ウィーンフィル/ネルソンス:渾身のパワープレイ、マーラー交響曲第3番 ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Andris Nelsons / Wiener Philharmoniker
Wiebke Lehmkuhl (alt)
Damen des Singvereins der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Wiener Sängerknaben
1. Mahler: Symphony No. 3
この「ベートーヴェンの散歩道」音楽祭にはサイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、藤田真央、ロウヴァリ、パッパーノ/LSOなど多彩な顔ぶれが出演していましたが、この日のウィーンフィル&ベルリンフィル・ダブルヘッダーがおそらく一番の目玉だったかと思います。折しもゴールデンウィークなので、楽友協会のロビーには日本人の姿が目立ちました。自分自身ここへ来るのも随分久しぶりで、2012年のちょうど今ごろ、ウィーン家族旅行のついでにリンツ・ブルックナー管を聴いたのが最後です。ウィーンフィルを前回聴いたのは2017年ですが、このときの会場はコンツェルトハウスのほうでした。楽友協会ホールでウィーンフィルを聴いた機会となると、2003年のヤンソンスまで遡らないとなりません。

冒頭、9人のホルンによるユニゾンが鳴った瞬間に、もう完全に持っていかれました。滑らかで艶のある響き、豊かな音量と圧力感、それでいて決して粗くならない音。楽友協会の残響も相まって、「これぞウィーンフィル」と言いたくなる世界が、最初の一撃で現れました。金管がとにかく素晴らしかったです。トランペットのトップは若い奏者でしたが、技術的な不安など微塵も感じさせない完璧な吹奏。トロンボーンも単に豪快なだけではなく余裕をもって歌っているのがニクい。第3楽章の舞台裏からのポストホルンも見事で、終演後のカーテンコールで姿が見えなかった気がしますが、今日イチ拍手ものでした。弦もまた圧巻で、繊細極まりない弱音のコントロールから、全奏で最大音量まで達しても決して崩れない統率感まで、まさに極上のアンサンブルでした。その中でもコンサートマスターの音は突出して輝いており、アンサンブルの中から自然に浮かび上がるソロが至極でした。
ネルソンスの指揮は、師匠のヤンソンス譲りと思わせる、オーケストラに余計な細工を施すのではなく、とびきり上質な楽器を大らかに、存分に鳴らし切る方向の音楽作り。その一方で、この巨大な曲を最後まで弛緩させず、最大音量へ向かうペース配分とバランス感覚はさすがでした。特別に遅いテンポという印象はありませんでしたが、気がつくと演奏時間は優に100分を超えていました。
メゾソプラノのレームクールは2016年の東京・春・音楽祭「ジークフリート」でエルダを歌っていました。野太いが決して濁らない美声で、ホールの隅々までよく届いていました。楽友協会合唱団の女声合唱も舞台後方からオーケストラに美しく溶け込み、響きに自然な厚みを与えていました。一方のウィーン少年合唱団はオルガン前に配置。よく考えると、ウィーン少年合唱団は新婚旅行でミサを見に行ったとき以来かもしれない。今のメンバーは半分近くがアジア系の子どもたちに見え、時代の変化を感じます。対照的に女声合唱のほうはほとんど白人系でした。
全体を通して、腐すところが全く見当たらない好演。ウィーンフィルが本気で繰り出すパワープレイを真正面から浴びた感覚でした。しかし終演後のフライングブラヴォーは、もうちょっと待てないものかねえ。ネルソンスとウィーンフィルはマーラーの交響曲全曲録音を進行中で、この日もいっぱいマイクが立っていましたので、録音が発売されるならぜひ手元に置いておきたいです。
ベルリンフィル/ペトレンコ/G.カピュソン:引き締まった至高のアンサンブル ― 2026/05/02 23:59

