異次元の凄さ、テツラフ/メッツマッハー/新日本フィル2023/03/04 23:59



2023.03.04 すみだトリフォニーホール (東京)

Ingo Metzmacher / 新日本フィルハーモニー交響楽団

Christian Tetzlaff (violin-2)

1. ウェーベルン: パッサカリア

2. ベルク: ヴァイオリン協奏曲

3. シェーンベルク: 交響詩「ペレアスとメリザンド」


2003年3月から書いている「演奏会備忘録」も、丸20年になりました。感慨深いです。


ロンドンでは我が家で一番のお気に入りヴァイオリニストだったクリスティアン・テツラフ、聴くのは10年ぶりになります。メッツマッハーは2010年のプロムスでベルリン・ドイツ響を聴いて以来2回目。新日本フィルもトリフォニーホールも7年ぶりの超久々です。


今日はいわゆる新ウィーン楽派の三大巨頭で揃えた意欲的なプログラムですが、どれも比較的耳に優しいロマンチックな曲想の曲ばかりですので、実はそれほどとっつきにくいものではありません。


1曲目のパッサカリアは過去に2度聴いていますが、日本で聴くのは初めて。のっけから透明感に欠ける弦と、ドカドカうるさいオケがちょっと曲の繊細さに合いません。皆さん表情固く、音楽を楽しんでいる風の団員が皆無なのも気になりました。まあこの選曲ですしメッツマッハーとも久々の共演で、緊張したことでしょう。


2曲目のベルク、登場したテツラフは、以前のシュッとして若々しい印象とは異なり、長髪顎髭の殉教者のような風貌。今日の席は幸いにも至近距離で、生音が直に耳に飛び込んできます。弱音から入る最初のフレーズからもう異次元で、最後までずっと耳が釘付け、正直周りのオケの伴奏はほとんど記憶に残りませんでした。


この曲は名人芸をひけらかす曲ではないものの、相当な難曲であることは奏者ではない私にも想像できます。暗譜で弾き切るだけでも凄いと思いますが、12音技法の曲ながらも、全編通しての表現力がとてつもなく素晴らしい。何度も同じ感想を書いているのですが、この人は全て自分の呼吸、自分の語り口として寸分の隙もなく表現できる技術を持っています。プロならば誰でも持っているではないか、と言われればそうかもしれませんが、テツラフのプロフェッショナルは何回聴いても次元が違います。繊細さと野太さが高いレベルで同化していると言うんでしょうか、適当な表現がちょっと見つからないですが、いつもは聴き流してしまうことが多いベルクのコンチェルトがこれだけ説得力を持って身体に入ってくるのは初めての体験でした。


アンコールはバッハの無伴奏ソナタ第3番のラルゴ。これもきめ細かく肌から染み入るような名演でした。このとき、弦楽奏者が皆、今日イチで幸せそうな顔をしてテツラフの音色に聴き入っていたのが印象的でした。


テツラフがあまりに凄かったので、メインの「ペレアスとメリザンド」は、正直なところ消化試合のように抜け殻になっていました。12音技法になる前の後期ロマン派楽曲であり、普段はほとんど聴くことのない曲でしたが、指揮者もオケも十分身体が温まり、切れ目なしの長丁場を集中力持って鳴らし切っていたと思います。


しかし、思い返してもテツラフしか頭に浮かばない、そんな至福の一日でした。

トリックスターの自由奔放、コパチンスカヤ/大野/都響:リゲティ生誕100年記念2023/03/28 23:59

2023.03.28 サントリーホール (東京)
都響スペシャル【リゲティの秘密-生誕100年記念-】
大野和士 / 東京都交響楽団
Patricia Kopatchinskaja (violin-2, voice&violin-4)
栗友会合唱団 (3)
1. リゲティ(アブラハムセン編): 虹~ピアノのための練習曲集第1巻より[日本初演]
2. リゲティ: ヴァイオリン協奏曲
3. バルトーク: 《中国の不思議な役人》(全曲)
4. リゲティ: マカーブルの秘密

