ロンドンフィル/ガードナー:東欧三カ国の隠れた名曲路線2026/02/07 23:59

2026.02.07 Royal Festival Hall (London)
Edward Gardner / London Philharmonic Orchestra
Juliana Grigoryan (soprano-2,3)
Agnieszka Rehlis (mezzo-soprano-2)
Kostas Smoriginas (bass-2)
London Philharmonic Choir
1. Vítězslava Kaprálová: Rustic Suite
2. Szymanowski: Stabat Mater
3. Vítězslava Kaprálová: Waving Farewell
4. Bartók: The Wooden Prince

2週間ぶりのLPO。今シーズンようやく、首席指揮者のガードナーを拝めました。カリスマ的人気のあったウラディーミル・ユロフスキの後を継いで2021年からLPOの首席に就任しています。かつてイングリッシュ・ナショナル・オペラの音楽監督に就いていたころ、「青ひげ公の城」英語版の上演を観たのが最初で、その後日本で都響に客演した公演と合わせて過去2回聴いていますが、当時はまだ若手イケメン枠の中で、スマートでスタイリッシュなビジュアルに、ストレートに真面目な音楽作りという、クセがなくあまり印象に残らない中道中庸路線の人というイメージでした。カリスマ的人気のあったユロフスキの後釜としてLPOも逆張りで生粋のイギリス人を選んだようにも思えましたが、ガードナーもその後のキャリア的にはイギリス路線一直線というよりノルウェーでの活動が多かったり、また東欧系の音楽にも傾倒している印象で、今日のプログラムもチェコ、ポーランド、ハンガリーというまさにその路線です。

1曲目は、実を言うとこの演奏会の前には不勉強にもその名前を知らなかった、ヴィーチェスラヴァ・カプラーロヴァーという早逝の天才女子の作品です。演奏前にガードナーがマイクを取り、少し説明をしていました。わずか25歳で結核のために亡くなってしまうのですが、作品番号付きが25曲しかなく、知る人ぞ知る女流作曲家とのこと。近年のBBC Promsのプログラムを見ていても、音楽史に埋もれてきた女性作曲家への再注目がトレンドになっているようです。1曲目は作品番号19、23歳のときの作品で、直訳すると「田舎風組曲」になりますでしょうか。基本的には同じモラヴィア出身の巨匠ヤナーチェクのフォロワーに聴こえますが、途中でスラブ舞曲みたいにあからさまな民謡調になったかと思えば、打楽器などはペダルティンパニを駆使したけっこうモダンな使い方で(ただしティンパニは奏者が勝手に楽譜を超えたチューニングをやってる可能性もありますが)、優等生的なステレオタイプの習作ではない成熟を感じる、完成度の高い曲でした。久々に見るガーディナーは相変わらずのダンディ伊達男で、佇まいからしてカッコいいの一言。

次はポーランドの巨匠シマノフスキの「スターバト・マーテル」、悲しみの聖母を題材とした宗教曲ですが、ポーランド語翻訳版のテキストを使い、ポーランドの民俗音楽も取り入れた土着性の高い曲になっています。アルメニア出身のソプラノ、ジュリアナ・グリゴリアンはまだ20代の若さで既にMET等で活躍する新星で、その美形と魅惑のプロポーションが何と言っても神が与えた武器です。シースルーのドレスで登場したら、どうしてもバストに目が釘付けになります・・・(かたじけない)。肝心の声はというと、一聴してカウンターテナーかと思ったほどの男声的な太さがあり、ソプラノよりはメゾソプラノの声質に思いました。実際、高音域の箇所では少し弱さが見えたものの、透き通る良い声です。リトアニア出身バス・バリトンのコスタス・スモリギナスは45歳というアブラの乗り切った年齢で、すでにLPOやロイヤルオペラの舞台で活躍の様子。ただこの人は埋没しがちな声質で、正面の席から聴くとまた違ったのかもしれませんが、合唱団が歌い出すとノイズキャンセリングにかかったかのように声がかき消されてしまい、ほとんど聴こえてこなかったのが残念でした。メゾのアグニエシュカ・レーリスは楽譜を持たず、本国ポーランド出身なので余裕で暗譜歌唱なのかと思いきや、譜面台に楽譜を映したタブレットが置いてありました。ソリスト、指揮者を問わず、「譜めくり」の世界はまだアナログの紙の楽譜が圧倒的で、使いこなしたら圧倒的に便利とは思いつつ、実際にタブレットデバイスを使う音楽家はまだ少数派です。

