ウィーン国立歌劇場/ヴァイグレ/フリードマン:分身と仮面の「サロメ」2026/05/01 23:59



2026.05.01 Wiener Staatsoper (Vienna)
Sebastian Weigle / Orchestra of the Vienna State Opera
Cyril Teste (director)
Gerhard Siegel (Herodes), Monika Bohinec (Herodias)
Lidia Fridman (Salome), Tomasz Konieczny (Jochanaan)
Daniel Jenz (Narraboth), Isabel Signoret (Page)
Thomas Ebenstein (1st Jew), Andrea Giovannini (2nd Jew)
Carlos Osuna (3rd Jew), Hiroshi Amako (4th Jew)
Evgeny Solodovnikov (5th Jew), Michael Wilder (Cappadocian)
Attila Mokus (1st Nazarene), Jusung Gabriel Park (2nd Nazarene)
Simonas Strazdas (1st soldier), Dohoon Lee (2nd soldier)
Wolfram Igor Derntl (slave), Pablo Delgado Flores (executioner)
Benedikt Missmann (performing videographer)
Katarina Klimaschka (little Salome)
Eliska Smatralova (little Salome - dance/video)
1. Richard Strauss: Salome (music drama in one act)

久々にウィーンへ小旅行でもと演奏会スケジュールを調べていたら、ちょうど4〜5月に楽友協会で「ベートーヴェンの散歩道」と称する音楽祭が開催されるのを発見、スケジュールを見ると垂涎の演奏会が目白押しの中で、特に5月2日はマチネにウィーンフィル、ソアレにベルリンフィルという仰天のダブルヘッダーがありました。その前後の国立歌劇場をチェックすると、ちょうど前日の5月1日に「サロメ」の初日があり、ちょいと詰め込み過ぎとは思いましたが、これはもう行くしかないと即決しました。

ウィーンにはそれこそ30回以上は来ているのですが、前回訪れたのは2018年の出張時なのでもう8年も経ちました。オペラに合わせて旅程を組むのはなかなか難しくて、国立歌劇場の中に入るのは20年ぶり、メインの劇場でオペラを見るのは2003年の「ワルキューレ」以来になります。

元々声楽入りの曲がそんなに得意ではなく、オペラの長さも体質に合わない私にとって「サロメ」は数少ない「好きなオペラ」です。約100分という「サロメ」の上演時間が自分の中の一つの基準になっていて、これより長いオペラ(著名なオペラは大概そうですが)はその長さゆえに観ること自体が苦痛を伴うので、よほど体調を整えて臨まないと心から楽しむことができないのが正直なところ。どこでも毎シーズンやっているオペラではないので、過去はブダペスト、ロンドンでそれぞれ1回ずつ観ただけで、劇場で観るのはこれが3回目です。誰が興味あんねん、と自己ツッコミをしつつ、そういえば過去に3回以上生演をリピートで観ているオペラって(ライフワークとして追いかけている「青ひげ公の城」は除き)何かあっただろうかと記録を探してみると、「魔笛」を5回、「マイスタージンガー」、「ばらの騎士」、松村禎三「沈黙」をそれぞれ3回観ていました。どれも「サロメ」より全然長いオペラながら、家族で観に行って楽しめるというのが共通点かと(「沈黙」はまあちょっと微妙ですが)。

やっと本題、まずは音楽的なところから感想を書きますと、何といってもセバスティアン・ヴァイグレのタクトの下、オケ(ほぼウィーンフィル)の演奏が最高に良かったです。元々が弱音欠如型の指揮者であるヴァイグレは、初日ということもあってか手加減なしでオケを鳴らしまくり、ホール特有の包み込むような残響も相まってウィーンフィルの豊潤な音が常に前面に立ち、歌手勢は割りを食ったかもしれません。弦も管もさすがノーミスなうえに音色がいちいち素晴らしいので、私のようなオケフリークはどうしてもそちらに意識を引き寄せられます。2019年から読響の常任指揮者に就いているヴァイグレさん、2023年と2024年にどちらもロシアもの中心のプログラムを東京で聴いています。読響ではツボを押さえて音厚めにまとめるドイツ職人の手腕を大いに発揮しつつも、野心や冒険はなく、キャリア的にすでに余生を送っているような達観モードに見えたのですが、やはりこの人は生来がオペラ指揮者であり、歌劇場では水を得た魚のようにイキイキとした音楽を導き出す、まだまだ現役バリバリだなと再認識しました。

主要キャストの歌手も総じて文句のつけようがない、素晴らしい歌唱でした。タイトルロールを歌ったロシア人ソプラノのリディア・フリードマンは、まだ30歳という若さながらも落ち着いた歌唱とエキセントリックな絶叫の両方を行き来できる技量を持ち、ちょっとクセあり系ですが恵まれた美貌もあって、サロメはハマり役と見ました。キャストでこれまで聴いたことがあったのは、ヘロデ役のゲアハルト・ジーゲルが過去3回、2006年ギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」で道化クラウス役、2010年ロイヤルオペラの「サロメ」で同じヘロデ役、2016年東京・春・音楽祭の「ジークフリート」でミーメ役と、三カ国それぞれで遭遇していました。ハゲ親父の見た目からは想像つかない美声の持ち主です。あと、ヨカナーン役のトマシュ・コニエチヌイは過去5回、2010年のBBCプロムス・ファーストナイトのマーラー「千人の交響曲」、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」でマンドリーカ役、2014年「ラインの黄金」、2016年「ジークフリート」、2017年「神々の黄昏」、いずれも東京・春・音楽祭のワーグナー・リング・シリーズでは一貫してアルベリヒ役を歌っていました。こちらも三カ国またがって聴いており、あらためて東京・春・音楽祭は第一線級の歌手を集めていたのだなということを認識しました。

「サロメ」はもちろんドイツ語の歌詞ですが、この歌劇場の手元字幕表示は日本語もあったのが非常に助かりました。大きめのフォントで文字数少なく表示された日本語字幕は、だいぶ内容を端折っているとは思いますが、表意文字中心なのでビジュアルの認識だけで速やかに意味が頭に入ってくるのが良いです。これが英語字幕だと「読む」という行為をしないと、なかなかパッと見だけでは意味がつかみにくいことが多いため、注意散漫になってしまうのが嫌で、結局字幕は捨てて舞台上に集中することになるので字幕の恩恵がありません。

