BBCプロムス:ベルリンフィル/ペトレンコ:生まれ変わった「チャイ4」 ― 2026/09/02 23:59
2026.09.02 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: Berlin Philharmonic Plays Elgar and Tchaikovsky
Kirill Petrenko / Berliner Philharmoniker
1. Elgar: ‘Enigma’ Variations
2. Tchaikovsky: Symphony No. 4 in F minor
BBCプロムスにはほぼ隔年で、ウィーンフィルと交互に登場するベルリンフィル。ペトレンコの振るベルリンフィルは今年5月にウィーンで聴いたばかりですが、手垢にまみれたカラヤン時代のオハコであるチャイコフスキーなんかをメインに持ってくるのは、尖ったペトレンコのイメージに合わず、らしくない「普通の」プログラムに見えました。
1曲目のエルガー「エニグマ変奏曲」は、たまたまですがこのところ連続して聴くことになり、ここ3ヶ月の間で3回目です。イギリス人にとってはもちろん定番の人気曲ですが、ベルリンフィルのエルガーは自分のイメージがなく、あえて今回のツアー用のサービスで組み入れたレアものではないかと思いましたが、よく考えたら前任のラトルはイギリス人だからエルガーとか絶対取り上げてるよな、とも思い直しました(真相は知りません)。
演奏は、質実剛健なドイツ風、穏健素朴なイギリス田舎風といった主張は全く感じられない無国籍メトロポリタンの丁寧な演奏でした。ベルリンフィルは奏者それぞれがもちろん高レベルで、繊細から爆発まで自由自在、容赦ない高速パッセージも難なく弾き切って、さすが!上手い!という賞賛しか思いつきません。省略されることも多いオルガンが最後ガッツリ入っていましたが、それを上回るオケの馬力は驚嘆です。個人的には、ティンパニが見た目若そうですがめちゃめちゃ上手くて感服しました。音に芯があってブレないし、強打弱打どちらも音がストレートに突き抜けて、バチを小まめに持ち替えてロールも完璧で、どこを取っても素晴らしいプレイでした。
メイン、ベルリンフィルのチャイコフスキーというと私の世代ではどうしてもカラヤンの亡霊が付きまとって離れないのですが、亡くなってもう40年近く経つので直接その指揮に触れた団員も今はほとんどいないと思われますし、カラヤン以後にそのスタイルを引き継いだ弟子が音楽監督になったことはなく、むしろその伝統から離れて独自の路線を築こうとする人たちばかりだったと思いますので、今なお亡霊に囚われているのは古いレコード・CDを熱心に聴き続けるクラヲタ老人だけなんでしょうね。
ロシア出身のペトレンコのチャイコフスキーは予想通り、郷愁を誘うような感傷的なものではなかったのですが、何も気を衒ったことはしてないものの、あまり他で聴いたことがない個性的な演奏でした。指揮棒によって外からビートを与えるのではなく、常に内から湧き出てくるリズムだけでドライブしている感じで、だからリズムは頻繁にうねるのですがぎこちなさはなく、流れは極めてナチュラル。とはいえ、後半の2楽章は内なるリズム自体がハッキリとしたビートで表出して、さらに高速化し、音圧も極限まで開放されて行きます。これを余すところなく実現するオケのハイスペックは今更言うまでもなく、ティンパニも相変わらず印象に残る良い爪痕を残しました。やはりベルリンフィルはハズレなし、世界最高峰は揺るぎありません。

BBCプロムス:オスロフィル/グラジニーテ=ティーラ/コパチンスカヤ(vn) ― 2026/08/29 23:59
2026.08.29 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: Stravinsky and Prokofiev with the Oslo Philharmonic
Mirga Gražinytė-Tyla / Oslo Philharmonic
Patricia Kopatchinskaja (violin-2)
1. Øyvind Torvund: Symphonic Poem No. 1, ‘Forest Morning’
2. Stravinsky: Violin Concerto
3. Prokofiev: Romeo and Juliet - excerpts
1) Montagues and Capulets
2) Juliet as a Young Girl
3) Masks
4) Romeo and Juliet (Balcony Scene)
5) Death of Tybalt
6) Friar Laurence
7) Dance of the Five Couples
8) Dance of the Girls with Lilies
9) Juliet's Funeral
10) Death of Juliet
オスロフィルは2014年の東芝グランドコンサート(指揮者は現在ロイヤルフィルの音楽監督ヴァシリー・ペトレンコ)で聴いて以来です。本日の指揮者はリトアニア出身のミルガ・グラジニーテ=ティーラ。初めて見る人ですが、最近は女性の指揮者が本当に増えましたね。山田和樹の前任でバーミンガム市交響楽団の音楽監督を勤めていましたが、現在は特に常任ポストには就いておらず、家族と共にザルツブルク在住のようです。
前日の28日にノルウェー国王のハーラル5世が89歳で崩御されたため、コンサートに先立ち、急遽ノルウェー国歌の演奏と黙祷が行われました。続いて、ノルウェーの作曲家兼ギタリストのエイヴィン・トルヴンによる2019年作曲の交響詩第1番「森の朝」。作曲家の名前も、もちろん曲も初めて聴きますが、電子音のサウンドエフェクトと生演奏の音が境目なく混じり合う不思議な音楽でした。両者が溶け合ってどっちがどっちかわからなくなるのをあえて狙っている感じです。私には「森の朝」というよりも、海辺や水の底を想起させる音楽に思えました。いずれにせよヒーリング系の耳に優しい音楽です。トルヴンはクラシック現代音楽の枠に収まらず、ロック、フォーク、ゲーム音楽なども幅広く手がけてジャンル融合的な作風が特徴のことで、確かにそんな感じの仕上がりでしたが、手法としては劇伴音楽ではすでに腐るほどやられている印象があり、既視感があります。演奏後、サイドストール後方で聴いていたトルヴン本人が立たされ、スタンディングオベーション。
