ロウヴァリ/フィルハーモニア管:リヒャルト・シュトラウスへのオマージュ ― 2026/06/04 23:59

2026.06.04 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Benjamin Grosvenor (piano-2)
1. R. Strauss: Don Juan
2. R. Strauss: Burleske for piano and orchestra
3. R. Strauss: Waltzes from "Der Rosenkavalier" (Sequence 1)
4. R. Strauss: Symphonia Domestica
フィルハーモニア管創立80年の記念シーズン最後を飾るのは、首席指揮者ロウヴァリのタクトの下で、「シュトラウス・エクストラヴァガンザ」と題されたオール・リヒャルト・シュトラウスのプログラム。趣旨は、創立2年目の1947年にロイヤル・アルバート・ホールで開催された特別演奏会にて晩年のリヒャルト・シュトラウス本人が客演指揮したプログラムを79年ぶりに再現するという、このオケの歴史と地位があってこそできる、なかなかの企画です。ただ、不幸にもロンドン地下鉄のストライキと重なってしまったため、ところどころに空席が見られる状況でした。
1曲目、交響詩「ドン・ファン」は一昨年の東京シティフィルで聴いて以来です。やけに覚めた、ゆっくりとした入りで、ティンパニが良い音はしているが軽い。丁寧な指揮で全体的には角の取れた演奏になっていましたが、時々変なタメを作ったりしてどこかぎこちない。ホルン6人は立派なコラールで、木管のソロも素晴らしかったです。
次の「ブルレスケ」は過去に一度、2011年のBBCプロムスで聴いています。シュトラウスが書いたほぼ唯一のピアノ協奏曲(左手ピアノのための「家庭交響曲余録」という曲を後に書いていますが)と言われている初期の作品で、まだ作曲家としての方向性が揺れ動いている時期であるかなというのはわかりますが、ブラームスの影響が濃いという評価は、ブラームスをそんなに聴き込んでいない自分にはよくわからず、もっとスタンスが軽い端正な小品(20分弱ありますが)という印象です。ティンパニで始まり、ティンパニで終わる、途中ピアノとの掛け合いも多い、打楽器フリークにとっても注目の曲ですが、軽やかなティンパニの音が曲調にたいへんマッチしており、やはり端正淡麗なピアノともよく調和していました。
ピアノのベンジャミン・グローヴナーは、2012年に一度だけ聴いていますが、このときはアラン・ギルバート率いるニューヨークフィルがバービカンで行ったヤングピープルズ・コンサートの中で1曲、バーンスタイン「不安の時代」の短いジャズピース「仮面舞踏会」だけの演奏でしたので、さほどの印象は残っていません。しかし当時は王立音楽院を卒業したばかりの19歳だった彼も今や33歳の中堅ピアニスト、こちらも歳を食うわけです…。演奏のスタイルは、非常に小回りの効く機能的なピアノで、難曲で名高いこの曲をそうと感じさせずさらっと聴かせるナチュラルな上手さがあります。ただ、あまりにも終始無表情で、別に顔芸が良いとは言わないけれど、愛想、愛嬌もときには大事、上手いけど面白みがない人と見られてしまうのでは、という要らぬ心配を考えてしまいました。アンコールは、J-POPのようなコード進行の静かな小品をしっとりと弾いて、これは曲のチョイス、演奏ともに非常にしっくりときて良かったです。後で調べると、やはり(もちろん!)リヒャルト・シュトラウスの「明日(Morgen)」という有名な歌曲をピアノ用に編曲したものでした。
休憩後の最初は「ばらの騎士」のワルツ。大元の1947年のコンサートでは一番最後に演奏されたそうですが、今日はあえて演奏順序を入れ替えるということは、開演前のマネージャー?の挨拶で告げられていました。このワルツ、予習不足だったのですが、よく見るとWaltzではなくWaltzesと複数形で、アンコールのピースでよく演奏されるいわゆる「ばらの騎士のワルツ」だけではなく、前奏曲の冒頭から始まる組曲仕立ての「シーケンス第1番」と呼ばれる作曲者自身が編纂した小品なのでした。しかしこのワルツ、指揮棒関係なく阿吽の呼吸で合わせていく、ウィンナーワルツ特有のリズム感に乏しく、ちょっと噛み合っていない感がありました。もっとオケの自発的なアンサンブルを促し、指揮者はあまり構いすぎないほうがよいのではないかと思いました。
ようやくメインの「家庭交響曲」に辿り着きましたが、なかなか長丁場の今日のプログラム、地下鉄ストで帰宅の足を心配してか、途中で席を立つ人がけっこういました。この「家庭交響曲」を生演で聴くのは実に34年ぶり、学生時代に初めてウィーンに行った際、当日券で楽友協会のアンドレ・プレヴィン指揮ウィーンフィルを聴いたのが唯一です。そもそも他の交響詩や「アルプス交響曲」と比べるとCDを聴く頻度も極端に低く、何回聴いてもなんだかよくわからない曲、という印象ばかりです。さらに、演奏会のプログラムに乗る機会も非常に少ないので、自分にとっては、たまに聴いてみたいと思ってもなかなか聴ける機会がない幻の曲でした。
集客力なさそうなこの曲をあえて曲順を変えてメインに持ってきたということは、逆に並々ならぬ強い思いで取り組んだことは容易に想像されますが、まさしく冒頭からオケの気合いがみなぎり、ここまでとは空気感が違いました。全体を通して、最後まで集中力を切らさず丁寧かつ豪快に鳴らし続けた爆演でした。実際には多様なライトモチーフを緻密に組み立てて極めて精緻に作られている(であろう)この曲、細部への言及は自分の能力を超えていますが、あえて「アルプス交響曲」との対比で言うと、大自然とは反対側にありそうな家庭をテーマにしている分、内向的になっていくかというと全くそうではなく、ブルジョア貴族の優雅で華麗な日常を一貫して「陽キャ」視点で表現しているように私には見えます。その意味でこの曲は「アルプス交響曲」の対極ではなく同じ地平線上にあり、何の予備知識もなしに、例えば「森の中でキャンプを楽しむ様子を描写した曲だ」と説明されても納得してしまう気がしました。
