インバル/都響:3連発の第1弾は、怒涛の「レニングラード」2018/03/20 23:59

2018.03.20 東京文化会館 大ホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
1. ショスタコーヴィチ: 交響曲第7番 ハ長調 Op.60 《レニングラード》

3月後半は怒涛のインバル3連発です。まず最初は、久しぶりの文化会館で、ショスタコの大作「レニングラード」。生演は2012年にロンドン・フィルとロシア・ナショナル管の合同コンサート(指揮は昨秋初来日したユロフスキ)で聴いて以来の、6年ぶりです。

花粉症ピークのこの季節、自分自身の体調も正直最悪に近かったのですが、ほぼ満員の聴衆は、何と静かなことよ。やはり、他ならぬインバル/都響のレニングラードだから足を運んでいる人が多いようです。そしてその期待どおり、音の厚み、バランスと音程のコントロール、どこを取っても申し分なしの一流の演奏でした。都響のインバル・マジックとでも言うのか、実際ここまで着いてきてくれるオケに対して、インバルも満足だったことでしょう。演奏解釈は後半に重点を置く戦略で、有名な第1楽章などはけっこう軽やかに高速で駆け抜け、空虚にオケを鳴らしまくっていましたが、第3楽章の彫りの深い表現との対比がたいへん効果的でした。終楽章の最後までへばることなく音を出しきり、薄っぺらさから濃密さへの変化をきっちりと付け切る、メリハリの効いた演奏には感心するするばかりでした。このテンションで、もう82歳になってしまった巨匠インバルの身体がもつのだろうかと、ちょっと心配です。

インバル/都響/タロー(p):タローのメローなショスタコと、壮大なる「幻想交響曲」2018/03/26 23:59

2018.03.26 サントリーホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
Alexandre Tharaud (piano-1)
1. ショスタコーヴィチ: ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 Op.102
2. ベルリオーズ: 幻想交響曲 Op.14

怒涛のインバル第2弾。まず1曲目のショスタコは、ディズニーの「ファンタジア2000」で使われ、知名度が一気に上がった曲です。前に聴いたのはちょうど8年前、カドガンホールのロイヤルフィル演奏会でした。このときはこの曲を献呈された息子マキシムが指揮の予定が、病気でキャンセルになり残念だったのを覚えています(というか演奏はよく覚えていない…)。

まず何より驚いたのは、タローがiPadを譜面として使用していたこと。私もご多分にもれず、IMSLPからパブリックドメインのPDFスコアを大量にダウンロードし、iPadで眺めたりはしていますが、奏者が演奏用の譜面として使うのは初めて見ました。確かに合理的な利用法ですが、譜めくりはどうするんだろうと。オペラグラスで注視していたところ、ジャストのタイミングで譜面が素早くめくれていってました。タローが自分で操作しているようには見えませんでしたが、果たして舞台袖から譜めくりサポートの人が遠隔操作できるのか?Bluetoothは、まあ仕様上舞台袖でも距離は届くのかもしれませんが、いろいろと事故が起こりそうで、私なら怖いから真横に座って操作してもらいます。後で調べてみたら、譜面として使用するためのiPadアプリは以前からあり、首の動き等で演奏者が自分で譜めくりもできるそうです。とは言え、タローがいちいち首をかしげていたようにも見えなかったので、よっぽど微妙な動作で譜めくりができるとなると、やっぱりめくれないとかめくり過ぎとかの事故が怖いなあと。

ということで、正直、演奏内容よりもiPadの操作のほうに注意が行ってしまったのですが、初めて聴くタローは、思ったより小柄で細身。年齢よりずっと若く見えます。いかにもショパンなんかをさらさらと弾きそうな感じで、パワー系とは真逆のタイプに見え、よく鳴っていたオケに押される局面もありましたが、終始マイペース。オケに引きずられることもなく軽快に弾き抜き、第1楽章などはむしろアチェレランドを自ら仕掛けたりもしてました。第2楽章はショスタコらしからぬメロウな音楽で、コミカルな第1、第3楽章との対比が面白いのですが、よほど好きで自信があるのか、アンコールはこの第2楽章を再度演奏していました。

