BBC響/ダウスゴー/ワン(vc):不滅のスタイリスト2013/02/22 23:59


2013.02.22 Barbican Hall (London)
Thomas Dausgaard / BBC Symphony Orchestra
Jian Wang (cello)
1. Prokofiev: Scythian Suite
2. Bloch: Schelomo
3. Nielsen: Symphony No. 4 'The Inextinguishable'

前日に引き続き、出張の疲れ取れず頭がボワワンとしていたので、あまり書けませんが、一応記録のために。

1曲目の「スキタイ組曲」はまだ「古典交響曲」を書く前の初期作品。「アラとロリー」という副題が付いてまして、実際そういう題のバレエとして最初作曲を始めたものの、ディアギレフに「春の祭典」の二番煎じだと言われて却下され、管弦楽組曲に書き直されたという経緯があるそうです。音楽的には春祭と似ているわけでは全然ありませんが。初めて聴くダウスゴー、非常にシャープな演奏に感心しましたが、第2曲以降は沈没してました、すいません。あとでBBC Radio 3の放送を聴くと、やっぱり速くてぴしっと統制の取れた演奏でしたね。

2曲目の「シェロモ」は「ヘブライ狂詩曲」とも呼ばれる、実質的にはチェロ協奏曲です。これは名前だけは昔から知っていましたが、初めて聴きました。ユダヤ人の作曲家は多数おりますが皆さん個性派で音楽はそれこそ多種多様、「ユダヤの音楽」と一括りに言ってもあまりピンと来るものがありません。旋律はベタな浪花節で、盛り上がった後の悲嘆ぶりにはちょっと自虐史観が入ってるかな、と思える曲でした。中国人チェリストのジャン・ワンは音がちょっと細いながらもよく歌う系のロマンチックな独奏でした。


これが目当てだったメインのニールセン「不滅」は、これまた最初から快速で飛ばします。バーンスタインで聴き込んだ世代としてはちょっと急ぎ過ぎに感じますが、これが最近のスタイルみたいですね。ダウスゴーもデンマーク人ですから民族的共感に基づく演奏を期待するところですが、あまりそういった民族臭の感じられないモダンな印象の演奏でした。それとも、この「スタイリッシュ感」が実はデニッシュ民族の特徴なのかという気も。いつものごとく、BBC響は安定して上手かったです。一つ疑問は、セカンドティンパニを舞台左の第1ヴァイオリンの後ろに置いたのに対し、第1ティンパニは位置を変えず舞台中央後方のままにしていたことで、これは「第2ティンパニは舞台隅で第1の真反対側に置く」という作曲者の指定とは違うでしょう。ビジュアル面の効果からして全然違いますので、ここは通例通りステレオ配置にして欲しかったです。


長身のダウスゴーさん。



ティンパニのお二人。

BBC響/大野和士:「ノヴェンバー・ステップス」英国初演って、本当!?2013/02/02 23:59

2013.02.02 Barbican Hall (London)
Total Immersion: Sounds from Japan
Kazushi Ono / BBC Symphony Orchestra
Kifu Mitsuhashi (shakuhachi-3), Kumiko Shutou (biwa-3)
1. Akira Nishimura: Bird Heterophony (1993) (UK premiere)
2. Misato Mochizuki: Musubi (2010) (UK premiere)
3. Takemitsu: November Steps (1967) (UK premiere)
4. Dai Fujikura: Atom (2009) (European premiere)
5. Toshio Hosokawa: Woven Dreams (2010) (UK premiere)
6. Akira Miyoshi: Litania pour Fuji (1988) (London premiere)

「全身浸礼:サウンド・フロム・ジャパン」と名付けられたこのイベントでは、武満徹を筆頭に、日本の現代音楽がこの日一日バービカンセンターを埋め尽くします。作曲者はいろんな世代に渡っていながらも武満を除いて皆存命の方々ですが、現代日本の曲をこうやってまとめて、しかも英国の一流オケで聴ける機会はそうそうありませんし、小澤征爾は別格として、現役日本人指揮者の中で海外での実績がダントツで格上な人であろう大野和士さんを実はまだ聴いたことがなかったので、1年前から楽しみにしていました。今週3日連続演奏会で無理したおかげで風邪はまだ良くなっていませんが…。

1曲目は西村朗(1953〜)の「鳥のヘテロフォニー」はオーケストラ・アンサンブル金沢のために書かれた曲。パプアニューギニアをイメージしたそうですが、確かにジャングルの森や川などのビジュアルイメージを喚起するような曲です。鳥と言ってもすいすい空を飛ぶ渡り鳥というよりは、地面をざわざわうごめく鶏の喧噪を表現しているような。後半のオスティナートで盛り上がる部分は全くの調性音楽で、比較的聴きやすい曲でした。

2曲目、望月京(1969〜)の「むすび」は東京フィルの100周年記念委嘱作品。雅楽の模倣風で始まり、途中で祭り囃子の笛太鼓が入ってくる、ジャパニーズサービス精神旺盛な曲です。このままコンテンポラリーバレエにもできそうな感じがしました。こういう曲も無難にこなしてしまうBBC響は、やはり器用なオケですね。