フランス人舞台監督のシリル・テステによる演出は、古代イスラエルから第二次世界大戦中くらいに時代が置き換えられており、これは2010年にロイヤルオペラで見たマクヴィガー演出と同じで、まあありがちな読み換えかと思いました。ユニークだったのは、記録フィルムを撮影しているという設定で、手持ちカメラの映像がそのまま舞台後方のスクリーンにライブで大映しされていたのがまさにドームコンサートの巨大ビジョンのように、オペラグラスでも見えない細部がよく見えたので、これは良かったです。

長くカールしたブロンドヘアに純白のドレスを纏ったサロメには、髪型、衣装を寄せた少女の分身が途中出てきて踊ったり一緒に絡んだりします。少女サロメがいろいろ動いている間、サロメ本人は舞台袖のほうでじっとして歌だけ歌っているような時間も多々ありました。上演中は気づかなかったのですが(だってよく似てるんだもの)、カーテンコールの際に分身の少女は二人いたことがわかり、軽くショック。てっきり、現在の狂気のサロメと無垢なころの少女サロメを対比させ、二面性を表現する演出と思ったのですが、ことはそう単純ではなかったようです。うーむ、奥が深すぎて難しい。見せ場の「7つのヴェールの踊り」では、サロメと少女が一緒に踊るのですが、人を楽しませる踊りと言うよりも内面感情の吐露の振り付けで、しかも二人とも身体が硬そうで動きがぎこちないうえに、ダイニングテーブルの上に乗ったりするものだから、危なっかしくてヒヤヒヤしました。実際、テーブル上のホイップクリームを舐める場面で、クリームが吹っ飛んで髪にべったりとついてしまっていたのは、狙ったのではなく事故だったのかなと。

歌わない重要キャストである処刑人は、若くて目つきが鋭いラテン系のイケメン。クライマックスで、エプロンを血に染めて持ってきたヨカナーンの首は、生首ではなく顔だけの仮面になっており、しかも歌手に寄せて作り直している感じはしない、使い回し可能な汎用小道具の扱いでした。サロメがその仮面を処刑人に被せて一緒に踊ったりするのですが、これは初めて見る演出で、なるほどこれなら処刑人がイケメンの必要がありそうです。ただ、この段階でヨカナーンが自分の足で地に立っている意味は何だろうかと疑問です。また、最後は仮面を銀のトレイに乗せて、地面に置いてキスしまくるのですが、ストールからは単純によく見えないのと、それだったらやっぱり生首のインパクトには敵わないなあと感じ、この演出のコンセプトが今ひとつ理解できませんでした。徹底的に血みどろなマクヴィガー演出を、また見たくなりました…・。


イングリッシュ・ナショナル・オペラ:新制作「マハゴニー市の興亡」2026/02/20 23:59



2026.02.20 London Coliseum (London)
André de Ridder / English National Opera
Jamie Manton (Director)
Rosie Aldridge (Leokadja Begbick)
Kenneth Kellogg (Trinity Moses)
Mark Le Brocq (Fatty the Bookkeeper)
Simon O’Neill (Jimmy MacIntyre)
Alex Otterburn (Bank-Account Billy)
Elgan Llŷr Thomas (Jack O'Brien)
David Shipley (Alaska Wolf Joe)
Danielle de Niese (Jenny Smith)
Zwakele Tshabalala (Toby Higgins)
1. Weill: Rise and Fall of the City of Mahagonny
(English translation by Jeremy Sams)

ほとんどその名前と不道徳な内容ということしか知らないものの、一度は見てみたいと思っていたオペラ「マハゴニー市の興亡」がイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)の新制作で上演されるというので、何はともあれ観に行きました。ENOを見るのは実に2009年の「青ひげ公の城」以来。というか、このコロシアム劇場にはオペラ、バレエを何度も観に来ているので誤解していたのですが、ENOの主催公演を見るのはまだ2回目なのでした。というわけでこのカンパニーのことは、モーツァルトだろうがワーグナーだろうが全ての演目を英語版で上演する、オペレッタ、ミュージカルに分類される演目や現代の作品も積極的に手がけ、演出はモダンなものが多い、という何となくのイメージを持っているのみでしたが、いろいろ調べてみて、多分外れていないと思います。傾向としては間違いなく自分の好みに近いはずなのですが、ターゲットが狭い分、逆にマッチするものが意外と少なかったのでしょう。

コロシアムはカンパニーに似合わず歴史を感じさせるオーセンティックな外観と内装。著名な割には上演機会があまりないオペラだし、新制作ということもあってチケットはソールドアウトの大盛況。モダンな印象と異なり、観衆は高齢者層が多かったのが意外でした。ステージの真ん中に大きいキューブ型の箱があり、それをレストランやボクシングのリングなどに見立てて、そこを中心に劇が進んでいきます。シンボリックというよりは演劇的な演出と思いました。音楽は随所にジャズを取り入れており、雰囲気は軽くてチープ。集団で歌って踊る曲もあり、オペラというよりほぼミュージカル。「ポーギーとベス」よりもミュージカル寄りですが、「キャンディード」と比べたらオペラ寄り、という感じですかね。有名なアリア(と言うのだろうか)としては第1幕で歌われる「アラバマ・ソング」がありますが、これとて、ドアーズやデヴィット・ボウイがカバーしているくらいですから、根本からクラシックに背を向けています。

物語は一応「喜劇」に分類されると思うのですが、ピカレスクロマンであり、徹頭徹尾、楽しい話は一切ありません。全3幕のうち2幕までやってやっと休憩が入りましたが、幕前に袋叩きにあって死んだと思われた主人公のジミーが、幕が開いたら同じポーズでまだ倒れたままで(死んではいなかった)、ご苦労なことです。しかし結局最後は電気ショックで死刑になってしまいます。特にこの第3幕の展開が冗長に感じ、話は面白いのにもっとコンパクトにできないものか、と思ってしまいました。全体として全2幕、休憩なしの90分上演くらいで十分収めることができそうに思いましたが、多分ブレヒトの台本を全然理解していないずぶの素人の意見です、はい。

歌手陣は初めて聴く人ばかりでしたが、配役上の誰かで穴を感じこともなく、クオリティは総じて良かったと思います。オケは小編成でしたが演奏はしっかりしており、安定感がありました。ドイツ人指揮者のアンドレ・デ・リッダーは、マーティン・ブラビンズの退任以降空位になっていたENO音楽監督に正式には来季(2027/28シーズン)から就任するのですが、実質的にはすでにもうその役割をスタートしているようです。経歴を調べると、まさに変化球専門投手のような人で、今後も刺激的な企画をいろいろやってくれそうで、その意味では楽しみです。ピンポイントでこちらの嗜好とマッチするものがあればよいなと。



