ロンドン響/パッパーノ:モノホンのオケが映画音楽やってみた、のゴージャス感2025/12/17 23:59

2025.12.17 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
Roman Simovic (violin-2)
1. Miklos Rozsa: Prelude, The Mother’s Love and Parade of the Charioteers from ‘Ben Hur’
2. Miklos Rozsa: Movements 2 & 3 from Violin Concerto (adapted to 'The Private Life of Sherlock Holmes')
3. Bernard Herrmann: Scene d’amour from ‘Vertigo’
4. David Raksin: Laura from ‘Laura’
5. David Raksin: Love is for the Very Young from 'The Bad and the Beautiful' - Suite
6. Max Steiner (arr John Wilson): Opening Title Sequence from ‘Gone with the Wind’
7. William Walton: Selections from 'Henry V' - Suite
8. Nino Rota: Waltz from ‘The Godfather’
9. Ennio Morricone: Gabriel’s Oboe from ‘The Mission’ (Concert Version)
10. Ennio Morricone: Music from ‘Cinema Paradiso’
11. Ennio Morricone: Music from ‘Once Upon a Time in America’

今年あと一つくらいバービカン行っとこうかと急きょ買ったチケットです。LSOは古くから映画音楽のサウンドトラックでも多数演奏してきておりますが、パッパーノから年の瀬のクリスマスプレゼントのようなものでしょうか。前半は「ベン・ハー」「シャーロック・ホームズの冒険」「めまい」「ローラ殺人事件」「悪人と美女」「風と共に去りぬ」といったハリウッド・アイコン、後半は「ヘンリー五世」「ゴッドファーザー」「ミッション」「ニュー・シネマ・パラダイス」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の80年代大作映画でまとめた構成になっています。どれも映画史を彩る名作ばかりとは言え、よく考えたらちゃんと全編通して観ている映画は、封切り時に映画館で観た「ニュー・シネマ・パラダイス」くらいしかありませんでした…。映画は大好きなんですが、マニアと言えるほどの数を観ているわけでもなく、また古い映画を後追いで観ることは少なかったんだなあと、今更ながら気づきました。

コンサートはパッパーノがマイクを取り、作曲家ごとに解説を交えながら進行していきますが、とにかく、モノホンのオケが映画音楽やってみた、そのゴージャス感がハンパないです。弦の厚みと美しさ、管の迫力ときめ細かさ、全てが凄すぎました。ただ、ロイヤリティの都合でオリジナルのスコアは使えないようなことをパッパーノが話していた通り、フル編成オケ用に、よりゴージャスにアレンジされていたかと思います。映画のサントラは、レコーディング専用のセッションオーケストラがスタジオで録音し、実際の人数以上に豊かな響きになるよう加工技術を駆使するのが普通ですが、それはそれでオリジナルのスコアとレコーディングのほうが音楽に勢いがあり、映画のシーンと直接結びついている分、思い入れも深い場合があるので、一概に良し悪しは言えませんが。

ちゃんと観たことない映画でも、音楽は耳に入って来て記憶に定着しているから不思議なものです。また、フォロワーとして似たような(言い方を変えると「パクリ」)劇伴音楽もちまたに溢れているので、何も考えずにそのゴージャスな響きに浸れます。「ベン・ハー」を聴いて一瞬「野性の証明?」と思ってしまったり。「ゴッドファーザー」はメジャーなメインテーマではなく(解説で鼻歌を歌ったのみ)あえて「ワルツ」を選曲されていましたが、エレキマンドリンを使っていたのが新鮮、多分初めて見ました。

最後はモリコーネ三連発でしっとり終わる、はずもなく、アンコールでは打楽器隊が戻ってきて、待ってましたの「スターウォーズ」メインテーマ。大昔の部活でやったことがあり、けっこう難易度が高くリズムも面倒くさい曲なんですが、もちろんLSOはオリジナルを手がけたオハコなので、完璧以上の仕上がり。あれこれ深く考えず、無心に楽しめたゴージャスな一夜なのでした。

ロンドン響/パッパーノ:チャイコフスキーとRVWのマリアージュ2025/12/07 23:59



2025.12.07 Barbican Hall (London)
Sir Antonio Pappano / London Symphony Orchestra & Chorus
Antoine Tamestit (viola-2)
Julia Sitkovetsky (soprano-3)
Ashley Riches (bass-baritone-3)
1. Tchaikovsky: Symphony No. 4
2. Vaughan Williams: Flos Campi for Viola and Chorus
3. Vaughan Williams: Dona nobis pacem

