ロイヤルバレエ/マルケス/マクレー:リーズの結婚2012/05/16 23:59


2012.05.16 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: La Fille mal gardée
Barry Wordsworth / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (Choreography)
Steven McRae (Colas), Roberta Marquez (Lise)
Philip Mosley (Widow), Ludovic Ondiviela (Alain)
Gary Avis (Thomas), Alastair Marriott (Village Notary)
Michael Stojko (Cockerel, Notary's Clerk)
1. Ferdinand Hérold: La Fille mal gardée (orch. arr. by John Lanchbery)

アシュトン振付の「リーズの結婚」は本当に楽しいプログラムなので、妻も娘もこの日を心待ちにしていました。ちょうど2年ぶりですが、例によってマクレー様の踊る日を選んだので、群舞の人々を除いて2年前と全く同じキャストで見ることに。私はどちらかというとコジョカルとか、見たかったんですが…。

最終日だった今日はオン・シネマの生中継があったので、ストールにテレビカメラが6台も入っていました。周辺の人は迷惑だったことでしょう。映像が残るということはDVDソフト化の可能性もあるわけで、妻は今からキャーキャー言って勝手に盛り上がっております。また、今回の「リーズ」の広告ポスターもマクレー&マルケスのカッコいいキメポーズ写真が使ってあり、駅などからはすでに撤去されているようですが、オペラハウスのショップで売り出されていないかと丹念に探しておった妻でした。

冒頭のほのぼのとしたスクリーンから、ラストの赤い傘を見つけたアランの無邪気な笑顔まで、終始見ているこちらの顔も緩みっぱなしの、無心に楽しめるプロダクションです。マルケスは、無垢で華奢で可憐なリーズが本当にはまり役。オペラグラスで見ていると、最初から汗びっしょりで、ちょっと調子が悪かったかもしれません。しかし素人目に何かケチをつけるほどのものではなく、マクレーとのコンビネーションも相変わらず見事。そのマクレー様はいつものごとく、ブレないステップ、滞空時間の長いジャンプ、ビシッと決まったポーズの美しさはどれもこれも素晴らしい。世界に向けて生中継する価値の十分あるプリンシパルたちでした。

未亡人のお母さんは、木靴の踊りが2年前に思ったのと同じく、バラバラとしていてイマイチでした。ふと思ったのは、タップダンスの得意なマクレーさん、将来年齢を重ねて第一線から退いた後は、この未亡人役でヤケにキレキレの木靴の踊りを嬉々として披露していたりするのかな、という妄想です。そういえば、マクレー夫人のエリザベス・ハロッドはニワトリ役で出演していたようですが、何せ着ぐるみなので、どの人か分からず…。ちょっと淋しい夫婦共演ですね。

特筆すべきは、今日のオーケストラがいつものバレエではあり得ないほどに冴えていて、素晴らしかったこと。パッパーノが振るとき以外でこのオケがこんなにしっかりしているのって、今まで聴いたことがないです。現金なものですが、これも生中継の威力でしょうか。しかし、やればできるんだな!じゃあ何故普段からこれをやらんのじゃ!と怒りもちょっと覚えました。



フィルハーモニア管/グリーンウッド:謎の演奏会「カルミナ・ブラーナ」2012/05/18 23:59

2012.05.18 Royal Festival Hall (London)
Raymond Gubbay presents: Carmina Burana
Andrew Greenwood / The Philharmonia Orchestra
Sophie Cashell (P-2), Ailish Tynan (S-3)
Mark Wilde (T-3), Mark Stone (Br-3)
London Philharmonic Choir
Trinity Boys' Choir
1. Mendelssohn: Overture, The Hebrides (Fingal's Cave)
2. Grieg: Piano Concerto
3. Orff: Carmina Burana