舞台に呼ばれた望月京さん。

武満徹(1930〜1996)の「ノヴェンバー・ステップス」はNYPの125周年記念委嘱作品。世界中で何百回と演奏され、録音も多数あり、日本の現代音楽としてはダントツで知名度の高い曲ですが、作曲から45年を経て、何と今日が英国初演なんだそうです。最初プログラムにUK Premiereと書いてあったのを見てミスプリントかと思ったくらいですが、後で聴いたBBC Radio 3の中継放送でも「驚くべきことに英国初演」と言ってたので、本当にそのようです。かくいう私も、レコードやFM放送では何度も聴いているのですが、この曲の実演を聴くのは初めてなのでした。本日の独奏は三橋貴風の尺八に首藤久美子の琵琶。二人とももちろん和服で、絵に描いたような日本男児に大和撫子というイメージです。あらためて聴くとこの曲は、オケの部分が本当に少ないですね。しかも「協奏」せず、尺八と琵琶の掛け合いに短く合いの手を入れるだけの役割に思えます。雄弁な尺八に比べて琵琶は終始伴奏的で一歩引いた感じでした。うちの娘は「墓場でひゅ〜と幽霊が出てきて、物悲しく恨みを語る」曲にしか聞こえなかったようで、怖がっていました。でも父は思うが、君の感性はけっこう正しいぞ。


渋い日本男児、三橋貴風さん。


礼節をわきまえたお二人。

後半のトップは藤倉大(1977〜)の「アトム」。読売日響の委嘱作品だそうです。この人はロンドン在住なので、名前は時々聞きます。フラグメントの連続で散漫とした印象の曲。もちろんしっかりと書けた質の高い曲と思いますが、どうも一本芯がないような感じがするのは、まだまだ作風として若いのでしょうかね。咽喉痛が直らず、そろそろ疲れてきました。


ロンドン在住なので、もちろん聴きに来ていた藤倉大さん。

細川俊夫(1955〜)の「夢を織る」はスイスの製薬会社Rocheの委嘱作品で、ルツェルン音楽祭にてウェルザー=メスト指揮クリーヴランド管というビッグネームにより初演されました。先ほどの「アトム」とちょっと通じるところもある、エネルギーを内に込めた陰気な曲で、またかという感じもしましたが、こちらは全体として確固たる一つの流れがあり、なるほど熟練とはこういうものかと納得しました。

最後は武満と同世代の大御所、三善晃(1933〜)の交響詩「連祷富士」。1988年にテレビ静岡開局20周年を記念して委嘱された作品です。富士山の美麗な姿を歌い上げる曲ではなく、山の激しさ、厳しさを余すところなく表現した仕上がりになっています。不協和音はいっぱい出てきますが、今日の選曲中では最も派手でエンターテインメント性の高い曲だったかと。この曲だけBBC Radio 3で放送されなかったのが残念。

体調も悪かったし、これだけの曲をまとめて聴くと、終わった後はさすがにぐったりしました。今日はストールはけっこう埋まっていましたが(休憩で帰ってしまった人もちらほら)、上の階はほとんど売れてなく、客入りがイマイチだったのは気の毒でした。もうちょっと宣伝の仕方はあったんじゃないでしょうかねえ。(良し悪しは別として)日本人の動員もなかったようですし。そういえばBBCの放送を聴いていて思ったのは、望月京、藤倉大といった若い世代の作曲家はあたり前のように流暢な英語をしゃべるんですね。大野和士さんより英語上手かったです(笑、っていいのか)。


ロンドンにも時々来ている大野和士さん。次はもうちょっとストレートな演目で聴きたいです。

BBC響/ミンコフスキ/パーション(s):ペール・ギュント2012/12/15 23:59

2012.12.15 Barbican Hall (London)
Marc Minkowski / BBC Symphony Orchestra
BBC Singers
Alain Perroux (stage director), Johannes Weisser (Peer Gynt/baritone)
Miah Persson (Solveig/soprano), Ann Hallenberg (Anitra/mezzo-soprano)
Actors from the Guildhall School of Music & Drama:
Patrick Walshe McBride (Peer Gynt)
Grace Andrews (Solveig, the Girl in Green, Anitra, and other roles)
Evelyn Miller (Narrator), Melanie Heslop (Ase, and other roles)
Cormac Brown (Mads Moen, the King of the Trolls, and other roles)
Tom Lincoln (The Boyg, the Passenger, the Button-moulder, and other roles)
1. Grieg: Peer Gynt (concert performance)

前日に引き続き、12月はバービカンが続きます。「ペール・ギュント」は最も著名なクラシック曲の一つと言ってもよいくらいの有名曲ですが、なかなか全曲通して聴く機会はありません。本来はイプセン原作の戯曲のために作られた劇付随音楽というカテゴリ。音楽だけだと全部で85分くらいですが、途中の台詞を含めると2時間を越える長丁場となります。

あらすじは、「母と二人で暮らす放蕩息子のペール・ギュントは、村の結婚式で出会った清楚な乙女ソルヴェイグに恋をしつつも、花嫁のイングリッドをさらって逃亡、放浪のたびに出る。飽きたらイングリッドを捨て、魔王の娘(緑の少女)と結婚しようとして最後は逃げ出し、追ってきたソルヴェイグも山小屋に置いたまま、故郷に戻って母オーゼの死を見取る。怪しげな商売で財産を築くも妖艶な娘アニトラに騙し取られ、年老いて故郷に帰ると閻魔大王のようなボタン職人にボタンにされそうになり、最後は山小屋にたどり着いて、ずっとペールを待っていたソルヴェイグの子守唄を聴きつつ息を引き取る。」という、荒唐無稽な中にも寂寞な余韻が残る一大叙事詩です。