12年ぶりにやっと聴けるLSOは、当時ロイヤルオペラの音楽監督だったパッパーノ大将が現在主席指揮者に就いています。当時から、ゲルギエフの後釜はパッパーノが適任ではないかと思っていたのですが(まさかラトルが来てくれるとは想定外だった)、その12年前にパッパーノの指揮で最後に聴いた演奏会が、くしくも同じチャイコフスキーの第4番というこの偶然。もちろんオケのメンバーはだいぶ入れ替わっているようでしたが、ダイナミックでドラマチックなパッパーノの指揮に圧倒的な演奏力で応えるLSOの組み合わせは、昔と変わらぬ充実感に溢れ、12年のギャップが一瞬で繋がりました。パッパーノは指揮棒なしの指先だけで、オペラの歌手に指示を出すかのように各楽器を操っていきます。管楽器のソロはさすがに皆上手く惚れ惚れしますが、主旋律以外もしっかり聴かせるバランスを保ち、以前「マカロニ・チャイコ」と表した、メランコリックに流れるチャイコフスキーからはだいぶ抑制的に変わってきた印象を受けました。第2楽章の中間部であえてテンポを上げて変化をつけ、第3楽章もしっかりと指揮をしてオケ任せにはせず、決してグリップを離しません。オケの演奏技術力を最大限に発揮した最終楽章は圧巻の馬力と音圧を見せつけました。まだ1曲目なのに全力投球で、ほぼ本日終了です。

そもそもこのヘヴィーなプラグラムのコンセプトがよくわからないのですが、前半のド派手な「喜びの讃歌」に対し、後半は打って変わって穏やかな音楽が続きます。馴染みのないヴォーン・ウィリアムズのマイナー曲で、しかも苦手分野の合唱曲なので後半は正直よくわからんかったです。後半最初の「野の花(Flos Campi)」は小編成室内オケとヴィオラ独奏に歌詞のないスキャットコーラスが加わる曲ですが、その編成のユニークさに比して、曲調はあくまで落ち着いて穏やか。続く「われに平和を与えたまえ(Dona nobis pacem)」ではオケが大編成になり、合唱に加えてソプラノとバリトンも加わります。ある種の「戦争音楽」になりますが、激しさはそんなにありません。ソプラノがちょっと不安定な仕上がりでハラハラしたのですが、バリトンは芯のあるたいへん良い歌唱でした。しかし最後まで聴きどころが掴めず漫然と聴き流してしまって、自分にはまだ英国スピリットを堪能できるだけの修行が足らんのだとしみじみ思いました。


フィルハーモニア/ロウヴァリ:ファジル・サイは環境ビジネスの香り2025/11/30 23:59

2025.11.30 Royal Festival Hall (London)
Santtu-Matias Rouvali / The Philharmonia Orchestra
Fazil Say (piano-2)
1. Sibelius: En Saga
2. Fazil Say: Mother Earth (Piano Concerto) (UK premiere)
3. Dvorak: Symphony No. 8

2021年に若くしてフィルハーモニア管6代目の主席指揮者に就任したロウヴァリは、2014年に一度ミューザ川崎ホールにて東響を振った演奏会を聴いて以来です。1曲目、元々はファリャ「恋の魔術師」がプログラムにあったのですが、数日前にメール連絡があり、シベリウス「エン・サガ」に曲目変更とのこと。直後の韓国ツアーで取り上げる曲に寄せたようですが、個人的にはファリャを聴きたかったので、がっかり。意気消沈して寝てました。

気を取り直して、2曲目は「母なる地球」をテーマにしたファジル・サイの新作ピアノ協奏曲。昔から気になっていたピアニストですがなかなか縁がなく、見るのも聴くのも初めてです。日本では「鬼才! 天才! ファジル・サイ!」というキャッチフレーズが先行して、私も鬼才にして怪人と勝手に思っていたのですが、ちょっと思ってたのと違う印象でした。もっとアヴァンギャルドな作風にぶっとんだピアノを想像していたら、既存イメージを寄せ集めたヒーリング音楽のような曲でした。ちょっと悪口っぽく言うと、思想政治的動機があって、芸術的野心はどこにもない感じ。鳥笛、ギロ、オーシャンドラムなどの打楽器を駆使して山と海の大自然を効果音でわかりやすく表現し、また自席からはよく見えなかったのですが、ピアノにもプリペアドの細工をしていたように聴こえました。そういった「飛び道具」を使わずに自然描写をするのが過去の大作曲家たちが取り組んできたクラシック音楽の矜持だと個人的には思うので、安直な効果音頼みは興醒めです。しかしジャンルを超えた人気ピアニストだけあって、ちょっと常識に欠けるファンも多く、演奏中にも写真や動画を撮ってて怒られてる人を多数見かけました。


メインのドヴォルザーク8番は、全体的に丁寧に作り込んだ演奏で、オケと指揮者が現在最も良い関係にあることがわかります。変に緊張感を煽ることもなく、聴衆のざわつきとか全く気にも留めずとっとと演奏を始めてしまうタイプですね。2014年に聴いた際はまだ20代にも関わらず、ラトルばりに細かいところまで仕掛けを施す恐れ知らずの芸風でしたが、年月が経ってだいぶ肩の力が抜けた感じです。細部まで気を配ったリードながらもあざとい感じはなく、カラッとした都会風のドヴォルザークでした。第9番の「新世界」ではなく、第8番でもそのアプローチを取るのが最近の流行りかもしれません。最終楽章のスピードはブラス泣かせではありましたが。

ロンドンではこれが今年最後の演奏会になるため、聴衆も招待しての創立80周年記念パーティーが終演後に開催されていましたが、翌日の仕事もあり、泣く泣く帰宅の途につきました。

