ウィーン国立歌劇場/ヴァイグレ/フリードマン:分身と仮面の「サロメ」 ― 2026/05/01 23:59

2026.05.01 Wiener Staatsoper (Vienna)
Sebastian Weigle / Orchestra of the Vienna State Opera
Cyril Teste (director)
Gerhard Siegel (Herodes), Monika Bohinec (Herodias)
Lidia Fridman (Salome), Tomasz Konieczny (Jochanaan)
Daniel Jenz (Narraboth), Isabel Signoret (Page)
Thomas Ebenstein (1st Jew), Andrea Giovannini (2nd Jew)
Carlos Osuna (3rd Jew), Hiroshi Amako (4th Jew)
Evgeny Solodovnikov (5th Jew), Michael Wilder (Cappadocian)
Attila Mokus (1st Nazarene), Jusung Gabriel Park (2nd Nazarene)
Simonas Strazdas (1st soldier), Dohoon Lee (2nd soldier)
Wolfram Igor Derntl (slave), Pablo Delgado Flores (executioner)
Benedikt Missmann (performing videographer)
Katarina Klimaschka (little Salome)
Eliska Smatralova (little Salome - dance/video)
1. Richard Strauss: Salome (music drama in one act)
久々にウィーンへ小旅行でもと演奏会スケジュールを調べていたら、ちょうど4〜5月に楽友協会で「ベートーヴェンの散歩道」と称する音楽祭が開催されるのを発見、スケジュールを見ると垂涎の演奏会が目白押しの中で、特に5月2日はマチネにウィーンフィル、ソアレにベルリンフィルという仰天のダブルヘッダーがありました。その前後の国立歌劇場をチェックすると、ちょうど前日の5月1日に「サロメ」の初日があり、ちょいと詰め込み過ぎとは思いましたが、これはもう行くしかないと即決しました。
ウィーンにはそれこそ30回以上は来ているのですが、前回訪れたのは2018年の出張時なのでもう8年も経ちました。オペラに合わせて旅程を組むのはなかなか難しくて、国立歌劇場の中に入るのは20年ぶり、メインの劇場でオペラを見るのは2003年の「ワルキューレ」以来になります。
元々声楽入りの曲がそんなに得意ではなく、オペラの長さも体質に合わない私にとって「サロメ」は数少ない「好きなオペラ」です。約100分という「サロメ」の上演時間が自分の中の一つの基準になっていて、これより長いオペラ(著名なオペラは大概そうですが)はその長さゆえに観ること自体が苦痛を伴うので、よほど体調を整えて臨まないと心から楽しむことができないのが正直なところ。どこでも毎シーズンやっているオペラではないので、過去はブダペスト、ロンドンでそれぞれ1回ずつ観ただけで、劇場で観るのはこれが3回目です。誰が興味あんねん、と自己ツッコミをしつつ、そういえば過去に3回以上生演をリピートで観ているオペラって(ライフワークとして追いかけている「青ひげ公の城」は除き)何かあっただろうかと記録を探してみると、「魔笛」を5回、「マイスタージンガー」、「ばらの騎士」、松村禎三「沈黙」をそれぞれ3回観ていました。どれも「サロメ」より全然長いオペラながら、家族で観に行って楽しめるというのが共通点かと(「沈黙」はまあちょっと微妙ですが)。
やっと本題、まずは音楽的なところから感想を書きますと、何といってもセバスティアン・ヴァイグレのタクトの下、オケ(ほぼウィーンフィル)の演奏が最高に良かったです。元々が弱音欠如型の指揮者であるヴァイグレは、初日ということもあってか手加減なしでオケを鳴らしまくり、ホール特有の包み込むような残響も相まってウィーンフィルの豊潤な音が常に前面に立ち、歌手勢は割りを食ったかもしれません。弦も管もさすがノーミスなうえに音色がいちいち素晴らしいので、私のようなオケフリークはどうしてもそちらに意識を引き寄せられます。2019年から読響の常任指揮者に就いているヴァイグレさん、2023年と2024年にどちらもロシアもの中心のプログラムを東京で聴いています。読響ではツボを押さえて音厚めにまとめるドイツ職人の手腕を大いに発揮しつつも、野心や冒険はなく、キャリア的にすでに余生を送っているような達観モードに見えたのですが、やはりこの人は生来がオペラ指揮者であり、歌劇場では水を得た魚のようにイキイキとした音楽を導き出す、まだまだ現役バリバリだなと再認識しました。