ロンドン響/ラトル:もう一つの「マクロプロス事件」2026/01/15 23:59

2026.01.15 Barbican Hall (London)
Sir Simon Rattle / London Symphony Orchestra
Marlis Petersen (Emilia Marty)
Ales Briscein (Albert Gregor)
Jan Martinik (Dr Kolenaty/Strojnik/Machinist)
Peter Hoare (Vitek)
Doubravka Novotna (Krista)
Svatopluk Sem (Baron Jaroslav Prus)
Vit Nosek (Janek)
Lucie Hilscherova (Cleaning Lady/Chambermaid)
Alan Oke (Count Hauk-Sendorf)
1. Janacek: The Makropulos Affair (concert performance, sung in Czech with English surtitles)

11月にオペラハウスで舞台を観たばかりの「マクロプロス事件」、調べてみると、作曲完成が1925年、出版が1926年だったので、ちょうど100年の節目に当たるようです。このマイナーな演目を数ヶ月のうちに2回も観ることはこの先多分ないでしょう。ただ、オペラハウスの新しい音楽監督にチェコ人のフルシャが就任したのと、元々ヤナーチェク大好きなラトルが常任から退いた後も頻繁にLSOに客演している時期が重なった偶然の要素も大きいとは思います。

さて、よく考えると生ラトルを拝むのも実に13年ぶり。LSOの指揮台だと15年ぶりになります。その間、ベルリンフィルを退任、LSOの音楽監督になってそれもすでに退任、今はバイエルン放送響の首席と、実際に常任の立場でこれだけ超一流どころを渡り歩いている人も珍しいかと。ロンドンに家があるからでしょうか、今なおLSOは準レギュラーのような登板頻度です。

個人的には音楽もプロットもまだまだ馴染みが足りないこのオペラ、細かいところはよくわからないのでざっくりした感想程度のことしか書けませんが、ラトルなので団員の本気度も上がるからでしょうか、ビロードのごとき上品で輝かしい金管、音色の美しさが際立つ木管、中音域がしっかりコアとなる重層的な弦、歌心のあるティンパニ(相変わらずトーマスさんいい味出してました)、どこを取ってもやはりオペラ座専属オケと比べてLSOのクオリティは最高でした。

ヤナーチェクの力強い音楽に乗せてLSOの馬力を十二分に引き出したラトルに、ハズレのない一流の歌手陣。まず、オペラ座の公演と被っているキャスティングは、ピーター・ホーレとアラン・オケがそれぞれ同じ役を歌っていました。他は記憶にない名前ばかりよな、と思っていたら、主役エミリアのマルリス・ペーターゼンは2012年にバービカンで聴いたアーノンクール指揮コンセルトヘボウのベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」で歌っており、また弁護士コレナティ役のヤン・マルティニクも同じく2012年に、プラハのドヴォルザークホールにて今は亡き当時の音楽監督イルジ・ビエロフラーヴェク(フルシャの師匠でもありますね)指揮のチェコフィルで、ドヴォルザークの「聖書の歌」という超マイナーな曲を聴いていました。毎度ながら備忘録様様です。今回は演奏会形式での上演なので、いくつかの役を掛け持ちしている人がいます。実際、歌手は出番のない間は上手下手に分かれてコントラバスまたは第1ヴァイオリンの後ろに座って待機し、出番が近づくと指揮者の横まで静々と歩いて移動、という演出だったのでそれも十分可能でした。このキャストとオケで舞台をぜひ見たかったものです。ただ、ステージの見切れた部分で物語が進んで行くわけでもなく、ごちゃごちゃした投影で目がチカチカするすることなく字幕も追えたのですが、ではストーリーがわかりやすかったかというと、そうでもありませんでした。やはり人物関係をかなりしっかりと頭に入れておかないと、途中で混乱してきます。やはり舞台が欲しいとは思いましたが、この複雑なストーリーと人間関係をすっと受け止めるには、吉本新喜劇ばりに性格づけを際立たせた演出や衣装が良いんでは、と思ってしまいました。分類としては悲劇でも、全体的に喜劇的要素も随所に入ってますし。


ストライキで幻と消えた、ハンガリー国立歌劇場:「フニャディ・ラースロー」2024/03/22 23:59



前日のオペラ/オペレッタ・アリアのコンサートで軽く予習をした後、11年ぶりの国立歌劇場でエルケル「フニャディ・ラースロー」を観劇する計画だったのですが、何とその140年の歴史にして初めての歌劇場スタッフのストライキにぶち当たり、結局観ることができませんでした。

ローカルニュースや公式Facebookではストライキに突入したという情報は(当然ハンガリー語オンリーで)出ていたようなのですが、旅行前ならともかく、旅行中の旅行者はそんなものなかなかチェックできません。

オペラ座に着いてみると、やけに人が少ない。開演30分前になってもなかなか開場されず、15分前にようやく入場してみたら、客席は今まで見たことがないくらい閑散としていて、開演時間を過ぎても席は1割も埋まっておらず、オケピットにも全く人がいない。「フニャディ・ラースロー」はご当地ものなので、はて、こんなに不人気なオペラだったかなと思っていると、劇場の支配人とおぼしき人が出てきてマイクで何やらベラベラと話している。何を言っているのかさっぱりわからなかったところ、最後に英語で「オーケストラが来るまで20分ほどオペラ座の歴史を紹介したナイスなビデオをご覧ください」などと短く説明して、緞帳のスクリーンにビデオが投影されました。ここでようやくストライキではないかと思い当たり、スマホの電源を入れて(もちろん上演前に切ってますので)、劇場内なので弱い電波の中、オペラ座のホームページをチェックしてみると何やらハンガリー語のみのメッセージが出ていて、Google翻訳の助けを借り、やっと事態が飲み込めてきました。


ほどなくビデオ上映が終わり、再び支配人が登場。今度は英語なしでまた長々と言い訳がましい(意味はわからんけどそのように聞こえた)演説を続けた後、休憩に突入。ホームページのメッセージでは、もはや予定されていたフルの状態での上演は無理だがベストを尽くす、と書いてあり、これはもう時間の無駄であろうと判断して席を立ち、ボックスオフィスでリファンドを要求したら、チケット販売のWebサイトから手続きをしてくれ、とのこと。

