スティーヴ・スミス&ヴァイタル・インフォメーション@ロニー・スコッツ ― 2026/06/27 23:59

2026.06.27 Ronnie Scott’s Jazz Club, Main Stage (London)
Steve Smith & Vital Information
Steve Smith (drums, konnakol)
Manuel Valera (piano, Fender Rhodes, Hammond B3 organ, synths)
Janek Gwizdala (electric bass)
1ヶ月ぶりのロニー・スコッツは、スティーヴ・スミスがジャーニー在籍時の1983年に結成したジャズ・フュージョンバンド、ヴァイタル・インフォメーション。ジャズドラマーとしてステップス・アヘッドやプレイヤーズでの活躍も評価されつつ、基本的にはやっぱり「元ジャーニー」という肩書きで語られる人で、ヴァイタル・インフォメーションがスティーヴ以外のメンバーはガラリと入れ替わりつつも40年以上に渡って商業的に活動できているのは、ひとえにその看板があってのことなんじゃないかと思います。
ロニー・スコッツ初心者につき色々試しているところ、今日はあえてRestricted Viewの席にしてみました。前回のStandard席は肝心のドラムが柱の影で見えず欲求不満が残ったので、ちょっと不安を感じていましたが、今日はステージにグランドピアノが入ったおかげでドラムの位置が変わり、柱に遮られることなく見通せるようになったのがラッキーでした。Sonorのドラムにジルジャンのシンバルを合わせたセットは、シンバルの位置も低く、至ってコンパクトでオーソドックス。特徴といえばブラシ用にスネアが二つあったことくらいでしょうか。
スティーヴ・スミスの生ドラムを聴くのは初めてですが、ドラムスタイルはジャーニーの面影など全くない、完全なジャズドラマーでした。ジャーニー時代のプレイはレコードで刷り込まれるほど聴いていますが、シンプルにビートを刻みつつも、安定したグルーヴ感が心地よい、非常に基本がしっかりしている(とアマチュアが評価するのも失礼ですが)ラウド系ロックドラマーという印象でしたが、リアルなスティーヴは、音が特別ラウドなわけでもなく、頻繁にグリップをマッチドからレギュラーに持ち替えて、ブラシも多用し、プレイ自体は既存のジャズプレイからはみ出ない極めてスタンダードなスタイル。この人しかできない、というような特殊技術のスーパープレイはない代わりに、手数自体は多いので全体的に「脈絡なく音が多くてうるさいドラム」という印象を持ちました。
曲はヴァイタル・インフォメーションのアルバム(いっぱいあるんですね、知りませんでした)からの選曲のほか、ステップス・アヘッド「Sumo」、サウンドガーデン「Black Hole Sun」のカバーに加えて、ジャーニーの「Don't Stop Believin'」「Who's Crying Now」もカバーしてました。ただしジャーニーはほとんど原型を留めないジャズアレンジで、言われなかったらわからないかも、というレベルのカバーでしたが。ドラムスタイルは全く変わっても、やはりジャーニーの看板は捨てられません。
ヴァイタル・インフォメーションのバンド歴は40年以上あるものの、現在のメンバーは2020年から。初期にはマイク・スターン、フランク・ギャンバレといったスーパーギタリストが参加していましたが、今はピアノトリオの編成です。ピアノとキーボードのマヌエル・バレラはキューバ出身、シンセの音作りがちょっと濁っている気がしました。ベースのヤネク・グウィズダラは、名前はポーランド系ですがイギリス出身の人気ベーシストとのこと。いずれにしてもこのバンドはスティーヴ・スミスが中心であってほかのメンバーはあくまで彼のサポートに徹することを要求され、スリーピースとしてのバランスは悪く、スリリングさに欠ける気がしました。先日のデイヴ・ウェックルは実質のリーダーがベースのトム・ケネディでしたので、ドラムをフィーチャーしつつも緊張感あるバランスを保っていたと思いました。もちろんスティーヴ・スミスの卓越したテクニックとコナッコル(口ドラム)は一聴の価値があると思いましたが、またぜひ聴きたいかと言うと…。すいません。
とこれを書いている今、ちょうどテレビで「Separate Ways」のビデオクリップが流れていて、見入っていますが、スティーヴは当時からレギュラーグリップ中心で、バンドでも一番長髪だったんですねえ…。今はその片鱗なくツルツルのボールドヘッドですがww。
おまけ。チャイナタウンはお祭り。

