フィンランドとドイツ2011/01/21 23:58

ちょっと長めの出張でした。意外なことにどちらもユーロ圏なので(北欧は通貨が違うというイメージでした)、通貨はユーロ一本でOK。


まずは初のヘルシンキ。自分が今まで訪れた都市の中で最北です。マイナス15℃の世界を覚悟していたのですが、気温が0℃くらいまで上がって、雪混じりの雨が降っていました。これで人通りのある場所の雪はけっこう流されてしまったのですが、少し冷えると地面はツルツルになり、非常に危なかったです。写真は朝ちょっとだけ街歩きした際に撮った、デパートSTOCKMANN前の「三人の鍛冶屋像」。しかし、フィンランドは500万人くらいしか人がいないのにデパートやショップはたいへん充実していそうな感じです。夏場には相当な人が集まってくるんでしょうか。

フィンランド語はハンガリー語と同じウラル語族に属し、アクセントが原則単語の頭にくるという共通点もあるためか、会話を音楽として聴いたとき、音の響きがハンガリー語に大変よく似ています。スペルを見ると全く違う言語なのですが。ホテルで朝食を取っているとき、隣りのテーブルの人の会話を、やっぱりハンガリー語と似てるよなあと思いながら漫然と聞いていたところ、よく聞くと本当のハンガリー語でした。ハンガリー人の客だったのでした。


さらに北に向かう同僚と別れ、私はドイツのドレスデンへ南下。ここは昔、車で通過したことがあるだけで滞在は始めて。夕食時に旧市街を歩きましたが、いかにも東独らしい雰囲気で、質素で落ち着いた町並でした。ただし完全なオフシーズンで、人通りが少なく、街灯も暗くて、何と淋しいことよ。ゼンパーオパーも公演がなく、火が消えたようにひっそりと佇んでいました。またいつか、ここでオペラかコンサートを聴きたいものです。

夜は10℃くらいで温かかったのに、朝は雪が降っていました。午前中さらに寒い山の中に出張に行ったあと、フライトでミュンヘンへ。南下しているのにどんどん寒くなって行きます。


さすがにミュンヘンはドレスデンとは打って変わり、明るくて人通りが絶えません。シンボルのフラウエン教会は片方の塔が工事中でした。


ホフブロイハウスも相変わらずの大賑わい。白ソーセージが売り切れだったのが残念でした。


ICEに乗りウルムへ。さらに寒くなり、雪が舞っていました。時間がなく今回も町は見れませんでした。


その後、デュッセルドルフへ。定番のシューマッハーでアルトビアをしこたま飲みました。


最後はドルトムント。ドイツ人同僚に何があるのか聞いたら、何もないよという話だったのですが、賑やかなショッピングストリートがあり、デパートがいくつもあり、大きな教会があり、音響の素晴らしいコンサートホールがあります。観光で訪れる場所ではありませんが、人々の普通の生活が感じられる、活力のある町でした。雪の舞う夜はそのコンサートホールで、先週聴いたばかりのブダペスト祝祭管を観賞。曲は念願のバルトーク「青ひげ公の城」、この上なく磨き上げられた最上質の演奏で、最後は満員の聴衆が総立ちの拍手で歌手・指揮者・奏者を讃え、たいへん幸せな気分で会場を後にしました。

毎晩ホテルを移動する慌ただしい旅でしたが、何とか乗り切りました。おかげで帰還後その足で見に行ったロイヤルバレエ「白鳥の湖」は、けっこう体力的につらかったです。

しかし、極寒のヘルシンキから始まって徐々に温かい方へ移動するはずが、日を追うごとにどんどん寒くなって行ったのは、いったいどういうことよ。

ブダペスト祝祭管/フィッシャー:バルトーク「青ひげ公の城」2011/01/21 23:59

2011.01.21 Konzerthaus (Dortmund)
Iván Fischer / Budapest Festival Orchestra
István Kovács (Bluebeard-2), Ildikó Komlósi (Judith-2)
1. Haydn: Symphony No. 102 in B-flat major
2. Bartók: Bluebeard's Castle