後からいろいろとニュースサイトを探すと(それにしても英語の情報すらほとんど出ていない…)、前日21日の「ドン・ジョヴァンニ」からストに突入し、その日はピアノと限られた楽器による簡易伴奏で何とか上演はしたらしいのですが、大道具スタッフもいないため、22日はその「ドン・ジョヴァンニ」の舞台セットを残したまま、オケも結局来なかったので、休憩入れて4時間の長丁場のオペラを、ピアノ伴奏のみで1時間程度のハイライトで上演したとのこと。天井桟敷席に団体で来ていた学生さんみたいな人々がガラガラのストールやボックスに降りてきて、観客はそこそこ残っていたようです。翌日の「マイヤーリング」は公演キャンセルになり、翌々日の「ドン・ジョヴァンニ」マチネから何とか正常に戻ったそう。うーむ、ピンポイントでストライキにぶち当たってしまって、たいへんアンラッキーでした。こんなことなら「フニャディ・ラースロー」は20日のほうでチケットを取っておけばよかったと後悔しましたが、アリアのコンサートで先に予習をしてから、などと計算をしてしまったのが敗因でした…。あと、チケット代が速やかに返金されたのはまあよかったのですが、多少の為替差損が発生しました…。

おまけの写真です。エルケル・フェレンツの像。


オペラ座の豪華な内装。



ハンガリーのオペラ/オペレッタ・アリアの夕べ:MAV交響楽団2024/03/21 23:59

2024.03.21 Béla Bartók National Concert Hall (Budapest)
"Famous Opera Arias and Operettas"
Christoph Campestrini / MÁV Symphony Orchestra
Orsolya Hajnalka Rőser (soprano)
Gergely Boncsér (tenor)
1. エルケル: 歌劇「フニャディ・ラースロー」- 序曲、ようやく静かなひとときが、宮殿の踊り、美しい希望の光
2. コダーイ: 歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」- 間奏曲
3. コダーイ: 歌劇「セーケイの紡ぎ部屋」- チタールの山の麓
4. エルケル: 歌劇「ドージャ・ジェルジ」- 兵器の踊り
5. エルケル: 歌劇「バーンク・バーン」- 二羽の小鳥、我が祖国(Hazam, Hazam)
6. ヨハン・シュトラウス2世: 喜歌劇「ジプシー男爵」- 序曲、バリンカイの入場、誰が誓ったの?
7. レハール: ワルツ「金と銀」
8. レハール: 喜歌劇「メリー・ウィドウ」- ヴィリアの歌
9. カールマン: 喜歌劇「伯爵令嬢マリツァ」- ウィーンへ愛をこめて
10. ヨハン・シュトラウス2世: 喜歌劇「こうもり」- チャールダーシュ
11. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「ハンガリー万歳!」

完全なオフとしては実に11年ぶりに、家族旅行でブダペストに行ってきました。いつものごとく、滞在中のコンサートを各会場一通り調べて、そんなに目玉演奏会が目白押しという週でもなかったので、今回はオーケストラ1つ、オペラ1つに厳選してチケットをゲット。このところの超円安でも、ハンガリーフォリントのレートはまだ上がり方がマシですが、ブダペストの物価そのものが、かつて住んでいたころと比べると3〜5倍になっているので、決してお安い旅行ではなかったのですがそれはまた別の話として。

バルトーク国立コンサートホールは2011年11月の旅行中にブダペスト祝祭管を聴いて以来です。今回も祝祭管を取ろうか迷ったのですが、演目がマタイ受難曲だったので家族イベントとしてはちょっとキツイかなと思い、それよりも日本では絶対に聴けないであろう、ハンガリーご当地オペラアリアを集めたお気楽コンサートのほうを選びました。しかしこの演奏会、当初の発表では指揮がメドヴェツキー・アーダーム、ソプラノはシュメギ・エステル、テナーはコヴァーチハージ・イシュトヴァーンという、かつてオペラ座でよく聴いていた懐かしい人々だったので、たいへん楽しみにしていたのですが、蓋を開けてみるとよりによって3人が3人ともこぞってキャンセル、全然知らない面々に代わっておりました。詐欺だー、と叫びたいところですが、皆さんもう若くないので(メドヴェツキーとシュメギは病欠)、まあ仕方がありません。

MAVとはハンガリー国営鉄道の略称ですが、第二次大戦末期の1945年設立とのことで、ヨーロッパの中ではそれほど老舗という方ではありません。れっきとしたプロのフルオーケストラで、国内中心に地道にシーズンプログラムをこなす一方、対外的には「ブダペスト・コンサート・オーケストラ」を名乗り、1999年の三大テノール公演@東京ドームの伴奏なんかもやっています。過去に1回だけ聴いていて、備忘録を辿ると2005年の創立60周年イヤーでした。その後聴いていないのは、他に聴くべきものが多数ある中で優先順位が低かったから、としか言いようがありません。

余談になりますが、ハンガリーのオーケストラの名称は歴史の中で変化したり、国外用のネームを持っていたり、地方都市にもそれぞれオケがあり、けっこう混沌としていますが、Wikipediaにも網羅的な情報はありません。自分の知る限り、ブダペストを拠点とするプロオケは以下の7つ。順番は、まあ何となく個人的見解の実力順と思ってください。
・ブダペスト祝祭管弦楽団
・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団(旧:ハンガリー国立交響楽団)
・ハンガリー放送交響楽団(=ブダペスト交響楽団)
・ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団(≒ハンガリー国立歌劇場管弦楽団)
・コンチェルト・ブダペスト(旧:MATAV交響楽団=ハンガリー交響楽団)
・MAV交響楽団(=ブダペスト・コンサート管弦楽団)
・ブダフォキ・ドホナーニ管弦楽団

皆さんお初に見る本日のキャストですが、ソプラノのレーシェル・オルショヤ・ハイナルカ、テナーのボンチェール・ゲルゲイはどちらも40歳代でちょうど最盛期、国立歌劇場の第一線で現在活躍中の歌手のようです。レーシェルはトランシルヴァニア地方のコロジュヴァール(クルージュ・ナポカ)出身ということで、ネイティブハンガリアンかとは思いますが国籍はルーマニアかも。指揮者のクリストフ・カンペストリーニはオーストリア出身の56歳、壮年期のバレンボイムをちょっと連想させるとっちゃん坊やの風貌です。オペラもコンサートも何でも来い、世界中を飛び回る仕事人的な役回りのようで、堺シティオペラ「ルサルカ」の指揮で来日歴もあります。元々の発表キャストだったシュメギ、コヴァーチハージは今やどちらも還暦手前、御大メドヴェツキーに至っては80歳超えですから、出演者の若返りを良しとしつつも、やはり昔懐かしいオールドキャストでしみじみと浸りたかったという思いも残ります…。

