セドリック・ティベルギアン:フランス印象派 vs. バロックの饗宴 ― 2026/04/07 23:59

2026.04.07 Wigmore Hall (London)
Cédric Tiberghien (piano)
1. Ravel: Le tombeau de Couperin
Prélude / Fugue / Forlane / Rigaudon / Menuet / Toccata
2. Couperin: Quatriéme livre de piéces de clavecin
La reine des coeurs / La bondissante / La Couperin / La harpée / La petite-pince-sans rire
3. Debussy: Images, Series 1
Reflets dans i'eau / Hommage à Rameau / Mouvement
4. Rameau: XVI. L'entretien des Muses from Pièces de clavecin avec une methode pour la mechanique des doigts
5. Julian Anderson: Etude No. 4 'Misreading Rameau'
6. Rameau: from Nouvelles suites de pièces de clavecin:
XIII. Les sauvages / XIV. L'Enharmonique / XV. L'Egyptienne
7. Debussy: Pour les huit doigts from Etudes Book I
8. Debussy: Pour les agréments from Etudes Book II
9. Debussy: L'isle joyeus
室内楽を聴きに行くことはめったにない私ですが、贔屓の演奏家が至近距離で聴けるコンサートを見過ごしてしまったら後で非常に後悔するので、ウィグモアホールのスケジュールもいつもチェックはしています。とは言え、過去にここに来たのは2012年のクリスティアン・テツラフと五嶋みどりの2回だけ。どちらもヴァイオリンで、テツラフは日本でもソロを聴きに行ってますが、ピアノのソロ演奏会はよく考えると過去に一度も行ったことがなかったかも。今回は名前も知らなかったピアニストの演奏会チケットをなぜ買ったかと言えば、ラヴェル「クープランの墓」をライブで聴いてみたかったから。ここ数年のマイブーム曲で、オーケストラ版は一昨年聴いていますが、そもそもピアノの演奏会に行かないので、原曲のピアノ組曲を聴ける機会は果たしてあるのだろうかと思っていたところ、たまたま演目に曲名を見つけ、思わずポチッと買ってしまいました。
というわけで、14年ぶりのウィグモアホールはセドリック・ティベルギアンという今年51歳になるフランス人ピアニストのソロコンサート。自分はコンチェルトで頻繁にオケと共演するソリストならそれなりに名前が頭に入っているものの、ピアニストは元々暗い分野です。ティベルギアンの経歴を調べてみると、1998年のロン=ティボー国際コンクール優勝以降、国際的に第一線でキャリアを積み重ねており、アリーナ・イブラギモヴァとのデュオが特に有名で、レコーディングも多数ある様子。そのためか、アリーナの伴奏者としての活動が多いというか目立つので、ソロリサイタルはなかなか貴重な機会ということもわかりました。また、自分が目にしていなかっただけで、コンチェルトの共演もかつては多かったようです。
久々のウィグモアホールは紀尾井ホールを一回り小さくしたようなサイズ感で、後ろのほうでもステージとの距離は近いのですが、今日はステージ横の至近距離席で、楽器の生音が好きな私としては申し分ない距離感です。ステージ上のYAMAHAのピアノはおそらく奏者が持ち込んだものと思われます。譜めくりボーイを携えて颯爽と登場したティベルギアンは、俳優で言うと中島歩タイプのシュッとしたイケメンで、年齢よりもずっと若く見えました。
本日はいかにもコンセプチュアルなプログラムで、前半はラヴェルの組曲「クープランの墓」の全6曲と、バロック時代のフランスの巨匠であるそのクープラン本人が作曲したクラヴサン曲集から第21オルドル(組曲)の全5曲を交互に演奏していくというもの。まず、フランス人という先入観で軽やかで力みのないピアノを勝手に想像していたら、指一本一本がハンマーのように鍵盤を叩き込む、アグレッシヴでエモーショナルなピアノで驚きました。また、演奏中によく唸ります。2つの組曲を交互に入れ込むという企画だから逆にあえてそうしているのか、ラヴェルとクープランを一呼吸も置かずに行ったり来たり、切れ目なくどんどん演奏していきます。クープランも作曲当時にはもちろんあり得ない、モダンピアノの特長を駆使したダイナミックな演奏に終始しますが、擬古的なラヴェルとバロックにしては意外と自由でモダンなクープランの混ぜこぜは、一体感があるようで、やっぱりお互いに異質なところが際立つ、不思議な感覚でした。最後の最後でスマホのアラームを鳴らしたヤツは叩き出したいところでしたが。それぞれの曲を単独で演奏するのも聴いてみたかった気もしますが、入れ子の構成ならではのあの緊張感も、後から考えるとなかなかに捨て難いものだったかもしれません。
休憩後の後半は、前半と同様にフランス印象派+バロック時代の組み合わせでドビュッシーとラモー、それに英国の女性作曲家ジュリアン・アンダーソンが1曲だけアクセントに加わるプログラム。ラモーとアンダーソンは全く初めて聴きますし、ドビュッシーにしても、音源は持っているものの、それほど好んで聴くほうではない選曲です。最初はドビュッシーの「印象」第1集の3曲をそのまま演奏しますが、第2曲が「ラモーへのオマージュ」なのがミソ。ティベルギアンのピアノはやはりパワフルでダイナミック、さらには技巧的な難曲も精緻にこなすテクニシャンぶりを思う存分発揮します。ショパンで同じことをやったら絶対怒られるやつです。次にラモーのクラヴサン曲集からのセレクトを、アンダーソンの「ラモーの誤読」と題する練習曲を前後から挟み込むように演奏していきます。ハプシコードで演奏するのでは絶対こうにならない(従って時代考証的には明らかに間違いな)、ロマンチックに音圧もリズムも揺さぶるラモーは、前半のラヴェルの中に散りばめられたクープランと同様な浮遊感を覚えました。最後はドビュッシーに戻ってきて、「8本の指のための練習曲」「装飾音のための練習曲」「喜びの島」という軽めの3曲を、軽やかでもなく、逆に重厚でもなく、ただ真摯に、力強く、等身大の楽曲の響きをピアノから引き出そうとしているように感じました。アンコールは何か超短い曲を弾いた後に、ドビュッシーの前奏曲集から「沈める寺」を、今度は重くゆったりと、まさに海の底に沈んだ大聖堂が徐々に上がってくる様子が目に浮かぶような、説得力のあるピアノを最後に披露。アンコールでやるにはちょっと長い曲ですが、長丁場で疲れただろうに、あえて演奏してくれてありがとう、と言うほかないです。
絶対オケにも負けないであろう力強さを持っているし、やはり自分の嗜好としては、コンチェルトで聴いてみたいピアニストでした。過去のインタビューでバルトークが好きという発言もあったので、ここはぜひLSOかBBC響あたりと共演してくれたら絶対かぶりつきで聴きに行きます。

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