日本フィル/インキネン/神尾真由子(vn):アルプス交響曲、他2024/11/24 23:59



2024.11.24 サントリーホール (東京)
Pietari Inkinen / 日本フィルハーモニー交響楽団
神尾真由子 (violin-1)
1. グラズノフ: ヴァイオリン協奏曲 イ短調
2. R.シュトラウス: アルプス交響曲

元々予定していなかったのですが、時間ができたので急遽行ってみました。日曜のマチネということで、満員札止めではないものの客入りは上々。なんだかんだでアルプス交響曲の生演は10年ぶり。インキネン/日フィルを聴くのも10年ぶりでした。

本日のプログラムは、1864年生まれ、今年で生誕160年、没後75年のリヒャルト・シュトラウスと、その1歳年下のグラズノフという、おそらく接点はほぼなかったであろう同世代作曲家の組み合わせです。グラズノフといっても、パッと思い浮かぶ音楽はなく、過去には「ライモンダ」第3幕などのバレエ作品をロイヤルバレエで観たくらいの、馴染みが薄い作曲家です。諏訪内晶子さん以来日本人として二人目のチャイコフスキー国際コンクール優勝者である神尾真由子さんを聴くのは初めてでしたが、ファンの人には申し訳ないものの、最初の一音からして自分にはちょっと受け付けない類のヴァイオリンでした。誤解を恐れず思ったことを言うと、音が汚く、荒っぽい演奏。解釈でそのように装っていることでもなく、途中のカデンツァなどを聴くと確かに技巧的に長けているのは認めますが、全然好みではありませんでした。ということで、残念ながらパスです。アンコールはパガニーニ「24のカプリース」の有名な終曲を弾き切って、ドヤ顔。うーむ、ますます何だかなあ…。ベレゾフスキー(この人もチャイコフスキー国際コンクールの優勝者でしたね)を最初に聴いた時と同じようなモヤモヤ感が残りました。

メインのアルプス交響曲は、私の大好物である打楽器大活躍の大編成曲ですが、オケの地力がモノを言う曲だけに、日本のオケでは物足りない思いをするに違いなく、結果として10年も敬遠していたのも「わざわざ出かけていってがっかりしたくない」のが大きな理由でした。キャリアのハイライトがバイロイトで「指輪」を振った実績であろうインキネンなら、かつての手兵を率いてハッタリでも何でも大いに劇的に仕上げてくれれば、という期待を持って買ったチケット。演奏開始前、えらく長い時間をかけて静寂を待ってから指揮棒を振り始めたインキネン。冒頭から管がバラっと入ってしまって、繊細とは言えない弱音の出だしにちょいと不安がよぎりましたが、インキネンは気にせずひたすら丁寧に、ゆっくりと音を紡いでいきます。全部で60分近くはかかっていたのではないかと感じましたが、こういうアプローチのときはなおさらオケがバテて息切れしてしまうのが常。しかし今日は金管の頑張りが良く、山頂のクライマックスまでは何とか音圧を維持し、持ち堪えていました。その後、集中力が切れたのか、ちょっとヤバい箇所がちらほらと出てきたものの、嵐の場面で巻き直し、後半の金管の難所である弱音高音を乗り切ると、最後は冒頭の再現のような、あまりデリケートではない静寂で幕を閉じました。うーむ、やはりこういうところは、過去に聴いたウィーンフィルやBBC響の惚れ惚れする弱音にはかなわないなあとは思いつつも、全体的にはメリハリが効いて見通しの良い、普通に良い演奏でした。カーテンコールでインキネンが最初に指名したのが、ホルンとトランペットだったのも納得。そう言えば、日フィルはけっこう外国人とおぼしき奏者が多いと言う印象です。個人的には、サンダーシートが図体の割にあまり響かなかったのが少し残念でした。


おまけ。アークヒルズもすっかりクリスマスの装いです。


N響/ブロムシュテット:97歳の現役最高齢マエストロはまだまだ衰えない2024/10/19 23:59



2024.10.19 NHKホール (東京)
Herbert Blomstedt / NHK交響楽団
1. オネゲル: 交響曲第3番「典礼風」
2. ブラームス: 交響曲第4番 ホ短調

10月後半とは思えない蒸し暑さの中、代々木公園のアジアンフェスの雑踏をかき分けてNHKホールへ。原宿駅では大きくて重そうな銅鑼(ソフトケース入り、キャスター付き)を引いてる女性がいらっしゃって、今日の奏者かなと思ったら、やっぱりそうでした。

さて、現役最高齢ながらもヨーロッパ各地で精力的に客演を続けているブロムシュテット翁。N響とは長い付き合いで、桂冠名誉指揮者の称号を得て、ここ20年くらいはほぼ毎年来日されているのですが、一昨年は直前に転倒して怪我をしたにも関わらず無事来日、しかし、買っていたマーラー9番のチケットはやむを得ない事情で聴きに行けませんでした。昨年、リベンジと意気込んでシベリウス2番のチケットを買ったら、感染症のため公演直前で来日キャンセル。もう日本で見ることは叶わないのではとの噂もありつつ、半信半疑で今年はこの日のチケットをとりあえずゲット。欧州でも健康状態悪化でキャンセルを連発しているようだったので、さすがに97歳の超高齢者を長距離フライトに乗せるのはもう無理か、昨年同様来日キャンセルのアナウンスは直前まで引っ張るのかななどと思っていたら、前週のB公演には無事来日して元気に振っていたということで一安心。それでも、当日会場に来てみるまでは「もしかしたら」との危機感が拭えませんでした。

楽団員と一緒にコンマスに手を引かれてゆっくりゆっくり登場したブロム翁に、会場は割れんばかりの拍手、早速ブラヴォー叫ぶ人もおりました。過去に生演を聴いたのは1回だけ、2010年のBBCプロムスでオケはマーラーユーゲントでしたが、その当時ですでに83歳ながらも年齢を感じさせない若々しさが印象に残っていました。それから14年、さすがに足腰が衰えたマエストロは、指揮台上の長椅子に座り、指揮棒は持たずに両手の人差し指を巧みに使い、上半身だけ動かす省エネ指揮です。腕はもちろん大振りではないものの、必要十分な可動域でキビキビと動きます。それより、眼鏡なしでオネゲルの複雑そうなスコアをちゃんと追ってたのが驚きでした。97歳という年齢を考えると視力も聴力もかなり衰えていて当たり前と思いますが、前週の評判通り、足腰以外はシャキッと冴えている様子でした。1曲目のオネゲル3番「典礼風」は、第二次大戦末期から終戦直後にかけて作曲された、「戦争交響曲」とでも呼ぶべき性質の重苦しい作品で、実演を聴ける機会は貴重です。コストミニマムな指揮に対して、オケのほうは仕上がりがまだちょっと未完成という感じでした。木管はまだ良かったですが、金管は音色まで気を配る余裕がなかったもよう。全体的に、道筋がわかって進んでいるのかがよくわからない手探り感が出てしまっていたと思いますが、まあ統制が弱いときのN響はこんなもんです。と思ったら、今日のコンマスは就任したばかりのゲストコンマスの方でした。