フィルハーモニア/パヤーレ/フローレス:ラテン系ノリノリの「幻想交響曲」2025/11/27 23:59



2025.11.27 Royal Festival Hall (London)
Rafael Payare / The Philharmonia Orchestra
Pacho Flores (trumpet-2)
1. Berlioz: Overture, Le carnaval romain
2. Gabriela Ortiz: Trumpet Concerto (Altar de Bronce) (London premiere)
3. Berlioz: Symphonie fantastique

早めにサウスバンクに着いたので、18時からの若手奏者による無料の室内楽から聴いてみました。意外とストールの客席が埋まっていたのはびっくり。演目は全く守備範囲ではないですが、ポルトガル音楽界の教祖ルイス・デ・フレイタス・ブランコ及びラヴェルの弦楽四重奏曲で、1時間近くかかった長いプレコンサートでした。ヴィオラの吉村大智君が堂々と物怖じしない演奏で、アンサンブルの軸を担っていました。


さて本日のメインイベントは、ベネズエラのエル・システマ出身ミュージシャンによるベルリオーズを中心としたプログラム。ドレッドヘアが特徴的なラファエル・パヤーレは、不勉強で名前も知らなかったのですが、ドゥダメルに続け!とのし上がりに奮闘中の若手筆頭株、かと思いきや、年齢はむしろドゥダメルよりも上(1歳だけですが)、すでにそれなりのキャリアを積んでおり、現在はサンディエゴ響とモントリオール響の音楽監督を兼任。奥さんはチェリストのアリサ・ワイラースタイン。ちょうどこの1週間前にはN響定期にも客演していて、グローバルに活躍中の人なんですね。

1曲目の「ローマの謝肉祭」はキレ良く始まり、躍動的にオケを操ってギミック満載のリズムをダイナミックに生き生きと乗り越えていきます。冒頭のツカミは充分。多分フローレス目当てかと思われますが、ブラバン楽団員と思しきラフな格好の若者集団が聴きに来ていて、地味な高齢者ばかりの普段の客層とは違う空気感がありました。

2曲目はメキシコの女性作曲家ガブリエラ・オルティスのトランペット協奏曲「青銅の祭壇」。新作なのでほとんど情報がないのですが、プログラムによるとヴァイオリン協奏曲「弦の祭壇」を作曲中に、対となるトランペット協奏曲の発想を得ていたところ、指揮者と同じくエル・システマ出身のトランペッター、パーチョ・フローレスから作曲委嘱の話があり、作曲者がライフワーク的に取り組んでいる「祭壇」シリーズの新曲として誕生したようです。

フローレスはトランペット3本、追ってパヤーレもさらに1本を手に持って登場。シモン・ボリバルやサイトウ・キネンのトップ奏者を務めた実力者だけあって、冒頭から高速パッセージを披露。ソロトランペットに木管とハープ、さらにはオケ側のトランペットも呼応して、聴いたことがないユニークな展開が続きます。フローレスは艶やかな音色に、ほとんど音を外さない完璧な技巧、見た目は陽気なラテン系、なかなか得難いキャラクターの名手です。新作なのでもちろん初めて聴く曲ですが、いわゆる「現代音楽」のテイストはなく、耳に優しい親しみ深い曲調です。後半はラテンパーカッションが大活躍のカーニバル風になり、指揮者、ソリスト、聴衆が皆ノリノリになっていく中、打楽器陣は笑顔なく生真面目な顔で黙々と叩き続けていたのが可笑しかったです。カデンツァもかなり自由に、客席を指さしてカモン、「テキーラ!」の掛け声など、聴衆を巻き込みながらのパフォーマンスにやんやの喝采を浴びていました。アンコールは、曲名は知らないものの、弦楽合奏をバックにしっとりした曲を披露。こういうのもできるんだぜ、とばかりのトランペット名手は、サックス名手に負けず劣らずのズルカッコ良さでした。


メインの幻想交響曲は、これまた全力投球が気持ちいいノリノリのミュンシュ系演奏。今どきは当たり前かもしれませんが、スコア上のリピートは全て行っていても冗長に感じず、軽さと明るさが全編通して滲み出ていました。第2楽章はトランペット奏者がコルネットを持って下手に移動し演奏していましたが、コルネット付きの演奏自体、すごく久しぶりに聴いた気がします(メータ/NYPのレコード以来かも)。あとから調べたら、パヤーレがモントリオール響を振った新譜のレコーディングでもコルネット付き版を選択しているそうで、最近の傾向かもしれません。第3楽章のオーボエは舞台裏からちょっと遠目に、しかし音色はあくまで明るく鳴らして掛け合い、こういうところもミュンシュを彷彿とさせました。第4楽章はテンポを必要以上に揺さぶるわけではなく正攻法で盛り上げていましたが、ホルンのゲシュトップ奏法などスコアに書かれた演出は忠実に実行。最終楽章の弦もきっちり弱音器を使いおどろおどろしさを強調するも、鐘の音は高くてキラキラしており、やはり基本は明るいラテン系に終始していました。あまりに聴きすぎて食傷気味の「幻想」ですが、こういう若くて突き抜けた明るさも、真似しようと思ってもなかなか達成できるものではなく、良きかなと思いました。