今日はミア・パーションを筆頭に北欧系の独唱者を揃え、歌は原語(ノルウェー語)で歌われますが、劇の部分は英訳版を使い、ギルドホール音楽演劇学校の学生6人によってプレイされました。ペールとナレーター以外は一人で何役もやらなければいけないのでたいへんでしたが、役者の卵さんたちは若いながらも皆芸達者で、笑かし、泣かせてくれました。特にペール役の男の子は熱演で、やんやの拍手を受けていました。個人的にはオーゼの子が可愛かったのと、ナレーターの女の子が多分一番若いのに滑舌は最も確かで頼もしかったです。

それにしても今日はオケが良かった。ミンコフスキは初めて聴きますが、元々はバロック系の人ながら、ロマン派も振れる芸域の広さを持った人の様子。きびきびとキレの良い劇的な表現がこの壮大かつはちゃめちゃなストーリーにマッチして、たいへん好ましかったです。合唱も今日はアマチュアのBBCシンフォニーコーラスではなく、プロ集団のBBCシンガーズ。少数精鋭で精緻な合唱を聴かせてくれました。独唱は、ソルヴェイグ以外はスポットで歌うだけですし、何故か舞台手前ではなく中ほどで歌う演出だったので声の通りも悪く、印象不足でした。ソルヴェイグ役のパーションは一人指揮者の横で歌ったかと思えば、舞台袖に引っ込んでまた歌い、再び指揮者の横に戻ってきて歌うという忙しさ。私の好みからするとちょっと線が細すぎる気もしましたが透き通る美声で、役にはぴったりでした。オペラでも聴いてみたいと思いましたが、声量はどうなんでしょうかね?


BBC響/ポンス/アヤン(t)/ブランドン(s):シンフォニアはホラー系2012/12/07 23:59


2012.12.07 Barbican Hall (London)
Josep Pons / BBC Symphony Orchestra
Synergy Vocals (voices-1), Atalla Ayan (tenor-2)
Sarah Jane Brandon (soprano-3)
BBC Symphony Chorus
1. Berio: Sinfonia for orchestra and eight amplified voices
2. Verdi: 8 Romanze for tenor and orchestra (orch. Berio)
3. Verdi: Four Sacred Pieces

イタリアの新旧巨匠を繋げ、さらには前週のマーラー「復活」とも呼応した、地味ですがなかなか粋なプログラムです。

20年前に初めてウィーンを訪れた際、ベリオ本人の指揮するウィーン響でカレーラスが彼の歌曲のみを歌う演奏会をたまたま当日券で見たことがあります。三大テノールの一角としてすでに超スターであったカレーラスを讃えて、オケが引き上げた後もファンのおばちゃん達が舞台前まで詰め掛け、延々とスタンディングオベーションを続けていたのが印象に残っています(あらためてカレーラスの生年を調べてみると、当時の年齢は現在の私くらいであることに気付き、愕然・・・)。このときのベリオの歌曲がどんなだったか、記録も取っていないし全然思い出せないのですが、今日の「シンフォニア」みたいなポストモダンとは全然違う、全くイタリアン・ベルカントな曲だったような気がします。

思い出話はさておき、「シンフォニア」は一度聴いてみたかった曲で、確か昨年のLSOでもハーディングが取り上げていましたが、残念ながら都合が悪く行けませんでした。この曲の第3楽章は、マーラー「復活」の第3楽章スケルツォを中心に、全編他人の曲の引用で構成したという実験的試みで有名です。英語版のWikipediaに引用されている曲のリストがありますが、選曲はバーンスタインの「ヤング・ピープルズ・コンサート」で取り上げられていた曲から着想を得た、との説があるようです。曲はいわゆる現代音楽調の不協和音オンパレードで、突然ドカンと脅かしが入ったりします。引用の箇所では聴き覚えのある曲が聞こえてきたかと思えば、調子外れの鼻歌がそれをなぞり、雑然としつつもかなり不気味な雰囲気を醸し出しています。このホラーな感覚はどこかで記憶にあるぞと思ったら、そう、それはディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」(パリのランドだとPhantom Manor)。音楽を聴くというより、何かポストモダンのアートを見ているかのような刺激でした。何度でも聴きたくなる面白い曲です。演奏は難しそうですが。


ここで休憩が入ったので、休憩後が長かったです。歌曲苦手な私には、ちょい退屈な時間が続きました。最初の「8つのロマンス」はヴェルディのピアノ伴奏歌曲をベリオがテナー独唱とオーケストラ用に編曲したもの。さっきの「シンフォニア」と比べたら当然ながら曲調はロマンチックだし、アレンジもポストモダンでは全然ない。ブラジル人テナーのアヤンはハツラツと歌い、甘くて軽い声質がアラーニャみたいです。歌はいっぱいいっぱいの感じで、深みと説得力を求めるにはまだまだ若いでしょうかね。

最後の「聖歌四編」は元々一つの曲として作曲されたわけではなく、個別の4曲「アヴェ・マリア」「スターバト・マーテル」「処女マリア讃歌」「テ・デウム」を寄せ集めたもの。宗教曲としては盛りだくさんの内容となってます。ソプラノ独唱付きですが出番は少なく、オケも寡黙で、あくまで合唱に重きを置いた曲です。でもその合唱にアラが目立ってあまり上手くなかったのが難点。うーん、自分のための曲ではないかなあ。最後は爆睡してしまいました、すいません。宗教曲は鬼門じゃ。レクイエムとか、絶対に寝てしまうんですよねえ・・・。