休憩後のブラームス4番は、ブラームスの交響曲自体、それを目当てに演奏会に行くということがないので、この前に聴いたのは7年前にウィーンでウィーンフィル、出かけた先でたまたまやってたので聴いたというわけです。こちらはブロム翁、譜面台のスコアは終始閉じたまま暗譜で振っていたので、知り尽くしたレパートリーなんでしょう。冒頭から彫りが深いフレージングが意外だったので指揮をよく見ていると、もちろん練習で叩き込んでもいるのでしょうが、微妙な指の動きながらもちゃんと指揮でリードしていて、二重に驚き。オネゲルと比べるとオケが曲に慣れている分、反応が良く一体感もありました。必要最小限に要所を締める、動きの小さい指揮でしたが、中音域をしっかりと響かせる骨太なドイツ伝統系のブラームスで、決して枯れたり、ましてやボケたりしていない、生命力がみなぎる好演でした。ブロム翁は、足腰を除けば十分に冴えていて、怪我さえしなければまだまだ活動は衰えない感じです。老人の歩行も、気持ちは前のめりでスイスイ歩こうとしていたのが、かえって怖いかも、と思ってしまいました。来年も元気な姿を見せてくれますように。


読響/ヴァイグレ/テツラフ(vn):欧州ツアー直前、充実のブラームスとラフマニノフ2024/10/09 23:59

2024.10.09 サントリーホール (東京)
Sebastian Weigle / 読売日本交響楽団
Christian Tetzlaff (violin-2)
1. 伊福部昭: 舞踊曲「サロメ」から「7つのヴェールの踊り」
2. ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
3. ラフマニノフ: 交響曲第2番 ホ短調

翌週からテツラフと藤田真央を引き連れてヨーロッパツアーに出かけるヴァイグレ/読響の壮行演奏会になります。客席は満員御礼。

1曲目の伊福部版「サロメ」は初めて聴く曲。欧州ツアー向きに何か日本物を1曲、ということでの選曲でしょうか。ツアーのプログラムを見ると他に武満の曲をやる日もあるようです。「7つのヴェールの踊り」と言えば、リヒャルト・シュトラウスの楽劇「サロメ」の劇中舞曲があまりにも有名ですが、同じ原作でありながら伊福部のバレエ音楽は全くテイストが異なるのが面白いです。旋律、リズム、構成どれをとっても全くの伊福部節で、純和風というよりは、東宝の怪獣映画音楽風。変拍子の複雑なリズムを低音をしっかり聴かせつつ小気味よく進めていったヴァイグレさん、曲への思い入れなどは特にないであろうに、劇場キャリアの職人技を垣間見ました。

続くブラームスのコンチェルトは、一昨日ソロリサイタルを聴いたばかりのテツラフがもちろん目当てです。曲自体は好んで聴く曲じゃないので、過去に実演を聴いたのが10年前のイザベル・ファウスト(オケはハーディング/新日本フィル)1回だけという体たらく。しかしテツラフは期待通りの孤高の演奏で、雑なワイルドタッチから、この上なく綺麗に響かせるメロディまで、表現の幅がえげつなく広く、かつ全てが自然に鳴り響き、まるで弓を動かさなくても音が湧き出てくるかのよう。ちょっとハンガリー舞曲を彷彿とさせる終楽章では、一昨日のソロとはまた全く違う情熱的なアプローチで挑み、全くこの人の懐の深さは格別です。アンコールは一昨日も聴いた、バッハのソナタ第3番から「ラルゴ」でやんやの喝采。最近は毎年来日してくれるので、日本での人気も定着している様子です。

東ベルリン出身のヴァイグレはロシアものも得意分野のようですが、メインのラフマニノフ2番は、ある意味それらしい、弱音欠如型のおおらかな演奏。オケはまるでブラームスのように分厚い音作りで、金管を筆頭によく鳴ってはいるものの、抑制が効いた柔らかな響きにしっかりコントロールされています。第1楽章の最後はティンパニの一撃ありバージョン。第2楽章第2主題のポルタメントは軽く効かせて節度ある甘さを演出。有名な第3楽章も焦らず、昂らずにじっくりと盛り上げていきます。最終楽章はここまで貯めたエネルギーを全てを解放するかのような爆演。全体的にツボを抑えた見事なリードで、これなら本場欧州と言えども、どこに出しても恥ずかしくないクオリティと言えるでしょう。個人的にはいろいろあってちょっと荒んだ心も癒される、良い演奏会でした。

パシフィックフィル東京:ラヴェル、バルトーク、レスピーギ、ストラヴィンスキーの擬古典作品集2024/09/07 23:59

2024.09.07 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
パシフィックフィルハーモニア東京
Henrik Hochschild (play & lead)
1. ラヴェル: クープランの墓
2. バルトーク: ディヴェルティメント BB118
3. レスピーギ: ボッティチェッリの三連画
4. ストラヴィンスキー: バレエ音楽「プルチネッラ」組曲

「パシフィックフィルハーモニア東京」は旧称「東京ニューシティ管弦楽団」が2022年に名称変更した在京9番目のプロオケで、どっちにしろ聴くのは多分初めて。昨年、「クープランの墓」が突如マイブームになり、ピアノ原曲、オケ編曲のいろんな演奏を聴き漁るうち、やはり実演で聴かぬことには、と思い探したところ、このコンサートを見つけた次第です。

