トリックスターの自由奔放、コパチンスカヤ/大野/都響:リゲティ生誕100年記念2023/03/28 23:59

2023.03.28 サントリーホール (東京)
都響スペシャル【リゲティの秘密-生誕100年記念-】
大野和士 / 東京都交響楽団
Patricia Kopatchinskaja (violin-2, voice&violin-4)
栗友会合唱団 (3)
1. リゲティ(アブラハムセン編): 虹~ピアノのための練習曲集第1巻より[日本初演]
2. リゲティ: ヴァイオリン協奏曲
3. バルトーク: 《中国の不思議な役人》(全曲)
4. リゲティ: マカーブルの秘密

本日は都響のコンマス(コンミス、とは最近は言わなくなったんかな)を13年半勤められた四方恭子さんの最後の演奏会とのこと。ということはつゆ知らず、久々に「マンダリン」の全曲が聴けるとあって、その一点買いで取ったチケットでした。しかし、本来のコンセプトは「リゲティ・プログラム」。リゲティはハンガリーの作曲家なのでもっといろいろ聴いていても自分として不思議はないのですが、何故か実演に接する機会が少なく、過去の記録を辿っても「ロンターノ」が3回と「ルーマニア協奏曲」しかありませんでした。

ということでリゲティの曲はどれも初めて聴くものばかり。1曲目はセロニアス・モンクやビル・エヴァンスにインスパイアされたというピアノ練習曲の編曲版で、確かにジャズっぽい響きの綺麗な曲ですが、あっという間に終わりました。

2曲目は問題作のヴァイオリン協奏曲。噂に違わぬ何でもありのアバンギャルドな曲でした。エキセントリックな芸風で知られるコパチンスカヤを聴くのも初めてでしたが、オハコのレパートリーで水を得た魚のように暴れ回り、想像以上のトリックスター(良い意味で)でした。先日のテツラフのように音だけで凄みを効かせるのとは真逆のタイプで、音ははっきり言ってかなり雑ですが、全身を使ってトリッキーなプレイを連発。オカリナやリコーダーも登場する小編成の変則オケをバックに、口笛、鼻歌、奇声も交えた自由奔放なヴァイオリン独奏に、最後は指揮者の周りを歩き回り、足を踏み鳴らし、オケも聴衆も巻き込んでの掛け声で、1、2年前のコロナ禍真っ只中だとちょっとできなかったパフォーマンスでしょう。曲も曲だし、奏者も奏者、初めて聴いて比較対象もないので演奏の論評はお手上げですが、何かとんでもないものを見た、という感じです。しかし、たいしたエンターティナーであることは確かだし、こういう、コンサートホール芸術の殻を突き破らんとする刺激的な音楽は大好物です。

アンコールはコンミス四方さんを引っ張り出し、リゲティのバルトーク風民謡調の曲(「バラードとダンス」というらしい)をデュオ。これは両者の音に個性の違いがくっきり出ていて面白かったです。四方さんは真っ直ぐ正統派の真面目なお姉さん、対するやんちゃな妹は自由気ままに生き生きとラフな音で絡みつき、美味しいところをさらっていく感じ。

休憩後の待望の「マンダリン」ですが、この日唯一のフル編成オケで、リゲティよりもだいぶリラックスした感じでオケが良く鳴っており、たいへん元気が良い演奏でした。繊細な弱音なし、クラリネットも怪しい雰囲気は薄く、やけに健康的というか、うーむ、こういう解釈になるのか、という肩透かし。打楽器のリズムは強調され、全体的に気合い十分な好演だったとは言えますが、ちょっと空虚な淡白さが気になりました。大野さん、劇場付きオケとの仕事が長かったためか、細やかな表情づけなどを逆に何もやってくれないことが多い気がします。

最後の「マカーブルの秘密」は、オペラ「グラン・マカーブル」の一場面のアリアを再構成したショートピースで、これまた規格外の問題作。また小編成に戻ったオケは、途中でくしゃくしゃにして捨てる新聞紙(そういう特殊効果音が楽譜上で指定)を読みつつ壇上で待機します。コパチンスカヤはクラウンというのかパンダというのか、変なメイクと、新聞紙とゴミ回収袋を身体に巻きつけた衣装をまとい、ヴァイオリンを持って再登場。本来はコロラトゥーラ・ソプラノのための曲ですが、トランペット等の楽器で演奏してもかまわないらしく、ヘッドマイクを通した声(歌ともシュプレヒテンメとも言えない奇声)に交えてヴァイオリンで弾くのが彼女流。先ほどのヴァイオリン協奏曲よりもさらに自由度がアップし、動き回り、飛び回り、転げ回り、まさにやりたい放題。ヴァイオリン高いだろうに、傷がつかないか見ていて心配になりました。大野さんも最後には「もう限界です誰か指揮を代わってください」と泣きが入る演出で、奏者も指揮者もオケも聴衆も一緒になって「音」を作るという、これもまた音楽芸術の一つの形であり、ライブの醍醐味。非常に楽しく面白い体験で、リゲティの作品が極めて孤高で唯一無二の「芸術」であることもあらためて発見できて、満足のいく一夜だったのでした。

写真は楽団の公式Twitterより。