ロウヴァリ/フィルハーモニア管:リヒャルト・シュトラウスへのオマージュ ― 2026/06/04 23:59

2026.06.04 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Benjamin Grosvenor (piano-2)
1. R. Strauss: Don Juan
2. R. Strauss: Burleske for piano and orchestra
3. R. Strauss: Waltzes from "Der Rosenkavalier" (Sequence 1)
4. R. Strauss: Symphonia Domestica
フィルハーモニア管創立80年の記念シーズン最後を飾るのは、首席指揮者ロウヴァリのタクトの下で、「シュトラウス・エクストラヴァガンザ」と題されたオール・リヒャルト・シュトラウスのプログラム。趣旨は、創立2年目の1947年にロイヤル・アルバート・ホールで開催された特別演奏会にて晩年のリヒャルト・シュトラウス本人が客演指揮したプログラムを79年ぶりに再現するという、このオケの歴史と地位があってこそできる、なかなかの企画です。ただ、不幸にもロンドン地下鉄のストライキと重なってしまったため、ところどころに空席が見られる状況でした。
1曲目、交響詩「ドン・ファン」は一昨年の東京シティフィルで聴いて以来です。やけに覚めた、ゆっくりとした入りで、ティンパニが良い音はしているが軽い。丁寧な指揮で全体的には角の取れた演奏になっていましたが、時々変なタメを作ったりしてどこかぎこちない。ホルン6人は立派なコラールで、木管のソロも素晴らしかったです。
次の「ブルレスケ」は過去に一度、2011年のBBCプロムスで聴いています。シュトラウスが書いたほぼ唯一のピアノ協奏曲(左手ピアノのための「家庭交響曲余録」という曲を後に書いていますが)と言われている初期の作品で、まだ作曲家としての方向性が揺れ動いている時期であるかなというのはわかりますが、ブラームスの影響が濃いという評価は、ブラームスをそんなに聴き込んでいない自分にはよくわからず、もっとスタンスが軽い端正な小品(20分弱ありますが)という印象です。ティンパニで始まり、ティンパニで終わる、途中ピアノとの掛け合いも多い、打楽器フリークにとっても注目の曲ですが、軽やかなティンパニの音が曲調にたいへんマッチしており、やはり端正淡麗なピアノともよく調和していました。
ピアノのベンジャミン・グローヴナーは、2012年に一度だけ聴いていますが、このときはアラン・ギルバート率いるニューヨークフィルがバービカンで行ったヤングピープルズ・コンサートの中で1曲、バーンスタイン「不安の時代」の短いジャズピース「仮面舞踏会」だけの演奏でしたので、さほどの印象は残っていません。しかし当時は王立音楽院を卒業したばかりの19歳だった彼も今や33歳の中堅ピアニスト、こちらも歳を食うわけです…。演奏のスタイルは、非常に小回りの効く機能的なピアノで、難曲で名高いこの曲をそうと感じさせずさらっと聴かせるナチュラルな上手さがあります。ただ、あまりにも終始無表情で、別に顔芸が良いとは言わないけれど、愛想、愛嬌もときには大事、上手いけど面白みがない人と見られてしまうのでは、という要らぬ心配を考えてしまいました。アンコールは、J-POPのようなコード進行の静かな小品をしっとりと弾いて、これは曲のチョイス、演奏ともに非常にしっくりときて良かったです。後で調べると、やはり(もちろん!)リヒャルト・シュトラウスの「明日(Morgen)」という有名な歌曲をピアノ用に編曲したものでした。
休憩後の最初は「ばらの騎士」のワルツ。大元の1947年のコンサートでは一番最後に演奏されたそうですが、今日はあえて演奏順序を入れ替えるということは、開演前のマネージャー?の挨拶で告げられていました。このワルツ、予習不足だったのですが、よく見るとWaltzではなくWaltzesと複数形で、アンコールのピースでよく演奏されるいわゆる「ばらの騎士のワルツ」だけではなく、前奏曲の冒頭から始まる組曲仕立ての「シーケンス第1番」と呼ばれる作曲者自身が編纂した小品なのでした。しかしこのワルツ、指揮棒関係なく阿吽の呼吸で合わせていく、ウィンナーワルツ特有のリズム感に乏しく、ちょっと噛み合っていない感がありました。もっとオケの自発的なアンサンブルを促し、指揮者はあまり構いすぎないほうがよいのではないかと思いました。
ようやくメインの「家庭交響曲」に辿り着きましたが、なかなか長丁場の今日のプログラム、地下鉄ストで帰宅の足を心配してか、途中で席を立つ人がけっこういました。この「家庭交響曲」を生演で聴くのは実に34年ぶり、学生時代に初めてウィーンに行った際、当日券で楽友協会のアンドレ・プレヴィン指揮ウィーンフィルを聴いたのが唯一です。そもそも他の交響詩や「アルプス交響曲」と比べるとCDを聴く頻度も極端に低く、何回聴いてもなんだかよくわからない曲、という印象ばかりです。さらに、演奏会のプログラムに乗る機会も非常に少ないので、自分にとっては、たまに聴いてみたいと思ってもなかなか聴ける機会がない幻の曲でした。
集客力なさそうなこの曲をあえて曲順を変えてメインに持ってきたということは、逆に並々ならぬ強い思いで取り組んだことは容易に想像されますが、まさしく冒頭からオケの気合いがみなぎり、ここまでとは空気感が違いました。全体を通して、最後まで集中力を切らさず丁寧かつ豪快に鳴らし続けた爆演でした。実際には多様なライトモチーフを緻密に組み立てて極めて精緻に作られている(であろう)この曲、細部への言及は自分の能力を超えていますが、あえて「アルプス交響曲」との対比で言うと、大自然とは反対側にありそうな家庭をテーマにしている分、内向的になっていくかというと全くそうではなく、ブルジョア貴族の優雅で華麗な日常を一貫して「陽キャ」視点で表現しているように私には見えます。その意味でこの曲は「アルプス交響曲」の対極ではなく同じ地平線上にあり、何の予備知識もなしに、例えば「森の中でキャンプを楽しむ様子を描写した曲だ」と説明されても納得してしまう気がしました。
楽器編成では「アルプス交響曲」にも引けを取らない大編成で、ただしサンダーシートやウインドマシーンのような特殊楽器や、舞台裏のバンダがあるわけではないのですが、目を引いたのはソプラノ、アルト、バリトン、バスと揃ったサクソフォーンの四重奏。しかしサックスパートは出番が少なく暇そうで気の毒でした。しかも吹いている箇所も、あるのとないのでどう効果が違うのかよくわからないような、何とも贅沢な使い方。こういった無駄、と言っては失礼なのでレジリエンス(冗長)なところも含めて、どう聴いても最後まで演奏し通すのが極めてたいへんそうな難曲であることがわかり、日本だとアマチュアはおろか、プロでもちゃんと演奏できるところがあるんだろうか、と思ってしまいます。今日のフィルハーモニア管はもちろん気合い十分で、最後まで破綻せず、音圧も申し分ないものでした。特に8本のホルン(実際には10人上がっていました)は圧巻の迫力。ティンパニもここでは軽さを抑え、しっかりと叩き込んで良い仕事をしていました。終盤の143小節目、スコアには書かれていないがほぼ例外なくどのティンパニ奏者もやるニ長調の音階叩きは、ペダルプレイで難なくこなしていましたが、そこで油断したのか、その後のクライマックスでバチをすっ飛ばすハプニング。すぐに予備のバチを取って事なきを得ていましたが、フィルハーモニアのような一流プロオケとしては珍しい場面を見させていただきました。

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