主要キャストの歌手も総じて文句のつけようがない、素晴らしい歌唱でした。タイトルロールを歌ったロシア人ソプラノのリディア・フリードマンは、まだ30歳という若さながらも落ち着いた歌唱とエキセントリックな絶叫の両方を行き来できる技量を持ち、ちょっとクセあり系ですが恵まれた美貌もあって、サロメはハマり役と見ました。キャストでこれまで聴いたことがあったのは、ヘロデ役のゲアハルト・ジーゲルが過去3回、2006年ギーレン/南西ドイツ放送響のブダペスト公演「グレの歌」で道化クラウス役、2010年ロイヤルオペラの「サロメ」で同じヘロデ役、2016年東京・春・音楽祭の「ジークフリート」でミーメ役と、三カ国それぞれで遭遇していました。ハゲ親父の見た目からは想像つかない美声の持ち主です。あと、ヨカナーン役のトマシュ・コニエチヌイは過去5回、2010年のBBCプロムス・ファーストナイトのマーラー「千人の交響曲」、2013年のハンガリー国立歌劇場「アラベラ」でマンドリーカ役、2014年「ラインの黄金」、2016年「ジークフリート」、2017年「神々の黄昏」、いずれも東京・春・音楽祭のワーグナー・リング・シリーズでは一貫してアルベリヒ役を歌っていました。こちらも三カ国またがって聴いており、あらためて東京・春・音楽祭は第一線級の歌手を集めていたのだなということを認識しました。
「サロメ」はもちろんドイツ語の歌詞ですが、この歌劇場の手元字幕表示は日本語もあったのが非常に助かりました。大きめのフォントで文字数少なく表示された日本語字幕は、だいぶ内容を端折っているとは思いますが、表意文字中心なのでビジュアルの認識だけで速やかに意味が頭に入ってくるのが良いです。これが英語字幕だと「読む」という行為をしないと、なかなかパッと見だけでは意味がつかみにくいことが多いため、注意散漫になってしまうのが嫌で、結局字幕は捨てて舞台上に集中することになるので字幕の恩恵がありません。
フランス人舞台監督のシリル・テステによる演出は、古代イスラエルから第二次世界大戦中くらいに時代が置き換えられており、これは2010年にロイヤルオペラで見たマクヴィガー演出と同じで、まあありがちな読み換えかと思いました。ユニークだったのは、記録フィルムを撮影しているという設定で、手持ちカメラの映像がそのまま舞台後方のスクリーンにライブで大映しされていたのがまさにドームコンサートの巨大ビジョンのように、オペラグラスでも見えない細部がよく見えたので、これは良かったです。
長くカールしたブロンドヘアに純白のドレスを纏ったサロメには、髪型、衣装を寄せた少女の分身が途中出てきて踊ったり一緒に絡んだりします。少女サロメがいろいろ動いている間、サロメ本人は舞台袖のほうでじっとして歌だけ歌っているような時間も多々ありました。上演中は気づかなかったのですが(だってよく似てるんだもの)、カーテンコールの際に分身の少女は二人いたことがわかり、軽くショック。てっきり、現在の狂気のサロメと無垢なころの少女サロメを対比させ、二面性を表現する演出と思ったのですが、ことはそう単純ではなかったようです。うーむ、奥が深すぎて難しい。見せ場の「7つのヴェールの踊り」では、サロメと少女が一緒に踊るのですが、人を楽しませる踊りと言うよりも内面感情の吐露の振り付けで、しかも二人とも身体が硬そうで動きがぎこちないうえに、ダイニングテーブルの上に乗ったりするものだから、危なっかしくてヒヤヒヤしました。実際、テーブル上のホイップクリームを舐める場面で、クリームが吹っ飛んで髪にべったりとついてしまっていたのは、狙ったのではなく事故だったのかなと。
歌わない重要キャストである処刑人は、若くて目つきが鋭いラテン系のイケメン。クライマックスで、エプロンを血に染めて持ってきたヨカナーンの首は、生首ではなく顔だけの仮面になっており、しかも歌手に寄せて作り直している感じはしない、使い回し可能な汎用小道具の扱いでした。サロメがその仮面を処刑人に被せて一緒に踊ったりするのですが、これは初めて見る演出で、なるほどこれなら処刑人がイケメンの必要がありそうです。ただ、この段階でヨカナーンが自分の足で地に立っている意味は何だろうかと疑問です。また、最後は仮面を銀のトレイに乗せて、地面に置いてキスしまくるのですが、ストールからは単純によく見えないのと、それだったらやっぱり生首のインパクトには敵わないなあと感じ、この演出のコンセプトが今ひとつ理解できませんでした。徹底的に血みどろなマクヴィガー演出を、また見たくなりました…・。

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