先週に続きBFZです。今週ドルトムントでハンガリー人演奏家が集うバルトーク・フェスティヴァルが開催されており、折よく近くまで来る出張があったので、2週続けてBFZを聴くという幸運を得ました。BFZは実は、ブダペストでバルトークをあまり演奏してくれなかったので(ツアーでいつも演奏するから奏者のマンネリを防ぐためでもあるんでしょう)、その意味でも念願がかないました。全く余談ですけど、チェコフィルも「新世界」はツアーの定番ですが、プラハで演奏することはまず、ないそうですね。

客席はほぼ満員。先週とは違って今日はハンガリー語を聞くことがなかったので、ほとんど地元のドイツ人ということでしょうか。ドイツの一地方都市でバルトークに対する関心がここまで高いとは、正直意外でした。

1曲目はハイドン102番。先週と同じくトランペット、ホルン、ティンパニは古楽器を使用していました。フルートとオーボエを定位置よりも前に出し、チェロとヴィオラで挟み込むように配置していたのが先週との違いです。出だしで少し乱れて「ん?」と思った箇所はありましたが、後は先週と同じく完璧な造型のハイドンでした。やはりノンビブラートにはせず大らかに弾かせています。このホール独特の長い残響は、最初こそ違和感があったものの、慣れるとそのふくよかな質感が何とも心地よい。

メインの「青ひげ公の城」はバルトークで最も好きな曲の一つですが、過去に実演を聴いた5回は全てオペラの舞台で、演奏会形式では初めてです。BFZがこの曲をやるときはポルガール・ラースローとコムローシ・イルディコのコンビが無二の定番でしたが(録音も残っています)、昨年9月にポルガールが亡くなったため、青ひげ公はステージごとに違う人が召集されているようです。今日はコヴァーチ・イシュトヴァーンという初めて聴く若い人でした。

冒頭の前口上は従来ならポルガールが渋い声で語っていたそうですが、彼の死後、指揮者自らが客席に振り向き、語りかけながら後ろ手に指揮棒を振り始めるというアラワザでしのいでいました(YouTubeにアップされている、10月にフィッシャーがコンセルトヘボウを振ったときの映像でも同様のワザが確認できます)。

青ひげ公は、バスにしては細身の身体で声質も軽めなから、若いにもかかわらずごまかしのないほぼ完璧な歌唱でした。この歌は素人目にもたいへん難しく、歌いこみの浅い人だとすぐに声が上ずったり、にちゃにちゃと気持ちの悪い歌になってしまったりもしますが、コヴァーチは実に丁寧に、威厳を失わずに声をぶつけていきます。もちろん、できればもっと腰の太い声と、感情を押し殺しながらも微妙な機微を表現し分ける巧妙さがもうちょうっとあればと思わないでもなかったですし、超ベテランだったポルガールにはかなうべくもないですが、誠実に全力を尽くしていたと思います。

一方のコムローシも絶好調。ユディットは数限りなく歌ってきた十八番ですので、全てを知り尽くし、完全に自分のものにしています。感情表現が演技過多のようにも取れ、ユディット像の役作りとしては多少の異論もあるかもしれませんが、つぶやきから狂乱を自在に行き来する歌唱力と、一貫して堂々とした立ち振る舞いは、数いるユディット歌いの中でも突出していると思います。

そして、この日は何よりオケが凄かった。非の打ち所がない素晴らしさで、それを伝えるに私の文章力では全く力及びません。丹念な語り口であせらず一歩一歩進み、繊細さと馬力を兼ね備えるこのオケの特質が存分に発揮されて最後はとんでもない広さのダイナミックレンジになっていましたが、ホールの音響のおかげで爆音も耳に障らず、音の洪水にただただ身を委ねるのみでした。この大音響は演奏会形式ならではのもので、歌劇場付きのオケだったら歌手に配慮してこんな大音量は絶対に出さないし、出せないでしょうね。ソロ楽器も今日は皆さん冴えに冴えていて個人プレーも完璧。終演後は満員の客席が誇張でなく総立ちの拍手喝采になり、指揮者も独唱者も、疲労困ぱいしながらも充実した笑顔で拍手に応えていました。

後で聞いたところでは、ロンドンも良かったけれど、オケのメンバーにとっても今日はまた特別に満足のいく演奏会だったということで、わざわざドルトムントまで聴きに来たかいは十分にありました。無いものねだりですが、もし今日が最初の発表通りポルガール・ラースローの青ひげ公だったら、もうどれだけ素晴らしかったことかと想像すると、まだ63歳の若さで急死されてしまったのは残念でなりません。