東京・春・音楽祭:最上品質の「ラインの黄金」2014/04/05 23:59


2014.04.05 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 5
Marek Janowski / NHK Symphony Orchestra
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Jendrik Springer (music preparation)
田尾下哲 (video)
Egils Silins (Wotan/baritone)
Boaz Daniel (Donner/baritone)
Marius Vlad Budoiu (Froh/tenor)
Arnold Bezuyen (Loge/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
Wolfgang Ablinger-Sperrhacke (Mime/tenor)
Frank van Hove (Fasolt/bass) (Ain Angerの代役)
In-Sung Sim (Fafner/bass)
Claudia Mahnke (Fricka/mezzo-soprano)
Elisabeth Kulman (Erda/alto)
藤谷佳奈枝 (Freia/soprano)
小川里美 (Woglinde/soprano)
秋本悠希 (Wellgunde/mezzo-soprano)
金子美香 (Flosshilde/alto)
1. ワーグナー: 『ニーベルングの指環』序夜《ラインの黄金》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭で結構高品質のワーグナーをやってると、前から噂では聞いてたので、今年からはリングのシリーズが始まるということで楽しみにしておりました。

まず、今日はN響には珍しく、外国人のゲストコンサートマスターが出てきたのが意表を突かれました。おそらくヤノフスキが手兵のオケから連れて来たであろうこのライナー・キュッヒルばりの禿頭のコンマスは、素晴らしく音の立ったソロに加えて、オケ全体にみなぎる緊張感が実際タダモノではなく、今まで聴いたN響の中でも間違いなくダントツ最良の演奏に「これは良い日に当たったものだ」と喜んでいたのですが、その段に至っても、このコンマスがまさかキュッヒル本人だったとは、演奏中は何故か全く想像だにしませんでした。いったいどういう経緯でN響のコンマスを?こんなサプライズがあるもんなんですねえ〜。

記録を調べてみるまでは記憶が曖昧だったのですが、今日の出演者の中で過去に聴いたことがあるのは以下の4人でした。ヴォータン役のシリンスは2011年にロイヤルオペラ「さまよえるオランダ人」のタイトルロールで(急病シュトルックマンの代役として)。アルベリヒ役のコニエチヌイは2010年のBBCプロムス開幕「千人の交響曲」と、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」のマンドリーカ役で。フリッカ役のマーンケは2007年のフィッシャー/ブダペスト祝祭管「ナクソス島のアリアドネ」(終幕のみ、演奏会形式)のドリアーデ役で。そしてエルダ役のクールマンは2012年のアーノンクール/コンセルトヘボウのロンドン公演で「ミサ・ソレムニス」を聴いて以来です。 

私はワーグナー歌手に明るくないのですが、実際に聴いた限りで今日の歌手はともかく粒ぞろい、穴のない布陣でした。ヴォータン役のシリンスはソ連のスパイみたいなイカツい顔で、キャラクター付けがちょっと固過ぎる感じもしましたが、細身の身体に似つかない低重心の美声を振り絞って、堂々のヴォータンでした。それにも増して存在感を見せていたのはアルブレヒ役のコニエチヌイ。昨年の「アラベラ」でもその太い声ときめ細かいの表現力に感銘を受けたのですが、得意のワーグナーではさらに水が合い、八面六臂の歌唱はこの日の筆頭銘柄でした。ベズイエンのローゲ、アブリンガー=シュペルハッケのミーメはそれぞれ素晴らしく芸達者で、くせ者ぶりを存分に発揮してました。

一方、数の少ない女声陣は、フリッカ役のマーンケはバイロイトでも歌っているエース級。いかにもドイツのお母さんという風貌で、声に風格と勢いがありました。ごっつい白人達に混じって、フライア役の藤谷さんも声量で負けじと奮闘していました。ラインの川底の乙女達は声のか細さ(特に最後の三重唱)が気になりましたが、これも周囲があまりに立派だったおかげの相対的なものでしょう。演奏会形式では演技のない分、常に前を向き、歌に集中できるのも、総じて歌手が良かった要因でしょうね。

