BBCプロムス:マーラー・アカデミー管/シュタイネッカー:温故知新の第9番2026/09/11 23:59



2026.09.11 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: Mahler’s Ninth with the Mahler Academy Orchestra
Philipp von Steinaecker / Mahler Academy Orchestra
1. Mahler: Symphony No. 9

今年のBBCプロムス、ラストナイト前の最後の公演は、シュタイネッカー指揮のマーラー・アカデミー・オーケストラという、正直言うと初めて名前を聞く人たちのコンサート。マーラー・ユーゲント・オーケストラは聴いたことがありますが、最初はそれと混同していました。いろいろ調べてみると、クラウディオ・アバドらによってイタリアのボルツァーノに設立されたグスタフ・マーラー・アカデミーという研究機関に所属し、マーラーの楽曲に関する学術研究成果を具現化する目的で結成されたプロジェクト・オーケストラとのこと。メンバーはプロ(コンセルトヘボウやベルリンフィルなど超一流の団体からも参加)とアマ(世界中から集まった若手音楽家)の総勢100名ほどの混成です。ですのでメンバーは流動的ですし、技量レベルもレコーディングや演奏会ごとにバラツキは大きいと思われます。

一方で、マーラー・ユーゲント管弦楽団、マーラー室内管弦楽団というより著名なオケもあり、マーラー・アカデミー管弦楽団も含めてこれらは全てアバドが設立に関わっていることがよけいにややこしさを増していると思うのですが、ざっくり言うと、ユーゲントは旧共産圏出身の若手音楽家の育成及び雇用の目的でウィーンに設立されたユースオーケストラ、室内管はユーゲント出身の音楽家が卒業後にも集って音楽を高めるための遊牧民的オケ(ただし力量はハンパない)、という明確な性格の違いがある別団体になります。現在マーラー・アカデミー管の音楽監督兼キュレーターのシュタイネッカーはかつてマーラー室内管のチェロ奏者で、その後アバドのアシスタントなどを務めて指揮者としてのキャリアを重ね、2019年には都響への客演も果たしています。

前置きが長くなりましたが、自分が不勉強なだけで、このシュタイネッカーとマーラー・アカデミー管によるマーラー交響曲の「ピリオド演奏」は好評を集める一方で賛否両論飛び交う議論にもなっているそうです。マーラーが作曲した当時の楽器方式と演奏様式を追求し、その後の楽器の進歩と様々なスタイル変遷の色眼鏡をいったん剥ぎ取って、作曲者がスコアに込めた楽曲の本来の姿を蘇らせるというプロジェクトの意義は理解します。しかし、バッハやモーツァルトと違ってマーラーは20世紀まで活躍した人であり、その弟子筋の巨匠たち、第9番の初演を指揮したワルターは1962年まで生き、クレンペラーも1973年まで生きて、彼らが残した数多くのステレオ録音は今日でも広く愛聴されているのがクラシック音楽の世界なので、歴史上の人物ではありながら現在と地続きで繋がっている感覚はあります。楽器や演奏スタイルがそんなに本質的に違うものなのか、ピリオド系という仮面を被っているが実は単なる演奏解釈の違いだけの場合とどこまで区別ができるのか、という疑念が、聴く前からいっぱい頭に浮かびます。


ロイヤル・アルバート・ホールのステージは翌日のラストナイト仕様ですでに張り出しが組み立てられており、その分立ち見のスペースが少し後退させられていますが、デッドスペースを作らないで、この演奏会が終わってからの組み立てではダメだったんでしょうかね?ステージを観察すると、ティンパニはペダル式ではないものの、今でも珍しくないシングルスクリューのモダンなチューニング方式で、そしてこれはこのホールの事情だったかもしれませんが、ステージの最後段中央に位置するコントラバスの上手にファースト・ティンパニ、下手にセカンド・ティンパニを置く対向配置。とは言ってもこの曲のセカンドは第1楽章の一部しか出番がないため、第2楽章以降はグロッケンシュピールにシフトしていましたが。大太鼓は今との比較だと小ぶりで、櫓に置くロールしにくいタイプ。管楽器の構造には明るくないのですが、金管は自分の位置からそもそもよく見えず、チューバが小ぶりだったくらいしか違いがわかりませんでした。木管は全て木製の古いタイプ。2台のハープも現代のグランドハープよりはだいぶ小型でした。

マーラーの時代のピリオド系演奏って、ノンビブラートだけどポルタメントはかけまくる感じかな、と聴く前は冗談半分に想像していたら、本当にそうだったので驚きました。弦楽器は今と見た目こそ同じですが、スチールではなくガット弦を張っているため柔らかく、ちょっと弱々しい感じの響きになります。当時の演奏スタイルの影響下にあると言われるワルター/ウィーンフィルの戦前の歴史的録音でもポルタメントが多用されていますが、それよりももっとズリズリと指を滑らせていて、今まで聴いたことがない新鮮さがありました。慣れるまではちょっと気持ち悪い。

シュタイネッカーは目つきの鋭いシュッとしたおじさんで、譜面台を置かず全て暗譜で指揮します。この曲を暗譜で指揮する人を他で見たことがありませんが、研究者だから隅々まで全て頭に入っている、ということでしょうか。いかにも感情を煽るような指揮ではなく、冷静にテンポや音量の指示を細かく出しているのですが、動作が激しく、結果的に熱量は伝わって来ます。オケのほうも、元々技量のある人たちだし、楽団としてのレパートリーが少ないから1曲に集中して取り組む時間はたぶん十分にあり、演奏は非常に手慣れていて傷がほとんどありません。マーラー演奏の鬼門である金管も、常に柔らかに音を出し、決して外さないのは立派です。よく聴くとコンサートマスター含めて個々の音色は艶やか、煌びやかという形容詞は決して付かない、ちょっとざらついた素朴な音でしたが、合奏になったときに突然見通しが良くなり、どの楽器がどういう音を出しているか、解像度よく聴き取れるようになります。これを「透明感」というなら、まさにそんな感じの演奏でした。ただしティンパニはちょっとドタバタしすぎていただけませんでした。

サクサク進むかと思いきや止まりそうなほどテンポが落ちたりというメリハリある第1楽章が静かに終わり、入念にチューニングし直してから始まった第2楽章は、アゴーギグたっぷりの田舎風ダンスを強調した演奏で、学究的とは言っても感情のないのっぺりとした演奏では全くなく、逆に今どき珍しい極端な箇所も多々あって、全体的にユニークさは予想以上。第3楽章もわざとらしい狂喜乱舞の揺さぶりはなくとも、元々のスコアがそのまま等身大に具現化されるだけでここまで激しい音楽になるということがよくわかりました。終楽章がその真骨頂で、聴きなれたアダージョも厚化粧を落とした後の透き通る響きが非常に新鮮でした。今までの自分の趣味だと、弦楽合奏が主役のこの楽章では重低音がオルガンのように響く演奏がカッコいいと思っていたので、ちょっと目が覚めた感がしました。最後はいっそう慎重に、コントラバスが消え、第1ヴァイオリンが消え、指示通り「死に絶えるように」音が下がっていく中、ひどいフライングの「ブラヴィ〜〜!」が最良の瞬間を見事にぶち壊してくれました。この阿呆を生涯出禁にして欲しいです。

ボン・ジョヴィ@ウェンブリースタジアム2026/09/06 23:59



2026.09.06 Wembley Stadium (London)
BON JOVI - Forever Tour
Jon Bon Jovi (vocal, guitar)
David Bryan (keyboards)
Tico Torres (drums)
Hugh McDonald (bass)
Phil X (guitar)
John Shanks (guitar)
Everett Bradley (percussion)

このライブ、気づいたときにはほとんどソールドアウト、300ポンド以上のVIP席がリセルでちらほら出ているのみだったので、これはさすがに行けないなと思っていたら、直前になって下級クラスの席が追加でドカドカと出て来たので、思わず条件反射でゲットしてしまいました。7月に行ったデフ・レパードと比べると、ボン・ジョヴィはそんなに思い入れがあるバンドではなかったものの、自分のバンドで何曲かドラムをコピーしていたし、ヒット曲が多いので単純にライブは楽しめるのではないかと。また聖地ウェンブリースタジアムにはまだ入ったことがなかったので、その興味もありました。