フィルハーモニア/フルシャ:オペラの合間にマーラー「夜の歌」2025/11/13 23:59

2025.11.13 Royal Festival Hall (London)
Jakub Hrusa / The Philharmonia Orchestra
1. Mahler: Symphony No. 7

11月4日から21日までロイヤルオペラにて「マクロプロス事件」を上演中のフルシャが、その間隙をついてフィルハーモニア管の指揮台に1日だけ立つという詰め込みスケジュール、大丈夫かいなと思ってしまいましたが、何はともあれ歴史の目撃者(大袈裟)になれるのであれば、喜んで身を投じます。プログラムはマーラーの交響曲第7番「夜の歌」1曲のみ。まあオペラ座公演中のことも考えれば、あれやこれやはやってられないかと思います。しかし私は、マーラー好きでありながらこの曲がいまだに大の苦手。と言いながらも去年もジョナサン・ノット/新日本フィルで聴いてましたが。

オケは対抗配置で、チェロ、コントラバスが第1ヴァイオリンの奥、向かって左手に位置します。ということは、第2ヴァイオリンは右手の上手側。うーむ、12年ぶりだというのに、フィオナちゃんは自分の席からは背中しか見えない、残念。それはともかく、この曲はまず隠々滅々とした冒頭部分を無事に乗り切って、第一主題でしっかりとした足取りのペースを掴むのが肝要ですが、やはり冒頭のテナーホルンは鬼門、その不安定な演奏に一気に悪い空気が蔓延してしまいます。テナーホルンだけでなく普通のフレンチホルンのほうも不安定が感染し、フルシャも空回りしているように見える、集中力を欠く展開が第2楽章まで続きました。楽章の合間に途中退席する人が複数人いたためにしばらく間を置かざるを得なくなったのも要因かもしれません。

第3楽章でフルシャ得意のリズムのキレが戻ってきたのですが、全体像のフォルムが掴めないままに突入した、この曲のさらなる鬼門、第4楽章ナハトムジークの色彩感が、予想通り非常に浮いて聴こえてしまいました。マンドリンとギターはどちらも渋いイケオジ系で、収音マイクで音を拾っているようでした。最終楽章はティンパニの音程が抜かりなく正確にチューニングされており、非常に気持ちが良かったです。私が大好きだったレジェンドのティンパニスト、アンディ・スミスさんは10年前に引退されたようですが、ある意味アンディさんとは真逆のスタイルが新鮮でした。最後のコーダ前にオケを極限まで鳴らしてきたのにちょっと驚き、なるほどフルシャはここにピークを持ってくる作戦であったかと、早とちりを反省しました。やはりロイヤルオペラ音楽監督の肩書は伊達ではなく、すでにロンドンで大人気者のフルシャ、終了後はやんやの喝采を受けていました。


ロイヤルオペラ:死角でドラマが進む「マクロプロス事件」2025/11/07 23:59

2025.11.07 Royal Opera House (London)
Jakub Hrusa / Orchestra of the Royal Opera House
Katie Mitchell (director)
Ausrine Stundyte (Emilia Marty)
Heather Engebretson (Krista)
Sean Panikkar (Albert Gregor)
Johan Reuter (Baron Jaroslav Prus)
Henry Waddington (Dr. Kolenat)
Peter Hoare (Vitek)
Alan Oke (Count Hauksendorf)
Daniel Matousek (Janek)
Susan Bickley (Stage Door Woman)
Jeremy White (Security Guard)
Jingwen Cai (Hotel Maid)
Alex Gotch, Alex Kristoffy, Sarah Northgraves, Carlo Pavan, Charlie Venables (Actors)
1. Janacek: The Makropulos Case

12年ぶりに訪れたロイヤルオペラハウスの演目は、今シーズンから音楽監督に就任したヤクブ・フルシャ肝入りのヤナーチェク「マクロプロス事件」という超変化球。私もタイトルしか聞いたことがなく、本来ならスルーしてもおかしくないところ、チケットを買ってしまったのには訳があって、同じ演目を来年1月にサイモン・ラトルがLSOで取り上げるのを先に気づき、これは舞台のほうもぜひ観とかなくてはなるまいと思ったのが全てです。ただ、もっぱら最前列ど真ん中席で観ていた12年前とは時代が変わり、オペラのチケットもだいぶ高額になってしまったので、今日は桟敷横のrestrict vewの庶民席で我慢。しかしこの選択は結果的に失敗でした。

まずこのオペラ、全3幕ながら各幕30分程度で、通しで90分強、「サロメ」よりも短いです。休憩の入れどころも難しいので、休憩なしの一気通貫上演でした。短いといってもプロットは込み入っており、人気オペラ歌手のエミリアを中心に、財産相続を代々100年以上も裁判で争っているプルス家とグレゴル家の人々、弁護士とその書記、書紀の娘クリスタ、その恋人でプルス家の息子ヤネク、などわやわやと出てくる人が複雑に絡み合って、結局皆が魔女エミリアに魅了されていき、不幸が訪れるという悲劇です。