オペラアリアの夜などという演奏会は、日本ではまず聴きに行くことはない、全くの守備範囲外です。しかし本日の演目は、前半がエルケル、コダーイの純正ハンガリーオペラ、後半はウィンナ・オペレッタからの選曲ですが、レハールとカールマンはハンガリー出身ですし、シュトラウス2世もハンガリーに縁のある曲ばかりで、終始一貫してハンガリーづくしなのが嬉しいです。客入りは、最上階以外はぼちぼち埋まっている感じで、見たところこれをわざわざ聴きに来る酔狂な観光客は他に見当たらず、客層は地元の年配者ばかりのようでした。

小柄なカンペストリーニが颯爽と登場し、まずは翌日オペラを観に行く予定の「フニャディ・ラースロー」の予習がてら、ちょっと長めの序曲から始まります。オケは約20年前に聴いた印象だったヘタレ感はなく、まあメンバーもだいぶ入れ替わっているでしょうから比較にはならんのでしょうが、弦の音色は多少ざらついていて野暮ったさがあったものの、期待以上にしっかりした欧州のオケです。前半はテナーが中心で、ボンチェールは実年齢よりもずっと若く見え、声も若々しく、ちょっと繊細な弱めの歌唱。しかし徐々に調子を上げて、前半ラスト、ハンガリー人が大好きな「Hazam, hazam」に至ってはオハコなのか実に堂々とした歌いっぷりで、やんやの喝采を受けていました(しかしオペラではお約束のリピートは無し)。コダーイのド民謡オペラ「セーケイの紡ぎ部屋」から登場したレーシェルは、恰幅の良いコロラトゥーラ・ソプラノで、技量も声量も申し分なく、美女とは言えませんが舞台映えするのでファンが多いと思います。前半の箸休め的「ハーリ・ヤーノシュ」間奏曲は、指揮者がハンガリー人ではないので土着の粘りは聴けず、節回しがやけにあっさりしていました。ここは願わくばメドヴェツキーで聴きたかったところ。

後半のウィンナ・オペレッタは、全く明るくない分野なのであまり論評もできませんが、ハンガリーに関係がある曲ばかりを揃えて、歌は原語ではなくハンガリー語バージョン(かつてのエルケル劇場ではそれが一般的でした)を採用し、ぐっとくだけた雰囲気で進行しました。歌手の二人も舞台さながらに踊りながらの歌唱。最後はニューイヤーコンサートでも時々聴くポルカ「ハンガリー万歳」で、歌無しでは終われないぞと思ったら、アンコールはシュトラウス2世「騎士パズマン」から「チャールダーシュ」と、もう1曲デュエット(多分またシュトラウス)のダメ押しで、大いに盛り上がりました。拍手は必ず拍子系になっていくのがブダペスト聴衆のクセですが、咳マナーが悪いのも20年経ってコロナ禍を経験した後でも相変わらず、あちこちで演奏中でも遠慮なくごっほんぐっしゃんやっていたのが、むしろ潔く懐かしかったです。

さらに余談ながら、かつてあったRoszavolgyiミュージックショップの出店がもぬけのカラになっていて、今年1月に閉店になったとのこと。いろいろと他には置いてない掘り出し物があったので物色する気満々だったのですが、残念。ここに限らずブダペストの街中でもCDショップはすでに絶滅危惧種になっていて、ダウンロードとサブスクが基本的に嫌いな私には寂しい世の中になりました(まあ日本でも事情は同じですが・・・)。

東京春祭ワーグナーシリーズ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」ベックメッサーに乾杯!する日が来ようとは2023/04/09 23:59



2023.04.09 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 14
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Egils Silins (Hans Sachs/bass-baritone)
Adrian Eröd (Sixtus Beckmesser/baritone)
David Butt Philip (Walther von Stolzing/tenor)
Johanni Van Oostrum (Eva/soprano)
Katrin Wundsam (Magdalene/mezzo-soprano)
Daniel Behle (David/tenor)
Andreas Bauer Kanabas (Veit Pogner/Ein Nachtwächter/bass)
Josef Wagner (Fritz Kothner/bass-baritone)
木下紀章 (Kunz Vogelgesang/tenor)
小林啓倫 (Konrad Nachtigal/baritone)
大槻孝志 (Balthasar Zorn/tenor)
下村将太 (Ulrich Eisslinger/tenor)
髙梨英次郎 (Augustin Moser/tenor)
山田大智 (Hermann Ortel/bass-baritone)
金子慧一 (Hans Schwarz/bass)
後藤春馬 (Hans Foltz/bass-baritone)
東京オペラシンガーズ
1. ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(全3幕)

4年ぶりの東京春祭ワーグナー・シリーズです。リングシリーズのときと同じく、マレク・ヤノフスキ指揮のN響、ゲストコンマスにライナー・キュッヒルという最強布陣。外来歌手陣は春祭常連のエギルス・シリンス以外、記憶にない名前ばかりだったので少々不安でしたが、やはりこのシリーズの仕掛人の耳は確かで、今回も安定の粒揃いでした。

聴衆の誰もが認める本日のエースは、ベックメッサー役のアドリアン・エレート。初めて聴く人でしたが、バイロイトを含む欧州各地を渡り歩いている現役バリバリのベックメッサーのようで、調べると2013年東京春祭の前回「マイスタージンガー」にも出演していたようです。演奏会形式なので、他の歌手が皆自分の楽譜を持ち歩き、譜面台に置いて歌っていたのに対し、彼だけは完全暗譜でオペラさながらの小芝居を交え、完璧なベックメッサーを演じていました。

突出したパフォーマンスで観衆を大いに沸かせたエレートは別格としても、他の主要キャストの人々も立派な歌唱で盛り立てます。春祭のワーグナー「リング」シリーズでヴォータンを歌っていたシリンスは、ザックス役は今回がほぼ初めてだった様子で、相変わらず存在感のある美声ながら、歌唱は終始固めで、途中詰まったような箇所もあり、暖かい人間味が滲み出るような熟れ感はありませんでした。

