ロイヤルオペラ/パッパーノ/ネトレプコ/グリゴーロ:マノン2010/07/04 23:59

2010.07.04 Royal Opera House (London)
Antonio Pappano / Orchestra of the Royal Opera House
Laurent Pelly (Director)
Anna Netrebko (Manon), Vittorio Grigolo (Chevalier des Grieux)
Russell Braun (Lescaut), Christof Fischesser (Comte des Grieux)
Guy de Mey (Guillot de Morfontaine), William Shimell (De Bretigny)
1. Massenet: Manon

ロイヤルオペラはようやく2回目です。今日のような超人気歌手の出演するオペラは、オペラ座のフレンド(会員)にならない限りまずチケットは取れないものと思っていましたが、意外とあっさり取れました。

本日のマスネ「マノン」はロラン・ペリー演出のニュー・プロダクションですが、早速この9月の日本ツアーに持っていくことになっています。指揮を取る音楽監督パッパーノ、タイトルロールのネトレプコを始め、今日の出演者は騎士デグリュー役のグリゴーロを除き、日本公演とほぼ同一メンバーのようです。

方々のブログで評判は聞いていましたが、まさにその通り、とにかく主役の2人の声の力が素晴らしかったです。ネトレプコを生で見る(聴く)のは初めてでしたが、すっかり「ママさん体型」になってしまったとは言え、美麗オペラスターのオーラは十分健在と感じました。クリアな美声と圧巻の声量を兼ね備えた、やはり希有なソプラノだと体感しました。グリゴーロは少々軽めながらよく通る張りのあるテナーで、若い情熱ゆえにマノンに翻弄され人生を踏み外していく役所にたいへんマッチしていました。声量はネトレプコとタメを張るほど豊かで、演技力にも優れ、その上イケメンときてますから、まさに無敵です。カーテンコールではネトレプコ以上の大歓声をもらって、たいへんご満悦の様子でした。今回がロイヤルオペラ初出演だそうですから、次回は熾烈なチケット争奪戦になることでしょう。

今日はパッパーノ監督の棒のせいか、オケも軽重緩急を幅広く取りメリハリの利いた熱演で、優れた歌い手と相まって、この無茶無理矢理なストーリーに強引な説得力を与えていました。演出は至ってオーソドックスな印象でしたが、舞台装置はシンボリックというわけでもないのに極めてシンプルで、舞台を狭く見せるか寒々と見せるかの効果しかなかったように思いました。歌と演奏の音楽の力で押し切り勝利したという感じです。

いつものごとく小学生の娘も連れて行きましたが、目に毒な場面は意外となかったとは言え、第3幕エンディングで神父デグリューがマノンの誘惑に負け、思わず服を脱ぎ捨て挑みかかる場面は(これがまた、我慢の一線を超えた必至の演技があまりに上手くて)、さすがに妻が娘の目隠しをしていました。

ロイヤルオペラ/ヘンシェン/デノケ/ロイター:サロメ2010/07/06 23:59

2010.07.06 Royal Opera House (London)
Hartmut Haenchen / Orchestra of the Royal Opera House
David McVicar (Director), Justin Way (Revival Director)
Angela Denoke (Salome), Johan Reuter (Jokanaan)
Gerhard Siegel (Herod), Irina Mishura (Herodias)
Andrew Staples (Narraboth)
1. R. Strauss: Salome

マクヴィカーの衝撃的な血みどろ演出が評判の「サロメ」、今回はアンゲラ・デノケをタイトルロールに迎えての5回ぽっきりの再演(初演は2008年)です。これがまた、めちゃめちゃリアルな生首から鮮血がポタポタ滴り落ちるわ、素っ裸の処刑人も全身血まみれになるわ、噂に違わず陰惨極まりない演出で、とても子供には見せられませんが、インパクトは確かにかなりのものでした。

舞台は古代イスラエルではなく20世紀の戦時中くらいに置き換えられています。地下室のシャビーなトイレとおぼしき部屋の上階ではパーティーが開かれていますが、客席からはテーブル、イスと人々の下半身しか見えません。地下室の向かって右側に上階から下りてくる階段、左隅には大きなマンホールのようなメッシュの蓋があり、その下に予言者ヨカナーンが幽閉されていて、銃を持った兵士と刀を握った処刑人が監視しています。ジャマイカ人っぽい掃除夫や東欧系メイド(最初は全裸)もいます。物語の異常さを体現しているとも言えますが、演出家のコンセプトは正直よくわかりませんでした。

