常じゃない上手さで唖然としました。前に聴いた「ラ・カンパネッラ」よりもさらに難易度が高そうなギミック満載でしたので、別バージョンなのか、あるいは即興の「ラン・ラン・スペシャル」なのか。ともあれ、リストも当時はイケメンの比類なきピアノ・ヴィルトゥオーソとして多くの女性ファンを惹きつけていたそうですから、ラン・ランの目指すところは「現代のリスト」と称されることなんだろうかと、ふと思いました。


遠くてすいませんが、拍手に応えるラン・ラン。

メインのプロ5もこれまた大変良かったです。ここまで休んでいたホルントップのMyersさんも登場し、トランペットも非常に上手く、充実したブラスセクションは一抹のスキもありません。今日もバルコニー席で遠かったので弦はあまり届いてきませんでしたが、繊細な弱音は一昨日のマーラーよりもさらに際立っており、木管も揃って惚れ惚れするような艶やかな音色で、良いときのLSOと比較しても全く遜色ないハイレベルの演奏。影のあるゲルギーとはまた違う、ギルバートの明るく誠実な音楽作りも好感度高く、ストレートに心を打ちました。

アンコールは「キャンディード」序曲。これまたNYPのオハコで、中学生のころバーンスタイン指揮NYPの自作自演盤を飽きもせず熱狂的に繰り返し聴いていたのを思い出しました。私より若いギルバート氏(日本名はタケシだそうですね)、ネームバリューはまだまだなのでプレスに叩かれることも多々あるでしょうが、外野の雑音に惑わされずじっくりとキャリアを積んでいって欲しいと思います。

プレヴィン(p)/ムター(vn)/ミュラー=ショット(vc):三世代競演?2012/02/20 23:59


2012.02.20 Barbican Hall (London)
Anne-Sophie Mutter (Vn), André Previn (P), Daniel Müller-Schott (Vc)
1. Mozart: Piano Trio No. 2 in B-flat major
2. André Previn: Trio No. 1
3. Mendelssohn: Piano Trio No. 1 in D minor

めったに行かない室内楽です。これはLSOのシーズン枠の一つで、前夜のLSOにも登場したプレヴィン、ムターの元夫婦に、弟子のミュラー=ショットを加えてのピアノトリオ。一度はムターをかぶりつきで見る(聴く)、というのがチケット買った動機のほぼ全てです。ムターとミュラー=ショットはちょうど1年前のLPOで二重協奏曲を聴いていますし、ミュラー=ショットはその後プラハでも聴きました。プレヴィンは、20年前に初めてウィーンを旅行した際、楽友協会でウィーンフィルを指揮したのを当日券で聴いて以来ですが、そのときは舞台後方打楽器の真後ろの席だったので指揮者が全く見えず、せっかくの初ウィーンフィルも打楽器の生音ばかりが聴こえてきたという、今となっては微笑ましい記憶です。一昨年のLSOでアルプス交響曲を振る演奏会を楽しみにしていたのですが、体調が原因でキャンセルになり、そのときは曲目も変更になったのでチケットをリターンしました。

ピアノと椅子が3つだけだと、バービカンの舞台もずいぶんと広々と感じられます。譜めくりの女性に支えられつつ登場したプレヴィンは、もう歩くのがやっとこさのヨボヨボ老人。数年前にN響を指揮した映像をテレビで見たとき、ずいぶんと老け込んだんだ姿に驚きましたが、実物の衰え方はそれ以上でした。楽屋口からステージに上る階段は珍しく衝立でカバーされていましたが、これはプレヴィンが長く歩かなくても済むようにという配慮だったのかも。方やムターは上下黒づくめの肩開きドレスに、結び目の大きいショッキングピンクの腰帯を合わせ、よく見るとヒールの靴底も同じショッキングピンク色だったのがオシャレでした。ハンサムボーイ、ダニエル君は普通にグレーのスーツ姿。