御年75歳のヤノフスキは、「青ひげ公の城」のCDを持ってるくらいで実演を聴くのは初めてでしたが、うそごまかしのないドイツ正統派の重鎮であり、オケの統率に秀でた実力者であることがよくわかりました。オケはキュッヒル効果で全編通してキリっと引き締まり、この長丁場でダレるところもなく、ヤノフスキのタクトにしっかりついて行ってました。こんなに最後まで手を抜かず音楽に集中するN響を、初めて見ました。トータルとして、今の日本で聴ける最上位クラスのワーグナーだったと思います。ただ一つ、スクリーンの画像は、この演奏には気が散って邪魔なだけ、不要でした。さて来年の「ワルキューレ」が俄然楽しみになってきましたが、皆さん元気で、どうかこのテンションが4年持続しますように。

読響/カンブルラン/デミジェンコ(p)/エイキン(s):マーラー4番、ほか2014/04/19 23:59


2014.04.19 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
Sylvain Cambreling / 読売日本交響楽団
Christian Ostertag (guest concertmaster)
Nikolai Demidenko (piano-2)
Laura Aikin (soprano-3)
1. シェーンベルク: 弦楽のためのワルツ
2. リスト: ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
3. マーラー: 交響曲第4番ト長調「大いなる喜びへの賛歌」

昨年末にバルトークを聴いて、ちゃんと仕事をしてるなという好印象だったカンブルランと読響。元手兵の南西ドイツ放送響からゲストコンマスを迎えたのも、自分の音楽を妥協なく響かせたいとの芸術の良心と捉えました。ところが聴き手のワタクシ自身は、土曜日のマチネで普段より寝不足ではなかったはずなのですが、溜まっていた週の疲れがどっと出て、前半戦はほとんど沈没していたという体たらく。1曲目はシェーンベルクが無調になる前のゆるキャラ小品で、こいつが一気に眠りを誘いました…。次のソリストのデミジェンコは3年前にロンドンで1度聴いていますが、あまり音が澄んでいないのに小技中心の内向きなピアノに、これまた睡魔が勝ってしまいまして…。アンコールで演奏されたメトネルの「おとぎ話」という小品が、すっかりリラックスしていて良かったです。メトネル自体を知らなかったので後で調べてみると、ロシア出身だがロンドンに移住して活躍したというのがデミジェンコと共通点なんですね。

というお恥ずかしい状況で、何とか物が言えるのはメインのマーラーだけなのですが、この日はとにかくローラ・エイキンを聴きたいがために正面席のチケットを買いました。新婚旅行のウィーンで、ほとんど人生初めてと言える本格的オペラ体験が国立歌劇場で観た「魔笛」だったのですが、そのとき「夜の女王」で拍手喝采を一手に集めていたのが、まだメジャーでは駆け出しの頃のエイキンでした。その後のエイキンが「ルル」でブレークしたのは認識していましたが、けっこう長かったヨーロッパ音楽鑑賞生活の中でも何故かニアミスすらなく、名前もほとんど忘れていたところ、今回思いがけずその名前を見つけ、これは行かねばならぬと。

カンブルランのマーラーは多分ブーレーズみたいなんだろうかと想像していたら、よく考えるとブーレーズの4番は聴いたことがなかったです。冒頭の鈴はリタルダントにつき合わずフェードアウト。その後もインテンポですいすいと進んで行きますが、弦がいちいちレガートが利いててやけに美しいです。ブーレーズと言うより、まるでカラヤン。途中フルートのユニゾンの箇所も濁りが一切なく完璧な美しさ。ユダヤの粘りなどまるで関係ない洒落た演奏でしたが、第1楽章に限って言えば、思わず拍手をしたくなったくらい、世界のどこに出しても恥ずかしくない素晴らしい演奏でした。それが第3楽章まで来ると、チューニングもけっこう乱れてきて、だんだんとグダグダになってきました。うーむ、馬力勝負の曲じゃないのに、やっぱりスタミナがないんかなあ…。弦は相変わらず統率が取れていて良いんですが、全体的にテンポの揺さぶりに着いていけず引きずってしまう箇所が散見されました。終楽章は待望のエイキン。想像よりもずっと老け顔で、だいぶ身体にも貫禄がついてきて、普通のオペラ歌手としたら全然標準でしょうけど、「ルル」をやるにはちょっともう厳しいかと。記憶に残っているような圧倒的な歌唱を期待したのですが、さすがにコロラトゥーラで売っていたころとは違い、すっかり枯れた味わいでした。調子が悪かったのかもしれませんが、高音が伸びず、声が通らないところを老獪な表現力でカバーする、という感じでした。第1楽章のテンションを維持してくれてたら、という思いがあるので後半は辛口になってしまいましたが、全体を通して良質の演奏ではあったと思います。体力が残っていたらこの後川崎に移動し、当日券狙いで東京交響楽団のマーラー9番を聴きに行こうと考えていたのですが、けっこう満足したし、身体がかなり疲れていたのでハシゴは止めました。