本日は都響のコンマス(コンミス、とは最近は言わなくなったんかな)を13年半勤められた四方恭子さんの最後の演奏会とのこと。ということはつゆ知らず、久々に「マンダリン」の全曲が聴けるとあって、その一点買いで取ったチケットでした。しかし、本来のコンセプトは「リゲティ・プログラム」。リゲティはハンガリーの作曲家なのでもっといろいろ聴いていても自分として不思議はないのですが、何故か実演に接する機会が少なく、過去の記録を辿っても「ロンターノ」が3回と「ルーマニア協奏曲」しかありませんでした。

ということでリゲティの曲はどれも初めて聴くものばかり。1曲目はセロニアス・モンクやビル・エヴァンスにインスパイアされたというピアノ練習曲の編曲版で、確かにジャズっぽい響きの綺麗な曲ですが、あっという間に終わりました。

2曲目は問題作のヴァイオリン協奏曲。噂に違わぬ何でもありのアバンギャルドな曲でした。エキセントリックな芸風で知られるコパチンスカヤを聴くのも初めてでしたが、オハコのレパートリーで水を得た魚のように暴れ回り、想像以上のトリックスター(良い意味で)でした。先日のテツラフのように音だけで凄みを効かせるのとは真逆のタイプで、音ははっきり言ってかなり雑ですが、全身を使ってトリッキーなプレイを連発。オカリナやリコーダーも登場する小編成の変則オケをバックに、口笛、鼻歌、奇声も交えた自由奔放なヴァイオリン独奏に、最後は指揮者の周りを歩き回り、足を踏み鳴らし、オケも聴衆も巻き込んでの掛け声で、1、2年前のコロナ禍真っ只中だとちょっとできなかったパフォーマンスでしょう。曲も曲だし、奏者も奏者、初めて聴いて比較対象もないので演奏の論評はお手上げですが、何かとんでもないものを見た、という感じです。しかし、たいしたエンターティナーであることは確かだし、こういう、コンサートホール芸術の殻を突き破らんとする刺激的な音楽は大好物です。

アンコールはコンミス四方さんを引っ張り出し、リゲティのバルトーク風民謡調の曲(「バラードとダンス」というらしい)をデュオ。これは両者の音に個性の違いがくっきり出ていて面白かったです。四方さんは真っ直ぐ正統派の真面目なお姉さん、対するやんちゃな妹は自由気ままに生き生きとラフな音で絡みつき、美味しいところをさらっていく感じ。

休憩後の待望の「マンダリン」ですが、この日唯一のフル編成オケで、リゲティよりもだいぶリラックスした感じでオケが良く鳴っており、たいへん元気が良い演奏でした。繊細な弱音なし、クラリネットも怪しい雰囲気は薄く、やけに健康的というか、うーむ、こういう解釈になるのか、という肩透かし。打楽器のリズムは強調され、全体的に気合い十分な好演だったとは言えますが、ちょっと空虚な淡白さが気になりました。大野さん、劇場付きオケとの仕事が長かったためか、細やかな表情づけなどを逆に何もやってくれないことが多い気がします。

最後の「マカーブルの秘密」は、オペラ「グラン・マカーブル」の一場面のアリアを再構成したショートピースで、これまた規格外の問題作。また小編成に戻ったオケは、途中でくしゃくしゃにして捨てる新聞紙(そういう特殊効果音が楽譜上で指定)を読みつつ壇上で待機します。コパチンスカヤはクラウンというのかパンダというのか、変なメイクと、新聞紙とゴミ回収袋を身体に巻きつけた衣装をまとい、ヴァイオリンを持って再登場。本来はコロラトゥーラ・ソプラノのための曲ですが、トランペット等の楽器で演奏してもかまわないらしく、ヘッドマイクを通した声(歌ともシュプレヒテンメとも言えない奇声)に交えてヴァイオリンで弾くのが彼女流。先ほどのヴァイオリン協奏曲よりもさらに自由度がアップし、動き回り、飛び回り、転げ回り、まさにやりたい放題。ヴァイオリン高いだろうに、傷がつかないか見ていて心配になりました。大野さんも最後には「もう限界です誰か指揮を代わってください」と泣きが入る演出で、奏者も指揮者もオケも聴衆も一緒になって「音」を作るという、これもまた音楽芸術の一つの形であり、ライブの醍醐味。非常に楽しく面白い体験で、リゲティの作品が極めて孤高で唯一無二の「芸術」であることもあらためて発見できて、満足のいく一夜だったのでした。

写真は楽団の公式Twitterより。