元々の時代設定は今からちょうど100年前のヤナーチェクが本作を作曲していたころになりますが、この演出はまさに現代のチェコに時代を置き換え、スマホのチャットやフォトアルバムといった今風テクノロジーが多様されます。また終盤にはドキュメンタリー映画っぽいスローモーション(歌手、演者がわざとスローな動作で演技)も混ぜ込んだ、全くもってモダンな演出でした。スマホチャット等の映像投影は、舞台上の進行に加えて、全編チェコ語の歌詞に対する字幕も同時に追わなくてはならないので、ただでさえ複雑な話を余計わかりにくくしているように思えたのはひとえに、流れていく英文を一瞬で読むことができない自分の英語力の限界からでしょう。

とにかく、この演目はできるだけ中央寄りの席で観るのが吉です。舞台を広々と大きく使うような場面は一切なく、各場面で小部屋に分けられていて、それぞれで並行に演技が進んでいくので、全てが見渡せる席でないと全体の動きがわかりません。特に、自席からほとんど見えなかった舞台の左側(下手)だけで重要な話が進行する場面も多く、フラストレーションが残りました。そういった個別の事情は置いておくとすれば、いろんな要素をぶち込み、凝りに凝ったこの演出は、凝縮度が高く力強いヤナーチェクの音楽と相まって、わけがわからないままでもぐいぐい引き込まれる迫力を感じました。フルシャは予想通り、ずっと楽譜に目を落としてただ棒を振るだけのデクの棒ではなく、忙しくオケに歌手にと適切なリードを与え、八面六臂の情熱的な指揮ぶりでした。

主役のオペラ歌手にして300年生きる魔女を演じたリトアニア出身のアウシュリネ・ストゥンディーテは、全く初めて聞く人ですが、主演として舞台を牽引するに相応しい野太く芯のある歌唱。人気ソプラノというキャラに合わないマニッシュな外見は、LGBTを絡めてきたこの演出ならではの役作りでありましょう。とは言え、第2幕のオペラ座の楽屋という場面で、ワルキューレの格好で入ってきたのは笑えました。キャリアを見ると、王道ソプラノ路線よりは「エレクトラ」「期待」といった20世紀以降のモダンでクセのある演目を得意とする人のようです。

他の歌手陣も総じて質は高かったと思いますが(チェコ語の歌唱、まことにお疲れ様です)、過去に聴いたことがある人がいるかなと備忘録を探ってみたら、プルス男爵役のヨハン・ロイターは2010年「サロメ」のヨカナーン役、ヴィテク役のピーター・ホーレは2011年「魔笛」のモノスタトス役、ハウクゼンドルフ伯爵役のアラン・オケは2011年「ピーター・グライムズ」のボブ・ボレス役、そして名脇役ジェレミー・ホワイトは2011年「トスカ」、2012年「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「ラ・ボエーム」、「フィガロの結婚」(以上全てロイヤルオペラ)などで多数聴いていました。備忘録のおかげで、その頃の体験のおぼろげな記憶にも想いを馳せる機会ができて、記録はつけておくものだとあらためて思いました。



ロンドンフィル/カーチュン・ウォン/HIMARI:天才少女のロンドンデビュー2025/10/29 23:59

2025.10.29 Royal Festival Hall (London)
Kahchun Wong / London Philharmonic Orchestra
Himari (violin-2)
1. Chinary Ung: Water Rings (European premiere)
2. Sibelius: Violin Concerto
3. Dvorak: Symphony No. 9 (From the New World)

先週に続き、再びロンドンフィルです。今日は日本人とおぼしき聴衆が普段より極めて多い客層でした。特に子連れの日本人家族は、夜の演奏会では滅多に見ないので、明らかにHIMARI効果ですね。さらに、指揮は2023年から日本フィルの首席指揮者を務め、その後英国の名門ハレ管弦楽団の首席指揮者に就任した、カーチュン・ウォン。ロンドン在住の音楽好き日本人大集合でも不思議ではありません。

1曲目はカンボジア出身で米国在住の作曲家、チナリー・ウンの小品。「Water Rings」は波紋のことでしょうか。また、オペラグラスで楽譜を覗き込むと「Overture」(序曲)と書いてありました。1993年の作品ですが、今日が欧州初演だそうです(イギリスがまだ「欧州」を名乗るのか、というのはさておき…)。私はカンボジアに行ったことがなく、カンボジアの音楽といっても何も頭に浮かばないのですが、この作曲家はガムラン(ってインドネシアですよね?)に傾倒した作風が多いらしく、そういう意味では同じアジアとして通じる「耳慣れた」感が強い音楽でした。私はインドネシア風よりも、中国風よりも、むしろ日本風に近い印象を持ちました。カーチュンは日フィル定期でもこの作曲家を取り上げており、個人的な交流もありそうです。演奏後、聴衆の中からウン本人が立ち上がり、拍手に応えていました。

