ベルリンフィル/ラトル/シェーファー(s):マーラーは王道の凄み2011/02/21 23:59

2011.02.21 Barbican Hall (London)
Sir Simon Rattle / Berliner Philharmoniker
Christine Schäfer (S-2)
1. Stravinsky: Apollon Musagète (1947 ver)
2. Mahler: Symphony No. 4

このベルリンフィルのロンドンコンサートシリーズはチケット発売が2009年12月で、ほどなく4つの演奏会は全て完売となっていました。チケット購入から1年以上待たされて、その間去年のPROMSにもしれっとやってきて演奏したりして、この日に至るまでは遠い道のりでした。要は待ちくたびれただけですが。

1曲目「ミューズを率いるアポロ」は弦楽合奏のみのバレエ音楽。新古典主義の聴きやすい曲に見えて、捉えどころのない結構難解な曲だと思います。ベルリンフィルの弦楽部隊は8人のコントラバスと有名な12人のチェリストをずらりと揃えて圧巻です。コンサートマスターは樫本大進君、すっかり板についてきています。私には馴染みの薄い曲なので細かいところまでわかりませんが、まず出だしはチェコフィルかと思うほど素朴で野暮ったい音色で始まり、次の大進君の切り立つようにヴィヴィッドなソロの後は、低弦が金属的な重苦しさを醸し出したかと思うと、突如として花畑に蝶が舞うような光景が目に浮かび、とにかく弦楽合奏だけとは思えないその色彩感の幅広さに感服しました。音色に加えて音量のほうも、消え入るようなか細さとトゥッティの迫力のコントラストが圧巻で、弦楽器だけでもそんじょそこらのフルオケには音圧で勝っていますかからすごいもんです。

メインのマーラー第4番は一昨年LSO、昨年LPOで聴いて、ロンドンではこれが3回目です。面白いのは3回とも独唱はクリスティーネ・シェーファーだったこと。ただしLSOは風邪でドタキャンし、代役のクララ・エクが歌っていましたが。それにしても私のイメージではシェーファーはオペラ歌手で、あまりマーラー歌手という認識ではなかったので、不思議な現象です。シェーファーは好きな歌手ですが、他に人材はおらんのかい、とも思ってしまいました。

第1楽章冒頭、鈴と木管の短い序奏からヴァイオリンの主題へと移行するところで、もう早速その語り口の上手さに引き込まれました。昨年のユロフスキとLPOのように、解体したセグメントを再構築していくようなポストモダン的演奏もそれはそれで面白かったのですが、ラトルのアプローチはもっとストレートで、ある意味王道です。いつものように細部まで彫り込んだ音楽作りで、一つのフレーズは常に次のフレーズの布石になるよう気配りされ、全体の大きな流れを俯瞰して積み重ねて行くような第1楽章でした。雄弁というのとも劇的というのともちょっと違う、適当な表現が見つかりませんが、説得力のある朗読のような演奏でした。また、ベルリンフィルの人々はもう異次元の上手さで、ホルンといいトランペットといいフルートといいオーボエといい、皆がいちいち凄過ぎてホレボレするソロを聴かせてくれます。個人の技量が並外れて優れている上に、アンサンブルも憎いくらい完璧に統制が取れていて、さらに、いつどこで演奏しても集中力を欠かさない芸術的良心を持っている、世界最高峰のオーケストラとの評価が定着するのもよくわかります。この最後の「いつどこで演奏しても集中力を欠かさない芸術的良心」という点で、残念ながらLSOやウィーンフィルはベルリンフィルやコンセルトヘボウより下位のランクに置かざるを得ないと、私の経験からはそう評価しています。閑話休題。

第2楽章は舞踏楽章なので軽やかにジャブで流し、変則調律ヴァイオリンの土臭いソロとくっきり色鮮やかなバックの演奏の対比が新鮮でした。少し呼吸を整えてからの第3楽章はスローペースで始まり、弦楽器がとことん繊細で優しい音を紡いでいきます。ちょっと間延びしたかと思わないでもないですが、ダイナミックレンジをさらに大きく取って最後の爆発への布石を打ち、LPOのときと同じくトゥッティの間に静々とシェーファー登場。切れ目なく終楽章に突入します。今日はずいぶんとシックな黒のドレスに地味めのメイクで、その分クリスタルか何かのキラキラ輝く首飾りがいっそう印象的でした。どこか中性的に感じる天性の美声は健在で、LPOのときよりも声の調子は良さそうでした。ただ前回は前から2列目のかぶりつきで見た(聴けた)シェーファーですが、今回はCircleの端のほうという歌手の声の届きにくい席だったので、前回感じた声の「芯」は少々細く、伸びに欠けるように感じられました。それでも、どちらかというとラトルのリードにシェーファーが着いていくという図式だったと思いますが、振り落とされることなく歌い切り満足げな表情でした。全体を通して文句なしに超ハイクオリティの演奏で、ラトルも大いに満足したのか、終演後は各首席奏者のところまで自分から行って握手を求めていました。こんな、普通は一生もんの演奏会をいくつも聴けてしまうというところに、ロンドンの凄さと同時に空恐ろしさも覚えますね。