ヴァルター役のデイヴィッド・バット・フィリップは、備忘録を辿るとロイヤルオペラで2012年「バスティアンとバスティエンヌ」と2013年「ナブッコ」に出ていたのを見ていますが、その当時はジェット・パーカー・プログラムを卒業したばかりの若手で、特に鮮烈な印象はなく。今日も最初は声が弱く終始オケに負けていましたし、歌の響かせ方も工夫がない(ずっと同じ方向を見て歌っているので反対側の聴衆はずっと聴きづらい)感じでしたが、幕を追うごとに調子を上げ、第3幕のクライマックスにピークを持ってきてヴァルターの成長を表現するという、これを狙ってやっているのだとしたらまさに成長の証、老獪なワザを身につけたものだと感心します。

オケもいつも以上に安定した演奏で、毎度ながらキュッヒル様様です。なお、リングシリーズとは違い、今回は映像による補完はなく、照明のみの簡素な舞台演出でした。

しかしこのマイスタージンガーは、舞台上に人わらわらの人海戦術が効くオペラだけに、演奏会形式だとちょっと辛い箇所がちらほらと。特にラストのクライマックスは、ザックスが「マイスターを舐めないで!」と歌いヴァルターをたしなめた後は、演者の動きだけで大円団が表現されているため、演奏会形式だと話が全然解決しないまま宙ぶらりん感を残して終わってしまいます。やはりこいつは劇場で見たかったものです。それにしてもこのオペラ、ヒトラーも愛しただけあって、ドイツ芸術とドイツ人万歳が結論の、本当に古き良き時代の国威発揚芸術ですね。これが今日までドイツ以外でも世界中で上演され続けているのは、ひとえにワーグナーの音楽が持つ、普遍的でとてつもない価値の賜物でしょう。これがもし、プーチンが愛するロシア皇帝万々歳のオペラだとしたら、それでも芸術的価値が高ければ、やはり今年も上演され続けているのだろうか、などという邪念が演奏中もふとよぎってしまいました。


東京・春・音楽祭:ここでしか聴けないハイレベル、「さまよえるオランダ人」2019/04/07 23:59

2019.04.07 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 10
David Afkham / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Bryn Terfel (Der Holländer/bass-baritone)
Jens-Erik Aasbo (Daland/bass, Ain Angerの代役)
Ricarda Merbeth (Senta/soprano)
Peter Seiffert (Erik/tenor)
Aura Twarowska (Mary/mezzo-soprano)
Cosmin Ifrim (Der Steuermann Dalands/tenor)
東京オペラシンガーズ
中野一幸 (video)
1. ワーグナー: 歌劇《さまよえるオランダ人》(演奏会形式・字幕映像付)

昨年の「ローエングリン」は見送ってしまったので、2年ぶりの東京春祭ワーグナーです。満開のピークは過ぎましたが、まだ花見客で溢れかえる上野公園を横目に、久しぶりの文化会館へ。

まずは記録をたどってみると、「オランダ人」は2011年にロイヤルオペラで観て以来の2回目。ブリン・ターフェルも実はそんなに見てなくて、やはり2011年のロイヤルオペラ「トスカ」スカルピア役で聴いたのと、シモン・ボリバル響のロンドン公演アンコールでサプライズ登場したのを目の前かぶりつきで見たのが全て。他は初めての人ばかり、かと思いきや、舵手役テナーのコスミン・イフリムは、2006年に観たウィーン国立歌劇場ルーフテラスの「子供のためのオペラ」で、「バスティアンとバスティエンヌ」に出演していました。当時はまだ研究生くらいのキャリアだったでしょうか。

指揮者のダーヴィト・アフカムはドイツ出身、弱冠36歳の新進指揮者で、名前や顔立ちから推察される通り中東系ハーフ(お父さんがイラン人)とのこと。2008年のドナテッラ・フリック指揮者コンクールで優勝したのをきっかけに、ゲルギエフやハイティンクのアシスタントを務めながらキャリアを積み上げてきた人のようです。そういえば、2012年のドナテッラ・フリック指揮者コンクール最終選考をバービカンで見たことを懐かしく思い出しました。

この業界では全く「若造」のアフカム相手に、N響がナメた演奏をしないかとちょっと心配でしたが、今年もゲストコンマスに座ってくれたキュッヒルが睨みを利かせるこのシリーズでは、さすがにそんなことは杞憂でした。出だしの序曲から鋭く引き締まった弦、日本のオケとは思えない馬力の金管、メリハリの効いた演奏を最後まで集中力切らさず、相変わらずの高クオリティで聴かせてくれました。毎回書いてますが、今年もキュッヒル様様です。

このシリーズ、あらためて書くまでもないですが、オケのクオリティに加え、歌手陣が充実しているのも特長で、トータルでここまでのハイレベルは海外の有名歌劇場でもほとんどチャンスはないと思います。ターフェルのオランダ人が別格に素晴らしいのは言うまでもないとして、バイロイトでもゼンタを歌っているメルベートは、エキセントリックながらも浮つかないどっしりとした歌唱が貫禄十分。大御所ペーター・ザイフェルトは多分このシリーズ初登場で、65歳(ルチア・ポップのWidowerだからもっと歳食ってるかと思ったけど、15歳も年下の夫だったんですね)とは思えぬ伸びのある美声を披露。このトリプルスターに交じって、急病のアイン・アンガーの代役で呼ばれたノルウェー人バスのオースボーも、負けることなく堂々と渡り合っていましたので、知名度はまだまだかもしれませんが大した実力者です。主役4人が皆、体格も良く、一様に素晴らしいシンガーだったので、舵手役のイフリムは小柄さ(この人もぼっちゃり系ですけどね)と声の線細さ、不安定さが対比されてしまって気の毒でした。ただ、この役はこのくらい「若い」ほうがむしろ良いかもしれません。マリー役は、うーむ、ほとんど印象に残っていない…。

ビデオは、CGがどうしてもゲームっぽい感じになってしまうので最初は抵抗があったのですが、今回の「オランダ人」は奇をてらわず、ストーリーを分かりやすくトレースしていて、ただでさえ長ったらしいワーグナーのオペラをコンサート形式で鑑賞するにはこれもアリかなと、今は肯定派に傾いています。前にロンドンで観たときのシンボリックな演出よりはよっぽどいい。あと、今回あらためて思いましたが、登場人物がみんな自分勝手な人たちばかりで、最後の昇天のシーンも鼻白むというか、共感できるところがほとんどない寓話だなと。