イブラギモヴァ・トリオ:最初期のドビュッシーと、創成期のラヴェル ― 2026/06/15 23:59

2026.06.15 Wigmore Hall (London)
Alina Ibragimova (violin)
Christian Poltéra (cello)
Cédric Tiberghien (piano)
1. Debussy: Piano Trio in G (1880)
2. Ravel: Piano Trio in A minor (1914)
4月にここウィグモア・ホールでソロリサイタルを聴いたセドリック・ティベルギアンと、長年のパートナーであるアリーナ・イブラギモヴァ、さらにスイス人チェリストのクリスティアン・ポルテラが集ったピアノ・トリオの演奏会。普段行かない室内楽のチケットをなぜ取ったかと言えば、この演奏会が午後1時からのランチコンサート的な位置付けで、時間が短くチケット代も通常より安かったことと、何よりアリーナとティベルギアンのペアを生で聴いてみたくなったからです。
このトリオは、トリオとして特にパーマネントな活動をしているわけではなさそうです。年齢は、ティベルギアン51歳、ポルテラ49歳、アリーナ40歳ですが、やはり若き天才肌のアリーナをベテランおじさんたちが支える図式に見えてしまいますので、ピアノ・トリオでありながら、「ティベルギアン・トリオ」よりも「イブラギモヴァ・トリオ」と呼ぶ方がしっくりくる気がします。実際、チケット上に書かれていたのもアリーナの名前のみ。
さて、元々室内楽は守備範囲外のうえ、三重奏曲と言って頭に浮かぶ曲はほぼ皆無。2022年の第2回「松村賞」受賞作品演奏会を聴いた際も、このときの応募の縛りは「三重奏」だったのですが、受賞作にスタンダードなピアノ、ヴァイオリン、チェロの構成はほとんどなく、何の参考にもなりません。この程度のバックグラウンドしか持っていませんので、三重奏曲の聴き方や演奏の良し悪しなどまるでわかっていないのはご容赦。
1曲目はドビュッシーが18歳のとき、チャイコフスキーのパトロンで有名なメック夫人のために書かれた曲という史実の伝承はあったものの、フルスコアは作曲者の死後60年以上経ってからようやく発見され、若干の補筆を経てちょうど40年前の1986年に出版された曰く付きの曲とのこと。キャリア最初期の作品であり、いわゆるドビュッシーらしいメロディやハーモニーはほとんど見られませんが、多分当時の聴衆からすると、早熟の若者によるちょっぴりモダンなロマン派音楽、というふうに聴こえたのではないかと思います。
アリーナは過去2012年と2017年に聴いていますので、9年ぶり。素朴な童顔がチャーミングなピチピチの若手、というイメージだったのですが、やはり40歳になった今はだいぶベテランの風格が出てきています。非常に澄んだ音で瑞々しく進むかと思いきや、急に意図的な「荒れ」を入れてきたり、表現の振り幅が大きいヴァイオリンです。しかしチェロはでしゃばらずに終始大人の落ち着きで、ピアノも弦の二人をまとめて包み込むような角が取れてふっくらとした演奏。この3人での理想のバランスに到達していたと思います。全体としては、丁々発止の緊張感よりはもっと調和的な和やかさと統一感を醸し出していました。
ラヴェルのほうの三重奏曲は、こちらは作曲者が第一次大戦に従軍する直前の、作曲家としてまさに豊かな着想と意欲がみなぎっていた時期の作品なので、ラヴェルっぽい色彩感とリズムが随所で聴かれる佳作です。バスク地方の舞曲をヒントにしたと言われる、いかにも民謡調のペンタトニックなテーマで始まりますが、途中の展開が予想を裏切り、まるでピアノ協奏曲を聴いているかのような重層的でとても一言で言えない音楽。息がぴったり合っているのと、さっきと同じく絶妙なバランスで響かせるので、ホールの音響も相まってとても3人とは思えない音場が隅々まで伝播していました。ここは本当に音が良いホールで、どの楽器も粒立ちよく聴こえる分、誤魔化しが効かない怖さもあると思うのですが、この人たちにはもちろん心配ご無用、ハイクオリティの三重奏を聴かせていただきました。ピアノとヴァイオリンまたはチェロのデュオよりも、弦楽四重奏よりも、この三重奏という形態は自分にとって染み込みやすい室内楽のジャンルかもという予感があり、もっと研究をして臨まないといけないなあと思った次第です。

ロンドン響/パッパーノ:MTTに捧ぐ、エニグマ変奏曲とマーラー第5番 ― 2026/06/11 23:09

2026.06.11 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
1. Elgar: Variations on an Original Theme, ‘Enigma’
2. Mahler: Symphony No. 5
今日は今年4月に亡くなった桂冠指揮者、元首席指揮者のマイケル・ティルソン・トーマス(MTT)に捧げる追悼演奏会ということになり、開演前にパッパーノ及び理事長(その後第2ヴァイオリンで演奏にも参加)の挨拶がありました。
1曲目「エニグマ変奏曲」を前に聴いたのは2012年のティッチアーティ/LSOの女王降臨演奏会でしたので14年ぶりです。MTT追悼ということで気合いがみなぎるパッパーノ大将、いつにも増してドラマ仕立ての作り込みでした。ナイジェル・トーマスのティンパニが冴え渡り、ドラマチックな盛り上げに貢献します。
メインのマーラー第5番も久しぶりで、10年前、2016年の山田和樹/日本フィル以来です。こちらもメリハリ強めの演奏で、ホーンセクションの馬力に感服しました。トランペット、トロンボーンは言うまでもなく完璧な仕上がりで、ここ最近ピリッとしなかったホルンも、まあやっぱりもつれてしまってピリッとしない箇所もあるにはあったのですが、それで萎縮せず6人が一丸となって思い切りよく吹き切った結果、金管は圧倒的な迫力バランスで鳴り響き、最後まで馬力が落ちなかったのはさすがです。第5番はマーラーの中では3管編成+α、ティンパニも一人と、相対的には少ない人数で演奏する曲なのですが、それでいてこの音の洪水感は凄いです。ただ、メリハリの中でアクセルをかける部分はイケイケドンドンで良かったのですが、ブレーキをかけなくてはならない部分は逆に引っ張りすぎで胃もたれがして、この曲の冗長さが際立ってしまう演奏だったかなと思います。
OAE/ラトル:古楽器集団とは思えない音圧のベルリオーズ「ハロルド」「幻想」 ― 2026/06/10 23:59

2026.06.10 Royal Festival Hall (London)
Sir Simon Rattle / Orchestra of the Age of Enlightenment
Timothy Ridout (viola-1)
1. Berlioz: Harold in Italy
2: Berlioz: Symphonie fantastique
フィルハーモニア管が今年で創立80年なら、OAEはその半分、創立40年の記念イヤーだそうです。去年の5月に出張のおり聴いてから1年ぶりになります。今日はサー・サイモンが客演指揮なのでソールドアウト、かと思ったらそうでもなく、リアストールにごそっと空席があったのは団体のキャンセルでもあったのでしょうか。
OAEは本来古楽器の演奏集団なので、バロック期からせいぜいハイドン、モーツァルトくらいまでの古典期の管弦楽を小編成で演奏するのが通常モードなのですが、その固定観念に収まらない企画や共演も毎シーズンたくさん行っているところがユニークで、ラトルは頻繁に客演していますし、ベルリオーズは時代考証的にはそんなにターゲットから外れてはいないものの、やはり今シーズン随一の刺激的なプログラムです。幻想交響曲の古楽器演奏は、ガーディナー/ORR、ロト/ル・シエクルのレコーディングが有名ですが、元祖を辿ると1988年のノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(LCP)が一番最初のはずです。そのLCPはOAEに吸収されて今はもうありませんので、今日のOAEは元祖の血脈を引き継ぐ演奏と言えるでしょうか。
その前に、1曲目はヴィオラ独奏を伴う交響曲「イタリアのハロルド」。実は生演で聴くのは初めてでした。ステージを見て、このオケでは見たことない大人数が乗っていてびっくり。正規の団員だけでこの人数が集められるとは到底思えないのですが、普通のオケと異なり、特に管楽器は楽器自体が違うからエキストラを呼んでくるのも相当たいへんなのではないかと心配しました。最初、ラトルが一人で出てきたので「あれっ」と思ったら、演奏が始まってからソリストが上手から静かに登場、木管と打楽器の間をゆっくりと歩いていき、ハープの横でヴィオラソロを弾き始めました。しかしそこが定位置ではなく、演奏中にうろうろと舞台上を動き回り、いろんなところでソロを弾きます。OAEのオケメンバーが基本ノン・ビブラート奏法なのに対し、ソリストのリダウトは普通にビブラートをかけていて、あくまで素朴で優しい音色のオケの上にロマンチックなヴィオラソロが乗っていく、そのコントラストが今日の場合は非常に良かったです。弱冠31歳の若手、リダウトは舞台上を歩き回りながらも終始無表情で、協奏曲で自分のソロを聴かせるというよりは、ハロルドという役に入り切っている役者のようでした。
この曲はヴィオラ協奏曲のような形をしていながら、ヴィオラの出番がどんどん少なくなっていって、最後は殺されて退場してしまうのが特徴というか、この曲が滅多に演奏されず、さほどの人気もない理由になっていますが、はたして終楽章の途中、リダウトはずいぶんと早めにステージ下手から出ていってしまい、このあとどうするんだろうかと訝っていたら、最後はGreenサイド(上手側)のボックス席まで行って弾いていました(ちょうど頭上だったので姿は全く見えず)。その後のクライマックスは、このオケでは珍しいほどの音圧を感じる熱気でフィナーレを迎え、やんやの喝采。やはりラトルは何か仕掛けてきますが、良いパフォーマンスだったと思います。放送や録音はなさそうだったのが残念。

