BBC響/山田和樹/ファウスト(vn):上々のロンドンデビュー2011/03/04 23:59


2011.03.04 Barbican Hall (London)
Kazuki Yamada / BBC Symphony Orchestra
Isabelle Faust (Vn-2)
1. Takemitsu: Requiem for String Orchestra
2. Thomas Larcher: Concerto for Violin and Orchestra (UK premiere)
3. Rachmaninov: Symphony No. 2 in E minor

BBC交響楽団が卓越した技量とアンサンブル力を持っていることはすでによくわかりましたが、問題は私の嗜好の琴線に触れるプログラムが少ないことで、特に家族連れで聴きに行くとなれば、適当な演奏会はますます見つからなくて困ってしまいます。そんな中でこの日は、メインがロマンチックなラフマニノフ2番だし、日本人指揮者だし、これならOKかと妻と娘を連れて聴きに行ってみました。

初めて見る山田和樹は、2009年ブザンソン国際コンクールで優勝した新進気鋭です。32歳と若いですが、見た目はさらに若く、今時のオタク少年風の顔立ち。日本人若手指揮者のロンドンデビューということで、普段は演奏会にあまり来ていなさそうな日本人グループの姿を多く見かけましたが、全体の客入りははっきり言うと冴えませんでした。

BBC Radio 3の生中継があったので開演は7時。司会者の解説に続いて、まず1曲目の武満「弦楽のためのレクイエム」。和洋問わず現代音楽は好んで聴く方じゃないので、武満も実はほとんど聴いたことがありません。ただしこの曲は現代音楽と言っても穏やかな主旋律に和声(不協和音ですが)が絡んで展開して行くシンプルな曲で、あっという間に終りました。うーむ、まだよくわかりませんが、山田はいかにも「コンクール優勝者の日本人指揮者」という感じにぴったりの、型にはまった教科書的な指揮をする人です。ただ、その童顔からは意外なほどに鋭い眼光が確認できました。

2曲目のラルヒャー「ヴァイオリン協奏曲」はUKプレミエとのことで、もちろん初めて聴きます。二部構成で25分、オケの編成は室内楽風の小規模ですが、アコーディオンやカリンバ(アフリカの打弦楽器)といった珍しい楽器が入っています。出だしはマイナースケールの下降音階が続き、調性音楽と思いきや、音量や音程の上昇・下降を繰り返しながら音楽が徐々に崩れていく様が面白い曲でした。独奏のイザベル・ファウストは長身で中性的な雰囲気があります。この曲の初演者ですがさすがに暗譜はしてないようで、大判1枚裏表に詰め込んだ楽譜を見ながら弾いていました。アコーディオンは2ndヴァイオリンの前の目立つ場所に陣取っていたわりには見せ場がなく、何だかよく分かりませんでした。第二部も冒頭は完全な調整音楽で始まって、徐々に音が腐って行くというか、怪しげな音楽へと変貌して行きます。ヴァイオリンの悲痛な高音が延々と鳴り響いて、うちの娘は「泥棒か強盗が来たような感じ」と表現していました。うむしかし、現代音楽は理解が難しいなあ。

メインのラフマニノフ2番は、一昨年にフィルハーモニア管で聴いて以来。昔は冗長で苦手な曲でしたが、数年前から突然マイブームになり、ピアノ協奏曲への編曲版なんて珍盤も買ってしまいました。ようやく馴染みのある曲が出てきて、山田和樹のお手並みを拝見、というところですが、まずこの人の指揮の姿はたいへん明快できびきびとしており、好感が持てました。きっちりと拍子を取り、主旋律をうるさいくらいに追いかけて、金管の咆哮では高らかにこぶしを振り上げ、弱音では唇に手を当てて、実にわかりやすい。昨日ゲルギエフの個性的な指揮を見たばかりですので余計にそう感じます。そういう指揮であったのと、やはり曲がラフマニノフだったので、旋律を追いかけて和声を付けるようなオールドスタイルな音楽の作り方で、何か「仕掛け」を入れてくる余地はなさそうでした。第1楽章最後の一音も、スコア通りにティンパニなし(一昨年のフィルハーモニア管では、いい味ナンバーワンのティンパニスト、アンディ・スミスがここぞとばかりに他の全ての音をかき消す強烈な一撃を打ち込んでいましたが)。

オケはいつものように誠実な演奏で、この若い指揮者を盛り立てます。よくまとまった弦のアンサンブル、滋味溢れた音色の木管(クラリネットも良かったけど、特にこの日はコールアングレが最高)、馬力のある金管(特にホルン)、全てに渡ってハイレベルでした。第2楽章スケルツォはテンポをこまめにいじって躍動感を際立たせてましたが、きめの細かいバトンテクニックに感心しました。有名な第3楽章では逆にオケを解放したような演奏でしたが、BBC響のクールな特質が生きて、旋律はよく歌っていてもベタベタと甘くならず、好ましい節度でした。終楽章は祝典が延々と続くような冗長な音楽ですが、とんでもない大音量でオケを鳴らし切り、前の楽章の旋律が次々と回帰される箇所でもテンションを落とさず朗々と歌い上げて、大らかな起伏を作っていました。

1曲目の後の拍手がちょっと寒かったので少し心配したのですが、全部終ってみれば大喝采で、いやはや、上々なデビューではないでしょうか。「トロンボーン!」「セカンドヴァイオリーン!」などと大声で各パートを一つ一つ呼んで立たせていたのが印象的でした。オケもこの若い指揮者との関係を大事にしている様子がうかがえました。プロファイルを調べると、この日がロンドンデビューですが、それ以前にヨーロッパデビュー(モントルー=ヴェヴェイ音楽祭)でもBBC響を振っているんですね。またすぐに客演してくれるでしょう。