続いて、弱冠14歳にして名門カーティス音楽院に通う神童ヴァイオリニスト、HIMARIの登場です。何といっても今年3月のベルリンフィル定期にソリストとして出演したことで話題になり、NHKのドキュメンタリーを見て私も認識した次第です。天才少年・少女系の強引なプロモーションは正直嫌いで、だいたい眉唾で見てしまうのですが、この子の素質はホンモノかもしれない、と思わせるものがドキュメンタリーから感じられました。ちなみにベルリンフィル定期では元々ズビン・メータが指揮だったところ、体調不良で降板し、ヴァイグレが代役でした。メータと言えば、11歳の五嶋みどりと共演して「天才少女デビュー」に一役買った指揮者でもあり、庄司紗矢香とも協演が多く、日本人天才少女とは何かと縁が深い人ですね。

登壇したHIMARIは、年齢よりもさらに幼く見える華奢な女の子でした。シベリウスのヴァイオリン協奏曲は名人芸をこれ見よがしに披露する曲調ではなく、技巧に加えて抒情的な情緒が求められる大人の曲なので、子供が喜んで弾く曲とは思えないのですが、まず冒頭からの正確な運指と音程に驚かされました。いやもちろんプロなので正確さは当然のこととは言っても、現実には正確さを犠牲にした「味」を意識的あるいは無意識に混ぜ込んで、人それぞれの緩さを見せる演奏が世間の大勢です。不純物を廃し、機械が鳴らしているかのような完璧さで進んでいきますが、決して即物的ではなく、膨大な練習量に裏付けされたと思しきニュアンスも含めた、一所懸命何かを表現しようとするひたむきさが、おじさん、おばさんの心をぐっと掴むのでずるいです。年齢を考えると、驚異的に成熟しているとも言えるかもしれません。ただ一方で、第二楽章などは、あえて目を瞑って聴いていると、拙さがちょっと気になりました。やはりこの曲は単にテクニックだけでなく色気も要求される難曲で、サーカス曲ではないのです。舞曲調の最終楽章は、体型を考えると目一杯以上の力が入った音でしっかりとリズムを刻み、立派なプロの仕事をまっとうしました。終演後は前後左右各方位に丁寧に笑顔で深々と頭を下げて、好感度高いです。やはり、おじさん、おばさんは応援必至。アンコールではトリッキーな曲(後で調べたら、クライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ」という有名なソロ曲でした)も達者にこなして、違う一面もしっかりとPR。もちろん背後に控える「大人たち」の綿密なプロモーションあってのことかと思いますが、何とも末恐ろしい限りです。


メインの「新世界」は、大昔に部活で演奏したこともあり、今更好んで聴きに行こうとは思いませんが、嫌いな曲ではありません。カーチュンのリードは低音を効かせて重心を低く保ち、決して前のめりにならない丁寧な進行。管楽器ソロも例外なく名人揃いで、安心して聴いていられる至福のひとときでした。あまりにも知られ過ぎたメロディの数々ですが、フレーズの歌わせ方にカーチュンの個性、こだわりが見えました。このように指揮者は人と違うことをどこかでやろうとするのが普通なのに、先日聴いたカネラキスの潔いポピュリズムが、またふつふつと思い出されました。

ロンドンフィル/カネラキス:ポピュリズム的名演のラフマニノフ2025/10/25 23:59



2025.10.25 Royal Festival Hall (London)
Karina Canellakis / London Philharmonic Orchestra
Paul Lewis (piano-3)
1. Mozart: Overture, Idomeneo, K366
2. Mozart: Masonic Funeral Music, K477
3. Mozart: Piano Concerto No. 25 in C major, K503
4. Rachmaninov: Symphony No. 2

再びロンドンに住み始めて最初の演奏会がロイヤルフェスティバルホールというのは、なかなか感慨深いです。学生時代に始めてロンドンを訪れた際、着いたその日に早速来たのがここでした。その7年後、2回目のロンドン来訪時も、やはり到着したその日、ホテルチェックインを済ませたら早速ここにやって来ました。回数で言うとバービカンのほうが圧倒的に多くなったものの、自分にとってロンドンの原点は、やはりここです。

19時半開演なのに19時を超えてもなかなか開場せず、何事かと思ったのですが、開演10分前にやっと開場。指揮者かソリストの会場入りが遅れでもしたのでしょうか。そういえば以前、ここでフィルハーモニア管を聴いた時に、コンマスが地下鉄の遅延で開演に間に合わず、第2コンマスが急遽代役をやったなんてこともありました。

本日のシェフは、その壮麗なビジュアルで人気の女流指揮者、カリーナ・カネラキス。2021年からLPOの首席客演指揮者に就任しています。今年は7月の都響で日本デビューしたり、オランダ放送フィルを振ったバルトーク「青ひげ公の城」の新譜CDが評判だったりと、話題にこと欠きません。その「青ひげ公」CDは私も当然チェックし、他の指揮者とは一線を画する躍動感ある演奏にちょっと驚き、カネラキスという人に俄然興味を持ちました。7月の都響は都合悪く行けなかったため、今日のLPOが初生演です。