BBC響/ビエロフラーヴェク/ピエモンテージ(p):マーラー「復活」ほか2012/12/01 23:59


2012.12.01 Barbican Hall (London)
Jiří Bělohlávek / BBC Symphony Orchestra
Guildhall Symphony Chorus
Francesco Piemontesi (piano-1)
Chen Reiss (soprano-2)
Katarina Karnéus (mezzo-soprano-2)
1. Schumann: Piano Concerto in A minor
2. Mahler: Symphony No. 2 in C minor (‘Resurrection’)

今シーズンからチェコフィルの首席指揮者に返り咲いた御大ビエロフラーヴェクは、BBC響のほうは桂冠指揮者(Conductor Laureate)に退きましたが、この6年で築いたオケおよび聴衆との信頼関係が何ものにも代え難い成果でしょうか、BBC響にしては珍しくソールドアウトの人気でした。

今日はシューマンのピアノ協奏曲とマーラー「復活」というヘビーなプログラム。いつも思うのですが、「復活」やる時はそれ1曲だけで十分じゃないのかなあと。それはともかく、今日のソリストはスイス人の若手ピアニスト、ピエモンテージ。まだ20代のわりにはずいぶんと落ち着いた佇まいです。ピアノも余裕のある演奏で、完成されたスタイルをすでに持っている様子。柔らかいタッチがちょっとルプーのようかなと思いました。ただし、上手いけどパンチがありません。曲によっては深い演奏を聴かせてくれそうだし、そういうのが好みの人もたくさんいるでしょうけど、私は若いなら何が飛び出すかわからない感じのピアニストのほうが好みですかね。あと気になった懸念は、オケが冒頭の木管からして音がくたびれていたことです。オケがハードスケジュールでお疲れなのか、それともビエロフラーヴェクがプラハとの行き来で忙しく、じっくり積み上げる時間がなかったか。


うーむ、ピンボケしかありませんでした…。

続く「復活」はロンドンで聴くのがこれで4度目ですが、過去3回はなぜか全てフィルハーモニア管(インバル、マゼール、サロネン)でした。ビエロフラーヴェク/BBC響のマーラーは昨年2月の第6番がたいへん良かったので期待していたのですが、ちょっと期待度が大きすぎたようです。冒頭から、予想通りゆったりとしたテンポで丁寧な進行でしたが、先ほどの懸念が的中、やっぱり各楽器の音に伸びがない。あえて朗々と弾かせず、ぶっきらぼうとも取れる表現に終始している印象でした。前の第6番のときは、何も足さない、何も引かない、あくまでスコアを丁寧に、忠実に、集中力を持って再現して行った結果、最後はまるで天からマーラーが降臨したような感動を覚えたのですが、第2番で同じようなアプローチだと結局曲の冗長さが際立ってしまってました。ぎくしゃくした進行に聴こえたのは、元々そういう曲だからであって、やはりそこは6番と比べては円熟度が違うんでしょうね。オケはうるさいくらいによく鳴っていましたが、ともかくテンポが遅かった。オケは途中で力尽き、終楽章では管楽器のピッチがずれてしまって痛々しかったので、もう早く終ってくれと思いながら聴いていました。

メゾのカルネウスは今年のプロムスの「グレの歌」にも出ていましたが、あまり印象に残ってません。音程が不安定であまり関心はしませんでした。ソプラノのレイスはイスラエル出身の若手で、すらっとした細身の美人系。終楽章のデュエットはカルネウスの調子も上がってきて、普通に良かったです。

コーラスはギルドホール音楽院の学生合唱団でしたが、これがなかなか侮れない完成度。コーラスの奮闘が救いとなり、後半はしっかり盛り上がりました。まあ、最後の一音はティンパニが飛び出しちゃいましたけど。それにしてもこの学生合唱団、ソプラノ、テナー、バス、アルトという並びでしたが、男女の境で接している若者達は例外なく舞台上でもおかまいなしにリラックスして談笑。うーむ、オジサンはうらやましいぞ。あと気になったのは、ソプラノに一人どう見ても男性が混じっていて、見た限りテナーがたまたまソプラノに混じって座っていたのではなくて、歌もソプラノパートを歌っているようでした。確かに、「ソプラノは女性に限る」という法律はないので、ソプラニスタとかカウンターテナーというのもあることですし、声さえ出れば男性がいても問題はないんでしょうけど、こんなのは初めて見ました。ソプラノでは、終楽章の途中で気分が悪くなったのか座り込んでしまってその後最後まで歌えなかった人がいたかと思えば、出番が来ても起立せず座ったままずっと歌い続けていた人もいて、プロの合唱団ではあり得ない光景が新鮮でした。


うーむ、ビエロさんの顔がまともに撮れてない…。カメラ代えようかな…。

チリー・ゴンザレス/BBC響:ラッパー・ピアニストのエンターテイメント2012/10/20 23:59


2012.10.20 Barbican Hall (London)
Chilly Gonzales (P)
Jules Buckley / BBC Symphony Orchestra
Joe Flory (Ds)

チリー・ゴンザレスはカナダ出身のヒップホッパー、プロデューサー、ソングライターにして、ピアニストでもある多彩な人です。自ら「音楽の天才」を標榜しているようです。会社の同僚が私の誕生日にプレゼントしてくれた「Solo Piano」というCDを聴くまで、実は名前すら知りませんでした。欧米では人気者のようでチケットは早々にソールドアウトでしたが、ある日たまたま1席だけリターンが出ているのを見つけて、面白そうだから思わずゲットしました。