さて土曜日マチネの客層はシニア世代の率が非常に多かったです。それは別にいいとしても、何故あんなに演奏中に物を落とすか。あっちでカラン、こっちでバサリと、手元のおぼつかない人が多くて閉口しました。落とす可能性のあるものはバッグにしまい椅子の下に置いておく、演奏中にアメを探してバッグをまさぐらない、というのは、マナーにうるさい日本じゃなくても常識だ、と思いたいです。

日フィル/山田和樹:「火の鳥」「不滅」の超重量級プロ2014/04/25 23:59

2014.04.25 サントリーホール (東京)
山田和樹 / 日本フィルハーモニー交響楽団
1. ストラヴィンスキー: バレエ音楽《火の鳥》
2. ニールセン: 交響曲第4番《不滅》

日フィルに行くのは10数年ぶりで超久々、山田和樹は3年前のBBC響以来です。楽章切れ目なしのビッグピースを2つ並べた超重量級プログラムは、まさに私好み。

前に聴いた時、山田和樹は細部にこだわるよりも全体の流れを上手く形作ってわかりやすく見せることができる、往年の巨匠の芸風を持った人、という感想でしたが、今日の「火の鳥」ではちょっとそれが裏目というか、オケの限界と曲自体の冗長さが際立ってしまってました。おそらく組曲版であれば上手くハマるのでしょうが、一幕のバレエ音楽では流れをそう単純化はできず、結果途中間延びしてしまう箇所がいくつかありました。こういうときにギャップを埋めてくれる管楽器の個人技があればなあ、と感じるのは無いものねだりでしょうか。一方、クライマックスである魔王カスチェイの踊りでは、小径で深胴の大太鼓を力任せにぶっ叩く暴れっぷりが実に壮快。この快感はライブじゃないと味わえません。なお、トランペットを2階席に配置するなど、何かしらの音響効果を狙った仕掛けがなされていましたが、音量・音圧を補う役目でもなかったので、これは効果のほどがよくわからなかったです。

メインの「不滅」は、比較的ゆったり目のテンポで開始。「火の鳥」では時々引っかかったリズムのキレの悪さも(多分オケが引きずってますが)、この曲ではそんなに気にならず、おおらかでシンフォニックな展開は、まさに往年の巨匠風です。いろいろ聴いていると、こういうのは実はニールセン演奏としては邪道なんだろうなと感じてきますが、きっかけはバーンスタインで中学のときこの曲にハマった私としては、山田和樹の演奏は心にたいへんしっくりと染み入ります。本日最大の目玉である終結部のティンパニのかけ合いは、先ほどの大太鼓に負けじと渾身の力で叩き込み、期待を裏切らぬド派手な応酬で、たいへん満足しました。やっぱりこの曲は実演で聴くに限りますね。ただしスコアの指示では2組のティンパニをステージの両端に置かなければならないのに、第1が舞台奥中央、第2は向かって右奥という中途半端な配置が残念でした。一方、一つ感心したのは、ティンパニの並び方が一方はドイツ式(右手が低音)、他方はアメリカ式(左手が低音)だったこと。これは二人の奏者が各々たまたまそういう習慣だっただけなのかもしれませんが、対向配置という意味では非常に理にかなっており、目から鱗でした。

終演後は奏者のところまで行って一人一人立たせるのは、ロンドンで見たときと同じ。ヨーロッパ在住で、スイス・ロマンドの首席客演指揮者でありながら、日本で数多くのアマオケも引き受けているようで、飛び回り過ぎなのがちょっと心配です。せっかく欧州に足がかりができてきたのなら、佐渡裕みたいに無理矢理でもどっしりと腰を下ろして活動すればよいのに、と思ってしまいますが、外野が憶測するよりもずっと厳しい世界なんでしょうね。