メインの「幻想交響曲」は、去年の11月にここでパヤーレ/フィルハーモニア管の演奏会を聴いて以来です。もちろん、指揮者はラトルだし、オケは古楽器集団のOAEだし、位置付けはずいぶんと違います。今日はトラも含めて大人数がステージに乗っており、元々そんなに精緻なアンサンブルを売りにしていたオケでもないので、縦の線はだいぶ甘かったです。第1楽章、譜面を立てずに暗譜で臨むラトルは、オケを振り落としても我が道を行く揺さぶりモード。古楽器だからとか客演だからとか、全く関係ありません。一方のOAEは古楽器ゆえの機能性の悪さがあり、実際、危うい場面はいくつもあり、崩壊しなかったのは奇跡でした。なお、古典的フォーマルを重視し、テーマのリピートはしっかりやっていました。
第2楽章はコルネットありのバージョン。ただ、自分席からは見えず(泣)。4台のハープが圧巻でした。終盤でオーボエが静々と上手に消えていき、第3楽章のコーラングレとのかけ合いは舞台袖から吹いていましたが、最後のほうにはいつのまにか戻ってきていました。テンポを頻繁に揺さぶるラトルのタクトで終始描写的に緩急をつけて盛り上げ、このともすればお眠りタイムになりがちな楽章を飽きさせないのはさすが。終盤のティンパニ四重奏はただでさえ小さい手回しティンパニを前に打楽器の女性奏者2名を加えてところ狭しと立ち、硬質のバチで落雷効果をバランスよく演出していました。
古楽器という特質でもあるのか、音が荒れてきていたのでここでラトルは一旦指揮台を下り、全体のチューニングを確認。気を取り直して第4楽章、けっこう早めのテンポでしたが冒頭のティンパニは基本に忠実に片手6連符で叩いていました。ここから登場するシンバルは小ぶりながら非常に澄んだ良い音。大太鼓も口径は小ぶりで胴が深い櫓太鼓のような外見で、こちらは腹に響いてくるような低音は出ない代わりにアタックの鋭い弾丸系の音でした。一方のラストの小太鼓2台はどちらもスコアに忠実に、通常のスネアドラムではなく深銅のミリタリードラムを使用。この楽章は特に4人のファゴットがめちゃきつそうで、ラトルも容赦なくアクセルをかけるものだからほとんど振り落とされる寸前でした。
終楽章も古楽器だからというよそ行き顔はなく、ラトルならではのメリハリの効いた、我が道を行く演奏でした。特に最後の畳み掛けは見事というしかなかったです。舞台裏から聴こえる鐘(チャイム)はなぜかタイミングが合わず、何度もずれていましたが、モニタがなかったんですかね?クラリネットがキツさのあまりヤケクソ気味にサバトのロンドを吹いていたのは猟奇的な感じがして良かったです。終盤に弓の裏の木で弦を叩くコル・レーニョ奏法は、ちゃんとやらずに弓の先の方で弾くのでごまかしていましたが、うーむ、高価な弦楽器が痛むのを避けたかったんですかねえ。なお、今はチューバで代用するのが普通のオフィクレイドは自分の席から見えず確認ができませんでした。
LSOオン・フィルム:超大作SF映画がこれでもかと押し寄せる ― 2026/06/07 23:59