本日のコンセプトは「ドイツ音楽界の重鎮が室内学的アプローチで導く、同時代を生きた4人の作曲家が描いた、精緻で鮮やかな音楽絵巻」とのことで、ラヴェル(1875-1937)、レスピーギ(1879-1936)、バルトーク(1881-1945)、ストラヴィンスキー(1882-1971)というまさに同世代の天才たちが擬古典的な形式を取り入れた小編成の作品が並んでいます。元より打楽器が登場しない演奏会などほとんど聴きに行くことがなく、それもあって今日はどれも大好きな作曲家たちにも関わらずこれらの演目を過去にほとんど聴いたことがなかったのですが、奇しくも去年から心がけている「念願の選曲を落穂拾いする演奏会」の一環になりました。

しかし、このような趣向は個人的には高く評価するのですが、一般ウケはしないだろうなと思っていたら、案の定、客入りは半分くらいで空席が目立ちました。今日の演奏会は指揮者を立てず、特別首席コンサートマスターのヘンリック・ホッホシルト(元ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管コンマス)の「弾き振り」による演奏になるのですが、実際には指揮行為は全くやらず、それどころか合図もほとんど出さず、まさにヴァイオリンの音とジェスチャーのみで楽団を引っ張る硬派なスタイルでした。最初登場したホッホシルトは、バティック(インドネシアの正装)とおぼしきキンキラのシャツで登場し、外見からして一人だけ異色に目立っていましたが、後でプロフィールを読むと現在ジャカルタのオーケストラでも音楽顧問をやっているようで、そういうことかと納得。

1曲目の「クープランの墓」は、第一次大戦に従軍したラヴェルが、戦死した知人たちを偲んで作曲したピアノ曲を後に自身で管弦楽版に編曲したもので、バロック音楽時代の形式を模倣した舞曲組曲になっていて、一見明るく華やかな曲調の中にも所々顔を出す憂いを帯びたハーモニーに何とも惹きつけられる名曲です。備忘録を見るとちょうど10年前に都響で聴いていますが、うーむ、ほとんど覚えていない…。今日のオケは弦が8-7-6-4-3の小規模な2管編成で、指揮者がいない分、安全運転気味の進行。ちょっと表情付けに乏しい気もしましたが、ピリオド系と思えばこれはこれで良いのかも。オーボエとトランペットを中心に管奏者の腕前が確かで、意外と言ったら失礼ですが、期待以上の少数精鋭で安心して聴いていられました。

次のバルトーク「ディヴェルティメント」は一度ロンドンでロイヤルカレッジの学生オケを聴いて以来。バルトーク好きの私も、これが演目に上がっている演奏会をフル編成のオーケストラではほとんど見たことがありません。弦楽合奏のみで、形式は古典的な合奏協奏曲を倣いながらも、内容はバルトークらしい民族色の強い旋律とリズムが特徴的な曲です。小編成ながらも弦の響きがオルガンのように重層的で、さすがに弦がよく鍛えられたオケだなと感じました。こちらも指揮者なしの影響か、角が取れて淡々とした演奏に終始し、バルトーク好きとしてはもうちょっとリズムをえげつなく際立たせて欲しかったところです。

休憩を挟んで3曲目のレスピーギは初めて聴く曲でした。いずれもウフィッツィ美術館に展示されているボッティチェッリの超有名な絵画、「プリマヴェーラ」「マギの礼拝」「ヴィーナスの誕生」をモチーフに作曲された交響詩で、こちらは古典から形式ではなくフレーズをいろいろと引用しているようです。ローマ三部作のような極彩色には届きませんが、小編成ながらもピアノ、チェレスタ、ハープに、グロッケンシュピール、トライアングルの金物打楽器を加えた効果もあり、コンサート前半の曲と比べると一気に色彩感が増します。また、テンポも頻繁に動くので、指揮者がいないと本当に大変そうな曲でした。それでもほとんど乱れることなく推進する音楽に、トレーナーとしてのホッホシルトの力量を見ました。多分これが一番練習した曲ではないかな。

最後の「プルチネッラ」は、昔から大好きな曲だったのですが実演で聴くのは初めて。ここまでは本来の指揮者スペースを空けて配置していたオケが、この曲ではそのスペースを詰め、ちょうど第1ヴァイオリンのコンマス、第2バイオリン、ヴィオラ、チェロのそれぞれトップが距離をぐっと縮めて弦楽四重奏をかたち作り、その周りをオケが取り囲むかのような配置になりました。もうこの曲に至っては指揮者なしでやる方が珍しいくらい複雑なスコアになってくるので、こまめなテンポ変化はなくやはり淡々とした印象とはなりました。しかしながら、ここでも管楽器が皆さん素晴らしかった。この曲は管のソロが肝で、ヘロヘロだととても聴いていられないのですが、ほぼ完璧な仕事に脱帽しました。弦も管も想像以上にしっかりしていて、普通にプロフェッショナルなオケでした。当たり前のようで、そう思わせてくれない演奏会も正直少なくないので…。しかし、今日のコンサートにはこの芸劇ホールは広すぎる。本来なら、文化会館の小ホールとか、もっとこぢんまりとしたスペースで聴かせるのが良かったでしょうね。


N響/沖澤まどか:実は苦手だったのか、フランス印象主義2024/06/14 23:59



2024.06.14 NHKホール (東京)
沖澤のどか / NHK交響楽団
Denis Kozhukhin (piano-2)
東京混声合唱団 (3)
1. イベール: 寄港地
2. ラヴェル: 左手のためのピアノ協奏曲
3. ドビュッシー: 夜想曲

コロナ禍以降、休憩なしの時間短縮演奏会だったN響の「Cプログラム」は、開始が遅くて料金も安かったので結構お気に入りだったのですが、来シーズンから通常モードに戻るためこれが最後のCプロです。ブザンソン指揮者コンクールの2019年度覇者、沖澤さんをまだ聴いたことがなかったし、最近多めになっている「念願の選曲を落穂拾いする演奏会」でもありますので、チケット買ってみました。

本日のプログラムは一言でまとめると「フランス印象主義」でありますが、年代的にも最初期の「夜想曲」から、もはや脱印象主義となったラヴェルの協奏曲まで、その歴史をコンパクトに辿る旅になっています。このあたりのフランス音楽は打楽器が多くカラフルで、絶対的に好みで間違いないのですが、記録を見るとそれほど多数聴いてないことに気づきました。イベールの代表作「寄港地」も実演は30年以上ぶりになります。前回は学生時代に初めてロンドンを訪れた際、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでデュトワ/モントリオール響を聴いた時以来です。