さて来年は何が来るか、いつ発表になるのか知りませんが、初期の作品を除くともう残すは「トリスタンとイゾルデ」しかないので、それを有終の美として、このワーグナーシリーズもフィナーレ、となるのでしょうか。どんな歌手を揃えるのか、来年も期待大ですね。

気がつけば昨年は演奏会に行く数が激減していて、今年も目ぼしいものがまだ見つけられていないので、さらに激減する予感が…。ブログの更新もこんな感じになりそうです。


東京・春・音楽祭:何とか有終の美、「神々の黄昏」2017/04/01 23:59

2017.04.01 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 8
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation), 田尾下哲 (video)
Arnold Bezuyen (Siegfried/tenor, Robert Dean Smithの代役)
Rebecca Teem (Brünnhilde/soprano, Christiane Liborの代役)
Markus Eiche (Gunther/bariton)
Ain Anger (Hagen/bass)
Tomasz Konieczny (Alberich/bass-bariton)
Regine Hangler (Gutrune/soprano)
Elisabeth Kulman (Waltraute/mezzo-soprano)
金子美香 (Erste Norn, Flosshilde/alto)
秋本悠希 (Zweite Norn, Wellgunde/mezzo-soprano)
藤谷佳奈枝 (Dritte Norn/soprano)
小川里美 (Woglinde/soprano)
東京オペラシンガーズ
1. ワーグナー: 舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第3日 《神々の黄昏》(演奏会形式・字幕映像付)

3月21日に東京の開花宣言が出たときは、エイプリルフールの頃には上野公園の桜もさぞ麗しかろうと思っていたのに、予想外の冷え込みのせいで開花はまださっぱりでした…。そんなこんなで迎えた東京春祭「リング」の最終年は、直前で主役級2人の降板という、それこそ「エイプリルフールでしょ?」と思いたくなるような波乱含みで、のっけから嫌な予感。「出演者変更のお知らせ」のチラシには、来日してリハーサルをやっていたが急な体調不良で、とわざわざ書いてあったので、まあダブルブッキングとかの理由ではないんでしょう。開演前のアナウンスでは、代役の二人は3月29日に来日したばかりなので、と最初から言い訳モード。これまで世界クラスの歌手陣で質の高い演奏を聴かせてくれたシリーズだっただけに、最後にこれはちと残念じゃのー、まあせいぜいおきばりやす、と期待薄で臨んだところ、ジークフリートを除いて概ね今年も満足度の高いパフォーマンスだったので、良かったです。

ブリュンヒルデのティームは、出だしこそ不安定さを見せたものの、すぐにエンジンがかかり、多少粗っぽくはあるものの、堂々とした迫力あふれる歌唱で、この日最大級のブラヴォーを浴びていました。もう一方のベズイエンは割りを食ったというか、気の毒なくらいに自信なさげで、声もオケに負け続けで、このパフォーマンスだけを聴く限り、ジークフリートとしてはあまりに力量不足。この人は最初の「ラインの黄金」でローゲを歌っていて、そのときは曲者ぶりがなかなか似合っていたのですが、ヘルデンテナーは元々キャラじゃないように思います。とは言え、調整不足と時差ぼけの中、この超長丁場を歌い切って、とにもかくにも舞台を成立させてくれたのだから、最後は聴衆の優しい拍手に迎えられてだいぶホッとした表情に見えました。予定通りロバート・ディーン・スミスが歌っていたら格段に良かったのかというと、それも微妙かなと思いますし。

他の歌手も、ほぼ穴がないのがこのシリーズの凄いところ。3年前「ラインの黄金」のファーゾルトを歌う予定がキャンセルし、今回初登場のアイン・アンガーが、やはりピカイチの歌いっぷり。重心の低い落ち着いた演技ながらも要所でしっかりと激情を見せる懐の深い歌唱力は圧巻でした。グンターのマルクス・アイヒェはインバル/都響の「青ひげ公の城」で聴いて以来ですが、鬱屈した役柄なので多少抑え気味ながらも、誰もが引き込まれる美声が素晴らしい。初めて聴くグートルーネのハングラーは、見かけによらずリリックな声質で、振り回される乙女の弱々しさを見事に好演。シーズン通してアルベリヒを歌っているコニエチヌイの安定感は、もはや風格が漂っています。もう一人の常連組、ヴァルトラウテのクールマンも短い出番ながら余裕の存在感。一方の日本人勢は、3人のノルンのハーモニーが悪すぎで、序幕はすっかり退屈してしまいました。終幕のラインの乙女たちはまだ持ち直していましたが。

繰り返すまでもなく、普段より一段も二段も集中力が高かったN響の演奏もこのシリーズの成功要因で、N響をもう一つ信用できない私としては、キュッヒル様様です。もちろん巨匠ヤノフスキのカリスマあってのこのクオリティだと思いますが、二人とも終演後に笑顔はなかったので、出来栄えとしては気に入らなかったのかもしれません。後方スクリーン映像の演出は、元々私は不要論者でしたが、4年目にもなるともはや気にならなくなっていました。ただし演出で言うと、奏者をいちいち袖から出してホルンやアイーダトランペットで角笛やファンファーレを吹かせていたのは、完璧な演奏でバッチリ決めるのが前提でしょうね。

「リング」チクルスも終わり、来年の春祭ワーグナーは「ローエングリン」だそうです。フォークト、ラング、アンガー、シリンスと、これまた充実した顔ぶれの歌手陣で、ワーグナーは疲れたのでちょっと一休みしようかと思ったのですが、秋にはまたチケット買ってしまいそう・・・。

東京・春・音楽祭:さらに進化した圧巻の「ジークフリート」2016/04/10 23:59

2016.04.10 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 7
Marek Janowski / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Thomas Lausmann (music preparation)
田尾下哲 (video)
Andreas Schager (Siegfried/tenor)
Erika Sunnegårdh (Brünnhilde/soprano)
Egils Silins (Wotan, wanderer/baritone)
Gerhard Siegel (Mime/tenor)
Tomasz Konieczny (Alberich/baritone)
In-sung Sim (Fafner/bass)
Wiebke Lehmkuhl (Erda/alto)
清水理恵 (woodbird/soprano)
1. ワーグナー:舞台祝祭劇 『ニーベルングの指環』 第2夜 《ジークフリート》(演奏会形式・字幕映像付)