2026.06.07 Barbican Hall (London)
LSO on Film: Blockbusters
Dirk Brossé / London Symphony Orchestra
Craig Ogden (guitar-20)
1. John Williams: Superman March from ‘Superman’ (スーパーマン, 1978)
2. Patrick Doyle: Can You See Jane and Thor Kills the Destroyer from ‘Thor’ (マイティ・ソー, 2011)
3. James Horner: Aliens Suite No 1: Main Title and Ripley’s Rescue from ‘Aliens’ (エイリアン2, 1986)
4. Alexandre Desplat: Excerpts from ‘The Twilight Saga: New Moon’ (ニュームーン/トワイライト・サーガ, 2009)
5. Simon Franglen: Pandora Suite from ‘Pandora – The World of Avatar‘ (World Premiere) (アバター, 2009)
6. Philippe Rombi: Excerpts from ‘Adventure Way Symphonic Suite’ (戦場のアリア, 2005)
7. John Williams: Start Wars: Galaxy’s Edge (Tanglewood version) (スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け, 2019)
8. William Ross: Skull Island: Reign of Kong (キング・コング, 2005)
9. Alan Silvestri: End Titles Suite from ‘Who Framed Roger Rabbit?’ (ロジャー・ラビット, 1988)
10. Patrick Doyle: The Games and Merida’s Home from ‘Brave’ (メリダとおそろしの森, 2012)
11. Romain Trouillet: Suite for Orchestra from ‘Asterix: The Kingdom of Nubia’ (World Premiere) (アステリックスとヌビア王国, 2026)
12. John Williams: Star Wars Suite No 1: Main Title from ‘Star Wars: A New Hope’ (スター・ウォーズ, 1977)
13. James Horner (arr Nikiforos Chrysoloras): Samuel’s Death from ‘Legends of the Fall’ (レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い, 1994)
14. James Horner: For The Love Of A Princess from ‘Braveheart’ (ブレイブハート, 1995)
15. Cho Young-Wuk and Lee Myoung Ro: A Long Journey from ‘Harbin’ (ハルビン, 2024)
16. Alexandre Desplat: Excerpts from ‘Harry Potter and the Deathly Hallows’ (ハリー・ポッターと死の秘宝, 2010-2011)
17. John Williams: Dobby The House Elf from ‘Harry Potter and the Chamber of Secrets’ (ハリー・ポッターと秘密の部屋, 2002)
18. Patrick Doyle: Potter Waltz from ‘Harry Potter and the Goblet of Fire’ (ハリー・ポッターと炎のゴブレット, 2005)
19. Patrick Doyle: La Valse de L’Amour and Pumpkin Pursuit from ‘Cinderella’ (シンデレラ, 2015)
20. Trevor Jones: Will and Anna from ‘Notting Hill’ (ノッティング・ヒルの恋人, 1999)
21. Trevor Jones: Movement 3 from ‘The Dark Crystal Suite’ (ダーク・クリスタル, 1982)
22. John Williams Raiders March from ‘Raiders of the Lost Ark’ (レイダース/失われたアーク, 1981)
12月の映画音楽特集が古き良き黄金時代のハリウッドを懐古したのに対し、今日はLSOが関わった映画音楽の中でもいわゆる「ブロックバスター(超大作)」を集めた企画です。タイトルを見ると著名なハリウッド映画がズラリ。やはりSF映画に偏っている気もしますが、実際自分が映画館でちゃんと観たことがあるのは「スター・ウォーズ」「レイダース」「エイリアン2」の3つ。テレビ、レンタルビデオ、フライトで観たのを含めても「ハリー・ポッター」シリーズ、「ノッティング・ヒルの恋人」「キング・コング」が加わるくらいですので、著名作をそんなにカバーできていない自分にがっかり。とはいえ、ラインナップをよく見ると、5〜8はテーマ・パークのために再編集された音楽ですし、これから公開される「アステリックスとヌビア王国」や、「ハルビン」みたいな抗日クセモノ映画もしれっと入っています。
指揮者のディルク・ブロッセはベルギー人で、自身も映画やミュージカルの音楽を作曲する人のようです。棒を使わない指揮も堂々としたもので、迷いがなく思い切り良くズバッとリードするその指揮ぶりは、オハコなので余裕のドヤ顔で演奏するLSOとよくマッチし、結構演奏が難しい曲も多々あったと思うのですが、総じてハイクオリティをキープし、心地よく聴き通すことができました。
超大作映画の音楽なので派手さが命みたいなところはあり、使われる打楽器群も多彩です。打楽器はティンパニを除いて6人もおり、曲ごとに担当楽器が入れ替わるので曲が始まってから慌てて場所を移動したりと、たいへん忙しそうでした。途中、ハチャトリアン「ガイーヌ」のアダージョが聴こえてきて、おや、今日のプログラムに「2001年宇宙の旅」はあったっけかな、と思ったら、「エイリアン2」の中でオマージュとして使われていたのでした(映画何度も見てるのに全然憶えていない…)。
しかし今日は全部で22曲と、各曲は短いながらも、これでもかと映画音楽が延々と続く、いつもより長めの演奏会でした。これが自分の好きな映画ばかり(例えば角川映画や横溝正史特集とか)だとおそらく非常に良いのですが、特に思い入れのない映画音楽の羅列は聴いててちょっときつい、ということをあらためて認識してしまったのでした。
ロウヴァリ/フィルハーモニア管:リヒャルト・シュトラウスへのオマージュ ― 2026/06/04 23:59