沖澤さんはアー写で見ると顔に圧があって、もっと男勝りな印象でしたが、実際は小柄で華奢、雰囲気も女性らしい柔らかさがありました。昨年から京都市交響楽団の常任指揮者になった先入観からか、確かに公家さんっぽい雰囲気があるなと思ったのですが、生まれ育ちは青森とのこと。指揮は至って真面目なスタイルで、動きに無駄がなくスムース、ちょっと悪く言うと遊びのスキが全くない感じです。フランス印象主義の管弦楽は楽器が多い割にローカロリーな曲が多く、ダイナミックレンジをいかに広く取れるかが一つの命綱だと思っていますが、その点はちゃんとオケを統率する力を持っていると思いました。終曲のリズムもキレとタメがバランス良く、緩急の変化も難なく振りこなせる感じです。ブザンソン優勝は単なる登竜門に過ぎず、その後いろんなマスタークラスを受講して研鑽を積んできただけあって、テクニックは確かなものだと感心しました。

次のラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」は、実演で聴くのは初めてです。もう一つの両手のピアノ協奏曲と比べてCDを聴く回数も少ないですし、正直何が凄いのかがもう一つわからない曲だったのですが、実演を見ると、何よりこれを左手一本で演奏しているのが凄いのだということがよくわかりました。ソロパートが貧弱にならないよう鍵盤の端から端まで縦横無尽に音を使い、おかげで腕の跳躍がハンパないので、視覚的にも見応えがあります。両手が健常なピアニストがこればかり演奏したら身体壊しそう。当然ながらこの曲を両手で演奏するのは反則なわけで、右手はやることありません(楽譜を置いていればそれをめくるくらいの役には立ちそうですが)。手持ち無沙汰な右手で何度も髪を掻き上げる仕草をしていたのが印象的でした。今日のソリスト、ロシア人のデニス・コジュヒンは沖澤さんと同い年だそうで、指揮者ならまだまだ若手の年齢でもピアニストだともうバリバリの中堅で、レコーディングもそれなりにあり、日本では山田和樹/スイス・ロマンドとの同曲ディスクで知られていますが、メジャーにはなりきれていない立ち位置。アンコールでは、ヒマな右手にずいぶんフラストレーションが溜まっただろうに、どれだけのテクニックを見せびらかしてくれるのかと期待したら、チャイコフスキーの「子どものアルバム」から「教会にて」という静かな小品だったので拍子抜けしました。リストやショパンではなかったのは、一つのロシア人の矜持でしょうか。

最後は女性合唱が加わっての「夜想曲」。曲を追うごとに打楽器が少なくなっていき、色彩感が落ち着いてきます。この曲を実演で聴くのは、記録を見ると3回目なのですが、過去2回(2006年ハンガリー国立フィル、2012年ロンドン響)の記憶がほぼない。確かにだいぶ苦手な部類というか、かなりの確率で寝てしまう曲なので、果たして今日はというと、やっぱり終曲まで持ちませんでした、すいません。朧げな感覚ながら、女性合唱は神秘的というには粒立ちがありすぎたし、ダイナミックレンジの点でも最後の方はちょっと力尽きている気がしました。ただ一つ、N響の木管はどのパートもソロが素晴らしく、今たいへん充実しているのではないかと思います。あと、前から気になっているチェロ最後列の女優のような美人さんはたいへん目が安らぎます…。


都響/インバル:第1000回定期演奏会はブルックナーの「未完成交響曲」補筆完成版2024/06/04 23:59

2024.06.04 サントリーホール (東京)
Eliahu Inbal / 東京都交響楽団
第1000回定期演奏会
1. ブルックナー: 交響曲第9番ニ短調
 第1〜第3楽章(ノヴァーク版)
 第4楽章(2021-22年SPCM版)[日本初演]

都響の記念すべき第1000回定期演奏会は、桂冠指揮者インバルを迎え、ブルックナー第9番のSPCM版第4楽章付き(日本初演)といういかにもスペシャルな選曲。通常演奏される第3楽章まででもゆうに1時間あり、さらに長大な最終楽章が付くので、当然ながら休憩なしの1曲プログラムでした。今回の補筆完成版は2022年11月にロンドンフィルで世界初演されたそうですが、そこから1年半、他の在京オケもおそらく狙っていたでしょうから、都響はよくこの1000回記念の日に演奏権を取れたものです。

ブルックナーはそんなに好んで聴く方ではないのですが、例外的に第9番はそれを目当てに聴きに行きたくなることがあります。とは言っても記録を辿るとここ10年で今日が3回目に過ぎません。前回は5年前の都響(大野さん)、その前はさらに5年前で読響(下野さん)、どちらも日本のオケの限界を感じずにはおれなかった演奏でした。その点、今日はインバルなので期待が高まります。よく考えるとインバルのブルックナーを聴くのはCDも含めて初めてだったのですが、低音を効かせた上に繊細に整えられたオケのバランスが絶妙で、奇抜な小細工一切なし、ゆったりめのテンポと相まって非常にスケールの大きさを感じさせる演奏でした。ブラスもやたらと鳴らすだけではなく強弱のメリハリに気を使い、第3楽章までヘタれることなくトゲのない音圧を見事にキープしていました。さすがインバル先生。

そして問題の第4楽章。ラトル/ベルリンフィルの2011年SPCM改訂版のCDは持っていたので、どのような曲かは先に知っていました。今日演奏されたのはそこからさらなる検証と改訂を加えたバージョンなのですが、ほとんど差異はないように思いました。マニアの人ならこの補筆完成版について語れることがもっといろいろあるのでしょうが、全くの素人意見として言わせていただくなら、うーん、やっぱり何かしっくりこない。実演のほうが、ラトルのCDを聴いた時よりもさらに強くそれを感じました。オケの奏者にしてみても、何度も演奏経験がある第3楽章から、初めて演奏する第4楽章に間髪入れず繋げるのは、どうしても緊張感、手探り感、自信の後退が無意識にも滲み出てしまうのは避けられないでしょう。オーケストレーションにもバランス的に重心が若干高くなったように感じられましたし、曲の構成としてカタルシスを感じさせる要所がない(あったとしても弱い)ように思いました。