楽器編成では「アルプス交響曲」にも引けを取らない大編成で、ただしサンダーシートやウインドマシーンのような特殊楽器や、舞台裏のバンダがあるわけではないのですが、目を引いたのはソプラノ、アルト、バリトン、バスと揃ったサクソフォーンの四重奏。しかしサックスパートは出番が少なく暇そうで気の毒でした。しかも吹いている箇所も、あるのとないのでどう効果が違うのかよくわからないような、何とも贅沢な使い方。こういった無駄、と言っては失礼なのでレジリエンス(冗長)なところも含めて、どう聴いても最後まで演奏し通すのが極めてたいへんそうな難曲であることがわかり、日本だとアマチュアはおろか、プロでもちゃんと演奏できるところがあるんだろうか、と思ってしまいます。今日のフィルハーモニア管はもちろん気合い十分で、最後まで破綻せず、音圧も申し分ないものでした。特に8本のホルン(実際には10人上がっていました)は圧巻の迫力。ティンパニもここでは軽さを抑え、しっかりと叩き込んで良い仕事をしていました。終盤の143小節目、スコアには書かれていないがほぼ例外なくどのティンパニ奏者もやるニ長調の音階叩きは、ペダルプレイで難なくこなしていましたが、そこで油断したのか、その後のクライマックスでバチをすっ飛ばすハプニング。すぐに予備のバチを取って事なきを得ていましたが、フィルハーモニアのような一流プロオケとしては珍しい場面を見させていただきました。

フィルハーモニア管/ロウヴァリ:ヘヴィメタルと管弦楽の饗宴 ― 2026/04/22 23:59

2026.04.22 Royal Festival Hall (London)
Forged in Sound: Heavy Metal Orchestrated
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Zsolt-Tihamér Visontay (solo violin-13)
Mr Lordi (from Lordi, vocal-5, 16)
Alison Mosshart (from The Kills, vocal-7, 10)
Suzi Quatro (vocal-3, 12)
Marzi Nyman (guitar), Pete Friesen (guitar)
Jonathan Noyce (bass), Hayley Cramer (drums)
1. Wagner (arr. Iain Farrington): Ride of the Valkyries from Die Walküre
2. Metallica (arr. Iain Farrington): Orion
3. Suzi Quatro/Mike Chapman & Nicky Chinn (arr. Fiona Bryce): Can the Can
4. Shostakovich: Allegro from Symphony No.10 in E minor
5. Metallica (arr. Fiona Bryce): Enter Sandman
6. Daniel Nelson: Steampunk Blizzard
7. The Kills (arr. Fiona Bryce): Doing It To Death
8. Mosolov: The Iron Foundry
9. Holst: Mars, the Bringer of War from The Planets
10. Motörhead (arr. Fiona Bryce): Ace of Spades
11. Mahler: Excerpt from Adagietto from Symphony No.5
12. Guns N' Roses/Bob Dylan (arr. Fiona Bryce): Knockin’ on Heaven’s Door
13. Led Zepplin (arr. Jaz Coleman): Kashmir
14. Vivaldi (arr. Iain Farrington) Presto from Summer from The Four Seasons
15. Saint-Saëns (arr. Iain Farrington): Finale from Symphony No.3 in C minor (Organ)
16. Mr Lordi (arr. Marzi Nyman): Hard Rock Hallelujah
このコンサート、通常の定期演奏会とはチケット発売日も違っていて、特別演奏会のような位置付けで「Into The Void」という仮タイトルと、ヘビーメタルとオーケストラの融合を目指すらしいということ以外は出演者含め詳細が全く分からないながら、なんだか面白そうなので渡英前からチケットを買っていたものです。「Into The Void」というからにはブラック・サバスを軸にした70年代のハードロック中心の選曲で、願わくばオジー・オズボーンにも登場いただいて、という企画が当初のプランAだったのだと想像しますが、残念ながらオジーは昨年7月に亡くなってしまいましたので、急きょプランB以降をバタバタと調整した結果、Mrローディ、スージー・クアトロ、ザ・キルズのアリソン・モシャートの3ヴォーカルをゲストに迎えて、タイトルも「Forged in Sound」に変更されたのだと思います(これも全く個人の想像ですので事実は知りません)。ヘビーメタルと謳ってはいますが、Mrローディ以外の二人はパンクとかインディーズの文脈の人であって、ゲストの選定にだいぶ苦労の跡が感じられたのと、本人たちの心情としてもヘビメタと一緒くたにされるのはちょっと不本意なのでは、と心配してしまいました。
ホールに入ると照明が暗く、アンプ、PAが設置され、最後段にはアクリル板に囲まれたドラムセット、のっけから違う雰囲気です。客層も、ヘビメタTシャツに革ジャン、ピアスにアクセサリじゃらじゃらといった、いつもとは違う出立ちの人々がやっぱり多いなと思っていたら、登壇したオケメンバーも皆さん同じようにラフな格好。真面目なカタブツだと思っていたコンマスのジョルト氏も、レッド・ツェッペリンのTシャツに革ジャンを羽織り、右目には縦線のピエロメイクをしています。
