イブラギモヴァ・トリオ:最初期のドビュッシーと、創成期のラヴェル2026/06/15 23:59



2026.06.15 Wigmore Hall (London)
Alina Ibragimova (violin)
Christian Poltéra (cello)
Cédric Tiberghien (piano)
1. Debussy: Piano Trio in G (1880)
2. Ravel: Piano Trio in A minor (1914)

4月にここウィグモア・ホールでソロリサイタルを聴いたセドリック・ティベルギアンと、長年のパートナーであるアリーナ・イブラギモヴァ、さらにスイス人チェリストのクリスティアン・ポルテラが集ったピアノ・トリオの演奏会。普段行かない室内楽のチケットをなぜ取ったかと言えば、この演奏会が午後1時からのランチコンサート的な位置付けで、時間が短くチケット代も通常より安かったことと、何よりアリーナとティベルギアンのペアを生で聴いてみたくなったからです。

このトリオは、トリオとして特にパーマネントな活動をしているわけではなさそうです。年齢は、ティベルギアン51歳、ポルテラ49歳、アリーナ40歳ですが、やはり若き天才肌のアリーナをベテランおじさんたちが支える図式に見えてしまいますので、ピアノ・トリオでありながら、「ティベルギアン・トリオ」よりも「イブラギモヴァ・トリオ」と呼ぶ方がしっくりくる気がします。実際、チケット上に書かれていたのもアリーナの名前のみ。

さて、元々室内楽は守備範囲外のうえ、三重奏曲と言って頭に浮かぶ曲はほぼ皆無。2022年の第2回「松村賞」受賞作品演奏会を聴いた際も、このときの応募の縛りは「三重奏」だったのですが、受賞作にスタンダードなピアノ、ヴァイオリン、チェロの構成はほとんどなく、何の参考にもなりません。この程度のバックグラウンドしか持っていませんので、三重奏曲の聴き方や演奏の良し悪しなどまるでわかっていないのはご容赦。

1曲目はドビュッシーが18歳のとき、チャイコフスキーのパトロンで有名なメック夫人のために書かれた曲という史実の伝承はあったものの、フルスコアは作曲者の死後60年以上経ってからようやく発見され、若干の補筆を経てちょうど40年前の1986年に出版された曰く付きの曲とのこと。キャリア最初期の作品であり、いわゆるドビュッシーらしいメロディやハーモニーはほとんど見られませんが、多分当時の聴衆からすると、早熟の若者によるちょっぴりモダンなロマン派音楽、というふうに聴こえたのではないかと思います。

アリーナは過去2012年と2017年に聴いていますので、9年ぶり。素朴な童顔がチャーミングなピチピチの若手、というイメージだったのですが、やはり40歳になった今はだいぶベテランの風格が出てきています。非常に澄んだ音で瑞々しく進むかと思いきや、急に意図的な「荒れ」を入れてきたり、表現の振り幅が大きいヴァイオリンです。しかしチェロはでしゃばらずに終始大人の落ち着きで、ピアノも弦の二人をまとめて包み込むような角が取れてふっくらとした演奏。この3人での理想のバランスに到達していたと思います。全体としては、丁々発止の緊張感よりはもっと調和的な和やかさと統一感を醸し出していました。

ラヴェルのほうの三重奏曲は、こちらは作曲者が第一次大戦に従軍する直前の、作曲家としてまさに豊かな着想と意欲がみなぎっていた時期の作品なので、ラヴェルっぽい色彩感とリズムが随所で聴かれる佳作です。バスク地方の舞曲をヒントにしたと言われる、いかにも民謡調のペンタトニックなテーマで始まりますが、途中の展開が予想を裏切り、まるでピアノ協奏曲を聴いているかのような重層的でとても一言で言えない音楽。息がぴったり合っているのと、さっきと同じく絶妙なバランスで響かせるので、ホールの音響も相まってとても3人とは思えない音場が隅々まで伝播していました。ここは本当に音が良いホールで、どの楽器も粒立ちよく聴こえる分、誤魔化しが効かない怖さもあると思うのですが、この人たちにはもちろん心配ご無用、ハイクオリティの三重奏を聴かせていただきました。ピアノとヴァイオリンまたはチェロのデュオよりも、弦楽四重奏よりも、この三重奏という形態は自分にとって染み込みやすい室内楽のジャンルかもという予感があり、もっと研究をして臨まないといけないなあと思った次第です。