2曲目は本日のお目当て、このところお気に入りのパトリシア・コパチンスカヤ。とにかく普通ではいられないこの人は、今日ももちろん裸足で、東欧系の民族衣装をモチーフにしたヘンなドレスで登場。ストラヴィンスキーのヴァイオリンコンチェルトは好きな曲な割にはあまり実演に接する機会がなく、過去に聴けたのは2010年のムローヴァ、2012年のカヴァコスの2回ぽっきり。いかにもコパチンスカヤが好きそうな曲だし、実際にロンドンフィルと共演したCDもあるのでオハコだと思いましたが、今日の落とし穴はこのスカスカで巨大なホールだったかもしれません。この人のヴァイオリンはいろいろトリッキーな技を仕掛けるから一見乱暴なスタイルに見えますが、その実は極めて繊細に作り込んだ演奏を聴かせる人です。時々声を出したりもしますが、これだけ距離があると音も声も届きにくく、このホールには最も向かない類のヴァイオリニストであると思いました。
オケは擬古典風の曲調を反映して端正な透明感で、少人数ながらよく響きよく通るバランスで絶妙に鳴らし、指揮者の統率力はなかなか素晴らしいと思いました。一方のコパチンスカヤは、指揮者を見てはいるけど全部自分のタイミングで入って行くので、特に頭がビシッと決まらないもどかしさがありました。協奏曲でありながら、ヴァイオリンはオケよりも聴衆と対話しているようで、オケは淡々と受け流して自分の仕事に集中し、相互のシナジーが希薄な演奏だったかと。楽章の合間合間に拍手が入ったのも致し方なしという気がします。
元々普通のアンコールはやらないコパチンスカヤですが、今日は「ストラヴィンスキーがこの曲のカデンツァを書かなかったので、自分が作ってみました」と言って、確かにストラヴィンスキーは多分書かないであろうモダンな自作品を披露。途中でコンミスのサラ・クリスティアンを巻き込んだデュエットになっていましたが、おそらく本気でコンサートのレパートリーにするつもりはないんでしょう。
後半はコンミスが交代していましたがこちらも女性。「ロメオとジュリエット」は王道のセレクションで、第1組曲の5〜7曲と、第2組曲の1〜4及び6曲の計8曲を概ねストーリーに沿って並び替え、さらにバレエ版の最後の2曲を加えた全10曲という構成です。最後の場面を通しでやりたい場合は組曲から選ぶのは難しいので、理にかなった選曲です。個人的には「ロメオとジュリエット」を演奏会よりもバレエで観る(聴く)ことが多かったので、序曲(導入部)から始まらないと気分が出ないなあと思う一方で、組曲用にツギハギで作られた「モンタギュー家とキャプレット家」と「ティボルトの死」は、やっぱりカッコ良くできていて演奏会映えするのは間違いない、ということも再認識しました。
グラジニーテ=ティーラは、アー写よりはずいぶんコワモテのお顔だちですが(失礼)、ガシガシと男勝りに棒を振るタイプではなく、その佇まいとしなやかな腕がいかにも女性らしい指揮者です。しかし出てくる音楽はしっかりとダイナミックでドラマチック。これを「男らしい」と言うと昨今は怒られそうですが、弦楽・金管が核となって木管・打楽器が色を添えるというシンプルな役割分担が明確にあり、見通しの良い音作りです。「ティボルトの死」ではかなり無茶なアクセルをかけたりもしますが、オスロフィルはそれに応えて着いていくだけの機動力があります。聴きごたえのある「ロメジュリ」ダイジェストでした。ただし、テンポの設定などダンサーのことは念頭にないのが明らかで(コンサートだとそういう演奏が多い)、バレエの伴奏向きではないなあと思いました。
アンコールは再びトルヴンの小曲「星月夜(Starry Night)」を披露。「ロメジュリ」には必要ないコンガとシンセサイザーが後半も舞台に出しっぱなしだったので、まあそう来るだろうとは思いました。指揮者がマイクを取った説明では、なんでも管弦楽用の編曲は5日前にできたばかりだったとのこと。ノルウェーで始まり、途中ロシアを挟みながらも、最後はまたノルウェーで終わるという構成に矜持を感じました。
BBCプロムス:華麗なるMET管/ネゼ=セガンのゴージャスなシュトラウス ― 2026/08/26 23:59

2026.08.26 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: The Met Orchestra Plays Strauss
Yannick Nézet-Séguin / The MET Orchestra
Elza van den Heever (soprano-2)
Benjamin Bowman (solo violin-3)
1. Richard Strauss: Der Rosenkavalier - suite (arr. attrib. A. Rodziński)
2. Richard Strauss: Salome - final scene
3. Richard Strauss: Ein Heldenleben
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(通称MET)のオーケストラは、コンサート活動をするときは「The Met Orchestra」を名乗っています。本場のMETにまだ入ったことがないので(その向かいのエイヴリー・フィッシャー・ホールは行きましたが)、当然オケも生では初めて聴きます。有名歌劇場と言えども根付きのオケが上手いかというと経験上疑問に思う時もあり、実際このMETオケもかつては出演する超一流の歌手と比してあまりに実力不足という悪評があったのを、ジェームズ・レヴァインがテコ入れして鍛え上げたのだそうで、お手並み拝見です(←何かエラそう)。