本日のプログラムは多数の多彩な曲が用意されていますが、合計16曲のうち、純粋なオーケストラのレパートリーは以下の5曲。
・ショスタコーヴィチ:交響曲第10番から第2楽章アレグロ
・ネルソン:スチームパンク・ブリザード
・モソロフ:鉄工場
・ホルスト:組曲「惑星」から「火星」
・マーラー:交響曲第5番から第4楽章アダージエット(抜粋)
以下5曲はオーケストラとバンドの共演のための編曲。
・ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」
・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」から「夏」第3楽章プレスト
・サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付」からフィナーレ
・メタリカ「Orion」(1986)
・レッド・ツェッペリン「Kashmir」(1975)
あとは出演ヴォーカリストそれぞれの持ち歌と、ヴォーカルを取ったカバー曲。
・スージー・クアトロ「Can The Can」(1973)
・ガンズ・アンド・ローゼズ(原曲はボブ・ディラン)「Knockin’ on Heaven’s Door」(1990)
・ザ・キルズ「Doing It To Death」(2016)
・モーターヘッド「Ace of Spades」(1980)
・ローディ「Hard Rock Hallelujah」(2006)
・メタリカ「Enter Sandman」(1991)
今日の席は目の前にPAスピーカーがあって、そのおかげで音がうるさ過ぎた、ということはないのですが、特にオーケストラだけの曲では目の前の楽器の生音と、遠くにあるはずの楽器のスピーカーを通した痩せた音が有無を言わさず至近距離から同時に耳に入ってきて、非常に違和感がありました。PAを通して聴こえる弦楽器の音は実際の生音よりも荒れて汚く聴こえるため、オーケストラの演奏会という視点に固執すればせっかくのフィルハーモニア管の潤いある弦楽が台無しだったと言わざるを得ませんが、まあ今日の趣旨では仕方がないことです。あとは、オーケストラとヘビメタバンドの融合とはいっても、バンドがガッツリ入ってくるとオケのほうは結局あってもなくても大差ない音場になってしまって、やっぱりこの二つは水と油、融合させるアレンジはストレートにやっても難しいなという認識を深めました。そんな中でも最後のサン=サーンス「オルガン付」はパイプオルガンの迫力とブラスの音圧がバンドサウンドに対抗し、相乗効果でたいへん良い感じに共鳴していました。あと、Heavy Metal(重金属)の関連でForge(鍛造する)という聞きなれない用語をタイトルにした都合からか、後から追加されていたモソロフの管弦楽小品「鉄工場」は、まさに鋳造炉の騒音をそのまま楽譜にしたようなソリッドな描写音楽で面白かったです。同時代のオネゲル「パシフィック231」もコンセプトとしては同系列かと思いますが、重工業の隆盛にインスパイアされた、その前の時代にはなかった当時の前衛音楽かと思いました。
ヘビメタ系だとライブハウスでよくあるような耳がジンジンするほどの音量では全くなかったのですが、それでも楽団員の半数近くは耳栓型のワイヤレスイヤホンをしていて、いくらアクリルの衝立があるとはいえ真横でドラムやギターを鳴らされたら繊細な聴力がダメージを受けかねませんので、やはりそのへんはプロの演奏家、ご自身の耳を守る配慮はされているようでした。そういえばLSOの打楽器首席奏者、ニール・パーシーが珍しくトラで加わっていましたが、密閉型のヘッドフォン(多分耳栓代わり)をしながら淡々とシンバルを叩いてたりして、見た限りあまり楽しそうではない様子で、特に複雑な仕事を任されているでもなく、何でわざわざトラを引き受けたんだろうと疑問に思いました。
正直なところ、ローディ、ザ・キルズ、スージー・クアトロのいずれも自分の視野に入ってなかったミュージシャンにつき、思い入れ溢れる感慨はないのですが、皆さんそんなに若くはないはずなのにパフォーマンスはまだまだ現役バリバリの活力とオーラが出ていました。スージー・クアトロなんかもう75歳ですが、ステージに立つと「おばあちゃん感」を見せないしゃきっとした立ち姿で、先月見た同世代にあたる高中正義バンドの人々の元気溌剌ぶりが頭でカブリました。今日歌っていたセカンドシングルの「Can The Can」は1973年、スージーが22、3歳のときの曲ですから、50年以上の時を経て今なおステージでこれを歌っているバイタリティは率直に凄いです。なお、後から追加で発表された「Kashmir」は誰が歌うんだろうと思っていたら、コンマスのジョルト氏が立ち上がり、ヴォーカルの代わりにソロヴァイオリンでテーマを弾くという趣向でした。なるほど、それでツェッペリンTシャツだったのか。
バンドメンバーは、リードギターのハゲ親父、マルツィ・ナイマンが良かったです。プロフィールを見ると、クラシックからジャズ、ロックまで幅広く対応し、作曲も手掛けるマルチ・タレントですが、ギターが本当に好きなんだなと見て取れるプレイは好感が持てました。この人とMrローディはフィンランド人なので、ロウヴァリの同郷人脈から連れてきたのかもしれません。もう一人のギター、ピート・フリーゼンはアリス・クーパーやブルース・ディッキンソンと、ベースのジョナサン・ノイスはゲイリー・ムーアとそれぞれ共演歴があるようで、ドラムのヘイリー・クレイマーもプロバンド活動を続けているミュージシャンたちですが、今日のプレイでは可も不可もなく、まあ普通の演奏でした。長いブロンドヘアのスレンダーマッチョウーマン、ヘイリーには期待していたのですが、残念ながら自分の席からほとんど姿が見えませんでした・・・。
アンコールは(楽譜を覗き込むと)「She Sells Sanctuary」というイギリスのオルタナ系ハードロックバンド、ザ・カルトの1985年の曲を、ヴォーカル抜きのインストアレンジでやりました。渋すぎる選曲ですが、イギリス人には知名度の高い曲なんでしょうか?