本日のプログラムは前半がモーツァルトの名曲集、後半がラフマニノフの2番という見本市的な演目。数年前にケイト・ブランシェット主演の「TAR」という映画がありましたが、颯爽と登場したカネラキスの第一印象は、まさにリアル「TAR」。鋭い眼光でオケをロックオンし、素手でキビキビとリズミカルな指揮で、小君良いモーツァルトを奏でます。楽器はトランペットがバルブなしだった他は、特にピリオド系でもなく普通のモダンオケでしたが、ビブラートは少々抑えめに、しかし「モダン」としか言いようがない、ヴァイタルな躍動感に溢れるリードでした。気難しくかしこまったモーツァルトではなく、万人が好きそうな分かり易さというか取っ付き易さを感じました。「イドメネオ」序曲に続き、「フリーメイソンのための葬送音楽」でも縦の線はピッタリと揃っており、指揮の統率力は高そうです。

英国が誇る人気ピアニスト、ポール・ルイスは、かつてどこかで聴いた気がしていたのですが、記録を辿るとどうも始めてのようです。いかにも英国紳士らしい品行方正さが滲み出た、フラットで堅実なモーツアルト。しかしカネラキスのバックはあくまでモダンで鋭いリズムを刻んでくるので、お互い合わせているようで身体は背を向けているような、そのコントラストが面白かったです。アンコールは無しであっさり終わりました。

後半のラフマニノフでは、指揮棒を持って登場。ビブラートを解禁し、前半と比べて表情づけがいっそうドラマチックで濃厚になっています。どのフレーズも疎かにせず、縦の線を完璧に揃えて、隅々までコントロールが行き渡っています。よく知っている曲なのでそのうち本質がわかってきたのは、聴衆がこうあって欲しいと思うことをことごとく盛り込む、最大公約数的なある種のポピュリズムで心を掴むのがこの人のアプローチではないかと。決してネガティブに言っているのではなく、ぶっきらぼうに即物的な演奏よりは自分の好みと言えます。アーティストはどちらかというと人がやらないことをやって個性を出そうとする傾向にありますので、こういうポジションを取る人はむしろ希少です。一聴してカッコいいので引き込まれやすい反面、音楽のスケールが広がらないので指揮としては二流と腐す人もいるでしょうが、ここに至る労力と統率力を私はリスペクトします。

第2楽章のロマンチックな第2テーマで、最初のポルタメントはしっかり効かせつつも2番目はサラッと過ぎるあたりなど、演出がいちいち心憎い。さらにロマンチックで有名な第3楽章は、クラリネット渾身の名演もさることながら、それを支えるホルンも安定感抜群で惚れ惚れします。最終楽章はかなり速めのテンポでぐいぐいと畳み掛けて中弛みするのを回避し、一直線に盛り上げました。満員御礼の聴衆が総立ちの喝采も納得、一期一会でその場限りの演奏会としては非常に満足度の高い名演と言えます。レコーディングになって繰り返し聴くにはどうかな、という一抹の疑念は残りました。ロンドンフィルも久々に聴きましたが、世界の一流オケの実力はさらに進化しているように感じられ、頼もしい限りです。


日本フィル/タカーチ=ナジ/ペレーニ:至極を超えたドヴォルザーク2025/06/07 23:59

2025.06.07 サントリーホール (東京)
Gábor Takács-Nagy / 日本フィルハーモニー交響楽団
Miklós Perényi (cello-1)
1. ドヴォルザーク: チェロ協奏曲 ロ短調 op.104, B.191
2. ブラームス: ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 op.56a
3. モーツァルト: 交響曲第41番《ジュピター》 ハ長調 K.551

前週に続いてタカーチ=ナジ・ガーボルの日フィル初客演シリーズ、最終日(と前日)は場所をサントリーホールに変え、盟友ペレーニおじさんとの共演です。

ハンガリーだけでなく世界が認める巨匠のペレーニさん、ブダペスト在住時にハンガリー国立フィル、ブダペスト祝祭管へのソリスト客演と、タカーチ=ナジらと結成したミクロコスモスSQで何度か聴く機会がありましたが、この至極のチェロをこれだけ至近距離で聴ける幸せを毎回ただただ噛み締めていました。最後に聴いたのは2009年のN響への客演で、この時もドヴォルザークのコンチェルトでした。そこから16年ぶりのペレーニさん、顔はさすがに老けましたが(元々老け顔ではありますが)、足取りはしっかりとしていたので一安心。虚飾を一切廃した誠実な芸風は今も健在で、渋いという一言では足りない、音は澄み切ってさらに極上、じっくりと磨き上げた天上のドヴォルザークでした。オケは編成小さめで控えめ、丁寧なバッキングに徹していました。アンコールはバッハの「アルマンド」、ペレーニさんのバッハは今なお進化中で、彼岸に届く透明さを感じました。