ちょっと早めに会場に着き、疲れたので座って待ってようと思ってラウシング・サークルに入ろうとしたら、案内のおっちゃんが「早いもの順で、無料でアップグレードしてあげるよ」といってストールの良席のチケットを本当にタダでくれました。でも何で、って聞いたら、売れ行きが悪かったわけではないが、下階の席が空いたのでそれを埋めるためと言ってました。これまでBBCプロムスは20回以上聴きにきていますが、こんなサービスは初めてです。TV中継のある日だったので、空席を映したくない事情があったのかもしれませんが、いずれにしろラッキー。
今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートを任されたカナダ人の人気指揮者、ヤニック・ネゼ=セガンは、以前私がロンドンに住んでいたころロンドンフィルの首席客演指揮者だったので名前はもちろん知っていましたが、なぜか当時は聴く機会がありませんでした。新進の若手と見ていて(と言ってもハーディング、ガードナー、ネルソンス等と同世代ですが)自分の中での優先度が低かったのかもしれませんが、その頃ちょうどフィラデルフィア管の音楽監督に就任し、その後すぐにMETの音楽監督に抜擢されて、今やトップランナーの一人です。満場の歓声の中登場したネゼ=セガンは金髪にピアス、目がチカチカするラメ入りジャケットを羽織り、爽やかな笑顔も相まって、いかにもゴージャスなアメリカンのキャラになっちゃってます。今回がプロムスデビュー、昨日ニューヨークから移動してきたばかりというMETオケは、メンバーの人種が様々で、これまたアメリカらしい多様性を体現していました。楽器は向かって左にチェロ、コントラバスがくる対向配置ですが、ちょっと変わっていたのが、打楽器は最後列の最上段に位置していながら、ティンパニは右の一段下に置かれて、その真後ろにトロンボーンとチューバが座るという、あまり見たことがない配置でした。
本日のプログラムはオール・リヒャルト・シュトラウスですが、1曲目はMETにとってオハコ中のオハコであろう「ばらの騎士」。よく使われるロジンスキの編曲による組曲版です。冒頭のホルンからもう参りましたという充実した音に、ツカミはオッケー。全体的にオケの音が高音成分多めで明るくきらびやかに響き、まさに「華麗なるメト」という月並みな表現が真っ先に浮かんでくる、いかにもゴージャスなオペラの音でした。オケは移動の疲れも見せず、金管も一切コケることなく、終始集中力の高いしっかりとした演奏を聴かせてくれました。ネゼ=セガンのタクトもオペラのダイジェストを意識した誇張したドラマ仕立てで、1曲目から大盛り上がりです。しかし、プロムスは普段のクラシックの演奏会とは客層がやはりちょっと違うのか、余韻を待たずすぐに拍手がやってきますね。
続く「サロメ」の最終シーンでタイトルロールを歌うのは、南アフリカ出身のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー。キャリアのスタートはメゾソプラノだったのが後にソプラノに転向したとのことで、苦労した時期も長かったそうです。フクシア色と言うんですか、赤紫のインパクトあるドレスで登場したヒーヴァーは、1979年生まれの今年47歳ですから脂が乗り切ったというよりは円熟期に入っている年齢かと思いますが、昨年のMETの舞台でもこのサロメを歌っており、バリバリの現役です。その貫禄ある立ち姿は、恰幅が良い(=太め)というのではなく、全体的に体のパーツがバランスよくゴツい感じ。小柄なネゼ=セガンを並ぶと、まるでママと少年です。この「サロメ」最終シーンは、有名な「7つのヴェールの踊り」が終わった後に、預言者ヨカナーンの生首をしつこくせがみ、ついに手に入れた首に向けて延々と語りかけるという狂気の場面ですが、ヒーヴァーとネゼ=セガンはMETの舞台でも共演しているので息はピッタリ、大船に乗ったかのように安心して役に入り込んだ圧巻の歌唱。元々メゾソプラノだった特質で中低音域成分を多く含んだ声を駆使し、金切り声を張り上げるのではない、ある意味狂信的なブレなさというか芯の太さを表現できる、稀有なソプラノだと思いました。
休憩を挟んでメインの「英雄の生涯」は、あまり好きではない曲ということもあって、実演で聴くのは2011年のヤンソンス/バイエルン放送響以来、15年ぶりのご無沙汰です。この曲だけはオペラと関係のないコンサート用レパートリーですので、METオケもオペラの片手間でちょろっとやるわけにはいきません。しかしそんなことは杞憂で、前半と比べてもむしろそれ以上に完成度の高い、ドラマチック、オペラチックな演奏でした。コンマスのヴァイオリン・ソロは、ゴリゴリ行くのではなく繊細にふわっと柔らかく仕上げる芸達者ぶり。ソリスト的なキャラクターは封印しているのか、オケのリーダーとして節度のある好演奏でした。戦いの狼煙をあげる舞台裏のトランペットは、舞台上の奏者がわざわざいったん退場し、キレの良いファンファーレを吹かした後、すぐに舞台に戻ってきていましたが、こういう要所をバンダ任せにしないオケの矜持を感じました。弦の厚み、金管の馬力と煌びやかさ、全てにおいて派手さが勝る、いかにもアメリカらしいオケでしたが、METオケがコンサートオーケストラとしても疑いなく一流であることを初登場プロムスの聴衆に見せつけた一夜だったと思います。
アンコールではヒーヴァーが同じ衣装のまま再び登場。曲はもちろんシュトラウスで、最初期の歌曲「Zueignung(献呈)」。しかしヒーヴァーはあろうことか途中で笑いながら「ストップ」といって演奏を止めてしまい、何でも歌詞の順番を間違えたとか。ネゼ=セガンが「でも少なくともドイツ語だったし、Mr.ビーンのベートーヴェン第9みたいに歌えばいいんじゃね?」と言い放ち、演奏再開前には自分の指揮者用スコアをヒーヴァーに見せて歌詞を確認するなど、コミカルなやり取りに場内大爆笑。そうやってやり直した「献呈」は当然のごとく素晴らしい歌唱で、短いながらもたいへん盛り上がったアンコールでした。