この「Forever」ツアーは7月にスタートし、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで9日間のライブを敢行したのち、エジンバラ、ダブリン、最後はロンドンで3日間行うスケジュールになっています。アルバムをリリースした2024年からちょっと時間が経っていますが(このときはシングル第一弾の「Legendary」が山下智久主演のテレビドラマ「ブルーモーメント」主題歌に使われたりもしたのでよく聴きました)、ジョン・ボン・ジョヴィが2022年に受けた声帯インプラント手術以降で初めてのツアーであり、十分なリハビリを行う時間を考慮し、慎重にスケジュールを組んだものと思われます。ボン・ジョヴィは全盛期のころからすでにライブでは半音下げチューニングでやっていたので、もとよりそんなに頑丈な喉ではなかったんでしょう。

ウェンブリーアリーナとO2アリーナは行ったことがありますが、やはり9万人収容のウェンブリースタジアムのデカさはケタが違います。駅からスタジアムに向かう表参道からしてもう人人人の大渋滞。場内に入ってみると、ステージの遠さもケタ違いで、大型スクリーンすら小さく見えます。よく考えると野外のスタジアムでライブを見るのは、1982年の阪急西宮球場で見たクイーン「Hot Space Tour」以来かも。元々、音楽はジャンルを問わず静かに耳を傾けたいほうで、野外ステージとかフェスは苦手なのでした。

このツアーでエジンバラ及びロンドンのオープニングアクトはジェームズ・ベイだったのですが、よく知らないし見送りました。ぼちぼち日も暮れかかる7時20分ごろにボン・ジョヴィのライブがスタート。ステージから一番遠いショートサイドの後方エリアだったので、やはり肉眼で見えるボン・ジョヴィは豆粒どころかケシの実くらいのサイズ。大型LEDビジョンをオペラグラスで見てちょうどいいくらいでしたが、ジョンのバネ感があって溌剌としたパフォーマンスと、眩しい笑顔は実にアメリカンな明るさで、やっぱりカッコ良かったです。髪も短くなって白くなり、時々鹿賀丈史に見えてしまいますが、良い歳の取り方をしていると思います。ジョンは64歳、最年長のヒューは75歳、最年少のフィルも60歳なので、全員60歳越えのバンドになってしまいました…。


やはり「You Give Love a Bad Name」「Born to Be My Baby」「It's My Life」「Livin' on a Prayer」といったメガヒット曲は特に盛り上がりました。隣席の母娘連れと思しき人々は、娘がずっと大人しく座っていたのに対し、むしろ母の方がノリノリで踊りまくってました。しかし、正直言ってPAの音はひどいものでした。ボーカルは割れてるし、ベースとキーボードは終始何やってるかほとんどわからないくらいのグシャっとした音響でした。ジョンは、声帯手術のリハビリが上手くいってるようで、おそらくキーは下げていますが、ちゃんと声が出て歌えていました。また、サビのキツいところはマイクを向ければ観衆が全部歌ってくれるので、無理する必要は全くありません。ボン・ジョヴィのロンドンでの人気の凄さに驚くとともに、やっぱり持つべきものはヒット曲だよなあと、あらためて思いました。

Set list:
With a Little Help From My Friends (The Beatles cover)
Beautiful Drug
We Weren't Born to Follow
Lost Highway
You Give Love a Bad Name
Born to Be My Baby
Legendary (with James Bay)
Whole Lot of Leavin'
Bed of Roses
Have a Nice Day
These Days
This House Is Not for Sale
It's My Life
Livin' on a Prayer
Raise Your Hands
I'll Sleep When I'm Dead
Hey God
Keep the Faith
Encore:
I'll Be There for You
Wanted Dead or Alive
Bad Medicine
Always


英語版「となりのトトロ」:手作り・アナログのアイデア満載、楽しい舞台2026/09/04 23:59



2026.09.04 Gillian Lynne Theatre (London)
My Neighbour Totoro - based on the 1988 film "となりのトトロ" written by Hayao Miyazaki of Studio Ghibli
Royal Shakespeare Company's Production
Phelim McDermott (Director)
Joe Hisaishi (Music Composer/Executive Producer)
Tom Morton-Smith (Music Adapter)
Helen Chong (Satsuki), Victoria Chen (Mei)
Dai Tabuchi (Tatsuo), Phyllis Ho (Yasuko)
Jacqueline Tate (Granny Ogaki), Steven Nguyen (Kanta)
Natsumi Kuroda (Tsukiko), Richard P. Peralta (Hiroshi)
Kumiko Mendl (Nurse Emiko), Sango Tajima (Miss Hara)
Rachel Clare Chan (Kaze No Koe/Singer)

ご存知ジブリの名作長編アニメ映画「となりのトトロ」をロイヤル・シェークスピア・カンパニーが舞台化したプロダクションです。2022年にバービカンシアターにて初演が行われ、2024年にかけて断続的に上演されたのち、2025年からロンドン・ウエストエンドのジリアン・リン劇場に場所を移し、ロングランを行っていましたが、ついに来年1月で終了するとのことで、今のうちに見ておこうと思い立ち、出かけました。この劇場のルーツを辿ると16世紀のエリザベス朝まで遡ることができるそうですが、現在の建物は1973年にニューロンドン劇場として再建されたもので、2018年にジリアン・リン劇場に改名されたということです。キャパは千人ちょっとのこじんまりとした劇場で、どの席からでもステージは見やすそうな感じがしました。

場内はやはり子供連れ家族が多かったです。「となりのトトロ」はそれこそ自分の子供がこのくらい小さいころにDVDを飽きるほど繰り返し見た(見させられた)ので、しばらくちゃんと見てないとはいえ、音楽とストーリーは頭に刷り込まれています。役名や地名は映画のままだし、セリフもところどころで日本語のフレーズが散りばめられていて、無理やり英語化せずに原作の世界観を尊重しているのは嬉しい限りです。舞台装置は目まぐるしく変わり、このAIの時代にCGとかプロジェクションマッピングに一切頼らず、数々のアナログなアイデアが非常に心地良かったです。

大筋のストーリーはアニメと同じですが、たくさん出てくる空想上の生物をどう表現するのだろうと思っていたら、Kazegoと呼ばれる黒子のパペッティアが大活躍で、ススワタリも「そう来るか」と感心すること請け合いです。何と言ってもトトロとネコバスの大きさはインパクト大です。一方でアニメと大きく違うのは、舞台にほぼずっと大きな月が出ていて、基本は夜の風景であり、異世界感が強い点です。ここは舞台化に際し、劇場で映えるように世界観を修正するにあたっての重要ポイントだったと思いました。

キャストは中華系を中心に、日系、東南アジア系の役者で概ね固められていました。もちろん、皆さん英語はネイティブレベル。特にマイクを仕込んでなかったと思いますが、テンション高く、よく通る声でした。

バンドはボーカル、ホーン、ヴァイオリン、チェロ、ドラムセット、パーカッション、ウッドベース、キーボードといった構成。舞台の左右に0階、1階の2階立てでそれぞれミニピットがあり、さらには舞台上の奥側にも舞台装置の木の上にバンドを配置し、立体的な生演奏なのが良いです。楽器の人はさすがに動き回れないのですが、ボーカルは各ピットと舞台上を行き来していろんな場所で歌っていました。音楽は久石譲オリジナルの映画サントラからアレンジされたものですが、歌の歌詞は半分くらい日本語のままでした。

ちなみに見に行ったのはAcorn Performanceというアクセシブル公演だったので子連れ家族が多かったですが、大人のカップルもそこそこいて、子供の真ん前の席でいちゃついて肩を抱き肘が大きく後ろの席にはみ出していて、迷惑この上ない輩もいました。子供にとって大きい大人ははっきり言って観劇の邪魔ですから、ちょっとは周囲に気を配り、「ここでは自分は邪魔者だ」という立場をちゃんとわきまえて欲しいです。

舞台上は飽きさせない凝った仕掛けが多く、役者の熱意も大いに感じられて、たいへんよくできた舞台にいたく感動したと同時に、子供が小さかったころを思い出してホロリときてしまいました…。


BBCプロムス:ベルリンフィル/ペトレンコ:生まれ変わった「チャイ4」2026/09/02 23:59

2026.09.02 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: Berlin Philharmonic Plays Elgar and Tchaikovsky
Kirill Petrenko / Berliner Philharmoniker
1. Elgar: ‘Enigma’ Variations
2. Tchaikovsky: Symphony No. 4 in F minor