このようなある意味イロモノ企画は、クラシックとヘビメタのどちらも通った自分的には非常に興味深く楽しいひとときではありました。と同時に、バンドとオーケストラの共演の難しさもひしひしと感じました。人選、選曲、アレンジ、PAスタッフ等、準備に膨大な労力をかけたと想像されるこのコンサート、同じものは多分二度とない、貴重な体験でした。
以下はローディのインスタグラムから引用。

フィルハーモニア管/ナガノ:感動のフィナーレはどこに?マーラー「復活」 ― 2026/03/19 23:59

2026.03.19 Royal Festival Hall (London)
Kent Nagano / Philharmonia Orchestra & Chorus
Jane Archibald (soprano-2)
Christina Bock (mezzo-soprano-2)
1. Hildegard von Bingen: O vis aeternitatis
2. Mahler: Symphony No. 2, 'Resurrection'
日系アメリカ人指揮者の巨匠(と今や呼んでもかまいませんよね)、ケント・ナガノはいくつかCDは持っていたものの、実演を聴くのは今日が初めてです。そもそも近現代寄りのレパートリーが多い人で、去年読響に客演し第7番「夜の歌」をやることはチェックしていたので、けっこうマーラーを得意としているのかなと思っていたら意外とそうでもなく、交響曲の録音は第3番、第8番、「大地の歌」と「嘆きの歌」くらいしかなく、今日の「復活」はけっこうな「レアもの」であったことを後になって知りました。なお「復活」を前回聴いたのは9年前の京都大学交響楽団の第200回記念東京公演で、だいぶ久しぶりです。また私の「復活」はなぜかここフィルハーモニア管と縁があるようで、過去にインバル、マゼール、サロネンの指揮で3回聴いております。
本日のプログラムは「復活」1曲だけではなく、その前にビンゲンの聖ヒルデガルトという12世紀のドイツで活動した修道院長にして作曲家、神学者、薬学者、作家など多彩な才能を発揮して「ヨーロッパ最大の賢女」と呼ばれた人が作曲したチャントを持ってきました。時代も音楽性もマーラーとは大きな隔たりがある曲ですが、解説を読むと、どちらも、天を仰ぎ「原光」で満たされるという共通の方向性を持っているとのこと。うーむ、そう言われましても、あまりに音楽が違いすぎるのでなかなかピンとはこないのですが、ナガノはこういったトリッキーなプログラムを好む人のようです。
オケが揃いナガノが登壇してもまだコーラスが出ていないのでどうするのだろうと思っていたら、10名程度の女声聖歌隊が上手クワイヤ席の脇から歌いながら出てきました。伴奏のない単旋律のチャントを歌いながら一列になってゆっくりと行進し、ストール席の真ん中を突っ切るように進んで、下手のクワイヤ横の扉に消えていきました。その間約8分、ちょうど歌い終わるタイミングで退場できるように計算していたんだと思いますが、聖歌隊の声が消えゆくタイミングでナガノのタクトが起動し、「復活」開始。のっけからアンサンブルがピシッと決まりません。速いテンポで前へ前へと進んでいくのですが、縦の線は正直甘々で、雑な演奏に聴こえるくらいのレベルです。一方で音のバランスには細心の気を配っている様子で、響きは室内楽的というか、マックスの音量を一定以上に上げず、下の音までよく聴こえる音作り。なかなか個性的なマーラーではあります。ブーレーズのマーラーを生で聴いたらこんな感じになるんでしょうか。
第1楽章が終わったところでコーラス隊が入場。第2楽章は意外と普通のテンポでしたが、木管が時々鋭く鳴ってふわっとした感じを打ち消し、ここでも響きの透明感が最優先でした。ソリスト二人が入場して第3楽章が始まるとまた早いテンポになるのですが、摩擦なくサクサク進むような感じはなくて、常に響きに気を遣っているからなのか、オケがギクシャクしながらもグイグイ前へと引っ張られているような感じを覚えました(うまく伝わってますかねー)。思うに、ナガノとこのオケの関係性がよくわからないものの、多分それほど頻繁に客演しているわけでもなく(もしそうなら自分も過去に何度か聴いてたはず)、この大曲にしてはリハの時間も限られていたので、オケのほうもぶっつけ本番で探りながらやるしかない部分が多々あったのではないでしょうか。
第4楽章以降のソリストはどちらも初めて聴く人ですが、文句ない良い歌唱でした。できればもっと正面の席で聴きたかったところです。第4楽章「原光」の伴奏になる金管は、あえて舞台裏のバンダを使っていたのがユニーク。ここまで全体的に速いテンポながら音量を抑えめで進んできたところ、最後の第5楽章にピークを持ってくる戦略なのかなと思っていたら、結局オケは最後まで抑制的。むしろコーラスのほうが割れんばかりの熱唱で、さらには裏のバンダも最後は両サイドストールの客席に出てきて演奏に加わり、それでようやく盛り上がったという感じで、チグハグさが否めません。
このマーラー「復活」は、いろんな解釈や聴き方があるかとは思いますが、大管弦楽と大コーラス、それにパイプオルガンが一体となって神への賛美と自らの復活を高らかに歌い上げるスペクタクル的なカタルシスが、やはりこの曲の最も素晴らしい存在意義だと思うのです。スコアの練習記号でいうと48番以降のこのクライマックスは、YouTubeにも昔から「感動のフィナーレ」として多数の切り抜きや比較動画が上がっておりますが、ナガノの「復活」はそのどれと比べてもあっさりとしたもので、力技で感動を無限に増幅させていくバーンスタインやテンシュテットのようなアプローチとは対局に位置する演奏でした。
あとから振り返ってみると、聖ヒルデガルトの聖歌で厳かに始まり、あくまでその方向の延長として、無茶な飛躍をしない節度ある演奏でクライマックスまで持って行った流れは一貫したコンセプトがあり、またバランスコントロールとバンダの使い方にナガノならではの個性も感じられて、上質のコンサートだったと思いました。ただ、自分が聴きたかった「復活」とは違うかな。