あとからこのMr.ビーンの映像をYouTubeで探してみたら、「Anthem of the New Europe」というコメディで、ローワン・アトキンソン(Mr.ビーン)扮する英国人バリトン歌手ロバート・ベニントンがベートーヴェン「歓喜の歌」をドイツ語で歌い始め、1コーラス目までは良かったものの、2コーラス目以降の歌詞が手元の楽譜になく、焦っておたおたしつつもアドリブの出鱈目なドイツ語で最後まで歌い切る、というシチュエーションコントでした。こんなのよく知ってるなあ。しかしなるほど、昨年のM-1チャンピオン、たくろうの無茶ぶり漫才の元ネタというか源流はこういうところにあったのかもと、一つ賢くなった気がしました。
BBCプロムス:ウィルソン/SOL:新世代の究極「ローマ三部作」 ― 2026/07/24 23:59

2026.07.24 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: John Wilson Conducts Respighi’s ‘Roman Trilogy’
John Wilson / Sinfonia of London
Jonathan Aasgaard (cello-2)
1. Verdi: The Force of Destiny – overture
2. Walton: Cello Concerto
3. Respighi: Roman Festivals
4. Respighi: Fountains of Rome
5. Respighi: Pines of Rome
14年ぶりのBBCプロムス、ただただ感慨深いです。しかし、チケットが高〜い!このコンサートは特に人気が高かったようで、希望していたクラスよりも2ランクも上の席になってしまいました。もとより音響も視界も総じて悪いこのホールで、気合を入れて聴きたいものは良席で、そうでもないものは安席で、というメリハリを効かせる余地もなく、「高い」か「超高い」か「鬼高い」しか選択肢がない、世知辛い世の中です。え?アリーナで立ち見しろって?全くもってごもっともです、自分も若いころなら…。
さて今年最初のプロムスは、謎の楽団、シンフォニア・オブ・ロンドン。特に今日の演目であるローマ三部作を収めたディスクが「新世代の名盤」として数年前に極めて高い評価を得ていたので、ぜひ一度生演奏を聴きたかったところでした。楽団の公式ホームページによると「英国及び国外のオーケストラの首席奏者、著名なソリスト、著名な室内楽グループのメンバーなど、優れた音楽家を集めて、年間通してレコーディングやコンサートのプロジェクトを敢行するスーパー・オーケストラ」とのことです。ルツェルン祝祭オケのようなコンセプトかと思いきや、趣旨はだいぶ異なるようです。歴史を辿ると、まず1955〜1969年に活動した第一期のシンフォニア・オブ・ロンドンがあり、これはフルート奏者のゴードン・ウォーカーがギャラの良い映画音楽の録音を行うために、ロンドン響から多数の奏者を引き連れて結成したとのこと。1982年にチェリストのピーター・ウィルソンと作曲家のハワード・ブレイクが、ウォーカー家から「シンフォニア・オブ・ロンドン」の命名権を買い取って、ブレイクが作曲したTVアニメ「スノーマン」のサウンドトラックを録音するため結成されたのが第二期になります。2002年までに「バットマン」「ヴァーチャル・ウォーズ」「ロボコップ」など数多くのハリウッド大作映画のサウンドトラックを手掛けました。そして時は流れて2018年に、映画音楽、ミュージカルなどライト・クラシック系の指揮やアレンジを得意とするジョン・ウィルソン(ピーターの血縁者ではなさそう)が、英国の独立系クラシック・レーベルChandosのバックアップを得て立ち上げたのが現在の姿になります。ホームページには音楽監督のジョン・ウィルソンを筆頭に、運営側の人は顔と名前が出ていますが、プレイヤーの具体的な情報が、コンサートマスターを含め一切公表されていません。年代から言っても第一期、第二期のメンバーが含まれているとは思えないし、実を言うと自分はCDを持っていないので、レコーディングごとのメンバー表が存在するのかどうかも不明です。プレイヤーの顔が見えず、今日目の前にいる人々が普段どこの楽団で演奏している人なのか、CDや去年の演奏会と同じなのかどうか、よっぽどの楽団員マニアならともかく、私にはお手上げの世界です。
前置きが長くなりましたが、見たところ奏者の年齢層は若く、女性が多め。今日のような大編成のプログラムでも、管楽器の数は必要最小限で、人海戦術で押し通すスタイルではなさそうです。1曲目の「運命の力」序曲はかつて部活のオケで演奏したことがあり、熟知した曲ですが、実演を聴いたのは2004年のコバケン指揮ブダペストフィル以来ですから相当のご無沙汰です。颯爽と登場したウィルソンは、気難しい芸術家風とは対極のビジネスマン風。記録をたどると過去に一度、2013年に英国ナショナルユースオーケストラで「惑星」を指揮した演奏会を聴いていました。冒頭のファンファーレは短く切り、キレの良い指揮で前ノリにオケを引っ張っていきます。ライト・クラシック系の人というと、どうしても「一流クラスではない」という先入観を持ってしまいがちですが、繊細なダイナミクスを上手くコントロールし、また奏者の演奏レベルも総じて高く、なかなかどうして、クラシック演奏として間違いなく上級クラスです。全体的にスマートな軽さがあり、今どきの人にはこういうのが受けるのかもしれません。
2曲目はウォルトンのチェロ協奏曲。家にCDはありましたが、ほぼ初めて聴く曲です。ソリストは、ノルウェー出身で普段はロイヤル・リヴァプール・フィルの首席奏者を務めるヨナハン・アースゴール。イタリアモノに挟まれて曲調も全く異なるこのご当地モノの選曲は、プログラムの意図がよくわからなかったのですが、昨年この顔合わせでCDが出たばかりなので、目的はプロモーションでしょう。緩急緩の3楽章構成で、無調に近い掴みどころのない曲。繊細で慎重な音出しは変わらず、こういう抒情的な曲も得意なんだよという自信の表れがある気もしました。