定位置につくと、せーのと呼吸を合わせるでもなく早速ピアノが始まりました。さすがは老いても名ピアニスト、先ほどのヨボヨボぶりがウソのようにサラサラと弾くのですが、よく聴くとやっぱりピアノは相当危なっかしい。音は外すは、止まりそうになるは、それでいて音楽はちゃんと途切れず進行しているのだからたいしたもんです。他の二人はピアノに何とかついて行き、包み込むようサポートするのに徹していました。間近で見るムターは、みけんのしわが半端じゃなく凄い。ほとんどアブドーラ・ザ・ブッチャーかブルーザー・ブロディの世界でした。彼女はいつもしかめっ面で演奏する癖があるみたいなので、もう職業病ですね。私は楽しそうに、幸せそうに演奏する人のほうが好みですが。また、スレンダーな身体ながらも肩の筋肉(三角筋)だけ異形に盛り上がっていたのにはプロの宿命を感じました。ただし演奏のほうはというと、音程が手探りだったり、音がかすれたりと、あまり調子が上がっていない様子。こんなもんだったかなあ、ムターも今や昔の名前だけで売ってる人なのかと、ちょっとがっかりしました。一方のダニエル君が対照的に脂の乗り切った艶やかな音で全体をしっかり支えていたので、いっそう差が引き立ちました。

2曲目のプレヴィン作曲ピアノトリオは2009年の新作で、ジャズっぽい曲を期待していたら全然そういうテイストの曲ではなく、「現代音楽」というほどモダンでもないですが、不協和音満載の硬質で暗い曲調だったので意表を突かれました。ストラヴィンスキーの室内楽作品みたいな感じです。1回聴いたくらいではちょっとよくわからなかったので、パス。

休憩後のメンデルスゾーンはムターも調子を取り戻したようで、ダニエル君とタメを張る力強い演奏。馴染みのない曲なので細かいところはよくわかりませんが、非常にしなやかで粘りのある彫りの深いヴァイオリンで、なるほどこの卓越した表現力で長年第一線を張ってきた人なのだなと、ようやく本来のムターを聴けた気がしました。プレヴィンのピアノは相変わらずですが、足取りのおぼつかなさとは段違いの推進力があり、あくまでサラサラと彼岸のピアノを弾いていました。アンサンブル命の正統派ピアノトリオとは全く言いがたいでしょうが、何だか良いものを聴かせてもらったと満足して帰路につけました。娘も妻も、メインはまあまあ楽しんでいたようなので、良かったです。演奏が終れば、まるで年老いた祖父をいたわるかのようにプレヴィンをケアしていたムター。とてもこの人達が数年前まで夫婦だったとは信じられません。ダニエル君は童顔だし、祖父・母・息子の三世代競演と言われても信じてしまいそうですね。


LSO/ゲルギエフ/チャン(vn):アドレナリンVnと、意外と正統派の「悲愴」2012/02/23 23:59


2012.02.23 Barbican Hall (London)
Valery Gergiev / London Symphony Orchestra
Sarah Chang (Vn-2)
1. Britten: Four Sea Interludes from ‘Peter Grimes’
2. Shostakovich: Violin Concerto No. 1
3. Tchaikovsky: Symphony No. 6 (‘Pathétique’)

昨シーズンから続いたゲルギー/LSOのチャイコフスキーシリーズもこれで最終です。「4つの海の前奏曲」は出だしこそちょっと乱れたものの、後はさすがの緻密なアンサンブルを聴かせてくれました。無国籍・モダン・明朗快活というオケのキャラクターは先日のNYPとだいぶ共通点がありますが、LSOは音がでかいのが魅力です。


韓国系アメリカ人の人気若手ヴァイオリニスト、サラ・チャンを見るのは初めてです。キラキラブルーの派手な胸開きドレスでオペラ歌手のようにふっくらとした人がヴァイオリンを持って入ってきたので、あれっ、独奏者が変更になったのかなと一瞬疑いました。プロモーションで使われていたジャケット写真(上)と比べたらtotally differentと言わざるを得ない(笑)。興に乗ってくると大きく仰け反ったり、空間をキックしつつ前後に動いたり、演奏のほうも見かけ通り派手でした。音は非常にしっかりしており、繊細さや際立った個性は今ひとつ感じなかったのも事実ですが、終楽章のスポーティな超高速パッセージをアドレナリン噴出しながら弾き切ったのは一見の価値ありでした。サラ・チャンの名前はよく聞いていたものの今まで特に聴きに行かなかったのは、しょせん韓流アイドル系かと実はちょっとナメていたからなんですが、これは是非かぶりつきで聴くべきだったと後悔しました。