チケットリターンのついでに当日買いでふらっと聴いてみました。この演奏会の存在に気付いたのは最近の話なのですが、フィルハーモニア管やSouthbankのシーズンプログラム(昨年出たもの)には載っておらず、そもそもフィルハーモニア管は17日、19日に各々全く別プログラムで定期演奏会が入っているので、その中日にさらに別の大曲プログラムを入れてくるとは無茶するなあと。指揮者も聞いたことない名前だし、少なくともレギュラーの定期演奏会に出てくる人じゃない気がする、もしかしたらオケも二軍メンバーのパチモンコンサートか、と多少訝っておりましたら、ふたを開けてみるとオケはいつものフィルハーモニア管フルメンバーでした。ホルンのケイティちゃんは降り番だったのが残念ですが、コンマスはいつものジョルト氏だし、フィオナちゃんが今日はセカンドヴァイオリンのトップ。合唱団が前半の演奏を聴くために最初からコーラス席に座っていました。


久々に見たフィオナちゃん。今日はセカンドトップの大役ですが、リラックスした表情。


ケイティちゃんはいませんでしたが、チェロのヴィクトリアちゃんも久々。


アンディ・スミスさんは今日も健在でした。


フルートのゲストプリンシパル、くいだおれ太郎、ではなくてトム・ハンコックス君。

開演前、ステージに出ている団員のほとんどが隣りの人と私語を交わしていて、緊張感が薄いのが気になりました。もしかして指揮者舐められてる?登場したグリーンウッドは人の良さそうなオジサンで、明快でストレートな棒振りは、いかにも中堅ベテラン指揮者という感じ。前半の2曲はどちらもかつて部活で演奏したことがあり、特にグリーグはたいへん久々に聴いたので、まずは懐かしかったです。「フィンガルの洞窟」序曲は流れのよい弦と、抑制の利いた管がなかなかいい感じ。今日のフルートはThomas Hancoxという若いゲストプリンシパルで、道頓堀のくいだおれ太郎そっくりの顔ながら、中間部で美しいソロを聴かせてくれました。

グリーグの独奏はソフィー・ケイシェルという若手の美人ピアニスト。デッカの肝いりで2008年にCDデビューしたものの、ネット上のレビューはあまり芳しくなく、その後が続いていないもよう。確かに、天才性を発揮するとか聴き手をハッとさせるとかの領域にはまだ遠いものの、ピアノは非常に立派なものでした。マネージメントの思惑に振り回されず、腕を高めて行く余地は十分にあるのかなと思いました。ちょっとイラッとしたのはいちいち入る聴衆の拍手。慣れてない人が多いんでしょう、第1楽章が終ると満場の大拍手。第2楽章の終わりにも、すかさず拍手。ここは普通アタッカで繋げてもいいくらいなので、よっぽど身構えてないと拍手入れるのがむしろ難しいです。せっかく良い演奏だったのにいちいち流れが中断されるので、弱りました。終演後はもちろん、スタンディングオヴェーション。しかし2回くらいコールで呼ばれた後はすぐに拍手は止み、奏者が引き上げようとすると、また拍手。何だか私の知らないビギナー向けマニュアルでもどこかで配布されているんでしょうか。

メインの「カルミナ・ブラーナ」は、実演は初めてです。さすがにこの大げさな曲、生で聴くと格別の迫力がありますね。コーラスはちょっと荒いかなと思いましたが、むしろ曲想には合っていたかも。オーケストラは手抜きのない普段通りの(むしろ良いほうの)レベルの演奏で、アンディさんのティンパニも冒頭から期待通りの打ち込み。何のための「カルミナ・ブラーナ」かと言い、今日はこのティンパニを聴きに来たと言ってもいいくらいです。歌手もちゃんとした人達で(アイリシュ・タイナンは何度か聴いてますし)、テナーの小芝居も面白かったです。この長い演奏会、寝不足と仕事疲れもあって途中夢心地になりましたが、演奏は危惧したようないいかげんなものではなく、満足できました。ちょっとチケット高いけど。なお、この曲にしても、途中でちょっと拍手が起こりかけました。いったい誰がどんなマナーを教えているんでしょうね。別に曲の合間に拍手が起こること自体はそういうこともあるのでとやかく言いませんが、流れを分断するだけのKYな拍手は嫌いです。