休憩後、後半にローマ三部作を一気に演奏するという、ある意味他で見たことがないチャレンジに、さらなる自信の表出を感じました。日本のオケなら、まず金管が鉄板で持たないから、もしこんな演奏会があったとしても怖くて聴きに行けません。演奏は、祭り、噴水、松の順。これは作曲順とは違いますが、CDと同じ流れとのこと。まず私の大好きな「ローマの祭り」は、サークル席の入口扉あたりに配置したバンダと、ステージ後方最上段にずらっと横並びした打楽器群がひときわ華やかな祝祭感を演出していました。やはりこのオケがただモノではないなというのがわかるのは、ほとんどブレない金管に、木管も一流のソロを聴かせ、タメを効かせた濃厚な味付けの弦アンサンブルも完璧で、どこを切っても立派な演奏。オルガンをことさらラウドに響かせていて、今まで聴いたことがない新鮮さもありました。なるほど、特に馬力が必要なこの曲を、オケが疲弊する前に最初にやってしまう曲順は、良い戦略かもしれません。
続く抒情的な「ローマの噴水」では、オケを上手くコントロールした繊細さが光りました。ここでもオルガンがはっきりと聴こえてきて、絶妙のパートバランスで、音圧をかけるところはこれでもかとかけ、繊細な箇所はとことんデリケートに、ダイナミックレンジが極端に広い演奏。これはやりたくても突然にできる話ではなく、単に優秀な奏者を揃えただけではないジョン・ウィルソンの統率力が透けて見えます。
最後の「ローマの松」では、オケの後方に配置した合計16人(のはず、数えた限りでは)のバンダが圧巻で、オケのメンバーも含めてこれだけの人数を集めて誰一人ヘタレないのがシンプルに凄いと思いました。「ジャニコロの松」のナイチンゲールのさえずり効果音ですが、一昨年聴いたルイージ/N響のように、昨今では打楽器奏者が鳥笛で対応することも多いのですが、今日はスコアに忠実にレコード(さすがにSP盤ではないでしょうが)を使っているようでした。終曲の「アッピア街道の松」はミドルテンポでひたすら山を上がっていく展開なので否が応にも盛り上がるためコンサートの最後に置くのはある意味定番ですが、それも最後までしっかりと鳴らし切れての話です。追加するバンダの力があれば乗り切りやすいのも確かとはいえ、オケ、特に金管がヘナチョコだと聴けたモノではないので、その意味でもこのシンフォニア・オブ・ロンドンはやはり噂通りタダモノではないハイクオリティの集団でした。まるで「ローマ三部作」をやるために結成されたと思えるくらい、ハマっていました。
帰りの足もあり、「松」が終わったらすぐに会場を出たのですが、後でBBC iPlayerを観ると、アンコールで「ウィリアム・テル」序曲のギャロップをやって笑いを取っていたもよう。三部作をやり切った後、さらにアンコールができる体力に感服します。現在の再結成後の体制ではまだ歴史が浅く、レコーディングもレスピーギの他はフランス界隈やラフマニノフ、コルンゴルドなど、オケの特質を活かしたレパートリーに絞っているようですが(確かに、このオケのベートーヴェン、ブラームスはちょっと怖い…)、今後もウォッチする価値は十分に感じました。セッション・オケなので当たり外れはありそうですが…。
OAE/ラトル:古楽器集団とは思えない音圧のベルリオーズ「ハロルド」「幻想」 ― 2026/06/10 23:59

2026.06.10 Royal Festival Hall (London)
Sir Simon Rattle / Orchestra of the Age of Enlightenment
Timothy Ridout (viola-1)
1. Berlioz: Harold in Italy
2: Berlioz: Symphonie fantastique
フィルハーモニア管が今年で創立80年なら、OAEはその半分、創立40年の記念イヤーだそうです。去年の5月に出張のおり聴いてから1年ぶりになります。今日はサー・サイモンが客演指揮なのでソールドアウト、かと思ったらそうでもなく、リアストールにごそっと空席があったのは団体のキャンセルでもあったのでしょうか。
OAEは本来古楽器の演奏集団なので、バロック期からせいぜいハイドン、モーツァルトくらいまでの古典期の管弦楽を小編成で演奏するのが通常モードなのですが、その固定観念に収まらない企画や共演も毎シーズンたくさん行っているところがユニークで、ラトルは頻繁に客演していますし、ベルリオーズは時代考証的にはそんなにターゲットから外れてはいないものの、やはり今シーズン随一の刺激的なプログラムです。幻想交響曲の古楽器演奏は、ガーディナー/ORR、ロト/ル・シエクルのレコーディングが有名ですが、元祖を辿ると1988年のノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(LCP)が一番最初のはずです。そのLCPはOAEに吸収されて今はもうありませんので、今日のOAEは元祖の血脈を引き継ぐ演奏と言えるでしょうか。
その前に、1曲目はヴィオラ独奏を伴う交響曲「イタリアのハロルド」。実は生演で聴くのは初めてでした。ステージを見て、このオケでは見たことない大人数が乗っていてびっくり。正規の団員だけでこの人数が集められるとは到底思えないのですが、普通のオケと異なり、特に管楽器は楽器自体が違うからエキストラを呼んでくるのも相当たいへんなのではないかと心配しました。最初、ラトルが一人で出てきたので「あれっ」と思ったら、演奏が始まってからソリストが上手から静かに登場、木管と打楽器の間をゆっくりと歩いていき、ハープの横でヴィオラソロを弾き始めました。しかしそこが定位置ではなく、演奏中にうろうろと舞台上を動き回り、いろんなところでソロを弾きます。OAEのオケメンバーが基本ノン・ビブラート奏法なのに対し、ソリストのリダウトは普通にビブラートをかけていて、あくまで素朴で優しい音色のオケの上にロマンチックなヴィオラソロが乗っていく、そのコントラストが今日の場合は非常に良かったです。弱冠31歳の若手、リダウトは舞台上を歩き回りながらも終始無表情で、協奏曲で自分のソロを聴かせるというよりは、ハロルドという役に入り切っている役者のようでした。