BBCプロムスにはほぼ隔年で、ウィーンフィルと交互に登場するベルリンフィル。ペトレンコの振るベルリンフィルは今年5月にウィーンで聴いたばかりですが、手垢にまみれたカラヤン時代のオハコであるチャイコフスキーなんかをメインに持ってくるのは、尖ったペトレンコのイメージに合わず、らしくない「普通の」プログラムに見えました。

1曲目のエルガー「エニグマ変奏曲」は、たまたまですがこのところ連続して聴くことになり、ここ3ヶ月の間で3回目です。イギリス人にとってはもちろん定番の人気曲ですが、ベルリンフィルのエルガーは自分のイメージがなく、あえて今回のツアー用のサービスで組み入れたレアものではないかと思いましたが、よく考えたら前任のラトルはイギリス人だからエルガーとか絶対取り上げてるよな、とも思い直しました(真相は知りません)。

演奏は、質実剛健なドイツ風、穏健素朴なイギリス田舎風といった主張は全く感じられない無国籍メトロポリタンの丁寧な演奏でした。ベルリンフィルは奏者それぞれがもちろん高レベルで、繊細から爆発まで自由自在、容赦ない高速パッセージも難なく弾き切って、さすが!上手い!という賞賛しか思いつきません。省略されることも多いオルガンが最後ガッツリ入っていましたが、それを上回るオケの馬力は驚嘆です。個人的には、ティンパニが見た目若そうですがめちゃめちゃ上手くて感服しました。音に芯があってブレないし、強打弱打どちらも音がストレートに突き抜けて、バチを小まめに持ち替えてロールも完璧で、どこを取っても素晴らしいプレイでした。

メイン、ベルリンフィルのチャイコフスキーというと私の世代ではどうしてもカラヤンの亡霊が付きまとって離れないのですが、亡くなってもう40年近く経つので直接その指揮に触れた団員も今はほとんどいないと思われますし、カラヤン以後にそのスタイルを引き継いだ弟子が音楽監督になったことはなく、むしろその伝統から離れて独自の路線を築こうとする人たちばかりだったと思いますので、今なお亡霊に囚われているのは古いレコード・CDを熱心に聴き続けるクラヲタ老人だけなんでしょうね。

ロシア出身のペトレンコのチャイコフスキーは予想通り、郷愁を誘うような感傷的なものではなかったのですが、何も気を衒ったことはしてないものの、あまり他で聴いたことがない個性的な演奏でした。指揮棒によって外からビートを与えるのではなく、常に内から湧き出てくるリズムだけでドライブしている感じで、だからリズムは頻繁にうねるのですがぎこちなさはなく、流れは極めてナチュラル。とはいえ、後半の2楽章は内なるリズム自体がハッキリとしたビートで表出して、さらに高速化し、音圧も極限まで開放されて行きます。これを余すところなく実現するオケのハイスペックは今更言うまでもなく、ティンパニも相変わらず印象に残る良い爪痕を残しました。やはりベルリンフィルはハズレなし、世界最高峰は揺るぎありません。


BBCプロムス:オスロフィル/グラジニーテ=ティーラ/コパチンスカヤ(vn)2026/08/29 23:59

2026.08.29 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: Stravinsky and Prokofiev with the Oslo Philharmonic
Mirga Gražinytė-Tyla / Oslo Philharmonic
Patricia Kopatchinskaja (violin-2)
1. Øyvind Torvund: Symphonic Poem No. 1, ‘Forest Morning’
2. Stravinsky: Violin Concerto
3. Prokofiev: Romeo and Juliet - excerpts
 1) Montagues and Capulets
 2) Juliet as a Young Girl
 3) Masks
 4) Romeo and Juliet (Balcony Scene)
 5) Death of Tybalt
 6) Friar Laurence
 7) Dance of the Five Couples
 8) Dance of the Girls with Lilies
 9) Juliet's Funeral
 10) Death of Juliet

オスロフィルは2014年の東芝グランドコンサート(指揮者は現在ロイヤルフィルの音楽監督ヴァシリー・ペトレンコ)で聴いて以来です。本日の指揮者はリトアニア出身のミルガ・グラジニーテ=ティーラ。初めて見る人ですが、最近は女性の指揮者が本当に増えましたね。山田和樹の前任でバーミンガム市交響楽団の音楽監督を勤めていましたが、現在は特に常任ポストには就いておらず、家族と共にザルツブルク在住のようです。

前日の28日にノルウェー国王のハーラル5世が89歳で崩御されたため、コンサートに先立ち、急遽ノルウェー国歌の演奏と黙祷が行われました。続いて、ノルウェーの作曲家兼ギタリストのエイヴィン・トルヴンによる2019年作曲の交響詩第1番「森の朝」。作曲家の名前も、もちろん曲も初めて聴きますが、電子音のサウンドエフェクトと生演奏の音が境目なく混じり合う不思議な音楽でした。両者が溶け合ってどっちがどっちかわからなくなるのをあえて狙っている感じです。私には「森の朝」というよりも、海辺や水の底を想起させる音楽に思えました。いずれにせよヒーリング系の耳に優しい音楽です。トルヴンはクラシック現代音楽の枠に収まらず、ロック、フォーク、ゲーム音楽なども幅広く手がけてジャンル融合的な作風が特徴のことで、確かにそんな感じの仕上がりでしたが、手法としては劇伴音楽ではすでに腐るほどやられている印象があり、既視感があります。演奏後、サイドストール後方で聴いていたトルヴン本人が立たされ、スタンディングオベーション。

2曲目は本日のお目当て、このところお気に入りのパトリシア・コパチンスカヤ。とにかく普通ではいられないこの人は、今日ももちろん裸足で、東欧系の民族衣装をモチーフにしたヘンなドレスで登場。ストラヴィンスキーのヴァイオリンコンチェルトは好きな曲な割にはあまり実演に接する機会がなく、過去に聴けたのは2010年のムローヴァ、2012年のカヴァコスの2回ぽっきり。いかにもコパチンスカヤが好きそうな曲だし、実際にロンドンフィルと共演したCDもあるのでオハコだと思いましたが、今日の落とし穴はこのスカスカで巨大なホールだったかもしれません。この人のヴァイオリンはいろいろトリッキーな技を仕掛けるから一見乱暴なスタイルに見えますが、その実は極めて繊細に作り込んだ演奏を聴かせる人です。時々声を出したりもしますが、これだけ距離があると音も声も届きにくく、このホールには最も向かない類のヴァイオリニストであると思いました。

オケは擬古典風の曲調を反映して端正な透明感で、少人数ながらよく響きよく通るバランスで絶妙に鳴らし、指揮者の統率力はなかなか素晴らしいと思いました。一方のコパチンスカヤは、指揮者を見てはいるけど全部自分のタイミングで入って行くので、特に頭がビシッと決まらないもどかしさがありました。協奏曲でありながら、ヴァイオリンはオケよりも聴衆と対話しているようで、オケは淡々と受け流して自分の仕事に集中し、相互のシナジーが希薄な演奏だったかと。楽章の合間合間に拍手が入ったのも致し方なしという気がします。

元々普通のアンコールはやらないコパチンスカヤですが、今日は「ストラヴィンスキーがこの曲のカデンツァを書かなかったので、自分が作ってみました」と言って、確かにストラヴィンスキーは多分書かないであろうモダンな自作品を披露。途中でコンミスのサラ・クリスティアンを巻き込んだデュエットになっていましたが、おそらく本気でコンサートのレパートリーにするつもりはないんでしょう。


後半はコンミスが交代していましたがこちらも女性。「ロメオとジュリエット」は王道のセレクションで、第1組曲の5〜7曲と、第2組曲の1〜4及び6曲の計8曲を概ねストーリーに沿って並び替え、さらにバレエ版の最後の2曲を加えた全10曲という構成です。最後の場面を通しでやりたい場合は組曲から選ぶのは難しいので、理にかなった選曲です。個人的には「ロメオとジュリエット」を演奏会よりもバレエで観る(聴く)ことが多かったので、序曲(導入部)から始まらないと気分が出ないなあと思う一方で、組曲用にツギハギで作られた「モンタギュー家とキャプレット家」と「ティボルトの死」は、やっぱりカッコ良くできていて演奏会映えするのは間違いない、ということも再認識しました。