ところで、この「謎の演奏会」が何なのかを知るために£3.5払ってプログラムを買ってみたところ、Raymond Gubbayという音楽プロモーターの主催であることがわかり、納得。Royal Albert Hallでよく「Classical Spectacular」などと銘打って著名曲ばかりを揃えたビギナー向けコンサートをよく興行しているところです。オーケストラだけでなくRAHの「蝶々夫人」「アイーダ」「カルメン」、カウフマン/ネトレプコ/シュロットのオペラスターコンサート、O2アリーナのバレエ「ロメオとジュリエット」など、とにかくでかい箱を使ってバンバン広告を打ち、普段演奏会に足を運ばない非マニア層を大量動員してちょっと高めのチケットを買ってもらう、というビジネスモデルに見えます。オケは主にロイヤルフィルを使っているようですが、RFHでも演奏会を開催し、フィルハーモニア管など他のオケも使うことがある、というのは今回初めて知りました。ふむ、フィルハーモニア管としても良い副収入になるのでしょうね。


ふと目の前を見ると、Raymond Gubbayがスポンサーの席でした…。

ロイヤルオペラ/ガッティ/マエストリ:50'sの「ファルスタッフ」2012/05/19 23:59

2012.05.19 Royal Opera House (London)
Daniele Gatti / Orchestra of the Royal Opera House
Robert Carsen (Director)
Ambrogio Maestri (Sir John Falstaff), Ana Maria Martínez (Alice Ford)
Kai Rüütel (Meg Page), Marie-Nicole Lemieux (Mistress Quickly)
Amanda Forsythe (Nannetta), Joel Prieto (Fenton)
Carlo Bosi (Dr Caius), Dalibor Jenis (Ford)
Alasdair Elliott (Bardolph), Lukas Jakobski (Pistol)
Royal Opera Chorus
1. Verdi: Falstaff

今シーズンのロイヤルオペラのニュープロダクション、「ファルスタッフ」はヴェルディが最後の最後に、ほとんど自分自身のために書いたと言われる喜劇です。肩の力が抜けたヴェルディらしからぬ軽さで、歌手が「どや顔」で歌い切るような聴かせどころのアリアはほとんどありませんが、音楽は円熟の極み、無駄なくナチュラルに次々と展開して行くので、飽きるところがありません。今日驚いたのは、ガッティがこの長いオペラを全て暗譜で振っていたこと。出てくるオケの音は最後まで美しく、力強く、まるでパッパーノ大将が横でにらみをきかせているかのような充実ぶり。先日の「リーズの結婚」といい、メンバー総入れ替えでもしたかのようなオケはレベルアップは、いったいどうしちゃったの?最近何かテコ入れをしたんでしょうか。何にせよ、在ロンドンのプロとして、誇りを持って是非クオリティをキープしてもらいたいと思います。

歌手陣は、ロイヤルオペラのヤングアーティストだったカイ・リューテルは何度か見ていますが、後は聞いたことない歌手ばかり。しかし、知らぬは私ばかり也だったようで、どこを切っても穴のない、真に歌える人を揃えたであろう内容の濃い歌手の布陣でした。特にファルスタッフのマエストリは、肉襦袢の必要ない自前の太鼓腹で、よく響くとっても良い声をしていました。老けメイクをしていますがその実私よりも若く、その年齢でその腹は健康上ちょっとマズいだろうとは思いましたが、脂の乗り切った歌唱に感動しました。女性4人も各々役どころを理解した完璧なキャラクター作り。スターはいないのかもしれないけど、けちのつけどころがどこにもない、バランスの取れた歌手陣に拍手喝采です。