あと気になったのは、インバルの指揮台が正面ではなく左向きに角度を付けてあって、見据える先はホルン。この日は確かにホルンが全体的にイマイチで、迫力に欠けるし、音は割れるし、音程も危うく、足を引っ張っていました。他のパートも顔を見るとトップの人が軒並みお休みのようで、「若手チャレンジ」のような様相でした。

「幻想」も久しぶりだなと思って記録を辿ると、前回は6年前、ドヴォルザークホールで聴いたインバル/チェコフィルでした。前はざっくりとした印象しか残っていないのですが、小技に走らず、大きなメリハリのつけ方を熟知している正統派の名演だという感想は、今回もほぼ同じでした。チェコフィルの滋味あふれる音色とは比べられませんが、オケの鳴りっぷりと重厚な低音は都響が勝っていました。遠くから聞こえる(はずの)オーボエと鐘がけっこう近かった他は、何一つ変わったことはやっていませんが、いつの間にか引き込まれてしまう、嘘ごまかしのない正面突破の演奏でした。

インバル/都響:完成された「未完成」と「悲愴」@ミューザ川崎2018/03/31 23:59



2018.03.31 ミューザ川崎シンフォニーホール (川崎)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
1. シューベルト: 交響曲第7(8)番 ロ短調 D759 《未完成》
2. チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 Op.74 《悲愴》

怒涛のインバル第3弾の最終回は、個人的には自分自身も川崎勤務から離れる最終日に、ミューザ川崎という恰好のお膳立て。今回のインバル3連発はどの曲もそうでしたが、未完成、悲愴ともに聴くのは久しぶりで、未完成は2009年のハイティンク、悲愴は2012年のゲルギエフ、いずれもロンドン響で聴いて以来の超久々です。

未完成は昔からどうも苦手な曲で、好んで聴きに行くことは絶対にありませんので、こういう風におまけ的に聴くことがあるくらいです。苦手な理由は、この曲がまさに「未完成」であることが一つの要因と思います。この後、終楽章あたりで壮大なカタルシスが待っている展開であれば、退屈な前半も捉え方が全然変わってきて、まだ我慢ができるのかもしれませんが、ここで終わってしまうと「え、本当にこれだけ?」と。自分の中の「興味なし箱」の奥底に入れてしまい今に至る、という感じです。そんな程度の関心しかないので、花粉症の薬でぼーっとしていたこともあり、あー今日も重厚に始まったなーと思っているうちに、気がつけば終わっていました。

気を取り直してメインの「悲愴」。昔部活で演奏したことがあり、細部まで一応今でも頭と身体が覚えています。インバルはあまりチャイコフスキーというイメージがありませんが、やはり低弦をきかせ、金管を鳴らしまくるた派手な音作りではあったものの、感傷を極力抑えた理知的な演奏でした。いくつかタメるところを決めて、逆にそれ以外はインテンポで走り抜けるという、インバルならではのメリハリの作り方で、なおかつそのタメる箇所が独特なのが、インバルの個性になっています。第3楽章もオケを相当に鳴らしまくって盛り上がり、おかげで楽章エンドで数人が拍手、しかも一人はブラヴォー付きというオチまで付きました。日本人が、本当につい思わず「ブラヴォー」と叫んでしまう局面って、人生で数回あるかないかだと思うので、その人はよっぽど感動したのでしょうね。ただ、オペラはともかく、悲愴のようなシンフォニーでこれをやられると、その後の緊張感がずいぶん削がれていやな気分が残るので、ブラヴォー言いたいだけの人はもっと場所を選んで出かけて欲しいと、個人的には思います。

おまけ。満開のピークを過ぎた、線路沿いの桜。