デノケはどうも本調子ではないようで、ハイトーンが出切っていなくて苦しそうな箇所が何度もありましたが、狂気の演技は鬼気迫るものがありました。ヨカナーンのロイターはどっしりした低音に迫力があり、ヘロデ王(といってもタキシードのハゲオヤジでしたが)のジーゲルも抜群の歌唱力でした。ロイヤルオペラで主要な役を得る歌手は、皆さん本当に声量があり、このやかましいオケでも埋もれることなくしっかり張り合っていました。サロメは血まみれの衣装のままではさすがに見た目が不快なので、カーテンコールでは血の付く前の白いドレスに速攻で着替えていました。

なお、天井桟敷のAmphitheatreに今回初めて座りましたが、思ったよりもステージがよく見えたのはよかったものの、ここはイスが狭い。両隣りに幅の大きい人が来ると暑苦しくてたいへんです。サロメならまだ我慢できますが、もっと長いオペラはちょっと勘弁、と思いました。

バーンスタイン・プロジェクト:ミサ2010/07/10 23:59

2010.07.10 Royal Festival Hall (London)
The Baernstein Project
Marin Alsop / The Mass Orchestra
Jesse Blumberg (Celebrant)
South Bank Centre Voicelab
1. Bernstein: Mass - A theatre piece for singers, players and dancers

没後20年を記念してSouth Bank Centreが今シーズンを通してやっていた「バーンスタイン・プロジェクト」のクライマックスとして、若いアマチュアアーティストによる「ミサ」の演奏がありました。この曲はワシントン・ケネディセンターのこけら落としとしてJFKことケネディ大統領未亡人のジャクリーンから委嘱されたものだそうで、基本はラテン語のテキストによる伝統的な「ミサ」をベースにしながらも、ミュージカル歌手陣とエレキギター、ドラム、シンセ等も加わり、聖俗入り乱れた摩訶不思議な内容になってます。

オケは英国ナショナルユース管のメンバーを軸に、ブラジル、米国、イラクからも奏者を招待した特別編成、他の出演者も俳優やダンスのスクールで学ぶ若者達で、はっきり言うとプロのレベルには届いていない人も多かったのですが、全体として手作り感あふれる、ほのぼのとしたものでした。舞台の中央部にステージを設け、演奏者はそれを取り囲むように配置されています。ステージ背後の4枚のスクリーンではJFK、MLK(キング牧師)、ベトナム戦争、アメリカ国旗などのイメージスライドショーが演出に応じて上映されていました。歌手陣はバリトンの司祭役を筆頭に、皆さん基本的にミュージカル畑です。ダンサー(といっても踊りらしいものはなくパントマイム風)、マーチングバンド、客を装ったサクラのコーラス(年配のおじちゃんおばちゃん達なので)も登場し、人海戦術でステージ上のみならず客席までも巻き込んだ、最後のスタッフの退場まで計算された、壮大な演出でした。

指揮はこのバーンスタインプロジェクトの芸術監督でもあるマリン・オールソップです。彼女のCDは持っていますが、指揮を生で見るのは初めて。しかし、この曲は指揮者としての傾向とか力量を推し量るにはあまりに変化球過ぎますので、評価は次回に取っておきます。

この曲、クラシック側からミサ曲として見ると破天荒ですが、シアターピースとして見れば音楽的に斬新なところはあまりなく、あえて言うと冗長で退屈な部分も多い問題作です。それを差し引いても、滅多に見れる演目ではないですし、半分アマチュアのような人々による熱意あふれるステージは一見の価値ある迫力でした。

ロイヤルオペラ:椿姫/ゲオルギュー2010/07/11 23:59

2010.07.11 Royal Opera House (London)
Yves Abel / Orchestra of the Royal Opera House
Richard Eyre (Director)
Angela Gheorghiu (Violetta Valery), James Valenti (Alfredo Germont)
Zeljko Lucic (Giorgio Germont), Eddie Wade (Baron Douphol)
Richard Wiegold (Doctor Grenvil), Sarah Pring (Annina)
Kai Ruutel (Flora Bervoix), Changhan Lim (Marquis D'Obigny)
1. Verdi: La Traviata

今シーズンのトリとして、ゲオルギューの「椿姫」を見てきました。このリチャード・エアのプロダクションはDVDで何度も見ていますが、当たり前ですが16年の歳月を経てもほとんどそのまま同じでした。ただ、やっぱりゲオルギューは「老けたなあ」という正直な感想を禁じ得ません。29歳のころのDVDと全く同じ衣装で出てくるので見目の違いは歴然ですし、歌も、ビブラートがきつくなり歌い方だいぶ技巧的に変わっています。もちろん、この16年間、毎年世界各地で数限りなく歌ってきただけあって、トータルではこの上なき完璧な「ヴィオレッタ」でしたが、歌い手としてもう全盛期を過ぎているのはしょうがないでしょうね。