SPCM(サマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカ)の40年にも渡る綿密な研究努力には頭が下がる思いですが、この補筆版第4楽章は、学術的には興味深い取り組みである一方、音楽的には蛇足である、という批判はまだ払拭はできない、と正直感じました。今日あらためて思ったのは、第3楽章は、マーラー第9番の最終楽章をちょっと彷彿とさせる弦楽合奏で始まったりするものだから、長大な交響曲のフィナーレ・アダージョとしての風格を十分備えているようにも思えてしまうのだけれども、作曲者にはこれがフィナーレのつもりは全くなく、まだこの先の続きがある音楽だったんだな、ということでした。しかしこの補筆第4楽章がその延長線上にあるかと言えば、軸がちょっと違うように思えてなりません。一つの要因はむしろ、SPCM版の取り組みが学術的誠実さに基づいていて、補筆者の芸術的野心などは一切排除して(その姿勢は絶対に正しい)、ブルックナー本人が残した断片を丁寧に修復していった結果だからではないかと。作曲者の霊感を100%近く再現するにはまだまだ情報量が足りない(もしかするとそれは永遠に無理なのかも)のだと思います。今後、生成AIなどを駆使したアプローチが出てくるのでは(すでにやられている?)と思いますが、意外と最大公約数的な解はそのような「邪道」から出てくるのかもしれませんね。

ところで話は最初に戻り、日本の他のオケの定期演奏会はいったいどのくらい回数を重ねているのだろうか、確かN響は去年2000回をやってたなあなどと、ちょっと気になったので調べてみました。この2024年6月4日の時点で主要オケのサブスクリプションコンサートの最新ナンバリングは以下の通りです。

NHK交響楽団 2012回
東京都交響楽団 1000回
東京フィルハーモニー交響楽団 999回
日本フィルハーモニー交響楽団 760回
東京交響楽団 720回
京都市交響楽団 689回
読売日本交響楽団 672回(名曲シリーズ)
新日本フィルハーモニー交響楽団 656回
大阪フィルハーモニー交響楽団 578回

まあ、この数字が演奏会履歴の総数というわけでもありませんし、だから何だというオチは特にないのですが…。東フィルは、オペラやバレエの伴奏、各種カジュアルコンサート、テレビ出演などをこなしながらのこの数字は素直に凄いなと。

マエストロ・ルイージとN響による「ローマ三部作」は予想を超えた凄演2024/05/12 23:59

2024.05.12 NHKホール (東京)
Fabio Luisi / NHK交響楽団
1. パンフィリ: 戦いに生きて[日本初演]
2. レスピーギ: 交響詩「ローマの松」
3. レスピーギ: 交響詩「ローマの噴水」
4. レスピーギ: 交響詩「ローマの祭り」

大管弦楽の作品が何よりも好物な私に取って、レスピーギのローマ三部作は正真正銘のど真ん中なのですが、毎年どこかでやってる、三部作を全部やってしまう演奏会には今まで食指が動いたことはありませんでした。理由は二つあって、一つ目は、このように安直な名曲プログラムを振る(振らされる?)人はたいがい「一流の指揮者」には見えないから、二つ目は、パワープレイが苦手な日本のオケにこの3曲を一晩でやり切る体力があるとは思えないからでした(バテバテの「祭り」なんて聴きたくない!)。ですので、一昨年N響の主席指揮者に就任したばかりの「マエストロ」ルイージをまだ生で聴いてなかったこともあり、お国モノのローマ三部作を惜しみなく一気にやってくれるというこの演奏会は千載一遇のチャンス。

天候も良くタイフェスティバルで大盛況の代々木公園の喧騒を掻き分け、NHKホールに到着。日曜マチネだったので客層が比較的若く、満員御礼でした。1曲目のパンフィリ「戦いに生きて」は2017年のまさに同時代の作品で、初演の指揮者は他ならぬルイージ。解説を読むと、「ベートーヴェンとヴェルディを結ぶ《戦い》をイメージ」したと、ちょっと意味不明なことが書かれておりましたが、実際に聴いた印象も、ベートーヴェンとヴェルディを結ぶ線上のどこにも当てはまらない、もっと先の時代のレスピーギを連想させる、派手な色彩感が特徴の曲でした。ここはまあ、日本初演ということもあり、軽くジャブ。

続く「ローマの松」は、出だしからしてルイージのマジックが炸裂して、非常に見通しのよい音場をホール最上階にまで届けます。低弦からヴァイオリン、さらに木管、金管と目まぐるしく推移していく音列がくっきりと重奏的に響き、ぐしゃっと混ざった濁りが全くありません。これが終始一貫続くのでたいへんに心地よく、ルイージが巨大オケの整理に極めて優れているのはすぐにわかりました。「ジャニコロの松」エンドの鳥の鳴き声は、明らかにスピーカーではない方向からこれまた非常に立体的に聴こえてくるので「レコードもここまで進化したのか」と思ったら、奏者は見えませんでしたが客席で鳥笛を吹いていたとのこと。

それにしてもこの日のN響の集中力の高さは特筆もので、「松」だけでなく「噴水」「祭り」まで一貫して、数多くの難所が待ち受ける管楽器のソロを皆が皆、ほとんど外すことなく吹き切ったのには驚きました。バンダ(多分ゲスト)がたくさんいたのでその効果もあるのでしょうが、普段なら必ず途中でヘタってしまう金管も全く破綻せず、凄みのある音圧を最後までキープ。こんなに気合の入ったN響は聴いたことがなく、他にはキュッヒルがコンマスの時の東京春祭「ワーグナー・シリーズ」くらいです。三部作はどれも良く知っている曲なのでむしろ細かいところなどもうどうでもよく、予想を良い意味で裏切り、これだけ上質の音響空間をホールに終始満たしてくれたことに感謝です。

今日の収穫として、ルイージ/N響は「当たり」の期待値がたいへん大きいと感じました。来シーズンもマーラーを中心にぜひチケットをゲットしたいと思います。こんなことなら昨年末の「千人の交響曲」も無理して聴きに行けばよかった…。


今だからこそ「祈り」の音楽:読響/カンブルラン/金川真弓(vn)2024/04/05 23:59



2024.04.05 サントリーホール (東京)
Sylvain Cambreling / 読売日本交響楽団
金川真弓 (vn-2)
1. マルティヌー: リディツェへの追悼
2. バルトーク: ヴァイオリン協奏曲第2番
3. メシアン: キリストの昇天

今シーズンの読響でカンブルランが来るのはこの日だけのようなので、何はともあれ買ったチケットです。バルトーク以外は馴染みがなかったものの、カンブルランらしい東欧とフランスを取り混ぜたプチ玄人好みのプログラム。客入りはちょっと空席が目立つ感じでした。

