プレヴィン(p)/ムター(vn)/ミュラー=ショット(vc):三世代競演?2012/02/20 23:59


2012.02.20 Barbican Hall (London)
Anne-Sophie Mutter (Vn), André Previn (P), Daniel Müller-Schott (Vc)
1. Mozart: Piano Trio No. 2 in B-flat major
2. André Previn: Trio No. 1
3. Mendelssohn: Piano Trio No. 1 in D minor

めったに行かない室内楽です。これはLSOのシーズン枠の一つで、前夜のLSOにも登場したプレヴィン、ムターの元夫婦に、弟子のミュラー=ショットを加えてのピアノトリオ。一度はムターをかぶりつきで見る(聴く)、というのがチケット買った動機のほぼ全てです。ムターとミュラー=ショットはちょうど1年前のLPOで二重協奏曲を聴いていますし、ミュラー=ショットはその後プラハでも聴きました。プレヴィンは、20年前に初めてウィーンを旅行した際、楽友協会でウィーンフィルを指揮したのを当日券で聴いて以来ですが、そのときは舞台後方打楽器の真後ろの席だったので指揮者が全く見えず、せっかくの初ウィーンフィルも打楽器の生音ばかりが聴こえてきたという、今となっては微笑ましい記憶です。一昨年のLSOでアルプス交響曲を振る演奏会を楽しみにしていたのですが、体調が原因でキャンセルになり、そのときは曲目も変更になったのでチケットをリターンしました。

ピアノと椅子が3つだけだと、バービカンの舞台もずいぶんと広々と感じられます。譜めくりの女性に支えられつつ登場したプレヴィンは、もう歩くのがやっとこさのヨボヨボ老人。数年前にN響を指揮した映像をテレビで見たとき、ずいぶんと老け込んだんだ姿に驚きましたが、実物の衰え方はそれ以上でした。楽屋口からステージに上る階段は珍しく衝立でカバーされていましたが、これはプレヴィンが長く歩かなくても済むようにという配慮だったのかも。方やムターは上下黒づくめの肩開きドレスに、結び目の大きいショッキングピンクの腰帯を合わせ、よく見るとヒールの靴底も同じショッキングピンク色だったのがオシャレでした。ハンサムボーイ、ダニエル君は普通にグレーのスーツ姿。

定位置につくと、せーのと呼吸を合わせるでもなく早速ピアノが始まりました。さすがは老いても名ピアニスト、先ほどのヨボヨボぶりがウソのようにサラサラと弾くのですが、よく聴くとやっぱりピアノは相当危なっかしい。音は外すは、止まりそうになるは、それでいて音楽はちゃんと途切れず進行しているのだからたいしたもんです。他の二人はピアノに何とかついて行き、包み込むようサポートするのに徹していました。間近で見るムターは、みけんのしわが半端じゃなく凄い。ほとんどアブドーラ・ザ・ブッチャーかブルーザー・ブロディの世界でした。彼女はいつもしかめっ面で演奏する癖があるみたいなので、もう職業病ですね。私は楽しそうに、幸せそうに演奏する人のほうが好みですが。また、スレンダーな身体ながらも肩の筋肉(三角筋)だけ異形に盛り上がっていたのにはプロの宿命を感じました。ただし演奏のほうはというと、音程が手探りだったり、音がかすれたりと、あまり調子が上がっていない様子。こんなもんだったかなあ、ムターも今や昔の名前だけで売ってる人なのかと、ちょっとがっかりしました。一方のダニエル君が対照的に脂の乗り切った艶やかな音で全体をしっかり支えていたので、いっそう差が引き立ちました。

2曲目のプレヴィン作曲ピアノトリオは2009年の新作で、ジャズっぽい曲を期待していたら全然そういうテイストの曲ではなく、「現代音楽」というほどモダンでもないですが、不協和音満載の硬質で暗い曲調だったので意表を突かれました。ストラヴィンスキーの室内楽作品みたいな感じです。1回聴いたくらいではちょっとよくわからなかったので、パス。

休憩後のメンデルスゾーンはムターも調子を取り戻したようで、ダニエル君とタメを張る力強い演奏。馴染みのない曲なので細かいところはよくわかりませんが、非常にしなやかで粘りのある彫りの深いヴァイオリンで、なるほどこの卓越した表現力で長年第一線を張ってきた人なのだなと、ようやく本来のムターを聴けた気がしました。プレヴィンのピアノは相変わらずですが、足取りのおぼつかなさとは段違いの推進力があり、あくまでサラサラと彼岸のピアノを弾いていました。アンサンブル命の正統派ピアノトリオとは全く言いがたいでしょうが、何だか良いものを聴かせてもらったと満足して帰路につけました。娘も妻も、メインはまあまあ楽しんでいたようなので、良かったです。演奏が終れば、まるで年老いた祖父をいたわるかのようにプレヴィンをケアしていたムター。とてもこの人達が数年前まで夫婦だったとは信じられません。ダニエル君は童顔だし、祖父・母・息子の三世代競演と言われても信じてしまいそうですね。