アルフレードのジェームス・ヴァレンティはスマートな長身で、ちょっと体育会系の朴訥な感じが役に合ってるかも、と最初は期待しましたが、歌は結局終始パッとしませんでした。見た目のわりには声の線が細く、演技も大根です。ルックスはまあ良いものを持っているとは思うんですが、ヘタクソとは言いませんが特に褒めるところも見つかりませんでした。うーむ、9月の日本公演でゲオルギューと共演するのもこの人なんですね…。

一方その「漁父の利」でやんやの喝采をもらっていたのがジェルモン父のジェルコ・ルチッチ。心地良く響く低音は確かにいい声でしたが、冷静に見て、そんなに取り立てて良い歌唱だったかというと私は疑問符でした。比べてはいかんのでしょうが、どうしてもDVDのレオ・ヌッチのイメージが強くて、威厳と品格の裏に狡猾と無責任が透けて見えてしまう複雑さが全然出てない凡庸な歌だなあ、などと(たいへん失礼にも)考えてしまいます。

第1幕、ヴィオレッタが胸に着けていた花飾りがポロリと落ちるハプニングがありました。その後でアリア「この花がしおれるころに」を歌いながらアルフレードに渡す大事な小道具ですので、百戦錬磨のゲオルギューも声こそ出しませんでしたが驚いた風で、途中でさりげなく拾おうとするものの失敗、花は逆にオケピットの方に落ちてしまい、あとはさすがというか、何事もなかったかのように花飾りなしで普通にアリアを歌いあげていました。

今日は何か客層が微妙に違う気がしたというか、オペラが好きで見に来ていると思える人が自分の周囲にはほとんどいない感じでした。前席ではがっしりしたゲイのカップルが、ふらふら頭を揺らしながら時々いちゃいちゃ。じゃまや、っちゅうねん。後席のカップルは上演中もコソコソ話をし、プログラムをパラパラめくり、悲劇的な第3幕ではなんと終始クスクス笑っている始末。舞台の上に興味がないならパブでW杯決勝戦でも見てた方が盛り上がるだろうに。オペラにツッコミを入れて笑いの種にしたいのなら自宅でDVDを見ればよろしい。そのくせ、カーテンコールでゲオルギューが出てくると立ち上がって写真を撮りまくり。マナーの点で小学生の我が娘の足下にも及ばない、恥知らずのイギリス人をここにも見つけました。

BBC PROMS 1: 千人の交響曲2010/07/16 23:59

2010.07.16 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 1
Jiri Belohlavek / BBC Symphony Orchestra
BBC Symphony Chorus, Choristers of St Paul's Cathedral
Choristers of Westminster Abbey, Choristers of Westminster Cathedral
Crouch End Festival Chorus, Sydney Philharmonia Choirs
Mardi Byers (S), Twyla Robinson (S), Malin Christensson (S)
Stephanie Blythe (Ms), Kelley O'Connor (Ms), Stefan Vinke (T)
Hanno Mueller-Brachmann (Br), Tomasz Konieczny (Bs)
1. Mahler: Symphony No. 8 in E-flat major 'Symphony of a Thousand'

今年のPROMSは生誕150年のマーラー・イヤーにちなんで「千人の交響曲」で開幕です。5月4日のチケット発売開始から2時間で完売してしまった、多分今回で一番人気の高い公演でした。当日もアリーナ、ギャラリーの立ち見席券を求めて、ラストナイトに匹敵するくらい長蛇の行列ができていました。

本当に千人いるんかなとプログラムの名簿を数えてみたら、指揮者1、独唱8、オーケストラ115、バンダの金管14、合唱団はソプラノ126、アルト 104、テナー66、バス96、少年聖歌隊61の、総勢591名でした。以前にブダペストで聴いたときも600人くらいでしたので、このくらいが最近の標準なのかもしれません。とは言っても通常の「第9」演奏会の3倍にはなりますから、その音響空間の迫力は脇の方の席でも十二分に伝わってきました。ただ、やっぱりここのホールは大きすぎます。反響版より上のCircleの席だったのでコーラスとオルガン、それにすぐ背後で鳴り響いたバンダのブラス隊の音量がやたらと大きくて(しかもあんまり上手くない)、バランスが著しく悪かったです。独唱も遠すぎる上にあさっての方向なのでよく聴こえず。それでもあれだけ聴こえていたのだから、正面だと相当熱のこもった良いソロだったのではないでしょうか。