この曲はヴィオラ協奏曲のような形をしていながら、ヴィオラの出番がどんどん少なくなっていって、最後は殺されて退場してしまうのが特徴というか、この曲が滅多に演奏されず、さほどの人気もない理由になっていますが、はたして終楽章の途中、リダウトはずいぶんと早めにステージ下手から出ていってしまい、このあとどうするんだろうかと訝っていたら、最後はGreenサイド(上手側)のボックス席まで行って弾いていました(ちょうど頭上だったので姿は全く見えず)。その後のクライマックスは、このオケでは珍しいほどの音圧を感じる熱気でフィナーレを迎え、やんやの喝采。やはりラトルは何か仕掛けてきますが、良いパフォーマンスだったと思います。放送や録音はなさそうだったのが残念。

メインの「幻想交響曲」は、去年の11月にここでパヤーレ/フィルハーモニア管の演奏会を聴いて以来です。もちろん、指揮者はラトルだし、オケは古楽器集団のOAEだし、位置付けはずいぶんと違います。今日はトラも含めて大人数がステージに乗っており、元々そんなに精緻なアンサンブルを売りにしていたオケでもないので、縦の線はだいぶ甘かったです。第1楽章、譜面を立てずに暗譜で臨むラトルは、オケを振り落としても我が道を行く揺さぶりモード。古楽器だからとか客演だからとか、全く関係ありません。一方のOAEは古楽器ゆえの機能性の悪さがあり、実際、危うい場面はいくつもあり、崩壊しなかったのは奇跡でした。なお、古典的フォーマルを重視し、テーマのリピートはしっかりやっていました。
第2楽章はコルネットありのバージョン。ただ、自分席からは見えず(泣)。4台のハープが圧巻でした。終盤でオーボエが静々と上手に消えていき、第3楽章のコーラングレとのかけ合いは舞台袖から吹いていましたが、最後のほうにはいつのまにか戻ってきていました。テンポを頻繁に揺さぶるラトルのタクトで終始描写的に緩急をつけて盛り上げ、このともすればお眠りタイムになりがちな楽章を飽きさせないのはさすが。終盤のティンパニ四重奏はただでさえ小さい手回しティンパニを前に打楽器の女性奏者2名を加えてところ狭しと立ち、硬質のバチで落雷効果をバランスよく演出していました。
古楽器という特質でもあるのか、音が荒れてきていたのでここでラトルは一旦指揮台を下り、全体のチューニングを確認。気を取り直して第4楽章、けっこう早めのテンポでしたが冒頭のティンパニは基本に忠実に片手6連符で叩いていました。ここから登場するシンバルは小ぶりながら非常に澄んだ良い音。大太鼓も口径は小ぶりで胴が深い櫓太鼓のような外見で、こちらは腹に響いてくるような低音は出ない代わりにアタックの鋭い弾丸系の音でした。一方のラストの小太鼓2台はどちらもスコアに忠実に、通常のスネアドラムではなく深銅のミリタリードラムを使用。この楽章は特に4人のファゴットがめちゃきつそうで、ラトルも容赦なくアクセルをかけるものだからほとんど振り落とされる寸前でした。
終楽章も古楽器だからというよそ行き顔はなく、ラトルならではのメリハリの効いた、我が道を行く演奏でした。特に最後の畳み掛けは見事というしかなかったです。舞台裏から聴こえる鐘(チャイム)はなぜかタイミングが合わず、何度もずれていましたが、モニタがなかったんですかね?クラリネットがキツさのあまりヤケクソ気味にサバトのロンドを吹いていたのは猟奇的な感じがして良かったです。終盤に弓の裏の木で弦を叩くコル・レーニョ奏法は、ちゃんとやらずに弓の先の方で弾くのでごまかしていましたが、うーむ、高価な弦楽器が痛むのを避けたかったんですかねえ。なお、今はチューバで代用するのが普通のオフィクレイドは自分の席から見えず確認ができませんでした。
ベルリンフィル/ペトレンコ/G.カピュソン:引き締まった至高のアンサンブル ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Kirill Petrenko / Berliner Philharmoniker
Gautier Capuçon (cello-2)
1. Stravinsky: Pulcinella Suite
2. Tchaikovsky: Variations on a Rococo Theme
3. Beethoven: Symphony No. 2 in D major, op. 36
同じ日にウィーンフィルとベルリンフィルを連続して、しかも楽友協会で聴くという究極のダブルヘッダー。マチネのマーラー3番がウィーンフィル渾身のパワープレイだとすれば、こちらは引き締まった編成と機能性で聴かせるプログラム。ベルリンフィルは前日の5月1日にエステルハージ宮(アイゼンシュタット)のハイドン・ホールで恒例のヨーロッパ・コンサートを行っており、その勢いのままウィーンへ乗り込んできた形になります。何より、ようやくペトレンコ指揮の新生ベルリンフィルを生で聴けるのが嬉しい。
1曲目「プルチネッラ」組曲は、好きな曲ですが実演で聴ける機会が珍しく、2年前のパシフィックフィル東京でようやく聴けて以来ですが、まさかベルリンフィルで聴けることになるとは夢にも思わず。オーボエ、フルート、ファゴット、ホルンが各2、トランペットとトロンボーンが各1にヴァイオリン3プルトの弦五部というミニマムな2管編成は、アンサンブルの精度は言うまでもなく、磨き抜かれたベルリンフィルの上澄みだけを掬い取ったような極上シルキーの響き。管楽器のソロは一つ一つが驚くほど巧く、フレーズの仕舞い方、音の立ち上がり、ちょっとしたニュアンスまでいちいち神経が行き届いており、小編成だからこそ個々の技量が際立っていました。ただ、トップ奏者の上澄みだけで勝負するなら他の一流オケもそこそこ負けていない気はするので、この段階ではまだ「ペトレンコの仕事」がどこにあるのかは掴みきれず。