それにしても、あまりうるさいことを言いたくもないのですが、よりによって終楽章の静寂に向かうエンディングの最中でカバンからアメを出そうとする人とか、バサッと何かを落とす人とか、咳きこんで止まらない人とか、世の中には本当にいろんな人がいます。あと6小節だけなんだから頼むよ勘弁してよ、とか、せめてハンカチくらい口に当てんかい、とか、せっかくの至福のひとときに興ざめなことが頭をよぎり、これに関してはいつまでも寛容になれないなあと再認識してしまいます。

余談ですがサウスバンクの来シーズン分の外来オケチケットがすでに販売開始になっていますが、ルツェルン祝祭管やシモン・ボリバル・ユース管といった人気楽団はあっという間に残席わずかになっていますね。特にシモン・ボリバルなんか来年6月で曲目未定にもかかわらず、この売れ方はちょっと異常ですね。それにしてもバービカン、サウスバンクともに、外タレのチケット相場がべらぼうに値上がりしていて、手を出すのを躊躇してしまいます。消費税増税と補助金カットのダブルパンチを食らったのかもしれませんが、こんな極端な値上げは、全く足下を見ていると思いますね。

コメント

_ 守屋 ― 2011/02/23 15:59

おはようございます。本題でないことですが。かばんの中をごそごそ探す音がどれほどうるさいのかわかって居ない人のほうが圧倒的に多いですね。最近は、オペラやバレエの最中にスマートフォンの画面を観ている人が隣にいると、一気にテンションが下がります。
 
 サウスバンクのことは知りませんが、バービカンは本当に高いですね。メンバーシップを上げようかと思っているんですが、再び考慮中です。

_ Miklos ― 2011/02/25 07:58

守屋さんこんにちは。私は幸い上演中にスマートフォンを見ている人には出くわしたことはありませんが、携帯切ってないってことですよね?いやはや…。フェスティヴァルホールのストール後方の席は、ステージからの音が遠いのに加えて、周囲の雑音が拡散せずに天井(バルコニー下)で反射して戻ってきますので、ノイズが気になってしまうたちの私には、やっぱり落ち着かない席だなと再認識しました。
ロンドンの演奏会チケット相場はここ2年くらいのことしか私は知らないのですが、みるみる上がってきていて、チケットも取りにくくなってきているように思えますが、どうなんでしょう。

_ Miklos ― 2011/02/25 08:01

すいません、話がごっちゃになってましたね。フェスティヴァルホールは水曜日の演奏会の話です。

_ つるびねった ― 2011/02/26 19:07

ほんと来シーズンの外来オーケストラのチケット代高いですね〜。わたしもびびりました。それに人気のあるところはもうほとんど席ないし。
LPOのマーラーの交響曲第4番は、聴けなかったのがとっても残念ですが、この日の演奏はほんとに素晴らしかったです。ラトルさんの演奏はわたしのツボでした。
ロンドンの聴衆は、質は高いとは思うけど、まだまだ雑音を出す人多いですね。音楽家の質を望むように、聴衆の質も高まっていって欲しいですね。一緒に音楽を作ってるハズなんだから。

_ かんとく ― 2011/02/26 21:10

Miklosさん
随分、遅れてのコメントですが・・・
いや~、ほんとため息が出る演奏会でした。
聴衆の話ですが、たまに鼻をかむ人がいるので、あれだけは止めて欲しいといつも思ってます。

_ Miklos ― 2011/02/28 00:18

つるびねったさん、ロンドンの聴衆はそれでもブダペストよりは相当ましですよ。公共マナーよりも個人主義の方がずっと勝っているというか、俺はやりたいときにやりたいことをやるんじゃー、かまうもんかー、ごっほーん、ぶーん、ちーん、てな人ばっかりでしたから。「民度」という単語が何度も頭をよぎりました。

かんとくさん、そう言えばロンドンもそろそろ花粉の季節になっていまして、うちの娘が鼻ぐじゅぐじゅでかなりつらそうです。昨日の「魔笛」でも、上演中に鼻をかむのはやめなさいと言っておいたのでがまんしていましたが、そうすると鼻がスピーと鳴ってしまうんですよね。苦しそうで気の毒でした。まあ、咳でも鼻をかむのでも、どうしょうもないときはあると思うんですが、せめて遠慮がちにやってくれないものかと。遠慮のかけらもない人が多すぎますね。

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_ Voyage to Art - 2011/02/23 22:10

 今日から3日間続けてベルリンフィルの演奏会。昨日の記事でも書いた通り、本当は昨日からベルリンフィルの演奏会は始まっていたけど、昨日の室内楽の演奏会には行かなかった(チケットが取れなかった。でもそのおかげで五嶋みどりのすごい演奏が聴けた。)ので、今日が僕にとっての初日。今日の演目はストラヴィンスキーの「ミューズを率いるアポロ」と、マーラーの4番。


Igor Stravinsky: Apollon Musagète (1947 version)
(Interval)
Gustav Mahler: Symphony No.4 in G

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