タカーチ・カルテット:バルトーク弦楽四重奏曲コンプリート2011/10/19 23:59


2011.10.18 Queen Elizabeth Hall (London)
Takács Quartet: The Complete Bartók String Quartets I
Edward Dusinberre (1st Vn), Károly Schranz (2nd Vn)
Geraldine Walther (Va), András Fejér (Vc)
1. Bartók: String Quartet No. 1
2. Bartók: String Quartet No. 3
3. Bartók: String Quartet No. 5

2011.10.19 Queen Elizabeth Hall (London)
Takács Quartet: The Complete Bartók String Quartets II
1. Bartók: String Quartet No. 2
2. Bartók: String Quartet No. 4
3. Bartók: String Quartet No. 6

マーラーシリーズが一段落し、しばらくバルトーク続きになります。私としては珍しく、弦楽四重奏の演奏会。他ならぬタカーチSQがバルトークの全曲演奏会をやるというせっかくの機会なので、ぬかりなく全部聴きに行くことにしました。

断るまでもなく弦四は全く私の守備範囲外なのですが、にわか座学でちょいと楽団の歴史をば。タカーチSQは1975年にブダペストで結成、メンバーは当時全員がリスト音楽院の学生でした。楽団名は第1ヴァイオリンのタカーチ=ナジ・ガーボルが由来ですが、そのタカーチさんは1993年に脱退、英国人のエドワード・ドゥシンベルが代わりに加入します。翌94年にはヴィオラのオルマイ・ガーボルが健康上の理由(95年死去)でやはり英国人のロジャー・タッピングと交代、英洪半々の楽団となってからメジャーレーベルへの録音が増えていきます(それ以前もハンガリーのHungarotonレーベルへ多数の録音がありますが)。特にバルトークとベートーヴェンの全集は高い評価を得て、世界トップクラスのカルテットとして一躍名声を馳せました。2005年に引退したタッピングと入れ代わったのは、サンフランシスコ響のヴィオラ主席を30年勤めていた米国人女性奏者、ジェラルディン・ウォルサー。さらにインターナショナルになったタカーチSQは活動拠点を米国コロラドに移し、タカーチさんはすでにおらず、ハンガリー人率は半分になり、ハンガリーで演奏することすらめったになくなったので、もはやハンガリーの団体とは本人たちも思ってないかもしれません。

バルトークの弦楽四重奏曲は全部で6曲あり、初日は奇数番号、二日目は偶数番号を、各々番号の順に演奏していきます。DECCA盤(2枚組)も同じ分け方ですね。余談ですが、オリジナルメンバーによるHungarotonの旧盤は3枚組で、ブダペストのCD屋ではかつてよく見かけました。私もコンパクトなDECCA盤のほうをつい買ってしまったのですが、今や稀少価値となった旧盤のほうを買っておけばよかったと少し後悔しています。

初日、登場したメンバーを見て、第2ヴァイオリンのシュランツ・カーロイとチェロのフェイェール・アンドラーシの二人がいかにも「ハンガリー人顔」なので、思わずニンマリ。4人並べてどれがハンガリー人かと聞かれたら、予備知識なしでも楽勝でわかるでしょう。一方のリーダーのドゥシンベルは長身ですがあまりイングリッシュ然としてなく、ちょっと国籍不明ぽい。むさい男どもに挟まれて紅一点のウォルサーは、こちらはいかにもアングロサクソンで、身のこなしがとっても女性らしいチャーミングな人でした。しかし、見た感じからはそう思わなかったのですが、一番新しいメンバーのウォルサーさんが実は一番年上だったんですね。

演奏が始まると、民族だの性別だのは全く関係なく、評判通り完成度の高過ぎるアンサンブルを聴かせてくれました。DECCA盤CDとはメンバーも変わっているので多少アプローチが違うかなと思う箇所もありましたが、女性が入ったからメロウになったとかカラーが変わったということはなさそうで、一貫してストイックでスポーティな演奏でした。皆さん身振りが大きいわりには熱気で上ずることなく、演奏は至ってクール。音色もリズムもバルトークだからといって無理な民謡テイストの味付けをすることなく、第5番のブルガリアン・リズムも極めて純化されたものでした。バルトークの弦四はさながら特殊奏法のデパートですが、オハコだけあって皆さんさすがに上手い!いちいちお手本のような完璧さで、舌を巻きました。

印象に残ったのは二日目の第4番。以前ブダペストでこの曲を聴いたミクロコスモスSQは、他ならぬタカーチ=ナジ・ガーボルがペレーニ・ミクローシュと結成した楽団ですが(言うなれば「元祖タカーチ」?)、一体のアンサンブルというよりは、やはりこの二人の突出したソロを楽しむという聴き方になってしまっていました。一方こちらの「本家タカーチ」は、誰が突出することなくハイレベルで横並びのメンバーが絶妙のバランスで完璧な演奏を聴かせ、そうでありながらもチェロのフェイェールは、普段は地味に弾いているのに見せ場にソロになるとちゃんとソリストの音に切り替えてメリハリを見せ、総合的には一枚も二枚も上手の演奏に感銘を受けました。さすがー。二日目は初日よりも多少高揚して熱くなったところも見られたのが良かったです。

普段はあまり聴かないバルトークの弦四をこうやって連続して聴くのは、エキサイティングな体験です。音楽はどれもやっぱりハードボイルド。バルトークが管弦楽を書く時のエンターテインメント性は影をひそめ、贅肉をそぎ落とした凝縮度の高い音楽になっています。二昔くらい前の所謂「頭痛のする現代音楽」のイメージそのもの、かもしれません。そうはいっても、第6番などでは凝縮度と聴き易さが同居する、ちょうどヴァイオリン協奏曲第2番のような「円熟」が感じられたのが新たな発見でした。


初日の写真。


二日目の写真。ウォルサーさんはさすがに女性なので衣装を変えていますが、他の男性陣は全く同じ服では…。