2026.06.04 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Benjamin Grosvenor (piano-2)
1. R. Strauss: Don Juan
2. R. Strauss: Burleske for piano and orchestra
3. R. Strauss: Waltzes from "Der Rosenkavalier" (Sequence 1)
4. R. Strauss: Symphonia Domestica
フィルハーモニア管創立80年の記念シーズン最後を飾るのは、首席指揮者ロウヴァリのタクトの下で、「シュトラウス・エクストラヴァガンザ」と題されたオール・リヒャルト・シュトラウスのプログラム。趣旨は、創立2年目の1947年にロイヤル・アルバート・ホールで開催された特別演奏会にて晩年のリヒャルト・シュトラウス本人が客演指揮したプログラムを79年ぶりに再現するという、このオケの歴史と地位があってこそできる、なかなかの企画です。ただ、不幸にもロンドン地下鉄のストライキと重なってしまったため、ところどころに空席が見られる状況でした。
1曲目、交響詩「ドン・ファン」は一昨年の東京シティフィルで聴いて以来です。やけに覚めた、ゆっくりとした入りで、ティンパニが良い音はしているが軽い。丁寧な指揮で全体的には角の取れた演奏になっていましたが、時々変なタメを作ったりしてどこかぎこちない。ホルン6人は立派なコラールで、木管のソロも素晴らしかったです。
次の「ブルレスケ」は過去に一度、2011年のBBCプロムスで聴いています。シュトラウスが書いたほぼ唯一のピアノ協奏曲(左手ピアノのための「家庭交響曲余録」という曲を後に書いていますが)と言われている初期の作品で、まだ作曲家としての方向性が揺れ動いている時期であるかなというのはわかりますが、ブラームスの影響が濃いという評価は、ブラームスをそんなに聴き込んでいない自分にはよくわからず、もっとスタンスが軽い端正な小品(20分弱ありますが)という印象です。ティンパニで始まり、ティンパニで終わる、途中ピアノとの掛け合いも多い、打楽器フリークにとっても注目の曲ですが、軽やかなティンパニの音が曲調にたいへんマッチしており、やはり端正淡麗なピアノともよく調和していました。
ピアノのベンジャミン・グローヴナーは、2012年に一度だけ聴いていますが、このときはアラン・ギルバート率いるニューヨークフィルがバービカンで行ったヤングピープルズ・コンサートの中で1曲、バーンスタイン「不安の時代」の短いジャズピース「仮面舞踏会」だけの演奏でしたので、さほどの印象は残っていません。しかし当時は王立音楽院を卒業したばかりの19歳だった彼も今や33歳の中堅ピアニスト、こちらも歳を食うわけです…。演奏のスタイルは、非常に小回りの効く機能的なピアノで、難曲で名高いこの曲をそうと感じさせずさらっと聴かせるナチュラルな上手さがあります。ただ、あまりにも終始無表情で、別に顔芸が良いとは言わないけれど、愛想、愛嬌もときには大事、上手いけど面白みがない人と見られてしまうのでは、という要らぬ心配を考えてしまいました。アンコールは、J-POPのようなコード進行の静かな小品をしっとりと弾いて、これは曲のチョイス、演奏ともに非常にしっくりときて良かったです。後で調べると、やはり(もちろん!)リヒャルト・シュトラウスの「明日(Morgen)」という有名な歌曲をピアノ用に編曲したものでした。
休憩後の最初は「ばらの騎士」のワルツ。大元の1947年のコンサートでは一番最後に演奏されたそうですが、今日はあえて演奏順序を入れ替えるということは、開演前のマネージャー?の挨拶で告げられていました。このワルツ、予習不足だったのですが、よく見るとWaltzではなくWaltzesと複数形で、アンコールのピースでよく演奏されるいわゆる「ばらの騎士のワルツ」だけではなく、前奏曲の冒頭から始まる組曲仕立ての「シーケンス第1番」と呼ばれる作曲者自身が編纂した小品なのでした。しかしこのワルツ、指揮棒関係なく阿吽の呼吸で合わせていく、ウィンナーワルツ特有のリズム感に乏しく、ちょっと噛み合っていない感がありました。もっとオケの自発的なアンサンブルを促し、指揮者はあまり構いすぎないほうがよいのではないかと思いました。
ようやくメインの「家庭交響曲」に辿り着きましたが、なかなか長丁場の今日のプログラム、地下鉄ストで帰宅の足を心配してか、途中で席を立つ人がけっこういました。この「家庭交響曲」を生演で聴くのは実に34年ぶり、学生時代に初めてウィーンに行った際、当日券で楽友協会のアンドレ・プレヴィン指揮ウィーンフィルを聴いたのが唯一です。そもそも他の交響詩や「アルプス交響曲」と比べるとCDを聴く頻度も極端に低く、何回聴いてもなんだかよくわからない曲、という印象ばかりです。さらに、演奏会のプログラムに乗る機会も非常に少ないので、自分にとっては、たまに聴いてみたいと思ってもなかなか聴ける機会がない幻の曲でした。
集客力なさそうなこの曲をあえて曲順を変えてメインに持ってきたということは、逆に並々ならぬ強い思いで取り組んだことは容易に想像されますが、まさしく冒頭からオケの気合いがみなぎり、ここまでとは空気感が違いました。全体を通して、最後まで集中力を切らさず丁寧かつ豪快に鳴らし続けた爆演でした。実際には多様なライトモチーフを緻密に組み立てて極めて精緻に作られている(であろう)この曲、細部への言及は自分の能力を超えていますが、あえて「アルプス交響曲」との対比で言うと、大自然とは反対側にありそうな家庭をテーマにしている分、内向的になっていくかというと全くそうではなく、ブルジョア貴族の優雅で華麗な日常を一貫して「陽キャ」視点で表現しているように私には見えます。その意味でこの曲は「アルプス交響曲」の対極ではなく同じ地平線上にあり、何の予備知識もなしに、例えば「森の中でキャンプを楽しむ様子を描写した曲だ」と説明されても納得してしまう気がしました。
楽器編成では「アルプス交響曲」にも引けを取らない大編成で、ただしサンダーシートやウインドマシーンのような特殊楽器や、舞台裏のバンダがあるわけではないのですが、目を引いたのはソプラノ、アルト、バリトン、バスと揃ったサクソフォーンの四重奏。しかしサックスパートは出番が少なく暇そうで気の毒でした。しかも吹いている箇所も、あるのとないのでどう効果が違うのかよくわからないような、何とも贅沢な使い方。こういった無駄、と言っては失礼なのでレジリエンス(冗長)なところも含めて、どう聴いても最後まで演奏し通すのが極めてたいへんそうな難曲であることがわかり、日本だとアマチュアはおろか、プロでもちゃんと演奏できるところがあるんだろうか、と思ってしまいます。今日のフィルハーモニア管はもちろん気合い十分で、最後まで破綻せず、音圧も申し分ないものでした。特に8本のホルン(実際には10人上がっていました)は圧巻の迫力。ティンパニもここでは軽さを抑え、しっかりと叩き込んで良い仕事をしていました。終盤の143小節目、スコアには書かれていないがほぼ例外なくどのティンパニ奏者もやるニ長調の音階叩きは、ペダルプレイで難なくこなしていましたが、そこで油断したのか、その後のクライマックスでバチをすっ飛ばすハプニング。すぐに予備のバチを取って事なきを得ていましたが、フィルハーモニアのような一流プロオケとしては珍しい場面を見させていただきました。

デイヴ・ウェックル&トム・ケネディ・プロジェクト@ロニー・スコッツ ― 2026/05/27 23:59

2026.05.27 Ronnie Scott’s Jazz Club, Main Club (London)
The Dave Weckl/Tom Kennedy Project
Dave Weckl (drums)
Tom Kennedy (electric bass)
Ryan Davlin (tenor sax)
Stu Mindeman (keyboards)
昨日に続き、二夜連続でロニー・スコッツ。今日は欧州ツアー中のデイヴ・ウェックル&トム・ケネディのプロジェクトです。昨今のジャズ・シーンなど全く知識がない私にとって、心を引き寄せられたのがまずはドラマーのプロジェクトでしたので、たまたまサイモン・フィリップスとデイヴ・ウェックルというレジェンドが続いてしまったおかけで連チャンになってしまいました。サイモンが「ストレートな凄腕ラウド系」だとすれば、デイヴ・ウェックルはまさに「異星から来た、人間を超えたハイテク手数系」ドラマー。ちょっとでも隙間があれば高精細な変態的フレーズのオカズで埋めていき、なおかつ音楽としてセンス良く成立させるバランス感覚を備えた、サイモンとは全くタイプの違うジャズ・ドラマーです。過去に一度だけそのプレイを見たのは2004年、真夏の盛りのブダペストで、チック・コリア・エレクトリック・バンドのオールスタンディングライブでした。
今回はPriorityではなくStandardの席を試してみました(というかPriorityは売切れ…)。昨日の経験から10分早めに到着したものの、入場の列はさほど変わらず、やはり着席できたのは17時45分頃。案内された席がやや後方なのはまあ仕方がないのですが、ちょうど柱がドラムセットに被る位置でドラマーの姿が見えにくく、がっかりしました。会場内には他にも柱はあるものの、ステージを遮るような柱はこの1本だけで、自分で選べるなら(特にドラムが目当ての自分にとっては)絶対に選ばないエリアの席です。実際、ドラムはほぼ全身がスポッと柱の影に入ってしまい、演奏中に辛うじて見えたのがドラマーの左手首から先だけというたいへん残念な状況。今後ここに来る際は何としてもこの邪魔な柱を回避したく、そうすると基本はPriority席を買うのかなと思いました。あとは入場する際の配席担当者にダメ元で希望を言ってみるとか。