今日の後半戦は、ブラームスもジュピターもあまり好んで聴く曲ではなく、自分にとっては正直オマケです。今日もガーボルさんのスコアは蛍光ペンでびっしりと書き込み。横浜の演奏会と同じ感想になりますが、ガーボルさんのリードは弦アンサンブルが非常に丁寧で、上手いというか細かいです。自分が一人で弾くかのような演奏を合奏させている感じで、こう弾いてほしいという伝え方が(特に弦の奏者にとって)たいへん卓越しているのだと思います。ということで、細部に興味はないので一緒くたで失礼ですが、非常に安定したブラームスとモーツアルトでした。アンコールは今日もバルトークやってくれるかなと期待したのですが、「ジュピター」第3楽章メヌエットのリピートでちょいがっかり。

終演後、ステージ上では一般参賀を差し置いて、今日で退団される第2ヴァイオリンの加藤祐一氏と川口貴氏に花束贈呈、団員入り乱れての記念写真撮影大会になっていて微笑ましかったです。


日本フィル/タカーチ=ナジ:巨匠の生真面目なハーリ・ヤーノシュ2025/05/31 23:59

2025.05.31 みなとみらいホール (横浜)
Gábor Takács-Nagy / 日本フィルハーモニー交響楽団
三浦謙司 (piano-2)
安達真理 (viola-3) ※客演首席奏者
1. シューベルト: 交響曲第7番《未完成》 ロ短調 D759
2. モーツァルト: ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
3. コダーイ: 組曲《ハーリ・ヤーノシュ》 op.15

ハンガリーの巨匠タカーチ=ナジ・ガーボルさんが来るとあって、しかも曲は「ハーリ・ヤーノシュ」、躊躇なく横浜まで馳せ参じました。

1曲目の「未完成」。まず驚いたのが、譜面台上のスコアをオペラグラスで覗くと、赤青黄の蛍光ペンでびっしりとマーキングしてあり、ところどころに付箋まで付いてました。指揮者の生真面目さが伺えます。そこまで分析し尽くしているだけあって、冒頭からおっと思わせる繊細な出だしにまず引き込まれます。元々ヴァイオリンの名手だけあって、弦のコントロールが実にスムース。ボウイング含めたアンサンブル、ニュアンス、バランス、どれを取ってもしっかりと指示を根付かせているのが凄い。管楽器もクリアにくっきりと響かせ、指揮ぶりはリズムをしっかりとキープしつつ細かい指示を出しまくる、まさに職人気質の堅実な指揮者でした。派手さやクセの強さはないものの、安定したクオリティを客演でもしっかりと導き出せる安心感は、世界中で好まれることでしょう。と言いながらもこの曲が超苦手な私は、後半はいつものごとく意識を失ってました…。

2曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲、ソリストは三浦謙司という初めて聞く人。ロン・ティボー国際コンクールの2019年ピアノ部門優勝者という受賞歴を持つ、まだ30代前半の若者です。余談ですがこのロン・ティボー国際コンクールは、近年は財政難で開催自体がスポンサー次第という不安定な状況のようですが、古くはサンソン・フランソワ、アルド・チッコリーニ、フィリップ・アントルモン、パスカル・ロジェなどの巨匠を輩出し、スタニスラフ・ブーニンもショパンコンクール優勝の前にこのコンクールを当時の最年少で優勝しています。とはいえ、三浦氏のピアノはそういったフレンチテイストの巨匠タイプとは異なり、遊びの少ない生真面目タイプに映りましたが、もちろん、不得意のモーツァルトでもあり、この1曲だけでは何ともわかりません。ただ、同タイプの職人ガーボルさんとの組み合わせは非常にやりやすかったのではないかと思います。アンコールはシューマンの「3つのロマンス」第2番をしっとりと。

さて、ガーボルさんの指揮を今まで聴いたのは、ブダペスト祝祭管を含めてどれも比較的小編成の古典曲ばかりだったので、元々がタカーチ・カルテットで名を馳せた人ということもあり、音楽がミクロの方向に向かっていく傾向にあるのかなと感じていました。ここで一気に大編成になる「ハーリ・ヤーノシュ」はどう攻めるのだろうと思っていたら、やっぱりとことん細かく刻み込む演奏でした。相変わらず蛍光ペンでびっしりと書き込まれたスコアを手に、速めのテンポであまり粘らずにグイグイと進んで行きます。一昨年聴いたマダラシュ/N響がおおらかなスケール感を出していたのとは対照的。オケは金管中心にキズが多く、曲を楽しむよりも必死な感じが奏者それぞれの顔に出ています。ここらへんはN響と地力の差が見えたでしょうか。ツィンバロン、サックス、ヴィオラといったゲストは、飲まれることなくプロの仕事をこなし、しっかりと要所を締めていました。ツィンバロンの斉藤浩さんは一昨年のマダラシュ/N響でも素晴らしい演奏を披露されており、今の大河ドラマ「べらぼう」のテーマ曲にもソロで参加されている、日本ツィンバロン界(というものがあるのかどうか)の第一人者ですね。

終曲はオケも気合みなぎって大いに盛り上がり、ガーボルさん思わずガッツポーズ。アンコールではメモを持って登場、日本語で紹介した曲は「ルーマニア民族舞曲」。思えば今回の来日プログラムにバルトークがなかったので、思いがけないラッキープレゼントでした。