フィルハーモニア/ロウヴァリ:ファジル・サイは環境ビジネスの香り ― 2025/11/30 23:59
2025.11.30 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Fazil Say (piano-2)
1. Sibelius: En Saga
2. Fazil Say: Mother Earth (Piano Concerto) (UK premiere)
3. Dvorak: Symphony No. 8
2021年に若くしてフィルハーモニア管6代目の主席指揮者に就任したロウヴァリは、2014年に一度ミューザ川崎ホールにて東響を振った演奏会を聴いて以来です。1曲目、元々はファリャ「恋の魔術師」がプログラムにあったのですが、数日前にメール連絡があり、シベリウス「エン・サガ」に曲目変更とのこと。直後の韓国ツアーで取り上げる曲に寄せたようですが、個人的にはファリャを聴きたかったので、がっかり。意気消沈して寝てました。
気を取り直して、2曲目は「母なる地球」をテーマにしたファジル・サイの新作ピアノ協奏曲。昔から気になっていたピアニストですがなかなか縁がなく、見るのも聴くのも初めてです。日本では「鬼才! 天才! ファジル・サイ!」というキャッチフレーズが先行して、私も鬼才にして怪人と勝手に思っていたのですが、ちょっと思ってたのと違う印象でした。もっとアヴァンギャルドな作風にぶっとんだピアノを想像していたら、既存イメージを寄せ集めたヒーリング音楽のような曲でした。ちょっと悪口っぽく言うと、思想政治的動機があって、芸術的野心はどこにもない感じ。鳥笛、ギロ、オーシャンドラムなどの打楽器を駆使して山と海の大自然を効果音でわかりやすく表現し、また自席からはよく見えなかったのですが、ピアノにもプリペアドの細工をしていたように聴こえました。そういった「飛び道具」を使わずに自然描写をするのが過去の大作曲家たちが取り組んできたクラシック音楽の矜持だと個人的には思うので、安直な効果音頼みは興醒めです。しかしジャンルを超えた人気ピアニストだけあって、ちょっと常識に欠けるファンも多く、演奏中にも写真や動画を撮ってて怒られてる人を多数見かけました。

メインのドヴォルザーク8番は、全体的に丁寧に作り込んだ演奏で、オケと指揮者が現在最も良い関係にあることがわかります。変に緊張感を煽ることもなく、聴衆のざわつきとか全く気にも留めずとっとと演奏を始めてしまうタイプですね。2014年に聴いた際はまだ20代にも関わらず、ラトルばりに細かいところまで仕掛けを施す恐れ知らずの芸風でしたが、年月が経ってだいぶ肩の力が抜けた感じです。細部まで気を配ったリードながらもあざとい感じはなく、カラッとした都会風のドヴォルザークでした。第9番の「新世界」ではなく、第8番でもそのアプローチを取るのが最近の流行りかもしれません。最終楽章のスピードはブラス泣かせではありましたが。
ロンドンではこれが今年最後の演奏会になるため、聴衆も招待しての創立80周年記念パーティーが終演後に開催されていましたが、翌日の仕事もあり、泣く泣く帰宅の途につきました。
フィルハーモニア/パヤーレ/フローレス:ラテン系ノリノリの「幻想交響曲」 ― 2025/11/27 23:59

2025.11.27 Royal Festival Hall (London)
Rafael Payare / The Philharmonia Orchestra
Pacho Flores (trumpet-2)
1. Berlioz: Overture, Le carnaval romain
2. Gabriela Ortiz: Trumpet Concerto (Altar de Bronce) (London premiere)
3. Berlioz: Symphonie fantastique
早めにサウスバンクに着いたので、18時からの若手奏者による無料の室内楽から聴いてみました。意外とストールの客席が埋まっていたのはびっくり。演目は全く守備範囲ではないですが、ポルトガル音楽界の教祖ルイス・デ・フレイタス・ブランコ及びラヴェルの弦楽四重奏曲で、1時間近くかかった長いプレコンサートでした。ヴィオラの吉村大智君が堂々と物怖じしない演奏で、アンサンブルの軸を担っていました。

さて本日のメインイベントは、ベネズエラのエル・システマ出身ミュージシャンによるベルリオーズを中心としたプログラム。ドレッドヘアが特徴的なラファエル・パヤーレは、不勉強で名前も知らなかったのですが、ドゥダメルに続け!とのし上がりに奮闘中の若手筆頭株、かと思いきや、年齢はむしろドゥダメルよりも上(1歳だけですが)、すでにそれなりのキャリアを積んでおり、現在はサンディエゴ響とモントリオール響の音楽監督を兼任。奥さんはチェリストのアリサ・ワイラースタイン。ちょうどこの1週間前にはN響定期にも客演していて、グローバルに活躍中の人なんですね。
1曲目の「ローマの謝肉祭」はキレ良く始まり、躍動的にオケを操ってギミック満載のリズムをダイナミックに生き生きと乗り越えていきます。冒頭のツカミは充分。多分フローレス目当てかと思われますが、ブラバン楽団員と思しきラフな格好の若者集団が聴きに来ていて、地味な高齢者ばかりの普段の客層とは違う空気感がありました。
2曲目はメキシコの女性作曲家ガブリエラ・オルティスのトランペット協奏曲「青銅の祭壇」。新作なのでほとんど情報がないのですが、プログラムによるとヴァイオリン協奏曲「弦の祭壇」を作曲中に、対となるトランペット協奏曲の発想を得ていたところ、指揮者と同じくエル・システマ出身のトランペッター、パーチョ・フローレスから作曲委嘱の話があり、作曲者がライフワーク的に取り組んでいる「祭壇」シリーズの新曲として誕生したようです。