グラジニーテ=ティーラは、アー写よりはずいぶんコワモテのお顔だちですが(失礼)、ガシガシと男勝りに棒を振るタイプではなく、その佇まいとしなやかな腕がいかにも女性らしい指揮者です。しかし出てくる音楽はしっかりとダイナミックでドラマチック。これを「男らしい」と言うと昨今は怒られそうですが、弦楽・金管が核となって木管・打楽器が色を添えるというシンプルな役割分担が明確にあり、見通しの良い音作りです。「ティボルトの死」ではかなり無茶なアクセルをかけたりもしますが、オスロフィルはそれに応えて着いていくだけの機動力があります。聴きごたえのある「ロメジュリ」ダイジェストでした。ただし、テンポの設定などダンサーのことは念頭にないのが明らかで(コンサートだとそういう演奏が多い)、バレエの伴奏向きではないなあと思いました。

アンコールは再びトルヴンの小曲「星月夜(Starry Night)」を披露。「ロメジュリ」には必要ないコンガとシンセサイザーが後半も舞台に出しっぱなしだったので、まあそう来るだろうとは思いました。指揮者がマイクを取った説明では、なんでも管弦楽用の編曲は5日前にできたばかりだったとのこと。ノルウェーで始まり、途中ロシアを挟みながらも、最後はまたノルウェーで終わるという構成に矜持を感じました。

BBCプロムス:華麗なるMET管/ネゼ=セガンのゴージャスなシュトラウス2026/08/26 23:59



2026.08.26 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: The Met Orchestra Plays Strauss
Yannick Nézet-Séguin / The MET Orchestra
Elza van den Heever (soprano-2)
Benjamin Bowman (solo violin-3)
1. Richard Strauss: Der Rosenkavalier - suite (arr. attrib. A. Rodziński)
2. Richard Strauss: Salome - final scene
3. Richard Strauss: Ein Heldenleben

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(通称MET)のオーケストラは、コンサート活動をするときは「The Met Orchestra」を名乗っています。本場のMETにまだ入ったことがないので(その向かいのエイヴリー・フィッシャー・ホールは行きましたが)、当然オケも生では初めて聴きます。有名歌劇場と言えども根付きのオケが上手いかというと経験上疑問に思う時もあり、実際このMETオケもかつては出演する超一流の歌手と比してあまりに実力不足という悪評があったのを、ジェームズ・レヴァインがテコ入れして鍛え上げたのだそうで、お手並み拝見です(←何かエラそう)。

ちょっと早めに会場に着き、疲れたので座って待ってようと思ってラウシング・サークルに入ろうとしたら、案内のおっちゃんが「早いもの順で、無料でアップグレードしてあげるよ」といってストールの良席のチケットを本当にタダでくれました。でも何で、って聞いたら、売れ行きが悪かったわけではないが、下階の席が空いたのでそれを埋めるためと言ってました。これまでBBCプロムスは20回以上聴きにきていますが、こんなサービスは初めてです。TV中継のある日だったので、空席を映したくない事情があったのかもしれませんが、いずれにしろラッキー。

今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートを任されたカナダ人の人気指揮者、ヤニック・ネゼ=セガンは、以前私がロンドンに住んでいたころロンドンフィルの首席客演指揮者だったので名前はもちろん知っていましたが、なぜか当時は聴く機会がありませんでした。新進の若手と見ていて(と言ってもハーディング、ガードナー、ネルソンス等と同世代ですが)自分の中での優先度が低かったのかもしれませんが、その頃ちょうどフィラデルフィア管の音楽監督に就任し、その後すぐにMETの音楽監督に抜擢されて、今やトップランナーの一人です。満場の歓声の中登場したネゼ=セガンは金髪にピアス、目がチカチカするラメ入りジャケットを羽織り、爽やかな笑顔も相まって、いかにもゴージャスなアメリカンのキャラになっちゃってます。今回がプロムスデビュー、昨日ニューヨークから移動してきたばかりというMETオケは、メンバーの人種が様々で、これまたアメリカらしい多様性を体現していました。楽器は向かって左にチェロ、コントラバスがくる対向配置ですが、ちょっと変わっていたのが、打楽器は最後列の最上段に位置していながら、ティンパニは右の一段下に置かれて、その真後ろにトロンボーンとチューバが座るという、あまり見たことがない配置でした。

本日のプログラムはオール・リヒャルト・シュトラウスですが、1曲目はMETにとってオハコ中のオハコであろう「ばらの騎士」。よく使われるロジンスキの編曲による組曲版です。冒頭のホルンからもう参りましたという充実した音に、ツカミはオッケー。全体的にオケの音が高音成分多めで明るくきらびやかに響き、まさに「華麗なるメト」という月並みな表現が真っ先に浮かんでくる、いかにもゴージャスなオペラの音でした。オケは移動の疲れも見せず、金管も一切コケることなく、終始集中力の高いしっかりとした演奏を聴かせてくれました。ネゼ=セガンのタクトもオペラのダイジェストを意識した誇張したドラマ仕立てで、1曲目から大盛り上がりです。しかし、プロムスは普段のクラシックの演奏会とは客層がやはりちょっと違うのか、余韻を待たずすぐに拍手がやってきますね。

続く「サロメ」の最終シーンでタイトルロールを歌うのは、南アフリカ出身のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー。キャリアのスタートはメゾソプラノだったのが後にソプラノに転向したとのことで、苦労した時期も長かったそうです。フクシア色と言うんですか、赤紫のインパクトあるドレスで登場したヒーヴァーは、1979年生まれの今年47歳ですから脂が乗り切ったというよりは円熟期に入っている年齢かと思いますが、昨年のMETの舞台でもこのサロメを歌っており、バリバリの現役です。その貫禄ある立ち姿は、恰幅が良い(=太め)というのではなく、全体的に体のパーツがバランスよくゴツい感じ。小柄なネゼ=セガンを並ぶと、まるでママと少年です。この「サロメ」最終シーンは、有名な「7つのヴェールの踊り」が終わった後に、預言者ヨカナーンの生首をしつこくせがみ、ついに手に入れた首に向けて延々と語りかけるという狂気の場面ですが、ヒーヴァーとネゼ=セガンはMETの舞台でも共演しているので息はピッタリ、大船に乗ったかのように安心して役に入り込んだ圧巻の歌唱。元々メゾソプラノだった特質で中低音域成分を多く含んだ声を駆使し、金切り声を張り上げるのではない、ある意味狂信的なブレなさというか芯の太さを表現できる、稀有なソプラノだと思いました。


休憩を挟んでメインの「英雄の生涯」は、あまり好きではない曲ということもあって、実演で聴くのは2011年のヤンソンス/バイエルン放送響以来、15年ぶりのご無沙汰です。この曲だけはオペラと関係のないコンサート用レパートリーですので、METオケもオペラの片手間でちょろっとやるわけにはいきません。しかしそんなことは杞憂で、前半と比べてもむしろそれ以上に完成度の高い、ドラマチック、オペラチックな演奏でした。コンマスのヴァイオリン・ソロは、ゴリゴリ行くのではなく繊細にふわっと柔らかく仕上げる芸達者ぶり。ソリスト的なキャラクターは封印しているのか、オケのリーダーとして節度のある好演奏でした。戦いの狼煙をあげる舞台裏のトランペットは、舞台上の奏者がわざわざいったん退場し、キレの良いファンファーレを吹かした後、すぐに舞台に戻ってきていましたが、こういう要所をバンダ任せにしないオケの矜持を感じました。弦の厚み、金管の馬力と煌びやかさ、全てにおいて派手さが勝る、いかにもアメリカらしいオケでしたが、METオケがコンサートオーケストラとしても疑いなく一流であることを初登場プロムスの聴衆に見せつけた一夜だったと思います。

アンコールではヒーヴァーが同じ衣装のまま再び登場。曲はもちろんシュトラウスで、最初期の歌曲「Zueignung(献呈)」。しかしヒーヴァーはあろうことか途中で笑いながら「ストップ」といって演奏を止めてしまい、何でも歌詞の順番を間違えたとか。ネゼ=セガンが「でも少なくともドイツ語だったし、Mr.ビーンのベートーヴェン第9みたいに歌えばいいんじゃね?」と言い放ち、演奏再開前には自分の指揮者用スコアをヒーヴァーに見せて歌詞を確認するなど、コミカルなやり取りに場内大爆笑。そうやってやり直した「献呈」は当然のごとく素晴らしい歌唱で、短いながらもたいへん盛り上がったアンコールでした。