ベースのトム・ケネディは、初めて見ますが、長身の眼鏡姿が頼もしさを感じさせるナイスミドル。ウェックルとは90年代から組んで、ずっと一緒にプレイしている相性抜群の盟友です。スラップはやらないものの、こちらもかなりの手数系と言えそうです。今日のセットリストは、5月に出たばかりのケネディ自身の新作リードアルバム「The Summit」と、彼の過去作からの選曲が中心。名義こそウェックルを前面に出したプロジェクトながら、実質的なバンドリーダーはケネディだと見ました。演奏した曲はどれ一つ音源を持っておらず、知らない曲だったのですが、曲を知らないのがむしろデフォルトで、それでも十分楽しめるのがジャズライブの良いところだと改めて感じました。

そもそも今回の目的は「デイヴ・ウェックルの生プレイを見ること」。その意味では「見る」ことは満足できなかったものの、生演奏の音は堪能できました。ドラムセットはヤマハ製で、ラックで固定された比較的オーソドックスなジャズドラムの構成。打ち込みはなかったと思うのですが、ミキサーがあり、本人もイヤモニをしていたので、モニタの返し、兼、耳の保護もあったのではないかと。それにしてもやはりウェックルは凄かったの一言です。圧倒的なドラムプレイと千手観音のドラムソロは66歳になった今も健在。基本パターンの際は昔よりも多少大人しくなった気もしましたが、無理筋なオカズをしれっと突然詰め込んで、リズムは一切ブレることなく通り過ぎるその安定感よ。単に音数が多いだけでなく、片手だけで高速タム回しをやってみたり、誰もやらないようなフレーズのアイデアがいちいちカッコ良い。センスがぶっ飛んでるので、長年のパートナー、ケネディですら時々合わせ損ねる場面もありました。そして、異次元のドラムソロはもう言葉もありません。恐ろしいのは、これだけメチャクチャ叩きまくって、まだまだ余力を残しているような余裕が感じられること。しかし、無駄な動きが少なく身体的な動作は非常にコンパクトなので、柱の影からはやっぱり左手の手首から先しか見えないという恨み節…。とにかく今日は席が最悪だったので、ウェックルにはどんな企画でもいいからまた近いうちに来てくれないかな、と思うものであります。
サイモン・フィリップス・プロトコル6@ロニー・スコッツ ― 2026/05/26 23:59

2026.05.26 Ronnie Scott’s Jazz Club, Main Club (London)
Simon Phillips & Protocol 6
Simon Phillips (drums)
Phillip Whack (saxes)
Alex Sill (guitars)
Otmaro Ruiz (piano/keyboards)
Ernest Tibbs (electric bass)
初のロニー・スコッツ。有名なジャズクラブですが、前回の駐在時にも一度行きたいと思いつつ結局機会がありませんでした。場所はロンドンの中心地、Soho。讃岐うどん「Koya」と同じ並びだったのを、現地に来てみて「ああ、ここだったか」と思い出しました。
5月なのに34℃超の記録更新猛暑の中、勝手がわからないのでとりあえず開場時間の15分前に到着してみたら、店の前にはすでに30人くらいの行列。ここから着席までさらに30分くらいかかりました。配席は当日決まるシステムみたいですが、先着順でより良い席、ということでもなく、グループの人数も考慮しつつ、その日のフロアチーフの独断で決められていくようです。今回は最初ということもありPriority席にしたのが功を奏し、案内されたのはドラム真正面の席。しかもステージかぶりつきではなく、ひとテーブル分置いて距離があったので、むしろ近すぎずにドラムを堪能できる席で良かったです。あまり近すぎるとドラムの生音が耳を直撃して他の楽器が聴こえなくなってしまうのですが、演奏全体を自分にとってちょうど良いバランス(ドラム近め)で楽しめる位置でした。

場内はまさに古い高級ジャズクラブの雰囲気。キャパはブルーノート東京とコットンクラブの中間くらいでしょうか。見渡すと、ロンドンのジャズクラブ界隈の客層は比較的年齢が高めで、ほぼ白人。男性客が多かったのはドラマー中心のバンドだからですかね。

サイモン・フィリップスを生で観るのは今回が初めてです。自分の同時代体験で言うとやはりマイケル・シェンカー・グループのファーストアルバムが最初の衝撃で、しかしこの人は基本メタルではなく、ジェフ・ベック、ミック・ジャガー、TOTOなどでのプレイの傍ら、ロック寄りではあるがフュージョン、ジャズなんでもござれのセッションドラマーとして長年第一線を走ってきた今やレジェンドで、そのドラミングを何度もコピーしたことがありますし、ドラムのスタイルで学ぶ点が非常に多いです。
普段からタムもバスドラも多めのサイモンのドラムセットはTAMA製で、思ったよりもコンパクトに配置されていました。ストレートではあるがシンプルではなく、多彩な音色を駆使するサイモン仕様は、得意なツインバスの上に、メロタムが10個(一番大きいのはフロアタムより大きい…)、シンバルも多数ある中で、ライドシンバルが左側に置かれていたのに違和感。それで、演奏が始まってようやく気づいたのですが、サイモンは左右の手がスネアの上でクロスしないオープンハンドスタイルのドラマーだったんですね。自分はあまり教則ビデオを見ないし、サイモンがクロスかオープンかなんて考えたこともなかったので、生で見る初サイモンのナチュラルかつ機能美を感じさせるオープンハンドのフォームが非常に新鮮でした。
今回は、サイモンが1989年から続けている自身のソロ・プロジェクト「Protocol」の第6弾ですが、「Protocol 6」のアルバムは6月発売予定でまだ世に出ていないので、このツアーで披露されるのが初出になります。エイトビートのノリの楽曲が中心ですが、曲ごとに16ビートやラテンなど多彩な味付けが加わり、アクセントになっています。意外に小柄なサイモンの身体から叩き出されるビートは、ツーバスを多用し、メタラーを思わせる完全にラウド系のドラム。ただパワフルなだけではなくて、リズムの体幹が揺るぎなく安定しており、アタックの効いた鋭い音に、ぶれないバランスと、生き生きとしたグルーヴ。打ち込みも少し使っていましたが、イヤモニを着けている様子はなく、自分のリズム感に絶対の自信がないとできない芸当です。フィルインやドラムソロではラウド系にあるまじき小技を詰め込み、圧巻のドラミングに圧倒されました。変態的なことは何もしておらず、パターン、フレーズは至って基本に忠実。ただその一つ一つが恐ろしく完璧で確実です。69歳という年齢を考えるともっと枯れていても不思議ではありませんが、若いころと変わらぬ路線で突き通すパワープレイは驚異的な生命力を感じさせました。
「Protocol 6」の他のメンバーは、黒人白人二人ずつ、出身も英国、米国、ベネズエラ、女性はいないものの年齢はバラバラで、多様性があります。ベースのアーネスト・ティブスは「Protocol II」からずっと参加していますが、サックスを除く他メンバーは「Protocol V」からの参加です。しかしメンバーが誰であれ、このプロジェクトがサイモン中心であることは明確で(実際、最初のProtocolはサイモンが全楽器を担当)、皆サイモンという大きな船に乗っかっており、決してはみ出さないし、戦わない。サイモンのハイテクパワードラムを存分に堪能できただけでもう十分お腹いっぱいの夜でした。
ロンドン響/ラトル/カンペ(s)/デション(ms):「神々の黄昏」ハイライト ― 2026/05/24 23:59