フローレスはトランペット3本、追ってパヤーレもさらに1本を手に持って登場。シモン・ボリバルやサイトウ・キネンのトップ奏者を務めた実力者だけあって、冒頭から高速パッセージを披露。ソロトランペットに木管とハープ、さらにはオケ側のトランペットも呼応して、聴いたことがないユニークな展開が続きます。フローレスは艶やかな音色に、ほとんど音を外さない完璧な技巧、見た目は陽気なラテン系、なかなか得難いキャラクターの名手です。新作なのでもちろん初めて聴く曲ですが、いわゆる「現代音楽」のテイストはなく、耳に優しい親しみ深い曲調です。後半はラテンパーカッションが大活躍のカーニバル風になり、指揮者、ソリスト、聴衆が皆ノリノリになっていく中、打楽器陣は笑顔なく生真面目な顔で黙々と叩き続けていたのが可笑しかったです。カデンツァもかなり自由に、客席を指さしてカモン、「テキーラ!」の掛け声など、聴衆を巻き込みながらのパフォーマンスにやんやの喝采を浴びていました。アンコールは、曲名は知らないものの、弦楽合奏をバックにしっとりした曲を披露。こういうのもできるんだぜ、とばかりのトランペット名手は、サックス名手に負けず劣らずのズルカッコ良さでした。

メインの幻想交響曲は、これまた全力投球が気持ちいいノリノリのミュンシュ系演奏。今どきは当たり前かもしれませんが、スコア上のリピートは全て行っていても冗長に感じず、軽さと明るさが全編通して滲み出ていました。第2楽章はトランペット奏者がコルネットを持って下手に移動し演奏していましたが、コルネット付きの演奏自体、すごく久しぶりに聴いた気がします(メータ/NYPのレコード以来かも)。あとから調べたら、パヤーレがモントリオール響を振った新譜のレコーディングでもコルネット付き版を選択しているそうで、最近の傾向かもしれません。第3楽章のオーボエは舞台裏からちょっと遠目に、しかし音色はあくまで明るく鳴らして掛け合い、こういうところもミュンシュを彷彿とさせました。第4楽章はテンポを必要以上に揺さぶるわけではなく正攻法で盛り上げていましたが、ホルンのゲシュトップ奏法などスコアに書かれた演出は忠実に実行。最終楽章の弦もきっちり弱音器を使いおどろおどろしさを強調するも、鐘の音は高くてキラキラしており、やはり基本は明るいラテン系に終始していました。あまりに聴きすぎて食傷気味の「幻想」ですが、こういう若くて突き抜けた明るさも、真似しようと思ってもなかなか達成できるものではなく、良きかなと思いました。

フィルハーモニア/フルシャ:オペラの合間にマーラー「夜の歌」 ― 2025/11/13 23:59
2025.11.13 Royal Festival Hall (London)
Jakub Hrusa / The Philharmonia Orchestra
1. Mahler: Symphony No. 7
11月4日から21日までロイヤルオペラにて「マクロプロス事件」を上演中のフルシャが、その間隙をついてフィルハーモニア管の指揮台に1日だけ立つという詰め込みスケジュール、大丈夫かいなと思ってしまいましたが、何はともあれ歴史の目撃者(大袈裟)になれるのであれば、喜んで身を投じます。プログラムはマーラーの交響曲第7番「夜の歌」1曲のみ。まあオペラ座公演中のことも考えれば、あれやこれやはやってられないかと思います。しかし私は、マーラー好きでありながらこの曲がいまだに大の苦手。と言いながらも去年もジョナサン・ノット/新日本フィルで聴いてましたが。
オケは対抗配置で、チェロ、コントラバスが第1ヴァイオリンの奥、向かって左手に位置します。ということは、第2ヴァイオリンは右手の上手側。うーむ、12年ぶりだというのに、フィオナちゃんは自分の席からは背中しか見えない、残念。それはともかく、この曲はまず隠々滅々とした冒頭部分を無事に乗り切って、第一主題でしっかりとした足取りのペースを掴むのが肝要ですが、やはり冒頭のテナーホルンは鬼門、その不安定な演奏に一気に悪い空気が蔓延してしまいます。テナーホルンだけでなく普通のフレンチホルンのほうも不安定が感染し、フルシャも空回りしているように見える、集中力を欠く展開が第2楽章まで続きました。楽章の合間に途中退席する人が複数人いたためにしばらく間を置かざるを得なくなったのも要因かもしれません。
第3楽章でフルシャ得意のリズムのキレが戻ってきたのですが、全体像のフォルムが掴めないままに突入した、この曲のさらなる鬼門、第4楽章ナハトムジークの色彩感が、予想通り非常に浮いて聴こえてしまいました。マンドリンとギターはどちらも渋いイケオジ系で、収音マイクで音を拾っているようでした。最終楽章はティンパニの音程が抜かりなく正確にチューニングされており、非常に気持ちが良かったです。私が大好きだったレジェンドのティンパニスト、アンディ・スミスさんは10年前に引退されたようですが、ある意味アンディさんとは真逆のスタイルが新鮮でした。最後のコーダ前にオケを極限まで鳴らしてきたのにちょっと驚き、なるほどフルシャはここにピークを持ってくる作戦であったかと、早とちりを反省しました。やはりロイヤルオペラ音楽監督の肩書は伊達ではなく、すでにロンドンで大人気者のフルシャ、終了後はやんやの喝采を受けていました。
マゼール/フィルハーモニア管のマーラー交響曲シリーズ第2弾 ― 2014/05/25 23:59

没後100年の2011年にロンドンのロイヤルフェスティバルホールにてライブ録音されたマゼール/フィルハーモニア管のマーラー交響曲全集。4、5、6番の3曲を収めた第2弾のCDセットが届きました。第1弾から7ヶ月、このペースだと第3弾(おそらく7〜9番)、第4弾(おそらく10番、Erdeと歌曲集)までたどり着くのは来年でしょうかね。
まだざっと一通り聴いただけですが、豪快に音を外していた第6番のトランペットは、やっぱり直ってる(^^)。アンディ師匠のティンパニの破壊力、特に第5番の3楽章ですが、しっかりディスクに収められてます。
当時書いたレビューを見ながら、貴重な体験を懐かしく反芻したいと思います。
まだざっと一通り聴いただけですが、豪快に音を外していた第6番のトランペットは、やっぱり直ってる(^^)。アンディ師匠のティンパニの破壊力、特に第5番の3楽章ですが、しっかりディスクに収められてます。