3曲目は再びカプラーロヴァーに戻り、作品番号14の歌曲、「手を振ってお別れ」とでも訳するんでしょうか、弱冠22歳の時の作曲ですが、管弦楽伴奏版はその翌年に作られました。歌詞はチェコの詩人ヴィーチェスラフ・ネズヴァルの著名な詩だそうで、当然チェコ語。先ほどのシマノフスキはポーランド語で、イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語に加えて、ハンガリー語も含め、こういった中東欧の言語もマスターしなければならない歌手の人たちは本当に頭が下がります。もちろん初めて聴く曲であり、正しいのかどうか判断できませんが、グリゴリアンは先ほどとは歌い方を変え、固さが取れた感傷的な歌唱になっていました。ここでも低音域を含んだよく通る声で、さらにはルックスもピカイチで、大いに聴衆を魅了。トップクラスの人気歌手になれる素質に恵まれながらも、このまま順調にキャリアを積み上げていけるかどうか、声量に少し難がある気がしました。

休憩後はメインの「かかし王子」バレエ全曲版です。バルトークの劇場向け作品三部作のうち、残る「青ひげ公の城」と「中国の不思議な役人」と比較すると相対的にマイナーで、演奏会プログラムにも滅多に上がらず、認知度が低いです。バルトーク好きを自認する私も、実演で聴いたのは過去3回のみ。ただし3回目は組曲版で、2011年の生誕130年記念イヤーでのサロネン指揮フィルハーモニア管でした。その前の2回は2006年、生誕125年を記念したハンガリー国立歌劇場の「バルトーク・トリプルビル」という、今から思うと二度とない垂涎の企画でした。どちらも微妙に半端な記念イヤーだったのは、2006年のほうはモーツァルトの生誕250年と重なっていたので「モーツァルト250+バルトーク125」みたいな抱き合わせ企画になっていたためで、2011年はマーラーの没後100年記念の全曲演奏会の指揮をマゼールに譲ったフィルハーモニア管首席のサロネンが、独自路線で打ち出した対抗企画がバルトーク(+コダーイ+ストラヴィンスキー)だった、という事情があったわけです。

脱線から戻すと、本日の「かかし王子」はバレエ音楽の全曲版ですが、悲しいかな、聴き込みが足らないために、原典版での演奏だったのか、そこから作曲者自らの手で多数のカットが施された最終版なのか、区別がよくわかりませんでした。短い演奏時間を考えるとカットあり版なのかなと思いますが、確信は持てません。大筋としては、かつて見たバレエの舞台をおぼろげに思い出してストーリーを想像しながらの鑑賞でした。あらすじが字幕で投影されていたものの、それだけだと結局よくわからんです。オケは全体的にエッジの効いたメリハリ、クラリネットを筆頭とするソロもいちいち堅牢で、たいへん良かったです。ガードナーも基本的には中道堅実路線でクセが凄くない部類の人ですが、時々オケを煽ってみるものの、オケ側は急なブーストについていけないアドリブ力の限界も見えました。

また、「ラインの黄金」を彷彿とさせる冒頭から、色彩感に富み、複雑なリズムを刻みながらも滑稽なダンス、最後は冒頭に戻ってくる対称構造の構成力、あらためてこの曲はマイナーと埋もれてしまうには惜しい派手さとわかりやすさを持った曲で、もっと聴き込むべき曲だと再認識しました。やはりバレエの舞台も久々に見てみたいと思い、各国の演目予定をチェックする毎日です。