1曲目はナチスドイツから逃れて米国に亡命したマルティヌーが、ドイツ軍が起こしたチェコ(ボヘミア)の小村リディツェの虐殺事件を題材に書いた小曲で、タイトルからして初めて聴く曲です。亡命チェコ政府に将校を暗殺されたことに激怒したヒトラーが、犯人を匿った(とされた)リディツェの掃討を命じ、男性200人は銃殺、女性と子供300人は強制収容所送りとなって、村が壊滅したという酷い話です。この時期、あえてこの曲をプログラムに乗せるのはいろいろと含みがあるでしょう。重苦しく始まり、途中でベートーヴェンの「運命の動機」が鳴り響いたりもしますが、悲痛な音を続けるわけではなく、どちらかというと祈りと癒しのような音楽でした。

バルトークのコンチェルトは最も頻繁に聴きに行く曲の一つで、前回は2022年の都響でした。金川真弓さんは1994年生まれの米国籍、現在はベルリン在住の若手ヴァイオリニストで、チラシで時々名前が目に入りますが、演奏は初めて聴きます。この曲は奏者によってガラリと表情が違ったりして聴き比べが非常に楽しいのですが、金川さんはゆっくりとしたテンポで非常に端正に弾くスタイル。音色は終始綺麗で澄んでいて、あえて荒っぽくワイルドに弾きたがる人も多い中で、先生の模範のような演奏でした。カンブルランも小細工なしでソリストにぴったり合わせてきます。過去に聴いた中では、ジェームズ・エーネスが近いスタイルでしょうか。民族色などあえて考えずにスコアと真摯に向き合うことで、この曲に内在する自然の力強さが逆に浮き彫りになってくるのが面白く、真の名曲だとあらためて思いました。

メインの「キリストの昇天」は、メシアン初期の代表作だけあって有名ですが、メシアンはあまり自分のカバー範囲ではないので、ほぼ初めて聴く曲でした。メシアンが独自に見出した「移調の限られた旋法」に基づいて作られており、いわゆる現代音楽とは一線を画する独特の音響感があります。フルの3管編成のオケながら、全員で演奏する時間は極めて短い、コスパの悪い曲。第1楽章の金管コラールからして、いちいちアタックがブレる上に音も濁り気味で、ブラスが弱い日本のオケにはなかなか厳しいものがありました。弦楽器は前半暇で、後半やっと出番が増えたかと思いきや、終楽章は弱音器を付けて、一部の奏者のみでミニマルでストイックな音楽に終始します。うーん、奏者には苦行のような曲で、達成感なさそう。しかしよく考えると、神に捧げる音楽に俗世の達成感は関係ないでしょうから、邪念にまみれた自分を恥じ入りました。

ということで、演奏よりも曲自体の感想に終始してしまいましたが、選曲にも、演奏のクオリティにも、さすがカンブルランの演奏会にハズレはありません。次のシーズンはもうちょっと来てくれたら良いなと。

ハンガリーのオペラ/オペレッタ・アリアの夕べ:MAV交響楽団2024/03/21 23:59

2024.03.21 Béla Bartók National Concert Hall (Budapest)
"Famous Opera Arias and Operettas"
Christoph Campestrini / MÁV Symphony Orchestra
Orsolya Hajnalka Rőser (soprano)
Gergely Boncsér (tenor)
1. エルケル: 歌劇「フニャディ・ラースロー」- 序曲、ようやく静かなひとときが、宮殿の踊り、美しい希望の光
2. コダーイ: 歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」- 間奏曲
3. コダーイ: 歌劇「セーケイの紡ぎ部屋」- チタールの山の麓
4. エルケル: 歌劇「ドージャ・ジェルジ」- 兵器の踊り
5. エルケル: 歌劇「バーンク・バーン」- 二羽の小鳥、我が祖国(Hazam, Hazam)
6. ヨハン・シュトラウス2世: 喜歌劇「ジプシー男爵」- 序曲、バリンカイの入場、誰が誓ったの?
7. レハール: ワルツ「金と銀」
8. レハール: 喜歌劇「メリー・ウィドウ」- ヴィリアの歌
9. カールマン: 喜歌劇「伯爵令嬢マリツァ」- ウィーンへ愛をこめて
10. ヨハン・シュトラウス2世: 喜歌劇「こうもり」- チャールダーシュ
11. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「ハンガリー万歳!」

完全なオフとしては実に11年ぶりに、家族旅行でブダペストに行ってきました。いつものごとく、滞在中のコンサートを各会場一通り調べて、そんなに目玉演奏会が目白押しという週でもなかったので、今回はオーケストラ1つ、オペラ1つに厳選してチケットをゲット。このところの超円安でも、ハンガリーフォリントのレートはまだ上がり方がマシですが、ブダペストの物価そのものが、かつて住んでいたころと比べると3〜5倍になっているので、決してお安い旅行ではなかったのですがそれはまた別の話として。

バルトーク国立コンサートホールは2011年11月の旅行中にブダペスト祝祭管を聴いて以来です。今回も祝祭管を取ろうか迷ったのですが、演目がマタイ受難曲だったので家族イベントとしてはちょっとキツイかなと思い、それよりも日本では絶対に聴けないであろう、ハンガリーご当地オペラアリアを集めたお気楽コンサートのほうを選びました。しかしこの演奏会、当初の発表では指揮がメドヴェツキー・アーダーム、ソプラノはシュメギ・エステル、テナーはコヴァーチハージ・イシュトヴァーンという、かつてオペラ座でよく聴いていた懐かしい人々だったので、たいへん楽しみにしていたのですが、蓋を開けてみるとよりによって3人が3人ともこぞってキャンセル、全然知らない面々に代わっておりました。詐欺だー、と叫びたいところですが、皆さんもう若くないので(メドヴェツキーとシュメギは病欠)、まあ仕方がありません。

MAVとはハンガリー国営鉄道の略称ですが、第二次大戦末期の1945年設立とのことで、ヨーロッパの中ではそれほど老舗という方ではありません。れっきとしたプロのフルオーケストラで、国内中心に地道にシーズンプログラムをこなす一方、対外的には「ブダペスト・コンサート・オーケストラ」を名乗り、1999年の三大テノール公演@東京ドームの伴奏なんかもやっています。過去に1回だけ聴いていて、備忘録を辿ると2005年の創立60周年イヤーでした。その後聴いていないのは、他に聴くべきものが多数ある中で優先順位が低かったから、としか言いようがありません。