続く「ロココ変奏曲」ではヴァイオリンが4プルトに少し増えました。チェロ独奏のゴーティエ・カピュソンは、著名なヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト、ルノー・カピュソンの6歳下の弟。ルノーは2012年にロンドンで一度聴いていますが、ゴーティエは初めてです。見るからに伊達男然としたイケメンですが、外見だけではもちろん終わりません。チェロの音色が素晴らしいうえに、舞台後方のバルコニー席にも驚くほどよく届きました。繊細に歌う瞬間から、芯の強いフレーズを大きく描く場面まで、変幻自在の表現力。最前列にいた母子連れが、幸福そうな笑みを浮かべながら食い入るように見つめていたのが印象的でした。まさに色気ダダ漏れの「女殺し」チェロ。

アンコールではベルリンフィルのチェリスト4人を従え、祈りを思わせる静かな小品を演奏。スマホの翻訳機能を使ってたどたどしくドイツ語で曲の説明をしていたのですが、もちろん聞き取れず。前日のヨーロッパ・コンサートと同じだとすれば、カタルーニャ民謡「エル・カント・デル・オセルス」をパブロ・カザルスがチェロ合奏用に編曲したバージョンのようです。なおアンコールの最中にパルテレ席で倒れた人が出て、6人がかりほどで運び出される騒ぎがあってちょっと騒然としました。
後半のベートーヴェンではヴァイオリンが5プルトと、編成が徐々に増えました。以前一度だけ本拠地のフィルハーモニーでベルリンフィルを聴いた際の演目が同じ交響曲第2番で、不思議と縁があります。演奏は実にキビキビとして質実剛健。高速テンポでも全く乱れないベルリン・フィルの弦の強さを堪能しました。ピリオド奏法寄りではないものの、贅肉を徹底的に削ぎ落としたスマートなベートーヴェン。この曲でようやくティンパニが登場。若い奏者が手巻き式の楽器を硬いウッドのバチで鋭く叩き込む、その音が実に痛快でした。
見る限り、ペトレンコは終始にこやかな表情で指揮をしているのですが、そこから出てくる音楽は極めてストイック。どこか鬼軍曹のような緊張感があり、オーケストラを一切緩ませない凄みを感じました。今年の1月には、今日のプログラムとは対極とも言えるマーラー「千人の交響曲」を取り上げていて、一体どんな演奏だったのだろうかと非常に気になっております…。夏にはBBCプロムスに出演するので、ロンドンでまた聴ける機会を楽しみにしております。


ウィーンフィル/ネルソンス:渾身のパワープレイ、マーラー交響曲第3番 ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Andris Nelsons / Wiener Philharmoniker
Wiebke Lehmkuhl (alt)
Damen des Singvereins der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Wiener Sängerknaben
1. Mahler: Symphony No. 3
この「ベートーヴェンの散歩道」音楽祭にはサイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、藤田真央、ロウヴァリ、パッパーノ/LSOなど多彩な顔ぶれが出演していましたが、この日のウィーンフィル&ベルリンフィル・ダブルヘッダーがおそらく一番の目玉だったかと思います。折しもゴールデンウィークなので、楽友協会のロビーには日本人の姿が目立ちました。自分自身ここへ来るのも随分久しぶりで、2012年のちょうど今ごろ、ウィーン家族旅行のついでにリンツ・ブルックナー管を聴いたのが最後です。ウィーンフィルを前回聴いたのは2017年ですが、このときの会場はコンツェルトハウスのほうでした。楽友協会ホールでウィーンフィルを聴いた機会となると、2003年のヤンソンスまで遡らないとなりません。

冒頭、9人のホルンによるユニゾンが鳴った瞬間に、もう完全に持っていかれました。滑らかで艶のある響き、豊かな音量と圧力感、それでいて決して粗くならない音。楽友協会の残響も相まって、「これぞウィーンフィル」と言いたくなる世界が、最初の一撃で現れました。金管がとにかく素晴らしかったです。トランペットのトップは若い奏者でしたが、技術的な不安など微塵も感じさせない完璧な吹奏。トロンボーンも単に豪快なだけではなく余裕をもって歌っているのがニクい。第3楽章の舞台裏からのポストホルンも見事で、終演後のカーテンコールで姿が見えなかった気がしますが、今日イチ拍手ものでした。弦もまた圧巻で、繊細極まりない弱音のコントロールから、全奏で最大音量まで達しても決して崩れない統率感まで、まさに極上のアンサンブルでした。その中でもコンサートマスターの音は突出して輝いており、アンサンブルの中から自然に浮かび上がるソロが至極でした。
ネルソンスの指揮は、師匠のヤンソンス譲りと思わせる、オーケストラに余計な細工を施すのではなく、とびきり上質な楽器を大らかに、存分に鳴らし切る方向の音楽作り。その一方で、この巨大な曲を最後まで弛緩させず、最大音量へ向かうペース配分とバランス感覚はさすがでした。特別に遅いテンポという印象はありませんでしたが、気がつくと演奏時間は優に100分を超えていました。
メゾソプラノのレームクールは2016年の東京・春・音楽祭「ジークフリート」でエルダを歌っていました。野太いが決して濁らない美声で、ホールの隅々までよく届いていました。楽友協会合唱団の女声合唱も舞台後方からオーケストラに美しく溶け込み、響きに自然な厚みを与えていました。一方のウィーン少年合唱団はオルガン前に配置。よく考えると、ウィーン少年合唱団は新婚旅行でミサを見に行ったとき以来かもしれない。今のメンバーは半分近くがアジア系の子どもたちに見え、時代の変化を感じます。対照的に女声合唱のほうはほとんど白人系でした。
全体を通して、腐すところが全く見当たらない好演。ウィーンフィルが本気で繰り出すパワープレイを真正面から浴びた感覚でした。しかし終演後のフライングブラヴォーは、もうちょっと待てないものかねえ。ネルソンスとウィーンフィルはマーラーの交響曲全曲録音を進行中で、この日もいっぱいマイクが立っていましたので、録音が発売されるならぜひ手元に置いておきたいです。
ロンドン響/パッパーノ:チャイコフスキーとRVWのマリアージュ ― 2025/12/07 23:59