演出は、原作のシェークスピア「ウィンザーの陽気な女房たち」が書かれた1590年代を1950年代に読み替えたものでしたが、よく整った舞台装置はセンスが良く、決して奇を衒っただけのモダン演出ではありませんでした。まあ、中世と第二次戦後の大量消費時代は趣きが根本的に違うので、よく見ると歌詞と演出が全然マッチしてない場面もありましたが。レストラン、カフェ、キッチンが舞台となっているので食べ物、飲み物がたくさん出てきて、全てが本物ではないでしょうが、オペラグラスで見ていても非常に美味しそうに見える、たいへんよく出来た小道具でした。娘も単純に楽しみ、概ね満足のいくプロダクションでしたが、少し苦言を言うと、演技する場所が左右に振れすぎていてバルコニーボックスからは見えにくい場面が多かったこと、間男を探すべくキッチンを荒らしまくるのはまだよいとしても、ダイニングテーブルの上を土足で歩いたり(しかもその後そのテーブルに食事をサーブする)、最後に全員で観衆を指差して嘲笑するといった、ちょっと度の過ぎたドタバタは品位を欠き、いただけませんなー、と思いました。

なお、開幕前にアナウンスがあり、この日の公演は前日に亡くなったディートリヒ・フィッシャー=ディースカウに捧げられました。フィッシャー=ディースカウは1967年にショルティの指揮の下、このロイヤルオペラでファルスタッフを歌ったそうです。


コンセルトヘボウ管/ハイティンク:風林火山のブルックナー2012/05/20 23:59

2012.05.20 Barbican Hall (London)
Bernard Haitink / Royal Concertgebouw Orchestra, Amsterdam
1. Bruckner: Symphony No. 5

バービカンのRCOシリーズ第3弾最終日はマエストロ・ハイティンクの登壇です。ブルックナーの5番と言えば昨年のルツェルン祝祭管の神懸りな演奏が記憶に新しいところですが、オケの上手さではRCOも絶対負けてないだけに、期待は高まります。

まず気付いたのは、弦楽器はチェロ、コントラバスを向かって右に置くモダンな配置で、弦の後ろは一段上がって左半分にホルン2、フルート2、オーボエ2、さらに一段上がって左から残りのホルン2、ファゴット2、クラリネット2、トランペット、トロンボーン、チューバを横一列に並べ、一番後ろ中央にティンパニ(ドイツ式配置)という、特に管楽器の置き方がちょっと変則的とも思える配置でした。RCOはこの上なく分厚い弦の音が持ち味ですが、にもかかわらず管楽器は本当にミニマムな人数しか置かず、俺らにちんけなサポートなんていらねーぜ、という管奏者の誇りを感じました。

冒頭のピツィカートから金管コラールが入ってくるところで、ちょっと「ん?」。トランペットとホルンの音がわずかに潰れて、ささくれ立っています。気のせいかなとも思ったのですが、その後しばらく同じ音色が続き、腰が浮き上がっているような気がしてなりませんでした。ホルンはらしくもなく何箇所か音を外すし、ウォーミングアップが足りなかったんでしょうか。とは言え、冷静に捉えると全然大したキズではなく、他のオケなら全く問題にならないレベルでしたが、他のパートがあまりに完璧で充実していただけにかえって気に障ってしまいました。日曜日の午後3時にロンドンで演奏会をやるということは、日帰りコースなんですかね?マチネはあまり得意じゃないのかも。しかしながら、気になったのは第1楽章だけで、弦は一貫して音の厚みと統制感が素晴らしかったし、木管も骨太で力強く、金管の唇もすっかり暖まった終楽章は全体がまろやかに溶け合い一体となったゴージャスなサウンドがとてつもない迫力で響き渡りました。

ハイティンクの小細工なし、直球勝負の質実剛健な音楽作りはブルックナーによくマッチしていて、もちろんブルックナーってそんな単純なものでもないことは承知の上で、一つのスタンダードとして揺るぎない地位を確立していると思いました。言うなれば風林火山のブルックナー(意味不明)。さすがに、ロンドンでのハイティンク人気はたいしたもので、ほぼ総立ちの拍手喝采で、指揮台から下りたら歩くのも難儀な老巨匠は何度もステージに呼び戻されていました。


遠い写真ですいません…。

ロイヤルバレエ/ヌニェス/キシュ/マルケス/マクレー:王妃の舞踏会、ラ・シルフィード2012/05/24 23:59

2012.05.24 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: Double Bill (Ballo della regina/La Sylphide)
Daniel Capps / Orchestra of the Royal Opera House

