ハーディング/新日本フィル:戦争レクイエム2016/01/15 23:59

2016.01.15 すみだトリフォニーホール (東京)
Daniel Harding / 新日本フィルハーモニー交響楽団
Albina Shagimuratova (soprano)
Ian Bostridge (tenor)
Audun Iversen (baritone)
栗友会合唱団
東京少年少女合唱隊
1. ブリテン: 戦争レクイエム op.66

2ヶ月ほど演奏会から遠ざかっていましたが、今年の私的オープニングは、結局ロンドンでは聴き逃した「戦争レクイエム」。レコードで聴く限り、暗くて長くて刺激のない音楽という正直な感想を禁じ得ず、通しで聴いたことはほとんどありませんが、せっかくハーディングにボストリッジというスターが揃う機会なので、実演にチャレンジしてみましょうと。前世紀の末に新婚旅行でロンドンへ出かけた際、まだ20代前半のピチピチしたハーディングが汗汗しながらLSOを振る横で、クールに歌っていたのがボストリッジでした。

レクイエムと言っても教会音楽の様式からは逸脱していて、混声合唱、児童合唱とソプラノによる「死者のミサ」のところどころに、第一次大戦で戦死したウィルフレッド・オーウェンの英語詩に基づくテナーとバリトンの歌が挿入される、自由なオラトリオといった感じです。今日のコンマスの崔文洙氏とは別のコンマス氏が出てきたのであれっと思うと、崔氏は指揮者右側に陣取る室内オーケストラのほうにいらっしゃいました。この曲の実演を聴くのは初めてなので世間の相場は知らないのですが、見せ場が少ないし、場所的にも目立たないので、ちょっと気の毒かなと。

久々に見るボストリッジは、相変わらずその細身のどこからそんな声が出るんだという芯のある歌声。あらためて思ったのは、この人は声自体にはそれほど特徴というか個性があるわけではなく、丁寧に作り込んだ歌唱に有無を言わせぬ説得力があるのだなあということ。今日はちょっと席が遠かったので、以前のようにかぶりつきで聴ければ最高なんですが、日本でそれは安く簡単に手に入るわけではありません。他の歌手陣は、バリトンのイヴェルセンは申し分なし、ソプラノのシャギムラトヴァは一人ぽつんとオルガンの前に置かれて緊張気味でしたが、途中ハイトーンがちょっと苦しかったのを除けばこちらも立派な歌唱。加えて総勢120人超に上るベテランアマチュア集団、栗友会合唱団が迫力のコーラスで終始オケを圧倒。普段は頼りない新日フィルのアラが結果的に覆い隠されて、怪我の功名と思います。ハーディングも手を抜くことなく全体を引っ張っていたし、このぶんだと7月の「千人の交響曲」も大いに期待できるのではないでしょうか。一点、空席が目立つ客入りだったのは、日本のオケの公演としては破格のスター揃いだっただけに、残念でした。

山田和樹/日フィル:上白石家の系図と、笛吹けど踊らずのマーラー2016/01/30 23:59

2016.01.30 Bunkamura オーチャードホール (東京)
山田和樹 / 日本フィルハーモニー交響楽団
上白石萌歌 (narrator-1), 小林沙羅 (soprano-2)
1. 武満徹: 系図 -若い人たちのための音楽詩-
2. マーラー: 交響曲第4番ト長調

昨年は結局一つも行けなかった山田和樹のマーラー・ツィクルス。今年の4〜6番は幸いにもかぶりつき席が取れました。オーチャードホールに演奏会を聴きに来るのはすごく久しぶり。9年前のチューリヒ歌劇場公演以来でした。

このツィクルスは全て武満とマーラーという組み合わせのプログラムとなっています。今日の1曲目、武満晩年の作「系図(Family Tree)」は初めて聴く曲ですが、わりとよく取り上げられる有名曲のようで、例えば今年4月のN響定期でもスラットキン指揮(曲の初演もこの人ですね)で演奏される予定になってます。フルオーケストラをバックに少女が谷川俊太郎の詩を朗読するのですが、まず、音楽がひたすら美しい。タケミツトーンっぽい音列も時々散りばめられてはいるものの、万人の耳に優しい、全くの調性音楽です。武満にこんな曲があったとは。この平和的、調和的な音楽に乗せて朗読される詩が、実はけっこう生々しい内容だったりして、綺麗事ではない人間ドラマをほのめかしています。ただ単に、聴きやすい曲とか万人ウケする曲を作ったわけではないのは明らか。詩さえ翻訳すれば、国境を越えて世界に広めていける普遍性を有した佳曲と思いました。

朗読の上白石萌歌(「もか」と読むらしい)さんは、周防正行監督のミュージカル映画「舞妓はレディ」の主演、上白石萌音(こちらは「もね」)の妹さんですね。ぱっと見の印象では、お姉さんとあまり似てないですね。そりゃもちろん、かわいいかかわいくないかと言えばめちゃかわいい女の子ですが、スターとか女優のオーラはなく、見た目はAKBよりも地味め。ラメ入りソックスがかわいらしい、全く普通の高校生の雰囲気です。時折目を閉じながら、この時々エグい詩を、感情を激することなく丁寧に語っていきます。さすが、詩は全て暗記で、上手い朗読でした。終わった後は安堵感が素直に顔のほころびに出ていて、素朴な人柄が見て取れました。ところでこの曲はアコーディオンが指揮者すぐ横のソリスト席に陣取り、それなりに活躍しますが、今日はプログラム冊子のどこにも奏者のクレジットがありません。ソロチェロの名前を書く前にこっちを載せてあげてよ、と思いました。

さてメインのマーラー。こちらは、反応の遅いオケにちょいと消化不良気味。じっくり型と言えばそうですが、何かじれったい。山田和樹らしからぬ、まだ全体像をつかみかねているかのような、作り込み不足を感じました。今までマーラーをバリバリ振ってきた指揮者ならともかく、短期間で全交響曲を制覇するという企画は個々の仕事が雑になってしまうだけではないかという危惧を、もう早速感じさせるようでは困りものです。ただし、細部の「笛吹けど踊らず」状態は、終楽章では急に雰囲気が変わり、ドライブ感が前面に出てきました。ソプラノも、歌は粗いものの、テンポにはよくついて行ってました。終楽章にピークを持ってくるのは、もしかしたら作戦だったのかもしれません。さてさて、来月の5番ではオケがしっかり最後までついて行ってくれることを望んで止みません。

余談ですが、コンマスの扇谷氏、肝臓を傷めたかのような土色の顔色。造作が悪いよりも、顔色が悪い方がよっぽど見苦しいので、。帰宅後、ちょうど先日NHK-BSでやってたシャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のマーラー4番の録画があったので、口直しに見てしまいました。比べちゃいかんのでしょうけど、いやはや、やっぱり役者が違いましたわ。