余談になりますが、ハンガリーのオーケストラの名称は歴史の中で変化したり、国外用のネームを持っていたり、地方都市にもそれぞれオケがあり、けっこう混沌としていますが、Wikipediaにも網羅的な情報はありません。自分の知る限り、ブダペストを拠点とするプロオケは以下の7つ。順番は、まあ何となく個人的見解の実力順と思ってください。
・ブダペスト祝祭管弦楽団
・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団(旧:ハンガリー国立交響楽団)
・ハンガリー放送交響楽団(=ブダペスト交響楽団)
・ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団(≒ハンガリー国立歌劇場管弦楽団)
・コンチェルト・ブダペスト(旧:MATAV交響楽団=ハンガリー交響楽団)
・MAV交響楽団(=ブダペスト・コンサート管弦楽団)
・ブダフォキ・ドホナーニ管弦楽団

皆さんお初に見る本日のキャストですが、ソプラノのレーシェル・オルショヤ・ハイナルカ、テナーのボンチェール・ゲルゲイはどちらも40歳代でちょうど最盛期、国立歌劇場の第一線で現在活躍中の歌手のようです。レーシェルはトランシルヴァニア地方のコロジュヴァール(クルージュ・ナポカ)出身ということで、ネイティブハンガリアンかとは思いますが国籍はルーマニアかも。指揮者のクリストフ・カンペストリーニはオーストリア出身の56歳、壮年期のバレンボイムをちょっと連想させるとっちゃん坊やの風貌です。オペラもコンサートも何でも来い、世界中を飛び回る仕事人的な役回りのようで、堺シティオペラ「ルサルカ」の指揮で来日歴もあります。元々の発表キャストだったシュメギ、コヴァーチハージは今やどちらも還暦手前、御大メドヴェツキーに至っては80歳超えですから、出演者の若返りを良しとしつつも、やはり昔懐かしいオールドキャストでしみじみと浸りたかったという思いも残ります…。

オペラアリアの夜などという演奏会は、日本ではまず聴きに行くことはない、全くの守備範囲外です。しかし本日の演目は、前半がエルケル、コダーイの純正ハンガリーオペラ、後半はウィンナ・オペレッタからの選曲ですが、レハールとカールマンはハンガリー出身ですし、シュトラウス2世もハンガリーに縁のある曲ばかりで、終始一貫してハンガリーづくしなのが嬉しいです。客入りは、最上階以外はぼちぼち埋まっている感じで、見たところこれをわざわざ聴きに来る酔狂な観光客は他に見当たらず、客層は地元の年配者ばかりのようでした。

小柄なカンペストリーニが颯爽と登場し、まずは翌日オペラを観に行く予定の「フニャディ・ラースロー」の予習がてら、ちょっと長めの序曲から始まります。オケは約20年前に聴いた印象だったヘタレ感はなく、まあメンバーもだいぶ入れ替わっているでしょうから比較にはならんのでしょうが、弦の音色は多少ざらついていて野暮ったさがあったものの、期待以上にしっかりした欧州のオケです。前半はテナーが中心で、ボンチェールは実年齢よりもずっと若く見え、声も若々しく、ちょっと繊細な弱めの歌唱。しかし徐々に調子を上げて、前半ラスト、ハンガリー人が大好きな「Hazam, hazam」に至ってはオハコなのか実に堂々とした歌いっぷりで、やんやの喝采を受けていました(しかしオペラではお約束のリピートは無し)。コダーイのド民謡オペラ「セーケイの紡ぎ部屋」から登場したレーシェルは、恰幅の良いコロラトゥーラ・ソプラノで、技量も声量も申し分なく、美女とは言えませんが舞台映えするのでファンが多いと思います。前半の箸休め的「ハーリ・ヤーノシュ」間奏曲は、指揮者がハンガリー人ではないので土着の粘りは聴けず、節回しがやけにあっさりしていました。ここは願わくばメドヴェツキーで聴きたかったところ。

後半のウィンナ・オペレッタは、全く明るくない分野なのであまり論評もできませんが、ハンガリーに関係がある曲ばかりを揃えて、歌は原語ではなくハンガリー語バージョン(かつてのエルケル劇場ではそれが一般的でした)を採用し、ぐっとくだけた雰囲気で進行しました。歌手の二人も舞台さながらに踊りながらの歌唱。最後はニューイヤーコンサートでも時々聴くポルカ「ハンガリー万歳」で、歌無しでは終われないぞと思ったら、アンコールはシュトラウス2世「騎士パズマン」から「チャールダーシュ」と、もう1曲デュエット(多分またシュトラウス)のダメ押しで、大いに盛り上がりました。拍手は必ず拍子系になっていくのがブダペスト聴衆のクセですが、咳マナーが悪いのも20年経ってコロナ禍を経験した後でも相変わらず、あちこちで演奏中でも遠慮なくごっほんぐっしゃんやっていたのが、むしろ潔く懐かしかったです。

さらに余談ながら、かつてあったRoszavolgyiミュージックショップの出店がもぬけのカラになっていて、今年1月に閉店になったとのこと。いろいろと他には置いてない掘り出し物があったので物色する気満々だったのですが、残念。ここに限らずブダペストの街中でもCDショップはすでに絶滅危惧種になっていて、ダウンロードとサブスクが基本的に嫌いな私には寂しい世の中になりました(まあ日本でも事情は同じですが・・・)。

東京シティ・フィル/高関:話題のカーゲル「ティンパニ協奏曲」は是非実演で聴くべき2024/01/27 23:59



2024.01.27 ティアラこうとう 大ホール (東京)
高関健 / 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
目等貴士 (timpani-2)
1. モーツァルト: 交響曲第32番ト長調 K.318
2. カーゲル: ティンパニとオーケストラのための協奏曲
3. R. シュトラウス: 交響詩「ドン・ファン」
4. R. シュトラウス: 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