スタインウェイのピアノにはマイクが取り付けられ、ピアノとドラムはPAを通した音になりますから、これは純然たるクラシックの演奏会とはやはり趣きが異なります。最初はスポットライトの下、ナイトガウンにスリッパ履きというリラックスした装いでゴンザレス登場、ピアノソロの曲を数曲弾きました。ボサノバ調の曲では合いの手のように鍵盤の蓋をカツンと胴体に当てたり(スタインウェイが・・・)、右手で和音を上昇させていくときC8の鍵を越えて鍵盤のないところまであえて叩いたり、床に座り込んで鍵盤を見ないで弾くとか、遊び放題。CDを聴いたときも感じたのですが、ピアノ自体は無味無臭で、ジャズの匂いもほとんどありません。「サティの再来」とか言われることもあるようですが、曲はどう聴いてもやっぱりポピュラーの範疇を出るものではなく、サティやショパンと言うよりも、ラテンの入ったリチャード・クレイダーマン。くさすつもりは毛頭ありませんが、ピアニストとしての技量も、真っ当なクラシックのプロ奏者と同じ土俵で論じるものではないでしょう。ただ、自分の表現手段としては自由自在にピアノを駆使していて、演奏は常にインプロヴィゼーション混じりで、それこそがこの人の持ち味かと。従ってCDよりもライブが真骨頂なのでしょうね。

続いてBBC響のメンバーとドラムの若者が登場。ドラムはアクリルの壁でぴっちり隔離されていて(真後ろでガンガン叩かれたら他の奏者がたまらんのでしょうね)、ちょっとかわいそうでした。オケが出てくるとちょっと肩の荷がおりたのか、ゴンザレスはマイクを握ってラッパーに転じます。ひとしきりエネルギーを発散させた後は、子供のころはひねくれていてメジャーの曲をあえてマイナーで弾いたりした、などと言いながら「ハッピー・バースデー」や「フレール・ジャック・マーチ」を短調にしてオケに演奏させてみたり、客席の女の子をステージに上げてスリーノートを弾かせ、それを元に即興してみたり、多彩なエンターテイメントを繰り広げます。

一応メインである彼の「ピアノ協奏曲第1番」は4楽章構成の20分くらいの曲でした。ニューエイジ系の癒される旋律で、形式はいたって単純なポップスの文法に則っていて、ピアノ協奏曲と名打つよりも「ゴンザレス組曲」とでも呼んだほうが内容的には適当でしょう。そうは言っても、前半に演奏してきた我が侭な自己表現と比べたら、すいぶんとよそ行きでかしこまった印象があり、正直あまり面白くなかった。終楽章、即興でやるカデンツが終りそうでなかなか終らず、オケがなかなか入れずに、指揮者も困った顔でいったん振り上げた指揮棒を下ろしてしまったり(実はこれも演出だったのかな?)、遊び心は忘れていませんでしたが。

この後はまたはしゃぐゴンザレスに戻り、チェロ、ヴィオラにクイーン「Another One Bites The Dust」のリフを弾かせて、マイケル・ジャクソン「Billy Jean」のベースラインを木管、ブリトニー・スピアーズ「Toxic」のフレーズをヴァイオリンで各々重ねて(やることのない金管は踊り担当)、自分はラップを歌うとか、客席まで出て行ってボディサーフィン(人ごみの上に乗って滑るように移動する)をやってみたり、普段のバービカンではなかなか見られない光景が新鮮でした。

ちょっと遅めの夜8時に始まったコンサートは、休憩無しのぶっ続け2時間で終ったらもう10時。ちょっと疲れましたが、本人はまだまだエネルギーが有り余っている感じでした。エンターテイナーとしての多才ぶりは確かに天才を自称するだけのことはあるなと。CDをくれた同僚は、彼のピアノソロは好きだけどラップは聴かない(聴きたくない)と言ってましたが、私的にはピアノソロだけではヒーリング過ぎて退屈、多分途中で寝ちゃったでしょう。


2012プロムス41:今年の超大作その2、シェーンベルク「グレの歌」2012/08/12 23:59


2012.08.12 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2012 PROM 41
Jukka-Pekka Saraste / BBC Symphony Orchestra
Angela Denoke (S/Tove)
Simon O'Neill (T/Waldemar)
Katarina Karnéus (Ms/Wood-Dove)
Neal Davies (Br/Peasant)
Jeffrey Lloyd-Roberts (T/Klaus the Fool)
Wolfgang Schöne (Speaker)
BBC Singers
BBC Symphony Chorus
Crouch End Festival Chorus
New London Chamber Choir
1. Schoenberg: Gurrelieder

昨日に引き続き、大作プログラムの連チャンです。「グレの歌」は無調に傾倒する前のシェーンベルク初期の代表作で、マーラー「千人の交響曲」に匹敵する大人数を要するので有名です。完成したのは「千人」の初演が大成功した翌年、つまりマーラーの没年(1911年)ですから、時代がこういう超大曲を求めていた、ということでしょうか。私がほぼ初めてこの曲を聴いたのは6年前のブダペストでギーレン/南西ドイツ放送響の演奏会だったのですが、一体どんな凄い曲だろうとワクワクしていたら、全奏で音圧がマックスになるのはほんのわずかの時間で、大半は室内楽的なものすごくエネルギー効率の悪い進行だったのに思いっきり肩透かしを食らいました。

指揮は元々は常任のビエロフラーヴェクが振るはずが、2週間ほど前にサラステに変更になりました。サラステは颯爽と格好の良いドライブ感が魅力の人で、期待通りにドラマチックでロマンチックな表現が、私には好ましかったです。BBC響も穴が無く最後まで集中力の切れない演奏はさすが。前に聴いた南西ドイツ響は貧弱な音色に白けた(淡々とドライ、とも言えないことはないですが)演奏が、「現代音楽の雄にしてこの程度か」と、がっかりした記憶が蘇りました。