あとからこのMr.ビーンの映像をYouTubeで探してみたら、「Anthem of the New Europe」というコメディで、ローワン・アトキンソン(Mr.ビーン)扮する英国人バリトン歌手ロバート・ベニントンがベートーヴェン「歓喜の歌」をドイツ語で歌い始め、1コーラス目までは良かったものの、2コーラス目以降の歌詞が手元の楽譜になく、焦っておたおたしつつもアドリブの出鱈目なドイツ語で最後まで歌い切る、というシチュエーションコントでした。こんなのよく知ってるなあ。しかしなるほど、昨年のM-1チャンピオン、たくろうの無茶ぶり漫才の元ネタというか源流はこういうところにあったのかもと、一つ賢くなった気がしました。

看板に偽りあり、角川映画音楽祭@オーチャードホール2026/08/09 23:59



2026.08.09 Bunkamuraオーチャードホール (東京)
角川映画音楽祭 ~テーマ曲・挿入歌コンサート~
こがけん (MC), 南佳孝 (vocal, guitar), 小室哲哉 (vocal, piano), 松村とおる (vocal), マリーン (vocal), クミコ (vocal), 藤井空 (trumpet), 野村宏伸 (vocal), 松本隆/佐野史郎 (talk guests)
石黒彰 (keyboards), 渡辺格 (guitar), ハピネス徳永 (bass), 力石理江 (keyboards), 阿部薫 (drums), 鍬田修一(sax), 阿部美緒(violin), 丸山明子 (violin), 保科由貴 (viola), 大沼深雪 (cello)

いろいろ恨み節がありまして、半分以上は逆恨みであることは承知のうえで、思うところを正直に書いております。あくまで超私的な個人の感想にすぎませんが、私は口が悪いので、気分を害しそうな予感がする方はこの先読まれないほうがよいです。

1976年公開の角川映画第一弾「犬神家の一族」から、今年は50周年の記念イヤーになります。「犬神家」「人間の証明」「野性の証明」といった初期の角川映画に心奪われたのち、薬師丸ひろ子、荻野目慶子、原田知世のファンでもだった私は、角川の月刊誌「バラエティ」を毎号欠かさず買って熟読したものです。ちょうど5年前の45周年記念にも角川映画祭があり、4Kリストアの「犬神家」「人間の証明」を超久々にスクリーンで鑑賞しました。50周年にはさらに大規模な映画祭が行われるだろうから、2018年に行きそびれてしまった「角川映画シネマ・コンサート」を再現してくれないかなと密かに期待していたのですが、音楽関係だと今回は「角川映画音楽祭」なるコンサートが開催されることに。幸い、夏休みでちょうど帰国している時期であり、イギリスからがんばってチケットをゲットしました(ちなみに、チケットぴあは国外からの購入だとVPNを噛ませても携帯電話認証が突破できず、だいぶ試行錯誤しました)。

この音楽祭の情報は3月に開催が発表され、5月に予定出演者と予定演目の公表およびチケット発売開始だったのですが、初期三部作に素晴らしい音楽を提供し、角川映画スタートダッシュへの功績が絶大だったことは間違いない大野雄二大先生が5月4日に老衰のため亡くなります。「犬神家の一族」のテーマ曲「愛のバラード」は特に自分にとって特別な存在です。初めて出会った時に一瞬で恋に落ち、その後絶えることなくずっと愛し続けている曲で、そのような曲は他にはありません。他にも好きな曲、好きなアーティストは山ほどありますが、必ずどこかで飽きて心が離れる時期が来るのが普通ですが、大野雄二は例外的に別格でした。私個人の事情はそれとしても、「角川映画音楽祭」の名にかけて、当然のごとく大野雄二追悼企画は追加で盛り込まれるであろうと信じて伺わなかったのですが、その後のイベントニュースを追っかけていても、MCとしてピン芸人のこがけん参加決定が後から発表されたくらいで、演奏予定曲(下のセットリストと同じ)の下に思わせぶりに記された「and more…」の文字は、ずっとそのまま。このセットリストだけで「角川映画の音楽」を語るとしたらあまりにも消化不良ですが、結局その後も情報が更新される気配がまるでなく、告知動画でもクローズアップされるのは小室哲哉や野村宏伸ばかりで、大野雄二は完全スルー。日が近づくにつれ、すっかり諦めモードに陥っていました。

そうやって個人的関心が薄れつつあった中、演奏会当日を迎えましたがここでさらなる問題が。今回の電子チケットはMOALAというサービスを経由した受け取りになっていたのですが、こいつがイベント当日の開場時間ギリギリにならないと電子チケットにアクセスできないクソ仕様になっており、苛立ちました。私は元より心配性なので、普段なら演奏会やイベントのチケットを事前に何度も見直し、場所と時間、交通ルートを入念に確認するのですが、チケットがそもそも手元にない状態が直前まで続いたため、事前確認をつい怠っていました。なぜだかわかりませんが、開演時間を夜7時半だとずっと思い込んでいた私は、余裕で間に合うはずの時間にオーチャードホール近くのスタバで涼を取っていたところ、やっとスマホに表示されるようになったチケットを見て、開演時間が「7時30分」ではなく「17時30分」であることに気づき、愕然としました。あわててコーヒーを飲み干し、会場に向かったものの、音楽祭はすでに中盤に差し掛かっており、前半部分を聴き逃してしまいました。はい、開演時間を間違えるという初歩的なミスで、全くもって自己責任以外の何物でもありません。しかし、19時30分開演はイギリスでは普通なので疑うマインドが起こりにくかったし、他の電子チケットだと極めて一般的な、遅くともイベントの前日にはチケットが配布される仕様であればこのようなミスをやらかすことはなかったと断言できるので、MOALAには恨み節をぶつけます。ぴあも何でこんなとこを使っているんだろう(ネットで調べると総合的に見てもユーザの評判が非常に悪いサービスのようで…)。

というわけで、前半を聴き逃したのが痛恨ですが、気を取り直して、後半のトップバッターは南佳孝。ただし、「スローなブギにしてくれ」と「メイン・テーマ」(薬師丸ひろ子への提供曲を自身が後にセルフカバーした男性目線のバージョンではなくあえて女性目線の歌詞のままで歌った)、ともによく知っている曲ながら、どちらかというと苦手な部類の歌です。かつてはもっと艶やかな声とセクシーな歌い方だったように思いますが、76歳の今となってはすっかり枯れ切った味わいの歌唱でした。まあファンの人には元気で歌っている姿が見られたのは良かったんでしょうけど…。

続いて登場した野村宏伸は、「メイン・テーマ」の薬師丸ひろ子の相手役オーディションで2万3千人の中から選ばれたシンデレラボーイでしたが、元々役者をやりたかったわけではなく純粋に賞金が欲しくて応募したとトークで語っていました。実際、経済的にだいぶ苦労した少年期を過ごしたようです。その後俳優の道を進む決断をするも、初主演作「キャバレー」では監督の角川春樹に人格否定されまくりのパワハラを受け、その恨みが言葉の端々に滲み出ていました。今でもテレビドラマやバラエティでたまに見ることがありますが、実際に生で見る野村宏伸はかつてのシュッとしたイケメンの面影はなく、ルーズなジーンズ姿も相まって、くたびれたオジサン感が隠せません。トークゲストだけかと思いきや、自身が声優として主演したアニメ映画「ボビーに首ったけ」の主題歌「ボビーにRock 'n Roll」(この曲も作詞松本隆、作曲南佳孝ですね)を40年ぶりに歌うとのこと。嫌な予感はしましたが、やはりというか、はっきり言って人前で歌うレベルではない準備不足の拙い歌唱でした。

