ナショナル・ギャラリー 英国の至宝2015/02/14 23:59

守屋さんのブログでちらっと紹介されていたのを見て気になっていたのですが、先日ふらっと見てまいりました。

渋谷文化村の「ル・シネマ」は128〜152席の小さな映画館ですが、それでもぎっしり満員御礼だったのにはちょっと驚きました。上映時間をよくチェックしないで、せいぜい2時間くらいだろうと思っていたら3時間以上の長さで、その後予定が入っていたので最後の方は内心かなり焦りながら見ていました。

タイトルの通り英国が世界に誇る美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーに関するドキュメンタリーで、ダ・ヴィンチ展、ターナー展、ティッツィアーノ・メタモルフォーシスといった、ちょうど私が住んでいたころやってた企画展の様子が時系列で挿入され、たいへん懐かしかったです。とはいえこのドキュメンタリー映画がフォーカスするのはギャラリーのコレクションではなく、そこで働くスタッフです。数多く挿入されるツアーガイド、カルチャースクール、学生の課外授業などのシーンで、学芸員が情熱的に語りかけるウンチクの数々はどれも奥深くて「へぇ〜」と感心するばかりで、芸術的好奇心を満たしてくれるものですが、話の内容もさることながら、仕事に没入する学芸員それぞれの人間味こそがこの映画の主役であると感じました。

ロンドンに住んでいても普段見ることができない裏方シーンも興味深いものばかりで、額装へのこだわりとか、途方もない時間と労力をかけた修復がわずか15分で落とせる(原状復帰できる)作りになっているとか、トラファルガー広場のチャリティイベントに協力すべきかどうかというスタッフ会議の議論も面白かったです。トラファルガー広場は頻繁にイベントをやっていたので、その度にギャラリー正面入口へのアクセスが制限され、実は(イベントによっては)いい迷惑だったわけですね。

巨匠フレデリック・ワイズマンの映画を見るのは多分初めてですが、BGMもナレーションもなく、ただリアルの断片を紡いでいくぶっきらぼうな作りは、正直気持ちが乗り切れませんでした。断片は各々面白いんだけど、どうせ「オチ」はないなと分かった後は、その長さに途中からちょっとうんざりしてしまいました。1本のわかりやすいテーマがわかりやすく通ってくれた方がすんなりと身体に入ってくるんでしょうけど、もちろん、そんなハリウッド的映画作りに背を向けている監督なんですよね。繰り返し見れば、その度に新しい発見がありそうな映画です。

東京は3月6日までの公開です。その他の地域は映画の公式ページでご確認ください。
http://www.cetera.co.jp/treasure/

下は2012年のお正月、ダ・ヴィンチ展のときの写真です。



読響/カンブルラン/メンケマイヤー(va):答えのない新世界2015/02/15 23:59

2015.02.15 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
Sylvain Cambreling / 読売日本交響楽団
Nils Mönkemeyer (viola-2)
1. 武満徹: 鳥は星形の庭に降りる
2. バルトーク: ヴィオラ協奏曲(シェルイによる補筆版)
3. アイヴズ: 答えのない質問
4. ドヴォルザーク: 交響曲第9番ホ短調「新世界から」

3月前半欧州ツアーに出かける読響ですが、これはツアーのAプロに当たる演奏会です(ちなみにBプロは12月定期でやってたトゥーランガリラ交響曲)。ツアーでは1週間でベルリン、ワルシャワ、ケルン、ユトレヒト、ブリュッセルを足早に回りますが、カンブルランの故郷フランスには立ち寄らないようです。それにしてもこのプログラム、一見脈絡ない選曲にも思えますが、どれもアメリカと関係が深い楽曲ということになってます。それを何故カンブルラン/読響が欧州ツアーで演奏するのか、というのはやっぱり脈絡がわかりませんが。