演奏者数はオケもコーラスも昨日のベルリオーズのほうが多かったです。女声コーラスなんか、2時間近く待って最後の最後しか出番がないのでかわいそう。ヴァルデマール王役のテナー、サイモン・オニールは今年の正月の「マイスタージンガー」でも見ました。そのときは風邪で調子が悪かった(ということだった)のですが、この人は結局普段から声が弱く遠くまで届かない、ということが今日よくわかりました。アリーナの立見でかぶりつきでもない限りヴァルデマール王の歌を堪能するのは無理でした。トーヴェを歌うアンゲラ・デノケは2年前にROHで「サロメ」を聴いて以来でしたが、こちらは細い身体ながらコアのしっかりした歌唱で、表現も演奏に引きずられてか劇的で、聴き応えがありました。第一部終盤に歌う山鳩のカルネウスも切々とした情感が秀逸。しかし第一部が終ると出番の済んだ女声陣二人は退場し、代わりに出てきた農夫、道化師、語り手の野郎どもはどれも印象に残らず。語り手のシュプレヒ・シュティンメ、これだけはギーレンのときのほうがずっと上手かったです。

最後は音量もクライマックスに達し、それなりに盛り上がりますが、カタルシスというほどでもなく、頂点に登る手前でふっと力を抜くような終り方です。休憩なしで2時間たっぷり演奏しましたが、お尻が痛かったので休みが欲しかったです。お客さんの入りは残念ながらイマイチで、特にサークルは空席ばかりでした。みんなオリンピックの閉会式を見ていたのかな。



ピンボケしまくりですが、オニールとデノケ。

2011 BBC PROMS 56:BBC響/ビシュコフ/ゲルシュタイン(p):BBC響も後ろから見る2011/08/26 23:59


2011.08.26 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2011 PROM 56
Semyon Bychkov / BBC Symphony Orchestra
Kirill Gerstein (P-1)
1. R. Strauss: Burleske
2. Mahler: Symphony No. 6 in A minor

時差ボケがいまだに抜け切らず、夕方になると目と頭がお眠りモードに引き寄せられて行ってしまいますが、そんな中の本日はビシュコフ/BBC響のプロムス。前回のLSOと同じく、本拠地バービカンでは体験できないコーラス席での鑑賞です。

1曲目のブルレスケは初めて聴く曲でした。リヒャルト・シュトラウスらしからぬストレートにロマンチックなピアノ・ヴィルトゥオーソですが、主題を導くメロディアスなティンパニから始まって、最後はまたティンパニの一音で締めくくられるのが特徴的です。キリル・ゲルシュタインは、かのバークリー音楽院のジャズ科出身で、その後クラシックに転向したという異色のキャリアを持つロシア人ピアニストですが、ここに限らずどのホールでも、コーラス席はピアノが聴こえにくいのが最大の難点ですね。今日も残念ながらピアノがどうのこうのという以前の問題で、どんな奏者なのかあまりよくわかりませんでした。BBCのサイトでじっくり聴き直したいです。

メインのマーラー6番は、今年2月にビエロフラーヴェクの指揮で聴いた、同じくBBC響の好演が記憶に新しいところですが、やはり指揮者が違うと趣きが相当変わります。ビシュコフはとことん歌を歌わせ、大仰なタメを作って壮大に盛り上げるのが得意な人という印象なのですが、果たして今日も早めのテンポで行進曲がキビキビと開始され、第2主題の「アルマのテーマ」もたっぷりとベルカントでとっても感傷的。ドラマ性重視のロマンチックな演奏です。管楽器のベルアップとか、カウベルや鐘を叩く位置とか、細かいところはスコアに忠実でしたが、全体的なフレームはビシュコフ独自のものでした。オケはさすがに堅実、堅牢で、トランペットやホルンも1カ所音がつぶれた以外はほぼ完璧な演奏。ティンパニの音が軽いのがちょっと気に食わなかったですが。ハープが4本立っていたのは音的にもビジュアル的にも圧巻でした。

ビシュコフは過不足ない的確な棒振りで、音楽をドラマチックに盛り上げるのがやっぱり非常に上手い。20年前の私だったら熱狂した演奏でしょう。しかし何故か、2月に聴いたビエロフラーヴェクの丁寧に積み上げられた節度ある演奏が、むしろしみじみと思い出されました。私も年を取ったのかな…。

なお、中間楽章はスケルツォ→アンダンテの順、終楽章のハンマーは現行のスコア通り2回のみでした。3回目を叩く実演にはなかなか巡り会えないので今日は期待したのですが、ちょっと残念。そのハンマー、見かけは特大ながら、打ち付ける台に重みがなかったのか、台ごと跳ね上がっていて、音は見かけほど重厚ではありませんでした。


打楽器群はステージ下手側上段に固められていました。前後に並んだティンパニが新鮮です。

BBC響/山田和樹/ファウスト(vn):上々のロンドンデビュー2011/03/04 23:59


2011.03.04 Barbican Hall (London)
Kazuki Yamada / BBC Symphony Orchestra
Isabelle Faust (Vn-2)
1. Takemitsu: Requiem for String Orchestra
2. Thomas Larcher: Concerto for Violin and Orchestra (UK premiere)
3. Rachmaninov: Symphony No. 2 in E minor