私「次のマクレーさんのダブルビル、いつにする?」
妻「全部!」
私「あほ言え、我が家のオペラ座基金はとうに底抜けて大赤字なんじゃ!(怒)」
妻「パートナーは誰なの?」
私「初日の月曜がコジョカル、木曜はいつものマルケス。コジョカルまだ見たことないし…」
妻「どっちでもいいけど、かぶりつき席が取れるほう!」

という会話があったかはともかく、今回もマルケス・マクレーのゴールデンコンビをかぶりつき席で鑑賞です(半泣)。


1. Verdi: Ballo della regina (from 'Don Carlo')
George Balanchine (Choreography)
Merrill Ashley (Staging, Principal Coaching)
Marianela Nuñez, Nehemiah Kish
Samantha Raine, Leanne Cope, Yuhui Choe, Emma Maguire

最初は「王妃の舞踏会」という短いバレエ。ヴェルディの「ドン・カルロ」からバレエの場面を切り出して、ジョージ・バランシンが独自の振付をつけたものだそうです。初演は1978年ですが、ロイヤルバレエでは昨シーズン初めて取り上げられました。ストーリーは特になく、純粋にダンスの妙技を鑑賞する演目のようでした。込み入ったステップに、手足を始終ダイナミックに駆使して、見かけ以上に体力を消耗しそうな踊りです。ヌニェスは綺麗だし、キシュはそんなに長身ではないはずですが、手足のさしが長いのか、伸縮のダイナミックさに目を奪われました。ついでに意識も奪われ、後半はついウトウトと。すいません。(観劇前にオペラ座横のMasala Zoneでしっかり食い、暑かったのでビール飲んじゃったのが敗因です…)



2. Løvenskiold: La Sylphide
August Bournonville (Choreography)
Johan Kobborg (Additional Choreography, Production, Staging)
Roberta Marquez (The Sylph), Steven McRae (James)
Sabina Westcombe (Effie), Alexander Campbell (Gurn)
Elizabeth McGorian (Madge), Genesia Rosato (Anna)
Sarah Keaveney (Little Girl), Emma Maguire (First Sylph)

2つ目の「ラ・シルフィード」は、昨年マリインスキー劇場のロンドン公演で見た「レ・シルフィード」とは全く別物の作品で、ロマンチックバレエの古典中の古典だそうです。ストーリーは、結婚間近の青年ジェイムズが許嫁そっちのけで妖精シルフに心奪われ、婚約指輪を奪って逃げたシルフを追いかけて、捕まえようと魔女からもらったショールをかけるとシルフは羽根がもげて死んでしまい、自分も息絶えそうになる中、許嫁が別の男と結婚していくのを見る、という救われない話。このジェイムズというのが、今まで見たマクレーさんの役にはなかった「ひどいヤツ」キャラクターで、婚約者とのデュエットは心の通わない空々しいもので、愛情がないのは明らかなのに、彼女に横恋慕している若い農夫が近寄ってくると害獣を追い払うかのように跳ね除けるという、独占欲だけは旺盛な駄々っ子。「嫌なヤツキャラ」が立っていたのは、マクレーさんの非情な演技がそれだけ優れていたということですね。一方、マルケスのシルフは存在感が希薄で、妖精というよりもまるで幽霊のよう。正直、不気味で恐いです。いつもよりも何だか踊りもフラフラしていて不安定に見えたのは、多分意図的な演技なのでしょう。お互い心引かれているはずのジェイムズとシルフのデュエットにしても、すり抜け、すれ違いの連続で、結局ジェイムズの孤独感をいっそう際立たせるだけ。ダンサーにとっては、いつも組んでいるパートナーと、フィジカルな接触なしでもいかに絶妙のコンビネーションを発揮できるかという、非常に難しい演目だったのではないでしょうか。上手くいったのかどうか私には判断できませんが、少なくとも「ラ・シルフィード」の世界観は十分心に染み入りました。しかし救いのないラストはどーんと暗い気分になるので、一日の最後に見たい演目じゃないですね。