2026.05.24 Barbican Hall (London)
Sir Simon Rattle / London Symphony Orchestra
Anja Kampe (Brünnhilde/soprano-2,5)
Elizabeth DeShong (Waltraute/mezzo-soprano-2)
1. Wagner: ‘Götterdämmerung’ - Dawn and Siegfried’s Rhine Journey (Prologue)
2. Wagner: ‘Götterdämmerung’ - Waltraute’s Plea to Brünnhilde (Act 1, scene 3)
3. Wagner: Siegfried Idyll
4. Wagner: ‘Götterdämmerung’ - Funeral Music (Act 3, scene 2)
5. Wagner: ‘Götterdämmerung’ - Immolation Scene (Act 3, scene 3)
サー・サイモンはLSOの音楽監督を退任後も終身名誉指揮者として毎シーズン客演してくれて、ありきたりではなく概ね私好みのコンセプト志向プログラムをいくつも披露してくれるので、そのチャンスはできるだけ逃すまいと追いかけていますが、今日のワーグナーはあまり得意分野ではないのでだいぶ躊躇したあげく、バンクホリデーの週末に特に他にやることもなく、結局聴きにいくことにしました。
「ニーベルングの指輪」の最終夜「神々の黄昏」は過去に2回、2007年のハンガリー国立歌劇場、2017年の東京・春・音楽祭(演奏会形式)で観ています。「リング」シリーズは単発でつまみ食いしてもあまり面白くなくて、どうせ観るならやっぱり4作通して見たいので、個々の楽劇の長さ以上に、体力の消耗を覚悟しなければならない仕事になりますねー。そんな中、ワーグナー名曲集、リング・ハイライトのようなプログラムは世の中にありがちですが、今日のようにがっつりと「神々の黄昏」にフォーカスしたプログラムはなかなか貴重です。「夜明けとジークフリートのラインへの旅」「ブリュンヒルデとヴァルトラウテの対話」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」といったオペラの主要場面を抽出し、間には箸休めのように「ジークフリート牧歌」を置く、ある意味ゴージャスなプログラム。
ソプラノのアニヤ・カンペは、58歳になる今でも現役バリベリのブリュンヒルデ歌手で活躍中だそうです。2011年のロイヤルオペラ「さまよえるオランダ人」のゼンダ役で一度だけ聴いていますが、備忘録を辿ると、恰幅の良い美人顔で、狂気の歌唱がインパクト大だったとの記録でした(すっかり忘れていました…)。15年の歳月が経って現在の見た目はすっかりスリムで、だいぶイメージが違いました。ちょっといただけないなと思ったのは、メガネをかけてらしたこと。演奏会形式だから問題ないと言えばそうなのですが、メガネで歌うオペラ歌手というのは、役どころの必要性がある場合を除き、やはりかなり違和感を覚えました。楽譜を立てていたのでメガネがないと見えない、という事情は理解するものの、現役バリバリのブリュンヒルデなんだから楽譜要らなくね?という素朴な疑問もよぎり。そういう瑣末なことが気になってしまうのは、今日の席の選択を間違えたことに起因します。とにかく聴ければよいかと思ってバルコニーの最後列というステージから一番遠い、歌物を聴くには全く適していない席を選んでしまったのが敗因でした。ともすればオケにかき消されてしまうくらいに声が届きにくい距離で、それでも断片的ながらこれだけ鋭く聴こえたのだから、おそらくストールの正面で聴いていたら、その現役ブリュンヒルデの圧巻の歌唱に大満足だったことでしょう。今後の教訓にします(でも喉元過ぎれば熱さを忘れ、また後悔するんだよなー)。
一方、ヴァルトラウテのエリザベス・デションは初めて聴く人ですが、メゾソプラノという音域もあって、こっちのほうがまだよく声が届いていました。こちらはいかにもワーグナー歌手の恰幅で(失礼)、ただよく見ると太っているわけではなく、カンペと横幅はさほど変わらず、引き締まったがっしり系という感じでした。こちらも歌唱は正々堂々として感情豊かなヴァルトラウテで、ストール正面で聴きたかったところです。
本日一番の期待は、おそらく普段のレパートリーにはないであろう「神々の黄昏」の特にフィナーレで、LSOがどれだけの馬力を振り絞り、圧巻の音響空間を満たしてくれるのか、ということでしたが、期待ほどにはオケがピリッとしていませんでした。先日のマーラー4番のときから感じているのですが、金管特にホルンがどうも不安定になりがちで、結果として演奏の思い切りがわるくなり、音圧が上がりきらない中、弦の美しさで何とか乗り切ったという感じでした。
話を遡りますが、休憩後の「ジークフリート牧歌」、有名な曲ですが実演で聴くのは初めてでした。ワーグナーが二番目の奥さんになるコジマの誕生日サプライズで自宅で演奏するために作曲した小編成の曲。フルオーケストラのレパートリーとしてはなかなかプログラムに入れにくい曲でしょう。演奏はLSOの精鋭トップ奏者13人(Fl、Ob、Cl 2、Fg、Hr 2、Tp、弦各1)による精緻なアンサンブル、と言いたかったところですが、ここでもホルンが足を引っ張り、これで明確に、本日ピリッとしない原因がホルンにあると確信しました。
ロンドン響/ラトル/クロウ(s):マーラー交響曲第4番と、4つの最後の歌 ― 2026/05/21 23:59