次がいよいよ今日のイベントの真打ちであろう、小室哲哉の登場です。客席のそこかしこから「てっちゃ〜ん」という黄色い歓声が止みません。小室哲哉は確かに「ぼくらの七日間戦争」と「天と地と」それぞれの劇伴音楽と主題歌(前者はTM NETWORK名義)を担当してはいるものの、角川映画の歴史を語る上でそんなにキーマンなのかなあと疑問に思っていたのですが、なるほど、これは角川映画音楽の名を借りた、内実は小室哲哉のファンイベントみたいなもので、自分のほうが「よそ者」だったのだとようやく理解しました。野村宏伸を交えたトークでは「あの方(=角川春樹)の名前はタブーじゃなかったでしたっけ?」などとボケをかましながらも、二人で「天と地と」および角川春樹との思い出話をひとしきりやった後、ステージ中央に置かれたグランドピアノに座って、まずは自身がボーカルを取った主題歌「天と地と〜HEAVEN AND EARTH〜」を弾き語りで披露。続いて実質的なメインテーマといえる「炎」をバンドおよびストリングスメンバーと一緒に照明効果付きで演奏。もちろん、いろいろあったとはいえ、真に一世を風靡したスターミュージシャンである小室哲哉を生で見れる機会は貴重でしたが、特にファンというわけでもない私から見て、歌は正直いただけないレベルの弱さでした。

セットリストでまだやってない曲があるような気がしましたが、ここでひとまずエンドクレジットが流れ、小休止ののち、アンコールではマリーンが(再)登場し、「汚れた英雄」の主題歌「Riding High」(元の歌手はローズマリー・バトラー)を熱唱。マリーンもいい歳ですが声は衰えず、やっとプロの歌唱が聴けたと安堵したのも束の間、トリは今日の出演者がわらわらと出てきて、「ぼくらの七日間戦争」主題歌「SEVEN DAYS WAR」を全員でがやがやと斉唱。うーん、思い入れないし、カラオケにもならない雑な「みんなで歌いましょう!」なんかどうでもいい。出演者からしてやる気なしで、松本隆などはマイクを持たされてはいたものの歌うそぶりはみじんも見せなかったです。最後に、客席をバックに出演者全員で記念撮影をしてお開きとなりました。

こがけんの司会は、まあがんばっていたと思いますが、世代的に言って、どこまで角川映画という切り口に共感を覚えているのか。当事者感はなく、お仕事感でいっぱいでした。返す返すも、前半の「野獣死すべし」やマリーンの「You Are Love」「Left Alone」を聴き損ねたのは痛かったです。しかしこのイベント、音楽祭にしてはトークの部分が長すぎで、出演者の本気度も大いに疑問に思いました。企画自体がぬる過ぎて、まあこんなもんでいいっしょ、というやっつけ仕事感が満載。「角川映画の音楽」に対するリスペクトは残念ながらほとんど感じられなかったです。これで全席同一料金(席の選択もできない)の15,000円ですから、自分としてはコスパの悪いコンサートでがっかりでした。そしてこれは、もし仮に最初からちゃんと聴けていたとしても、評価は変わらなかっただろうと思います。角川映画を語る上で絶対欠かせない大野雄二の楽曲が一切なかったのは残念を通り越して暴挙ですし、ましてやタイミング的に追悼という二度とないきっかけを掴めたはずなので、なかった理由が逆にさっぱりわかりません。さらに言うと、角川映画が産んだ大スターである薬師丸ひろ子と原田知世、さらにはまだ存命であろう角川春樹本人まで引っ張り出してくれたら、真の意味で50周年記念に相応しい「角川映画音楽祭」になったのになあ、という思いがひとしおです。全席一律のこの価格設定で、いったいどこにお金を使ったのやら。どうせならチケットさらに高くなってもいいから、本当の功労者をもっと呼んで欲しかったですねえ。

セットリスト(公式ページより)
『復活の日』より 「You are love」 歌唱:マリーン
『キャバレー』より 「Left Alone」 歌唱:マリーン
『野獣死すべし』より 「野獣死すべしのテーマ」 演奏:藤井空
『Wの悲劇』より 「Woman “Wの悲劇”より」 歌唱:クミコ
『戦国自衛隊』より 「戦国自衛隊のテーマ」 歌唱:松村とおる
『スローなブギにしてくれ』より 「スローなブギにしてくれ」 歌唱:南佳孝
『メイン・テーマ』より 「メイン・テーマ」 歌唱:南佳孝
『ボビーに首ったけ』より 「ボビーにRock'n Roll」 歌唱:野村宏伸
『天と地と』より 「天と地と〜HEAVEN AND EARTH〜」 歌唱・演奏:小室哲哉
『天と地と』より 「炎」 演奏:小室哲哉
『汚れた英雄』より 「汚れた英雄 -Riding High-」 歌唱:マリーン
『ぼくらの七日間戦争』より 「SEVEN DAYS WAR」 演奏:小室哲哉

都響/尾高/北村(p):受け継がれる1978年の邦人2作品と、その80年前のエニグマ2026/08/08 23:59

2026.08.08 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
尾高忠明 / 東京都交響楽団
北村朋幹 (piano-2)
1. 三善晃: オーケストラのための《ノエシス》(1978)
2. 松村禎三: ピアノ協奏曲第2番(1978)
3. エルガー: エニグマ変奏曲 op.36

気にはなっていたのですが聴けなくて残念と思っていたら、ちょうど夏休みの帰国と重なったので、何はともあれ駆けつけました。松村作品の中でも個人的に最高傑作と思うピアノ協奏曲第2番、かつては実演で聴ける機会が何度もあったのですが、最後に聴いたのはCD化されている1992年の岩城宏之指揮都響の演奏会で、34年ぶりになります。折しもお盆のこの季節、8月6日が松村禎三氏の命日であることを思い出しました。

この日のプログラムは尾高さんの得意分野のみで構成されています。前半は自身が初演を行なった邦人作品の今や古典と言える2曲、後半はBBCウェールズ・ナショナル管(BBC NOW)の桂冠指揮者でもある自身が専心的に取り組んできた英国音楽のアイコン的名曲。日本の楽壇ではすでに最長老クラスの尾高さんだからこそ組める「ワガママ」プログラムですが、個人的にはたいへんウェルカムでありがたいです。

1曲目「ノエシス」は、この後のピアノ協奏曲と同年に尾高忠明指揮東京フィルによって初演されていますが、同じ日ではなく3日違いの別演奏会だそうです。初めて聴く曲で、三善晃らしい、と言えるほど他の曲を聴き込んでいないので何とも言えないのですが、音の重ね方、打楽器の使い方、文脈というか音楽の流れのいたるところで、以前まとめて聴いた反戦三部作(レクイエム、詩篇、響紋)と通じるものを感じました。実際、ちょうどこの三部作と重なる時期に書かれているんですね。短い中にも独特の音響が凝縮された、ちょっと難しめの曲でしたが、マリンバ、ヴィブラフォーンという通常のオケではあまり使われない音階打楽器の効果的な多用が印象に残りました。

続く松村のピアノ協奏曲第2番は、1979年に尾高賞を受賞(1969年の「管弦楽のための前奏曲」に次いで2回目)した他、同年発表の第10回サントリー音楽賞を作曲家として初めて受賞した際の受賞理由に挙げられた曲でもあります。そのサントリー音楽賞受賞記念コンサートを聴いたのがこの曲との最初の出会いでしたが、おお、調べてみるとその演奏会は偶然にも8月8日でした…。

昨年の大フィル東京公演でも「管弦楽のための前奏曲」を取り上げていた尾高さんは、個人的な親交もあり思い入れが強いのだろうと思いますが、今や貴重な「松村伝道師」です。しかしピアノ協奏曲となると、初演者の野島稔氏が亡くなって以降、この曲を受け継いで弾こうというピアニストが現れないことには演奏機会もなかなか生まれないわけで、今回この難曲に果敢に挑戦してくれる若手の登場は喜ばしい限り。北村朋幹氏は、見た目は若いというよりあどけない印象もありますが、35歳なのでそれなりのキャリアをすでに積んでおり、ベルリンを拠点として幅広いレパートリーで活躍する一方、現代音楽、特に邦人作品への情熱的な傾倒でも注目されているそうで、頼もしいです。