ロイヤルバレエ・ライブビューイング:ウィールドン新作長編「冬物語」2014/04/29 23:59


2014.04.29 Live Viewing from:
2014.04.28 Royal Opera House (London)
Royal Ballet: The Winter's Tale
David Briskin / Orchestra of the Royal Opera House
Christopher Wheeldon (Choreography)
Edward Watson (Leontes)
Lauren Cuthbertson (Hermione)
Zenaida Yanowsky (Paulina)
Federico Bonelli (Polixenes)
Sarah Lamb (Perdita)
Steven McRae (Florizel)
Joe Parker (Mamillius)
Bennet Gartside (Antigonus)
Thomas Whitehead (Polixenes' steward)
Gary Avis (father shepherd)
Valentino Zucchetti (brother clown)
Beatriz Stix-Brunell (young shepherdess)
1. Joby Talbot: The Winter's Tale

2011年の「不思議の国のアリスの冒険」以来の、ウィールドン&タルボットによる長編物語バレエです。ロイヤルバレエの新作を日本に居ながらほぼリアルタイムで見ることができるとは。ライブビューイング様様です。

「アリス」では特殊効果の映像を多用してファンタジーの世界へ誘う演出でしたが、今回は原点に立ち返り、できるだけ人の動作でストーリーを伝えようとしています。序曲で話の前段をテンポよく表現していったのは、上手いと思いました。振付けは全般的にユニークで、前衛舞踏のように変な動きも入っていて、心に引っかかりを残します。特に第1幕で妊婦のカスバートソンが執拗にいたぶられるのは、あえて不快感を残すまで狙ってやってると思いました。ワトソンの狂気とヤノウスキの忠心はどちらも素晴らしくハマっていて、これらの役は彼らの色があまりにも濃く付いてしまうので、他のダンサーを寄せ付けなくなってしまうのがちょっと危惧されました。プリンシパル6人はもちろん皆さん超一流でしたが、重みで言うと、あとの4人の役は誰がやってもできそうな「軽さ」で、コントラストがありました。

暗くて暴力的な表現が多かった第1幕と比べ、第2幕は明るい農村で助かりましたが、民族音楽に乗せて躍動的な群舞が延々と続くわりには第1幕よりも退屈しました。まず、音楽が単調。はっきり言って長かった。東欧風民族音楽ベースで押し通すには、バリエーション(のリサーチ)が足りなさ過ぎでしょう。また、慣れのせいかもしれませんが、変拍子リズムにオケがついていけてない。この幕でようやく登場、マクレー・ラムのペアは美男美女で相変わらず全てが美しいのですが、この二人は何度見ても「燃え上がる男女」には見えません。クール過ぎてパッションがないのです。素人の見方なので的外れだったらすいませんが、マクレーはこのくらいのパドドゥだったら余力十分、身体能力を持て余していたんではないでしょうか。

第3幕はシェークスピアの原作通りに話を拾っていって終結に向かいますが、納得いかないことが多々。エメラルドの首飾りは、ボヘミア王もシチリア王も、すぐ気付けよ。そもそも、盗品かもしれないんだし、これだけで何故に王族?隠れてた王妃は16年経っても同じ容姿なの?だいたい、娘が生きてて、王妃も生きてて、めでたしめでたしって、ちょっと待て、両親の諍いに心痛めて死んでいった息子ちゃんの立場は?などなど、突っ込みどころ満載の話を「喜劇」としてまとめるならまだしも、このように悲劇性を強調した演出にしてしまったら、また何度でも観たいかと言われたら、当分はいいや、という気になります。ということで、なかなか見応えのある新作バレエではありましたが、また観たいなと思うのは「アリス」や「レイヴン・ガール」のほうですね。

ロイヤルバレエのライブビューイングもこれで3回目ですが、前の2回とは違って今日は一人で見に来ている人が多かったように見えました。2014-15シーズンの予定も発表になってまして、家族としての注目は12月の「アリス」と来年5月の「ラ・フィユ・マルガルデ」、個人的にはまだ観たことが無い「マホガニー市の興亡」くらいですか。でも一番楽しみなのは来年2月のMETライブビューイング、「青ひげ公の城」です。