東京シティ・フィル/高関:話題のカーゲル「ティンパニ協奏曲」は是非実演で聴くべき2024/01/27 23:59



2024.01.27 ティアラこうとう 大ホール (東京)
高関健 / 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
目等貴士 (timpani-2)
1. モーツァルト: 交響曲第32番ト長調 K.318
2. カーゲル: ティンパニとオーケストラのための協奏曲
3. R. シュトラウス: 交響詩「ドン・ファン」
4. R. シュトラウス: 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

在京各オーケストラのシーズンプログラムは出たら一通りチェックをしているのですが、2022年の11月、あまり聴きに行くことがないシティフィルの2023-2024シーズンラインナップを見ていて、最後のほうにマウリシオ・カーゲルのティンパニ協奏曲を見つけて思わずのけぞりました。噂のあの曲が生で聴ける(見れる)とは、1年以上先の話ですがずっと楽しみにしておりました。しかし今年に入って、神奈川フィルでもこの曲をやることがわかり、二度びっくり。しかもシティフィルよりも1ヶ月早く。こちらも聴きに行きたかったところですが、あいにく都合が合わず断念。それにしても、こんなマイナーな曲が同じシーズンで「偶然カブる」なんてことがあるんでしょうか?神奈川フィルのほうはリアルタイムでプログラム公開を追っていたわけではないので確信はないのですが、例年神奈川フィルの定期演奏会プログラムはシティフィルよりも前に公表されているものの、「華麗なるコンチェルトシリーズ」の内容は逆に数ヶ月遅れで出ているようなので、神奈川フィルのほうが後追いだったのではないかと怪しんでいます。まあ、別にどちらのかたを持つわけでもないのですが、シーズンラインナップでさらっと発表し、直前のチラシでもネタバレなしで節度を守ったシティフィルに対して、神奈川フィルはチラシのオモテに「ティンパニに頭から突っ込む人」のいらすとや画像を大きく載せて壮大にネタバレしていたり、ソリストの篠崎史門氏(主席奏者、N響の名物コンマス「まろ」さんの息子ですね)が「ひるおび」にビデオ出演して何度も実演して見せたり、慎みのないハシャギようにちょっと閉口していました。

「あまり聴きに行くことがないシティフィル」と書きましたが、単独の演奏会を聴くのは多分初めてです。会場のティアラこうとうホールもお初にやって来ました。1300席ほどでシューボックス型のコンパクトなホールで、ステージが近く、自然に柔らかい感じの程良い音響です。座席がちょっと窮屈なのが玉に瑕。1曲目のモーツァルト32番は、演奏頻度の少ないマイナー曲ですが、モーツァルトは苦手な私もたまたま5年前にブダペスト祝祭管で聴いて以来の2回目です。3楽章構成ですが切れ目がなく、通しでも10分に満たない序曲のようなショートピースで、実際「序曲」という副題で呼ばれることもあります。高関さんは昨年のN響でブロムシュテットの代役で登場したのを聴いて以来。カリスマとかスケール感というよりは下町のおっちゃん風の距離の近さが持ち味と思うので、この江東公会堂はちょうど良い箱かもしれません(悪口ではなく)。アンサンブルはしっかり鍛錬されている様子ですが、音が雑味を含み垢抜けなく、ホルンがちと弱い感じです。まあ、こんなもんかなというモダンなモーツァルト。

本日のお目当て、2曲目のカーゲルですが、これはやはり実演を見れて本当に良かったです。私が見た限り、この曲の動画はYoutubeに2種類上がっており、全曲聴けるのはカンブルラン指揮ポルト国立管のライブ映像ですが、正直これを聴く限り、ティンパニの様々な特殊奏法はパーカッショニストの端くれとしてたいへん興味深いものの、曲としてはあまり面白いと思えませんでした。しかし実演で聴くと(見ると)印象はだいぶ変わり、4管編成で打楽器多数のカラフルな大オーケストラが作り出す音響空間とティンパニの乾いた打音の掛け合いがこの曲の醍醐味だとわかりました。またティンパニを様々な撥を持ち替え叩くだけでは飽き足らず、マラカスで叩く、ミュートの上から叩く、小太鼓のスティックでロールする、しなやかな竹の撥を革の上でびよよよーんと弾く、さらにはメガホンで声をケトルに共鳴させるなど特殊奏法のオンパレードは、音だけではない視覚効果が付いて初めて完成するパフォーマンスだと悟りました。これらは実演でないと絶対味わえず、是非生で見るべき、聴くべき曲だと心底思った次第です。

ソリストの目等(もくひと)氏はシティ・フィルの主席奏者で、短髪に剃り込み、薄い眉に傷、丸メガネといった風貌がいかにも「やんちゃ系の人」で、クラシック奏者には見えません。腕前がどうかも、こんな変な曲では全く判断はができないのですが、理想的な姿勢で、音の粒はクリアに揃っていて、しっかりとした基本を持っている人だと思いました。最後に突っ込むダミーのティンパニは客席から見えやすいように指揮者からは一番遠い側に置くことになるのですが、目等さんは他のティンパニがドイツ式配列(右手が低音)だったので、最後に最低音のティンパニのロールでグリスダウンしていき、ストップしたら向きを変え、しっかり溜めて大見えを切ってからダミーティンパニに頭を突っ込むその一連の動作が、ダイナミックで実にカッコよかったです。上半身がすっぽり埋め込まれた姿勢もまさに楽譜指定の通り理想的なものでした。YouTubeのポルト国立管の人は配列がアメリカ式で逆(左手が低音)だったせいで、最後の突入が隣のティンパニに急に突っ込むので唐突感がありました。しかし、ふと思ったのですがティンパニというのは、オーケストラの要でありながらも、普通の弦楽器、管楽器やピアノと違ってヴィルトゥオーソが成立しないというか、格別な超絶技巧をひけらかす楽器ではないので、協奏曲やソロ曲になるとどうしても奇抜な奏法に走ってしまうしかないのだなあと。同じ打楽器でも、ヴィブラフォン、マリンバ、はたまたドラムス(ドラムセット)だったら凡人は真似できない超絶技巧の演奏が世の中には多々ある一方、やっぱりティンパニ協奏曲という発想自体がそもそも無理筋なのではないかと思えてきました(だからこそチャレンジし甲斐があるのかもしれませんが)。

後半はリヒャルト・シュトラウスの著名な交響詩2曲。聴きたくなくても聴かされてしまう定番曲だけに、どちらかというと避けていたのですが、気がつけばドン・ファンは10年ぶり、ティルに至っては17年ぶりの実演です。前半のインパクトに比べるとちょっとまた粗に目が行くというか、キレが悪い雑なところが気にはなったものの、全体的には熱のこもった好演でした。精緻なアンサンブル、輝かしい音色、迫力ある音圧は望めないものの、まずは気合いで勝負のオケと見受けました。ホルンが命のシュトラウスですが、やはり気合いが入っていたのか、最初に感じた弱さほどホルンは悪くなかったです。また、さっきの目等氏がスーツに着替えて普通にティンパニ叩いてました。ソリストの派手なパフォーマンスとは異なり、至って普通に控えめなティンパニでした。シェフの高関氏は、うーん、まだちょっとよくわからない。おおらかなスケール感よりも精緻な組み立てを目指す人のように思えますが、オケも含めてこれが高関だ!という色が見えず。もっといろんなオケで聴いてみたいものです。