地平から突如マグマが湧き上がるような不協和音に導かれてトランペットのファンファーレが鳴り響く序奏から、ピアノの6連符オスティナートが暴力的にこれでもかと繰り返され、絡んでくる木管、金管、打楽器、弦楽もそれぞれバラバラな動きをしながら、ピアノと渾然一体になって疾走して行きます。オケはリッチな響きを醸し出し、良い感じだったのに対し、ピアノはちょっと線が細くて軽い印象。このバルトークばりの激しすぎる第一楽章は、ぐいぐいと進んでいく尾高氏の棒に何とか食らいついて行った感じで、ちょっと余裕はなかったかも。次の第二楽章は一転して休止と間が支配する「能」の世界。こちらはラヴェルを彷彿とさせますが、噛み締めるように静寂かと思うと、エネルギーを溜めてからめいっぱい叩き込むピアノのコントラストが、尾高氏が導くオケの重厚さに全然負けておらず、こういった間を取りつつ展開していく曲の方が北村氏は向いている様子。演奏後に拍手喝采を受けている北村氏を見つめる尾高氏のまなざしが、まさに孫を見守るお祖父ちゃんのようで微笑ましかったです。尾高氏は英国での活動歴が長く、BBCウェールズ・ナショナル管(BBC NOW)の桂冠指揮者の称号を得ていますので、北村氏を引き連れて、ぜひ英国や欧州でも松村作品を積極的にプログラムに取り入れてくれることを望みます。

ところでこの曲を聴くたびに思うことが一つあって、長い第二楽章が静かに終わった後に、あれ、この先はないのだろうかと。斬新で個性的な曲ではあるものの、語法としてはバルトーク、プロコフィエフ、ラヴェルなどの延長線上にあり、決して革命的なものではありません。であれば、第二楽章はもうちょっと刈り込んで凝縮し、さらにエッジの効いた第三楽章が付いていれば、より大きなポピュラリティを獲得できていたかも、という気がしてなりません。この曲は無調を装った調性音楽であって、その意味でとっつき易く、一聴して人を惹きつけるカッコ良さを持っているので、何かもったいないかなあと。まあ、もし3楽章構成だったら全く別の曲になっていたかもしれませんが。

休憩後のメインは、聴くのは今年2回目になるエニグマ変奏曲。尾高氏の専門分野である英国音楽の中でも、特にエルガーの交響曲を取り上げているプログラムをよく見かけますが、今日のプログラムであえて短い組曲のエニグマ変奏曲を選んだのは、前半の2曲が重すぎたからでしょうか。それはともかく、ここでも都響の演奏力をフルに引き出し、重心が低く濃厚、かつ起伏のはっきりとしたシャープな輪郭の演奏はまさに面目躍如の本領発揮で、先日聴いたLSOと比較しても引けを取らない素晴らしい出来栄えでした。特に低音を効かせた弦と、クリアで力強いトロンボーンが演奏を一段上のクオリティに引き上げていました。

時間的には短いプログラムでしたが、結局ピアノもオケもアンコールはなし。以前ロンドンで聴いた尾高/札響の演奏会ではエニグマ変奏曲から「ニムロッド」をアンコールでやってくれましたが、さすがに同じ曲の繰り返しはしませんでした。ここ数年で何人も亡くなったり引退したりといった日本の指揮者界隈において、現役では多分炎のコバケンの次くらいの長老になってしまった尾高さん、まだまだお元気で気力も充実してそうなので、このままぜひ日英を股にかけた活躍を期待しています。

BBCプロムス:ウィルソン/SOL:新世代の究極「ローマ三部作」2026/07/24 23:59



2026.07.24 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms: John Wilson Conducts Respighi’s ‘Roman Trilogy’
John Wilson / Sinfonia of London
Jonathan Aasgaard (cello-2)
1. Verdi: The Force of Destiny – overture
2. Walton: Cello Concerto
3. Respighi: Roman Festivals
4. Respighi: Fountains of Rome
5. Respighi: Pines of Rome

14年ぶりのBBCプロムス、ただただ感慨深いです。しかし、チケットが高〜い!このコンサートは特に人気が高かったようで、希望していたクラスよりも2ランクも上の席になってしまいました。もとより音響も視界も総じて悪いこのホールで、気合を入れて聴きたいものは良席で、そうでもないものは安席で、というメリハリを効かせる余地もなく、「高い」か「超高い」か「鬼高い」しか選択肢がない、世知辛い世の中です。え?アリーナで立ち見しろって?全くもってごもっともです、自分も若いころなら…。

さて今年最初のプロムスは、謎の楽団、シンフォニア・オブ・ロンドン。特に今日の演目であるローマ三部作を収めたディスクが「新世代の名盤」として数年前に極めて高い評価を得ていたので、ぜひ一度生演奏を聴きたかったところでした。楽団の公式ホームページによると「英国及び国外のオーケストラの首席奏者、著名なソリスト、著名な室内楽グループのメンバーなど、優れた音楽家を集めて、年間通してレコーディングやコンサートのプロジェクトを敢行するスーパー・オーケストラ」とのことです。ルツェルン祝祭オケのようなコンセプトかと思いきや、趣旨はだいぶ異なるようです。歴史を辿ると、まず1955〜1969年に活動した第一期のシンフォニア・オブ・ロンドンがあり、これはフルート奏者のゴードン・ウォーカーがギャラの良い映画音楽の録音を行うために、ロンドン響から多数の奏者を引き連れて結成したとのこと。1982年にチェリストのピーター・ウィルソンと作曲家のハワード・ブレイクが、ウォーカー家から「シンフォニア・オブ・ロンドン」の命名権を買い取って、ブレイクが作曲したTVアニメ「スノーマン」のサウンドトラックを録音するため結成されたのが第二期になります。2002年までに「バットマン」「ヴァーチャル・ウォーズ」「ロボコップ」など数多くのハリウッド大作映画のサウンドトラックを手掛けました。そして時は流れて2018年に、映画音楽、ミュージカルなどライト・クラシック系の指揮やアレンジを得意とするジョン・ウィルソン(ピーターの血縁者ではなさそう)が、英国の独立系クラシック・レーベルChandosのバックアップを得て立ち上げたのが現在の姿になります。ホームページには音楽監督のジョン・ウィルソンを筆頭に、運営側の人は顔と名前が出ていますが、プレイヤーの具体的な情報が、コンサートマスターを含め一切公表されていません。年代から言っても第一期、第二期のメンバーが含まれているとは思えないし、実を言うと自分はCDを持っていないので、レコーディングごとのメンバー表が存在するのかどうかも不明です。プレイヤーの顔が見えず、今日目の前にいる人々が普段どこの楽団で演奏している人なのか、CDや去年の演奏会と同じなのかどうか、よっぽどの楽団員マニアならともかく、私にはお手上げの世界です。

前置きが長くなりましたが、見たところ奏者の年齢層は若く、女性が多め。今日のような大編成のプログラムでも、管楽器の数は必要最小限で、人海戦術で押し通すスタイルではなさそうです。1曲目の「運命の力」序曲はかつて部活のオケで演奏したことがあり、熟知した曲ですが、実演を聴いたのは2004年のコバケン指揮ブダペストフィル以来ですから相当のご無沙汰です。颯爽と登場したウィルソンは、気難しい芸術家風とは対極のビジネスマン風。記録をたどると過去に一度、2013年に英国ナショナルユースオーケストラで「惑星」を指揮した演奏会を聴いていました。冒頭のファンファーレは短く切り、キレの良い指揮で前ノリにオケを引っ張っていきます。ライト・クラシック系の人というと、どうしても「一流クラスではない」という先入観を持ってしまいがちですが、繊細なダイナミクスを上手くコントロールし、また奏者の演奏レベルも総じて高く、なかなかどうして、クラシック演奏として間違いなく上級クラスです。全体的にスマートな軽さがあり、今どきの人にはこういうのが受けるのかもしれません。

2曲目はウォルトンのチェロ協奏曲。家にCDはありましたが、ほぼ初めて聴く曲です。ソリストは、ノルウェー出身で普段はロイヤル・リヴァプール・フィルの首席奏者を務めるヨナハン・アースゴール。イタリアモノに挟まれて曲調も全く異なるこのご当地モノの選曲は、プログラムの意図がよくわからなかったのですが、昨年この顔合わせでCDが出たばかりなので、目的はプロモーションでしょう。緩急緩の3楽章構成で、無調に近い掴みどころのない曲。繊細で慎重な音出しは変わらず、こういう抒情的な曲も得意なんだよという自信の表れがある気もしました。