1曲目はサンフランシスコ響のために委嘱されたタケミツの代表作。Wikipediaには「小澤征爾指揮、ボストン交響楽団により初演され」とありますが、1977年エド・デ・ワールト指揮サンフランシスコ響にて初演、というのがどうも正解のようです(私はどっちが正しいかを検証するすべを持ちませんが、Wikiは時々とんでもなくテキトーなことが書いてあったりするので要注意)。私が以前この曲を聴いたのは10年前のN響のブダペスト公演だったので、日本のオケが海外ツアーする際の定番なのかもしれません。黒鍵中心の五音音階を基にモチーフを組み立ててみたり、ガリガリの前衛から路線転向した変化点と言われる曲ですが、確かに、セリーだのチャンスだの、様式の逸脱と自己満足だけに突き動かされていた20世紀の「ゲンダイオンガク」を卒業し、融合路線に回帰した21世紀の現代音楽を、ある意味先取りしていたのではないでしょうか。まあ、武満がちょっと苦手な私の感覚では、まだまだ余裕で前衛な曲ですが。すいません、演奏の良し悪しは正直判りかねますが、誰がやってもその空気は再現できそうな、完成度に優れた楽曲だとはあらためて感じました。

次は、晩年をアメリカで過ごしたバルトークの未完の遺作。パンフを読んでなるほどと思ったのですが、バルトークが最後のアメリカで作曲した管弦楽曲は、全て「協奏曲」と名付けられているんですね。実はこのヴィオラ協奏曲、バルトークファンであるはずのこの私が、実演では今日ようやく初めて聴く機会を得ました。そもそもヴィオラ協奏曲というのは、私にとってはティンパニ協奏曲よりもマイナーなジャンルにつき(と書いてから調べてみたら、ヴィオラ協奏曲は近現代で結構書かれている事実を発見…)、論評できるほど聴き込んでもおりません。「バルトークの最高傑作(になるはずだった)」と言う人もいるみたいですが、特に終楽章、魅力的な着想が断片的に出てくるものの、あっけなく終わってしまう淡白さを感じるのが、敬遠する理由だと思います。オケコンやヴァイオリン協奏曲第2番のような「天才の円熟が結実した音楽芸術」というにはどうしても消化不良感が残ります。ということで、今日のところはメンケマイヤーの中性的なヴィオラの音色を堪能したのみでご勘弁。アンコールはバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「アルマンド」、これも聴きなれたチェロと比べて何となく生理的な違和感を覚える不思議な感覚でした。

休憩をはさんで、次も一度は実演で聴いてみたかった「答えのない質問」。穏やかなメジャーコードの弦楽合奏に乗せて、トランペットソロとフルート四重奏が禅問答のようなやり取りを繰り返します。スコアを見ると、四重奏はオーボエ、クラリネットが入っていてもよくて(実際、バーンスタインの音楽啓蒙番組「答えのない質問」ではそうなってましたね)、トランペットソロもクラリネット、オーボエ、コーラングレで代用可のようです。今回トランペットはステージ後方上階のオルガンの前に立ち、一音でも外してしまうと曲が台無しになりかねない緊張感の中で、しっかり仕事をしました。これはやっぱりオーボエやクラの代用では出せない空気があると思います。下を支える弦楽合奏も極めて抑制的で、良かったです。

今回の選曲はアメリカ繋がりということですが、パンフのカンブルランのインタビューを読んでいて、「新世界」と「答えのない質問」(オリジナル)は作曲された年が高々15年しか離れていないという指摘は非常に新鮮でした。ロマン派ど真ん中のドヴォルザークとの対比で、アイヴズの先進性は驚きです(ドヴォルザークが古いと言っているわけではもちろんありませんが)。

ということで、アイヴズから切れ目なく新世界へ突入。フルート奏者の余り2名は新世界では出番がないのでどうするのかなと思って見ていたら、第1楽章が終わるまで待って袖に引っ込みました。さてその新世界ですが、前にも思いましたが、カンブルランの音楽作りは時にとことんレガートを効かせた、まるでカラヤンのように流麗寛雅な世界に徹していきます。さすがに新世界はプロオケの皆様手慣れている様子で、第2楽章のコーラングレも美しかったし、均整のとれた職人肌の演奏。管楽器は若干バラツキがあるかなと思われる以外は、ヨーロッパに行ってもレベルの高さを示せるのではないでしょうか。アンコールは同じドヴォルザークでスラヴ舞曲第10番(第2集第2番)。せっかくのツアー用に、手頃な日本の曲は何かないものですかねえ。