ロイヤルバレエ・ライブシネマ:ロミオとジュリエット2015/11/08 23:59


2015.11.08 Live Viewing from:
2015.09.22 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Romeo and Juliet
Koen Kessels / Orchestra of the Royal Opera House
Kenneth MacMillan (Choreography)
Sarah Lamb (Juliet), Steven McRae (Romeo)
Alexander Campbell (Mercutio), Gary Avis (Tybalt)
Tristan Dyer (Benvolio), Ryoichi Hirano (Paris)
Christopher Saunders (Lord Capulet), Elizabeth McGorian (Lady Capulet)
Bennet Gartside (Escalus), Lara Turk (Rosaline)
Genesia Rosato (Nurse), Sian Murphy (Lady Montague)
Alastair Marriott (Friar Laurence, Lord Montague)
Itziar Mendizabal, Olivia Cowley, Helen Crawford (Harlots)
1. Prokofiev: Romeo and Juliet

昨年もギリギリまで興業体制がはっきりせず、やきもきさせられたROHのライブシネマシーズンですが、今年はとうとう開幕に間に合わず、その代りというか、本国上演の24時間以内に1度きりの上演という今までの「準ライブ」方式ではなく、METのように2か月ほど前の演目を1週間上映するスタイルになりました。見に行けるチャンスが増えるという意味では一回ポッキリよりむしろ良いかもしれません。ただし劇場数は激減し、千葉県の上映がなくなってしまったので、日曜日に新日本橋のTOHOシネマズまではるばる家族で出かけました。周辺県からも集まったためか、土日の上映回は早々に満席になっていました。

以前は本国の書式を踏襲した配役表が入館の際配られていましたが、今回は幕間のインタビューで字幕が出ない部分の対訳がチラシとして配られました。元々台本にないインタビューのやりとりは翻訳が間に合わないから字幕が入らないのだと思っていましたが、たっぷり時間はあったはずの今回も途中字幕が抜けていたのは、どうやら契約の問題だったもようです。

昨年見た複数の千葉県の上映館と比べ、TOHOシネマズ日本橋はスクリーンの大きさ、音響共に圧倒的に良かったです。その分オケのアラがよく聴こえて、特にトランペットは相変わらずひどかったけど、ロンドンで聴いていた時も、まあだいたいいつもこんなもんだったかなと。

このマクミラン版ロメジュリは、今でも妻が自宅で繰り返しDVDを見ているのでいいかげん食傷気味なのですが、それでも大スクリーンで見ると、緻密に練り上げられ、歴史のふるいにかけられたその舞台はやっぱり感動的。何度も見たマクレーのロメオ、始めて見るサラ・ラムのジュリエット、どちらもこの上ない安定感で、パーフェクトと言うしかない素晴らしい演技でした。特に終幕でラムの凛とした決意の表情から、最後に爆発する悲痛な叫びまでの感情表現は渾身の名演技で、わかっちゃいるのに不覚にもウルっと来てしまいました。

ギャリーさんのティボルトは以前も見ましたが、さらに渋みが増し、哀愁が漂う大人の演技です。動きの激しい役はもうあまりやってないと思いますが、衰えを見せない剣さばきは流石。キャンベルのマキューシオは道化が足りず、ちょっと真面目過ぎでしたか。ベンヴォリオは初めて見る人です。悪友3人の息はピッタリで、ロメオの引き立てに徹した感じです。一方、強烈に違和感を感じてしまったのは、平野さんのパリス。せめてこの中なら、金髪に染めて欲しかったです。

フライシャー(p)/新日本フィル:伝説の「ツー・ハンズ」と、ポリフォニックなラフマニノフ2015/11/20 23:59

2015.11.20 すみだトリフォニーホール (東京)
Leon Fleisher (piano-1) / 新日本フィルハーモニー交響楽団
1. モーツァルト: ピアノ協奏曲第12番 イ長調 K.414
2. ラフマニノフ: 交響曲第2番 ホ短調 Op.27

レオン・フィライシャーのことはよく知らなかったのですが、ステレオ録音最初期にセル/クリーヴランド管などとセンセーショナルな録音を行った後、病気のため突如右手の機能を失い、指揮者と左手専門のピアニストとして音楽活動を続けていて、2000年にボトックス治療でようやく右手の機能を取り戻し、35年のブランクを経て両手演奏のピアニストとして復活したというレジェンドなアーティスト。演目が、当初発表のラヴェル「左手のための協奏曲」からモーツァルトに変更になったことの意味と意義を、恥ずかしながら理解しておりませんでした。87歳という高齢を考えると、はるばる日本までやって来て両手演奏を聴かせてくれる機会は、たいへん貴重なものだったんですね。

さて、満場の拍手の中、ゆっくりと現れたフライシャーの弾き振りモーツァルトは、ヴィルトゥオーソの要素がほとんどない、枯れた味わい。老獪さはなく、ただ枯れています。やはり指が回っていない箇所がちらほらあり、何も予備知識なしで聴いたら、あまり上手じゃない素朴な演奏、という感想しか残らなかったでしょう。晩年のホロヴィッツが「ひびの入った骨董品」と呼ばれたのを即座に連想しました。ただ、この俗気の抜けたモーツァルトは、繰り返し聴くとじわじわと染み入ってくるものかもしれません。モーツァルトは永遠の苦手なので、すいません、こんな感想しか出てきませんが、欲を言えば、ラヴェルの左手のほうも聴いてみたかったです。なお、オケのほうは弦は良かったのですが、ホルンがぶち壊しでした。

メインのラフマニノフ2番は、6月の都響以来ですから今年2回目。高齢のフライシャーは椅子に座っての指揮になります。のっけからオケが朗々と鳴っていて、ダイナミクスのコントロールはかなりアバウト。何だ、雑な演奏だなと思って聴いていくと、フライシャーは主旋律を奏でている楽器にはほとんど見向きもせず、副旋律のパートばかりを一所懸命振っていることに気づきました。ポルタメントも控えめで、こないだのリットン/都響とはほぼ対極の、ある意味ピアニストらしい、節度ある演奏。いや、リットンはそれはそれで良かったのですが、ラフマニノフ特有の甘いメロディが一歩後ろに下がり、重層的なポリフォニーに身を浸すような今日の演奏も、聴き慣れ過ぎて耳タコのこの曲にリフレッシュを与えてくれて、たいへん好ましいものでした。