休憩後、後半にローマ三部作を一気に演奏するという、ある意味他で見たことがないチャレンジに、さらなる自信の表出を感じました。日本のオケなら、まず金管が鉄板で持たないから、もしこんな演奏会があったとしても怖くて聴きに行けません。演奏は、祭り、噴水、松の順。これは作曲順とは違いますが、CDと同じ流れとのこと。まず私の大好きな「ローマの祭り」は、サークル席の入口扉あたりに配置したバンダと、ステージ後方最上段にずらっと横並びした打楽器群がひときわ華やかな祝祭感を演出していました。やはりこのオケがただモノではないなというのがわかるのは、ほとんどブレない金管に、木管も一流のソロを聴かせ、タメを効かせた濃厚な味付けの弦アンサンブルも完璧で、どこを切っても立派な演奏。オルガンをことさらラウドに響かせていて、今まで聴いたことがない新鮮さもありました。なるほど、特に馬力が必要なこの曲を、オケが疲弊する前に最初にやってしまう曲順は、良い戦略かもしれません。

続く抒情的な「ローマの噴水」では、オケを上手くコントロールした繊細さが光りました。ここでもオルガンがはっきりと聴こえてきて、絶妙のパートバランスで、音圧をかけるところはこれでもかとかけ、繊細な箇所はとことんデリケートに、ダイナミックレンジが極端に広い演奏。これはやりたくても突然にできる話ではなく、単に優秀な奏者を揃えただけではないジョン・ウィルソンの統率力が透けて見えます。

最後の「ローマの松」では、オケの後方に配置した合計16人(のはず、数えた限りでは)のバンダが圧巻で、オケのメンバーも含めてこれだけの人数を集めて誰一人ヘタレないのがシンプルに凄いと思いました。「ジャニコロの松」のナイチンゲールのさえずり効果音ですが、一昨年聴いたルイージ/N響のように、昨今では打楽器奏者が鳥笛で対応することも多いのですが、今日はスコアに忠実にレコード(さすがにSP盤ではないでしょうが)を使っているようでした。終曲の「アッピア街道の松」はミドルテンポでひたすら山を上がっていく展開なので否が応にも盛り上がるためコンサートの最後に置くのはある意味定番ですが、それも最後までしっかりと鳴らし切れての話です。追加するバンダの力があれば乗り切りやすいのも確かとはいえ、オケ、特に金管がヘナチョコだと聴けたモノではないので、その意味でもこのシンフォニア・オブ・ロンドンはやはり噂通りタダモノではないハイクオリティの集団でした。まるで「ローマ三部作」をやるために結成されたと思えるくらい、ハマっていました。

帰りの足もあり、「松」が終わったらすぐに会場を出たのですが、後でBBC iPlayerを観ると、アンコールで「ウィリアム・テル」序曲のギャロップをやって笑いを取っていたもよう。三部作をやり切った後、さらにアンコールができる体力に感服します。現在の再結成後の体制ではまだ歴史が浅く、レコーディングもレスピーギの他はフランス界隈やラフマニノフ、コルンゴルドなど、オケの特質を活かしたレパートリーに絞っているようですが(確かに、このオケのベートーヴェン、ブラームスはちょっと怖い…)、今後もウォッチする価値は十分に感じました。セッション・オケなので当たり外れはありそうですが…。


最高!新しい学校のリーダーズ:ロンドン降臨@ラウンドハウス2026/07/19 23:59



2026.07.19 The Roundhouse (London)
Atarashii Gakko! (新しい学校のリーダーズ): “LONDON 降臨” AG! 11th Anniversary Show

クラシックの2025/2026シーズンがほぼ終了し、BBCプロムスが始まるまでの束の間の休息であるここ1ヶ月は、スティーブ・スミス、デフ・レパード、パット・メセニーときて、今日の新しい学校のリーダーズまでのこの流れは、我ながら節操ない雑食だなと思いました。

本日の会場Roundhouseは、地下鉄Northern LineのChalk FarmからCamden Townへ少し戻ったところに位置し、文字通り機関車の扇形庫だった施設をコンサート、演劇、映画等に使うため改装したものです。このクラスの会場では入口が一箇所のため入場に時間がかかり、行ってみたら案の定長蛇の列で、並んでから入るまで1時間近くかかりました。客層は若者中心で、原宿カワイイ系、ゴスロリ系、スーサイドスクワッド系など個性的なコスプレの人々が多数。中年、老年の人もそこそこおり、腕にびっしりと刺青している兄ちゃん姉ちゃんがセーラー服を着ているのはシュールながらどこか微笑ましいです。

中は円形のホールの一方にステージがあり、残りはオールスタンディング。着席の座席は上階になりますが、数はそんなに多くなく、結局全体でキャパは約3000人とのこと。上階の席は10列ほどしかなく、どこで見てもステージが結構近いのがこのホールの利点と思いました。元からあったと思われる柱が邪魔と言えば邪魔ですが、見通しは良かったです。

新しい学校のリーダーズはSUZUKA、KANON、MIZYU、RINの女性4人から成るダンスボーカルユニットで、全員20代後半の若い人々ですが、メンバー交代もなくすでに11年のキャリアがあります。自分のバンドのレパートリー探しで新しめのJ-POPを常々追いかけている中で、「オトナブルー」が流行った2023年ごろからウォッチはしていましたが、ライブを見るのはもちろん初めて。そのルックス、キャラ設定、音楽性から、海外志向があるとはとても思えなかったのですが、実のところ2020年から米国のレーベルと契約して、「Atarashii Gakko!(通称AG!)」の名称で積極的に海外展開しているのが非常に意外でした。しかも主戦場は中国・アジアではなく、欧州、北米、南米の西洋文化圏。日本独特のセーラー服仕様の女子制服に、全て日本語歌詞で五音階スケールを多用した楽曲、ガニ股で腰を折り重心を低くしたコミカルな振付など、どこにも外国に媚びた様子が見当たらないそのスタイルは、実は一周回って正解だったのかと思いました。

満員御礼のスタンディング客から「AG!」コールが湧き上がる中、日本人にはお馴染みの学校のチャイム音(この音階のオリジナルはビッグ・ベンの時鐘だそうですね)が鳴り、4人がすっと登場。生バンドはなく音源を使うパフォーマンスで、クラブイベントの様相でした。狭いステージも4人だけなら十分な広さがあります。ステージ後方のスクリーンはプリメイドの映像を流すのみで、ライブ中継の投影はありません ただ、ステージが近いのでスタンドから肉眼でも十分見えたし、オペラグラスだと表情までくっきりと見えたので良かったです。

キャラ設定が全く異なる4人ですが、11年もやってるからダンス・パフォーマンスは完成されていてたいへん上手く、息もぴったり。知らない曲がほとんどでしたが、激しいダンスナンバーありーの、アイドルチックな曲もありーの、韓流ともAKB・坂道系とも違う独自の個性が存分に発揮された、とても面白いライブでした。全部日本語の歌詞なのに、イギリスの若者はノリノリで歌います。一方のAGメンバーのMCは、さすがに原稿丸暗記の英語でしたが、時々飛んでたのが微笑ましい。「Our English is not good enough」と言い訳をして笑いを取ってました。「Tokyo Calling」では、ライブの定番だそうですが、SUZUKAがオールスタンディングの客を突っ切って反対側まで行き、フェンスのヘリに立って歌った後に、クラウドサーフでお客に持ち上げられながらステージに戻ってきました。もちろんずっとガードの人は付いていましたが、危なっかしくて見ていてハラハラしました。ウェーブの途中で方向がずれ、なかなか戻れないSUZUKAは「プリーズ」と叫びながら軌道修正し、無事時間内でステージに戻ってこれたので一安心。

アンコールではSUZUKAとRINが黒、KANONとMIZYUが白の「ロンドン降臨」限定のライブTシャツに着替えて、リリース間近の新曲と、SAIKO!で盛り上がる「One Heart」で締め。前座もなく全部で1時間20分という単独としては短めのライブでしたが、自分的にはちょうどいい長さで、十分満足しました。

2026/07/19 set list:
Go Wild
Toryanse
Chanka Chanka
Otona Blue
Arigato
TTTTOKYO
Catch That Train (Kanon solo)
Kore de E (Mizyu solo)
Waiting for Good Time (Rin solo)
Dance Dance
Oi AG!
Fantastico
Forever Sisters
UTAGE HIKARU
Pineapple Kryptonite (remix)
Fly High
Tokyo Calling
Encore:
Take Me with You
One Heart