在京各オーケストラのシーズンプログラムは出たら一通りチェックをしているのですが、2022年の11月、あまり聴きに行くことがないシティフィルの2023-2024シーズンラインナップを見ていて、最後のほうにマウリシオ・カーゲルのティンパニ協奏曲を見つけて思わずのけぞりました。噂のあの曲が生で聴ける(見れる)とは、1年以上先の話ですがずっと楽しみにしておりました。しかし今年に入って、神奈川フィルでもこの曲をやることがわかり、二度びっくり。しかもシティフィルよりも1ヶ月早く。こちらも聴きに行きたかったところですが、あいにく都合が合わず断念。それにしても、こんなマイナーな曲が同じシーズンで「偶然カブる」なんてことがあるんでしょうか?神奈川フィルのほうはリアルタイムでプログラム公開を追っていたわけではないので確信はないのですが、例年神奈川フィルの定期演奏会プログラムはシティフィルよりも前に公表されているものの、「華麗なるコンチェルトシリーズ」の内容は逆に数ヶ月遅れで出ているようなので、神奈川フィルのほうが後追いだったのではないかと怪しんでいます。まあ、別にどちらのかたを持つわけでもないのですが、シーズンラインナップでさらっと発表し、直前のチラシでもネタバレなしで節度を守ったシティフィルに対して、神奈川フィルはチラシのオモテに「ティンパニに頭から突っ込む人」のいらすとや画像を大きく載せて壮大にネタバレしていたり、ソリストの篠崎史門氏(主席奏者、N響の名物コンマス「まろ」さんの息子ですね)が「ひるおび」にビデオ出演して何度も実演して見せたり、慎みのないハシャギようにちょっと閉口していました。

「あまり聴きに行くことがないシティフィル」と書きましたが、単独の演奏会を聴くのは多分初めてです。会場のティアラこうとうホールもお初にやって来ました。1300席ほどでシューボックス型のコンパクトなホールで、ステージが近く、自然に柔らかい感じの程良い音響です。座席がちょっと窮屈なのが玉に瑕。1曲目のモーツァルト32番は、演奏頻度の少ないマイナー曲ですが、モーツァルトは苦手な私もたまたま5年前にブダペスト祝祭管で聴いて以来の2回目です。3楽章構成ですが切れ目がなく、通しでも10分に満たない序曲のようなショートピースで、実際「序曲」という副題で呼ばれることもあります。高関さんは昨年のN響でブロムシュテットの代役で登場したのを聴いて以来。カリスマとかスケール感というよりは下町のおっちゃん風の距離の近さが持ち味と思うので、この江東公会堂はちょうど良い箱かもしれません(悪口ではなく)。アンサンブルはしっかり鍛錬されている様子ですが、音が雑味を含み垢抜けなく、ホルンがちと弱い感じです。まあ、こんなもんかなというモダンなモーツァルト。

本日のお目当て、2曲目のカーゲルですが、これはやはり実演を見れて本当に良かったです。私が見た限り、この曲の動画はYoutubeに2種類上がっており、全曲聴けるのはカンブルラン指揮ポルト国立管のライブ映像ですが、正直これを聴く限り、ティンパニの様々な特殊奏法はパーカッショニストの端くれとしてたいへん興味深いものの、曲としてはあまり面白いと思えませんでした。しかし実演で聴くと(見ると)印象はだいぶ変わり、4管編成で打楽器多数のカラフルな大オーケストラが作り出す音響空間とティンパニの乾いた打音の掛け合いがこの曲の醍醐味だとわかりました。またティンパニを様々な撥を持ち替え叩くだけでは飽き足らず、マラカスで叩く、ミュートの上から叩く、小太鼓のスティックでロールする、しなやかな竹の撥を革の上でびよよよーんと弾く、さらにはメガホンで声をケトルに共鳴させるなど特殊奏法のオンパレードは、音だけではない視覚効果が付いて初めて完成するパフォーマンスだと悟りました。これらは実演でないと絶対味わえず、是非生で見るべき、聴くべき曲だと心底思った次第です。

ソリストの目等(もくひと)氏はシティ・フィルの主席奏者で、短髪に剃り込み、薄い眉に傷、丸メガネといった風貌がいかにも「やんちゃ系の人」で、クラシック奏者には見えません。腕前がどうかも、こんな変な曲では全く判断はができないのですが、理想的な姿勢で、音の粒はクリアに揃っていて、しっかりとした基本を持っている人だと思いました。最後に突っ込むダミーのティンパニは客席から見えやすいように指揮者からは一番遠い側に置くことになるのですが、目等さんは他のティンパニがドイツ式配列(右手が低音)だったので、最後に最低音のティンパニのロールでグリスダウンしていき、ストップしたら向きを変え、しっかり溜めて大見えを切ってからダミーティンパニに頭を突っ込むその一連の動作が、ダイナミックで実にカッコよかったです。上半身がすっぽり埋め込まれた姿勢もまさに楽譜指定の通り理想的なものでした。YouTubeのポルト国立管の人は配列がアメリカ式で逆(左手が低音)だったせいで、最後の突入が隣のティンパニに急に突っ込むので唐突感がありました。しかし、ふと思ったのですがティンパニというのは、オーケストラの要でありながらも、普通の弦楽器、管楽器やピアノと違ってヴィルトゥオーソが成立しないというか、格別な超絶技巧をひけらかす楽器ではないので、協奏曲やソロ曲になるとどうしても奇抜な奏法に走ってしまうしかないのだなあと。同じ打楽器でも、ヴィブラフォン、マリンバ、はたまたドラムス(ドラムセット)だったら凡人は真似できない超絶技巧の演奏が世の中には多々ある一方、やっぱりティンパニ協奏曲という発想自体がそもそも無理筋なのではないかと思えてきました(だからこそチャレンジし甲斐があるのかもしれませんが)。

後半はリヒャルト・シュトラウスの著名な交響詩2曲。聴きたくなくても聴かされてしまう定番曲だけに、どちらかというと避けていたのですが、気がつけばドン・ファンは10年ぶり、ティルに至っては17年ぶりの実演です。前半のインパクトに比べるとちょっとまた粗に目が行くというか、キレが悪い雑なところが気にはなったものの、全体的には熱のこもった好演でした。精緻なアンサンブル、輝かしい音色、迫力ある音圧は望めないものの、まずは気合いで勝負のオケと見受けました。ホルンが命のシュトラウスですが、やはり気合いが入っていたのか、最初に感じた弱さほどホルンは悪くなかったです。また、さっきの目等氏がスーツに着替えて普通にティンパニ叩いてました。ソリストの派手なパフォーマンスとは異なり、至って普通に控えめなティンパニでした。シェフの高関氏は、うーん、まだちょっとよくわからない。おおらかなスケール感よりも精緻な組み立てを目指す人のように思えますが、オケも含めてこれが高関だ!という色が見えず。もっといろんなオケで聴いてみたいものです。