BBC交響楽団が卓越した技量とアンサンブル力を持っていることはすでによくわかりましたが、問題は私の嗜好の琴線に触れるプログラムが少ないことで、特に家族連れで聴きに行くとなれば、適当な演奏会はますます見つからなくて困ってしまいます。そんな中でこの日は、メインがロマンチックなラフマニノフ2番だし、日本人指揮者だし、これならOKかと妻と娘を連れて聴きに行ってみました。

初めて見る山田和樹は、2009年ブザンソン国際コンクールで優勝した新進気鋭です。32歳と若いですが、見た目はさらに若く、今時のオタク少年風の顔立ち。日本人若手指揮者のロンドンデビューということで、普段は演奏会にあまり来ていなさそうな日本人グループの姿を多く見かけましたが、全体の客入りははっきり言うと冴えませんでした。

BBC Radio 3の生中継があったので開演は7時。司会者の解説に続いて、まず1曲目の武満「弦楽のためのレクイエム」。和洋問わず現代音楽は好んで聴く方じゃないので、武満も実はほとんど聴いたことがありません。ただしこの曲は現代音楽と言っても穏やかな主旋律に和声(不協和音ですが)が絡んで展開して行くシンプルな曲で、あっという間に終りました。うーむ、まだよくわかりませんが、山田はいかにも「コンクール優勝者の日本人指揮者」という感じにぴったりの、型にはまった教科書的な指揮をする人です。ただ、その童顔からは意外なほどに鋭い眼光が確認できました。

2曲目のラルヒャー「ヴァイオリン協奏曲」はUKプレミエとのことで、もちろん初めて聴きます。二部構成で25分、オケの編成は室内楽風の小規模ですが、アコーディオンやカリンバ(アフリカの打弦楽器)といった珍しい楽器が入っています。出だしはマイナースケールの下降音階が続き、調性音楽と思いきや、音量や音程の上昇・下降を繰り返しながら音楽が徐々に崩れていく様が面白い曲でした。独奏のイザベル・ファウストは長身で中性的な雰囲気があります。この曲の初演者ですがさすがに暗譜はしてないようで、大判1枚裏表に詰め込んだ楽譜を見ながら弾いていました。アコーディオンは2ndヴァイオリンの前の目立つ場所に陣取っていたわりには見せ場がなく、何だかよく分かりませんでした。第二部も冒頭は完全な調整音楽で始まって、徐々に音が腐って行くというか、怪しげな音楽へと変貌して行きます。ヴァイオリンの悲痛な高音が延々と鳴り響いて、うちの娘は「泥棒か強盗が来たような感じ」と表現していました。うむしかし、現代音楽は理解が難しいなあ。

メインのラフマニノフ2番は、一昨年にフィルハーモニア管で聴いて以来。昔は冗長で苦手な曲でしたが、数年前から突然マイブームになり、ピアノ協奏曲への編曲版なんて珍盤も買ってしまいました。ようやく馴染みのある曲が出てきて、山田和樹のお手並みを拝見、というところですが、まずこの人の指揮の姿はたいへん明快できびきびとしており、好感が持てました。きっちりと拍子を取り、主旋律をうるさいくらいに追いかけて、金管の咆哮では高らかにこぶしを振り上げ、弱音では唇に手を当てて、実にわかりやすい。昨日ゲルギエフの個性的な指揮を見たばかりですので余計にそう感じます。そういう指揮であったのと、やはり曲がラフマニノフだったので、旋律を追いかけて和声を付けるようなオールドスタイルな音楽の作り方で、何か「仕掛け」を入れてくる余地はなさそうでした。第1楽章最後の一音も、スコア通りにティンパニなし(一昨年のフィルハーモニア管では、いい味ナンバーワンのティンパニスト、アンディ・スミスがここぞとばかりに他の全ての音をかき消す強烈な一撃を打ち込んでいましたが)。

オケはいつものように誠実な演奏で、この若い指揮者を盛り立てます。よくまとまった弦のアンサンブル、滋味溢れた音色の木管(クラリネットも良かったけど、特にこの日はコールアングレが最高)、馬力のある金管(特にホルン)、全てに渡ってハイレベルでした。第2楽章スケルツォはテンポをこまめにいじって躍動感を際立たせてましたが、きめの細かいバトンテクニックに感心しました。有名な第3楽章では逆にオケを解放したような演奏でしたが、BBC響のクールな特質が生きて、旋律はよく歌っていてもベタベタと甘くならず、好ましい節度でした。終楽章は祝典が延々と続くような冗長な音楽ですが、とんでもない大音量でオケを鳴らし切り、前の楽章の旋律が次々と回帰される箇所でもテンションを落とさず朗々と歌い上げて、大らかな起伏を作っていました。

1曲目の後の拍手がちょっと寒かったので少し心配したのですが、全部終ってみれば大喝采で、いやはや、上々なデビューではないでしょうか。「トロンボーン!」「セカンドヴァイオリーン!」などと大声で各パートを一つ一つ呼んで立たせていたのが印象的でした。オケもこの若い指揮者との関係を大事にしている様子がうかがえました。プロファイルを調べると、この日がロンドンデビューですが、それ以前にヨーロッパデビュー(モントルー=ヴェヴェイ音楽祭)でもBBC響を振っているんですね。またすぐに客演してくれるでしょう。

BBC響/ビエロフラーヴェク:模範的なマーラー2011/02/02 23:59

2011.02.02 Barbican Hall (London)
Jiří Bělohlávek / BBC Symphony Orchestra
Lars Vogt (P-1)
1. Mozart: Piano Concerto No. 16 in D major, K451
2. Mahler: Symphony No. 6 in A minor