スコットランドの農村が舞台なので、男女共にチェックのスカートを着たフォークダンスは一見の価値ありです。子役もみんなかわいかったし。こういった民族衣装を纏ったフォークダンスのシーンは、ハンガリー国立バレエではよく見ましたが、ロイヤルバレエでは珍しいと思います。素朴で田舎臭いダンスは、先進国の大都会では敬遠されるんでしょうかねえ。妻は最前列でもオペラグラスをしっかりと握り、スカートで回転するマクレーさんに目が釘付けでした。

このところやけにしっかりした音を出していたオケ、今日はまた前に逆戻りでした。トランペットはピッコロトランペットのソロも含めて立派なものでしたが、ホルンがアマチュアをずらりと並べたようなひどさ。特にシルフィードの第2幕はホルンが音楽表現の主役なのので、あのずっこけぶりは犯罪的と言ってもいいくらい。途中、弦のピッチもおかしくなり、睨みをきかせられない指揮者の統率力の問題だと思います。まあ、まだコートが手放せなかった先週から、今週急に真夏(イギリス標準)になったので、ダレるのはしょうがないんでしょうけども。



LSO/MTT/ウィリアムズ(p)/ワッツ(s):マーラー4番2012/05/27 23:59


2012.05.27 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Llŷr Williams (P-1), Elizabeth Watts (S-2)
1. Beethoven: Piano Concerto No. 3
2. Mahler: Symphony No. 4

今年1月以来のMTTです。今日は待望のマーラーですが、よく考えたらMTTのマーラーを聴くのは実演、レコード通じて初めてかも。

まずはベートーヴェン。ソリストのブロンフマンがウイルス感染のため数日前にキャンセルとなり、急きょ代役で呼ばれたのはウェールズ出身のリル・ウィリアムズ。外見はちょっとおどおどしていて線が細そうでしたが、粒がくっきりと揃ったごまかしのないピアノで好感が持てました。重厚感や深刻さを匂わせない自然体キャラで、ベートーヴェンよりはモーツァルトが向いているのでは、と思いました。オケのほうはイントロの弦のフレーズからして早速丁寧に作り込んだ演奏で、客演ながらコントロールの上手さに感心することしきり。昼間の疲れもあって(子供の運動会があったので)、後半はちょっと意識が遠のいてしまいました。

メインのマーラー4番をロンドンで聴くのは5度目、LSOでは2度目です。ちょっと慌てて入ってしまった冒頭の鈴はフルートにきっちり合わせてリタルダンドし、鈴だけインテンポで残すという「時間の歪み効果」はなかったです。先ほどのベートーヴェンに引き続き、マーラーもまたニュアンスの極地のような演奏で、事細かに音楽の表情を作り上げていきます。弦のアンサンブル、ヴァイオリンソロ、各管楽器のソロ、フルートユニゾンのピッチ、どこをとってもとにかくオケが上手い!今更ながら参りました。弦楽器の配置が、1月の「幻想」では低弦を右に置くモダン配置でしたが、今日は対向配置に変え、第1・第2ヴァイオリンの掛け合いを効果的に際立たせていました。

コンマスのシモヴィッチはいつもの散切り坊ちゃんカットから髪を切り、バックに流すような大人っぽい髪型に変えていました。この人の雄弁でのめり込み型のヴァイオリンは、LSOのコンマスの中でも最近一番のお気に入りです。いつもにこやかで、他の団員との会話も多く、若いけどメンバーに信頼されているのを感じます。変則チューニングの2楽章のソロは、あえて軋む音でガリガリと弾き込んでいたのがユニークでした。

3楽章は一転してロマンチックにとうとうと語りかけるような演奏。一しきり盛り上がった後のか細くつぶやくような、それでいて彫りの濃い弦を聴いて、一瞬バーンスタインの顔がMTTにかぶりました。