東京春祭の「リング」サイクルもついに3年目で、念願の「ジークフリート」にたどり着きました。かつて、ブダペストのオペラ座では毎年年明けに「リング」連続上演をやるのが恒例でしたが、一年目は試しに「ラインの黄金」を見に行き、面白かったので翌年に残り3作品を連続して見る予定が、子供が急に熱を出したため「ジークフリート」だけは見に行けなかったのです。それ以降、ロンドンでも「リング」サイクルの機会はありましたが、都合が合わず行き損ねました…。

一昨年、昨年とハイレベルのパフォーマンスを聴かせてくれたこの東京春祭の「リング」、今年も非の打ちどころがないどころか、進化さえ感じられる圧巻の出来栄えで、満足度最高級の演奏会でした。今年もゲストコンマス、キュッヒルの鋭い視線が光る下、N響は最高度の集中力で演奏を維持し、虚飾のないヤノフスキの棒に直球で応えて行きます。初登場のシャーガーは、ヘルデンテナーらしからぬスマートな体型に、明るくシャープな声が持ち味。これだけ出ずっぱりでもヘタレないスタミナがあり、イノセントなジークフリートは正にはまり役でした。ミーメ役でやはり初参加のジーゲルは、記録を辿ると2006年にギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」の道化クラウス役、および2010年にロイヤルオペラ「サロメ」のヘロデ王役で聴いていますが、備忘録で歌唱力は褒めているものの、正直あまり記憶がありません。今日も最初は(見かけによらずと言えば失礼か)ちょっと上品過ぎるミーメに聴こえましたが、だんだんと下卑た感じになっていく演技力が見事。まずはこのテナー二人の熱演で飽きることなく引き込まれて行きます。

そして、毎年出演のヴォータン役、シリンスは相変わらず堂に入った歌唱。一昨年もアルベリヒを歌っていたコニエチヌイは、明らかに対抗心むき出しの熱唱だったのがちょっと可笑しいですが、この人も歌唱力には定評があります。昨年フンディンクを歌っていた常連のシム・インスンは今年はファフナーに復帰。元々存在感のある重厚な低音に、洞窟の中から出す声はメガホンを使って変化を持たせていました。低音男声陣も各々素晴らしく、皆さん抜群の安定感と重量感でした。

女声陣の出番は少ないですが、まずはブリュンヒルデ役で初参加のズンネガルドは、ワーグナーソプラノではたいへん貴重な細身の身体で、迫力では昨年のフォスターに及ばないものの、どうしてどうして、見かけによらず余裕の声量で揺れ動く心理を感情たっぷりに歌い上げ、聴衆の心をがっちり掴んでいました。シャーガーもスリムだし、シュワルツェネッガーのようなジークフリートとマツコデラックスのようなブリュンヒルデが暑苦しく二重唱を歌う、という既成のビジュアルイメージ(?)を打ち砕く、画期的なヒーロー、ヒロイン像だったと思います。エルダ役のレームクール、森の鳥役の清水理恵も双方初登場でしたが、どちらも出番は短いながら、非の打ちどころのない歌唱。今回も総じてレベルの高い歌手陣で、毎年のことですが、これだけのメンバーを揃えた演奏も、世界中探してもなかなか他にないのでは、と思いました。これだけやったのだから、来年の最終夜ではここまでの集大成を聴かせてくれるに違いなく、とても楽しみです。

新国立劇場:松村禎三「沈黙」2015/06/28 23:59


2015.06.28 新国立劇場 オペラ劇場 (東京)
下野竜也 / 東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団, 世田谷ジュニア合唱団
小原啓楼 (ロドリゴ), 小森輝彦 (フェレイラ)
大沼徹 (ヴァリニャーノ), 桝貴志 (キチジロー)
鈴木准 (モキチ), 石橋栄実 (オハル)
増田弥生 (おまつ), 小林由佳 (少年)
大久保眞 (じさま), 大久保光哉 (老人)
加茂下稔 (チョウキチ), 三戸大久 (井上筑後守)
町英和 (通辞), 峰茂樹 (役人/番人)
宮田慶子 (演出), 遠藤周作 (原作)
1. 松村禎三: 歌劇「沈黙」

このオペラは1993年の日生劇場での初演と、2000年の新国立劇場・二期会共催上演を見て以来ですので、15年ぶりの3回目になります。新国立劇場に足を運ぶのもえらい久しぶりで、前回来たのは2007年の「くるみ割り人形」でしたが、その年の夏に松村禎三氏は亡くなっていたのでした。

「沈黙」は日本のオペラの中では上演機会に恵まれているほうで、この宮田慶子版(2012年プレミエ)は3つ目のプロダクションのはずです。詳細はよく憶えていないものの、前にここで見たときの演出は、ひたすら暗かったのに、最後だけはまるで「白鳥の湖」のラストシーンかと思うくらい、取って付けたような天光が差してきて、分かりやすく神の救いを表現するというベタな演出でした。

一方今回の演出では、螺旋形で緩やかに上がっていく木製の回転ステージには巨大な十字架が刺さっており、シンプルながらも光と影を効果的に使ったシンボリックな舞台は、プロットがすっと身体に入ってきて好感が持てるものでした。音楽を邪魔しないというか、音楽の力が素直に引き立つよう作られており、一見根暗で前衛的なこのオペラが、そもそもいかにもオペラらしい劇的表現の宝庫かということがよくわかりました。不協和音の連続のようで、そこかしこに散りばめられる民謡、賛美歌、ムード歌謡まで、なんでもありのごった煮の世界。松村氏の他の作品と比べてサービス精神が突出しており、エンターテインメント志向が強い異色作です。見終わった後、晴れやかに劇場を出て行く、というものではなく、むしろ「どよーん」とした空気が何とも言えない作品ではありますが。

歌手陣は皆歌いなれた人たちで、危なげない歌唱で安心して聴いていられました。下野竜也と東フィルの演奏も穴がなく実に立派なものでした。演奏にどうしても熱が入ってしまうのか、頑張りすぎて時々歌をかき消していましたが。

日本を代表するオペラ作品だし、東西文化の衝突は題材としても海外向き。是非どんどん輸出して欲しいものです。ハンガリー語、チェコ語、ポーランド語のオペラ上演が欧米の主要劇場でちゃんと成立しているのだから、人口でははるかに多い日本語オペラの上演があっても不思議ではないですよね。まあ、日本人歌手をもっと輸出することが先決かもしれません…。