2026.05.02 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Kirill Petrenko / Berliner Philharmoniker
Gautier Capuçon (cello-2)
1. Stravinsky: Pulcinella Suite
2. Tchaikovsky: Variations on a Rococo Theme
3. Beethoven: Symphony No. 2 in D major, op. 36
同じ日にウィーンフィルとベルリンフィルを連続して、しかも楽友協会で聴くという究極のダブルヘッダー。マチネのマーラー3番がウィーンフィル渾身のパワープレイだとすれば、こちらは引き締まった編成と機能性で聴かせるプログラム。ベルリンフィルは前日の5月1日にエステルハージ宮(アイゼンシュタット)のハイドン・ホールで恒例のヨーロッパ・コンサートを行っており、その勢いのままウィーンへ乗り込んできた形になります。何より、ようやくペトレンコ指揮の新生ベルリンフィルを生で聴けるのが嬉しい。
1曲目「プルチネッラ」組曲は、好きな曲ですが実演で聴ける機会が珍しく、2年前のパシフィックフィル東京でようやく聴けて以来ですが、まさかベルリンフィルで聴けることになるとは夢にも思わず。オーボエ、フルート、ファゴット、ホルンが各2、トランペットとトロンボーンが各1にヴァイオリン3プルトの弦五部というミニマムな2管編成は、アンサンブルの精度は言うまでもなく、磨き抜かれたベルリンフィルの上澄みだけを掬い取ったような極上シルキーの響き。管楽器のソロは一つ一つが驚くほど巧く、フレーズの仕舞い方、音の立ち上がり、ちょっとしたニュアンスまでいちいち神経が行き届いており、小編成だからこそ個々の技量が際立っていました。ただ、トップ奏者の上澄みだけで勝負するなら他の一流オケもそこそこ負けていない気はするので、この段階ではまだ「ペトレンコの仕事」がどこにあるのかは掴みきれず。
続く「ロココ変奏曲」ではヴァイオリンが4プルトに少し増えました。チェロ独奏のゴーティエ・カピュソンは、著名なヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト、ルノー・カピュソンの6歳下の弟。ルノーは2012年にロンドンで一度聴いていますが、ゴーティエは初めてです。見るからに伊達男然としたイケメンですが、外見だけではもちろん終わりません。チェロの音色が素晴らしいうえに、舞台後方のバルコニー席にも驚くほどよく届きました。繊細に歌う瞬間から、芯の強いフレーズを大きく描く場面まで、変幻自在の表現力。最前列にいた母子連れが、幸福そうな笑みを浮かべながら食い入るように見つめていたのが印象的でした。まさに色気ダダ漏れの「女殺し」チェロ。

アンコールではベルリンフィルのチェリスト4人を従え、祈りを思わせる静かな小品を演奏。スマホの翻訳機能を使ってたどたどしくドイツ語で曲の説明をしていたのですが、もちろん聞き取れず。前日のヨーロッパ・コンサートと同じだとすれば、カタルーニャ民謡「エル・カント・デル・オセルス」をパブロ・カザルスがチェロ合奏用に編曲したバージョンのようです。なおアンコールの最中にパルテレ席で倒れた人が出て、6人がかりほどで運び出される騒ぎがあってちょっと騒然としました。
後半のベートーヴェンではヴァイオリンが5プルトと、編成が徐々に増えました。以前一度だけ本拠地のフィルハーモニーでベルリンフィルを聴いた際の演目が同じ交響曲第2番で、不思議と縁があります。演奏は実にキビキビとして質実剛健。高速テンポでも全く乱れないベルリン・フィルの弦の強さを堪能しました。ピリオド奏法寄りではないものの、贅肉を徹底的に削ぎ落としたスマートなベートーヴェン。この曲でようやくティンパニが登場。若い奏者が手巻き式の楽器を硬いウッドのバチで鋭く叩き込む、その音が実に痛快でした。
見る限り、ペトレンコは終始にこやかな表情で指揮をしているのですが、そこから出てくる音楽は極めてストイック。どこか鬼軍曹のような緊張感があり、オーケストラを一切緩ませない凄みを感じました。今年の1月には、今日のプログラムとは対極とも言えるマーラー「千人の交響曲」を取り上げていて、一体どんな演奏だったのだろうかと非常に気になっております…。夏にはBBCプロムスに出演するので、ロンドンでまた聴ける機会を楽しみにしております。


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