要の終楽章、ワッツのソプラノはあまり女っぽさがなく、少年のあどけなさを思わせる無垢な美声。細やかな表現が好ましい余裕たっぷりの歌唱で、この曲を今まで聴いた中でもかなり上位にランク付けしたい好演でした。初めて聴く人かと思いきや、チェックしたら2年前の「ヴァレーズ360°」で聴いていました。備忘録を読み返してやっと思い出しましたが、文章を残してなければすっかり忘れていたところです。


LSO/MTT/ブロンフマン(p)/シャハム(vn):ベルクとマーラー2012/05/31 23:59

2012.05.31 Barbican Hall (London)
Michael Tilson Thomas / London Symphony Orchestra
Yefim Bronfman (P-1), Gil Shaham (Vn-1)
1. Berg: Chamber Concerto
2. Mahler: Symphony No. 1 (‘Titan’)

日曜日に続き、MTTのマーラーミニチクルス第2弾ですが、まずはベルクの室内協奏曲から。演奏に先立ってMTTによる曲のモチーフ解説があり、その後、満を持してソリスト登場。前回はウイルス感染でキャンセルしたブロンフマンは仏頂面ながら見たところ顔色は良さそうで、対するシャハムはいつものごとく幸せそうな福顔。私、よく考えたらこの曲はおろか、ベルクの曲を実演で聴くのはほとんど初めてだったかも。新ウィーン楽派の音楽は別に嫌いではないんですが、感覚的にすっと入ってこないので、特に器楽曲はどれを聴いても区別がよくわからないのが正直なところ。この曲も正に12音、正にゲンダイオンガクの典型的、類型的な様相にしか見えなくて、さっぱりわからんかったと言うほかないです。ソリストの熱演はビジュアル的に楽しめましたし、頭痛も眠気もありませんでしたが、非常に困ったのは隣りに座った相撲取りのように巨漢のおっさん。お尻が席に収まりきらず完全にはみ出しており、幸い反対側の隣席が空いていたので一つ移動したのですが、それでも圧迫感と汗臭さは伝わってきて、なおかつ演奏中は始終「スー、ハー」と苦しそうな口呼吸をしていて、うるさいことこの上なし。背骨で自重を支えきれないのか隣りの席(私の元の席)に時々手を付き、そのたびに座席がミシミシッと悲鳴を上げて、ともかくとても演奏に集中できる環境ではありませんでした。あんたは演奏会を聴きに来る前に、医者に行ったほうがよいんではないですかい?とにかく、これではたまらんと、ストールの反対側で空いている席を物色し、休憩時間に移動しました。


メインのマーラー「巨人」は、先日の4番ほどには感心できない、ちょっと期待はずれの演奏でした。冒頭の木管下降音からして早速ばらけてますし、音が汚い。続くホルンのピッチも、これがLSOと思うくらい悪かったです。MTTは今度は指揮棒を使って、かなり大胆にテンポを動かして表情付けした音楽を導こうとしているので、主題が始まってもかえって息の合ってなさが目立つことになり、どこか腰の据わらない印象が残る演奏でした。正直、やり慣れた曲だから舐めてかかり、リハ不足なのではと感じました。LSOも年に何回かはこういう集中力に欠けた演奏をやらかしちゃうので、まあそこがカワイイと言えないこともないですが、さらに今日は管打楽器の各パートが序列を入れ替えていたようで、少なくともトランペット、ホルン、ティンパニはプリンシパルがファーストを取らず、他の奏者に譲っていたのでそれもあったのかも。

演奏がそんなんだったからことさら気に障ったのかも知れませんが、お客もダメダメで、演奏中にバサバサっとプログラムなどを落とす人が後を絶たず、第1楽章終了直後にはブラックベリーのアラーム音が響き渡るし、これでは集中しろというほうが、無理。それでも腐ってもLSOですから、最後の強奏になるとブラスなどもさすがに馬力を発揮し、音圧で圧倒していました。終了後のやんやのスタンディングオベーションを見て、みんな一体何を聴いていたのかなーと、納得いかない気分のまま会場を後にしたのでした。