当時書いたレビューを見ながら、貴重な体験を懐かしく反芻したいと思います。
マゼール/フィルハーモニア管のマーラー交響曲シリーズ ― 2013/09/21 23:59

2011年の記念イヤーに結局全部聴き通したマゼール/フィルハーモニア管のマーラー全交響曲シリーズ、いくつか事故のあった演奏だったのでオクラ入りかなと思っていたら、タワーレコードのサイトでCD発売の情報が出ていました。やったー。第一弾は1番&2番&3番で、10月20日発売。ゆっくりと懐かしく聴き直してみたいと思います。
自分の便宜のため、当時のブログへのリンクを下にまとめときます。
第1番&若人:2011年4月12日
第2番:2011年4月17日
第6番:2011年4月19日
第4番&リュッケルト:2011年4月28日
第5番&角笛:2011年5月5日
第3番:2011年5月8日
第7番:2011年5月26日
第10番&大地の歌:2011年9月29日
第9番:2011年10月1日
第8番:2011年10月9日
自分の便宜のため、当時のブログへのリンクを下にまとめときます。
第1番&若人:2011年4月12日
第2番:2011年4月17日
第6番:2011年4月19日
第4番&リュッケルト:2011年4月28日
第5番&角笛:2011年5月5日
第3番:2011年5月8日
第7番:2011年5月26日
第10番&大地の歌:2011年9月29日
第9番:2011年10月1日
第8番:2011年10月9日
フィルハーモニア管/サロネン:初演から100年の「春の祭典」 ― 2013/05/30 23:59
2013.05.30 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / Philharmonia Orchestra
1. Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune
2. Varèse: Amériques (version 1927)
3. Stravinsky: The Rite of Spring
2012/13シーズンもついに終盤戦。元々音楽監督の出番が少ないフィルハーモニア管は今日がシーズン最後のサロネン登板日です。先の日本ツアーでたいへん評判の良かった「ハルサイ」をやっと聴けるのが嬉しい。
しかしその出端を挫くかのごとく、隣席のおじいちゃんが困ったもので。まず、臭い。それだけなら非難もしにくいですが、オケが無料で配布しているメンバー表を四つ折りにして袋を作り、その中に痰を吐いて、さらに折り曲げて上着の内ポケットに入れてました…( ゜Д゜)。この不潔感漂う老人は、演奏中も終始口を開閉してニチャニチャと音を立て、時々咳をして、上のように痰を吐く。気に障ることこの上ない災厄でした。周囲は静かな人ばかりでしたが、皆内心で「このくそじじい」とイライラを募らせていたに違いない。こんなわけで「牧神の午後」は全く台無しでした。
次の「アメリカ」は、3年前にSouthbankの「ヴァレーズ360°」という全曲演奏会の企画で聴いて以来でした。「牧神の午後」を思わせるフルートのソロから始まり、「春の祭典」の不協和音と変拍子をさらに鮮烈にしたような展開が続く、まるで「牧神」と「春の祭典」が結婚してできた子供のような曲です。音量的にもようやく隣のじじいが気にならないレベルまで上がってきたので、何とか演奏に集中できました。これがまたキレキレの凄演で、私がこの難曲を理解しているとはこれっぽっちも思わないのですが、それでも万人の心を打つ、説得力抜群の演奏でした。最後は顔を文字通り真っ赤にして畳み掛けたサロネンの迫力に、惜しみない拍手大喝采が贈られていました。
前日が初演から100年の記念日だった「春の祭典」は、バルトークチクルスのときにもサロネンが取り上げていましたが、そのときは確かLSOとバッティングしていて聴けませんでした。もちろんサロネンの真骨頂、リズムの鋭いシャープな演奏ではあったのですが、前の曲で燃え尽きたのか、オケがちょっとお疲れ気味でした。冒頭から木管はしっかりしていたのですが、金管がどうしてもリズムの足を引っ張り、演奏にキズもありました。フィルハーモニア名物アンディ・スミス先生のティンパニは前半控え目で後半に爆発する戦略でしたが、生贄の踊りで原始的なリズムが炸裂する私の一番好きな箇所になると、アンディ先生、あろうことかリズムを間違える大暴走。珍しいものを見ましたが、これに象徴されるように、オケのほうが何となく「気もそぞろ感」というか、倦怠ムードが少しあったのは確かでしょう。もちろん、ベストとは言えないまでもハイレベルな演奏だったのは確かですが。お客の拍手は正直です。なおホルンの美人プリンシパル、ケイティ嬢は今日はワーグナーチューバを吹いていました。ちょうどチェロ奏者の影で姿がほとんど見えなかったのがたいへん残念です。フィオナ嬢もサロネンにがっちりブロックされて見えなかったし、最後のフィルハーモニアにしては、ちょっと淋しい…。
Esa-Pekka Salonen / Philharmonia Orchestra
1. Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune
2. Varèse: Amériques (version 1927)
3. Stravinsky: The Rite of Spring
2012/13シーズンもついに終盤戦。元々音楽監督の出番が少ないフィルハーモニア管は今日がシーズン最後のサロネン登板日です。先の日本ツアーでたいへん評判の良かった「ハルサイ」をやっと聴けるのが嬉しい。
