チリー・ゴンザレス/BBC響:ラッパー・ピアニストのエンターテイメント2012/10/20 23:59


2012.10.20 Barbican Hall (London)
Chilly Gonzales (P)
Jules Buckley / BBC Symphony Orchestra
Joe Flory (Ds)

チリー・ゴンザレスはカナダ出身のヒップホッパー、プロデューサー、ソングライターにして、ピアニストでもある多彩な人です。自ら「音楽の天才」を標榜しているようです。会社の同僚が私の誕生日にプレゼントしてくれた「Solo Piano」というCDを聴くまで、実は名前すら知りませんでした。欧米では人気者のようでチケットは早々にソールドアウトでしたが、ある日たまたま1席だけリターンが出ているのを見つけて、面白そうだから思わずゲットしました。

スタインウェイのピアノにはマイクが取り付けられ、ピアノとドラムはPAを通した音になりますから、これは純然たるクラシックの演奏会とはやはり趣きが異なります。最初はスポットライトの下、ナイトガウンにスリッパ履きというリラックスした装いでゴンザレス登場、ピアノソロの曲を数曲弾きました。ボサノバ調の曲では合いの手のように鍵盤の蓋をカツンと胴体に当てたり(スタインウェイが・・・)、右手で和音を上昇させていくときC8の鍵を越えて鍵盤のないところまであえて叩いたり、床に座り込んで鍵盤を見ないで弾くとか、遊び放題。CDを聴いたときも感じたのですが、ピアノ自体は無味無臭で、ジャズの匂いもほとんどありません。「サティの再来」とか言われることもあるようですが、曲はどう聴いてもやっぱりポピュラーの範疇を出るものではなく、サティやショパンと言うよりも、ラテンの入ったリチャード・クレイダーマン。くさすつもりは毛頭ありませんが、ピアニストとしての技量も、真っ当なクラシックのプロ奏者と同じ土俵で論じるものではないでしょう。ただ、自分の表現手段としては自由自在にピアノを駆使していて、演奏は常にインプロヴィゼーション混じりで、それこそがこの人の持ち味かと。従ってCDよりもライブが真骨頂なのでしょうね。

続いてBBC響のメンバーとドラムの若者が登場。ドラムはアクリルの壁でぴっちり隔離されていて(真後ろでガンガン叩かれたら他の奏者がたまらんのでしょうね)、ちょっとかわいそうでした。オケが出てくるとちょっと肩の荷がおりたのか、ゴンザレスはマイクを握ってラッパーに転じます。ひとしきりエネルギーを発散させた後は、子供のころはひねくれていてメジャーの曲をあえてマイナーで弾いたりした、などと言いながら「ハッピー・バースデー」や「フレール・ジャック・マーチ」を短調にしてオケに演奏させてみたり、客席の女の子をステージに上げてスリーノートを弾かせ、それを元に即興してみたり、多彩なエンターテイメントを繰り広げます。

一応メインである彼の「ピアノ協奏曲第1番」は4楽章構成の20分くらいの曲でした。ニューエイジ系の癒される旋律で、形式はいたって単純なポップスの文法に則っていて、ピアノ協奏曲と名打つよりも「ゴンザレス組曲」とでも呼んだほうが内容的には適当でしょう。そうは言っても、前半に演奏してきた我が侭な自己表現と比べたら、すいぶんとよそ行きでかしこまった印象があり、正直あまり面白くなかった。終楽章、即興でやるカデンツが終りそうでなかなか終らず、オケがなかなか入れずに、指揮者も困った顔でいったん振り上げた指揮棒を下ろしてしまったり(実はこれも演出だったのかな?)、遊び心は忘れていませんでしたが。

この後はまたはしゃぐゴンザレスに戻り、チェロ、ヴィオラにクイーン「Another One Bites The Dust」のリフを弾かせて、マイケル・ジャクソン「Billy Jean」のベースラインを木管、ブリトニー・スピアーズ「Toxic」のフレーズをヴァイオリンで各々重ねて(やることのない金管は踊り担当)、自分はラップを歌うとか、客席まで出て行ってボディサーフィン(人ごみの上に乗って滑るように移動する)をやってみたり、普段のバービカンではなかなか見られない光景が新鮮でした。

ちょっと遅めの夜8時に始まったコンサートは、休憩無しのぶっ続け2時間で終ったらもう10時。ちょっと疲れましたが、本人はまだまだエネルギーが有り余っている感じでした。エンターテイナーとしての多才ぶりは確かに天才を自称するだけのことはあるなと。CDをくれた同僚は、彼のピアノソロは好きだけどラップは聴かない(聴きたくない)と言ってましたが、私的にはピアノソロだけではヒーリング過ぎて退屈、多分途中で寝ちゃったでしょう。