2025.12.07 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra & Chorus
Antoine Tamestit (viola-2)
Julia Sitkovetsky (soprano-3)
Ashley Riches (bass-baritone-3)
1. Tchaikovsky: Symphony No. 4
2. Vaughan Williams: Flos Campi for Viola and Chorus
3. Vaughan Williams: Dona nobis pacem
12年ぶりにやっと聴けるLSOは、当時ロイヤルオペラの音楽監督だったパッパーノ大将が現在主席指揮者に就いています。当時から、ゲルギエフの後釜はパッパーノが適任ではないかと思っていたのですが(まさかラトルが来てくれるとは想定外だった)、その12年前にパッパーノの指揮で最後に聴いた演奏会が、くしくも同じチャイコフスキーの第4番というこの偶然。もちろんオケのメンバーはだいぶ入れ替わっているようでしたが、ダイナミックでドラマチックなパッパーノの指揮に圧倒的な演奏力で応えるLSOの組み合わせは、昔と変わらぬ充実感に溢れ、12年のギャップが一瞬で繋がりました。パッパーノは指揮棒なしの指先だけで、オペラの歌手に指示を出すかのように各楽器を操っていきます。管楽器のソロはさすがに皆上手く惚れ惚れしますが、主旋律以外もしっかり聴かせるバランスを保ち、以前「マカロニ・チャイコ」と表した、メランコリックに流れるチャイコフスキーからはだいぶ抑制的に変わってきた印象を受けました。第2楽章の中間部であえてテンポを上げて変化をつけ、第3楽章もしっかりと指揮をしてオケ任せにはせず、決してグリップを離しません。オケの演奏技術力を最大限に発揮した最終楽章は圧巻の馬力と音圧を見せつけました。まだ1曲目なのに全力投球で、ほぼ本日終了です。
そもそもこのヘヴィーなプラグラムのコンセプトがよくわからないのですが、前半のド派手な「喜びの讃歌」に対し、後半は打って変わって穏やかな音楽が続きます。馴染みのないヴォーン・ウィリアムズのマイナー曲で、しかも苦手分野の合唱曲なので後半は正直よくわからんかったです。後半最初の「野の花(Flos Campi)」は小編成室内オケとヴィオラ独奏に歌詞のないスキャットコーラスが加わる曲ですが、その編成のユニークさに比して、曲調はあくまで落ち着いて穏やか。続く「われに平和を与えたまえ(Dona nobis pacem)」ではオケが大編成になり、合唱に加えてソプラノとバリトンも加わります。ある種の「戦争音楽」になりますが、激しさはそんなにありません。ソプラノがちょっと不安定な仕上がりでハラハラしたのですが、バリトンは芯のあるたいへん良い歌唱でした。しかし最後まで聴きどころが掴めず漫然と聴き流してしまって、自分にはまだ英国スピリットを堪能できるだけの修行が足らんのだとしみじみ思いました。

フィルハーモニア/ロウヴァリ:ファジル・サイは環境ビジネスの香り ― 2025/11/30 23:59
2025.11.30 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Fazil Say (piano-2)
1. Sibelius: En Saga
2. Fazil Say: Mother Earth (Piano Concerto) (UK premiere)
3. Dvorak: Symphony No. 8
2021年に若くしてフィルハーモニア管6代目の主席指揮者に就任したロウヴァリは、2014年に一度ミューザ川崎ホールにて東響を振った演奏会を聴いて以来です。1曲目、元々はファリャ「恋の魔術師」がプログラムにあったのですが、数日前にメール連絡があり、シベリウス「エン・サガ」に曲目変更とのこと。直後の韓国ツアーで取り上げる曲に寄せたようですが、個人的にはファリャを聴きたかったので、がっかり。意気消沈して寝てました。
気を取り直して、2曲目は「母なる地球」をテーマにしたファジル・サイの新作ピアノ協奏曲。昔から気になっていたピアニストですがなかなか縁がなく、見るのも聴くのも初めてです。日本では「鬼才! 天才! ファジル・サイ!」というキャッチフレーズが先行して、私も鬼才にして怪人と勝手に思っていたのですが、ちょっと思ってたのと違う印象でした。もっとアヴァンギャルドな作風にぶっとんだピアノを想像していたら、既存イメージを寄せ集めたヒーリング音楽のような曲でした。ちょっと悪口っぽく言うと、思想政治的動機があって、芸術的野心はどこにもない感じ。鳥笛、ギロ、オーシャンドラムなどの打楽器を駆使して山と海の大自然を効果音でわかりやすく表現し、また自席からはよく見えなかったのですが、ピアノにもプリペアドの細工をしていたように聴こえました。そういった「飛び道具」を使わずに自然描写をするのが過去の大作曲家たちが取り組んできたクラシック音楽の矜持だと個人的には思うので、安直な効果音頼みは興醒めです。しかしジャンルを超えた人気ピアニストだけあって、ちょっと常識に欠けるファンも多く、演奏中にも写真や動画を撮ってて怒られてる人を多数見かけました。

メインのドヴォルザーク8番は、全体的に丁寧に作り込んだ演奏で、オケと指揮者が現在最も良い関係にあることがわかります。変に緊張感を煽ることもなく、聴衆のざわつきとか全く気にも留めずとっとと演奏を始めてしまうタイプですね。2014年に聴いた際はまだ20代にも関わらず、ラトルばりに細かいところまで仕掛けを施す恐れ知らずの芸風でしたが、年月が経ってだいぶ肩の力が抜けた感じです。細部まで気を配ったリードながらもあざとい感じはなく、カラッとした都会風のドヴォルザークでした。第9番の「新世界」ではなく、第8番でもそのアプローチを取るのが最近の流行りかもしれません。最終楽章のスピードはブラス泣かせではありましたが。
ロンドンではこれが今年最後の演奏会になるため、聴衆も招待しての創立80周年記念パーティーが終演後に開催されていましたが、翌日の仕事もあり、泣く泣く帰宅の途につきました。






最近のコメント