2026.05.21 Barbican Hall (London)
Sir Simon Rattle / London Symphony Orchestra
Lucy Crowe (soprano-2,3)
1. Roberto Gerhard: Symphony No 3, ‘Collages’ for orchestra and tape
2. Richard Strauss: Four Last Songs
3. Mahler: Symphony No 4
マーラーとシュトラウスの親和性は言うまでもありませんが、それにスペインのロベルト・ジェラールを組み合わせたプログラムは何とも不思議な感じです。そのジェラールですが、実は不勉強ながら初めて聞く名前で、作品も全く知りませんでした。年代で言うと、同い年の作曲がいなくて、ヒンデミットの一つ下、コルンゴルドの一つ上という生年なので、世代的に現代音楽作曲家のカテゴリーとは言えない人なのですが、曲は全くの、典型的と言ってもよい「現代音楽」でした。元々はカタルーニャ出身のスペイン国民楽派としてアルベニス、グラナドス、ファリャのフォロワーとしての道を歩んでいながら、シェーンベルクに弟子入りして以降、時代のトレンドも相まって前衛的な作風に傾倒していったそうです。この短い単一楽章の交響曲も「テープ音楽」としては最初期の1960年に書かれた先駆的な作品で、大管弦楽との組み合わせは珍しいです。見ていると、今どきのテープ音楽は、打楽器奏者の一人が楽譜をめくりつつMacBookで音源を制御するんですね。他の打楽器奏者はというと、目を引くのがシロフォン、マリンバの4台の木琴に加えて、小ぶりの和太鼓が2つ。しかしこの和太鼓、特に日本風、アジア風リズムを刻むでもなく(そもそも撥を使ってないし)、素直にタム(トムトム)でいいんじゃね?と思うような使い方でした。あとはティンパニが気持ち悪いくらいにグリッサンドを使いまくり、普段からペダルワークを必要以上に駆使する芸風のナイジェル・トーマスさんは嬉々として技を披露していました。
とにかく、この曲に馴染みもなく造詣も深くない私としては、1960年作曲と聞いて、ああなるほどね、と思うようないかにもその時代のゲンダイオンガクのイメージを裏切らない、不協和音と極端なクレッシェンド(減衰の逆、うーむ、専門用語がわからない)のてんこ盛り音楽に聴こえました。もちろん私にも、この時代の現代音楽の中で気に入って何度も聴きたくなる曲とそうでない曲があり、私の場合は好みが大抵邦人作品に偏っています。何でだろうと考えてみると、日本人だから単純に邦人作品に接する機会が多いという理由も大きいと思いますが、再び聴きたくなる曲にはそういう感情を呼び起こす「官能」があり、自分にとってそれは多くの邦人作品が根底に持っている日本的、アジア的なセンスに惹かれるからではないか、という仮説に辿り着きました。そういう意味では、ジェラールのこの曲に、自分にとっての官能は感じなかったです。
続くリヒャルト・シュトラウスの最晩年の名曲「4つの最後の歌」は、長らく実演で聴いた記憶がないので備忘録に当たってみると、21年前の2005年にアシュケナージ/N響のブダペスト公演(ソプラノはソイレ・イソコスキ)で聴いて以来でした。備忘録にもこの曲の感想は書いておらず、全く忘却の彼方です…。本日のソプラノ独唱ルーシー・クロウは、2009年のロイヤルオペラ「ばらの騎士」でゾフィー役を歌ったのを観て以来、こちらも17年ものインターバルです。余談ながら、何とこのときの「ばらの騎士」ではイソコスキが元帥夫人を歌っていたのは意味深で、さらには指揮が後にラトルからベルリンフィルの音楽監督を引き継ぐことになるキリル・ペトレンコという、何か因縁を感じてしまう偶然…。それはともかく、当時の感想では「歌が初々しい上に仕草もかわいらしく」と書いていましたが、当時はまだ30歳そこそこの新鋭スター候補ですから、さもありなん。現在のクロウは、だいぶ貫禄がついてはいるものの美貌は健在で、その美声と、しっかりとした硬派な歌唱はたいへん磨きがかかったものでした。ベテランの懐深さというか、曲を身体の一部にするくらい歌い込んだ熟練を感じました。今日はバルコニーのステージから遠い席で、やはり歌の空気振動がオケのそれほどまでにはここに届いて来ないのが悔やまれました。
メインの交響曲第4番は、マーラーの中でもベスト3に入る好きな曲なのですが、実演で聴くのは10年ぶり。さらに遡ると、2011年に同じここバービカンホールで、ラトル/ベルリンフィルの演奏を聴いています。そのときの演奏はBBC Radio 3で放送されていたのでエアチェック音源が手元に残っており、比較ができるのですが、まず冒頭の鈴がインテンポをキープし、軽くリタルダンドする木管・弦と合わなくなったところで鳴らすのを止めるのは同じアプローチながら、そのあとのテンポがずいぶんと高速になりました。「中庸の速さで、速すぎずに」というマーラーの指示はマル無視するかのよう。しかし譜面台を立てず暗譜で指揮するラトルは当然この曲を完全に手中に収めていますので、自信を持って揺らぎなくサクサクと、音楽の奔流をシームレスに描いていきます。ここでちょっと後悔したのは、予習にと思って先のベルリンフィルの音源を聴きすぎたせいで、それと比べてしまうと、目の前のLSOのちょっとざらつく音がどうしても気になってしまいました。もちろんLSOだって超一流のオケなのですが、個人技もアンサンブルも完璧で極上シルキーなベルリンフィルが比較対象だとやはり分が悪いです。そうは言っても木管、特にオーボエはいつもにも増して気合が入っており、たいへん素晴らしい仕上がりでした。
終楽章で緑のドレスに着替えて再登場したクロウは、先のシュトラウスとは違い楽譜を持ちながらの歌唱。指揮者と独唱者が楽譜を見るか見ないかのパターンが、シュトラウスとマーラーで逆になっていたのが興味深かったです。とは言え、クロウはマーラーに自信がないということではなく(慣れてはいないのかもしれませんが)、シュトラウスのときにも引けを取らない、隙のない安定した歌唱で、表情を含め、感情の乗せ方も説得力があり良かったです。10年以上のインターバルを置いて再びロンドンで演奏会通いをする機会に恵まれ、かつては新興勢力の若手だった人がこうやってベテランの域に達し堂々とした熟練を見せてくれるのは、何とも嬉しいと同時に、嗚呼、時間は躊躇なく流れていくのだなと、しみじみ思います…。

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