演奏会というよりお祭りのPROMSらしいイベントで、武道館みたいに広いこのロイヤルアルバートホールでも映える選曲かなと最初は思ったのですが、そうは問屋が下ろさず、演奏の細かいところはよくわからないというのが正直なところ。第1部は総じてきびきびと進み、第2部は一転してずいぶんとデリケートになって、そのままペースを上げずにじらしつつ、最後の最後で音量音圧大作戦を炸裂敢行!という感じかと思いました。第1部、第2部ともにエンディングでバンダが加わって盛り上げますが、ギャラリー席に置いたのでステージと距離が開き過ぎてどうしても時間差ができてしまい、いまいちキレが悪かったのが残念です。

ボリショイバレエ:コッペリア2010/07/22 23:59




ROH

この夏のシーズンオフ、ロイヤルオペラハウスでは4週間にわたってボリショイ劇場(バレエとオペラ)の引越し公演があります。今週開幕したばかりですが、早速コッペリアの初日を見てきました。人気は高く、ほぼ満員の入りでした。

コッペリアはブダペストで見ているのでこれが2回目。DVDはロイヤルバレエ、キーロフ、ハンガリー国立の3種類を持っています。今回は右側Stall Circleの席だったのですが、幕が上がって早速後悔。コッペリアは舞台向かって右側の建物の2階にいるので(手持ちのDVDではどれもそうでした)、 右側の席だとコッペリアが全く見えない!配役表にタイトルロールがなかったのでもしやとは思いましたが、結局それがパペットを演じるバレリーナではなく正 真正銘の人形だと判別できるには2幕の終わりまで待たなくてはなりませんでした。コッペリアを見るときは右側の席を取ってはだめですね、貴重な学習をしま した。

全体としては、何と言ってもヒロインのオーシポワの魅力が炸裂していました。つま先に足の裏でも生えてるんじゃないかと思う程力強くて安定したポワン ト、高いジャンプ、しとやかな手先、小芝居の利く演技力、パペットの演技も完璧、美人な上に透き通るような白い肌、どれを取っても群を抜いて素晴らしかっ たです。相手役のスクヴォルツォフも若いわりに重厚感のある危なげない踊りでたいへん良かったのですが、第1幕後のカーテンコールでオーシポワにプイと肘 鉄を食らったのが象徴するように(これはまあ小芝居ですが)、終始ヒロインの尻にしかれ花を持たせる控えめな役どころがちょっと気の毒な気がしました。

このコッペリアは昨年プレミエの新プロダクションだそうですが、ベースはプティパ版のオーソドックスから踏み外さない全く古典的な演出で、その点安心し て見れました。ただ、1幕と3幕の延々と続く踊りは途中退屈し、朝から長時間運転していた疲れもあって何度か意識を失いました。オケはブラスがロシアのオ ケらしく音も演奏も荒っぽいのが多少気になりましたが、ドロノフのたいへん煽情的な指揮は、小気味よくリズム感溢れる音を導いておりました。

2010.07.22 Royal Opera House (London)
Bolshoi Ballet
Igor Dronov / Orchestra of the Bolshoi Theatre
Marius Petipa & Enrico Cecchetti (Choreography)
Sergei Vikharev (Revival Choreography)
Natalia Osipova (Swanilda), Ruslan Skvortsov (Franz)
Gennady Yanin (Coppelius), Alexander Fedeyechev (Lord of the Manor)
1. Delibes: Coppelia

Shrek Forever After 3D2010/07/25 23:59

Toy Story 3の公開が始まって終息モードに入ったのか、上演館数は一気に減り、場内はガラガラでした。

シュレックも10年めの第4作にてとうとう最終章。1作目は横浜で、2作目はブダペストで、3作目は千葉で、4作目はロンドンで、娘の成長と共に転々としながら見てきている映画です。パート3が期待はずれに退屈で、娘は途中でトイレに立つわ、私は途中で寝てしまうわで良い印象がなかったのですが、最終章はあまり期待しなかった分、けっこう面白かったです。シュレックが別世界に飛ばされてしまうという話にしたおかげで、ずいぶんすっきりとした脚本にできたと思いますが、それを最初から狙ったのかな。

公式HPを見ると、5月の全米封切り以降、遅くとも8月までには世界中で公開されるスケジュールになっていますが、日本だけ12月と圧倒的に遅いです。クリスマスシーズンの目玉にしたいんだろうとは思いますが、12月よりもずっと前に発売になるであろう米国版DVDを日本からも通販で容易に買える時代になっているんですから、このようなグローバルマーケットの映画を著しい時間差で公開することは、かえって話題性を殺ぐのではないかと、いらぬおせっかいの危惧を覚えてしまいます。