終演後、サイン会をやってたサラ・チャン。スタッフがしっかりしているのか、今日は地階、1階の両方で珍しくCDの即売会もやってました。

昨シーズン、ゲルギーのチャイコは結局一つも聴けなかったのですが、4番、5番、この「悲愴」と、後期3大交響曲は何とか全部聴けました。ここまでは極めて個性的な「俺のチャイコ」を聴かせてくれたゲルギーさんですが、この「悲愴」は曲自体が破天荒な分、今までで一番普通の演奏に聴こえました。ナイジェルさんの「ティンパニ自由自在」も、4番、5番と比べたら非常に控えめな音程変更でした。細かいところで型破りなギミックをいろいろ入れても、曲にすっと馴染み溶け込んでしまうんですね。晩年のバーンスタインみたいに唯我独尊の「悲愴」もちょっと期待したんですが、意外と「正統派」な演奏でした。今日はクラリネット、オーボエ、ファゴット、フルート各々の木管の音色が非常に素晴らしかったです。金管は逆に咆哮せず、必要にして十分な音量で節度ある「嗚咽」が表現されていました。NYPも技術の高いオケでしたが、やっぱりLSOも余裕で上手かったです。あー何と幸せな日々よのお。

ロイヤルオペラ/パッパーノ/ダルカンジェロ:フィガロの結婚2012/02/24 23:59


2012.02.24 Royal Opera House (London)
Antonio Pappano / Orchestra and Chorus of the Royal Opera House
David McVicar (Director), Leah Hausman (Revival Director)
Ildebrando D'Arcangelo (Figaro), Aleksandra Kurzak (Susanna)
Lucas Meachem (Count Almaviva), Rachel Willis-Sørensen (Countess Almaviva)
Anna Bonitatibus (Cherubino), Bonaventura Bottone (Don Basilio)
Ann Murray (Marcellina), Carlo Lepore (Bartolo)
Jeremy White (Antonio), Susana Gaspar (Barbarina)
1. Mozart: Le nozze di Figaro

ROHの「ダ・ポンテ三部作」シリーズは、娘と一緒なので、この中では倫理規定が一番低そうな「フィガロの結婚」だけ見に行くことにしました。とは言ってもマクヴィカー演出なのでもしや血みどろではあるまいな、とちょっと危惧したのですが、至って素直な演出にオーセンティックな衣装、前半の大道具の使い回し方も上手く、家族揃って楽しめました。

キーンリーサイドがキャンセルしたため、今日出た歌手は(脇役のジェレミー・ホワイトを除き)全員初めて見る人かも。フィガロのダルカンジェロは噂どおり深くて地を這うように響く、非常に良い声でした。素晴らしい歌唱だったと思うのですが、声質、歌ともに私的には重く、ノリの軽いフィガロのイメージとは違いました。スザンナのクジャクは声量十分、よく通るかわいらしい声で、おきゃんな雰囲気がなかなかよろしい。ケルビーノのボニタティブスは立派な下半身が思春期の少年役にはちょっと違和感があり、第2幕の有名なアリアは声がかすれてよれていたのが弱かったですが、コメディの演技は良かったです。ロジーナ役、立派な体格のウィリス=セレンセンはよく見ると北方系の美人顔。この人も立ち上がりはイマイチでしたが後半調子を上げてきました。キーンリーサイド降板の代役、ミーチャムも華はないものの十分立派な歌唱。際立ったスターはいませんが全体としてレベルの高い歌手陣でした。

今日はパッパーノ自身がレチタティーヴォのチェンバロを弾きながら小編成のオケを、いつものごとく抉るような熱い指揮で引っ張っていました。ホルンがちょっと雑だった外は、最後まで引き締まった良い演奏でした。本当に、バレエも含めて全演目の全公演、パッパーノが振ってくれないものかと思いますね。


いまだに遠いとカーテンコールの写真は上手く撮れない…。