しかしその出端を挫くかのごとく、隣席のおじいちゃんが困ったもので。まず、臭い。それだけなら非難もしにくいですが、オケが無料で配布しているメンバー表を四つ折りにして袋を作り、その中に痰を吐いて、さらに折り曲げて上着の内ポケットに入れてました…( ゜Д゜)。この不潔感漂う老人は、演奏中も終始口を開閉してニチャニチャと音を立て、時々咳をして、上のように痰を吐く。気に障ることこの上ない災厄でした。周囲は静かな人ばかりでしたが、皆内心で「このくそじじい」とイライラを募らせていたに違いない。こんなわけで「牧神の午後」は全く台無しでした。
次の「アメリカ」は、3年前にSouthbankの「ヴァレーズ360°」という全曲演奏会の企画で聴いて以来でした。「牧神の午後」を思わせるフルートのソロから始まり、「春の祭典」の不協和音と変拍子をさらに鮮烈にしたような展開が続く、まるで「牧神」と「春の祭典」が結婚してできた子供のような曲です。音量的にもようやく隣のじじいが気にならないレベルまで上がってきたので、何とか演奏に集中できました。これがまたキレキレの凄演で、私がこの難曲を理解しているとはこれっぽっちも思わないのですが、それでも万人の心を打つ、説得力抜群の演奏でした。最後は顔を文字通り真っ赤にして畳み掛けたサロネンの迫力に、惜しみない拍手大喝采が贈られていました。
前日が初演から100年の記念日だった「春の祭典」は、バルトークチクルスのときにもサロネンが取り上げていましたが、そのときは確かLSOとバッティングしていて聴けませんでした。もちろんサロネンの真骨頂、リズムの鋭いシャープな演奏ではあったのですが、前の曲で燃え尽きたのか、オケがちょっとお疲れ気味でした。冒頭から木管はしっかりしていたのですが、金管がどうしてもリズムの足を引っ張り、演奏にキズもありました。フィルハーモニア名物アンディ・スミス先生のティンパニは前半控え目で後半に爆発する戦略でしたが、生贄の踊りで原始的なリズムが炸裂する私の一番好きな箇所になると、アンディ先生、あろうことかリズムを間違える大暴走。珍しいものを見ましたが、これに象徴されるように、オケのほうが何となく「気もそぞろ感」というか、倦怠ムードが少しあったのは確かでしょう。もちろん、ベストとは言えないまでもハイレベルな演奏だったのは確かですが。お客の拍手は正直です。なおホルンの美人プリンシパル、ケイティ嬢は今日はワーグナーチューバを吹いていました。ちょうどチェロ奏者の影で姿がほとんど見えなかったのがたいへん残念です。フィオナ嬢もサロネンにがっちりブロックされて見えなかったし、最後のフィルハーモニアにしては、ちょっと淋しい…。
フィルハーモニア管/アシュケナージ/ガベッタ(vc):ショスタコの酢の物 ― 2013/02/21 23:59
2013.02.21 Royal Festival Hall (London)
Vladimir Ashkenazy / Philharmonia Orchestra
Sol Gabetta (cello)
1. Britten: Suite from "Death in Venice" (arr. Steuart Bedford)
2. Shostakovich: Cello Concerto No. 2
3. Shostakovich: Symphony No. 15
日曜にサウスバンクとバービカンをハシゴした後、月曜早朝から水曜まで出張、木曜金曜と再び連チャンという、なかなかキツいスケジュールでした。アシュケナージは好きな指揮者じゃありませんが、それでも聴きたかったのは、チャレンジングなプログラムだったので。しかしあまりにチャレンジングなため、疲れの溜まった身には苦行のように堪えました。
1曲目のブリテン「ヴェニスに死す」は、同名オペラから抜粋して小編成オケの組曲に仕上げたものですが、ちょうど「パゴダの王子」みたいなアジアンテイストを感じます。編曲のベッドフォードは確かこのオペラの初演を指揮した人ですね。私の耳にはブリテンらしい煮え切らない曲で、結局よくわかりませんでした。
続くショスタコのチェロコンチェルト第2番は、2年ほど前にプラハで聴いて以来です。そのときのソリスト、イケメンのミュラー=ショットと比べて今日のガベッタのほうがずっと男勝りの力強さを感じました。この若き美人チェリストは一見華奢に見えて、二の腕など実はなかなか筋肉質でパワーがあります。その分繊細さや透明感に欠ける気がして、ミュラー=ショットのときとは全く別の曲のような印象でした。やはりこれもまたつかみどころのない曲ですわな。アンコールはチェロ奏者4人を伴奏に弾きましたが、休憩時に観客がチェロ奏者に「今のは何て曲?」と聞いたら、「えーと、何だっけ」と応えられなかったのが微笑ましかったです。
あー、動いてしまって写真撮れませんでした…。
速攻で着替えてサイン会に臨んでいたガベッタさん。
メインのショスタコ15番はその昔、タコというとまだ5番と9番しか知らなかった頃にFMラジオで初めて聴いて、第一印象は「何て変な曲」だったけど何故かハマり、エアチェックしたテープを勉強のBGMによく聴いていました。実演は初めて、すごーく久々に聴きましたが、やっぱり何て変な曲(笑)。思い出しましたけど、第1楽章の「ウイリアム・テル」の他にもワーグナーや自作からの引用がいっぱいあるサンプリングミュージックなんですね。アシュケナージはN響と一緒にブダペストに来たのを聴いて以来。とにかくこの人のギクシャクとした指揮はどうにもいちいちカンに触っていけません。棒振りが杓子定規であえて手の内を見せないような指揮者は他にもいますが、この人の場合は本当にずっとスコアに目を落としながら、オケに合わせて腕を振り回しているだけに見えてしまうので、指揮者としていかがなものか、という思いを禁じ得ません。そんな感じでリズムは重たかったものの、日本公演から帰ったばかりのフィルハーモニア管は好調を維持して上手かっただけに、ちょっと無理が続いてしまった自分の体調と、今日の指揮者がサロネンじゃないという事実をちょっぴり残念に思いました。
指揮棒をくわえたり、やっぱり指揮者らしくない人です。
本日のフィオナちゃん。








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