東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ:パウル・ヒンデミット2022/04/17 23:59



2022.04.17 飛行船シアター (旧上野学園石橋メモリアルホール) (東京)
東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.8: パウル・ヒンデミット
三又治彦, 猶井悠樹 (vn-1)
佐々木亮 (va-1, 2, 3)
小畠幸法 (vc-1)
冨平安希子 (soprano-4, 6)
小林啓倫 (baritone-4)
有吉亮治(piano-2, 3, 5), 冨平恭平 (piano-4, 6)
中村仁 (解説)
1. ヒンデミット: 朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された《さまよえるオランダ人》序曲
2. ヒンデミット: ヴィオラ・ソナタ op.11-4
3. ヒンデミット: 瞑想曲
4. ヒンデミット: 歌劇《画家マティス》より 第6場1景 
5. ヒンデミット: 組曲《1922年》 op.26 より 第1曲 行進曲、第3曲 夜曲
6. ヒンデミット: 歌曲集《マリアの生涯》 op.27 より 第7曲 キリストの降誕、第9曲 カナの婚宴

ふと思い立って聴きに出かけました。2020年、2021年は多くの公演が中止になってしまったので、東京春祭に出かけるのは実に3年ぶり。とは言ってもメインの文化会館ではなく、初めて訪れる旧上野学園石橋メモリアルホール。座席数500ほどの規模で、立派なパイプオルガンを有するチャペルのような品格が誇りの小コンサートホールだったそうですが、昨年ゲーム会社のブシロードに売却され、今年から多目的の「飛行船シアター」としてリニューアルオープンしたばかりです。オルガンは撤去され、無機質の白壁に演劇用の天井の照明、かつてのファンの落胆が目に浮かぶようです。ただ、以前のを聴いてないので何ともわからないのですが、改装後のホールでも通りがよい十分立派な音響でした。

「東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ」は毎年一人の作曲家にフォーカスし、N響メンバーを中心に、あまり演奏機会のない曲なども取り上げて生涯と作風を深堀りしていく企画ですが、今年のお題はパウル・ヒンデミット。著名ながらも普段からほとんど聴くことがない作曲家で、過去の演奏会聴講記録を辿ると2010年プロムスで交響曲「画家マティス」を1回聴いただけでした。

1曲目は「やたらと長く、ふざけたタイトルのクラシック曲」としてクイズネタにもなったりする弦楽四重奏曲。タイトルから分かる通りワーグナーの「さまよえるオランダ人」序曲をモチーフにしたパロディ音楽ですが、IMSLPにスコアがあったので見てみると、スコアはけっこう真面目に書き込まれてます。これを如何に調子外れに、下手くそに聴かせるかが逆にすごく難しいのではないかと。今日はこの曲を実演で聴きたいがために来たようなものです。

追加で配られたチラシを読むと、「そのまま演奏しても良かったのですが」「音楽の特徴と登場人物の心境をマッチングさせ」「オペラのように音楽を創り上げました」とのこと。開演後、いったん舞台が暗転し、スウェット寝衣姿のチェロが登場すると暗がりの中で神経質そうに練習を始めますが、すぐに煮詰まって、横に置いてあった枕とタオルケットで寝てしまいます。朝になりヴィオラがパリッと正装で登場するもチェロは起きず、するとヴァイオリンの2人がはだけた服装にネクタイハチマキの徹飲み明けの出立ちで肩を組んでわしゃわしゃと登場。おもむろに冒頭のトレモロを弾き出すとチェロが飛び起きて合わせていきます。演出と呼べるものはここまでで、後は何とか「二流」の味を出そうとわざとらしい振りで調子外れっぽく弾いていきますが、始まってしまうとオケ奏者のサガというか、真面目さが隠しきれない。ヴァイオリンの2人など終始ボウイングが揃っていて、音もしっかりしているし、上手いのを隠すのが下手。あえて演出を入れたかった理由がよくわかりました。しかし、なかなか珍しく面白いものが聴けました。

前半はこの後ヴィオラとピアノのデュオ曲が2曲続いて、休憩。前半と後半で1回ずつヒンデミットの研究家、中村仁氏によるスライドを使った解説がありました。あらためて年表で見てみると、2つの大戦を直に経験し、最後は(ユダヤ人ではなかったけれども)ナチス政権から逃れて亡命し、戦争に翻弄された人生だったことがわかります。同じ1890年代生まれの著名作曲家はプロコフィエフ、オネゲル、オルフに加えてグローフェ、ガーシュウィン、コルンゴルドなどがいて、その中に並べるとヒンデミットは即物主義の前衛的イメージにも見えますが、時代はすでにバルトーク、ストラヴィンスキー、ヴァレーズ、ウェーベルン、ベルクが登場した後なので、立ち位置がちょっと中途半端に見られてしまうのは仕方がないかと思います(作曲家本人は「立ち位置」など全く気にしてないでしょうけど)。休憩後の初めて聴く歌曲とピアノ曲に接してみても、その印象は変わりませんでした。尖った曲が聴きたい気分だとしても、あえて「画家マティス」を選ぶ理由がない。そうかそれで自分は今までヒンデミットに触れる機会が少なかったんだと思い当たった次第です。

コロナ以降、だいぶ演奏会から遠ざかっていますが、今年もぜひ行きたいとそそられるプログラムの演奏会が少なく、寂しい限りです。演奏者で選んでも来日キャンセルリスクがまだ大きい以上、チケットを買うのに躊躇します。