ロンドンのローカルオケで聴くマーラー6番シリーズ、と自分で勝手に命名しておりますが、第3弾はBBC交響楽団。今日はラジオのライブ中継があるのできっかり7時に開演でした。女性司会者の前口上に続き、独奏のラルス・フォークトとビエロフラーヴェクが登場。1曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲第16番、快活でシンフォニックな曲です。モーツァルトのピアノ協奏曲は時々聴く機会がありますが、私は全く思い入れがないので、集中力を持って批判的に聴くのではなく、いつもその音楽の中に無心でゆったりと身を置くことにしています。要は、心に引っかからないので聴き流してしまっているんです。今日もそんな感じでして、我ながらまことに失礼な態度だと思います。フォークトのピアノは硬質でちょっとクセがありそうですが、まあコロコロとモーツァルトらしい軽やかな演奏でした。

休憩後、7時50分くらいにマーラーの演奏が開始されました。ちょっと遅めのテンポで始まった行進曲風の第1楽章は、なかなか抑制が利いた冷徹な進行で、不必要に鋭い音や大きい音は各楽器で注意深く排除されています。意表を突かれましたが、実はこの冒頭はAllegro energico, ma non troppo(力強く快活に、しかしやり過ぎないように)でさらにドイツ語でHeftig, aber markig(激しく、しかしきびきびと)という分裂気味だけれども含蓄深い指示なので、この演奏のようなやり方がまさにマーラーが意図した模範的解答なのかもしれません。パートバランスが非常に丁寧に整えられており、第2主題のアルマのテーマも決して感情に流されず節度ある甘さで奏でられます。木管がまたスフォルツァンドやベルアップの指示を逐一、涙ぐましいほど忠実に守っていたのには感心することしきりでした。展開部の「遠くから響くカウベル」は、本当に遠くから(多分バルコニー席で叩いていたと思いますが私の席からは確認できず)聴こえてきました。行進曲が戻ってくる再現部になると、テンポはあくまで節度を保ちつつ徐々に音量を開放して行き、最後は圧倒的な音圧でピークを迎えてガツンと終了。思わず拍手をしてしまいそうな説得力ある盛り上げ方でした。

本日の中間楽章は最近の主流に倣いアンダンテ→スケルツォの順です。アンダンテは、これがまた情に流されない枯れた味わいの弦が実に心地良い。元々このアンダンテは好きな音楽なのですが、今日の演奏は大げさに甘く歌うことなく、むしろそうしないが故に逃げ道なく追い込まれた私の心を容赦なく打ってきました。これはまさに虚飾を排した音楽自体の力です。ヤラレタという感じです。この楽章の中間部のカウベルは他と違って「オーケストラの中で」というスコアの指示がありますが、打楽器奏者はステージ上に並べられたカウベルを、多分客席後方のカウベルと音量を合わせるためでしょうか、多少遠慮がちにコロンコロンと叩いていました。ここでもスコアへの忠誠は変わりません。ただし、大小6〜7個のカウベルを吊るしていて、実際に鳴らしたのは3個だけでしたので、リハで最終判断をしたのかもしれません。

次のスケルツォ、今度は早めのテンポでさっそうと始まりましたが、これもスコアのWuchtig, 3/8 ausschlagen ohne zu schleppen(力強く、引きずらない3/8拍子で)という指示を思い出せば、全くストレートな演奏です。ちまたのマーラー演奏で不自然に歪曲されたものがいかに多いか、思い知らされました。この楽章はこまめにテンポが動きますが、普段からきっちり信頼関係を築いているんでしょう、あれだけゆらしても節度を忘れず、指揮者とオケの呼吸が抜群に合っていました。

問題の終楽章、形式上は古典的ソナタ形式の構成ですが、内容は破天荒なので極めて難物、ヘタに触れれば火傷をします(笑)。ここでもあくまで冷徹さを失わず心憎いくらいに節度を持って進行しますが、もはや音量のキャップは被せず、金管は遠慮なく爆発します。オケが実に上手いです。さすがにトランペットが多少上ずる場面は2度ほどありましたが、このレベルで鳴らしながら破綻なく息切れもせずにやり抜いたのは生半可な実力ではありません。先日のロンドンフィルもかなりがんばってはいましたが、BBC響は完全にその上を行ってます。ハンマーは2回、「ズガァァァン」というインパクト抜群の重低音で、私が今まで聴いた中で最も理想に近い音だった、と言ってもよいかも。全体を通して節度を守り、要所でしか爆発させなかったおかげで、ラストの一撃も効果極大。どこを切ってもしっかりと練られた、私的にはかゆいところにいちいち手が届いた、理想的な名演でした。

カラヤンみたいに最初はカッコよくガッガッと突き進んだはよいが途中で道を見失ってしまう演奏も多い中、物語性に囚われることなく無心でスコアと対峙し、内在する純音楽的なフォルムを見事にあぶり出して目の前に見せてくれた今日の演奏は、心洗われる気分で心底感動しました。しかし、ビエロフラーヴェクとBBC響がここまでやってくれるとは、正直そこまでとは期待していなかっただけに、こういうのがあるから演奏会通いはやめられない訳だなあと再認識しました。

実は今、BBCのiPlayerでまさにこの演奏を聴きながらこれを書いていましたが、やはり生で聴くほどの感動はよみがえって来ませんね。ハンマーの重低音はもちろんのこと、デリケートに組み立てられた生のオケが奏でる空気はどうしても録音には収まり切らないものですね。仕方がないことですが。